魔道戦屍 リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers 第十五話 「Tomb Stone」


薄暗くそして広大な空間に三つの巨大な容器が立っていた。
中に浮かぶのは人の脳、何か特殊な溶液に浸かり様々な管で繋がれたそれは標本などではなく今でも立派に生きている。
最高評議会、人の身を捨て去ってまで長寿を得て時空管理局を陰で操る旧時代の遺物達だ。
彼らは現在、各次元世界を震撼させている大事件、レジアス・ゲイズのクーデターへの対策を講じていた。


『そろそろ事件の首謀者に関する情報を隠蔽し続けるのも限界だな』
『できれば早期のうちにレジアスを処理して替え玉の首謀者でも立てられれば良かったのだが……現状ではもはや無理だ。そろそろ公表する頃合いだろう』


レジアス・ゲイズが事件首謀者である可能性が高い、という情報を彼らは当初から隠蔽していた。
地上本部の高官であった彼がテロの首謀者であるともし知られればとてつもないスキャンダルだ。
評議会は可能な限り内密にレジアスを処理し替え玉の犯人を仕立てて局への風当たりを保とうと考えていたが、それももはや限界が来ていた。


『やむを得まい、これ以上は要人を誘拐された各世界との関係に摩擦が生まれる』
『幾らか叩かれるのはもう避けられんか、できるだけレジアス個人に批判の矛先が向けば良いが……』
『ところで、問題の“ゆりかご”の場所は特定できたか?』
『現在ゼスト・グランガイツの証言から捜索中だ』


その言葉と共に空間に大量のモニターが展開され様々な映像が映し出される。
あるいは砂漠、あるいは荒野、あるいは森林、数多の次元世界の映像がそこに現れた。
最高評議会の手で保護されたゼスト・グランガイツからの証言から判明したレジアスの目的“聖王のゆりかご”、その埋まっているとされる候補地である。


『まさか“ゆりかご”とはな……』
『ああ、あんなモノが今のレジアスの手に渡ればただ事では済まない』


ロストロギア聖王のゆりかご、大昔にベルカで使われた超大型の戦艦である。
ゼストの証言からスカリエッティがそれを発見し、運用寸前まで漕ぎ着けていた事を知った最高評議会は即座に大規模な捜索を開始した。
レジアスの謀反は決してオーグマンの力だけで大成するものではない、きっとあの男はなんらかの形でスカリエッティがゆりかごを保有する事を知り今回の事件を起こしたと踏んだのだ。


『候補世界13、内5つが調査済みで反応なし、現在2つの世界を平行調査中だ』
『ゆりかご起動の為の聖王の器という生体ユニットは既にレジアスに奪取されているらしい、後は時間との勝負だな』
『難しい話だな……スカリエッティの研究施設からは何かでなかったのか?』
『いや、ご覧のとおり大したものは得られなかった』


展開された大型モニターに新たな映像が挿入される。
そこに映し出されたのは先日、レジアス・ゲイズの襲撃を受けて崩壊したスカリエッティの研究施設。
崩壊した施設、破壊されたガジェット、回収されたレリック……そして死体袋(ボディバッグ)に詰まった骸。


『回収できたのは幾つかのレリックとスカリエッティと破壊された戦闘機人一体、そして身元不明の遺体くらいか』
『それと研究素体用に保管されていた人間が何名か発見した。中には局員もいるので、後日蘇生措置を行い事情聴取を行う予定だ』
『ふむ、ゆりかごに関する資料でもあれば良かったのだが。襲撃者、恐らくはレジアスに奪われたか』


ゼストから得た情報でスカリエッティの研究施設の場所を特定した最高評議会は即座に自分達の抱える特殊部隊を送り込んだが、そこには大したものはありはしなかった。
得られたものといえば、かつてスカリエッティに捕縛された人々くらいか。


『スカリエッティの遺体は早急に処理するとしよう、今回の件といい奴のようなモノを作ったのは失敗だった』
『全面的に同意する』
『異論は無い』


そこでモニターの映像は再び別の画像に変わった。
出てきたのは隻眼・銀髪の少女や赤毛の少女達、スカリエッティの作り上げた戦闘機人ナンバーズの画像である。


『ところで、奴の作った戦闘機人のうちまだ何体か行方が分からないらしいな』
『ああ、恐らくは施設襲撃時に脱出したのか別行動だったのだろう』
『捜索は?』
『一般の部隊も交えて大規模に行っている。スカリエッティの他の施設にでも逃れているのだろう、ゼストの情報を元に探れば時期見つかる』
『うむ、できれば早急に確保したいものだ。奴らならゆりかごの情報も有しているだろうしな』




