プラチナ・ガーネット

ベッドに横たわるルーラちゃんのすぐ隣で、シリウスちゃんは彼女の目覚めをずっと待っていた。
あの後、ベノン・ファングの傷を受けたルーラちゃんはラナセルさんの家へと運ばれた。それからというもの、ラナセルさんの部屋で彼女は眠り続けている。……心配なところだが、ラナセルさんが言うには気を失っているだけらしい。
「……ルーラの具合はどうだ?」
「ラナセルさんに診てもらったけど毒は回っていないって。一日安静にしていたら大丈夫みたい」
「そうか……」
シリウスちゃんの言葉にどこか安心そうに呟くと、翔くんは静かに玄関へと向かって歩いていった。外はすでに日も暮れており、こんな時間に外出するのは危ない。そう思ったのか、シリウスちゃんが再び翔くんに声を掛ける。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「今日中にやっておかなきゃいけない事があってな」
「……一応訊くけど、何?」
「ツケ払い」
呆れたようにため息を吐くシリウスちゃんに「じゃな」と後姿のまま手を振り家を後にする翔くん。便乗するように、僕もなんとなく彼の後に続こうとする。……翔くんとは目的が違うが、僕も気になる事があった。
「シリウスちゃん、僕もちょっと……」
「はぁ、プラチナも一緒なら大丈夫かしら……二人とも、あんまり遅くならないうちに帰ってくるのよ」
そんなお母さんのような事を言いながらシリウスちゃんは僕らの出発を見送った。

――というのが数分前の出来事。
マルーンの夜の町並みを、無言のまま先頭を切って歩く翔くんと、少し間を開けてその後ろに続く僕(と、クロ)。
僕の存在には気づいているらしいが、翔くんは何も口を開くことはなかった。洞窟にいる時は、翔くんの傍にはシリウスちゃんがいて彼女の隣で軽口を叩いていたけれど、普段はきっとこんな感じなんだろう。僕もあまり人と話すのが得意な方ではないからこの距離感がちょうど良く感じた。……そんな風に考えていると、不意に肩に乗っていたクロが不機嫌そうに僕の顔を覗いてきた。


『おいプラチナ、わかってるだろーなー?』
その問いに苦笑しながら「分かってるよ」とだけ返しとく。クロの言いたい事はなんとなく理解できた。おそらく「もう面倒事に巻き込まれんじゃねーぞ」か「本来の目的を忘れてるんじゃねーだろーなー?」の辺りである。……もちろん、僕の本来の目的を忘れたわけじゃあない。ブレスくんには迷惑かけた分の借りは返したつもりだし、明日になったら本格的に動き出そうと思っていた所。翔くんの後に付いていっているのは彼が酒場に向かうだろうというのを予想して、だ。
「ほら、情報収集は酒場が定番だ、って言うでしょ?」
『わかってるならいーけどよ……』

クロとそんな話をしながら歩いていると、先頭の翔くんが突然歩みを止めた。……そこは僕の予想通り、マルーンの酒場だった。夜の酒場は扉越しでも分かるくらい豪快な笑い声が響き渡っており、酔っ払いのおじさん達が数人酔いつぶれている光景がチラリと見えた。
カランカラン……と鈴の音を鳴らしながら扉を開けると、翔くんは奥のカウンターで新聞を読み耽っている男性の元へと歩いていく。
「マスター、ほら」
それだけ呟くと翔くんは金貨の入った袋を男性へ渡す。男性はいちど新聞から目を離すと、渡された袋の中身の確認を始めた。……遠目からだからよくわからないけど結構な量の金貨が入っている気がした。あ、あんなに滞納してたのか、翔くん……。
それにしても――。こんな場所滅多に来ないから、僕は好奇心から辺りを見回した。酒場でグラスを干す者達はご年配の方から僕たちとさほど変わらない少年まで、年齢層はさまざまだった。中には翔くんと同じ"ギルダー"もいるんだろう。

なんて、気後れしていても仕方が無い。僕も僕の用事を終わらせなきゃ――と、翔くんがツケを払っている間に、僕は近くに座って酒を飲む人達に次第に声を掛けていった。……もちろん、知りたい事は水色のローブの連中の噂について。
ここでなにか少しでも手がかりになる噂が聞けたらいいな、と考えていた僕だったが……それは少し甘い考えだったようだ。
「悪ぃけどそんな目立った格好をした連中なんて見てねぇな~……マルーンで大きな問題になってる事っていえば、ベノン・ファングの凶暴化ぐらいだろ~??」
「そうですか……」


