最近、考え込むことが多くなった。



 ――あたしは、何を目指しているのだろう?



 こんな風に考える切欠は何時だったか。
 訓練校に入った時? そこを卒業した時? それとも、Bランク魔導師の試験に合格した時?
 違う。

 <機動六課>に入隊した時だ。

 そこから、自分の人生は大きく動き始めた。
 一歩一歩の小さな歩みが、途端に大きく足を跳ね上げ、追い風に乗って走り始めた。
 遠く仰いでいた『何が』見え始める。
 だからだろうか?
 自分の行き着く先を、とりとめもなく考える時間が増えた。
 決まっている。決まっている筈だ。
 漠然とした目的で、凡人の自分がここまで辿り着けるはずがない。
 苦しみに膝を着き、悔しさで地を這った時、自分を支えたのは不変の誓いだった。

 受け継いだこの<弾丸>で、兄の目指した正義を貫き通す。

 その為の手段は明白で、目指すべき頂もハッキリと見えていた。
 しかし、実際にその道を走って気付く――。
 自分の行く道には、どうしようもなく多くのものが転がっているという事実に。
 それは障害であり、足を引っ張るものであり、煩わしいものであり――また同時に、支え、導き、癒してくれるものでもあった。
 それらに触れながら、時には抱えながら、少しずつ自分の荷物を増やしながら走っていく。
 重くなどない。むしろ――。



「――ィアナさん。あの、ティアナさん?」
「え?」

 我に返ったティアナの視界にキャロの心配そうな顔が映った。
 物思いに耽っていたらしい自分の信じられない気の抜きようを戒めると、それを表には出さず周囲を見回す。
 木々が並ぶ見慣れた訓練場の風景が目に入り、ティアナは自分の状態を冷静に理解した。

「ごめん、ボーっとしてたわ」
「ティアがボーっとするなんて、相当のことじゃない? やっぱり疲れが溜まってるんだよ」

 自分と同じ分量の自主練習をこなしながらも、こちらはますますエンジンが掛かっているような高揚した様子の傍らでスバルがパートナーを案ずる。

「違うわよ、フォーメーションを考えてたの。アンタが物を考えないからあたしが脳みそ酷使することになるんでしょうが」
「ひどっ! まるでアホの子みたいに言わないでよ!」
「違うの?」
「何、その心底不思議そうな顔!」
「もしもし、入ってますか? ナカジマさん、お留守ですか?」
「痛っ! 痛い、やめてたたかないでノックしないでっ!」

 叩くとコンコンいい音を立てる頭の中身を割りと本気で心配しながら、ティアナはスバルの追及をかわせたことに安堵していた。
 無理をしているのは自覚済みだ。
 他人の心配事となると勘の良いこの相棒には、あまり踏み込んで欲しくなかった。
 彼女の好意が煩わしいなどとは思わない。
 ただ、他人事の薄い言葉だと思えるほど、自分はスバルに心を許していないわけではないのだ。
 その時ふと、ティアナはつい先ほどまで考えていたことを思い出した。
 道を進む上で巡り合った、他人との数奇な出会い。
 スバルと、そしてエリオやキャロ。高町教導官を始めとした、多くの先達たち……。

「ティ、ティアナさん……よろしかったら、その……これ」

 弱弱しく差し出されたドリンクのボトルを一瞥し、ティアナはそれを持つ少女の小さな手を辿った。
 ロクに相手の顔も見れないほどの緊張で真っ赤に染まり、それでも拒絶される恐れと純粋な好意でドリンクを渡そうとする健気な姿がある。
 ティアナは時折見る、キャロのそういった人と関わろうとするささやかな勇気を微笑ましく思い、笑顔でボトルを受け取った。

「ありがとう。喉渇いてたのよ――ゲブォハッ!?」

 スバルに言わせれば『デレ』であるらしい貴重な笑顔でボトルを煽り、次の瞬間ティアナは奇怪な声と共に口と鼻の穴からドリンクを逆流させた。
 史上最悪の毒を含んでもこうはならないという凄惨な姿でのた打ち回り、スバルとエリオは硬直し、それを成した張本人のキャロは自らのへの恐怖で小さな悲鳴を上げた。

「ティアァァァーーー!? どうしたの、何が起こったの!?」
「……何コレッ!?」

 鼻から奇妙な液体を垂れ流したティアナは鬼気迫る形相でキャロに食って掛かった。
 その異様な迫力に哀れな少女は危ういところで失禁するところであった。

「ス、スポーツドリンクですぅ……オリジナルブレンドの」
「セメントでもブレンドしたっての!?」
「よく分からないですぅぅっ! シャーリーさんに教わったまま混ぜて……っ」

 あのマッドメガネめ、スケボーのように隊舎内を引き回してやる!
 罪の無い無垢な少女から確信犯へと怒りの矛先を転換させたティアナは強く誓った。

「あの……ごめんなさい。ティアナさん、疲れてるみたいだから、栄養が付く物をってわたしが頼んで……」

 必死に言い繕うキャロの表情には涙と、自分の為したことへの深い後悔が滲み出ていた。
 頭を抱えたくなるような理不尽な気持ちがティアナの心に湧き上がる。
 何処か他人から一歩退いていようとする少女の歩み寄りを、自分は拒絶してしまったのだ。そこにやむを得ぬ事情があるにせよ。
 ああ、畜生。やってらんない。そんな悪態を吐きながら、体は勝手に動く。
 キャロの抱えるボトルを奪い取ると、その凶悪な中身を一気に喉の奥へ流し込んだ。

「ティア、死ぬ気!?」
「無茶ですよ!」
「ああっ、ダメです……っ!」

 周囲が口々に止める中、ティアナは不屈の精神でその粘液を飲み干した。

「……キャロ」
「は、はい!」
「クソ不味いわ」

 呻くように吐き捨てると、ティアナは空になったボトルをキャロに渡した。

「次は、普通のドリンクを頼むわね」
「……はいっ!」

 そっぽを向いて投げ捨てられたティアナの言葉の意味を理解し、キャロは満面の笑顔で頷いた。
 様子を見守っていたスバルとエリオの顔にも自然を笑みが湧いてくる。
 それから、気分の悪さとは裏腹に体調は異常なほど回復したのは決してあの呪いのドリンクの効能などではなく偶然だと思いたい。



 気が付けば暖かなものに囲まれていた。

 同じ志を胸に宿す仲間達。
 目指すべき指針となって、行く先の空を飛ぶ英雄。
 この背を預ける唯一の相棒。
 そして――。



『―――がんばれよ。お前ならやれるさ』



 この出会いの数々はある種の幸運であると、認められる。
 多くの大切なものに自分は恵まれているのだ。

 ――だが、そうした優しい日々の中でも決して忘れられない過去があった。

 兄は死んだ。
 両脚と左腕を失い、酷く綺麗な死に顔が現実感を与えてはくれなかった。
 残された右腕にはデバイスが握り締められていたらしい。最後までトリガーを引き続けて。