「早く……ソレをください」


少女の濡れた唇が男に哀願を囁く。
期待に燃える美しい瞳は男の手に握られたソレに釘付けで、さきほどから熱い眼差しを向けている。
男は少女の願いに応えようと、手に持ったソレを少女の顔に近づけた。
湯気が立つほど熱く粘着質な白を先にたっぷりと乗せたソレが少女の桃色の唇を割って侵入、汚れを知らぬ口腔にねじ込まれる。
だが少女はソレを美味しそうに飲み込んだ。口元を僅かに垂れた白で汚しながら舌を絡めてむしゃぶりつく。
しっかりと舌の上で粘り気のある白を味わい、喉を鳴らして飲み込む様は傍から見ればどこか淫猥さを感じさせた。
全て飲み込んだ少女がソレから口を離すと、唾液の糸がつうと一筋の橋を掛けて光を反射し妖しく輝く。
一口飲み込んだだけでは満足できないのか、少女はまだ物欲しそうな瞳で男を見つめる。


「もっと……もっとください」


再び囁かれる少女の哀願、その澄んだ声で請われれば男は拒む事などなく即座に応える。
またソレにたっぷりと粘る白を乗せ、少女の愛らしい唇へと近づけていく……


「な、なにやってんだ~!!」


そこへ燃えるような赤毛の少女、ナンバーズ9番ノーヴェの叫び声が割って入った。
彼女の乱入に口元を白く汚した桃色の髪の少女、ナンバーズ7番セッテは不思議そうに首を傾げる。


「“なに”とは……見て分からないのですか?」
「いや……そりゃ、分かるけどさ……なんでわざわざグレイヴに“そんな事”させてんだよ……」
「欲求が抑えられなくなりまして」
「いや……そりゃあたしだって分かるけどさ……恥ずかしいだろそんな……」
「いえ、全然恥ずかしくありません」
「あたしは見てて恥ずかしいんだよ!」
「……」


当のグレイヴは二人の少女のそんなやり取りをただ黙って見ていた。
どうやら彼が“スプーンでセッテにお粥を食べさせていた”事が、どうにもノーヴェは気に入らないらしい。
だが、先の戦いで両腕を失ったセッテに一人で食事をするのは難しく、食事の際は誰かがこうやって食べさせてやらないといけないのだ。
いつもの無表情マイペースのセッテに顔を赤くして怒るノーヴェ、グレイヴは二人を見つめつつ“スプーンに乗せたお粥が冷めてしまう”と密かに心配していた。

そして、セッテにノーヴェが突っかかっていると小さな影が部屋に現れる。


「おいノーヴェ、ケガ人相手にあまり騒ぐな」
「うう……でもセッテが……」
「ノーヴェ」
「……分かった」


銀髪・隻眼の小さな姉、ナンバーズ5番チンクが騒がしくまくし立てていた妹をそう諌めた。
慕っている姉の言葉にノーヴェは不満そうにしながらも口をつぐむ。
自分の言葉をちゃんと聞いた彼女に優しく微笑むと、チンクは重傷を負ったもう一人の妹に声をかけた。


「セッテ、傷の具合はどうだ? まだ痛むか?」
「少しだけ、ですがもう問題ありません。ただ、腕が無いのは少しだけ不便ですが」


セッテはそう言いながら、包帯で包まれた両腕を動かす。
彼女の両腕は、右腕は手首から左腕は肘から先がない。先の脱出戦でチャペル・ザ・エバーグリーンとの交戦により銃弾で吹き飛ばされたのだ。
包帯で覆われた全身と相まって寸足らずな腕はあまりに痛々しい。


「そうか、すまないな……ここでは新しいものに交換もできない……」
「いえ、チンクのせいではありません」


まるで自分の責任とでも言いたげにすまなそうな顔をするチンクにセッテはただ静かにそう返す。

先の脱出劇の際に大量の銃弾を受け重症を負ったセッテだが、ナンバーズ後発組の中でも傑作とまで呼ばれた彼女の身体はチンクの懸命な治療も相まってなんとか一命を取り留めた。
今はスカリエッティが各地に所有していた施設で、同じく重症を負いながらも大事を免れたセインと共に傷を癒している最中である。
死人兵士のグレイヴならすぐに再生できる傷も生きた機人では簡単には直らない。
廃棄された工場に偽装したそこでの潜伏生活、既に一週間目に突入していた。

