フォルテ・カンパネラ

 「ぐっ……」
 昔のことを思い出すとたまに、この古傷が疼く。
あの時プラチナの居たあの村に行ってなかったら、オレ、死んでたんだよなぁ。
オレは手をにぎにぎと握ったりして、生きていることを実感させようとする。
で、オレつい血の気が多いからよぉ……。全く、人のこと叱れる立場でもねーってのに。
なんだかガキ相手にムキになってしまった。

 確かに、戦はオレを大きくさせてくれたのか。
いや――そんなものは幻想、まやかしだ。失ったもののほうが大きい。
オレはただ、強くなったと思っているだけだ。
戦なんかは本当はあってはならないものなのだ。本当の意味での強行手段でしかないのだ。
それに――子供はやっぱり、笑ってるほうが似合ってるしよ。
アイツ、元気にしてっかなぁ。
あのとき、ああやって怒っちまったけど……オレも大事な何かを、奮い立たせてくれたんだよな。
自分で言っちまったけど、戦は間違ってると再確認させてくれたんだよな。
短気な所……直さねェとなぁ……はぁ。

 そんな尖っていた昔のオレは違って今ではあろうことか王国ガンディーノの傭兵だ。
安い賃金で~と口々に城の傭兵はそうぬかしているが、国民なんかよりはるかに高い賃金をもらって生活している。
なんなら、お前たちは国民に戻るか?とさえ思ってしまう。
戦を知らない、オレよりは年下の連中ばかりでその層はほとんど破落戸(ゴロツキ)に近い。
この国では、10歳からの徴兵制度があり志願したものには相応の学校に入れられ、はじめて給料が発生する。
オレは、もっと幼い頃から戦に混じってたからそんなものは不要に等しい。
実地試験、顔パスならぬ腕パス。そのようなものだ。

たまに先程説明した軍の学校教官だってしてる。
やる気がないのか、はたまた力がないのか。腰の入っていない連中どもが多い。
この国も、ちっと平和になりすぎたか。
そのとき、どこからとも無く声が聞こえた気がした。

『よう、俺の愚息よ。元気にしてっか? 』

聞き慣れた、と言えどもそんなには聞き慣れていない親父の声がした。
姿は見えない。どうやら頭に直接語りかけて来ているらしい。
『ああ……?なんだ、親父かよ! 』
『なーに腐ってんだぁ、このバカ息子!いいか、その力を有意義に使えと言った!
 なんでこんなこぢんまりこんなとこで傭兵やってんだよ。
 それじゃ魔界に居るのも同然だろーがよ』
オレは見えないのに相手にはオレの姿が見えているのがすげー不快だ。
むしろなんで見てんだよ、ボケ親父。
『うるせー。齢3歳の子供を野放しにしたくせによ。
 今更何の用だクソ親父よー』
『ったく、口の悪さは俺様に憎たらしいほど似てんな。親子だな!
 ハッハッハァ!』
また、あのクソムカツク笑いかたしやがった。魔界に帰ったら真っ先に殴ってやるからな。覚えてろ。
『人間界の戦はもう終わったようだな。
 よくやったぞ愚息よ。それでこそ悪魔の子ってもんだな!』
『……クウォーターだけど』
『細かいこた気にすんな、クウォーターでも悪魔の血は人間と違って濃いんだからな!
 やる気になれば島一つなくすくらいたやすいだろうよ?』
『……おいふざけんな、本題は何だ』
オレはそう問うと親父は少し考えたようにして何も聞こえなくなった。
『……オレは、もう戦する気にはなれねえよ』
オレはそうつぶやいた。親父は何も言わなかった。
『ま、てめーにしちゃよくやったこっちゃと思うがなぁ。ハッハァ!』
親父はまた笑いながらそう言った。
『てめーは、てめーの身でも守りな。こーやって大勢の人間守ってるタマじゃねーよ。
 また絶望する羽目になんぞ』
『……うるせぇ』
オレはそうとしか言い返せなかった。
亡くした仲間、失ったもの、まだ痛む古い傷。
オレは何かしなければと思ったときはいつも遅い。
『俺は、てめーの持った力を宝の持ち腐れだけにはしたくねーんだよ。
 あと男は、やるって決めたらそれ突き通すモンだろ』
俺は何も言葉を返せなかった。
しかし、少し考えて
『わかったよ。……オレは、まだ何か出来るかもしれねぇな』
『おうよ、分かったら突き進め!それでいてスマートに男は生きるもんだ。
 せいぜい頑張れよ?愚息よ!ハッハッハ!』
また、親父はクソムカツク(本日二回目)笑い声をあげて声をフェードアウトさせていった。

