シリウス・フィーナ

遠い日の記憶。
どこからとも無く聞こえる、赤ん坊の声。
――違う、この声は。
これは、私だ。

私は抱えられている。
――誰に?
細く頼りなく思えるけれど、暖かい腕。
「……やめ……下さ……!! 」
とぎれとぎれに聞こえる、懐かしくも思える女性の声。
「ダメだ――、お前たちだけでも」
今度は男性の声が聞こえる。
聞き覚えのある、暖かい声。
「あぁああああああっ!」
「見ちゃだめだ、シリウス!」

「……!!」
私は勢いよく起き上がった。
……また夢、か……。
「嫌な夢……」
スカイブルーの前髪をかき上げ、目をこすりながら小さくつぶやく。
ベッドから遠い窓のほうを見ると、カーテン越しに日が差し込んでいた。

 私の部屋にはもう朝が来ていた。
窓を開けると、目を刺してきそうなほどのまぶしい朝日。
小鳥がさえずる声。
陽の光は苦手だけども、この日ばかりは心地よくも思えた。
おそらく、理由の中に夢心地が悪かったこともあるだろう。

 陽の光が苦手な理由。両親が亡くなってから数年経った頃のことだ。
私はもともと昔からあまり外に出たがらない子供だった。
そのうえ、私は大いなる力――人より強大な魔力を持って生まれたせいで忌み嫌われていた。
忌み嫌われていた理由として考えられるのは、
フィーナ一族がトラスタ村での唯一の魔導士であり、さらに両親のみが何者かの手によって無惨に亡くなったことであろう。
いつか村を滅ぼされるのではないか――、などと考えているのか、
とても平和なトラスタ村ではその行為を受け入れられなかったのか、未だに『フィーナ家と関わるな』という風習が残っているようだ。
最近では村を尋ねて来た魔導士でさえ煙たがられているようで、旅人でさえも寄りつかなくなってしまった。
 まだ兄さんのいた頃は、そんなことはなかったのに。
きっと、未だに起こっている魔導士の戦火が近づいてきているせいなの――?

 昔は暗い部屋で、魔術書を読むのが日課だった私。
よくスピカ兄さんに「目を悪くするよ!」なんて怒られたかしらね。
スピカ兄さんは、両親が目の前で亡くなったショックで変わってしまったけど、
優秀な魔導士として、たった一人の肉親として、兄としても大好きだった。
そんな兄さんも居なくなってしまったこの広い家で、私はたった一人住んでいた。

 幼い頃から時間はたっぷりあった。それは、書斎の本をゆうに読み切ってしまう程。
ルーラと出会うまでは、絶対にこの力を使うまいと思っていたのに。
不思議だった。『諦めている』と言われてしまってから、私は自分から正しくこの力を使いたいと考えはじめた。実技は、学校に通わずとも兄さんに一から教わった。
いつまでも、忌み嫌われていたくない。そんな思いと、希望を込めて。

 私は何度も失敗をしたし、何度も怪我をした。
それでも、挫けなかった。
兄さんに少しでも追いつきたい。
両親を救えなかった悔しさを、誰かを守れる強さに変えて。

 そして、人並みに魔術を使えるようになったころ。
兄さんから黒いチョーカーを与えられた。
「これはね、しーちゃんを守ってくれるお守りなんだ。
 なんとなんと、僕とおそろいだよ!」
兄さんは私に渡したものと同じチョーカーを付けている自分の首を指さしてから、
まぶしいくらいの笑顔で私にそう言った。
「そんなこと言って……、また魔帯なんでしょう?
 ……いいわよ、暴走しやすいのは自覚してるから」
「ぐ、……うん。まぁ魔帯なんだけどさ。
 なんとこの魔帯」
兄さんはふっふっふ、と笑って私に不敵の笑みを見せた。
「じゃーん!魔力がコントロールできるんだよー!」
「知ってるわよ!そのくらい!」
私は何度も同じような説明をしてくる兄さんに強めのツッコミを入れた。
「ちっちっち、甘いなあしーちゃん。まだまだあるんだよねこのチョーカーの機能」
「な……何よ?」
「それは!変声機能だー!」
「いろんな方面から色々と怒られるわーっ!!!」
私はどこからともなくハリセンを取り出して、兄さんの頭をすっぱたたいた。
スパーン!とキレのよい乾いた音がする。
「わーー!!僕の魔力制御ヘッドバンドがーー!! いたたた……何も叩くことないじゃないか」
兄さんはヘッドバンドをぐいぐいと元の位置に戻しながら少し涙目でそう言った。
「……それは兄さんが悪いのよ」
「…………ハイ」
妹の私には頭の上がらない兄さんであった。
 そんな兄とも、別れの時はやってきた。
アカデミーで優秀生の兄は、卒業後遠い王国レーガの宮廷魔術師になることが決定していたのだった。
私は両親と住んでいた思い出のこの家と、初めて私を理解してくれた親友のルーラと離れることができなかった。
「兄さん……私ね」
「わかってるさ。しーちゃんにとって、ルーラちゃんは大事な親友なんだろう?
 僕はしーちゃんの側に居てあげられなくなるけど、
 しーちゃんが自分の身を守れる以上の術は教えた。それは心配なのは心配さ。
 でも決して忘れてはいけない。その強大な魔力は、悪いことに使うべきものじゃない。
 今はしーちゃんの、大事な仲間を守るためのものだよ」
 その言葉を告げた兄さんは、私の頭を撫でてくるりと振り返った。そして、村を出るまで振り返らなかった。

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最終更新:2011年07月16日 01:03