さて、チンクの言葉でノーヴェが落ち着いたところでセッテは再び湧き上がる欲望(食欲)に忠実に行動を開始する。


「ではグレイヴ、先ほどの続きをお願いします」


セッテはノーヴェの乱入で中断されていた“はいア~ン♪”を続けて欲しいとねだり、物欲しそうな瞳をグレイヴに投げかけた。
細められた目蓋や控えめに開けられた唇から突き出された舌と相まって、その姿はやはりどこか淫靡に映る。
今度はノーヴェのみならずチンクも顔を真っ赤にするが、当のグレイヴは気にせずせっせとスプーンをセッテの口に運んだ。
それはもう、親鳥がヒナに餌を与えるような甲斐甲斐しさで。

無論それを黙って見ているノーヴェではない。


「ああ、もう! だから止めろって言ってるだろ!」
「ノーヴェ、だから落ち着けと……」
「でもチンク姉!」


再びプンスカ怒り出すノーヴェ、チンクも静止をかけるがそれでも彼女は止まらない。
当のセッテは気にも留めずにグレイヴに食べさせてもらったお粥をマッタリ咀嚼している。


「むぐむぐ、何故ノーヴェはそこまで怒るのですか?」
「へ? いや……それは、その……グレイヴだって迷惑、だろ?」


セッテの至極まっとうな質問にノーヴェは頬をうっすらと赤らめながら恥ずかしそうに指先をモジモジする。
彼女のこの言葉にセッテはモグモグしていたお粥を飲み込むと視線をグレイヴに向けた。


「そうなのですか?」
「……」


少女の質問に死人兵士は首を横に振ってNOとアピール。


「だ、そうですが」
「あう……そ、それは……」
「では食事を続けてもよろしいですか?」


はやくご飯が食べたいセッテはそう問うが、ノーヴェは真っ赤な顔で不満そうな顔のままだ。
そして赤毛の美少女はしばらく悶々としていたが、何か良い案を閃いたのかパッと顔を上げる。


「よし、そんな飯が食いたいならあたしが食わせてやる! おらグレイヴ、それ貸せ!」


そう言うや否や、ノーヴェはグレイヴの手からスプーンとお椀を奪い取り、中に盛られたおかゆを目一杯掬うとセッテの口にねじ込んだ。
そして次々と暴力的とまで呼べる勢いでお粥を運び込んでいく。


「おら、食え喰え!」
「むぐぐー」


お椀に盛られたおかゆは瞬く間にセッテの口の中に消えて行き、彼女の頬はまるでエサを溜め込んだハムスターのように膨らんでしまう。
無表情な顔と相まって、それは意外と愛くるしい姿だった。


「やれやれ、ノーヴェも困ったものだな……グレイヴ、それでは他の仕事も頼む」
「……」


少女の言葉に彼は一度頷いて了承の意を伝えた。
じゃれ合っている妹二人はとりあえず放置しておいて、チンクはグレイヴを連れてセッテの部屋を後にする。
まあ、ノーヴェはアレで根は優しい少女なので放っておいてもセッテにそれほど酷い事はしないだろう。
それにチンク自身、グレイヴに手ずから食べさせてもらうという状況に、少しだけ羨ましいと羨望を感じていたのだからノーヴェを止める理由はない。
後方で騒ぐ妹をそのままに小さな少女は大きな死人と一緒にその場を去って行った。




森の木々の緑を燃えるように鮮やかな夕日の茜色が染める、目を奪われるようなその光景を銀色の髪をたなびかせた少女が窓ガラス越しに眺めていた。
彼女の隻眼の瞳に映る茜色は、どこか寂しげで触れれば壊れてしまいそうな儚さを孕んでいる。

澄んだ瞳の奥に渦巻くのは様々な苦悩。

レジアスの手に落ちた囚われの姉妹の安否、管理局の追跡や捜査から隠れながら聖王のゆりかごまで辿り着く方法、そして大切な家族を手にかけた者を倒して仇を討とうという決意。
多くの思慮と感情が少女の小さな胸の内に渦巻き、大きなうねりとなって暴れている。
少女の唇から物憂げに溜息が漏れると、そんな彼女に妹の一人が声をかけた。


「チンク姉、大丈夫? なんだか疲れてるみたいだけど……」
「ああ、ディエチか。なに……少し夕日を見ていただけだ」


声をかけたのは、長い髪を後ろでリボンで結んだ少女、ナンバーズ10ディエチ。
チンクはそんな彼女の言葉に、胸中の様々な想いを隠すように笑顔を作って答えた。
姉の表情にディエチも心配そうな表情を穏やかな笑みに変える。


