第六章『意思の交差』

彼がそう思い
彼女がそう思い
僕はどう思ったのか

     ●

 世界が南へと傾く中で佐山は周囲の確認を行う。
……至とかいう男にはSf君がいる。私がするべきは……
 佐山は新庄を抱えて背後のベンチに飛び乗った。
「え、あっ!?」
 大地が垂直と化す今、半端な設置物は落下する。滑り落ちるベンチで距離を稼ぎ、浮き足立った所で跳び捨てた。そうして辿りつくのは南方に建つ展望台だ。
「――佐山君っ!」
 新庄の呼びかけは今や上となった北からの危機を知らせる為だ。休憩所のテーブルやパラソル、その先にある天守台の石垣が崩れたのだ。土石流となったそれを回避する場所を佐山は見定める。
……東西どちらかの林だ!
 そしてこの展望台には行きつく手段、東側の林へと続く手摺りがある。吹き抜けの鉄橋と化したその上を佐山は走り渡った。
「他の皆は!?」
 木の幹へ下ろした新庄が叫ぶ。問われて周囲を見れば自分よりも下方の木にSfがおり、その腕には至もいる。
「ふぬぅぅぉぉぉぉぉっ!」
 そして唐突の叫びに見上げ、垂直の大地を駆け下りる大城を見た。
「――とぅッ!」
 大城は地面を蹴って宙へ跳ぶ。腕を広げたその表情は満面の笑み、上空の太陽を後光として、
「げぶ」
 林に墜落した。パチンコ玉の様に木々へと衝突し続け、やがて佐山達の立つ木に腹からぶつかって止まる。佐山は新庄と顔を見合わせ、無視しよう、と無言の内に決めた。直後、
「うわぁ……っ」
 土石流が流れ、展望台や手すりが諸共に呑まれた。それを見つつ佐山は考える。この状況は厄介か、と。
……否、初撃はかわせた。対処出来る相手だ……
 そう思った所でSfが視界に入った。下方から飛び上がって来た彼女は至を下ろし、
「――敵が来ます」
 見上げた先にこの状況を作った集団がいる。しかも彼等は、
「地面に垂直に立っている…?」
「賢石です」
 Sfが答えた。
「概念を媒体に記録させた物で、所有者を変調させる事無く概念を付加、デバイスの燃料にもなります。……敵は歩行系概念の賢石を持つと思われます」
 と、そこで音と振動が生じた。側に立つ木の幹が弾けたのだ。銃弾か、と佐山は思い、集団の最前に立つ騎士風の西洋甲冑が長銃を向けているのを見た。
「――来ないのか!」
 叫びは二重、理解不能の言語に日本語が上乗せされていた。
……これも概念の力か? おそらく意思疎通の類……
 便利パワーだな、と呟いた所でSfが自分を見るのに気付く。
「佐山様は武器をお持ちではありませんね? …これを」
 Sfがどこから出したのか拳銃を差し出す。
「何の変哲もない様だが」
「全弾“弾丸・ファイトもう一発”と彫られた対1stーG用武装です。文字によって能力付加を果たす1stーG概念下では、一度命中した後に自動追尾が入ります」
「……追加の説明も頼めるかね?」
 佐山の疑問に、Tes.、と了承が返る。
「字の表現力が豊かである程に力は強く具現します。全Gも含めて出来ないのは無敵化や不滅、蘇生という所でしょうか。――ともあれ1stーG概念下では、武装に字を与えねば本来の力が発揮されません」
 そこまで答えたSfは、
「これより私は迎撃に入ります。もしもの際はそれで自衛を」
「随分と勇猛果敢な侍女だが、…勝算は?」
「Tes.。下に控えておりました私共の援軍が急行中、約五分で合流出来ます」
 何より、とそこで区切り、
「――本局謹製、至様のご要求を万事叶えるSfに不可能はありません」
「俺のお前に対する不満解消は叶えてくれないがな」
 そこで至が言葉を挟む。
「とっとと行ってこい。もし俺が死んだらお前のせいだぞ」
「Tes.、それもご要求でしたら後ほど叶えます」
 では、とSfが腰を下ろして跳躍の構えをとり、
「待ちたまえ」
 佐山が制止の言葉をかけた。
「時間を稼ぐだけなら何も率先して戦う必要は無い。……私がやろう」
「可能なのですか?」
 Sfの問いに、勿論だとも、と返答、それから振り向いて新庄に拳銃を握らせた。
「今の君は非武装だったね?」
「で、でもそうしたら今度は佐山君が……」
「腕の傷があって今の私には上手く狙えない。だからこそ君に預けるのだよ」
 私の危機にでも使ってくれたまえ、と続けてから至を見て、
「貴様は戦意無しだな?」
「ああ、貴様等で勝手にやれ」
「ふむ、そうさせてもらうよ役立たず。……Sf君、戦闘は彼等との交渉が決裂した時にしてくれたまえ」
「Tes.、では交渉をなさるおつもりで?」
 ああ、と答えた佐山は言葉を続ける。
「その際の対応策も授けよう。――惑星の南が下となる、そこにある理論の穴だ」
 新庄が、え、と声を上げた。
「この絶壁状況に何か打開策があるの?」
「あるとも。敵は気付いていない様だが、……そこをつけば手はあるかもしれない」

