リリカルガウザー プロローグ
「僕達は、虫けらじゃない!」
これは黒岩省吾がこの世界で他人から聞いた最後の言葉だった。
そしてそれはまだ背の伸びきっていない少年が言った、少年の父親を奪った自分への怒りを込めた言葉だった。
黒岩省吾、またの名をダークザイド最強の剣士・暗黒騎士ガウザーにとって、人間と言う生き物はちっぽけで愚かな、動物以下の種族でしかなかった。
常に私欲に塗れ、自分以外の他人を蹴落とし、愉悦と快楽ばかりを求め続ける。
現に自分の好敵手であった男は、そんな愚かな人間たちの本性を具現化し、自己中心的な最低の人間だった。
「こんな屑共が霊長類として世界に君臨し、我々ダークザイドがこそこそと人間共のラームを吸いながら社会の隅で生きていくしかないなど許せない。」
そう思ったからこそ黒岩は、人間社会征服の為に東京都知事となり、東京を国として独立させ、その皇帝に就任して弱い人間の淘汰と強い人間の選別を行おうとした。
まず東京を手始めに厳しい訓練を強制的に与え、身体能力が低く、訓練についていけない力の無い人々、をダークザイドの餌にして排除する。
そして残った強い人間達を奴隷とし、一生ダークザイドのために働き続ける労力として利用し、子供達にはダークザイド社会に適応するための教育を施す。
やがてはこれを世界中に広め、人間達は弱き者は滅び、強き者はダークザイドのために働き続けるダークザイドのための世界へと地球社会を変えようとしていた。
だが、その野望は好敵手であった光の戦士とその相方の緑色の戦士でもなく、自分が心の底から愛した女性でもなく、自分が見下していた人間の子供達に打ち砕かれた。
子供達が投げた手榴弾の爆風が、子供達が撃った銃の弾が、自分の身から生気を奪っていった。
ここでガウザーに変身すれば助かったのかもしれないが、出来なかった。
「僕達は虫けらじゃない」
自分が見下している人間の中でも、もっとも弱い立場にいるはずの子供達が、いづれは世界を統べるであろう皇帝となる自分を恐れずに立ち向かってきた事に驚き、そんな子供達が持つ力に興味を持ったからだ。
「撃ってみろ…その銃でもう一度俺を撃ってみろ!」
子供達のリーダー格であった少年に向かって黒岩は言った。
もし自分が撃たれれば、新しい何かが分かるかもしれない。
図書館で覚えた付け焼刃の知識ではなく、何かもっと実のある何かが分かるかもしれない。
自分の死の果てに見える物が知りたかった。
皇帝になることよりずっと重要だと思った。
少年は銃を撃った。放たれた銃弾は黒岩の胸を貫いた。
だが後悔は無かった。
むしろ自分が…皇帝が死と引き換えに握ったモノの事を思えば、死など安いものだと思った。
黒岩は残った力を振り絞り、付近にあった沼の中まで歩くと、今なお憎悪に満ちた目で自分を見る少年に向けて、自分に新たなモノを見せてくれた少年への感謝を込め、自分が今まで覚えてきた中で一番のお気に入りである薀蓄を語ろうとした。
「知って…知っているか!?世界で始めての皇帝は…皇帝は…」
だが、虚しくも言葉は続かなかった。
力を使い果たした黒岩は、水面の上に倒れ、そのまま沼の中へゆっくりと沈んでいった。
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冷たい沼の底へと沈んでいく中、黒岩は三人の人物の事を思い出していた。
一人はダークザイドの同士であり、自分の秘書であるユリカ。
黒岩を心から愛し、狂信的とも言えるほど黒岩に尽くしてくれた女。
だが黒岩の表面的な強さだけを愛し、内面を分かってくれなかった哀れな女だ。
彼女は黒岩が向かうはずだった皇帝の王座の前で永遠に黒岩を待ち続けるだろう。
例え黒岩がもうこの世にいないことを知っても、何十年も何百年も、死んで骨となっても、永遠に黒岩を待ち続けるだろう。
