ツェペシュの幼き末裔 ◆Su10.RK3MU
【001】
「こんなに月も紅いのに……ええっと、あの時はなんて言ったんだっけ?」
「『楽しい夜になりそうね』ですわ。お嬢様」
「『楽しい夜になりそうね』ですわ。お嬢様」
しんと静まり返った闇の深い森の中、そのもう少し奥に木々が開き月光の降り注ぐステージのような場所があった。
そして、闇の中よりなお静謐なその場所に、可愛らしいドレスに身を包んだ幼き少女と彼女に仕える瀟洒なメイドがひとり。
そして、闇の中よりなお静謐なその場所に、可愛らしいドレスに身を包んだ幼き少女と彼女に仕える瀟洒なメイドがひとり。
「ああ、そうだった。あの夜は楽しかった」
「そうですね。後片付けは大変でしたけれども」
「そうですね。後片付けは大変でしたけれども」
夜天に浮かぶ満月を見上げる少女――メイドのほうもまだそう言えるくらいには見える。は、どちらも、
あのような地獄、それも一番深く恐ろしい地獄の一端を垣間見たというのに平然としている。
それはそもそもの気性なのか、それとも二人が尋常な存在ではないからなのだろうか?
あのような地獄、それも一番深く恐ろしい地獄の一端を垣間見たというのに平然としている。
それはそもそもの気性なのか、それとも二人が尋常な存在ではないからなのだろうか?
「私は夜が明けたら寝てしまったけど」
「私は夜が明けても寝る暇なんてありませんでしたけど」
「私は夜が明けても寝る暇なんてありませんでしたけど」
ドレスに身を包んだ幼き少女――レミリア・スカーレットは吸血鬼である。
彼女に仕える瀟洒なメイド―― 十六夜咲夜もまた人間でありながら普通ではない力を持っている。それも強大な。
そしてこの二人は幻想郷というところから来た。
人の心から怪しいものを恐れる気持ちが失われつつある今、妖怪や神がそのままの姿でいられる数少ない場所である。
彼女達二人(とその仲間)もまた人の記憶から追われ、あるいは置いていかれた幻想の一員なのだ。
そして、その幻想郷を生み出したと言われているのが、あの他でもない八雲紫なのであった。
なので二人は八雲紫を知っている。
よくは知らないが。しかしこれは彼女達のせいではない。八雲紫は皆に自分を分かり易くは知らせていないのだ。
彼女に仕える瀟洒なメイド―― 十六夜咲夜もまた人間でありながら普通ではない力を持っている。それも強大な。
そしてこの二人は幻想郷というところから来た。
人の心から怪しいものを恐れる気持ちが失われつつある今、妖怪や神がそのままの姿でいられる数少ない場所である。
彼女達二人(とその仲間)もまた人の記憶から追われ、あるいは置いていかれた幻想の一員なのだ。
そして、その幻想郷を生み出したと言われているのが、あの他でもない八雲紫なのであった。
なので二人は八雲紫を知っている。
よくは知らないが。しかしこれは彼女達のせいではない。八雲紫は皆に自分を分かり易くは知らせていないのだ。
「それで、どうしましょうかお嬢様?」
「どうって?」
「どうって?」
二人は丸い月を見上げながら会話を続ける。月光は怪しに近いものにとっては清流のようなものなのだ。
「これが《異変》でしたら解決しなくてはいけないと思うのですけど……」
「あー、あのスキマ妖怪をやっつけるってこと?」
「あー、あのスキマ妖怪をやっつけるってこと?」
八雲紫はスキマ妖怪と呼ばれる。しかし正式名称ではない。そんな名前の妖怪の分類は存在しない。
けど、彼女のことをどう呼んでいいかわからないから、皆はスキマを操る妖怪なのでスキマ妖怪だと呼んでいるのである。
けど、彼女のことをどう呼んでいいかわからないから、皆はスキマを操る妖怪なのでスキマ妖怪だと呼んでいるのである。
「そうですね。立ちふさがる相手と戦いながら《異変》の主を探して」
「いつか満月がおかしくなった晩も私と咲夜でそうしたわよね」
「いつか満月がおかしくなった晩も私と咲夜でそうしたわよね」
幻想郷では幻想郷の存在を揺るがすような大きな事件のことを《異変》と呼ぶ。
《異変》は解決されないといけないのでそれ専門の者が対処することとなっている。そこに物好きも多少加わることもあった。
レミリア・スカーレットもかつては「紅霧異変」と呼ばれる《異変》を起こしたことがあり、《退治》されたこともある身だ。
そしてそう言ったように、《異変》を解決する側として動いたこともある。
何を隠そう、同じくこの場所に連れて来られた「蓬莱山輝夜」と「八意永琳」、
