魔道戦屍リリカル・グレイヴ 第十四,五話 幕間 「音界の覇者と金の閃光」


小さな頃から“音”がただ好きだった……それだけだ。

だというのに、いつの間にか殺しの技を身に付けて夜の世界に生きていた。
人を楽しませる筈の音色は目標の脳髄を揺さぶり死に至らしめる魔音と成り果て、賞賛の拍手の代わりに阿鼻叫喚と鮮血が返ってくるようになった。
挙句の果てにはとんでもない化け物に目を付けられ、殺しの手札にされてしまう始末。
ナイブズそしてレガート、今思い出してもゾッとする。
だが不幸は一度じゃ終わらない。
一度死に、やっと馬鹿げた死のゲームから解放されたかと思えば、今度は無理矢理生き返らせられて魔法世界の住人にクーデターの道具として使われる。
イカレ野郎に足元をすくわれるのはご免だというのに……

まったくどうして俺はこうも運がない? 幸運の女神はよほど俺が嫌いらしい。


『いぎぃっ! ああぁぁぁぁあああぁっ!! っつあぁぁあああっ!!!』


そのうえコレだ。
俺の良すぎる耳は聞きたくもない女の絶叫を嫌でも拾い上げて脳髄に情報を送る。
まったく、いつまでああしているんだ? さらって早々、レジアスはあのメガネをかけていた戦闘機人にもう数時間も拷問を続けていた。
どんなに澄んだ良い声も単調な絶叫だけを発していては不快でしかない、正直頭が痛くなる。
俺が金切り声に頭痛を感じていると、俺と同じくこの世界に来たGUNG-HOのロクデナシが現れた。


「お前か……そういえば聞いたか? チャペルが連絡を絶ったそうだ、おそらく潰えたのだろう。E・G・マインに続き奴もいなくなった、これで残るGUNG-HOは俺とお前だけだな」


俺はふとチャペルの事を話題に出した。だがこいつは何も言わず沈黙を守ったまま。
特に興味は無し……か殺人(キリング)マニアめ。恐らく自分の行う殺しにしか興味がないのだろう。
まったくとんだご同輩だ、俺は一つ溜息を吐いてその場を後にした。今はただ、静かな場所で酒でも飲みたい気分だった。
ウイスキーの瓶とグラスを持って立ち去る。
そろそろ本気で“あの話”に乗る算段をした方が良いらしい、俺はふとそんな事を考えた。

“ここ”は随分と広い、とても大昔に作られた戦艦とは思えないものだ。
その広大な内部構造の内、俺はできるだけ静かな方へ、心地良い音がある方へと足を進める。
そうして歩いて辿り着いたのは、捉えた捕虜を拘置する為の区画だった。
閉ざされたドアの向こうには、あるいは数人に、あるいは一人に部屋が割り当てられている。
最低限の食事はオーグマンやあの中将の部下が与えていた。
ここには大して見張りなどいない、何故ならいても意味が無いからだ。
魔法を阻害するらしい装置AMF、それが展開されている上に魔法を使うための道具であるデバイスとやらも現地で没収済み。
捕虜には抵抗したくても抵抗する術などありはしなかった。
捕虜になった連中の事を思い出しながらそこを眺めて歩いていると、ふと一つのドアの前で足が止まる。
金属製のドアの向こうから、ひどく耳に響く心地良い音色が俺の心を捉えた。
それは声だ、耳から伝わり脳を甘く焦がすような喘ぎ声。
確かここのドアロックには俺に与えられたカードキーの権限でも解除が可能なはずだ。俺は僅かな逡巡の後にドアロックにキーをかざした。
無論、心地良い音に対する興味も大きかったが、それ以上に“あの話”を実行に移す際の下見も兼ねていた。

ドアがスライドして開けば、中には簡易ベッドの上で身をよじる女が一人。確かティーダとかいう奴が捕らえた女だ。
恐らく酷い衝撃で気を失い、今まで眠っていたのだろう。
長く艶やかな金髪、黒い制服に覆われた起伏に富んだ男心をくすぐる肢体、そして麗しいと言うべき美貌。これは美女と言う他ないだろう。
まあ、俺から言わせればまだ少し子供臭さが抜けないが。


「んぅぅ……あれ? ここは……」


少し艶めいた声で喘ぎながら女は目を覚ました。
目覚めたばかりで思考が覚醒しきらないのか、しきりに目をこすって辺りを見回す。
俺は近くにあった椅子に手を伸ばし、座りながら声をかけた。


「ようやくお目覚めか? 眠り姫」


俺の声に反応して女は即座に振り返り鋭い視線を浴びせかけた。良い反応だ、単に艶めかしい美女という訳ではないらしい。
俺はそれよりもその瞳の美しさに少し驚いた、こんな綺麗な紅色の眼は初めて見る。
濃い警戒を込めた瞳で俺を見つめながら周囲を見渡した女は、自分の置かれた状況を理解したらしく目から僅かに覇気をなくした。


