「なーんか、前にもあったような光景やねー」
直立不動で無言を貫くなのはを見つめ、はやては気だるげに呟いた。
目の前の親友を責めるつもりなどないが、こうも問題が立て続けに起これば頭の一つも抱えたくなる。
皮肉とも取れるはやての言葉を聞き流すなのはの表情は鉄のように固まっていたが、内心がどうなっているかは全く分からない。
ティアナとの模擬戦から半日――その経緯と結果を把握したはやては先日のように当事者を部隊長室へと呼び出していた。
未だ医務室で眠り続けるティアナだけが、以前と違ってこの場にいない。後は全て焼き回しのような状況だった。
「……報告書は全部読んだ。模擬戦の記録も見た」
淡々と告げるはやての傍らではやはり同じようにグリフィスが銅像のように立っていた。
後ろ手にデータ記録用の小型ボードを持っている。
「結論から言うと、まあ今回の出来事は模擬戦の延長――処罰与えるほどの内容ではないと判断したわ。
ティアナとなのは教導官にはもちろん負うべき罰もなければ、そもそも問題も無い。ティアナの行動に対して教導官がどう判断を下すかにもよるけどな」
「何も、問題ありません」
なのはは即答した。
以前の出撃のように実質的な被害や違反など無く、なのは自身、ティアナへの影響も考えて今回のことを拗らせるつもりはなかった。
しかし、その返答にはやては鋭い一瞥を返す。
「そうやね。問題があるとすれば、ティアナ自身が孕む今後の危険性といったところか――」
なのはは息を呑んだ。
今回のティアナの行動自体は問題にしなくても構わない。だが、其処に至る心理的要因をはやては指している。
部隊は複数の意思の統括によって成り立っている。歯車は狂ってはならない。全体の崩壊を招く。故に、その兆しが見えるものは――。
はやては暗にそれを告げていた。
「教導官、新人の教育はアンタの仕事や。実力を見極め、部隊の任務遂行に適切かどうかを判断する。分かってるな?」
「……はい」
「ティアナのことに関して、私は口を挟まん。それに関してはスターズ隊長の高町なのは教導官に一任しとる。
その責任の重さを理解した上で、今後の彼女の処遇について一考願いたい。下手な甘さはティアナ自身にも、何より機動六課の存続にも宜しくないんやからな」
「……了解しました」
鉄の仮面は消え失せ、苦悩の色が教導官としての顔に浮かび上がった。
力無く頷く親友の姿に、胃の痛くなるような罪悪感を感じながらも、しかし八神はやては機動六課の総責任者であった。
甘えや馴れ合いは許されない。自らの掲げた理念の下に集った者達を裏切る行為は決して許されない。
そして、そのはやての責務を知るからこそ、なのはにとって彼女の言葉は何よりも重く圧し掛かるのだった。
判断しなければならない。
ティアナは一度、故意にミスを犯した。その結果、仲間が傷付いたのだ。
二度目を許してはならない。今度は、自分達が守るべき者が傷付き、更にはそれよりも最悪の事態に陥らない為に。
その為に、ティアナをもう一度信じるのか、あるいは――。
「高町教導官」
グチャグチャな頭の中で悩み続けるなのはが無意識に退室しようとする足を、唐突にグリフィスが呼び止めた。
まるで銅像が動いたのを見たような小さな驚きで振り向くなのはの前に、持っていたボードを差し出す。
「……何?」
「念の為、目を通しておいてください」
受け取り、そのウィンドウに表示されるデータを流し見ていたなのはは徐々に顔色を変えていった。
そこに映る複数の人物の顔写真と個人情報が意味する、グリフィスの無言の意図を察して、思わず睨みつける。
「グリフィス君……何、これ?」
「ティアナ=ランスター二等陸士の後釜として適任と思われる管理局魔導師のリストです」
事も無げに告げ、グリフィスは眼鏡を押し上げた。
反射する光によって真意を映す瞳が隠される。それがなおの事、彼の淡々とした無感情な対応を助長させていた。
「いずれも六課設立に当たり、引き抜くメンバーとして次点にいた者達です。
能力的には多少劣りますが、十分に水準は満たしているでしょう。いずれも高町教導官の指揮下に入ることに積極的です。どうぞ、こちらも御一考ください」
「はやてちゃんっ!」
「いえ、これは自分の独断です。必要だと感じたので」
食って掛かろうとするなのはを平坦な声が制する。
なのはは目の前の青年がどうしてここまで冷淡になれるのか不思議でならなかった。
グリフィスとの付き合いは決して長く無いが、同時に短くも浅くも無い。彼がもっと若い頃から同じ仲間として過ごしてきた。ひたむきな青年だった。
そんな彼が別人に変貌したかのような無感情な顔を見せていることにショックを受ける。
そして、同時に湧き上がる怒りもあった。
同じ志を持つ機動六課のメンバーでありながら、グリフィスはティアナを既に切り捨てるべき部分だと認識しているのだ。
「必要ありません!」
それまでの苦悩が吹き飛び、なのはは迷い無くボードをグリフィスにつき返すと、肩を怒らせながら退室した。
普段温厚ななのはの怒声を一身に受けながら、やはりグリフィスは変わらぬ一貫した態度のまま、淡々とはやて傍まで戻る。
「……ちょっと煽りすぎたんちゃう? 好青年のグリフィス君の印象ガタ落ちやで」
「それでなのはさんの後押しが出来るのなら安いものです」
「顔で笑って、背中で泣いて。損な役回りやねぇ」
「誤解のないように言っておきますが、自分はコレも十分に考えに入れるべきだと思っています」
釘を刺すように、グリフィスは手に持ったボードを掲げた。
「確かにランスター二等陸士は優秀な人材ですが、機動六課の存続を脅かす不確定要素を抱えてはいられません」
「分かっとるよ。あまり悩む時間もあげられんしな」
どんな時でも、犯罪に『対応する』部隊である管理局にとって時間は敵だった。
与り知らぬところで事態は動き続けている。
何よりも、そういった事態に対して即対応する為に機動六課は作られたのだ。
「――それでも、他人が集まって一つの事を成そうと言うんや。摩擦の一つや二つ起こるやろう」
頭を悩ます問題がズラリと並ぶ中、はやてはあえて笑って見せた。
人間関係、摩擦、衝突――大いに結構。それに苦悩しながら対応するのも大将のお仕事だ。その為の地位と高給だ。
ある種、開き直りにも似た心理で、今回のなのはとティアナの問題を受け入れている。
「判断は二つに一つ。『信じる』か『信じない』か――。
個人的には前者を選びたいなぁ。仲間っていうのは、信頼し合ってこそナンボやろ?