彼女達が起こした《異変》――「永夜異変」の解決に大きく寄与したのがこのレミリアと咲夜の二人なのである。
《異変》は解決されないといけないのでそれ専門の者が対処することとなっている。そこに物好きも多少加わることもあった。
レミリア・スカーレットもかつては「紅霧異変」と呼ばれる《異変》を起こしたことがあり、《退治》されたこともある身だ。
そしてそう言ったように、《異変》を解決する側として動いたこともある。
何を隠そう、同じくこの場所に連れて来られた「蓬莱山輝夜」と「八意永琳」、
彼女達が起こした《異変》――「永夜異変」の解決に大きく寄与したのがこのレミリアと咲夜の二人なのである。
「ええ、ですから今回も……」
「だめだめ。咲夜、それはもう無理なことよ」
「だめだめ。咲夜、それはもう無理なことよ」
咲夜は主人の言葉に首をかしげた。
この500年も生きているのに見た目と精神とがそう変わらないご主人は「無理」なんて言葉を口にしないと思ったからだ。
この500年も生きているのに見た目と精神とがそう変わらないご主人は「無理」なんて言葉を口にしないと思ったからだ。
「はい?」
「これが《異変》だとしたら私達はもう《異変》の真っ只中にいることになる。外から見たら人質みたいなものよ。
だからもう私達にはこの異変を解決する側に回る資格がない」
「そういうものなんですか?」
「それに、相手はあのスキマ妖怪よ。ただの《異変》じゃないし……そもそも《異変》じゃないかもしれない。
だったら私達が気に病む問題でもない気がするわ。
そもそもあんな口上に乗ってあげる必要はないのよ。私は私の理由がなければ動かないことにしている」
「はぁ……」
「これが《異変》だとしたら私達はもう《異変》の真っ只中にいることになる。外から見たら人質みたいなものよ。
だからもう私達にはこの異変を解決する側に回る資格がない」
「そういうものなんですか?」
「それに、相手はあのスキマ妖怪よ。ただの《異変》じゃないし……そもそも《異変》じゃないかもしれない。
だったら私達が気に病む問題でもない気がするわ。
そもそもあんな口上に乗ってあげる必要はないのよ。私は私の理由がなければ動かないことにしている」
「はぁ……」
理屈がわかるようなわからないような。咲夜は首をかしげたまま相槌を打った。
そしてどうやら、ご主人は降りかかった問題を解決するよりも、あえて無視するほうがより格好がつくと考えたようだった。
ならばそれに逆らうこともない。粛々と従うだけだ。殺し合いが好きな人間なんてそんなにいない。
そしてどうやら、ご主人は降りかかった問題を解決するよりも、あえて無視するほうがより格好がつくと考えたようだった。
ならばそれに逆らうこともない。粛々と従うだけだ。殺し合いが好きな人間なんてそんなにいない。
「紅白巫女に任せましょう。これが《異変》ならあいつの仕事よ」
言って、レミリアは深い森の中へと足を進めてゆく。咲夜はあわてて背負い袋を拾い上げるとその後を追った。
森の中に踏み込むと途端に光は失せ視界は閉ざされる。
夜族であるレミリアは平気だが、まがりなりにも人間な咲夜はそうもいかないので足元もおぼつかない。
背負い袋を探ると、咲夜は骨董品のランタンを中から取り出しマッチを擦ってそれに火を灯した。
森の中に踏み込むと途端に光は失せ視界は閉ざされる。
夜族であるレミリアは平気だが、まがりなりにも人間な咲夜はそうもいかないので足元もおぼつかない。
背負い袋を探ると、咲夜は骨董品のランタンを中から取り出しマッチを擦ってそれに火を灯した。
「では、どうなされるのですか?」
主人の小さな背中に追いつくと咲夜はこれからどうするのかを尋ねる。
「……そうね。せっかく幻想郷の外の世界に来たんだし、色々見て回りたいわねぇ」
「ああ、それは……私も興味があります」
「ああ、それは……私も興味があります」
率直な感想を述べる。
幻想郷では外からのものが中々見ることができない。そもそも幻想に近しいほど忘れられてなくては届かないからだ。
なので数少ない外からのもの――“最新の忘れられたもの”なんかは珍重され、価値はともかくとしておもしろがられる。
ここが幻想郷でないとしたら、普段幻想郷の中にはないものが色々と見られることだろう。
幻想郷では外からのものが中々見ることができない。そもそも幻想に近しいほど忘れられてなくては届かないからだ。
なので数少ない外からのもの――“最新の忘れられたもの”なんかは珍重され、価値はともかくとしておもしろがられる。