 その親父との対話を終えた夜、城の中には不穏な空気が流れた。
激しい血の臭いをまとって……城の騎士が大きな傷を負って運ばれてきた。
その騎士の名前は、カルネ・レイドック――
かつてのオレの戦友だった。
その剣の腕は、このガンディーノをおろか他国にも知れ渡る凄腕だったのだ。
戦士の割に彫りが深い顔をしていて、ブロンドの長い髪をなびかせ多数の屍の上に立っている。
そんな構図がもの凄く合っている、そんな男だった。
なのに、どうしてこんなことに……。
オレはカルネのベッドの枕元に寄った。
「……何を情けない顔をしているのだ。地獄の番人と呼ばれたお前が……」
カルネは弱々しく、そう言った。
「うるせぇ、おいカルネ!何があったんだ?」
カルネが傷を負っていることを忘れたようにオレは荒々しく聞いた。
「おい……貴様、私は傷を負っているのだぞ……大きな声を出すな」
カルネの傷は急所は外れているとしても腹と、脚。凄まじい血のにおいがした。
包帯には血がにじんでいる。
「お前……その脚……?!」
「ああ、もう私の片足はまともに歩けないかもしれない……」
カルネの緑の目からは絶望さえ感じられた。
くそ……またオレは、何も出来なかったと言うのか……?!
「誰がやったんだ!ゆるさねぇぞ!おい!なんとかいえよ!」
オレはかなり興奮してしまっていた……久しぶりの大量の血の匂いに頭にまた血が上ってしまっていた。
「おい……先程から言っているがもう少し静かにできないか……
 いいか、よく聞け……私の記憶では、水色のローブの魔導士……
 以前からよその国々で人を連れさったり、殺したりしているらしい。
 私はレーガ城から帰る途中に、森へとさしかかった。
 森を抜ける途中、少女が蛮族に襲われていると思い込んで助けたはいいものの……この傷さ。
 私はもう追うことすらもできない。そしてこの出血だ……その場で気絶してしまってな。情けない話だよ」
カルネは悔しそうにそう言った。
「無茶するなよ……、お前はオレの戦友なんだ。んで、その少女は無事なのかよ?」
「ああ、今も西へ向かった先の梟の居る森と呼ばれる場所だ。
 貴様のことだから、詳しいことを聞きに行くんだろう?
 もう夜も遅い。地図を書いてやるから行くなら明日にするんだな」
ははは……よーくわかっていらっしゃる。

「お前も、無茶すんなよな……死ぬぞ」
オレはカルネの身を案じて言った。
「お互い様だ。しかし、気を付けたまえ。各地で水色のローブの噂を聞くが相当危険らしい」
「てめーの身みりゃ分かるってもんよ」
「そうか……」
「ま、せいぜい養生しろよ。……脚はもう手遅れだろうが」
ふくらはぎのほうは、筋肉の繊維が切れたようでまともに歩けないふうになっていた。
酷いことしやがるぜ、ホントによ。
「ああ……貴様は、こんな姿でも、まだ戦友と呼んでくれるんだな……」
「てめーがくたばって骨になっても戦友は戦友だ。何よりこのオレと同等に渡り合えるんだからな」
「……感謝する」
「ま、地図でも書いて寝てろ。オレのことは一切心配すんな。
 この腕が飛んでなくなっちまっても、生きるしてめーの敵はとってやる」
とは言いつつも、若干自分の身は案じていた。
あの戦ではほとんどカルネに傷を付けられなかったというのに、あれだけ傷を負わせるなんて……
一体何者なんだ……?
「……ありがとう」
カルネは、地図をささっと取り出した万年筆で書きオレに渡した。
これからは何が起こるのか、未知の世界だ。
オレもさっさと寝ることにしよう。

 照りつける朝日はとてもまぶしくて、オレの目を焦がすかと思う程照りつけていた。
冒険日和、と言うのか。
空がオレを呼んでいる、というのか。
……いや、それはないか。腐っても悪魔だし、オレ。
メチャクチャにされた上に片脚を失った戦友カルネのために、オレは前に進まなきゃならない。
これが昨日親父が言ってた「やると決めたら突き通すモンだろ」ってことなんだ。
オレにとってはもちろん負けられない戦だ。
今からまた戦をするというのに、お気に入りの服に身を包むオレ。
街へと情報収集するなら、オレにとっても都合の良い服を着ないと。
決して、カルネのことを忘れた訳ではないが。
さぁ、進んでやるか。
またオレは長い流浪をするはめとなった。実はオレ流浪してるほうが合ってるんじゃねぇの?
決意を決めたオレの上に広がる空は、とても広かったのだった。

 戦から自由になってから、ほとんどオレは街の外に出たことがなかったのだった。
いわば、土地勘はないに等しい。
だが、カルネの描いてくれた地図で……
……こいつ、相当字汚ねぇな。
危険な状態で描いてもらったから仕方ないんだが……
いや、こいつ元々字汚かった気がする。仕方ない、字が汚くても方角は分かる。
進む、進む。
西にどんどん進んでいく。当然ながら、草も生え放題なので虫だって多い。
たまに踏んじまう……。あぁ……オレの冒険用の靴新調したら結構高かったのに。
身の危険を感じながらも足取りは不思議と軽く、やすやすと梟の森までたどり着いた。
カルネ……ここで倒れて正解だったな。と思う程に近かった。

 梟の森は、どこかの村人により整備されているようで木が生い茂ってはいて、涼しい所だった。
勿論嫌な感じもせず、子供が遊べそうなくらいきれいに整備されている。
足を踏み入れると、バサバサとカラスが木から飛びだった。
ごめん、前言撤回。カラスって……。
地図でいえば……森の奧の木造の家。
これだけ整備されていれば、見つけるのもたやすいだろう。
どんどんと林道を歩いていく。
蚊がぶんぶんとオレの血を吸おうと待っている。
命知らずな蚊である。悪魔の血を吸えばどうなるか……
そんなことを思っていると、木造の家があった。
おそらくこれに間違いないだろうと、ノックをした。
そのとき。
ドアノブのすぐとなりから刃物が出てきて、オレの腕をかすった。
そして、腕が切れて血が出る。
「あなたは一体何者なの?」
中から声がした。
「……オレは、フォルテ。
 カルネ……あ、いや以前オレの国の騎士が君を助けた時のことを聞きたくてやってきた」
刃物が出てきたのにもびっくりしたが、中の少女もなかなか強そうな声色をしている。
「……王国ガンディーノの人ね。……ごめんなさい。あんなことがあってから少しナーバスになっていたわ。中へどうぞ」
先程の対応と打ってかわって快く中へと入れてくれた。

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最終更新:2011年07月15日 20:58