明 翔
師匠と出会って、俺は日々が劇的に変わるのではないかと思っていた。
少なくとも、一人で生きていたあんまり誉められたものじゃない生活とはおらさば出来るのではないかと思っていたが、………。思い返せば、食いぶちを二人分稼がなくてはいけなくなった分、一層自慢出来るものではなくなったように思う…。(…どんな生活かって?……。想像に任せるな。)
黒歴史は置いといて、一方でギルドの仕事も請け負っていた。年齢からギルドに登録は出来なかったため、師匠の助手としての仕事を手伝うのが役割だったが。
村の自警団の援助(『お、チンピラ発見。それいけ翔』ゲシッ(足蹴)『な…ッ!?』『アー?なんだテメエ』『!?』『俺らと遊びたいってのか?』…全治1週間)
ダンジョンの中にある薬草の捜索やら(『あんな頭上にあるもんどうやって取るんだ?』『そんなの簡単さ』『簡単って、…ゴフッ!!(足蹴)』『ちょいと失礼』『~~~ッ』…鼻血大量)
苺農家の水やり(『すまん、翔。ギルドから召集が…』『ねえだろ』『……』ダッシュ!!!『なっ?!逃げんな!テメエが受けた仕事だろ!!』)
赤子のお守り(『すまん、翔。ギルドから急な依頼が…』『っつって、また賭場にでも行くんだろ』『……』ダッ―『今回は逃がさねえぞ♪』『すまんな翔…』『?ゴフッ!!』(刀背打ち)『ギャルとの約束は――破れないんだァァアアア!!!』…鼻骨骨折。)
―――と、仕事はピンキリだったが、まとも(…仕事の内容だけは仕事の内容だけは仕事の内…エンドレス…)な仕事だった。―――これもあんまり思い出したくねえな…(遠い目)
ただ、ぐうたらでどうしようもない師匠だったが、剣術は滅法強かった。
師匠が俺に手解きを始めたのは、俺と出会って一年ほどが経ったころの事。師匠が日銭を稼ぎに、ガンディーノの闘技場に身を寄せていた時のことだ。
腕に覚えのある猛者たちが何人かかってこようが、如何に魔道に長けていようが、師匠はいとも簡単にかわしていった。ある種、つまらなさそうに。そんな師匠は俺の目から見れば、苛立っているようにも見えた。その理由は今でも分からない。
闘技場内の戦士小屋で休みながら、師匠はおもむろに言った。
『夜逃げするか』
『は?――なんでだよ、次の試合もあるだろうが』
『いいんだよ、金は十分溜まった。勝ち進むことが目的じゃねえ』
『逃げ出していいのかよ』
『ハハッ!別に名声欲しさに此処にいるわけじゃないだろ』
『…………』
『納得いかねえか』
『べつに……』
俺を見つめるその顔が、悟りの笑みで歪んでいるのことは分かっていた。
『じゃ、お前が戦ってみるか』
『な?…師匠、何言って…?』
『――したら分かるさ、いずれな。』師匠は立ち上がる。『まっ今はつべこべ言わずに荷物くるんでおさらばよ。』
その日から、刀の持ち方も基礎も教わらないまま、超実践型の指南が始まった。(…やっぱりこれも思い出したくねえ!!!)
それから幾年―――。
刀の重みが手に馴染み、体の一部になる片鱗を見せだしたのは、師匠と出会って四年目のことだった。毎晩の打ち合いは刀を取った日からの日課になっていた。それが終わってから、師匠が呟いた。
『随分と様になったな、翔。上出来だ。』
『師匠に褒められると…何か、キショイ…』
『ハハ、そうだな…』
夜闇に隠れるその表情を捉えることは出来なかった。
そして、師匠はさも当然のように俺の元から消えて行った。愛刀の『倭寇』を残像のように残して。
何も言わずにその場からいなくなったことに、悲嘆を感じなかったわけではない。けれど、理不尽さは何も感じなかった。俺はもう生きる術を身につけて、ひとりで生きていけるようになったのだから。騒ぐ血を抑える封印も此処にあるのだから、師匠がいる必要はもうなくなったのだ。
ただ、あの邂逅の末路はこの何もない静寂なのか。予兆も余韻もなにもなく。この四年に及ぶ日々があったのかも疑うほどの、跡形もない。
それには納得がいかなかった。
別に会いたいわけではない。ただ、師匠が俺を一人前に育てていく中で培った礼儀が、六年前に起こった邂逅の終わりとして、離別の日を探せと言っている。
そうして、俺はひとり、旅に出た。
師匠と同じく、日銭を稼ぎながら。
最終更新:2011年07月29日 01:19