ここが幻想郷でないとしたら、普段幻想郷の中にはないものが色々と見られることだろう。
「面白いものが手に入るかもしれないし――ほら、あれを見て!」
「何か光っていますね」
「何か光っていますね」
森の中を歩き、そろそろ途切れるかというとこらへんで二人はその先に真っ白でまぶしい光を見つけた。
空に輝く星ではない。地上スレスレの低い場所にあるし、星はあんなに強く光っては見えない。
ならば、それはなんだろうか? いきなり、幻想郷では見たこともないものである。
空に輝く星ではない。地上スレスレの低い場所にあるし、星はあんなに強く光っては見えない。
ならば、それはなんだろうか? いきなり、幻想郷では見たこともないものである。
「流星が落ちてきたのかも」
言ってみましょう。というとレミリアは無邪気に走り出した。
咲夜も慌てて――ランタンの中の油を零さないよう注意しながらその後を追って駆け出した。
咲夜も慌てて――ランタンの中の油を零さないよう注意しながらその後を追って駆け出した。
【002】
「不思議ですねこの明かり。とても明るいのに強い力を感じない」
街道の脇に立てられた細い柱。そのてっぺんまで上った咲夜は先っぽから吊るされている明かりを見てそう言った。
森の中から見た光。その正体は現代社会に住んでいるものならよく知っているただの電気の街灯である。
しかし彼女達は行灯は知っていても電気の存在には馴染みがないのでそれがなにだかわからない。
ガラスの中に妖精が入ってるわけでもない。流星の欠片が入ってるわけでも、魔法がかかってるわけでもない。
となれば、実に不思議なものと彼女達の目には映るのであった。
森の中から見た光。その正体は現代社会に住んでいるものならよく知っているただの電気の街灯である。
しかし彼女達は行灯は知っていても電気の存在には馴染みがないのでそれがなにだかわからない。
ガラスの中に妖精が入ってるわけでもない。流星の欠片が入ってるわけでも、魔法がかかってるわけでもない。
となれば、実に不思議なものと彼女達の目には映るのであった。
「向こうの方にも並んでいるねぇ。なんだろう。明かりの実をつける鉄の樹とか?」
レミリアは街道に沿って立ち並ぶ街灯を見てそんなことを言う。
そして夜の静けさの中に沈む見たことのない街並みと見たこともない光に、ここは天人か月人の世界かもと思った。
そして夜の静けさの中に沈む見たことのない街並みと見たこともない光に、ここは天人か月人の世界かもと思った。
「しかし、空を飛べなくなっているのは不便ですね。明かりを確認するだけでも服に埃が」
するすると鉄柱をすべり降りてきた咲夜がそう零す。
どういうわけだか不明だが、彼女達の空を飛ぶ力が発揮できなくなっていたのである。
どういうわけだか不明だが、彼女達の空を飛ぶ力が発揮できなくなっていたのである。
「大方、あのスキマ妖怪は空を飛べたんじゃあ私達が逃げ出すとでも考えたんだろうさ」
幻想郷では彼女達妖怪や魔法みたいなものを使える者は皆空を飛べる。
逆に空を飛べないのはただの人間か獣などの地面の上で暮らすことを選択した、また余儀なくされたものだけだ。
生物の進化に囚われない“浮いたもの”である妖怪達が飛べない道理はない。
しかし、その空に浮かび飛ぶという性質はなんらかの(十中八九、八雲紫の)力で封じられていた。
逆に空を飛べないのはただの人間か獣などの地面の上で暮らすことを選択した、また余儀なくされたものだけだ。
生物の進化に囚われない“浮いたもの”である妖怪達が飛べない道理はない。
しかし、その空に浮かび飛ぶという性質はなんらかの(十中八九、八雲紫の)力で封じられていた。
「ちょっと上のものを確認するためだけに、上ったり踏み台や梯子が必要なのは不便ですね」
「かまいやしないさ。この世界はこのレミリア様が飛ぶには狭すぎるからね」
「かまいやしないさ。この世界はこのレミリア様が飛ぶには狭すぎるからね」
やはり動じない二人であった。
「それよりもあの光る硝子球。木の実みたいにもいで持って帰れないか?」
「どうでしょう? もいだら光も消えてしまいそうな気がします」
「だったらこの柱ごと持って帰る?」
「それはちょっと……」
「どうでしょう? もいだら光も消えてしまいそうな気がします」
「だったらこの柱ごと持って帰る?」
「それはちょっと……」
そして変な会話をしている二人に近づく、これも普通ではない二人の人間がいた。