「そうか、私は倒されて……捕まったんですね……」
「ああ、らしいな」
「あなた方は何者ですか? あの時地上本部を襲撃したのはあなた達なんですか?」


起きたばかりだというのに女はよく喋った。だが正直言葉の内容よりもその澄んだ声質の方が俺の心を揺さぶる。
やはり俺は根っからの音好きらしい。しかし言葉の内容もしっかりと理解したので軽く返事をしてやった。


「さてな、俺も首魁はレジアスとかいう軍人である事しか知らない」
「レジアス中将が!? まさか……そんな事が……」


俺の言葉に女は面白いくらい動揺した、あのイカレた中将とやらはここでは随分有名人らしい。
だが俺はそれよりもさっきから気になっていた事を教えてやる。


「ああ、それよりも」
「はい」
「スカート、めくれてるぞ?」
「へ?」


女のスカートは寝相の悪さのせいか、ひどく乱れてくしゃくしゃにめくれ上がり、その下に隠された下着を曝け出していた。
ちなみに下着は、その豊満な肢体に良く似合う扇情的な黒のレースだった。
うむ、実に良いセンスだ。


「ひゃっ!」


可愛らしい声を上げて彼女は大慌てでスカートを正す。
容姿はスタイルは完成された女であるが、どうも雰囲気というか内面部分が抜けているらしい。
俺は久しぶりに愉快な感情を覚えて口元に苦笑を浮かべた。
だがそれがどうも含みを込めたいやらしいものに映ったのか、彼女は俺にまるで痴漢でも見るような目を向ける。


「ま、まさかあなた……私に変な事しに来たんですか……」


その紅く美しい瞳に怯えが混じり、艶めかしい肢体が震え始め、心臓の鼓動が早まっていく。
その様は嗜虐的性嗜好の人間が見れば思わず唾を飲むような淫蕩さがあった。どうもこの女はひどく人の嗜虐心をくすぐる体質のようだ。
それに武器を奪われた無力な女に悪の手先がする事なんて、容易く想像できるだろう。
だが無理矢理女をどうこうするのは趣味じゃない、俺はひとまず誤解を解くことにする。


「さて、変な事とはなにかな?」
「そ、それは……その……エ、エッチな事とか……」


自分で言って真っ赤になっていたら世話無いな。
心音や声の調子からすると初見からの予想通り処女なんだろう。
しかし“この世界の男は見る目が無いのか?”と疑問に思う、これだけの上玉を手付かずで残しておくのはもはや失礼の領域だ。


「残念ながら俺は君の言う“エッチな事”には興味がないんでね、まあ女日照りなのは確かだが、無理矢理というのは俺の趣味じゃない」
「……ほ、本当ですか?」
「今ここで俺が嘘を付くメリットはないだろう?」


俺はそう言うと手にしたグラスとウイスキーの瓶を目の前にかざす。
やや薄暗い独房の光に照らされたグラスが反射し、ウイスキーの美しい琥珀色が妖しく輝く。


「俺はこいつを飲(や)りに来ただけだ」


俺のこの言葉に、女は首を傾げて不思議そうな顔をする。
その仕草がまた随分幼さを漂わせて妙な愛らしさを覚えた、どうも彼女は天然の男殺しらしい。


「……意味が分かりませんが……ここでお酒を飲む理由がどこにあるんですか?」


その質問に俺はグラスに注いだ酒を飲みながら答える、やはりこの声を聞きながらだと普段の何倍も美味い。
舌の上に広がるアルコールに幾らでも芳醇さが増す気がした。


「理由は3つある、一つはここの連中に一緒に酒を楽しめるような奴がいない事。もう一つはお前の声だ」
「声?」
「ああ、実に良い声だ、きっと歌手になれば大成するぞ? これは賭けても良い」
「じょ、冗談はやめてください……」


お世辞半分の言葉でも恥じらいを見せる、なんとも純だな。
思わず“いつか悪い男にコロリと騙されるんじゃないか?”と少しだけらしくもない心配してしまう。
だが半分は本当だ、この声質ならば最低限の事を教えれば確実にモノになる。
おまけに容姿にも華もあるので申し分ない。
そんな感慨に耽っていると、その澄んだ声がまた俺に投げかけられた。


「それで3番目の理由ってなんですか?」
「ああ、それなんだが……まあ一杯やりながら話そうじゃないか」


そう言うと俺は空になった自分のグラスにまた酒を注いで手渡した。
少しばかりの警戒を込めた目で俺をジッと見つめると、女はそれを受け取る。


「じゃあまずは自己紹介といこうか、俺はミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク。バレイとでも呼んでくれ」
「フェイト……フェイト・T・ハラオウンです」


軽く自己紹介をした俺は事の本題に入った。話すのは無論“あの話”に関する事。
これはいわばカード(手札)の補充だ、いつでも切れる有効な札があるに越した事はない。
もし状況がどちらに転んでも上手く立ち回れるように手を打っておく。

俺は美酒と美声に酔いながら、頭の中に描いた算段をもう一度胸中で反芻した。


続く。

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最終更新:2008年12月10日 07:13