いつか黒岩が王座に座り、皇帝となる姿を幻視しながら…
黒岩は初めて、この哀れな女に「すまない」と、心の中で謝った。
もう一人は涼村暁、またの名を自らの宿命のライバル・超光戦士シャンゼリオン。
この男と自分は水と油だった。
この男は学も無く、女好きで、毎日毎日楽しいことだけを求め続ける煩いだけの奴だった。
こんな男が自分の最大の障害になっていると思うと、頭から湯が出る思いだった。
だが、感じたのは不快感だけじゃなかった。
黒岩は暁を厄介に思うと同時に、どこかで彼と戦うことに生きがいのようなものを感じていたのだ。
そして、なぜ自分が彼に勝つ事が出来なかったのかも今なら分かる。
暁は最低な人間ではあったが、黒岩には無いものを持っていたからだ。
それは仲間だ。
彼には仲間がいたから、どんな辛い状況に陥っても立ち上がったし、たった一人でダークザイドと言う凶悪な敵たちと戦い続けることが出来た。
黒岩は以前彼が放った台詞をふと思い出した。
「てめぇらに俺のライバルである資格は無ぇ!!」
暁の秘書・桐原るい(この時はまだ秘書ではなかったが)が暁のために作ってきてくれた弁当を闇魔人アイスラーに踏み潰されたとき、暁が黒岩・ガウザーと闇将軍ザンダー、闇貴族デスター、闇魔人アイスラーの四人に向かって叫んだ台詞だ。
彼は怒りを滾らせて戦い、四人を圧倒した。
このことからも、仲間が与える力と、そんな仲間を傷つける悪を憎む心が大きな力を与えることが分かる。
信頼できる仲間を持たず、一人で覇道を突き進もうとした黒岩が暁に勝てるはずが無かったのだ。
「(本当に…俺にお前のライバルである資格は無かったな)」
黒岩はこの時、暁という人間の大きさ、自分と言う物の小ささを理解した。
同時に、今ここで死ぬことに後悔はないが、できるなら彼に倒されたかったと心で思った。
最後は、自分が真に愛した女性、南エリ。
彼女と黒岩は恋人同士だった。
共に愛し合い、唇を交し合った仲だった。
黒岩がユリカではなく、エリを選んだのには理由があった。
ユリカが自分の圧倒的な強さに惚れ込んだのに対し、エリは自分の内面の弱さをしっかりと見つめ、愛してくれた女だったからだ。
付け焼刃の知識を自慢し、他人を見下すことしか出来ない自分の脆さを理解してくれるエリを、黒岩は真剣に愛した。
だが、二人は人間とダークザイド、正義と悪という種族と立場の違いからお互いの仲を裂いた。
だが、彼女への未練は捨てることが出来なかった。
おそらく彼女もそうだろう。
だから自分の死は、自分のためにもエリのためにも、過去の束縛を断つために必要なことだと思えた。
「エリ…どうか…幸せに…」
黒岩は薄れ行く意識の中で、彼女の幸福を願い、瞼を閉じた。
∴
「う…ん?」
太陽の暖かさと小鳥のさえずりを耳にし、黒岩は目を開けた。
「まさか、天国…なのか?…う!」
初めは極楽浄土かと思ったが、違うようだ。
服は濡れ、胸に銃弾の傷が残っている上に、上半身を起こそうとすると激痛が走る。
どうやら生きているらしい。
「まったく…我ながら丈夫なもんだ…」
起きることができないため、黒岩は寝たまま首を動かして周りを見回してみた。
どうやら自分が倒れているのはコンクリートの上のようだ。
周りには木が植えてあり、建物の壁と古風な作りの出入り口、窓が見える。
建物がかなりの大きさのようであるため、おそらくここはどこかの施設の庭だろう。
だがなぜ自分はここにいる?それに自分は死んで沼に沈んだはずだ。それがなんでこんな庭園に?
黒岩が自分がここにいる理由を考えていると、「大丈夫ですか!?」という女性の声が聞こえた。
ほどなくして、桃色がかった赤い短い髪の、ローブを着た女性が黒岩の傍にやってきた。
「凄い血…大丈夫ですか!?しっかりしてください!立てますか!?」
「あ…あんたは…?」
黒岩はまだ知らなかった。
自分がこれから辿る数奇な運命を…