【003】
「今晩は。お嬢さん方」
レミリアと咲夜が振り向くと、道の真ん中に黒いスーツを着た女とその傍らに控える老執事の姿があった。
「こんばんは。変な人間」
レミリアの不遜な態度(本当は率直なだけなのだが)にスーツの女の口角が上がる。
浅黒い肌に長く伸ばした金髪。眼鏡の奥の瞳は鋭く、その笑みはまるで猛禽類を思わせるものだった。
対して笑みを浮かべるレミリアの小さな口の中にも鋭い牙が覗いた。
俄かに、周囲を包む空気が剣呑なものへと変化してゆく。
浅黒い肌に長く伸ばした金髪。眼鏡の奥の瞳は鋭く、その笑みはまるで猛禽類を思わせるものだった。
対して笑みを浮かべるレミリアの小さな口の中にも鋭い牙が覗いた。
俄かに、周囲を包む空気が剣呑なものへと変化してゆく。
「……変な人間か。然り。確かに私は変わり者だ。ならば、お前はどうだ? 幼い吸血姫よ」
「さぁねぇ。私の周りは変なものばかりだから変じゃないものがなにかわからない」
「さぁねぇ。私の周りは変なものばかりだから変じゃないものがなにかわからない」
静かな夜の空気が風もないのにゆらゆら揺れる。
「私は、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング。“お前達のようなもの専門”だ」
「私は、レミリア・スカーレット。“お前達みたいなもの”には一度も負けたことがない」
「私は、レミリア・スカーレット。“お前達みたいなもの”には一度も負けたことがない」
ふんと、インテグラと名乗った女はレミリアを見下ろし鼻をならす。
レミリアも平べったい子供の胸をそらしてインテグラを見上げふんと鼻をならした。
レミリアも平べったい子供の胸をそらしてインテグラを見上げふんと鼻をならした。
「幼いからといって侮りはしない」
「侮ったりしないほうがいいわ。このツェペシュの末裔たるレミリア様を」
「……ツェペシュ?」
「そう。正統なる吸血鬼の血統よ」
「侮ったりしないほうがいいわ。このツェペシュの末裔たるレミリア様を」
「……ツェペシュ?」
「そう。正統なる吸血鬼の血統よ」
ツェペシュの末裔――その言葉を聞いてインテグラの目が見開かれた。そしてその肩が小刻みに震え始める。
その名。吸血鬼の祖、串刺し公たるブラド・ツェペシュの名に畏怖したのか?
いや、そうではない。彼女はその名を、その者を“よく知っている”。だから、その肩の震えは――
その名。吸血鬼の祖、串刺し公たるブラド・ツェペシュの名に畏怖したのか?
いや、そうではない。彼女はその名を、その者を“よく知っている”。だから、その肩の震えは――
「くっ……く、はははははははははははははははははは!」
――滑稽に対するものであった。
「は、ははは……。まさか、“あいつ”にこんな幼い娘がいたとはな! 知らなかった! いやあいつも“水臭い”!」
「お前、何がおかしい!」
「お前、何がおかしい!」
肩を震わせ、いやもう腰を折って身体を抱いて大笑いするインテグラを前にレミリアの顔がかっと紅潮する。
どうして彼女が笑うのかレミリアは知っている。だからこそ恥ずかしく、そして怒り心頭だった。
どうして彼女が笑うのかレミリアは知っている。だからこそ恥ずかしく、そして怒り心頭だった。
「咲夜! こいつ、私を馬鹿にしたわ! 半殺しにしてあげなさい!」
「お嬢様。相手は二人いますけど、一人殺すんですか? それとも半分ずつですか?」
「残り半分は私が殺すから半分ずつよ!」
「…………御意に」
「お嬢様。相手は二人いますけど、一人殺すんですか? それとも半分ずつですか?」
「残り半分は私が殺すから半分ずつよ!」
「…………御意に」
いつの間にか腰に刀を携えた咲夜が一歩前に出る。
「ウォルター。彼女達からはよく話を聞きたい。丁重におもてなししろ!」
「畏まりました」
「畏まりました」
対して、インテグラの後ろからはウォルターと呼ばれた老執事が一歩前に出た。
慇懃に一礼すると、戦闘態勢を取り名乗りを上げる。
慇懃に一礼すると、戦闘態勢を取り名乗りを上げる。
「ウォルター・C・ドルネーズ。ヘルシング家執事(バトラー)。元国教騎士団ゴミ処理係――行きますぞ」
黒手袋を嵌めた老執事の手の中で透明な糸が引き絞られギリギリと空気を掻き鳴らす音が響いた。
「十六夜咲夜。紅魔館メイド長。現役のお掃除当番――と応えればいいのかしら?」
同じく名乗りを上げ咲夜が鯉口を切り鞘から刀を抜くと、月の光を跳ね返したのか、キンと澄んだ音が鳴り響く。