     ●

 垂直の地面に立つ騎士は王城派の仲間達が散開するのを見ていた。大型人種や有翼人、魔女を含んだ20名弱が標的の潜む林を包囲する。
「ふむ」
 騎士は右手の長銃を見た。その弾倉には一冊の本があり、題名を記した背表紙を覗かせている。
「……ヴォータン王国滅亡調査書」
 我等の恨みを記した書だ、と騎士は思う。1stーG唯一の国、滅びで失われた全てがこの中にある。
……それを突きつける時が来た……!
 この長銃は書物にこもる思いを熱量に変えて撃ち出すストレージデバイス、原始的だが意思の分だけ出力は強まる。それを思い知れ、という騎士の思いが叫びとなった。
「――応答無しと見て、これより進軍させていただく!」
 宣言に騎士は踏み出そうとし、しかし林から二つの人影が現れたのを見て止まった。
「片方は大城・一夫か」
 傍らに立つのはスーツ姿の青年、その手は大城のネクタイを掴んでいる。二人は林の外れにある木まで移動、そこで大城が困った様な微笑を向けてきた。
「おーい、すまんが……お引き取り願えんかなぁ?」
「無理だ」
「無理ではないだろう?」
 騎士の即答に少年が反応した。
「殺戮だけが目的ならばこうして翻訳の概念を用意する意味が無い」
「それが命乞いを強制する為だとしたら?」
 騎士は長銃を向けるが少年に動じた様子は無い。
「昨今の騎士様は山賊紛いの行いをされるのだな」
「我等の目的は復讐、罪人に命の尊さを気付かせようというのだ。…それを山賊紛いとは言ってくれる」
「慈悲とはそれを行う者が決めるのかね?」
 少年が腕を広げる。ネクタイを掴まれたままの大城は喘ぐ様にそれを追い掛け、
「ここは復讐の現場か歴史の分岐点か、…どちらだろう? もし後者の場合、全てを判断するのは誰だろう? もし自分だと言うなら全ての歴史書を焼いてくれ、後世にとって無意味だ」
 騎士は今だ引き金から指を外さず、少年の言葉も止まっていない。
「慈悲深き騎士とは何だろう? 全てに認められる慈悲を知り、誇りの下にそれを行う者だと思うが?」
 詭弁だ、と思い、しかしそれも正論の一つだ、とも思う。故に騎士は銃口を少年達から外した。
「その慈悲に感謝する」
「当然の事だ。……だがこの状況で何を求める?」
 騎士の疑問に少年はぎこちない左手で万年筆を取り出し、
「さて、本日ここに用意した大城・一夫は時空管理局地上本部の全部長を勤め、その脳内は機密情報と18禁ゲームの記憶が混在する大宇宙だ。しかも経年劣化で堪えが薄れその蛇口もユルい」
 大城が少年を半目に見るが状況がそれを無視。
「奥多摩山中に引きこもるオタク老人を、今日は特別に五体満足で連れ出した。しかも何とその貴重品を」
「人質に使うか?」
 少年は左右に首を振ってペン先をネクタイに走らせた。翻訳概念で伝わるその字は、
「何と公開処刑やもしれん」
 “刀”。そう記されたネクタイが硬化するのを騎士は見た。
「――馬鹿な事を」
 背後で身構えた仲間達を騎士は制する。
「やるならばやれ、我等にとっては手間が省けるというものだ」
「この老人が貧相な性根を見つめ直して1stーGに亡命を希望しても、か?」
「虚言を弄すな!」
 騎士は否定を叫び、大城も叫びをあげた。
「たぁすけてぇぇぇぇぇっ! わしゃまだ死にとぉないぃぃぃいてててててっ!」
 そこで大城は少年に張り倒されるが騎士はそれを無視して考える。
……どうする!? 何もせぬまま死なれる訳には……
 自分達の狙いは大城だ。彼を追い詰め1stーGに有利な交渉を行う筈だったが、先に死なれてはそれも出来なくなる。
「もし貴方達が手を出せば先にこの老人を始末する。そうなれば…それは貴方達の責任だ」
「殺そうとしているのは貴様だろうが」
「だが貴方は動かない。刀と化したネクタイで老人の首がスライスされるのを救わないのかね? ――そうなればまず私が処罰される。しかしその後に君達も糾弾され、……やがては1stーG全体に広まる」
 少年は笑った。
「何が騎士、何が慈悲深いか! 今後一切の信用を失い蔑まれて生きていくといい、目先の勝利の為にな」
……小僧め!
 騎士は唸りと共に打開策を探る。
