シリウス・フィーナ

 また、朝が来た。
私たちの部屋――2階の窓からは朝焼けが綺麗に見える。
ひとつ、欠伸が出た。起きるにはまだ少し早すぎるかしら?
そんなことを考えながら、二度寝をしようと眠りに入ろうとした。
……だが、隣のベッドに居るはずの人間の姿が無いことに気づいた。
「……あの子ったら……」
その状況を把握した私はベッドから飛び起きた。
また、私を一人にするの?――そんな想いが、頭を過ぎった。
痛い……締め付けられるような胸の痛みに少しだけ中腰になる。
でも――痛みからふりほどくように部屋から出る。慌てて階段を下りる。
チェックアウトは、まだされていないようだ。
私はベッドにいたはずの人間――ルーラを探しに、外を出ることにした。
頬を撫でる潮風が心地よい。
しかし、そんな風情をゆっくり感じているわけにはいかない。
なんとしても探さないと……。
――一人に、しないで……
ああ、五月蠅い。私の、幼い記憶が蘇る。
ルーラが居なくても、私は一人なんかじゃないわよ……。

そんな不安を抱えつつ朝を迎えようとしている街を歩く。
港町というのに市場を離れた宿付近は閑散としていて人通りもなく、こつんこつんと靴のヒールと地面が喧嘩した音だけが響く。
少し歩き進めて私は足を止めた。
向こうの方で体操をしている――よく知っている娘と目が合った。その娘はにっこり笑って私の方へ向かってきた。
「あ、シリウスちゃーん」
「……あんたねぇっ……『あ、シリウスちゃーん』じゃないわよ。
 こんな所で何をしているの?」
「何って……村でも朝一番にいつも体操してるじゃない。
 ……あ、シリウスちゃんはあんまり外に出ないから知らないか」
どうやらその娘ことルーラは、外に体操しにきただけのようだった。
私は体中が脱力したように項垂れて大きなため息をついた。
「えっ、シリウスちゃんどうしたの?大変!シリウスちゃーん!」
「……あ、あはははは……は」
「どうしようっ!シリウスちゃんが壊れたぁぁっ!」
そして、ルーラにもたれるように私は倒れた。
「ええっ!ちょっとシリウスちゃん?!だ、誰かー!」

「……どうかしたんですか?」
意識がもうろうとした中で、この街にはそぐわない随分と派手な格好をした男性に話し掛けられた。
「ご、ごめんなさい……私の友達が大変なのっ!助けて!」
そしてふっと、意識がとぎれる。
ルーラと話している内容ももはや聞き取れなかった。

 気絶して随分経ってからだと思う。
私は目を覚まし宿屋のベッドの上に居た。
……夢、だったの?私は隣をふと見る。
ルーラが私の手を握り心配そうな顔で見つめている。
――そして、先程居たと思われる男性がその隣に居た。
「……良かったぁっ!目、さめたんだね!」
ルーラが私の安否が解った途端に嬉しそうな顔をした。
「ふぅ……一時はどうなるかと思いましたけどね。良かった良かった」
「私……?助けてくださったのね……ありがとう。……ところで、あなたは?」
私は先程助けてくれた男性に声をかけた。
「僕ですか?僕はビーンストークって言います。……ビーンって呼んでください」
「そう。私は、シリウス。シリウス・フィーナよ。
 そういえば……ビーンは、どうしてあんな時間に……?」
「探し物があったんですけど、……もうあったので」
「……?」
私とルーラは少しだけ不思議そうに彼を見つめた。
多分、ルーラですらも感じ取ったと思う。何か……怪しい。
そもそもこの街にはそぐわないような派手で、でもどこか清潔感もあって――高級感のある格好。
まるで東洋人のような黒い髪、サングラス越しに見える、綺麗な……赤い目。
「気分が良くなったら、この街を案内しましょう。……とても、いい街ですよ」
でもそんな目を気にすることもせずビーンは、にっこり笑って私たちにそう告げた。
「えーっ!本当?やった!行くよね?シリウスちゃん!!」
ルーラは、先程の不思議そうな顔はどこへ行ったと思う程に喜んで私に同調を求めた。
「……はぁ……仕方ない、か。いいわよ。行きましょうか」
ともかく、ルーラも無事で私も目が覚めて落ち着いていたし……ビーンを少しだけ信用してみることにした。

そうして私たちは宿屋から出た。
先程までは感じる余裕もなかった潮の匂いと潮風に包まれて気持ちが良い。カモメが鳴いている声が聞こえた。
遠くで、船の汽笛が聞こえた。輸入船なのか、マルーンの船とは違う色をした船が港の方へ向かっている。
「いいなぁっ海!私泳ぎたーい!」
「……まだ、水が冷たいわよ?」
「ぶーっ、でも泳ぎたいなーっ」
「……あはは、ルーラちゃんの水着姿かわいいだろうなぁ」
ビーンはナチュラルに、そしてニコニコしてそう言った。
「ほんとっ?嬉しーなー」
ルーラは嬉しそうにくるりと一回転して見せた。
ピンクのスカートがふわりと舞う。
ルーラはすっかりビーンを信用しきった様子で、ありのままの自分をさらけ出している。
……昔から、ちょっと惚れっぽい所はあるけどまさか――ね。
「ビーンは、どうしてこの街に?……その様子じゃ、住人でもなさそうよね」
私はそうビーンに尋ねると、
「……あはは、ばれた?観光――かな?」
と答えた。
「ふーん?」
私はまた、少しだけ考えたけれどそんな事を考えても仕方がないと思い、深くは問い詰めなかった。
「そうだ。女の子が好きな場所といえば……あの雑貨屋さんなんてどう?」
「わーっ!見てみて、シリウスちゃん!私たちが昨日行こうとしてた所だよーっ行くよね?」
ルーラは、目を輝かせて私にすがるように言う。
「……はいはい、仰せのままに」
そんな目で見つめられたら、はいっていうしかないじゃないの――。
呆れつつ、ルーラについていく私。
「やったーっ!!ほら、みんな早く早く!」
ルーラは走ってその雑貨屋さんに行く。
「……そんなに慌てなくても、雑貨屋さんは逃げないわよ……もう」
私はまた呆れながらルーラの背中を見ていた。
「良い子ですね、ルーラちゃん」
ビーンはにっこりと私に笑いかけた。
「……そうね」
私はビーンの顔すらも見ずにそう答えた。
ビーンが言ったその言葉の意味ですら、考えもせずに。

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最終更新:2011年08月02日 01:37