 決して無くならない現実がある。
 兄が命を賭して放った弾丸は届かず、撃たれるべき者が今まだこの世界でのうのうと生き続けているという現実が。  

 過去と未来。
 どちらを優先させるべきか。
 答えなど出ない。きっと誰にも。
 ただ考えるのだ。
 この満ち足りていく日々の先で、夢を叶え、頼れる仲間と共に自らの信じる正義を成し、いずれ兄の仇を正当な裁きの下で打ち倒す――そんな理想の傍らで、否定に首を振る自分がいる。
 それも一つの選択なのかもしれない。
 でも、ダメだ。
 どうしても出来ない。
 穏やかで優しい日々の中、まるでぬるま湯に浸かる自分を戒めるように脳裏を過ぎる兄の死を、ゆるやかに忘却していく事など。
 それは愚かしいのかもしれない。過去に捕らわれているのかもしれない。
 だけど。
 ただ一つ。報われるものが欲しい。
 『無能』『役立たず』と罵られ、その死を悼まれることも無く死んでいった兄の魂に捧げられる何かが欲しい。

 その為ならば、仲間よりも、幸福よりも――これから続く優しい日々よりも。
 ただ一発の<弾丸>が欲しい。
 全てを貫く魔の弾丸が欲しい。 

 どちらの道が正しいかなど分からない。
 ただ、どちらが幸福かは明白だ。
 それでも尚、考え続ける。



 そして今、一つの答えが出ようとしている――。






魔法少女リリカルなのはStylish
 第十六話『Shooting Star』






 実出動僅か2回の新人魔導師と前線に立ち続け多くの新人を導いてきたベテラン魔導師。
 Bランクにされて間もない飛行魔法未修得の陸戦魔導師とリミッター付きとはいえ実質S+ランクの空戦魔導師。
 その二人が戦えばどうなるか?
 予測など容易い。決着は火を見るより明らかであった。
 少なくとも、その戦いを見守るほぼ全ての者達が予見していた。

 ――しかし。では、この緊迫感は一体何だ?

 誰もが固唾を呑んでいた。
 空気が張り詰め、ピリピリと乾燥している。
 戦闘の意志を明確にしたなのはとティアナの対峙に、全ての物事が息を潜めている。
 緊張の糸は緩まず、切れもせず、ただギリギリのところでピンと張り詰めていた。
 それは、この二人の拮抗を意味するのではないか。

『結果は見えている。しかし――』

 誰もが予想し、しかし心の片隅でそれを疑う気持ちを抑えることが出来なかった。

「――いくよ、ティアナ!」

 静かな対峙をなのはの宣告が崩した。
 油断を戒めるような緊張感がなのはに全力で戦うことを忠告していた。そして、だからこそ確実な手段を取る。
 先制攻撃として<ディバイン・シューター>の魔法を瞬時に展開した。まずは様子見だ。
 <ウィングロード>の限定的な足場で、飛行能力を持たないティアナには誘導性を持ったこの攻撃さえも脅威となる。
 油断ではない。が、上手くすれば一瞬でカタが付く。なのははそう思っていた。
 なのはの周囲に桃色の光弾が幾つも形成される。
 そして――次の瞬間<銃声>と共にそれら全てが弾け飛んだ。

「な……っ?」

 なのはの驚愕は、状況を見る者全ての心を代弁していた。
 形成とほぼ同時に他の魔力との衝突で相殺されたスフィア。桃色の残滓が空しく周囲を散っている。
 なのはは、それを成したティアナの姿を凝視した。
 突きつけられた二つの銃口から薄い白煙を上げ、不敵な笑みを浮かべる彼女の姿を。

「撃ち落とされたの!?」
《Positive.》

 レイジングハートが無機質に肯定した。
 ほぼ全ての射撃魔法に言えることだが、発射には『魔力を集束しスフィアを形成して放つ』という過程が存在する。誘導という術式を付加するならば尚更だ。
 ティアナはその一瞬のタイムラグを突いたのだった。どんなに強大な力でも発生の瞬間は小さな点である。

「訓練で嫌と言うほど味わいましたから。高町教導官の誘導弾は、一度放たれれば飛べない私にとって脅威です」

 しかし、その一瞬を見極め、正確に行動出来るかと問われればやはり疑わざるを得ない。

「だから、撃たせない」

 目の前の現象が、ティアナの言葉のまま簡単な話でないことはなのはにも理解出来た。
 可能にした要素は幾つか在る。
 ティアナの魔力弾は魔導師の中に在って異質だ。どんな射撃魔法よりも弾が速い。
 誘導性を一切捨て、過剰圧縮による反発作用を加えた実弾並の弾速を誇るティアナの魔力弾だからこそ、相手の行動に反応してから撃ってもなお先手を取れたのだ。
 だが、数も出現位置もランダムな標的にそれを全て命中させたのはティアナ自身の磨き上げた腕前に他ならない。
 それは魔導師ならば――どんな射撃魔法にも命中率に多少なりとも弾道操作による補正を入れている、なのはですら及ばない射撃能力だった。
 その力に戦慄し、同時になのははそんなティアナを想う。
 何故、その自分の力を誇ってくれないのか。

「溜めのある魔法は命取りだと忠告しておきます!」

 駄目押しのように告げ、ティアナは魔力弾を発射した。
 実弾に匹敵する弾速を人間の動体視力で捉えられるはずもない。魔力反応、銃口の向きによる弾道予測、反射神経、全てを使ってなのははそれを回避した。
 防御ではなく回避。咄嗟の判断だったが意味はあった。あのまま場に留まって射撃の応酬をしていれば、近くにいたスバルを巻き込んでいただろう。
 今のティアナは他人を配慮する余裕や甘さなど持ち合わせていない。あの<悪魔>を撃った時のように。
 なのはは<ウィングロード>の足場から飛び出し、そのまま飛行してティアナの死角に回り込みながら狙い撃つ。
 チャージ時間を短縮した<ショートバスター> さすがにそれを止める猶予は無かった。
 しかし、ある程度威力を犠牲にしてなお脅威的なその砲撃を、ティアナは半身を反らした紙一重の動きで避けた。
 髪を掠めて肌のすぐ傍を圧倒的な魔力の奔流が走り抜けていく。その瞬間に瞬き一つせず、表情はただ不敵に笑うだけ。

「――狙いが甘いですよ、教導官」

 カウンターのようにティアナの魔力弾が放たれた。
 威力も魔力量も遥かに劣る、しかしただひたすら硬く速い弾丸が、飛行するなのはの機動予測地点へ正確に飛来した。
 成す術も無く肩に命中し、走り抜ける痛みと衝撃になのはは小さく呻いた。
 なのはのバリアジャケットは長時間の展開を目的とした軽量の<アグレッサーモード>を取っているが、それでも魔力に底上げされた基本防御力は一般魔導師のそれを上回る。
 その防御が砕かれていた。
 直撃を受けた肩の部分が破れている。一見すると布のようだが、付加された特性を考えればそれは鎧を撃ち砕いたに等しい。
 訓練の時とは違う。手加減も配慮も無い。
 明確な意思と決意の下の戦いで、鉄壁の防御を誇る高町なのはが受けた久方ぶりのダメージであった。

