ギンガの意識を呼び覚ましたのは、嗅覚を刺激する異臭だった。
不快なアンモニア臭。
周囲の状況が視界へと鮮明に浮かび上がるや否や、彼女は反射的に身を起こそうとした。
それを押し止めたのは、肩に乗せられた手と低くくぐもった声。

『落ち着いて、安静に』

其処で漸く、ギンガは自身の目前に、見慣れない人影が存在する事に気付いた。
その全貌を確認すると同時、彼女の全身へと緊張が奔る。

その人物は、管理局員ではなかった。
全身を重厚な漆黒のアーマーに包み、頭部は同じく漆黒のマスクとヘルメットに覆われ、微かな紅い光を零す視覚装置が2つ、両眼に当たる部位へと装着されている。
ギンガの鼻先へと差し出された右手、漆黒のグローブには首部を折り取られたアンプルが握られ、残る左手は小さなアンプルケースを抱えていた。
肩に置かれた手から腕を辿り見れば背後にもう1人、寸分違わぬ様相の人物が立っている。

『もう大丈夫だ』

安心させる様に放たれた声は、音声出力装置を通しての幾分機械的なものだった。
呆然と彼等の全貌を眺めるギンガを余所に、彼等は彼女に怪我が無い事を確認すると、傍らに置かれた、或いは背部に装着していたそれを手にし、小さなスイッチを弾く。
数秒後、それが何であるのかを理解したギンガは瞬時に思考を引き締め、呻く様に呟いた。

「質量兵器・・・!」

漆黒の銃器。
凡そデバイスに見えぬそれは、管理世界に於いて所持する事など決して許されぬ兵器。
そんな意思の込められたギンガの声を聴き留めたのか、銃器を弄る彼等の手が一瞬だけ静止し、しかしすぐに動き始める。
そして、次いで彼等より発せられた言葉が、彼女を更に混乱させた。

『管理世界では、質量兵器は禁忌だというんだろう? 知っている。今までにも散々言われたよ』

思わぬその発言に、ギンガの内に沸き起こり掛けた警戒も敵愾心も、双方が鳴りを潜める。
代わりに浮かぶのは、云い様のない疑念。

知っているのなら、何故それを使用している?
彼等は何者なのか?
次元犯罪者?
反管理局組織?
だとしても何故、自分を攻撃せず、あまつさえ救助までするのだ?

「あの、貴方達は・・・」
『ギズモよりビショップ。要救助者1名確保、管理世界の人間だ』

ギンガの問い掛けを遮るかの様に、何処かとの通信を行うアーマーに身を包んだ人物。
彼女の背後ではもう1人が質量兵器を手に周囲を見渡しつつ、油断なく警戒を行っている。
やがて通信を終えた1人はギンガへと向き直り、手にした銃器を掲げてみせた。

『悪いが魔法なんてものは使えないんでな。これだけが身を守る術なんだ。納得できないだろうが、此処は見逃してくれ』
『君と同じ管理世界の人々も、何とか了承してくれたよ。今は生き残る事が最優先だからな』

前後から放たれる声。
彼等の言葉に、ギンガの脳裏を最悪の可能性が過ぎる。

まさか、地球軍?

「貴方達は・・・何なんですか?」

微かに震える声と共に放たれた問い。
目前の人物は気負う様子もなく、即座に答えた。

『他の人達から聞いたよ。君達が第97管理外世界と呼ぶ惑星の住人さ』
「・・・地球の?」
『ああ。ちょっとした事故で此処に飛ばされちまったんだ』
「事故?」

更に問い掛けようとするギンガ。
その時、上方より甲高い音と共に巨大な漆黒の影が飛来、降着装置を展開すると3人から20m程の地点に軟着陸する。
R戦闘機と比較して2回りほど大きいそれは、強襲艇の様なものらしい。
機体側面にタラップが展開され、2人はギンガに手を貸し立ち上がらせると、周囲への警戒を緩める事なく機体へと向かい歩み出す。
数瞬ほど躊躇ったギンガではあったが、この状況は貴重な情報収集の機会であると判断。
誘導に従って歩み出し、タラップを登る。

此処に至って漸く、ギンガは周囲の場景に意識を向ける事ができた。
自身が意識を失い横たわっていた地点を振り返り、次いで頭上を見上げ、その異常さに混乱する。
呆然と周囲を見渡し、やがて吐き出された言葉は隠し様もない驚愕に震えていた。

「何・・・これ・・・?」

其処は、ハイウェイの上だった。
周囲を埋め尽くす高層ビル群の間を走る高架道路上には、放置された車両が無数に鎮座している。
ビル群の規模から見ても、クラナガンに匹敵する巨大都市である事は疑い様がない。
しかし、何よりギンガが驚愕したのはそんな事ではなく、闇に沈む広大な空間、彼女の頭上に拡がる異様な光景だった。