「そっか、なら良いんだ」
「用はそれだけか?」
「ああ、えっとね、それともう一つ聞きたい事があるんだ……」


少し言い淀みながらディエチは一つの質問を小さな姉にする。それは知らぬが故の残酷な問いだった。


「ドクターとかウーノ姉ってどこに行ったのかな? チンク姉は“先に逃げた”って言ったけど……もう一週間近く経ってるし。連絡がないって事は、なにかあったんじゃないかって、心配になって……」


それは本当に純粋な優しさからの言葉だったが、チンクの小さな胸にどんな武器よりも鋭く突き刺さるものだった。
スカリエッティとウーノは目の前で死んだ、未帰還のトーレも恐らく生きてはいない。
動揺を与えまいと隠し続けていた事実が脳裏を駆け巡り、チンクは思わず唇をキュッと噛み締める。
そして一瞬の逡巡の後に口から出た言葉は、再び嘘で塗り固められたものだった。


「ドクターの事だ、きっとどこかで油でも売っているのだろう……きっと無事だ」
「うん、それなら良いんだ。ごめんね、変な事聞いて」
「いや……構わんさ」


ディエチはチンクに礼を言うと安堵の表情を浮かべてその場を後にする。残された隻眼の少女は泣きそうなくらい悲しい目で彼女の背中を見送った。


「やっぱり……嘘は好きじゃないな……」


消え行く妹の背中から再び夕日の茜色に視線を戻しながら、チンクは堪らない悲しみの溶けた言葉を呟く。
心を揺さぶる鮮やかな空も、今はどこか虚しいものに見えた。

そんな時だった、外の景色の中に見覚えのある影が一つ映る。
背中に十字架の刻まれた黒のジャケットに身を包んだ長身の男、見紛う筈も無い大切な家族、最強の死人兵士の姿。
あんな場所で何をしているのかと、僅かな疑問を感じたチンクは彼の元へと向かう事にした。

ドアを開け、施設の外へと足を踏み出して目には言ってきたのは夕日の赤と木々の緑。
廃工場に偽装された施設の外は、長年人の手が入っておらず鬱蒼とした森が広がっていた。
チンクは周囲の風景など見向きもせず、先ほどグレイヴの姿を見かけた場所を目指して足を進める。
茂みを掻き分け若干傾斜を有する小高い丘を登って行く、戦闘機人の彼女にはこの程度は大した労では無い。
そして、程なく目的の人物は見つかる。

小高い丘の上、大きな木の下に彼はいた。
木の下、地面が剥き出しになったそこで、死人は何故かしゃがみ込んでいた。
彼が何をしているのか想像もつかず、チンクは疑問に首を傾げながら声をかけた。


「グレイヴ、何をしているんだ?」
「……」


かけられた少女の声に死人は特に驚いた風もなく一度振り返ると、見てみろと言いたげに視線をまた地面に戻した。
チンクはグレイヴの隣まで近寄ると、彼に従って自分の視線も足元に向ける。
そこには小さな石が積み上げられ、二つの山が出来ていた。
最初は意味が分からなかった、こんな場所でこんな事をする事に何の意味があるのか。だがグレイヴの表情から滲み出る悲壮の色を見て、チンクはやっと理解した。


「もしかして……墓代わりなのか? ……ドクターやウーノ達の……」
「……」


グレイヴは何も言わず、石を積み上げながら頷いた。そして、ただ静かに黙々と積み上げ続ける。
茜色の夕日が照らす中、場には小石が触れ合う音のみが響く。その静寂には例え様のない弔いの悲哀が溶けていた。

グレイヴがそうやって小石の墓を築いていると、立っていた少女は彼の横にそっと腰を下ろす。
そしてチンクもまた彼にならい近くの小石を拾い上げるが、彼女が石を積んだのは今までに作られたモノの隣りだった。


「……」


グレイヴはこれの意味を一瞬図りかねて視線で疑問を投げるが、次の瞬間には少女の意思を理解する。
視線に込められた感情が、疑問から深い悲しみへと変わっていく。
そんな彼に、チンクは静かに口を開いた。


「トーレもな……たぶん死んだ……だから、墓は三つだ……」


吐き出された声は、まるで今にも泣き出してしまいそうなくらい弱弱しかった。
そして、片方しかない澄んだ金色の瞳が涙の雫で僅かに濡れている。


「私は……駄目な姉だな……」


顔を俯けて石を積み上げながら、チンクはぽつりと言葉を漏らした。
一つまた一つと石が積まれるたびに同じ数だけ透明な涙の雫が地面へと落ちてシミを作る。
妹達の前で被り続けた“頼れる姉”という仮面が剥がれ落ち、チンクは本当の素顔を晒した。