「命中率を誘導性に頼りすぎです」
「……やるね」

 ある種の快挙ですらあるその結果を誇りもせず、ティアナは油断無く銃口を突きつけたまま皮肉げに言った。
 それが挑発であることは分かっている。しかし、なのはは悔しげに笑わずにはいられない。
 油断しないと言いながら、心の何処かでタカを括っていたのだ。自分は有利だ、と。
 そんな自分を嘲笑う。
 そして認めた。
 もはや目の前の少女は、完全に<敵>である、と。
 自らも工夫し、力と技を駆使して打ち倒さなければならない相手なのだ、と。
 そうでなければ、何を言ったって自分の言葉は彼女の決意を1ミリも動かせやしない。

「教導官の強さは認めますが、アナタの認識だけで何もかも測れると思わないことです。だからアナタのこれまでの訓練は……」
「ティアナ、今回はよく喋るね」

 更に挑発を続けるティアナに対して、なのははむしろ嬉しそうでもあった。

「普段も、それくらい気安く話しかけてくれてよかったのに」
「……黙れ」

 感情が露わになる前に冷徹な仮面を被り直し、ティアナは無慈悲な射撃を開始した。

《Accel Fin》

 急加速。
 初弾を回避した瞬間、移動先を読んだ第二射が正確無比に飛来する。
 なのはは咄嗟にラウンドシールドを展開してこれを防ぐ。
 更に数発の弾丸が障壁を叩いたが、さすがにその防御を貫くことは出来なかった。
 やはり高町なのはの防御力は鉄壁。本気で守りに回れば、ティアナの攻撃力では突破出来ない。
 その事実にティアナは舌打ちし、同時にすぐさま思考を切り替えて両腕に魔力を集束し始めた。
 自分の射撃は一度なのはの障壁を抜いている。要は状況とタイミングだ。必ず一撃を通せる瞬間がある。それを捉える。
 戦意を衰えず、むしろ集中力を高めるティアナの前でなのはがシールドを解除した。
 もちろん撃たない。これは隙ではない。必ず何らかの意図がある。
 その予想に従うように、なのはがレイジングハートをティアナに突き付けた。

「今度はこっちからいくよ」

 当たるか。
 直線射撃なら回避、誘導弾なら迎撃。いずれの行動にも瞬時に移れるようティアナは身構える。
 そんな万全の態勢を前にして、今度はなのはが不敵に笑う番だった。

「――フェイントだけどね!」
《Accel Shooter》

 目を見開くティアナの視界で三条の閃光が空を走った。

「何っ!?」

 タイムラグ無しに<ディバイン・シューター>より更にチャージ時間を必要とする<アクセル・シューター>を放ったという事実。
 集中して見ていたが、狙うべき魔力スフィアの形成は確認されなかった。
 驚くティアナを尻目に、なのはの『背後』から鳳仙花の種のように飛び散った三つの魔力弾が空中で軌道を変更し、標的目掛けて一斉に襲い掛かった。
 手遅れだと思いながらもティアナは答えを知る。
 なのははシールドで防御した際、障壁の輝きで視認を妨害しながら、更に自らの背後で魔力を練り上げていたのだ。攻撃の前動作を隠し、同時に射線を体で遮れるように。
 今更もう遅い。恐るべき誘導性を持つ魔法は放たれてしまった。
 回避が不可能ならば、スバルのような機動性も持たない自分が逃げ切ることもやはり不可能。
 クロスミラージュが自らの判断でシールドを展開し、そうと意図せず両腕に集束していた魔力を防御力の後押しとする。

「うわぁっ!」

 シールドが魔力弾を受け止める。
 しかし、カートリッジの魔力増加無しにしてもその威力は凄まじかった。
 一発目がシールドごとティアナの体を揺るがし、二発目が盾に亀裂を入れ、三発目がついに砕く。
 互いに相殺し合う形であったが、反動でティアナの体は<ウィングロード>から弾き出された。
 咄嗟にアンカーを撃ち出し、頭上に走る別の足場まで移動する。
 その間、致命的な隙でありながら、なのはは追撃を行わなかった。
 それは、ティアナが最初の攻撃でスフィアを撃ち抜いた後、一瞬無防備になったなのはをそのまま撃たなかった理由と全く同じである。

「――視野を広く持つように、って教えたよね?」

 睨み付けるティアナの感情的な視線を戒めるように、なのはは言った。

「一歩退いて、相手を観察することも重要だよ。魔力の動きにも気をつけて。ティアナは五感を鍛えてる分、その辺の感性が鈍いよ」
「う、うるさいっ!」

 仮面が剥がれ落ち、苛立ちとそれに隠れた羞恥がティアナの顔に浮き彫りになる。
 意外と激情家なんだな。やっぱりヴィータちゃんと気が合いそう。
 クールな少女の新しい発見に、場違いな感心と納得を抱きながら、それを心の片隅へ追いやって、なのはは更なる戦闘の為に行動を開始した。

「お話――聞かせてっ!」

「驚いたな……。ティアナ、なのはとしっかり渡り合ってるよ」

 ビルの屋上でキャロ達と共に上空の様子を見上げていたフェイトは思わず呟いていた。
 思う事は多い。
 二人の戦闘までの経緯はしっかり聞き及んでいた。ティアナの言い分も分かるが、なのはの普段の苦労を知る側としてはその意思を汲んで欲しいというのが本音だ。
 だが今は、そんなどちらが正しいとか味方するとかいう話は置き、ただ純粋に感心せざる得ない。
 ティアナの意志は、なのはの意志に決して劣らない。
 彼女にはそれほどまでに強い決意があるのだった。
 それ故にぶつかり合わねばならないという現実が、どうしようもなくやるせないものではあるのだが。

「……フェイトさんは、どっちが勝つと思いますか?」

 フェイトの漏らした呟きを聞いたエリオが躊躇いがちに尋ねた。

「それは、どっちに勝って欲しいって聞きたいんじゃないかな?」
「……そうかも、しれません」
「エリオはどう?」
「ボクは……ティアナさんを、応援したいです」

 意外にも、エリオはフェイトの眼を真っ直ぐに見返して明確な答えを告げた。
 保護者であり恩師であるフェイトに対して、何処か一歩退くような遠慮を見せるエリオには珍しい我を貫く姿勢だった。

「勝てば、ティアナさんはきっと孤独になります。スバルさんに言ったことは本心じゃないって信じてますけど、でも望んだ結果だとは思います。
 でも……それでもティアナさんが自分の目標の為にそれを本当に望むなら、ボクはそれを叶えて欲しい。
 その上で、例えティアナさんが独りを望んでも、ボクが勝手について行くだけですから。あの人が、未熟なボク達を信じて、導いてくれたように」
「そっか……」

 そのことにショックなど受けない。むしろ嬉しく思う。
 エリオにも、そうして貫くべき意志と守るべき大切なものが見つかったのだ。
 自分にとってなのはと過ごした10年がそうであるように、エリオにとってティアナや他の仲間と乗り越えた苦楽こそ、月日の長さを超えた大切な経験なのだろう。
 人との付き合い方はそれぞれ違う。
 確かに、自分やなのははティアナのことをエリオ達に比べて知らない。
 だからこそ、二つの意志は相反するのだ。