「街が・・・!」

上空、漆黒の闇の向こう。
広大な都市が、視界を埋め尽くす様に存在していた。
ありとあらゆる構造物の上下が逆転した、悪夢の様な情景として。

タラップ最上部にて、呆然と上空を見上げるギンガ。
背後より肩を叩かれ咄嗟に振り返れば、その人物は首を動かして先を促した。

『混乱するのは分かるよ。詳しい事は中で話そう』

歩を進め、機内へと踏み入る。
分厚い外殻内部には壁際に並んだ座席と固定用のフレームがあり、ギンガはその1つへと座らせられ、フレームを降ろすよう指示された。
従うべきか否か、僅かに躊躇した彼女であったが、安全の為だろうと自身に言い聞かせるとフレームに手を掛け、身体を固定する様にそれを降ろした。
そして固定装置が微かな電子音を発し、上部に点灯するライトが赤から緑へと変わると同時、軽い振動と共に機体が浮かび上がった事が感じられた。
思わずフレームを握り締めるギンガ。
そんな彼女へと、相変わらず音声出力装置を通した低い声が掛かる。
機内には防音措置が施されているらしく、ギンガは問題なくその音声を拾う事ができた。

『心配しなくてもいい。捜索拠点を中継した後、避難所へ向かう。其処には君と同じく保護された被災者が大勢居る』
「・・・どれ程なんです?」
『今日の時点で3904人だ。まだ確認が済んではいないが、他の地点で生存者が発見されていなければ君が3905人目という事になるな』

余りにも予想外の状況に、ギンガは忙しなく思考を廻らせる。
4000に迫ろうかという数の生存者が存在する事は喜ばしいが、それを保護しているのが第97管理外世界の人間であるというのは、正しく管理局の予想を超える事態であった。
それでも何とか状況を理解しようと、彼女は2人の地球人から目を逸らす事なく思考へと没入する。

そもそも、事故で飛ばされてきたという彼等は、一体何者なのか?
彼等の様子からは、こちらに対する敵意や警戒は全くといって良い程に感じられない。
もし彼等が、クラナガンと本局を襲った地球軍艦隊に属する者であれば、こちらに対し無防備である筈がないのだ。
彼等は、軍属ではないのか?

「あの、貴方達は・・・軍人、なのですか?」

躊躇いがちに問い掛けるギンガ。
警戒されるかもしれないとの懸念もあり、多少ながら言葉がたどたどしく紡がれる。
対する返答は、一言。

『いいや』

1人が身を傾け、その身を包むアーマーの肩部をギンガへと向けた。
其処には1つの単語が、漆黒のアーマーに映える様、白い塗料によって刻まれていた。
しかしギンガには、それを読み取る事ができない。
ミッドチルダ言語にも共通する字体ではあるのだが、精確な発音が解らないのだ。
悩む彼女を見兼ねたのか、1人が助け舟を出す。

『「POLIZEI」だ。警察って意味だよ』
「警察?」
『民営武装警察。治安維持や対人・対都市レベルの脅威からの民間人保護を、政府から委託されている軍事企業の事だ。ウチはその最大手だよ』

民営武装警察。
その言葉にギンガが戸惑う間にも、彼等の説明は続く。

『俺達はその1中隊でね。旅客船団の護衛と、引き続き目的地での治安維持に就く筈だったんだが・・・』
『船団が空間歪曲に捕まっちまってな。脱出を試みたんだが、奮闘空しく此処へ転送されちまったんだ。もう2ヶ月以上も前の事だよ』
「2ヶ月前?」
『ああ。此処が外部から隔絶された空間という事は解るか?』
「・・・はい」
『その中にガラクタの寄せ集めが浮かんでいただろう? 此処はそのガラクタの中さ。取り込まれたスペースコロニーの残骸の中だよ』

またもや、管理局の知り得る事実を上回る情報が齎された。
ギンガの記憶が確かならば、この隔離空間が観測されたのは約4週間前の事であった筈だ。
しかし彼等の言葉を信じるのならば、空間の形成は2ヶ月以上前に始まっていたという事になる。
バイドは隔離空間そのものを、次元世界へと転移させたというのか?