ムラも人間的な成長の一つやん。誰かて最初から完璧な人間なんておらんし、そんなんおったら規格化された部品と一緒や。悩んで、迷って、それでも歩いていけるのは<人間だけの力>なんやから。
それこそが、機動六課の持つ真の強みや」
そう呟くはやての言葉には、人間の可能性を信じる希望が込められていた。
「やはり、機動六課の大将はアナタです」
組織としての人間的な部分を任せ、自らが機械的な部分を担うと決めた上司の真意を再確認して、グリフィスは満足そうに頷いた。
魔法少女リリカルなのはStylish
第十七話『Tear』
まず見慣れない天井が眼に入った。
「……あれ?」
「あら、もう目が覚めたの?」
一瞬自分の置かれた状況を理解出来ないティアナの傍らで、驚いたような声が聞こえる。
跳ねるように上体を起こし、室内と眼を丸くする白衣姿のシャマルを見渡して、ティアナはようやくここが医務室なのだと把握した。
同時に、此処に至る経緯が鮮明に思い起こされる。
「そうか、あたし訓練で……」
混乱していた頭が急速に冷えていく。それは諦めにも似ていた。
「負けたんだ」
皮肉なことに、敗北し、頑なだった意志を砕かれた今、落ち着きを取り戻すことでティアナには正常な思考力が戻っていた。
あの時の自分が、性急過ぎたことを――認めていた。
だが、心身に感じるのは落ち着きというよりも、むしろ脱力だった。
一つの答えが出た。そして、何かが終わった。失うという形で。
それは余りに多すぎたのではないだろうか。信頼していた相棒、案じてくれた仲間、諭してくれた上司、自分の居場所――全て自らの意志で振り払ってしまった。
これから、自分は一体どうなるのか――。
自嘲の笑みしか出てこなかった。
その表情をあえて見ないふりをして、シャマルは訓練着のズボンを持ってくる。今のティアナは半裸も同然だった。
「なのはちゃんの訓練用魔法弾は優秀だから、体にダメージはないと思うけど」
「……訓練用じゃなかったら、きっと今頃あたしは火星まで吹き飛んでますよ」
「あははは」
話でとはいえ模擬戦の結果を知ったシャマルは苦笑いを浮かべるしかない。
ティアナの表現が冗談にしては笑えないものだからだった。実際は、きっと跡形もなく消し飛んでいたに違いないだろう。
大型ミサイルの爆発に巻き込まれたのに生き残れたようなものだ。
非殺傷設定とはそれほどまでに慈悲深く――そして、同時に残酷なものでもあった。
完膚無きまでに叩きのめした敗者を、どうあっても生かすのだから。
「……外、暗いですね」
簡単な質問で診察するシャマルに生返事で受け答えながら、ティアナは窓の外を見ていた。
昼前の模擬戦で意識が途絶え、今はもう完全に日の落ちた夜となっている。
「すごく熟睡してたわよ、死んでるんじゃないかって思えるくらい」
「すみません。それ、シャレになってませんから」
「あははっ、ごめんね。でも、魔力ダメージ以外に疲労による衰弱も原因してるわ。最近、ほとんど寝てなかったでしょ? その疲れが、まとめて来たのよ」
「そうですか……お世話になりました」
「よかったら、もう少し休んで――」
言い終える前に、いつの間にかズボンを履いたティアナは医務室のドア前まで移動していた。
足取りはしっかりとして、とてもさっきまで気絶していた動きではない。
呆気に取られるシャマルを尻目に、ティアナはさっさと部屋から出て行った。
「……ホント、驚きなんだけどねー」
穏やかな笑みを消し、真剣そのものの顔つきでシャマルはティアナの背中を見送った。
なのはのディバインバスターを受けたティアナは、本来は丸一日は目が覚めないはずだったのだ。だが、あの模擬戦からまだ半日も経っていない。
体力や精神力云々の問題ではない。
魔力ダメージへの耐久性の高さ――ティアナのそれは一般魔導師の範疇を軽く超えている。
訓練校での成績からBランク試験の結果に至るまで、計測されたティアナ=ランスターの能力値ではありえないものだった。
「人間離れに近いわね……」
シャマルは呟き、デスクに備えられたコンピュータ端末に目を向けた。
模擬戦のデータからも感じた違和感を確かめる為に、ティアナが気絶している間に生体データを記録しておいたのだ。
これを調べることで、どんな事実が判明するかは分からない。
ただ、予感がする。良いものか悪いものは判断がつかないが。
「……なんだか、不穏なフラグ立ててるみたいで嫌ねぇ」
頭の中に思い浮かぶ懸念を、独り言で茶化しながらもシャマルは端末へと向かっていった。
『巡洋艦隊より入電。巡洋艦隊より入電』
ボギッ。あまり宜しくない音を立てて、割り箸が変な所からへし折れた。はやては眉をひそめて、カップの上に箸の残骸を置く。
カロリーブロックで済ませた夕食に比べれば幾分まとな食事とも言えるカップ麺がようやく三分経ったというに。実際に食うのは、今度は30分くらい先になりそうだ。
『東部海上に未確認飛行物体が都心に向けて高速で多数接近中。ガジェットドローンと思わしき機影。直ちに迎撃へ向かわれたし』
「しっかり夕食食べて、適度な休息を挟んだから、そろそろ犯罪起こしましょってか? こっちの事情も考えてや」
端末から告げられる報告に悪態を吐き、はやては椅子を蹴って立ち上がった。
上着を羽織り、食べ頃のカップ麺を泣く泣く放置して司令室へ向かう。
隊舎内は緊急警報が鳴り響き、滑り込んだ司令室はおそらく三度目の実戦となるであろう前兆に緊迫感が満ちていた。
「詳細を報告!」
部屋に入り、開口一番にはやては叫ぶ。
「ガジェットドローン、機体数は現在12機。旋回飛行を続けています」
「レリックの反応は?」
「今のところ、付近に反応はありません」
「挑発行為か……」
オペレーターとグリフィスのやりとりの間で、はやてはすぐさま敵の目的を推測した。
「敵は新型か?」
「飛行機能を強化した<Ⅱ型>です。ですが――」
報告の最中でモニターが海上を飛行する敵影を映し出した。
それを眼にした途端、司令室に僅かなどよめきが湧き上がる。さすがに三度目ともなると比較的落ち着いたものだ。
「……なるほど、また<寄生型>か」
映し出されたガジェットには、航空的な曲線フォルムの装甲に奇怪な肉片がへばり付いていた。
巨大な眼球を持つそれは、無機質な戦闘機であるガジェットを未知の飛行生物へと変貌させている。
鳥でも飛行機でもないソレが夜空を舞う姿は、ある種の悪夢にも見えた。
「奴さん、ホテルでの一件以降<アンノウン>との繋がりを隠さんようになったようやね」
一般局員の手前、敵が<悪魔>であることは隠して話す。
「ジェイル=スカリエッティと<アンノウン>が、これで繋がったわけですか。どうします?」
「どう見ても、こっちを燻り出すのが目的やろ。囮か、データ収集か。いずれにせよ、出撃せんわけにはいかんな」
憂鬱なため息が漏れた。
積極的な犯罪への行動力を求めて設立した機動六課だったが、どうも思うように動けていない。先手ばかり取られている。
焦りすぎか。強者が集まれば何もかも上手くいくなどと思いはしないが……ええい、くそっ。テレビのヒーローのようにはいかない。
