トレアン・ブレス

「お兄様ーっ!お兄様っ!おっにっいっさっまあーっ!」
「!」
昼下がり。庭からパタパタと駆ける音とともに、可愛い声が響いた。
それは僕のところにたどり着くと、ゼェ、ゼェと息を整えた。
僕と同じ青い髪をかわいらしく二つ結びにしたこの子は僕より二つ年下の妹だ。

「フィーネ!ダメじゃないか、フィーネは体が弱いんだから動き回っちゃいけないって言われただろ?」
「えへへ、ごめんなさい。でも、これをどうしてもお兄様に早く見せたくって!」

フィーネは満面の笑みで両手を差し出した。
その手には…桃色と黄色で彩られた…花の冠…?

「この花は…ピネスの花?すごく珍しい花じゃないか!」
「ふふ、さすがお兄様!物知りー!!さっきお散歩をしてたらね、ピネスの花がいぃーーっぱい咲いてる場所を見つけたのよ。
 ピネスの花は幸運を呼ぶって言われているの。だから、お兄様が幸運でいぃーーっぱいになるように、いぃっぱいのピネスの花でお花の冠を作ったのよ。
 お兄様、いつもしょんぼりした顔をしてるんだもの!えへへ、フィーネの幸運の、おすそわけだよ?」

ぽふっと、音を立てて自分の胸に冠を押し付けられる。
本当、僕の妹とは思えないくらい素直で可愛い妹。
にこにこと、お礼の言葉を待っているであろう妹の頭を、僕はそっと優しく撫でてやる。

「ありがとう、フィーネ。嬉しいよ」
「!えへ、えへ、えへへへぇ~♪」
顔を綻ばせて、フィーネは照れながらもじもじとした。

そんな時。

「ブレス、何をしているのです?」
背後から聞こえたのは、とても重苦しい声。
「お、お母さん…」
「もう午後の休憩の時間は終わってますよ?さあ、勉強に戻りなさい」
「…はい」
お母さんの厳しい表情に、僕は逆らえなかった。
視界に、とても悲しそうな顔をしたフィーネが映る。

…ごめんね、遊んであげられない、だめな兄で。

こんなに可愛い妹に、僕は兄らしいことを何一つしてあげられない…。
そんな自分に、嫌気がさす…。

「お兄様、お勉強、がんばってね」
「フィーネ…」
苦々しく笑うフィーネに、胸が痛んだ。
「…あ、れ…?」
「…フィーネ?」

突然、ぐらり、と、

「フィーネ?!」

フィーネが、倒れた。

「…難しい病気ですね」
フィーネの寝室で、主治医が一言、そう言った。
寝ているフィーネ。呼吸器をつけ、苦しそうに息をしていた…。

「皮膚が相当弱っています。呼吸もままならない…呼吸器を付けていれば命に別状はありませんが…
 もう、元気に外で歩くことはできないでしょう。」
「そ、そんな…!!」

さっきまで、あんなに元気そうだったのに…!!
もともと、体が弱い子だったけど…こんなことって。

「ブレス」
「…何、お母さん」
「もう勉強の時間はとうに過ぎています。貴方はトレアン家の跡継ぎなのですよ?フィーネのことはお医者様に任せて貴方は勉強を」
「…は」

何だよ、それ…

「な、んで…なんでいつもお母さんはそうなんだ…ッ!!ちょっとはフィーネのことも心配しなよっ!!」

部屋全体に僕の声が響き渡る。
怒りが、抑えられなかった。むしろ、今まで我慢していたものがプツンと糸が切れたようにあふれ出した。

「いっつも勉強勉強勉強…そればっかりで僕を家に閉じ込めてフィーネと遊んでもやらない…!
 その挙句フィーネが倒れて大変なときに勉強しろっ!?どうかしてるよ!!トレアン家トレアン家って、そんなに家が大事なの?!
 家のことばっかで、子供のことはどうでもいいっていうの?!」
「・・・・・・・・・・」
「なにかいいなよ!!」


パシッ


乾いた音。
一瞬僕の頭は真っ白になる。耳がじんじんと痛い。
しばらくして、僕はお母さんに叩かれたのだと気づく。

そのまま何も言わず、お母さんは部屋から出て行った。
行き場のない感情が、水となって、あふれ出す。

「・・・おにい、さま?」
「!!ご、ごめ、起こしちゃった…?」
急いで涙を拭く、が、その涙は止まる事がなかった。
そんな僕の頬を、フィーネが優しく撫でた。

「お兄ちゃん、」
「…」
「お兄ちゃん、怒らないで、フィーネは、笑ったおにいちゃんの顔が、好き」
「うん、うん、ごめん、フィーネ…」
そっと、フィーネの手を包む。冷たかった。
「えへへ、フィーネは大丈夫だよ。だからお兄ちゃん、勉強、頑張って…?」
「…フィーネ」
ぎゅう、っとフィーネの手を強く握る。

昔から、お母さん僕のことばかり気にかけていた。
僕が、長男で、町でも有名な薬屋の名家、トレアン家の跡継ぎだから。
だから、フィーネはいつも我慢して、我慢して…
幼いのに、こんなにも優しい、僕の妹。

「ごめんね、フィーネ」
僕は立ち上がって、フィーネの頭を撫で、部屋を出た。

…向かったのは、勉強をするための会議室じゃない。二階の僕の部屋だ。
そこにはたくさんの本がある。その中の分厚い一冊を手に取る。

236P…『ディムアの薬』それは、まるで御伽噺のような、不思議な薬。どんな病気でも治してしまうという薬。
そんな夢のような薬があるはずがない。…ここに書かれている薬の材料はどれも幻のものばかりなのだ。
だけど、これでフィーネの病気が治るなら。
せめて、せめて、兄らしいことをしてあげたい。

僕はディムアの薬の事が書かれたページを破り、かばんに突っ込む。
必要な道具の詰め込まれた大きなかばん。…そう、僕の心はもう、決意できていた。

「…絶対、この薬を完成させるまでは帰らない!!」

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最終更新:2011年07月15日 20:57