シリウス・フィーナ

 ルーラを追いかけて雑貨屋に入った私たちは、店内を見回した。
装飾品や小物たちがひしめき合うように陳列させてある。
ある種、ごちゃごちゃしているともいえるが。
東洋のお香のような匂いが漂っていて落ち着いた雰囲気の店だった。
「わーっ!綺麗ー!!……これ、なんて言う宝石?」
ルーラはショーケースに張り付いて目を輝かせながら言った。
「これはね、エメラルドかな?綺麗だね。ほら、これなんかルーラちゃんに良く似合いそうだよ」
そういってビーンは、店員さんに話し掛けてショーケースの鍵を開けてもらっていた。
そして、先程話していたブレスレッドを手にとり、ルーラの手にはめた。
「うわぁーっ、やっぱり間近で見ると綺麗だなぁ……値段は……?」
ルーラはうっとりしつつも値札に目を配らせる。
しかし、現実に戻ったようで。
「……高っ……!私のお小遣いじゃとても買えないよう……」
「あはは、それは心配しないで。今日の出会いの記念に僕がプレゼントするよ?」
「いやいやいやっ!こんな高いの、とてもじゃないけど買わせられないようっ!
 そ、それにお礼しなきゃいけないのは私のほうだしっ!!」
ルーラは遠慮してそうビーンに言う。
ビーンは引き下がろうとせずに、
「でも、とっても良く似合ってたから……。はい、これ。気にしないで使ってやって?」
「でもでもっ」
ルーラは反論しようと言葉を探している。
……とてもじゃないけど、私の出る幕ではない。
私は男女関係には手を出さない主義だから……そんな野暮なこと、したくないし。
店から出たあともルーラはビーンに謝り倒していた。
いいっていいって、とビーンは笑いながらそう言っていた。
……が。
「じゃあ、その代わりさ……」
私はその言葉を聞いてはっと我に返った。
「な、なに?」
ルーラは急に態度が変わった相手に狼狽した。
「僕のものに、なってくれない?」
ビーンは先程の笑顔から真顔で、ルーラにそう迫っていた。
「え……?で、でも……きゃああっ!」
ビーンは、あろうことかルーラの腕を掴み掲げるように手を挙げた。
 先程ビーンがルーラにプレゼントしたエメラルドのブレスレッドが、皮肉のようにキラリと光る。
「な……!これはどういうつもりなの……?」
私は少し困惑しながらも、ビーンにそう尋ねた。
……怪しさは間違いではなかった。
やはり、安易に他人を信用すべきでなかったか――私は先程までの自分を後悔した。
ルーラを助けようと、私は魔法を詠唱しようとした。
そうだ、このための魔法だ……。
「おっと、動かないで……動いたら、どうなっても知らないよ……?
 この娘のブレスレッド……魔法のリフレクターだからね、跳ね返るよ?」
「くっ……」
私は怒りを隠せなかった。
少しだけ、信用していたのに……私のせいで、失ってしまう。
しかし、どうしようもないこの状況。少しだけ、絶望を感じた。
……その時。
「なーにしてんだあああああ!愚弟ーーーーーーーー!!!!!!」
とてつもない大声で、男の声が聞こえた。
そして、ビーンの背後から高速で先程まで酒が入っていたものと思われる一升瓶が振り落とされた。
気がすんだ様子でふん、といった様子で束ねられた青緑の長い髪を風になびかせた同い年くらいの男の子が、割れた一升瓶の口のほうを手に握り佇んでいた。
先程の大声の主は、自分より先に手を出してしまった少年にあーあ……と言った様子で見つめている。
この大声の主は黒髪で、青緑の髪の少年より体格が大きい。そして、私たちより年上に見える。
そんなことはどうでもよく……なにより、ピンチだった私たちを救ってくれた……?ようだ。
青緑の髪の少年が、頭を抱えているビーンを尻目にルーラを抱えて大丈夫か?と言っている。
「……お、」
ルーラが、何かを言いかけた。
「……お?」
「わ、私の……王子様っ!」
ルーラは感涙した様子でそう言った。
私はその言葉をきいてまた脱力した。先程まで、危険な目に遭っていたというのに……。
「は……はあ?」
青緑の髪の少年もまた、何が起こったのか一瞬解らない様子でルーラにそう言った。
 所で、先程の大声の主が言った愚弟という言葉。
それが少しだけ頭に引っかかった。
「……こんなところで何さらしてんだ、マリック……!」
……ビーンとは違う、名前が聞こえた。
「……五月蠅いよ、ジャック兄さん。……あーあ、バレちゃったじゃないか。折角正体を隠してたってのにさ」
「え……?貴方の名前はビーンストークじゃないの?」
ルーラはそう言った。
「あぁ……?ビーンストークだぁ……?皮肉なものだな、『ジャックと豆の木』――か、どんだけ俺の事嫌いなんだよ」
「……五月蠅いよ、僕はジャック兄さんみたいに要領が良くないから――いい女の子とも巡りあえなかったんだよ!悪いかっ!」
ビーン……改め、マリックがなにやら先程のジャックと呼ばれる大声の主と、兄弟の会話をしているようだ。
「お前なぁ……、こんなことして女の気がひけるとでも思ってんのか!ストックホルム症候群にさせるつもりか!」
「……だって……、だって……僕、隣の国の王女様と婚約させられたけどやだよ……怖いし、そして怖いし、……怖いし」
「お前怖いしか言ってねーじゃねぇか!」
ジャックという兄のほうは鋭いつっこみを入れる。
しかし、王女様と結婚させられる……?その言葉を聞いて私たちは少しびっくりした。
「「え……?マリックさん……そして、ジャックさんは王子……?」」
ルーラとブレスは困惑してその兄弟たちに訊ねる。
今日は、びっくりさせられる事が多い気がした。
「……ばれちゃぁ、しかたないな……。俺の本名はマリック・シェラ・アルフレド……アルフレド皇国の王子さ……」
「「な、長……」」
私とルーラは呆れて言った。
それにしても、本当の王子だとは……。私たちは驚いて何も言えなかった。
確かに、そういわれてみれば服のチョイスがなんとなくそんな感じだ。
しかし、王子があんなに手荒な真似をしてまでルーラを手に入れようと考えるなんて――よっぽど嫌なものなのだろうか、結婚。
「帰ってきてよ、兄さん。僕このまま王位就くなんてできないよ!そんな器じゃない……!」
「……ばーか、俺はシルク・ジハイドを手に入れるまで帰らねぇよ」
ジャックは、くるりと背を向けた。
「……それは、マリアンヌ王女のため?」
マリックがジャックにそう訊ねる。
「……さぁな」
ジャックは、少しだけうつむいた。
風に靡くバンダナが、少しだけ寂しそうにも見えた。
「マリアンヌ王女?」
私はジャックにそう訊ねた。が、ジャックは何も答えない。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年08月02日 01:47