静かに構えられた切っ先はそのまま真っ直ぐと老執事の面へと向けられる。
月光の下。緊張に息を潜めるように周囲から音は失われ、そして――華麗な武闘の幕が切って落とされた。
静かに構えられた切っ先はそのまま真っ直ぐと老執事の面へと向けられる。
月光の下。緊張に息を潜めるように周囲から音は失われ、そして――華麗な武闘の幕が切って落とされた。
【004】
最初に動いたのは咲夜だ。抜いた刀を水平に構え老執事へと突進してゆく。
しかし、先手を打ったのは老執事――ウォルターであった。
彼が手を振ると、その指に絡められた糸がひゅるひゅると口笛のような音を鳴らしメイドへと殺到してゆく。
十重二十重に絡み取ろうとする糸の群れ――だがしかし、メイドはそれをなんなく避けてみせた。
しかし、先手を打ったのは老執事――ウォルターであった。
彼が手を振ると、その指に絡められた糸がひゅるひゅると口笛のような音を鳴らしメイドへと殺到してゆく。
十重二十重に絡み取ろうとする糸の群れ――だがしかし、メイドはそれをなんなく避けてみせた。
「――ほう!」
老執事の片眉がぴくりと上がる。
メイドは群がる糸をただ避けたのではない。群がる糸の隙間を潜り抜けたのだ。
いかにこれが“本調子”ではないにしろ、神業とも言うべき回避を見せたメイドにウォルターは心の中で賞賛を送った。
メイドは群がる糸をただ避けたのではない。群がる糸の隙間を潜り抜けたのだ。
いかにこれが“本調子”ではないにしろ、神業とも言うべき回避を見せたメイドにウォルターは心の中で賞賛を送った。
「――ええいっ!」
肉薄し袈裟に斬りかかってきたメイドの刀を老執事はなんなくと軽快なステップで回避する。
年を重ね老いたとはいえまだまだそこいらの若者に劣るような男ではない。
回避と同時に隙を見せた相手へと攻撃を重ねる。今度はひうんと鳴った糸がメイドの足元を絡み取ろうと地を走った。
が、それも容易く回避された。その場で跳び上がったメイドは空中で一回転すると捻りを加えて着地して見せる。
口笛を吹きたくなるような見事なアクロバットだ。
年を重ね老いたとはいえまだまだそこいらの若者に劣るような男ではない。
回避と同時に隙を見せた相手へと攻撃を重ねる。今度はひうんと鳴った糸がメイドの足元を絡み取ろうと地を走った。
が、それも容易く回避された。その場で跳び上がったメイドは空中で一回転すると捻りを加えて着地して見せる。
口笛を吹きたくなるような見事なアクロバットだ。
「ならばこちらも気張りませんとなぁ……ッ!」
これまで片手で糸を繰っていたウォルターは更にもう片手に仕込んでいた糸を解放する。
空気を掻き鳴らす音は単純な旋律から重奏へと変化した。倍に増えた糸は乗数のパターンを生み出しメイドを追いつめる。
前後左右天地。四方八方。縦横無尽。
糸は鳴り響かせる音を変化させながら、時に直線的に、時に曲線を用いて弾幕ならぬ糸幕、あるいは網幕を描く。
日本刀を持ったメイドはもう近づくことも叶わない。時折包囲の薄い部分を潜り抜けるがそれも最早老執事の計算の内。
空気を掻き鳴らす音は単純な旋律から重奏へと変化した。倍に増えた糸は乗数のパターンを生み出しメイドを追いつめる。
前後左右天地。四方八方。縦横無尽。
糸は鳴り響かせる音を変化させながら、時に直線的に、時に曲線を用いて弾幕ならぬ糸幕、あるいは網幕を描く。
日本刀を持ったメイドはもう近づくことも叶わない。時折包囲の薄い部分を潜り抜けるがそれも最早老執事の計算の内。
「“王手(チェックメイト)”」
両手の解放から四手目。
一本の糸を跳躍して回避したメイドの、その着地点に残りの糸が殺到する。最早いかようにしても回避は不可能。
メイドは蜘蛛の巣に飛び込んだ蝶と変わらない。そしてこうなってしまえば生かすも殺すもこちらの思うまま。
そのはずだったが――
一本の糸を跳躍して回避したメイドの、その着地点に残りの糸が殺到する。最早いかようにしても回避は不可能。
メイドは蜘蛛の巣に飛び込んだ蝶と変わらない。そしてこうなってしまえば生かすも殺すもこちらの思うまま。
そのはずだったが――
「――なっ!?」
糸の先に獲物を捕らえた感触はあった――だがしかしそれはあのメイドではなかった。そこにあったのは街灯だ。
ギリギリと音を立てて糸が鉄柱に絡みつきその表面を擦る。
いかに年を取ろうと敵と街灯を取り違うことがあろうか? そんなはずはない。ならばこれはどんなトリックなのか?