「わたしは……」

 ただ黙って、悲痛な表情で戦闘を見上げていたキャロが、震える声で呟いた。

「どっちにも勝って欲しくない。ううん、勝ち負けなんてどうでもいい。
 なのはさんとティアナさんが無事なら……戦うのをすぐに止めてくれたら、それでいい……」
「キャロ……」
「だって! おかしいですよ、こんなの……だって二人ともいい人です。優しい人です。敵じゃないんですっ!」

 キャロは涙を流し、誰にもぶつけられない訴えを嗚咽と共に吐き出していた。
 親しい人達が戦い合うこと――キャロにとって、それ自体が既に<痛み>であった。

「どうしてですか、フェイトさん? 戦うって、悪い人を倒す為や、大切なものを守る為にすることでしょ?
 ティアナさんは悪い人じゃないし、なのはさんは何かを壊そうとしてるわけじゃないっ。じゃあ、戦わなくていいじゃないですか!」
「違うよ、キャロ。これは……」
「嫌だよ、エリオ君……こんなのやだ……」

 縋り付くキャロを、エリオはただ弱弱しく支えることしか出来なかった。
 フェイトもただ痛ましげに見つめ、告げる言葉が無い。
 幼いながらも呪われた人生を経験してきた。その上で差し出された手に救われ、再び人を信じ、仲間の暖かさに癒された。その無垢な少女にとって、これがこの戦いへの答えだった。
 キャロの言葉はあまりに純粋で、単純だ。
 だが、真理でもある。
 フェイトとエリオは目が覚める思いだった。
 ああ、そうだ。どんな事情があれ――親しい人達が傷つけ合うのは嫌だ。胸が痛む。
 なのはが、そしてティアナもきっとそうであると。
 二人は改めてこの戦いの厳しさと悲しさを知った。

「そうだね、キャロ。痛いことだよ、戦うって……」

 フェイトはキャロの頬を伝う涙を優しく拭った。かつて、初めて彼女と会った時そうしたように。
 だが今流れるこれは悲しみの涙だ。

「嬉しい時にも流れるけど、やっぱり苦しい時や悲しい時に涙は出るんだ。私もそれを見たくない。でも……」

 キャロの顔をそっと自分に向け、視線を合わせて囁くように告げる。

「それが<人間>だから――。
 どうしても分かり合えなくて、気持ちはすれ違って……それでも感情をぶつけ合いながら歩み寄っていくのが、人間だけが出来る戦い方だから」
「人間だけが、出来る……」
「涙を流せるってことは、心があるってことだよ。
 これは、その心の戦い。どっちが悪いとか良いとかを決めるんじゃない。多分正しい答えなんて無い、それ以外を決める戦いなんだ」

 後はもう何も言わず、フェイトはただ黙って空を見上げた。
 止めること無く、横槍を入れることも無く、ただ見届けなければならない。この戦いの決着を。
 なのはとティアナ。
 かつて、自分となのはが戦った時のように、この決着でこれまでの何かが変わる。
 それがより良い未来への分岐なのか、最悪の道への一歩なのか。それは分からない。
 10年前、自分が戦った時。向けられたなのはの想いを否定した。完全な拒絶と敵意を持って戦い合った。
 あの日のことは、多分一生引き摺る負い目だ。それは似たような境遇で戦ったヴィータも同じだろう。
 だが、あの戦いは必要だった。
 あの時に、自分は岐路を得て、選び、そして今此処にこうして立っている。
 だから後悔は無い。あの時の決着と出た答えに。それだけはハッキリと言える。

「なのは……」

 フェイトは心苦しさと同時に、不謹慎ながら喜びも感じずにはいれらなかった。
 今のなのはは、あの頃のなのはだ。そのものだ。
 管理局としての正義ではなく、次元世界を統べる秩序でもなく――ただ一人の人間としての想いを信じて戦っている。
 迷い、悩み、それでも自分なりに考えて、傷付きながらも信じ続けて前進する。まるでヒーロー。
 子供の頃から、その眩しい姿にずっと憧れていた。
 組織は多くの人々を助けられるかもしれない。
 でも、たった一人の為に全身全霊を賭けて救おうとする君が好き。

「つらい戦いだね。でも……頑張って」

 やっぱり君には――自分の信じるままに飛ぶ、自由な空が良く似合う。




「クソ……ッ!」

 放った魔力弾が再び障壁に弾かれるのを見て、ティアナは悪態を吐いた。
 これが本来の実力の差なのか。
 あっという間に戦況は一方へ傾いた。
 なのはは強力なシールドを前方に展開し、先ほどと同じ方法で背後から誘導弾を連装ミサイルのように撃ちまくっている。
 ただそれだけ。魔法の運用一つで、戦闘は一方的な展開となりつつあった。
 ティアナの魔力弾はシールドを貫けず、弾速を驚異的な誘導性で補ったなのはの魔力弾は目標を執拗に追い詰める。
 硬い盾と高い火力があれば、つまりはそれだけで戦闘は決する。
 理不尽を嘆かずにはいられない理論ではあったが、ある種の真理でもあった。だから高町なのはは強いのだ。
 それに、まさにこれこそがティアナの求める純粋なパワーでもある。
 それを手に入れる為に、負けるわけにはいかない。

「クロスミラージュ、少し無理をさせるわよ」
《No problem.Let's Rock,Baby?(お気になさらず。派手にいきましょう)》

 無機質な電子音声のクセに随分と小気味のよい言葉が返ってくる。
 思いの他頼りがいのある返答に、思わずティアナは苦笑した。

「OK! 火星までぶっ飛ばしましょ――カートリッジ!!」
《Load cartridge.》

 消耗した魔力を一時的にカートリッジで補う。
 再び放たれた数発の魔力弾が見えた。
 自動追尾の誘導性は単純な回避運動では振り切り辛い。無理な軌道変更を何度も繰り返してようやく成功させたと思えば、次が来る。
 何度かの攻防でティアナはそれを理解していた。
 効率はともかく、反撃に転じれるだけの効果的な方法が必要だ。
 魔力を消耗し、弱点が露見する危険性もあるが、これしかない。
 ティアナは一つの魔法を選択した。

「フェイク・シルエット――<デコイ>!」

 ギリギリまで魔力弾を引き付け、回避に移る瞬間に幻術魔法を発動させる。
 ついさっきまっで居た場所に、残像のように残された幻影のティアナへ向かって誘導弾が殺到した。
 視認と自動追尾さえ誤らせる幻術を使った、戦闘機のような文字通りの囮(デコイ)だった。
 一瞬の回避には効果的である。しかし、結局はその程度の効果だ。
 本来の<フェイク・シルエット>は幻影を動かしたり、複数行使することで戦術的な効果すらも見込める魔法である。
 ティアナにとって、この魔法は未だ習得出来ぬ不完全な魔法だった。
 今のでそれを、なのはに見抜かれたかもしれない。
 リスクは大きかった。だからこそ、見返りは最大限に活かす。