「……その刀は本物か」
「自分のGの力を信じないのかね? 振ればまな板までスッパリの一級品だぞ」
「一級品か」
 そうとも、と少年は答えて再び万年筆を用いる。“刀”の上に書き足されたのは、
「どうだ、これで“するどい刀”だろう? もう光沢まで見せる程だぞ」
 少年が告げ、しかし騎士は一つの事実に気付いた。ネクタイの表裏を指でつまむ少年の手付きだ。
「待て。――危うく異境の字に騙される所だった」
 騎士は笑みを浮かべた。
「“刀”とは我等にすれば剣、つまり刀身と柄がある。ネクタイで再現した場合、斬れるのは垂れた部分だけだろう」
「試してみるかね? 珍獣が首無しに生きられるのか、それを確かめるのも悪くない」
 やってみるが良い、と騎士は笑みを強める。
「貴様の持ち方が何よりの証拠、全体が刀身ならそんな手付きで鉄の重量は持ち切れん。十中八九、首に巻かれた部分は刀身ではない」
 騎士は長銃を構え直す。それに対して少年は、
「では遠慮無く」
 ネクタイに一つの線を書き加えた。それによって完成する字は、
……“するどい刃”……ッ!?
 騎士は遠目にネクタイが大城の首へ切り込むのを見た。
「ぬああああ止めんか~! それ打ち合わせになかったぞ!?」
「黙れ静まれここで終わりだ大人しく悲鳴を上げろしかも泣きわめけ」
 佐山がそのままネクタイを引こうとし、
「――やめろ!」
 騎士の叫びが銃声と共に響く。長銃より放たれた光弾が正確にネクタイを射抜いて大城を解放した。
「何が望みだ」
「目下この老人の首をスライスする事だが?」
「止めろと言おう」
「嫌だと言おう」
「何故だ」
 それには大城も同意、女座りで少年を見上げ、
「ど、どうして御言君はそんな事がしたいのかなぁ?」
「黙れ。――騎士様、逆に訊こうか。貴方の望みは何だ?」
 その質問に騎士が告げるのはたったの一語。
「……復讐だ」
 だがそれは果たせぬものだ、と騎士は解っている。王城派は自分も含めて多くが高齢、経験はあるが体力が無い。つまり人員と組織的な持久力に欠けているのだ。
……この場を殺戮で勝利しても最終的な勝利まで辿り着けない……
 だからこそ今回人質を手に入れ、後の交渉を本当の舞台にしたかった。
……何故だ? 何故これ程までに困難なのだ!
 この行いが不正だと言うのか。取り戻せないものを失わさせれ、それを糾弾する事が間違いだというのか。
……過去を奪われ、未来も幾許と無い我等にどうせよと言うのだ!?
 1stーGの滅びから約60年、残党である自分達は復讐以外の道も意思も残されていない。
「我々は明日、1stーGの和平派との暫定交渉を行う。そこで貴方達の事も考慮するという事で、ここは引き下がってもらえないだろうか」
「――我等に、退けと?」
「騎士の剣とは収められぬものか? ここで収めねば、この先いかなる交渉を経ようと1stーG全体に遺恨が及ぶぞ。……貴方の後ろにいる者達全てに」
 それは背後の仲間達を言っているのか、それともこの場にいない1stーGの同胞を言っているのか。
「誇りの為には剣を収められぬ時もある。違うか?」
「それは貴方一人のものか? ――それとも貴方を待つ多くの人の為のものか?」
 少年の言葉に騎士は歯を噛む。銃口を微かに震わせ、
「卑賤なGが、1stーGの騎士に誇りを説くか!?」
「私は貴方に問うたのだ、誇りとは何かを。説かれるのは私の方だ」
 少年は自分の一切に動じず、ただ正面から見据えている。
「説いてもらおう、その答えを。――貴方達の誇りとは何かを。悠然とした態度で」
……我等の誇り……
 騎士は思う。それは何たるか、を。
……それは……ッ!
 何か、と思い、そして得られるのは、
「―――は」
 燃える様な激情とそこから生じる笑みだ。そうだったな、と呟いて騎士は長銃を下ろそうとし、
「――!」
 騎士は見た。木々に座った一匹の黒猫を。
「……市街派の使い魔」
 監視、その一語が騎士を過る。見れば仲間の誰もが自分と同じ様子だ。
……やはり我々には、引き返す道は存在していなかった……
 張り詰めた無言の中、再び騎士は少年へと長銃を向けた。
「――すまん」