ギリギリと音を立てて糸が鉄柱に絡みつきその表面を擦る。
いかに年を取ろうと敵と街灯を取り違うことがあろうか? そんなはずはない。ならばこれはどんなトリックなのか?
「ウォルター!」
主の声にウォルターは我を取り戻す。消えたメイドは視界の端を刀を構え突進してきていた。
その速度は疾風のようで今までになく早い。後、数瞬で刃は身体に届く。
迎撃体勢を整えるべく両手の糸を引く――が、引き戻せない。糸は鉄柱に絡みつき、ただ不快な音を奏でるだけだ。
普段使用している専用の鋼糸であれば鉄柱くらい紙に鋏を通すように断ち切ってしまうのだが、これはそうではない。
いつの間に消えうせていたそれの代用品として、つい先刻に釣具店の軒先から拝借した糸と錘でしかないのだ。
その速度は疾風のようで今までになく早い。後、数瞬で刃は身体に届く。
迎撃体勢を整えるべく両手の糸を引く――が、引き戻せない。糸は鉄柱に絡みつき、ただ不快な音を奏でるだけだ。
普段使用している専用の鋼糸であれば鉄柱くらい紙に鋏を通すように断ち切ってしまうのだが、これはそうではない。
いつの間に消えうせていたそれの代用品として、つい先刻に釣具店の軒先から拝借した糸と錘でしかないのだ。
「……ッ!」
糸を諦めるとウォルターはそれを手から離し、代わりに半歩下がりながら腰に挿していた大振りのナイフを抜き出した。
心得がないわけではないが得意の獲物ではない。そして相手が糸を回避したトリックも見当がつかない。
勝算はいかほどか? しかし、そこに不平を言ってもしかたない。
見たところメイドの刀捌きも滅茶苦茶だ。ならばメイドにとっても日本刀というのは本来の獲物ではないのだろう。
そうであるなら、戦略的には条件は五分と五分。後は引いたカードの運と己の力量のみが計られる勝負でしかない。
眼前に迫るメイドに老執事の眼がギラリと光った。彼の本性は獰猛だ。ここで負ける気などさらさらなかった。
心得がないわけではないが得意の獲物ではない。そして相手が糸を回避したトリックも見当がつかない。
勝算はいかほどか? しかし、そこに不平を言ってもしかたない。
見たところメイドの刀捌きも滅茶苦茶だ。ならばメイドにとっても日本刀というのは本来の獲物ではないのだろう。
そうであるなら、戦略的には条件は五分と五分。後は引いたカードの運と己の力量のみが計られる勝負でしかない。
眼前に迫るメイドに老執事の眼がギラリと光った。彼の本性は獰猛だ。ここで負ける気などさらさらなかった。
老執事とメイドの影が交差する。
メイドは再び上段に構えてからの袈裟斬り。ウォルターはそれに打ち合わせるようにナイフを斬り上げ――
「あっ」
と、メイドの声。ウォルターは打ち合わせると見せかけ、その瞬間にナイフを引いた。
くるりと逆手に持ち替えるとそのまま刀をかわし、前に泳ぐメイドとダンスを踊るように身体を反転させると
勢いをそのままに構えた肘を隙だらけのメイドの顎へと繰り出した。これが本命。これが戦闘における経験の差!
くるりと逆手に持ち替えるとそのまま刀をかわし、前に泳ぐメイドとダンスを踊るように身体を反転させると
勢いをそのままに構えた肘を隙だらけのメイドの顎へと繰り出した。これが本命。これが戦闘における経験の差!