所々しゃっくり交じりの男の人の言葉に僕は落胆した。初めてマルーンに着いた日の聞き込みもこんな感じの返答だったし、やっぱりマルーンでは人攫い事件は起きていないのかもしれない。……そんな事を考えているといつの間にかマスターとの話が終わっていたのか、翔くんがを黙ってこちらを見つめている事に気がついた。
「俺の用事は済んだけど……お前は?」
「こっちももういいよ。大した収穫はなかったけどね……」
僕の返事にそうか、とだけ呟くと翔くんは静かに酒場を後にした。マルーンには水色のローブの連中がいない、って分かっただけでも、大きな前進だったかもしれない。そう自分に言い聞かせるように考えながら、僕も慌てて翔くんの後ろを追いかける。

ラナセルさんの家に向かって僕と翔くんは二人で静かに歩く。マルーンの夜は、水面に満月が反射してキラキラと輝いていて綺麗だった。……この景色とも明日でお別れかな、なーんて思ってるところで「それにしても」と口を開いたのは意外にも翔くんの方だった。
「探してる奴がいるんなら、お前もギルダーになればいいのに」
「僕がギルダーに……って、えええ!?」
そのあまりに唐突な言葉に思わず大きな声を上げてしまった。ギルドの冒険者――ギルダーと言えば、翔くんのように剣が使えて、強くて、戦えて――何から何まで僕とは真逆の存在……。そんな僕の考えを汲み取ったのか、翔くんが言葉を続ける。
「別に魔物退治だけが仕事って訳じゃないからな。それに、魔法使いのギルダーだっている」
「そう……でも、僕なんて経験不足もいいところだし」
「実力なんて後からいくらでも付いていくだろ。……一番の問題は、登録試験を突破すること。それさえクリアできれば後はテキトーに依頼を引き受けて、遂行していくだけさ」
ね、簡単でしょ?と言わんばかりの翔くんの態度に、僕はただ口を開けるしかなかった。彼にとってはもうそれが生活の一部――いや、人生なんだろう。僕が返答に詰まっていると、不意に翔くんはにやりと悪戯そうに笑った。
「それとも俺がお前の依頼を引き受けてやろうか? ただし、払うモンは払ってもらうけどな」
「…………遠慮しとく」
片手で「金」のマークを作る翔くんの様子から要求額は決して安くはなさそうだ。僕の返事に翔くんは残念そうに肩をすくめた。

無口で無愛想だと思えば、時々は口を開いて軽口を叩いたり、ニヒルに笑ったりする。そんな彼にいつしか興味が沸いて。
「ところで……翔くんは、これからどうするの?」
気がつけば僕はそんな問いかけをしていた。翔くんは少しだけ考えたのち、口を開いた。
「とりあえず……ラナセルん家で飯食って、あわよくば一泊して、明日の早朝にでもマルーンを出るかな」
ラナセルさんの家でご飯を食べるのはもう決定事項なんだね……。と心の中でツッコミを入れていると、僕の肩に乗っているクロも会話に交ざってきた。
『ルーラ達はどうするんだ?』
「別に、一時同行してただけであいつらの仲間になった訳じゃないからな……俺はギルドの冒険者で、あいつらにはあいつらの目的があるだろ」
『けっ、冷めてんな~! ルーラのヤツ、きっと寂しがるぞ』
「ルーラちゃんだけじゃなくて、シリウスちゃんもね」
にやにや笑いながらクロの言葉を続けると、翔くんは「はぁ……?」と呆れたように頭を掻いて、僕達から目を逸らした。

そんな話をしながら歩いていると気が付けば僕たちはラナセルさんの家まで着いていた。
扉の前で軽く挨拶をするとラナセルさんが快く出迎えてくれた。中からは美味しそうなクリームシチューの匂い。
「おや、二人ともおかえりなさい。ちょうど夕飯ができた所ですよ」
『よっしゃ! ひとまず腹ごしらえだな!』
「もうっ、現金だよクロ」
にゃはは!とうるさいクロの笑い声を聞きつけたのか、二階の方から「あっ、クロちゃん達帰ってきてる!」と言う元気な声色とバタバタと慌しい足音。ルーラちゃんが目を覚ましたんだろう。明日からの事、水色のローブの集団の事――……気になる事はまだまだ山積みだけれども。
「ブレスくんの流星の石! 翔くんの依頼達成を祝して! 今夜はシチューパーティだー!!」
「「おー!!」」
こうして、マルーンでの愉しい夜が更けていく――。

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最終更新:2013年11月30日 16:01