     ●

「――すまん」
 騎士の言葉にSfは役目の到来を悟った。
……現在の私の役目は、決裂時の戦闘役……
 故に走った。葉の生い茂る一帯を出て、
「謝る必要は無い」
 そう告げた佐山の横を抜け絶壁の大地へと迫る。
「馬鹿な! 貴様等ではこの大地に立てんぞ!」
 騎士は否定を叫び、だがそれを無視してSfは一つの結果を果たす。中腰ながら垂直の大地に対して、
「立っただと!?」
 Sfは身を低くしたまま駆け登り、やがて騎士の脇を抜けた所で大地から足を離した。
「貴様! まさか我々と同じ概念を――!?」
 否。Sfの落下は大地と平行、その勢いを足した踵落としが騎士の背に入る。
「が」
 よろめく騎士を足場にSfは再度跳び、着地するのはこちらから見て下方に立つ甲冑の大型人種だ。足場にされた彼は振り払おうとするが、Sfはそれを阻止する。
「――IS、発動」
 侍女服のスカートが膨らみ数百の影を出現させた。内一つは極太のワイヤー、それが自動で大型人種を拘束する。残ったのはSfを周回する小物の群、それらはやがてSfの手に集まり機関銃を構成した。
「お静かに」
 機関銃を大型人種の兜に当ててSfは他の王城派を見る。
「――何だ!?」
 そこへ騎士の叫びが届いた。
「貴様は何者だ! 何故この大地を走る? その力は何だ!?」
「走れる理由も私の力も解らないとは。――故郷から殆ど出なかった田舎者ならではの限界ですね」
 そう断じた所でSfは告げる。
「壁に見えるこの大地、実は斜面になっているのです。――何故なら地球は丸く、日本は北半球にあるのですから」
 大地が平坦だった1stーGらしい失敗だ、とSfは思う。
「そして私の力についてもご質問なされましたが……これを見ればお分かりかと」
 言葉と共にSfは襟を開いてみせる。そうして見える首もとを構成するのは、
「機械……?」
 騎士の疑問にSfは、Tes.、と答える。
「本局が3rdーGの技術を用いて作成したLowーG製戦闘機人、SeinFrau――“在るべき婦人”の名を冠するのが私です」
 Sfは再び能力を発現、もう一丁の機関銃を組み立てる。
「この力はインヒューレントスキル、概念と科学を融合させた戦闘機人ならではの能力です。……本局開発課の命名によれば、私のはIS“ドキドキ☆メイドさんのスカートはヒミツがいっぱい”だそうです」
 そこまで告げてSfは一礼する。
「私は“在る事”を望まれ生じた人ならぬ者にございます。……さぁ来られませ、貴方の生じた理由を持って。もしその理由が私のものより弱ければ、貴方達は“在る事”すら出来なくなるでしょう」
 銃声と共に大型人種の頭部が激震する。呻きもなく気絶した彼の傾倒を切っ掛けに王城派が迫る。
「――私は主人の為に生まれました」
 身を低く大地を駆けて迫る剣を躱す。
「――私の鉄は彼の骨に」
 弾丸が魔女の杖を砕いて術式を止める。
「――私の油は彼の血に」