「囚われた者を助ける事、殺された者の仇を討つ事……それで頭が一杯で……死んだドクター達を弔おうなんて、思いもしなかった……」


涙を零し嗚咽を漏らし、童女が贖罪の石を積む。それはさながら賽の河原。
墓石代わりの小石をいくら積んでも少女の涙は止まらない。
大切な家族を弔う事すら忘れた自分が許せなくて、死した家族への罪悪感が彼女の小さな胸を強く締め付ける。
今まで必死に抑え続けた分、妹に嘘を吐いた分、溢れ出る感情のうねりはひたすらに涙の雫を作り出し、その美しい瞳を濡らした。


「……」


グレイヴは悲しみに涙する彼女に声もかけず触れることもせず、黙って己が隻眼で見つめていた。
人は時に悲しみという名の感情の赴くままに涙する時がある。
そんな時、ただ静かに寄り添う事が千の言葉よりも万の抱擁よりも癒しとなるのだ。それを知っているからこそ、男は何もせず静かに少女を見つめた。
優しく見守り傍に寄り添う、それだけの事が小さな少女の悲しみを少しだけ暖かくしていった……

いったいどれだけ時が過ぎたのか。数分にも思えるし、数時間にも思える。
足元に出来た涙のシミが随分と広がり、墓石代わりの小石が小さな山を築き上げた時、少女の悲しみと涙はようやく止まった。


「すまないなグレイヴ……みっともないところを見せてしまった……」


チンクはそう言いながら濡れた頬をコートの袖でグシグシと拭う。
泣きはらした目は少し赤くなっていて痛々しい。そんな彼女の様子にグレイヴは立ち上がって周囲を見回し始めた。
突然の彼の挙動にチンクは不思議そうに首を傾げる。


「どうした?」


だが返事は返ってこない。グレイヴは周囲を見渡すと近くの茂みに足を進めてなにやらゴソゴソと手を伸ばす。
そして何か掴んで立ち上がったかと思えば、彼の手には凄まじく大きな石が抱えられていた。
直径は70センチ以上あり、重さは優にチンクの体重の倍はありそうだ。
グレイヴはそれを持ったままチンクの近くに歩み寄ると、チンクの積んだ小石の山を眺める。
どうやらこの大きな石も一緒に乗せたいらしい、これに少女は思わず苦笑した。


「グレイヴ、それは流石に大きすぎる」


さっきまで雨降りだったチンクの表情に微笑みが戻った。
彼女の心に宿る悲しみを少しだけ解せて、グレイヴも苦笑するように笑う。

そんな時だった、歴戦の死人兵士の鋭敏な感覚は違和感に気付く。

“見られている”グレイヴはそう感じた。
周囲を見渡すがどこにも敵影はない、気配も曖昧だ、しかし死神とまで呼ばれた男は確実に敵の臭いを感じた。


「……?」


そして茂みの中に草の僅かに草が動く点を発見する。
それを認識するや否や、死人は手に持っていた巨大な石を投げつけた。
死人兵士の想像を絶する金剛力により投げられたそれは、空気を切り裂きながら凄まじい速度で目標に向けて飛来。
茂みに衝突すると同時に小規模な爆発と思える程の土煙を上げた。


「ど、どうしたグレイヴ!? まさか……敵か?」
「……」


グレイヴはこの質問に静かに頷いて肯定すると即座に行動を開始。
チンクの身体に手を伸ばすと彼女の小さな身体を抱き抱えて持ち上げる。


「ひゃっ!? な、なんだっ!?」


突然の事に驚いてチンクが可愛い声を上げるが、グレイヴは気にせず死人兵士のその怪力を脚部に込め、さながら空を飛ぶと錯覚するほどの跳躍で自分達の隠れている施設まで飛び退いた。

そして、撤退する彼らを不可視の魔犬が追う。


魔犬の飼い主は遥か遠方、大型艦船通称“クラウディア”内部からこれを見ていた。


「ありゃりゃ、なんだかバレたみたいだよ」
「君の“無限の猟犬”にか? それは凄いな」


緑色の長髪の男、猟犬の飼い主の言葉に黒髪の男が驚く。だが猟犬の主は特に何でもない、飄々とした風に応えた。


「いや、でも大まかな位置は分かったよ」
「そうか。じゃあそろそろ、六課の皆に出動してもらおう」


その言葉により、クラウディア内部で待機していた機動六課が出動準備を終えるまであと数分。

管理局の手は確実に機人の姉妹と死人へと迫っていた。


続く。


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最終更新:2009年01月29日 17:19