「うぉおおおおおおっ!!」

 獣のように駆け、吼えながらティアナは空中のなのはを狙い撃った。
 シールドに弾かれるのも構わず、とにかく攻撃の手を休めずに移動しながら、防御のカバーが無い側面へと回り込む。
 なのはは冷静に観察し、察知していた。
 その動きがフェイクであることを。
 本命は、撃っていない左手に集束し続けている魔力だ。二段重ねの<チャージショット>の貫通力はシールドすらも射抜く可能性がある。
 固定砲台と化していたなのはは、ようやく移動を開始した。
 しかし、ティアナの命中精度と魔力弾の弾速は全速飛行であっても逃れ切れるものではない。

「捉えた!」

 確信と共に、ティアナは左手に宿した魔力の暴走を解き放った。
 雷鳴のような雄叫びを上げて、凶悪な銃火が炸裂する。スパークを撒き散らしながら、弾丸が展開された障壁に殺到した。

「<バリアバースト>!」

 狙い済ましていたなのはは、まさにその瞬間仕掛けを発動させた。
 バリア表面の魔力を集束して爆発させる。
 子供の頃から技術向上し、バリア付近の対象を弾き飛ばす攻性防御魔法へ昇華した代物だったが、なのはは今、あえて対象を無差別に設定して実行した。
 魔力弾の激突と同時に発動し、障壁を貫かれる前に、爆発により自分自身を弾き飛ばして距離を取る。
 無茶苦茶だが、その思い切りの良さが回避を成功させた。
 吹き飛びながらも空中で姿勢を安定させ、近くにあった<ヴィングロード>の足場に着地する。
 そして、すぐさま<ショートバスター>による反撃を放った。
 砲撃の隙間をティアナは駆け抜ける。
 そう、ティアナは攻撃が失敗しても走り続けている。
 なのはは彼女の走る足場の先を目で追い、その<ヴィングロード>が自分の元まで一本の道で繋がっていると知ると、内心で戦慄した。
 まさか、計算通りか?
 回避し、ここに着地することまで狙ってのことか――!
 肯定するように、接近するティアナの両手には銃剣型のダガーモードになったクロスミラージュがあった。
 なのはは感嘆せざるを得ない。なるほど、大したものだ。

「でも、終わりだよ。ティアナ!」

 なのはは余裕を持ってシールドを展開し、背中に魔力スフィアを形成した。
 ティアナには一瞬でも高機動を行う手段が無い。確かに、接近戦には絶好の位置に追い込んだが、タイミングが速すぎたのか、ただの駆け足では全くスピードが足りなかった。
 間合いに到達する前に、迎撃は十分間に合う。
 シールドは接近戦の持ち込み方次第でどうにかなるかもしれないが、そもそも誘導弾が放たれれば近づくことすら不可能だ。
 僅かに間合いに届かぬ位置でなのはは魔法を完成させ、全てを終結させるべく解き放った。
 数条の閃光がティアナに殺到する。

「――Slow down babe?」

 眼前に迫る決定的な攻撃に対して、ティアナは不敵に笑い返して見せた。

「そいつは、早とちりってヤツよ!」

 右手を突き出す。
 カートリッジ、ロード。薬室に弾丸を込めるが如く。

《Gun Stinger》

 銃声代わりの厳かな電子音声。魔力を集中させた銃剣の切っ先を前に突き出し、ティアナ自身の炸薬が点火された。
 脚部に圧縮して溜めていた魔力を爆発させた反動で、無謀な突進は凶悪なまでの加速を得る。
 次の瞬間、ティアナの体は前方へ弾け飛んだ。

「でぇやぁああああああーーーっ!!」

 自らを弾丸と化した突撃。残像を残すほどの加速で<ウィングロード>を滑走し、飛来する魔力弾の隙間を一直線にすり抜けて、先端の刃がついになのはのシールドを捉えた。
 激突のインパクトが周囲の空気を震わせ、更に続く力の拮抗が火花を散らす。
 矛と盾がせめぎ合い、魔力で構成されながらも金属的な悲鳴を上げ続けた。

「すごいね、ティアナ! いつの間に、こんな魔法覚えたのっ!?」

 絶対的な魔力差を埋めるティアナの突進力に顔を歪めながら、それでもなのはは感嘆を抱かずにはいられなかった。
 戦いが始まって以来、ティアナはあらゆる予想を覆し続けている。

「魔法じゃありません! それに、あまり誇れる力じゃない……!」

 渾身の力で魔力刃を障壁の内側へと押し込みながら、ティアナは自身の限界を悟られぬよう、歯を剥いて笑った。
 冷や汗が滲む。この技は、あまり長い間パワーを放出し続けるものじゃない。あくまで一瞬の爆発力を得る為のものだ。
 拮抗は長くは続かないだろう。

「これは……<悪魔>の力です!!」

 無茶を承知で、空いている左手のクロスミラージュにカートリッジのロードを命じた。
 激しい魔力放出を行う中、強引な方法で供給された魔力が痛みを伴って全身を駆け巡る。
 マグマが血管を通り抜けるような錯覚を味わいながら、その勢いを全て右腕に注ぎ込んだ。銃口から伸びる魔力の刃が輝きを増す。
 凶悪なその光は、ついにシールドを打ち破った。
 しかし、それだけだ。
 刃が障壁を貫通し、銃口が抜けて銃身の半分も食い込んだところで、ついに力尽きた。
 ダガーの刃はなのはの胸元で僅かに届かず止まっている。もはやこれ以上の後押しは無理だ。
 その結果にティアナは――笑った。
 そして間髪入れずに吼える。

「クロスミラァァァージュッ!!」
《Point Blank》

 撃発。
 シールドを突破した銃口から、このほぼ零距離でダガーに蓄えていた魔力を利用した<チャージショット>がぶち込まれた。
 力を溜めた銃身を槍のように突き刺し、そのまま発砲するまさに狂気の連撃(クレイジーコンボ)
 実銃の放つマズルフラッシュに等しい魔力光の炸裂が指向性を持って前方に噴出し、直撃を受けたなのはは声も無く後方へと吹き飛んだ。
 バリアジャケットのリボンの部分がバラバラに弾け飛び、確実なダメージを引き摺って、なのははたたらを踏みながら後退を止める。
 ティアナ、もはや狩りに集中する獣のように、一片の油断も躊躇も無くただトドメを刺すべく追撃した。

「ぁ……っ、あっ、あ゛あっ、あああああああああああっ!!」

 躍動する体から荒い呼吸音と共に漏れるこの恐ろしい声は何なのか。ティアナ自身さえ一瞬気付かなかった。
 この一撃がティアナにとっても全身全霊を賭けた勝負であったことは間違いない。
 賭けには勝った。だが多くのものを支払った。
 一瞬の爆発力に全てをつぎ込み、これを逃せば元々平凡な魔力量しか持たない自分に持久戦は出来ない。
 接近戦で全てを決める。

「墜ちてもらいます!!」
「……っ、そうも、いかないよ!」

 焦点の合わないなのはの視線が、僅かに戸惑いを見せた後、素早く接近するティアナを捉えた。
 ダガーの刃が十字に交差する。ハサミと同じ構えを取ったティアナはなのはの首を刈り取るように腕を突き出した。
 交差の一点にレイジングハートを差し出し、なのはは辛うじてそれを受け止める。