 連射がもう一人の大型人種を圧倒しる。
「――私の決断は彼の心に捧げられております」
 狙撃が飛行する弓兵の翼を撃ち抜く。
「――ですが一つだけ、彼は私如きでは何も捧げられぬものを持っています」
 それは、という一語で弾丸を補充する。
「――涙。それに対して無情の私は返すものを持ちません。故に私が欲すのは涙滴不要の結果のみ」
 双銃の振り抜きで周囲に弾丸を巻く。
「――骨には鉄を、肉には鎖を、血には油を、心には決断を、そして涙には――」
 迫った王城派が吹き飛ぶ中で一息。
「――無欲を」
 広場に敵の身が、Sfの足が着く。地に伏した王城派は全体の約半数、残りは遠巻きにこちらを囲む。
……ですが駆逐は容易いと判断します……
 Sfは中腰のまま敵を見定め、そこで騎士が長銃を構えるのを見た。だがその先は自分ではない。
「三たび佐山様を狙って……」
 騎士が撃つより早くSfの銃撃が入る。弾丸が騎士の腕を鎧ごと穿ち、しかし、
「構えを解かない?」
 右腕は明らかに姿勢を保てぬ重傷、だが騎士は長銃を下ろさない。何故ならその腕に一文があるからだ。
「……“二度ある事は三度ある”」
 1stーG概念下でそれは当人の容態を超えた行動の力となる。過程で流血が増すが姿勢は継続された。
「――日本文化にお詳しいと判断します」

     ●

「――すまん」
 林に残る新庄は騎士が長銃を構えるのを見た。
「一体、どうして……?」
 何故か、という思いに周囲を見渡せば、
「……黒猫?」
「1stーGの用いる使い魔だ」
 傍らに座る至が答えた。
「つまりあの馬鹿共は監視されていて、今頃それに気付いたんだ。――自分達は最早退けない、と」
 大地を駆け上がったSfが闘争の音を上げ、思わず新庄は拳銃を握り締めた。佐山より託された拳銃は手に馴染まないが、
「僕が、任されたんだもんね」
 自分の意志で必要だと思った時に使え、と。そしてその機会はすぐに来た。
「――!」
 騎士が佐山を狙ったのだ。概念の力か、Sfに射抜かれてもその腕は動じない。明らかな佐山の危機だ。
……使わなきゃ……!
 新庄は射撃の姿勢を取り長銃を狙う。構えを保てても武器を壊せば攻撃を果たせない。だがそこへ不意の声が届く。
「何故頭を狙わない? …昔から甘いな、お前は」
 至だ。その内容に新庄は身を止める。
「長銃なんて物を狙って外れたどうする? 確実に仕留めねばご執心の彼が死ぬかもしれんぞ?」
「――あ」
 死、その言葉に新庄の手が震える。そして昨夜の人狼を撃てなかった自分を思い出した。
……今度は、今度は撃たなきゃ……っ
 だから手に力を込めた。撃つ事を望み、引き金を絞ろうとし、同時に至が叫んだ。
「――殺せ!!」
 指が引き金を絞った。その筈だった。しかし、
「え」
 音が無い。振動が無い。一切の変化が無い。あるのは現状維持という結果だけだ。
「あ……!」
 撃てなかった、そう思うと同時に自分のものではない銃声が響いた。