爪を噛むはやての元へ、いつの間にかなのはとフェイトが駆けつけていた。
一見普通に見えるが、なのはの表情は相変わらず陰鬱な色を滲ませている。
ティアナが眼を覚ました報告はシャマルから密かに受けたが、やはりまだ問題解決には至っていないらしい。おそらく、顔も合わせていないだろう。
良くない傾向だ、時間はあった筈なのに。珍しく消極的になっている。
「はやて部隊長、出撃しますか?」
逸るなのはを、はやては無言で制した。
その積極さが彼女自身の焦りを隠す為のものだと、はやての中の冷たい思考が推測している。
彼女は任務に逃げ込むことで、自らの苦悩から目を逸らそうとしていた。
そして、待ち人はすぐに現れた。
なのは達とは遅れて司令室に入って来たのはヴィータと、
「ダンテさん!?」
意外な人物の登場に、二人の間から驚きの声が上がった。
会釈代わりにウィンクするダンテを尻目に、はやては淡々と指示を下していく。
「今回の敵襲は何らかの作戦の囮か、あるいはこちらの戦力調査の意味合いが強いと思われる。
よって、空戦能力を持つ少数戦力で出撃、撃破。不測の事態に備えて新人を含む残りの戦力を出動待機とする」
有無を言わさぬ視線で、はやては一同の顔を見回した。
「ヴィータ副隊長は負傷のこともあるから、今回は待機に回ってな」
「了解」
当然の処置か、とヴィータは不満を漏らさずに受け入れた。
「それから、なのは隊長」
「はい」
「アンタも待機な」
「……え?」
ヴィータとは反対に、その全く予想しなかった命令をなのはは一瞬理解出来なかった。
自分の出撃は順当なものだと思っていた。
手の内を見せない少数戦力による敵の迎撃には、空戦能力と基本攻撃力に優れたなのははまず鉄板となる配置の筈だ。
そんな戦術観を無視し、はやては出撃にはフェイトとシグナムで当たるよう指示を追加している。
「ま、待ってください! さすがに二人だけでは……」
「もう一人付ける」
慌てて意見するなのはを半ば遮るようにはやては忽然と告げた。
「ダンテさんを加えた三人で出撃してもらう」
予め聞いていたダンテ本人以外が息を呑んだ。
「そんな……民間人ですよ!?」
「対<アンノウン>の有効な技能と知識を持つ外部協力者として、既にダンテさんとは契約が済んどる。今回は、その有用性がどの程度か測る意味合いも含めて、出てもらうんや」
「はやてちゃん!」
「高町なのは一等空尉」
はやては有無を言わさぬ険しい視線でなのはを睨み付けた。
沈黙がその場を支配する。数寸すぎたあたりで、なのはがぽつりと言った。
「……何故、わたしを出撃から外すんですか?」
「自分で言っててわからへんか? なら、出動待機からも外れてもらう」
はやては全く優しさを含まない固い声で応答し続けた。
「目の前の問題から逃避する為に任務に徹するなら、それは冷静とは言わん。足元を掬われるで……『以前』のように」
フェイトとヴィータが何か言いたげな顔をしていたが、堪える。ダンテは既に傍観に徹していた。
周りの局員達も口を出せなかったが、状況だけは刻々と進み続けている。
モニターに映る敵の姿を一瞥して、はやてはどこまでも事務的な声で命じた。
「フェイト隊長はシグナム副隊長と共に出撃準備。ダンテさんはフェイト隊長のサポートを受けてください」
俯いたなのはを心配そうに横目で見ながら、フェイトは命令に応じる。ダンテも同じく了解の返答をした。
「なのは隊長は、新人を連れてヘリポートへ集合」
「……了解」
なのはの返答は、はやてと何より自分自身への悪態が混じり苦々しいものとなっていた。
ヘリポートに集まった新人達の間には奇妙な空気が漂っていた。
チラチラと隣の様子を伺うスバルの消極的な態度や、鉄の表情で隣の様子に一切頓着しないティアナの無視。それを伺うエリオとキャロには不安そうな表情が浮かんでいる。
そして、そんな四人を尻目に――特にティアナを意図的に視界から排しているなのはが、頑なとも取れる直立不動で出撃するメンバーと向かい合っていた。
「今回は空戦だから、皆はロビーで出動待機ね。特別参加することになったダンテさんの処遇はこの戦闘の結果によって決まるから、後日詳細を教えます」
「そちらの指揮は高町隊長だ。留守を頼むぞ」
フェイトとシグナムの言葉に、ライトニングのメンバーは声高く、スターズのメンバーは覇気無く応えた。
――なるほど、問題は思ったよりも深刻なようだ。
当事者ではないシグナムは一人納得する。
問題を起こしたティアナと巻き込まれた相棒のスバル、それを管理すべきなのはも含めて、今やチームワークどころかまともな交流すら成り立っていない。
出動待機とは言うが、実質こんな状態のチームを戦闘に出すのは不安が残るだろう。
デリケートな問題は苦手だ。ならば、自分にすべきことは彼女達に時間を与えること。問題に向き合える猶予を与えることだ。
シグナムは自分の性分とスタンスを十分に理解した上で、そう結論を出した。
「……まあ、私ではあまり言葉が回らんからな」
「シグナム?」
「私達には私達のすべきことがあるという話だ」
なのは達の様子を心配そうに見つめていたフェイトの肩を叩くと、シグナムは一足先にハッチからカーゴへと入って行った。
その言葉と、叩かれた肩の意味を考え、フェイトはずっと抱えていた何かを言わなければならないという焦燥感を飲み込んだ。
言えることなど無いのだ。
『……頑張って、なのは』
内心の思いを念話に乗せて飛ばし、フェイトは未練を振り切るようにシグナムの後へ続いた。
発進準備の完全に整ったヘリの前で、ダンテだけが残される。
予想外の展開を見せた模擬戦に始まり、ティアナの敗北、自らの出撃、そして今なのはとティアナの確執を前にしながらも平静な態度を保ち続けていた彼は、やはり落ち着き払って周囲を見回した。
この場で唯一、自分と同じようにどこか達観した様子で構えている赤毛の少女へ視線を向ける。
「それじゃあ、後はよろしく頼んだぜ。ヴィータ」
「オイコラ、なんであたしに言うんだよ?」
「世話好きそうだしな。俺がいない間、こっちを一度も見ようとしない頑固な妹分を上手くフォローしてやってくれ」
苦笑混じりに呟くダンテの言葉に嫌味な響きは無かったが、ジョークとも皮肉とも取れないそれにティアナの肩が僅かに震えた。
彼女が意図して自らの感情を胸の内に封じ込め、誰にも見せようとしない態度は確かに頑なそのものだ。
スバルとなのはの無意識な非難の視線を受けても気にしないダンテのふてぶてしい態度を見つめ、ヴィータはやれやれと肩を竦めた。
「せいぜい上手くはやてに売り込めよ。――オラ、新人ども。ロビーに行くぞ」
戸惑うスバル達を半ば強引に引き連れ、ヴィータはヘリポートから去って行く。
なのはだけが、自然とその場に残る形となった。
なのは自身、ヴィータがそれを意図していたことは無言のやりとりの中で理解している。その気遣いに感謝した。
全てを察しているかのように、まだヘリへ乗り込まないダンテへ視線を向けた。彼と話すことは、今はティアナのこと以外に無い。