《Stop fighting! It is your obligation,Cross Mirage.(戦闘中止しなさい。クロスミラージュ、アナタの責務です)》

 デバイス同士が接触した瞬間、レイジングハートとクロスミラージュも意思を交わしていた。
 過剰な戦闘継続と、相手の危険な精神状態を考慮したレイジングハートが冷静な命令を下す中、クロスミラージュは変わらぬ電子音声で答える。

《Sorry,My senior.My answer is……Fuck you!(申し訳ありません。私の答えはこうです……糞喰らえ!)》

 予想外の、機械的な発声にそぐわない痛烈な返答だった。
 レイジングハートに顔があったなら、きっと面食らっていたに違いない。クロスミラージュに手があったのなら、きっと中指を立てていただろうから。
 主の意思も、デバイスの意思さえも相反し合った。
 二人は激突を続ける。
 体格的にも二人の筋力は大差無い。力比べを無駄と切り捨てたティアナは、素早く刃を引いて攻め方を変えた。
 拳銃にナイフの生えたような通常の短剣とは使い勝手の違うそれを、驚くほど滑らかに振り回して、小さく、細かく斬りつけて来る。
 射撃戦主体とは到底思えぬ巧みさであった。
 なのはは冷や汗を浮かべながら、迫り来る剣閃をかろうじてデバイスで捌き続けた。
 ティアナの攻撃が技術に裏づけされたものなら、なのはの防御は経験によって支えられている。
 決して理の通った動きでは無く、無駄もあり、しかし長年戦い続けてきた経験の中にあるヴィータやシグナムを含む接近戦のエキスパートとの記憶が、迫る刃に対応するのだ。
 全身を緊張させ、それでいてくつろいだ動きは、シビアな判断の連続である近接戦闘において理想的な態勢である。

「ビックリだな、ティアナってばどんどん隠し玉出すんだもん!」
「アナタに対して有効だから付け焼刃で振り回してるだけです! でも、今は私の出せる力は全て出して証明すると決めましたから!」
「なるほど! じゃあ、この勝負はわたしの負けかもねっ!」

 ガギンッ、と鉄のぶつかり合う音を立て、再びデバイスは噛み合い、一瞬の拮抗が出来上がった。
 互いの武器を境に、二人の視線が交差する。

「――ティアナを甘く見てたのは認めるよ。
 でも、だったら尚更どうして? こんなに強いのに、ティアナはまだ力が欲しいの?」
「欲しいですね。例え悪魔に魂を売ってでも……<悪魔>を殺す為に!」
「そんな矛盾を持ってる時点で、間違ってるって気付かないの? そんな考えは、ティアナを不幸にする! 孤独にしちゃうんだよ!!」
「独りで戦う、誰も助けてくれなんて言ってない! どうしてアナタは私を止めるんですか!? 
 私はただの部下です! 別にアナタの10年来の友人でも、家族でもない! お節介程度の気持ちで、私の生き方まで干渉されたら、いい迷惑なんですよ!!」

 もはやほとんど罵声のようなティアナの訴えが、なのはの心を揺るがした。

「わたしは……」

 心が痛い。だが、こんな痛みなど自分勝手な感傷だ。
 そうだ、結局どこまでいってもティアナにとって自分の言動は余計なお節介に他ならない。
 それでも――ここで引き下がれない理由は何だ? 目の前の少女を、このまま独りで行かせたくないと思う、自分を突き動かすこの衝動は一体何なのか?
 自分の心を表現出来る言葉を必死で探すなのはの頭とは別に、その胸に宿る熱い何かが一気に込み上げて、口から突き出した。

「――ティアナが、好きだから」
「え?」

 一瞬、激しい力と意思の衝突が何処かに消え失せた。
 呆けたようなティアナの顔と、無意識に出た自分の言葉を認めて、なのはは今や完全に納得した。
 そうだ。これだ。

「初めて会った時、相棒を見捨てずに背負って走り続けるティアナの必死な顔を、カッコいいと思ったから」

 つらつらと、これまでの迷いが嘘のように想いが言葉となって流れ出た。

「初めての訓練の時、ティアナの撃った弾に宿った魂の強さに、憧れたから」

 教導官としての責務。
 上司としての責務。
 そんなもの、どうだっていい。

「初めてわたしの訓練に意見してくれた時、自分だけの決意を持つ真っ直ぐな眼を見て、もっと知りたいと思ったから」

 高町なのはという一人の人間として付き合いたいと、思ったのだ。

「だから、ティアナ――今のアナタの姿がわたしには我慢出来ないの」

 それは正しいのか、悪いのか。
 そんな考えはもはや空の彼方へ捨て去って。なのはは今、一人の少女として、断固として言い切るのだった。

「そんな、身勝手な……っ」
「ゴメンね。フェイトちゃんやヴィータちゃんの時もそうだったけど、わたしって結構わがままなの」

 絶句するティアナの前で、なのははあどけない笑みを浮かべて言った。

「そう言えば、わたしが勝った時の条件って言ってなかったね。
 ティアナが勝ったら、うんと強くなるように訓練メニューを変更する。
 わたしが勝ったら――今度こそ<なのはさん>って呼んでもらうよ。親しみを込めてね!」

 名案だとばかりに、得意げに言うなのはの顔はどう見ても管理局所属の一等空尉の顔ではなく、年相応の人懐っこい少女の笑顔であった。
 思わず釣られて浮かべそうになった苦笑を噛み殺して、ティアナは鋭く睨みつける。

「だったら、まずは勝ってからにしてもらいましょうか!」

 クロスミラージュの銃身とレイジングハートの持ち手が交差していた一点に向けて、膝を蹴り上げる。
 全く想定していなかった方向からの衝撃に、力の拮抗は崩れ、二つのデバイスは弾けるように離れ合った。
 両手は宙を舞い、互いに無防備な懐を晒した二人だったが、その一瞬を想定していたティアナだけが一手早く動いた。
 下腹に向けてダガーの刃を突き入れる。擬似的にとはいえ人を刺す行為に一瞬の躊躇もない。
 バリアジャケット越しに感じる手応え。ティアナは何故か取り返しのつかないことをしてしまったような絶望を感じながら、必勝の瞬間にほくそ笑む。
 なのはの腕が、ティアナの腕を掴んだ。

「ジャケットパージ!!」

 そう叫んだなのはの言葉の意味が一瞬理解出来ない。
 だが、何か答えを出す前にティアナの体は突然の衝撃に後方へ弾き飛ばされた。
 上着の部分を構成する魔力を瞬間的に解放することで周囲に衝撃波を放ったこの<ジャケットパージ>は、かつて親友のフェイトが使用していたものだった。
 全く予想していなかった反撃に吹き飛ばされるティアナ。揺れる視界で、なのはの射撃体勢を捉える。
 必死にクロスミラージュの銃口を突き付けた。