「…………ッッ!?」
が! 再びウォルターの決着の一撃は空を切った。そこにいるはずのメイドが何故かいない。
一瞬前のメイドのように攻撃をすかされたウォルターは同じように身体を宙に泳がせ、一歩二歩とたたらを踏む。
体勢を整えようとするがもう遅い。それはこの瞬速の勝敗を決するには十分以上に過ぎた隙であった。
一瞬前のメイドのように攻撃をすかされたウォルターは同じように身体を宙に泳がせ、一歩二歩とたたらを踏む。
体勢を整えようとするがもう遅い。それはこの瞬速の勝敗を決するには十分以上に過ぎた隙であった。
「“王手(チェックメイト)”――ですわ。ご老人」
ひやりとした冷たい刃が首筋へと当てられる。
いかような手品を使ったのか、よろめいていたはずのメイドの姿は彼の真後ろにあった。
最早次の手はない。勝敗は決した――そう悟ると老執事はナイフを地面に捨て、両手を上げて降伏の意を表した。
いかような手品を使ったのか、よろめいていたはずのメイドの姿は彼の真後ろにあった。
最早次の手はない。勝敗は決した――そう悟ると老執事はナイフを地面に捨て、両手を上げて降伏の意を表した。
【005】
「あなたはよいメイドをお持ちだ。レミリア嬢」
「そうでしょう。咲夜は私が認めたメイド長なのだから」
「そうでしょう。咲夜は私が認めたメイド長なのだから」
決着の後。あれほど怒りを表していた吸血鬼のお嬢様は一転してころころと笑い一際上機嫌なご様子だ。
見た目通りの幼い振る舞いを微笑ましく思いつつ、インテグラは一命を取り留めたと冷や汗を拭う。
ウォルターがいれば並の吸血鬼に遅れを取ることはないと思っていたが、まさかそれ以前のメイドに一本取られるとは。
見た目通りの幼い振る舞いを微笑ましく思いつつ、インテグラは一命を取り留めたと冷や汗を拭う。
ウォルターがいれば並の吸血鬼に遅れを取ることはないと思っていたが、まさかそれ以前のメイドに一本取られるとは。
「“捕虜”になった以上はおもてなしが必要よ。ねぇ、咲夜、お茶の準備をなさい」
「それは結構ですが、しかし道具もなにも持ち合わせていませんが」
「それは結構ですが、しかし道具もなにも持ち合わせていませんが」
いかに瀟洒なメイドであろうと虚空からお茶は出せない。それはもうメイドではなく魔法使いかなにかだ。
もっとも魔法使いであろうと、わざわざお茶を飲むのにそんな大仰なことはしないだろうが。
もっとも魔法使いであろうと、わざわざお茶を飲むのにそんな大仰なことはしないだろうが。
「この通りを戻れば街がある。我々の口に適うものがあるかはわからないが――」
「いいわ! おもしろそうじゃない」
「いいわ! おもしろそうじゃない」
インテグラの言葉に機敏に反応すると、レミリアは彼女の横をすり抜け急ぎ足で街の方へと歩き始めた。
それを慌ててメイドが追いかける。
あまりの無邪気さに笑いと呆れが半分ずつの溜息がインテグラの口から零れた。
自分も“お嬢様”ではある。しかしあんな風に子供らしい子供の時代を生きれたのはいつくらいまでだったろうか。
それを慌ててメイドが追いかける。
あまりの無邪気さに笑いと呆れが半分ずつの溜息がインテグラの口から零れた。
自分も“お嬢様”ではある。しかしあんな風に子供らしい子供の時代を生きれたのはいつくらいまでだったろうか。
「“あれ”はどこから現れたのでしょうな」
老執事の言葉に「さぁな」と応えてインテグラは吸血鬼とメイドの後を歩き始める。
八雲紫と名乗った何者か。そして、眉唾だがツェペシュの血統を名乗った幼き吸血鬼とそのメイド。
あれほどの者らがこれまでどこにいたのか。そして彼女達が何を求めて存在しているのか、興味は尽きない。
八雲紫と名乗った何者か。そして、眉唾だがツェペシュの血統を名乗った幼き吸血鬼とそのメイド。
あれほどの者らがこれまでどこにいたのか。そして彼女達が何を求めて存在しているのか、興味は尽きない。
「……そういえばウォルター。あのメイドが消えた技は一体なんだ?」
「さぁ、相対した私にもまだ計りかねます。ただ、言えるのは……」
「言えるのは?」
「催眠術だとか超スピードだとか、そういったチャチな子供騙しなどでは決してないということでしょうか」
「さぁ、相対した私にもまだ計りかねます。ただ、言えるのは……」
「言えるのは?」
「催眠術だとか超スピードだとか、そういったチャチな子供騙しなどでは決してないということでしょうか」
なるほどとインテグラは神妙に頷く。実際に体験したウォルターが言う以上、その言葉は嘘偽りはないのだろう。
実際、傍から見ていたインテグラにしてもあれがそういった簡単な理屈で片付けられるものとは思えなかった。
実際、傍から見ていたインテグラにしてもあれがそういった簡単な理屈で片付けられるものとは思えなかった。
「真ならよろしいのですがな」
「なんの話だ……?」
「ツェペシュの末裔という話です。それが本当ならば、“話は早い”」
「確かにな……ククク」
「なんの話だ……?」
「ツェペシュの末裔という話です。それが本当ならば、“話は早い”」
「確かにな……ククク」