「……ティアと打ち解ける為の話題を探してるなら……まあ、何かネタを提供しようか? 好きな食べ物とか、趣味とか」
ダンテが茶化すように言った。のんびりした口調だが、力のこもった声だった。
彼は、ティアナの問題について決して軽く見ているわけではない。この軽薄さは彼なりの気遣いなのだと、なのはは気付き、力無く笑いながら顔を上げる。
「わたしより、ダンテさんが話した方が良いかもしれない」
「何故、そう思うんだ?」
「わたしはティアナを傷つけました」
「アイツは昔から危険なやりとりが好みだ」
「きっと嫌われてます」
「俺も最初はそうだったさ。此処に来るまでの6年間、本当にいろいろあったんだ」
なのはの吐き出す弱音をダンテは穏やかに受け止め続けた。
ただ一つだけ、彼は拒否し続ける。なのはに代わって、ティアナに語りかける事を。
「……わたしは、ティアナの決意を否定してしまった」
おそらくそれがなのはにとってティアナと向かい合えない一番の理由を、沈痛な面持ちで呟いた。
戦う時、自分はいつだって自らの信念を貫いてきた。
だが、久しく忘れていたらしい。自らの意思を通すことは、他人の意志を砕くことなのだと。
同じく忘れていた本気の戦いと対立を経て、思い出していた。
かつて、そして今かけがえのない親友であるフェイトやヴィータ達ともそうだった。しかし、肝心のところが思い出せない。傷つけた相手と、どうやってもう一度手を取り合えるのか。
苦悩するなのはの表情を見つめ、ダンテは頷いた。
「ああ。だからナノハ、お前しかいないんだ。今のティアと話し合えるのは」
驚き、なのははダンテの顔をジッと見つめた。
「ティアの決意が、間違ってると思ったから立ちはだかったんだろ?
俺も止めるべきだと思った。力だけを求める先にあるのは、孤独だ。俺はその前例を知ってる。アイツを独りにはしたくない」
「でも……わたしにとって正しいことが、ティアナに当て嵌まるとは限らない。押し付けているだけなのかも……」
「人としてティアを想った行動だ。正しいかどうかは分からないが――胸を張るべきだと思うぜ。
家族や仲間だと思っているからこそ、間違った道を正してやらなくちゃいけない。魂がそう言うんだ。止めなきゃならない……例えそれが、相手を傷つける結果になっても」
ダンテの最後の言葉は自分自身にも言い聞かせ、心に染み渡らせているようだった。
悲しげで、しかし後悔を抱くことを否定する強い確信に満ちていた。
その瞳が一瞬、なのはを通して遠い過去を見据える。
「……ひょっとして、ダンテさんも?」
なのはの曖昧な質問を、ダンテは正確に捉え、そして曖昧に笑うだけで答えた。
家族や仲間だと思っているからこそ――。
なのははその言葉を何度も心の中で呟き、噛み締め、そうすることで少しずつ自分の中に10年前から変わらず在り続ける信念を思い出し始めていた。
「実の兄貴でね。お前さん達みたいに仲良くなんてお世辞にも言えなかったが……昔、ソイツを斬った」
呟きとため息を同時にダンテは漏らした。
頭の中にどんな光景が回想されているのか。そこに抱く感情はどんなものなのか。察することは出来ない。
「――だが、ティアには出来なかった」
悔いるような声だった。
先ほどのダンテの言葉を聞いた以上、今の彼が抱く感情ならなのはにも分かる。
家族だからこそ。
だが同時に、家族だからこそ『傷つけなかった結果』に悔いなど抱いて欲しくはないとも思っていた。
「だから、俺には今のティアを偉そうに諌めることなんて出来ない――。
とんだ弱味になっちまった。もう俺には、アイツを殴ってでも道を修正してやることなんて出来ないだろう。
『その時』にアイツがどんな眼で俺を見るのか、俺の手に伝わる感触はどんなものなのか。情けないが、怖くてね。少し長く、近くに居過ぎたんだな」
「それって、いけないことですか? ……わたしは、違うと思いますけど」
肯定を求めて縋るようななのはの言葉に、ダンテは苦笑しながら首を振るしか出来なかった。
「俺には、何とも言えない」
気まずげに言葉を濁したダンテを救うように、痺れを切らしたヴァイスが搭乗を急かす声が響いた。
背を向ける。
「ティアを頼む。勝手な押し付けだが」
「……いいえ」
カーゴの中へと消えていく、どこか小さく見える背中を見つめながら、なのはは静かに呟いた。
「わたしにとっても、ティアナは他人じゃないから」
未だ僅かな迷いのある瞳の中、しかし一つの意志が蘇っていた。
足早に皆の――ティアナの待つロビーへと向かっていく。
それまであったティアナを避ける気持ちは驚くほど薄れていた。
まだ何を話せばいいのか分からない。ただ、これは自分がやらなければならない――そんな使命感のようなものを胸に、なのははティアナ達がテーブルを囲うロビーへと足を踏み入れる。
シャリオやシャマルを含めた、全員の視線がなのはに集中した。ティアナの視線も。
ただ一人、ヴィータだけが何もかも分かっていると言うように頷くのが見えた。
「――ティアナ」
臆すことなく口を開く。
「お話、しようか?」
「……はい」
ティアナは静かにその言葉を受け入れた。それだけのことが酷く嬉しい。
「なのはさん、ティアナへの説明なら私から……」
「いいよ。ありがとう、シャーリー」
シャリオの気遣うような言葉をやんわりと断る。
模擬戦の苛烈さを見た者なら不安を感じるのも仕方が無い。
だが、その不安を一身にティアナへ向ける誤解があるまま任せたくはなかった。
ぶつかり合ったもの同士でしか分からない。理解し合えない。あの時の互いの意志は。
だからこそ、自分が向き合うべき問題なのだ。
無言で立ち上がるティアナを傍に控え、なのはは一度だけシャリオに振り返る。
「シャーリー、いつもわたしを信頼してくれてありがとう。
……でも、今回はそれを裏切る形になっちゃった。ごめんね」
「そんな、なのはさんは間違ってなんて……」
「片方が間違ってれば、もう片方が正しいなんて単純な物事は無い。間違ったんだよ、わたしも。……間違えることだって、あるんだよ」
納得のいかない顔をするシャーリーから感じる信頼を半分喜び、半分辛く感じながら、なのははティアナを伴い、ロビーから立ち去った。
残された者達に出来ることは、ただ待つことだけであった。
「考えてみたら……」
「はい?」
眼下に溢れていた街の灯火が消え、月明かりを反射しながら蠢く黒い海面だけになると、おもむろにダンテは呟いた。
「ヘリに乗るのは初めてだ。無料でベガスのツアーが味わえるとはね。ちょいと景色が殺風景だが」
「呑気な奴だ。緊張は無いのか?」
「緊張ならしてるさ。とびきりの華を両手に、夜空のデートなんだからな」
こうして面を向かい合うのはシグナムにとって初めてだったが、僅か数言交えただけで目の前の男の人となりがなんとなく分かってしまった。
このダンテという男が先のホテル襲撃事件で多大な貢献をしたことは聞いていたが、空中戦を行う技能は無いと自己申告している。
空を飛べない彼が、先の空中に待つ敵との戦闘をどうするつもりなのか?