「く……っ!」
「レイジングハート!」

 互いのデバイスの先端に灯る魔力の光。交差する視線。狙いは完璧。
 放たれる、今。

「シュートォ!!」
「Fire!!」

 二色の魔力光がすれ違い、互いの標的を同時に直撃した。
 奇しくも、二人とってこの戦いの中で初めてクリーンヒットを相手に与えていた。

「ティア! なのはさん!?」

 意識を刈り取るほどの互いの一撃に吹き飛ばされ、<ウィングロード>の足場から落ちていく二人を見て、それまで呆然としているだけだったスバルが我に返る。
 深くなど考えない。二人を救う為、魔力を振り絞って更に<ウィングロード>を形成し、伸ばす。
 二人の間を中心に一本の青い道が伸び、落下する二人の体を受け止めた。
 スバルが安堵のため息を吐く中、二人は倒れ伏したまま動かない。




 モニターには倒れたままのなのはとティアナが映っている。
 息を呑むようなその場の静寂が、ヴィータの元にまで伝わってきていた。

「……信じられねえ。リミッター付きとはいえ、相手はあのなのはだぞ」
「先に言うなよ。正直、俺も信じられないってのが本音さ」

 この時ばかりはダンテも茶化す事無く、神妙な様子でヴィータの言葉に同意していた。
 ティアナと最後に会って約三年。
 確かに彼女は魔導師として鍛える為の施設に入り、その為の日々を過ごしてきた。
 だが、その日々を経たとしてもわずか三年という時間であそこまで人は変わるものなのか?
 機動六課に入って以来の付き合いでしかないヴィータにとっては、この変貌はより衝撃的であった。

「努力だとか詰め込みの自主錬だとかでどうにかなるレベルじゃねえぞ。
 特に、最後のあの銃剣使った突撃。瞬間高速移動とか肉体強化とか、完全にスバルやエリオみたいな近接戦型魔導師のスキルじゃねーか」

 感嘆というよりも畏怖するような響きで呟き、ヴィータは傍らのダンテを睨み上げた。

「……おまけに、どっかで見た技だったな」

 初めて共闘した夜、目の前の男が使った技をヴィータは鮮明に覚えていた。
 突進と刺突を合わせた一撃。だが、威力や効果はそんな単純なものではなかった。まさに絶大だ。
 爆発的な初動は、自分やシグナムでさえ反応することが難しいだろう。あれは一種の技だった。ダンテは自然体で近接戦型魔導師のスキルを備えている。
 ティアナの使った技はまさにそれをベースに発展したものと言ってよかった。

「確かに、アイツには何度か見せたことがあるがね。だが、分かるだろ? 見よう見真似で出来るもんじゃない。おまけにアイツには向いてないんだ」
「……そりゃそうだよな。確かにアイツの体つきは格闘向けじゃねえ。けど、だったらますます解せねえだろうが」

 言いくるめられ、渋々頷きながらもヴィータは合点のいかない表情を見せた。

「近接技の類は単純な魔法の習得で出来るもんじゃねえ。
 機動力強化や筋力強化にしても、基になる部分の適応、その為の肉体改造――どれも一朝一夕で出来るもんじゃねぇんだ。
 こりゃ、努力とか才能の問題ですらねーぞ。時間的に無理! ティアナの野郎、まさかヤベー薬でもやってんじゃねえだろな?」

 ヴィータはさして考えもせず冗談染みた呟きを漏らしたが、ダンテの表情が僅かに揺れたのを彼女は気付かなかった。
 そうしているうちに、モニターで変化が起こる。状況が動き出したのだ。
 ヴィータは再びモニターに釘付けになり、戦いの結末に意識を集中させた。
 その傍ら。ダンテはモニターから眼を離し、肉眼では見えない遠くの訓練場での戦いを見据える。

「……あのじゃじゃ馬、まさかここまで踏み込んでたとはな」

 笑い飛ばしてみようとして失敗し、苦々しいものがダンテの口元に浮かんでいた。

「深入りするなよ、ティア。お前は<人間>なんだ――」

 ダンテの言葉は風に溶け、遠いティアナの下へ流れていく。
 状況を鮮明に映すモニターの中、ついに二人の戦いは終着へ向かおうとしていた。




「くっ……ぁあ……っ」

 力を振り絞り、なのはは両手を着いて上半身を持ち上げた。
 腹のど真ん中にはティアナの魔力弾の直撃を受けた跡がしっかりと刻み込まれている。まったく、あの態勢で恐ろしい命中率だ。

「久しぶり、かな……こんなにキツイの」

 苦笑しながら力の入らない両足を無理矢理立たせる。
 ダメージは予想以上だった。
 近接状態から逃れる為とはいえ、<ジャケットパージ>は発動と同時に無防備な状態を晒す危険な方法である。
 上着部分を失ったことで大幅に防御力の落ちたバリアジャケットは、ティアナの魔力弾の貫通力を緩和し切れなかった。
 模擬戦でここまで必死になったのは、本気のシグナムとの一戦以来だ。

「ティアナは……」

 なのはは自分の立つ<ウィングロード>が一直線に伸びる先を見つめた。
 ティアナは倒れたままだ。意識は戻っているらしく、両脚を震わせ、両腕を動かしながらもがいているが、立ち上がれていない。
 ダメージはティアナの方が深刻だった。
 砲撃魔導師とも呼ばれるなのはの<ショートバスター>の直撃は、それほどまでに脅威なのだ。
 ティアナは言うことを聞かない自分の体に絶望した。

「あたしが――負けるの?」

 悔しさと共に、弱音とも取れる言葉が漏れる。
 それを見下ろすなのはは、手を差し伸べることもなく、ただ強く言い捨てた。

「どうしたの? それで終わりなの?」

 言葉とは裏腹に、嘲りなど欠片も無く、叱責するような厳しさでなのはは告げる。

「立ちなさい! ティアナ、アナタの力はそんなものじゃないはずだよ?」
「うる、さい……っ!」

 なのはの言葉にティアナの頭が一瞬で煮えくり返った。
 湧き上がってきた怒りを両脚に注ぎ込み、力として立ち上がる。ここで這い続けることは、何よりも許せない屈辱だ。

「アンタなんかに、あたしの何が分かるってのよぉぉ!!」

 折れた牙を剥きながら立ち上がった。
 ティアナの仮面、もはや跡形も無く崩れ落ち、無残なまでの感情が剥き出しになっている。
 怒り、妬み、焦り、悔い、憎しみ――ハッキリとした視線。だが、なのははそこから眼を背けない。

「分からない。でも、わたしはアナタを止めなきゃならない。例え、アナタを傷つけることになっても」

 幾度目かの対峙。
 しかし、二人は言葉も交わさずに確信し合った。
 次が、最後だ。

「……クロスミラージュ」
「……レイジングハート」

 下向きに構えられたお互いのデバイスが、お互いの主の意のままにカートリッジをロードした。
 供給される一発分の魔力。
 そう、次の一発で決める。
 奇妙な沈黙が落ちた。
 嵐の前の静けさが最も表現として合っている。更に適する状況を表すならば『銃を構える寸前で止まった決闘の瞬間』が最も正しい。
 自分が最後まで信じる射撃魔法を武器に、二人は同じ盤上で賭けに出ることを同意していた。