そして、この広大な都市空間。
彼等はスペースコロニーの残骸だと言った。
ギンガとてスペースコロニーという言葉を知ってはいたが、実物を目にした事などありはしない。
次元世界を渡る術を持つ管理世界の人間にとって、宇宙空間に都市を建造する必要性など殆どなかった。
故に、その構想は存在しても、実現させた例など1つとしてありはしない。
本局または支局艦艇は、次元空間に巨大な居住空間を形成してはいるが、しかしあれらはスペースコロニーからは懸け離れたものだ。
これ程までに巨大な都市空間を宇宙空間に建造した文明など、少なくともギンガは聞いた事もなかった。
そして、何より気に掛かる事は。

「残骸って・・・廃棄されたんですか?」
『ああ。8年前になるが、空間歪曲に呑み込まれてな。14基のコロニーの内、無事発見されたのは3基。残る11基の内6基は生存者皆無の状態で発見。残る5基は・・・』
「行方不明?」
『そういう事。これはその内1基って訳だ』

これ程までに巨大な建造物を廃棄したという事実も然る事ながら、同様のものが14基も存在していたとの言葉に、ギンガは心底から驚愕した。
しかし同時に彼女の意識、冷静さを保った思考の一部は、生存者が皆無であったという6基のコロニーについて考察を開始する。
そして然程に間を置かず、彼女はその疑問を言葉として発した。

「その、生存者の無かった6基ですが・・・」
『何だ?』
「何故、住民は全滅したのですか?」

その問いに押し黙る2人。
警戒させてしまったか、と僅かばかり後悔したギンガであったが、数秒後にそんな彼女へと答えが返される。

『汚染された』
「・・・汚染?」
『俺達や君を此処へ放り込んだ存在にだ。地球はもう半世紀に亘って、その存在との戦いを継続している』
「その・・・存在の、名は?」
『バイド』

やはり、とギンガは自らの予想が的中した事を胸中にて再確認したが、沸き起こるのは喜びではなく際限のない不安ばかりであった。
これ程の巨大建造物、防衛体制も尋常ではなかったであろうそれを6基も汚染し、その住民を殺戮したであろうバイド。
自分達が今まさに、そんな存在を相手にしているのだという実感と恐怖が、今更ながらにギンガの意識を癌細胞の如く蝕み始める。

常識外の超高度軍事技術を有する第97管理外世界ですら、バイドによる殺戮を防ぐ事はできなかった。
管理世界がバイドという存在を知り得てから、僅かに2ヶ月。
果たして管理局に、勝ち目などあるのだろうか?

『失礼、こちらからも少し良いかな?』

思考へと沈むギンガに、声が掛けられる。
目前の人物を見やれば、彼はその手で自身の視覚装置を指していた。

「何でしょうか」
『君の眼は、何らかの機械的強化が施されているのか?』

途端、ギンガの全身が文字通りに凍り付く。
何故、気付かれた?
彼女がそう問い返すより早く、目前の人物は彼女の疑問に対する答えを述べた。

『君は先程、周囲や上空の光景を認識していたな。暗闇なのに、暗視装置も用いずにどうやって、と思ったんだ』

その言葉にギンガは内心、自らの不注意を恥じる。
不用意な行動と発言から、彼等に余計な情報を与えてしまった。
何とか当たり障りのない返答を組み立て、それを声として発する。

「昔、事故で両眼を失ったんです。仰るとおり、これは機械式の義眼です」
『・・・済まない』
「いえ、お気になさらず」

その時、機内にコックピットからの警告が流れた。
着陸態勢に入るとの事だ。
十数秒後、微かな振動が機体へと走る。
固定器具が解除されフレームが上がると、先に立ち上がった2人がギンガへと手を貸し、立ち上がらせると同時に機体から降りるよう促した。

タラップを降りた先に広がるのは、様々な設備が据えられた簡易前線基地らしき拠点。
コロニーの端に位置する何らかの生産施設らしき其処には、数機の強襲艇が翼を休め、更に十数人のアーマーに身を包んだ人物の姿があった。
機体から数歩ほど離れた位置で周囲を見回すギンガ。
ふと彼女は、自身が立っている地面へと視線を落とし、脳裏へと浮かんだ疑問を口にする。

「そういえば、重力があるんですね」
『どういう訳かな。コロニー自体は回転していないのに、何故か正常な重力が発生している。これもバイドが関わっているんだろうが、詳しい事は解らない』

彼女の疑問に答えると、1人は1機の強襲艇へと向かい、残る1人はギンガを促して歩き始めた。
歩調を気遣っているのか、何度も振り返りながら天幕のひとつへと向かう。

『保護した被災者は一時的に此処へと集められる。2時間後に避難所へと向かう機があるから、それまで此処で待っていて欲しい』
「・・・分かりました」
『あの天幕に行って、食料と毛布を受け取ってくれ。心配は要らない。避難所の防備は厳重だ。此処もそうそう危険な状況には曝されないさ』

ギンガの肩を軽く叩き、次いで握り拳を作り親指を立ててみせる彼。
彼女の不安を少しでも和らげようとしてのジェスチャーだろう。
そうして、手を振りつつ彼女へと背を向けた、次の瞬間。