「肝が据わってるのか、バカなのか」
皮肉るようなシグナムの呟きに、ダンテは肩を竦めるだけ。
自信を込めた無言の笑みが何よりも語る――『まあ、見ていろ』
「面白い奴だ」
初めてシグナムは苦笑を浮かべた。心を許した者だけに見せる表情だ。
どうやら、この軽薄だがどこか憎めない男を堅物な剣士は気に入ったらしい。
その理由が何となく分かってしまうフェイトもまた苦笑を禁じ得なかった。
離陸する前とは比べて、幾分軽くなった空気を感じながら、ヘリの三人は待ち構える戦いに集中していく。残してきた者達は気になるが、それは今は雑念だ。
『間もなく現場空域に到達します。隊長さん方、準備は良いですかい?』
タイミング良くヴァイスの報告がカーゴ内に響く。
三人は顔を見合わせた。
「さて、ダンテ。お前は飛行能力を持たないのだったな?」
「さすがにスーパーマンの真似事は出来なくてね」
「ならば、丁度デバイスも射撃型だ。我々が近接戦闘を行う間、遠距離からの援護という役割でいいか?」
フェイトも同意する妥当な作戦を聞き、ダンテは腕を組んで考える振りを見せた。『振り』である。
もちろん、考えるまでも無く――彼という人物を知る者ならやはり疑い無く、ダンテの答えは決まっている。
「無難だな。だが、止めとこう」
そいつは<スタイル>じゃない。
「もっと良い考えがあるぜ。――Hey! ヴァイス!」
『何か用ですかい、旦那?』
コクピットに繋がるマイクへ声を掛けると、意外なほど気安い返事が返ってくる。
シグナムとフェイトは思わず顔を見合わせた。
「……ヴァイス君と知り合いだったんですか?」
「ああ、もうすっかりオトモダチさ。趣味も合う方でね」
「そういえば、同じ射撃型デバイス持ちだったな」
「それに、うちの妹分が世話にもなった。切欠はそこからだな」
『お節介を焼いただけですよ』
「ついでに色目も使ったな。手を出したら殺すぜ」
『……肝に銘じときますよ』
「GOOD」
途端に神妙になる声に、ダンテは満足げに頷いた。
確かに、短い時間でも十分な友好関係は築けているらしい。その力関係も含めて。
「OK、気を取り直して俺のプランだ。
このまま敵の固まってる場所より上空を飛んでくれ。出来れば真上がベストだ。見つからないように距離を取れよ」
『了解』
気を取り直してダンテが告げる。
この場で彼にヴァイスへの命令権など無いが、誰もが自然とそれに違和感や反感を感じなかった。
その態度と言葉から溢れ出る根拠の無い自信が、不可解な期待を抱かせるのかもしれない。この男は何かやってくれる、と。
『目標地点に到着。ピッタリ、敵の真上です』
「ハッチを開いてくれ」
程なくしてヘリは上昇と移動を終え、敵にすら気付かれない遥か高高度へと到達する。
ハッチが開くと同時に強烈な風がカーゴ内を巻く中、ダンテは涼しい顔をして眼下を見下ろした。
ガジェットと思わしき光源が羽虫のように飛び回っている。
「――それで、次は?」
シグナムの問いに、身を乗り出していたダンテは振り返った。
風がダンテの体全体を煽り、月光に鈍く輝く銀髪が乱れる。形ばかりのバリアジャケット代わりとして羽織った六課制式のコートがはためいた。
「OK、次はこうだ。しっかり踏ん張って、掛け声を掛ける」
「掛け声?」
ニヤリ、と。不安になるような悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「ああ、そうだ。こうやってな――ジェロォォニモォォォッ!!」
景気付けとばかりに大声を張り上げ、両手を広げてダンテはそのまま夜空へ向けてダイヴした。
「えええええっ!?」
「バカか!」
慌ててハッチから下を覗き込めば、あっという間に小さくなっていくダンテの背中があった。
スカイダイビングの要領で、両手足を広げて速度を調節しているようだが、飛行魔法もパラシュートも持たない彼を最後に待つのは地面との熱烈なキスとその後のミンチだ。
もちろん、これがダンテの単なる自殺行為なハズはないだろう。
「何か考えがあるのだろうが……クソッ、それでも正気か?」
シグナムの悪態の答えなど分かり切ったものだった。
少なくともダンテの旧知ならば、ティアナを代表として全員が口を揃えて言うだろう。
――『いいや、イカれてる』
「とにかく、私達も行かないと……! ライトニング1、行きます!」
近くにいれば最悪の事態にも対処出来る。そう判断し、フェイトはすぐさま自らも出撃を決意した。
待機モードのバルディッシュを取り出し、ハッチに足を掛ける。
それから何故か少し躊躇う姿を、シグナムは訝しげに一瞥して、
「じぇ、じぇろにもぉー!」
律儀にもダンテの行っていた掛け声をたどたどしく真似しながら、フェイトは空中へと飛び出した。
「……ライトニング2、出るぞ」
その素直さと天然の入ったライバル兼親友の姿にため息を吐きながら、シグナムもまた追うように飛ぶのだった。
耳元を空気が唸り声を上げて通り過ぎていく。
重力に引かれるまま、徐々に加速していく落下に対してダンテは僅かな恐怖も抱いていなかった。
このまま地面に激突するなんてヴィジョンは脳裏に欠片も浮かんでいない。
問題ない、高い所から落ちるのは慣れている。
暗黒の空をダイビングしながら、ダンテは視線の先に飛び交う敵影を捉えた。
落下し続け、距離の詰まりつつある現状でもまだ豆粒程度にしか見えない敵に早速先制攻撃を開始する。
広げていた両手を体に沿って伸ばし、頭から弾丸のように落下する体勢で加速を得ると、そのまま一回転して器用に頭の位置を下から上に変えた。
足から落ちていく形。その下に蠢く敵へ向けて、デバイスの銃口を向ける。
「Let's Rock!」
お決まりの台詞を吐き捨てると、両腕の銃口が火を吹いた。
超高速・高圧縮の魔力弾が動き回る小さな的を、狙い違わず貫通する。爆発、そして散華。夜空に開戦の花火が広がる。
「BINGO!」
文字通り、一気に火が付いた。
ダンテの顔に浮かぶ笑みは深く、獣が牙を剥くそれへと一瞬で変貌し、暗い闘争心が燃え上がる。
今、この夜空に存在するのは家族同然の少女を案じる兄貴分の男ではなく、悪魔を狩ることにおいて右に出る者はいない最強の狩人であった。
旋回する集団のど真ん中で起こった爆発に、敵の意識が一斉に上空から迫るダンテへ向けられる。
無機質な戦闘機でありながら、表面にへばり付いた生体部分でギョロギョロと動く眼球から感じられるハッキリとした<視線>
常人ならばその薄気味悪さに背筋の凍りつくような感覚も、ダンテにとってはむしろ馴染み深く、得体の知れない機械を相手にするよりは幾分やりやすい。