     ●

 銃口を向ける騎士に対し、佐山は一つの思いを得ていた。
……必死だな……
 騎士の行動や表情を佐山はそう判断し、ここへ来る前にハラオウンが告げた言葉を思い出す。
……本気とは強い力を出す事、一瞬の判断で戻れなくなる、か……
 Sfに撃ち抜かれた騎士の腕を見る。概念の力が切れた時、あの腕はもう使い物にならないだろう。
……しかしそれを代償に彼は私への攻撃を果たした……
 強い力だ、と。これが本気になるという事か、と思う。そうして連想される思いは、
……私はどうだろうな……
 本気になった彼に対して自分はどうだろうか。自分は本気になれただろうか。更に思う事は、
……やはり新庄君は撃たなかったな……
 今回も迷い、そして機を逃したのだろう。何事も本気な人だ、そう胸の内で評した所で呟いた。
「ならば本気になれなかったのは、私だけか」
 その直後に佐山へ力が迫った。しかしそれは目前の光弾ではなく、上空からだ。
「――死なせない!」
 声と共に桜色の光が降り、騎士の放った光弾を叩き潰した。
「な……!?」
 驚愕する騎士と共に佐山は見た。自分の目前に舞い降りた白衣の少女を。
「――稀代の闘争本能ここに極まりかね? 高町」
 杖を持ったその少女の名を佐山は呼び、
「あんまり驚かないんだね、佐山君」
 白衣の少女、高町・なのはは困った様な微笑で振り向いた。
「日頃の君を見ていればこの程度では驚くに足らん。……ハラオウン達もいるのかね?」
「――そこまで解っちゃうものかなぁ」
 答えたのは第三の声、それに伴うのは閃光だ。何かと見上げれば騎士を残して倒れ伏した王城派があった。長柄の斧を持った金髪の少女を中央に置いて。
「全竜交渉部隊実働班、フェイト・T・ハラオウンと高町・なのはって言うと解るかな?」
「いやいやフェイトちゃん、私等もおるっちゅう事を忘れんでな?」
 今度の声は後方のやや下、新庄達のいる辺りだ。そこから現れるのは、
「八神か」
「やほー、昨日振りやねー?」
 手を振る八神は無視、佐山はその後ろに立つ二人を見た。
「リインフォース君。それに……ギル・グレアムか?」
 問われたグレアムは微笑して答えない。代わってリインフォースが口を開き、
「彼の事はこれよりこう呼ぶといい。……元護国課顧問の術式使い、と」
「更にもう一つ、だろう!?」
 続くのは騎士の叫び、彼は無事な左手に長銃を持ち替え、
「1stーGを滅ぼした大罪人と裏切り者が!!」
 光弾をグレアムとリインフォースに放った。それに対してグレアムが八神の前に歩を進め、ある物を投げた。
「……カード?」
 投じられたのは青白い金属板、微かに光るそれは光弾を弾き、急速を持って騎士へと飛翔、
「……!」
 騎士の長銃を砕いた。破片が飛散する中、弾倉の書物が賢石の効果を外れたのか佐山達の方に落下する。
「ふむ」
 それを受け止めたグレアムが一言した。
「本は大事にすると良い。例え酷使する時でも、な」






―CHARACTER―

NEME:ギル・グレアム
CLASS:司書
FEITH:1stーGの八大竜王

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最終更新:2007年11月03日 18:44