 張り詰めた空気が、限界に達する。

 ティアナとなのはが、自らのデバイスを相手に向けて振り上げた。
 一挙動、なのはが遅い。
 疲れ果てて尚、ティアナの抜き撃ちは神速であった。クロスミラージュのガンサイトがなのはの眉間を捉え、ティアナは躊躇無く弾丸を解き放つ。
 放たれた魔力弾は、その音速に達する速さで一直線に走り――なのはの手の中に吸い込まれた。

「あ――」

 目を見開き、驚愕に支配されたティアナに許された発声はそれだけだった。
 待ち構えていたかのように、発射と同時に動いたなのはの空手が飛来する魔力弾を防護フィールドで包み込み、受け止めていた。
 虚しく四散する魔力の残滓が舞う中、瞬き一つしないなのはの眼光がティアナを捉えている。
 右手のレイジングハートが、ティアナより一瞬遅れてその穂先を標的に向けた。

「シュート」

 囁き、念じる。
 轟音と共に砲撃が放たれ、なのはの最速砲撃である<ショートバスター>が為す術も無いティアナを貫いた。
 魔力の奔流が過ぎた後、左半身のバリアジャケットを消失させ、ティアナが力なく膝を着いた。
 もはや、戦いを続けられはしない。
 戦闘は終了したのだ。なのはの勝利によって。

「ティアナ……」

 僅かにふらつく足取りを叱咤して、なのはは今にも倒れそうなティアナの下へ歩み寄った。
 ギリギリの勝負だった。元より、正面から撃ち合いなどして自分に勝機があるなど思っていない。
 なのはがティアナの射撃を防げたのは、勘と、運と、何よりもその判断力によるものだった。
 散々自身の魔力弾を撃ち込みながらもそれに耐えてきた自分のバリアジャケットをティアナは警戒していたはずだ。
 狙うならば、一番ダイレクトにダメージを送り込める頭部を狙って意識を狩りに来る――そう踏んで、ティアナの射撃を誘導した。
 後は自身の持ち得る感覚やセンサー全てを頭に集中して待ち構え、そしてなのはは賭けに勝ったのだ。

「わたしの、勝ちだよ」

 ティアナの目の前で、なのははそう宣言した。
 それを聞き、持ち上げた顔の中。ティアナはまだ笑みを浮かべていた。

「まだ決着なんて……ついてませんよ、教導官。私の意志は折れていない」
「何言ってるの、ティアナはもう戦えない!」
「なら、待ちます。このまま何もしないなら、少しずつ呼吸を整えて、体力を回復させて、動けるようになったらもう一回襲い掛かります」
「そんなこと……っ!」
「そんな面倒な真似をさせたくなかったら、しっかり決着を付けてください。高町教導官」

 ティアナの言葉に、なのは息を呑んだ。
 ドドメを刺せ――ティアナはそう言っている。

「……降参して、ティアナ」
「言いません。もうダメです、その段階は過ぎました。私はもう決めましたから」
「ティアナ、意地を張らずに……っ!」
「その気遣いは、一体何の為のものなんですか!?」

 倒れる寸前とは思えないティアナの一喝が響いた。
 彼女の瞳にだけは、いまだに激しい炎が燃え続けている。

「高町教導官! アナタは卑怯だ、そうやっていつも深く踏み込む決断を避ける! 優しさだと思ってるそれは、壁なんです!
 私はアナタの笑顔には惑わされない! 私の本気に対して、本気で応えようという気がないなら最初から関わらないで下さい! 今は優しさなんて必要ないんですよ!!」

 息も荒く、それでもティアナは血を吐き出すように言葉を投げつけた。
 その全てがなのはの心を抉る。
 ティアナを含めて、これまで多くの訓練生に教えてきた全てに自信が無くなっていく。
 間違っていたとは思えない。でも――確かにわたしは、壁を作っていたのではないか。

「……さっき言ったことは嘘ですか?」

 今度は静かに、ティアナが尋ねた。

「本当なら撃って下さい。
 私は本気だから止まりません。本気なら止めて下さい。撃って下さい。この戦いの答えを決めて下さい――<なのはさん>」

 なのははカッと眼を見開いた。
 心が痛み続ける。苦悩が巡り続ける。だが今、迷いだけは抱いてはならない。
 何かを堪えるように引き締めた口元。弱弱しくも立ち上がったティアナを睨み据え、レイジングハートを構えた。

「――全力全開でいくよ、ティアナ」
「望むところです」

 コッキング音と共に二発のカートリッジがロードされる。
 十二分な溜めによって、最大級の魔力が強大なスフィアを形成、凶悪な光を胎動させた。
 その圧倒的な存在を前に、射線上のティアナはむしろ穏やかな表情すら浮かべていた。
 今、この戦いから始まった全てが終わる。

「<ディバインバスター・エクステンション>!」

 なのはの叫び、あまりに悲痛に響き。

「シュゥゥゥーーートォォッ!!」

 渾身の力と想いを込めて、なのはは泣き叫ぶように絶叫した。
 高密度で圧縮された魔力が一瞬でティアナの体とその意識を飲み込む。
 多重構造物を貫通するほどの対物集束砲は光の帯を空の彼方まで届かせ、その凶悪な輝き知ら示した後、ゆっくりと消えていった。
 斜線上にあったただ一人の対象物であるティアナは、バリアジャケットを跡形も無くに吹き飛ばされ、訓練着の状態に戻っていた。
 意識などあの光に全て焼き尽くされ、そのまま崩れ落ちる。
 もはや、立ち上がることはない。目を覚ますのに丸一日は必要だろう。
 今度こそ、戦いは終わった。
 勝者となったなのはは、倒れたティアナを呆然と見下ろしていたが、やがて踵を返してフラフラと歩き始めた。

「模擬戦はこれまで。二人とも、撃墜されて……」

 誰に告げているのか分からない呟きは、そのうちすすり泣くような声に変わっていく。
 数歩進んだところで力なく膝を着き、両手で顔を覆った。

 様子を見ていたフェイトが飛び出し、いつの間にかバインドの解かれていたスバルが弾けるように駆け出した。
 その戦闘を傍観していた者全てが、慌てて行動を始める。このあまりに痛ましい結末に。
 もう、見ていられない。



 ティアナ対なのは、決着――。





to be continued…>





<悪魔狩人の武器博物館>

《剣》リベリオン

 ダンテの愛用する剣。父から譲り受けたもの。
 長身のダンテ自身に匹敵する程の長さと肉厚の刀身を持つ巨大な剣。悪魔の頭蓋骨を連想させる装飾が特徴。材質不明。
 頑強で切れ味もあるが、それ自体は単なる剣に過ぎない。
 その真の特性は、ダンテの力を唯一完全に発揮出来る媒介であるという点である。
 並の得物ならば伝播させるだけで崩れ落ちる真紅の魔力を刀身に宿し、更に強力な攻撃として具現化させることが可能。
 ダンテの魔力を帯び続けていたせいか、彼の意思一つで手元に戻ってくる特性も兼ね備えている。
 また、武器としてだけではなく、ダンテの<真の力>を発揮する為の鍵としても在るらしいのだが――?
 髑髏の装飾は、ダンテの状態に応じて形状が変化するらしい。

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最終更新:2008年08月23日 19:33