奴らの狩り方は熟知している。
「Show time!」
旋回行動を止め、回頭して機首をこちらに向けた敵へダンテはすぐさま第二射を放った。
しかし、さすがはこちらと違って空を飛ぶ為の体。ガジェットの群れは弾幕へ飛び込む形で上昇しながらも各々回避行動を取る。
撃ち返される熱線、無数。超派手。
「Fooooow!!」
ナイトスタジアムで出すような歓声。迫り来る脅威を目の前にして、ダンテの理性が弾ける。最高のスリル。
何も無い空間をキック。だが、靴底には確かな手応え。
無意識に発生した瞬間的な魔方陣の足場を蹴って、落下する軌道を強引に捻じ曲げる。
急激な横移動の一瞬後には、傍らを掠めるように熱線が通り過ぎていった。
続けて迫り来る熱線。キック。別の熱線。キック。熱線。キック。キック。
<エアハイク>の文字通り、空中を歩くような自在な動き。小刻みに跳ね回ることでダンテは敵の弾幕をすり抜けていく。
ティアナが使用する魔法の応用とは違う、完全なスキル。いちいち術式を組み直す必要などないからタイムラグもずっと短い。
それでも空中で高度を維持できるほど連続は出来ない為、ダンテの体はどんどん落下してく。縮まる敵との相対距離。互いの速度も反応の猶予もどんどんシビアになっていく。
「Yeaaaaaah!」
その刹那のスリルがたまらない。
ダンテは嬉々として敵中に飛び込んでいった。
狭くなる視界の中を超高速で飛び回る敵影。かすんで見えるそれらの影から一つを選んで、舌なめずり。
距離が縮まる。
――3
またも器用に体勢を変えて、狙った標的に体当たりするような軌道と加速で接近する。
――2
標的のガジェットもこちらの狙いに気付いたか、すぐさま回避行動。衝突しない軌道を取る。
――1
そしてダンテ、直前で、キック。
驚異的な動体視力でガジェットの機動に追従したダンテは、狙い違わず標的を捉えた。
――コンタクト。
激突。
「失礼、ちょいと便乗させてもらうぜ」
船体に蹴りを加えるような着地を成功させたダンテは、自分を睨みつける寄生型ガジェットの眼球にウィンクを返して見せた。
思わぬ重量を背負ってふら付きながらも、ガジェットは張り付いた敵を振り落とす為に無茶苦茶な機動を始める。
「Wow.Ho,Hooooo!!」
ダンテはそれをまるで荒波に揉まれるサーフボードよろしく乗りこなしていた。
バランス感覚だけではどうにも出来ないようなでたらめな動きの中で、振り落とされるどころか他のガジェットへ向けてデバイスをぶっ放す。
超高速の空中サーフィンをこなしながら、歓声すら上げて周囲の敵を次々と撃ち落してく様はクレイジーとしか表現できない光景だった。
しかし、その狂った曲芸も唐突に終わる。
熱線がダンテの足元を貫いた。味方を斬り捨てる機械的な判断により、足場となっていたガジェットが同じガジェットの攻撃によって破壊される。
機体の爆発に煽られ、吹き飛ばされたダンテは当然落下するしかない。
「なかなかクールな判断だ」
落ちていく感覚を他人事のように感じながら、ダンテは呟いた。
飛行能力が無い以上、ガジェットの跳ぶ高度より下に落ちてしまえば、あとは地面に激突するまで止まらない。
「何をやってるんですか!?」
全身をリラックスさせて落ちるがままに任せるダンテの元へ、金色の光が瞬時に駆けつけた。
ガジェットの敵中をすり抜け、フェイトは落下するダンテの腕を掴んですぐさま上昇する。
「後先考えずにバカな真似をしてっ! あのまま落ちたらどうなるか分からないんですか!?」
ぶら下がった体勢のまま激昂するフェイトの整った顔を見上げて、少し思案するように乾いた唇を舐める。
「信じてたよ」
「そ、そんな取り繕った言い訳してもダメです!」
赤面するフェイトを視界の隅に収めながら、ダンテは後続のシグナムと交戦を始めたガジェットの残りを確認した。
かなり撃墜したはずだが、まだ数は多い。
「まだ食べ放題ってわけだ。フェイト、敵に向かって飛んでくれ」
「もうっ、人の話を聞かないんだから!」
不満そうに頬を膨らませながらも、戦闘中であることを理解しているフェイトはダンテをぶら下げたまま敵中へ突っ込んだ。
「ベイビー、俺のやり方は分かってるな? 適当な獲物に向かって投げてくれ!」
「もうっ、滅茶苦茶!」
呆れたような悪態と共に、加速をつけてダンテを一体のガジェットに向けて投げつける。
高速で飛来するダンテの弾丸のような蹴りを受けて、船体が大きく軋んだ。そのままゼロ距離でデバイスを足元に撃ち込む。
機体の爆発を利用して、ダンテは跳んだ。
追いついたフェイトが再度伸ばされた腕をキャッチする。意図せぬ完璧なタイミング。以心伝心。互いに意識せず体がシンクロする。
向かい合った二人。一瞬だけ視線が交差した。
「ターンだ!」
背中から迫る敵を感覚で、フェイトの肩越しに背後から迫る敵を視界で捉えたダンテが繋いだ手を強く引いた。
お互いに位置を入れ替えるダンスのようなターンを決めて、フェイトの斬撃とダンテの射撃が各々の標的を撃破する。
二つの爆光を受け、ダンテは思わず口笛を吹いた。
腕を引き、フェイトの体を引き寄せると、もう片方の手を腰に回す。
「いいね、危険な女は嫌いじゃない」
鼻が触れ合うほどの距離で恋人にそうするように囁くと、フェイトの顔が一瞬で沸騰した。意味不明な音が口から漏れる。
「いいい、今は戦闘中ですよっ!?」
「分かってるさ。ダンスの再開だ」
「ならば、こちらのダンスにも付き合ってもらおうか」
死角から迫っていたガジェットをレヴァンティンで貫き、何食わぬ顔でシグナムがダンテの首筋を引っ掴んだ。
「OH、強引なお誘いだ」
「生憎と踊りを嗜む趣味はないのでな。せいぜい振り回すだけだが、構わんな?」
聞いたことのある台詞だった。目の前の美女の半分くらいの背丈の少女が同じ笑みを浮かべていたのを見た気がする。
何処か凄惨さを感じさせる戦士としての笑み。だが、危険な匂いのする女の笑みは得てして男を魅了するものだ。
ダンテも思わず笑みを返すと、シグナムの方を向いたままあらぬ方向から迫るガジェットを正確に撃ち抜いた。
「もちろん、喜んで。やっぱり今夜は両手に華だな」
「お前の性格は大体把握した。合わせてやるから、適当にやれ」
「シグナム! ダンテ! 来るよ!」
いつの間にか随分と気安い口調になってしまったのを、フェイト自身は自覚していないだろう。
反転し、一斉に襲い掛かるガジェットの残党を視界に納め、各々が自らの武器を構える。