ウォルターの言葉にきょとんとし、そしてインテグラは失笑する。
もし本当にこの幼き吸血鬼が彼の――“アーカード”の子供だというのならばそれはそれは愉快なことだろう。
それも、あるいは悪くない。インテグラはその光景を幻想し、ゆるやかな笑みを浮かべた――。
もし本当にこの幼き吸血鬼が彼の――“アーカード”の子供だというのならばそれはそれは愉快なことだろう。
それも、あるいは悪くない。インテグラはその光景を幻想し、ゆるやかな笑みを浮かべた――。
【B-3/北西・路上/1日目-深夜】
【主:レミリア・スカーレット@東方儚月抄】
[主従]:十六夜咲夜@東方儚月抄
[状態]:健康
[装備]:なし
[方針/行動]
基本方針:八雲紫の言うことは聞かない。現状を楽しむ。
1:インテグラ達を歓待し話を聞く。
[主従]:十六夜咲夜@東方儚月抄
[状態]:健康
[装備]:なし
[方針/行動]
基本方針:八雲紫の言うことは聞かない。現状を楽しむ。
1:インテグラ達を歓待し話を聞く。
【従:十六夜咲夜@東方儚月抄】
[主従]:レミリア・スカーレット@東方儚月抄
[状態]:健康
[装備]:黒龍@戦国BASARA
背負い袋(基本支給品)、不明支給品x3
[方針/行動]
基本方針:レミリアお嬢様に従う。
1:街の中でお茶とお茶の用意ができそうな場所を探す。
[主従]:レミリア・スカーレット@東方儚月抄
[状態]:健康
[装備]:黒龍@戦国BASARA
背負い袋(基本支給品)、不明支給品x3
[方針/行動]
基本方針:レミリアお嬢様に従う。
1:街の中でお茶とお茶の用意ができそうな場所を探す。
【主:インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング@HELLSING】
[主従]:ウォルター・C・ドルネーズ@HELLSING
[状態]:健康
[装備]:なし
[方針/行動]
基本方針:状況(バトルロワイアル)の打破。屋敷へと帰還する。
1:レミリア達から話を聞く。
2:アーカード、セラスとの合流。
[主従]:ウォルター・C・ドルネーズ@HELLSING
[状態]:健康
[装備]:なし
[方針/行動]
基本方針:状況(バトルロワイアル)の打破。屋敷へと帰還する。
1:レミリア達から話を聞く。
2:アーカード、セラスとの合流。
[備考]
※参加時期は、北アイルランド地方都市ベイドリックでアンデルセンと対決した後。(1巻)
※参加時期は、北アイルランド地方都市ベイドリックでアンデルセンと対決した後。(1巻)
【従:ウォルター・C・ドルネーズ@HELLSING】
[主従]:インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング@HELLSING
[状態]:健康
[装備]:アゾット剣@Fate/Zero
背負い袋(基本支給品)、不明支給品x3
[方針/行動]
基本方針:インテグラお嬢様に従う。
1:インテグラを警護し続ける。
[主従]:インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング@HELLSING
[状態]:健康
[装備]:アゾット剣@Fate/Zero
背負い袋(基本支給品)、不明支給品x3
[方針/行動]
基本方針:インテグラお嬢様に従う。
1:インテグラを警護し続ける。
[備考]
※参加時期は、北アイルランド地方都市ベイドリックでアンデルセンと対決した後。(1巻)
※咲夜との対決で使用した「テグスと錘@現地調達」は対決した場所で破棄しました。
※参加時期は、北アイルランド地方都市ベイドリックでアンデルセンと対決した後。(1巻)
※咲夜との対決で使用した「テグスと錘@現地調達」は対決した場所で破棄しました。
【黒龍@戦国BASARA】
片倉小十郎の愛刀。特別な能力は備えてないが手に馴染みやすく使いやすい。
片倉小十郎の愛刀。特別な能力は備えてないが手に馴染みやすく使いやすい。
【アゾット剣@Fate/Zero】
アゾット剣はと一般的に魔術教会で一定の成果を修めた者に送られる礼装であり、
短剣であると同時に杖としての機能も有し、魔術師の魔力を増幅させる効果がある。
この1本は遠坂家に伝わるもので、柄に真紅の宝石がはめこまれている。
アゾット剣はと一般的に魔術教会で一定の成果を修めた者に送られる礼装であり、
短剣であると同時に杖としての機能も有し、魔術師の魔力を増幅させる効果がある。
この1本は遠坂家に伝わるもので、柄に真紅の宝石がはめこまれている。
【テグスと錘@現地調達】
ウォルターが鋼糸の代わりにと釣具店で調達したポリエチレン製のテグス。
しかし普段使用しているものとは比べるべくもなく、早々に破棄された。
ウォルターが鋼糸の代わりにと釣具店で調達したポリエチレン製のテグス。
しかし普段使用しているものとは比べるべくもなく、早々に破棄された。
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