「来いよ、ベイビー! キスしてやるぜ!」
両手に美女。夜空でダンス。最高の機嫌とテンションで、ダンテは迫り来る敵を嬉々として迎え撃った。
普段訓練に使う人工の浮島がある沿岸沿いを、なのはとティアナはゆっくりと歩いていた。
まだそう長くは歩いていないが、隊舎を出てからここまで一言も交わしていない。二人とも相手に掛ける第一声とそのタイミングを測りかねているのだった。
歩く先に目的地など無い。きっとこのまま歩いていたら、夜が明けるまで隊舎の周りをグルグル歩き回る羽目になるんだろうな、と。
そこまで考えて、なのはは自分の想像に思わず吹き出しそうになった。
笑いを堪えるなのはの横顔をティアナが不審そうに見ている。
なのはは誤魔化すように咳払いをして、視線を夜空に泳がせた。
「……この空の先で、もうフェイトちゃん達は戦ってるんだろね」
何気ない呟きだったが、それが話の切欠になるのだと気付く。
散々思い悩んだ挙句、あっさりと話を切り出せたことに苦笑しながらなのははティアナに視線を移した。
「……教導官は、出撃に参加すると思ってました」
「うーん、ちょっとね。駄目出し受けちゃった。今のわたしじゃ不安で任せておけないって」
なのははおもむろに歩みを止めた。それに合わせるようにティアナも。
「自分が何も出来ない無力感って、ホント嫌なものだね」
「はい」
「ティアナが感じていたものが、その時の焦りが、何となく分かった。だから、力が欲しいっていう気持ちは……」
そこまで舐めらかに話していたなのはは、突然何かが喉に支えたかのように言葉を閉ざした。
口の中で何度か言葉を反芻して、それから困ったように笑う。
「……なんだろうなぁ、実はいろいろ考えてたんだよ? ティアナと面と向かったら、どういう言葉で話を進めようか。頭の中にたくさん用意しておいたのに」
「ポケットの中にスピーチ用の紙があるなら、どうぞ使ってください。気にしませんから」
「ダンテさん仕込みのジョーク? ティアナって結構毒あるよね」
「すみません」
二人は苦笑し合った。間にあったぎこちなさが薄れていく気がする。
こうして、当たり障りの無い会話をしながら、模擬戦での出来事を全て曖昧にしてしまいたい欲求になのはは駆られた。
だが、それは逃げである、と。
あの時ぶつけ合った言葉は、意志は、確かに本物で本音だったのだ。もう誤魔化すことは出来ない。
いつの間にか、二人の笑い声は消えていた。
顔を見合わせ、お互いの痛ましく感じる笑顔を一瞥すると、どちらが促すこともなく道沿いの斜面に腰を降ろす。
「……用意していた言葉が、どれも軽く感じるよ」
すぐ隣に座るティアナを見れず、なのはは彷徨わせていた視線を結局空に向けた。
「結局、あの時模擬戦で思うままに叫んだ言葉が何よりも本音だった気がする。
今回のことで、自分の教導の甘さに気付いたよ。人が人に教えるんだもん、教える相手にも色んなタイプがいるよね。
誰も不満を言わなかったからって、全部同じ手順で済ませようとしたわたしの未熟だよ。ティアナと同じ目線に立って、ようやくそれが分かった」
「私も、あの時自分は頭を冷やすべきだったと思います」
「お互い、まだ未熟だったってことだね」
「でも、あの時起こったことが……無ければよかったとは、思いません」
そこで、なのはは初めてティアナの眼を見た。
「私の本気に、本気で応えてくれた。嬉しかったです」
「憎んでるんじゃない? 理由はどうあれ、わたしはティアナの本気の想いを否定したんだよ」
「私のことを想って、ですよね。今なら、それがどれ程幸せなことなのか分かります」
「お節介じゃない?」
「あの時は、迷惑だとか言ってすみませんでした。部下として信頼してくれてるから、あそこまでしてくれたんですよね」
「仲間として、想ってるよ」
「あ、いや、それは……恐縮です」
にっこり笑って断言するなのはの顔を直視できず、ティアナはそっぽを向いて鼻の頭を掻いた。
伝え合った本音が、お互いの心へ清流のようにスッと染み渡っていく。
二人して再び空を見上げる形になり、しばらく間を置いてそっとティアナの様子を伺った。
なのはは彼女が考えに耽っているのを見て取った。初めて会った時からずっと、思慮深く、感受性の強いティアナはその冷静な態度の奥で多くのことを考え、想い、悩んでいる。
自分はその一端に触れる貴重な経験をしたのだ、と。何か妙な誇らしさを感じずにはいられなかった。
あらゆる弱味や問題を自身の力のみで解決してしまう程決断力の高い少女が、こうして僅かにでも心を曝け出す人間はそう多くないだろう。
「あの」
不意にティアナが切り出した。
「もう必要ないのかもしれないけれど……もうちょっと話したいことがあるんです」
「うん」
「今更なのかもしれないけど、死んだ兄のことで。特に意味は無くて、ただの昔話なんですけど。別に同情を買おうとか、変な意味じゃなくて、ただ……」
「うん、わたしも聞いておきたい。ティアナのこと、少しでも知りたいから」
「……ありがとう、ございます」
恥ずかしそうに俯くティアナの頬は少しだけ赤かった。
そのまま地面を見つめ、なかなか口を開こうとはしなかったが、なのはは根気強く待った。
やがて顔を持ち上げ、その視線を遠い昔に向けたティアナは静かに語り始めた。
「ある晩、兄が夕食の時に言ったんです。『お前に義姉が出来るかもしれない』
とんでもない発言でしたが、当時の私にもその意味は分かりました。
兄は、その発表に私が喜ぶ反応しか見せないと信じ切っていて、とにかく分かりやすくだらしない顔でしたね。
両親が亡くなってから、ずっと仕事と私の世話でそういう……兄に女性の影なんて全然見えなかったら、ショックでした。
その女性についていろいろ話すんですけど、どんな良心的なイメージを思い浮かべても、その人が自分の姉になるなんて、信じられなかった。兄が取られると、子供らしく単純に思いました」
ティアナは時折懐かしむような笑いを混ぜながら語り続ける。
「相手の女性は同じ管理局員で、自分が局員になった後に顔を知りましたが、キャリアウーマンって感じの美人でした。防衛長官の実娘だそうです。秘書をやってるとか。
完璧なエリートで、今思えばどうやってヒラである兄と知り合ったのか疑問ですが、兄がそんなに女性に対して強くないことを考えれば、そこまで行き着いた努力はかなりのものだったんでしょう。
そもそもどんな切欠で女性に声を掛けようと思ったのか……。まあ、時期を考えれば、影響しそうなのは一人しかいないんですけどね。
丁度、兄とダンテが知り合ったらしい時期でした」
あの女性に対して特に好意的で気安い態度を思い浮かべて、なのはは容易く納得出来た。出来すぎて、思わず笑ってしまうほどだ。
「そしてその夜は、奇跡的にデートの約束まで取り付けた日だったとかで。
兄は調子良く私に話すんですけど、もちろん当時の私は全然面白くなくて、ただ不機嫌さに気付いてもらえるよう表情に出して相槌をするだけでした。
そこで、兄にその女性から電話が繋がったんです。多分、その当日の話か何かで。
私はチャンスだと思い、通話する兄のすぐ傍でこう叫んだんです。『お兄ちゃん、その人も恋人なの? さっきの女の人は違うの?』って」
「悪い妹だね」
顔を顰めながらも笑いの堪えられないなのはに、ティアナは意地悪く微笑んで見せた。
「最悪のガキだったと思います。
怒鳴り声はなくて、何か数言聞こえたかと思ったら、電話が切れました。
呆然とした兄が残されて、それからどうなったかは……分かりません。ただ、しばらく兄は落ち込んでましたけど」
長い話を終えると、ティアナは大きく深呼吸して追憶の余韻を味わった。
掘り起こされた思い出が心を暖かくする。
しかし、浮かんでいた柔らかい笑みは気が付けば元に戻っていた。
「……その次の月でした。兄が死んだのは」
ティアナが静かに告げた。
「あの時、私が邪魔をしなければ兄は、ずっと私の世話で味わえなかった人生の楽しみを少しは味わえたかもしれない――。
そう考えて後悔を感じることが、度々あります。ほんの些細なことなのに、思い出して悔いに繋がる。
失った人に対して、もっと何かしてあげられたんじゃないか? でも、もう絶対に何もしてあげられない。それを実感する度に人の死の重さを感じます」
「ティアナ……」
「兄が好きでした。父親の姿をよく覚えていないから、憧れも、誇りも、全部兄の背中に感じていた……」
僅かに聞こえた鼻を啜る音に、なのはは敏感に反応した。泣いている?
だが、伺ったティアナの横顔はただ何かを堪えるように慄然としていた。彼女は頑なに弱味を見せようとしない。
「その兄が死んだ時――その死に対して『役立たず』『無能』と烙印が押された時、私の人生は決まりました」
「……お兄さんは、それを望んでいたかな?」
ティアナを怒らせることになるかもしれない。しかし、問わずにはいられない。
なのはの言葉をティアナは意外なほど呆気なく受け入れ、疲れたように首を振った。
「分かりません」
「スバル達は、そんなティアナの生き方を心配してる」
「私は、恵まれてると思います。本当に、そう思います。だけど……」
少しずつ、ティアナの声に余裕が無くなり始めていた。
何かが沸々と腹の底から湧きあがってくる。そのワケの分からない感情のうねりが、熱となって鼻と目を刺激した。
ティアナは必至でそれを堪えようとした。
「だけど……っ」
なのははティアナの膝の上に手を伸ばして彼女の手を取った。
ここで話すのを止め、打ち明けようとした感情と言葉を全て封印しようかと考えていたティアナはその手の暖かさに背を押された。
「兄は殺されたのだという事実を、忘れられない……っ。その死が無駄だったと、悼まれもしなかったあの時の光景が忘れられないっ」
嗚咽を噛み殺し、溢れそうな涙を押し留めながら、ティアナは必死で想いを吐き出した。
「悔しいんです……っ! 兄の無念に、何でもいいから報いたい。この気持ちを時間と共に少しずつ忘れながら、のうのうと生きていくなんて耐えられない。
許すことなんて出来ない。例えこの命を賭けてでも、あたしは……誓いを果たす! 絶対に! それだけの意味があるっ!!」
「……だから、強くなりたいんだね?」
「なりたいです……強くなりたいですっ。あたしは、強く、なりたいです……<なのはさん>」
なのはは胸の詰まる思いだった。
彼女がきっと誰にも見せたくないだろう弱さに崩れた本当の素顔を隠すように胸に押し付け、抱き締める。強く。
ティアナはただ黙ってなのはの背中に手を回した。なのはも、ただ強く抱き締める以外のことが出来なかった。
経歴からティアナの力を求める理由を理解したつもりだった。
だが、所詮『つもり』だったのだ。
彼女の吐露した痛く、苦しく、その命を賭けるほど決死の意志に対して、諭す言葉など何も思い浮かんでこない。
ただ無力と共にティアナを抱き締めるしかない。
「ああ……強くしてあげるよ。ティアナ、わたしがアナタを強くしてあげる。絶対に!」
「なのは、さん……」
「でも、一つだけ約束して!
命を賭けるほどの覚悟は分かる。もう止めない。だけど、その瞬間まで……お願いだから自分の命を惜しんで。
わたしは、ティアナに死んで欲しくない。本心だよ。わたしだけじゃなく、スバルも、他の皆もティアナの幸せを願ってる。それぞれがそれぞれを想い合ってる。
その絆の中にティアナがいるっていうことを……絶対に、忘れないで」
ティアナは目に涙を溢れさせながら頷いた。
「お兄さんがアナタの心に遺したように、ティアナの死は絶対に他の誰かの心に傷を遺すから。わたしにも――」
「はい……はい……っ」
それ以上、何も言えなかった。押し寄せる感情のうねりに胸が詰まって、言葉が出てこなかった。
ただ、その時。なのはの腕に抱き締められながら、今この場で彼女以外の誰も自分を見ていないことを悟ると、ティアナは何かに許されたような気がして。
数年の時を経て、自らに泣くことを禁じていた少女は初めて、ただ――泣いた。
to be continued…>
<ティアナの現時点でのステータス>
アクションスタイル:ガンスリンガーLv2→ LEVEL UP! →Lv3
NEW WEAPON!<クロスミラージュ・ダガーモード>
習得スキル
<ファントムブレイザー>…遠距離用精密狙撃砲。最大クラスの攻撃力だが、魔力消耗量も激しい。
<オプティックハイド>…幻術魔法の一種。短時間だが姿と気配を消すことが出来る。修練不足の為、他のスキルとの併用は不可。
<フェイクシルエット・デコイ>…本来は幻影を生み出し、操作する高位魔法。修練不足の為、自分自身の幻影を一体のみ、しかも数秒しか維持できない。用途は主に攻撃のミス誘発。
<ガンスティンガー>…銃剣タイプのダガーモードで突進し、魔力をチャージした刃を敵に突き刺す近接技。障壁貫通効果もある。
<ポイントブランク>…ガンスティンガーの後にゼロ距離でチャージショットを叩き込むクレイジーコンボ。ダメージ大。
<???>…デバイスの新モードが解禁された。技能は発展する、更なる経験とオーブを集めよ。