「・・・ッ!」



爆発。
強襲艇の1機が、火を噴いた。



『敵襲!』

ギンガに背を向けていた人物が叫ぶ。
同時に彼女は、彼の手によって地へと伏せられていた。

『姿勢を低く! そのまま強襲艇まで走るんだ!』

ギンガへと鋭く指示を飛ばした彼は質量兵器を構え、拠点の外部に拡がる闇の向こうへとその銃口を向ける。
発砲。
短く3回、重い射撃音が響いた。
同様の音が、拠点内の其処彼処から響く。

ギンガは動かなかった。
彼女の機械的強化を施された眼球は、闇の奥に潜む者達の姿を捉えていたのだ。
認識阻害魔法を解除し、地表面に設けられた重厚なハッチ内部から現れる、20名を超える魔導師達。
管理局、バイド攻撃隊。

そして彼女とほぼ同時、第97管理外世界に於ける警察機構の一団も、攻撃隊の姿を捉えたらしい。
即座に照準を修正し、しかし襲撃者の姿に動揺したのか、暫し無言の時が流れる。
もしかすると通信にて意見を交わし合っているのかもしれないが、外部への音声出力が無い為、彼等の真意を量る事はできない。
形成される、奇妙な膠着状態。
それを破ったのは、攻撃隊からの勧告であった。

『地球軍に告ぐ。直ちに武装解除し、投降せよ。こちらは時空管理局、当次元世界に於ける治安維持機構である。指示に従わない場合は、武力を以っての鎮圧も辞さない。繰り返す。直ちに武装解除せよ』

魔法による拡声機能を用いての、投降を促す呼び掛け。
対する武装集団からの応答はなし。
ギンガの目前の人物を含め、彼女の視界内に確認できる全ての人影が、その手に携えた質量兵器の銃口を攻撃隊へと向けたまま微動だにしない。
その間にも、攻撃隊からの投降勧告は続く。
一方で、警告なしの先制攻撃に驚愕していたギンガであったが、管理局の抱える地球軍に対する過剰なまでの恐怖と敵意を考慮すれば無理もないと納得し、同時に自らの為すべき事を考え始めた。

さて、自身はどう動くべきか。
偶然による接触ではあったが、彼等が地球軍ではない事、管理局に対し害意を持ってはいない、或いは判断を下すに足る情報を持ってはいないらしい事は確認済みだ。
さらに彼等は、4000人近い被災者を保護しているという。
此処で敵対を選ぶ事は、双方に要らぬ損失を齎すだけだ。
バイドという共通の敵が存在する以上、対話による協力関係の構築こそが最適であるといえよう。

自らの思考に結論を下し、目前の人物へと語り掛けようとするギンガ。
しかし彼女の視界に、彼の持つ質量兵器の全貌が明確に映り込むや否や、その決心が大きく揺らぐ。

「・・・ッ」

それは最早、「呪縛」とも呼べるものであった。
質量兵器。
忌むべき存在、廃絶すべき存在。
それに対する拒絶、それを使用する者に対する嫌悪。
次元犯罪者ですらその多くが魔法を使用する中、質量兵器を用いる第97管理外世界を含む幾つかの世界は、管理局内にあって常に嫌悪と侮蔑の対象でもあった。
表立っての批判を口にする者こそ少数ではあったものの、内心ではほぼ全ての局員が原始的で野蛮な地球文明を嘲っていた事だろう。
第97管理外世界の住人は、その兵器体系を用い続けた先に何が待ち受けるのかも知らず、自ら破滅へと向かう愚か者どもであると。

その認識が定着している背景には、当の第97管理外世界の出身者たる高町 なのはや八神 はやてが、管理世界の思想を全面的に受け入れている事実もあるのだろう。
質量兵器が氾濫する世界に於いて生を受けた彼女達が、自らの故郷に蔓延るそれを否定している。
時空管理局内外に於いて高い知名度を誇る彼女達であるからこそ、より一層その事実は強烈な印象として人々の記憶へと刻まれるのだ。
そして人々は、質量兵器への拒絶をより強めてゆく。

使用者を選ばず、指先ひとつで数多の命を奪い、無尽蔵の破壊を齎す悪魔の兵器。
余りに恐ろしく、おぞましく、愚かしい技術。
文明としてのレベルの低さを体現する、自らの滅びすら回避できない原始的な者達が用いる刃。
それを用いる世界の住人にすら否定される、滅ぶべき力。

そしてギンガもまた、同様の認識を持つ者であった。
第97管理外世界そのものに対する蔑意こそ持たぬものの、公然と質量兵器を用いるその軍事組織に対しての嫌悪と拒絶を拭い去る事は決してできない。
何より、クラナガンを襲った惨劇を目にした者ならば唯1人の例外なく、質量兵器の存在を容認しようなどとは考えられない筈だ。
僅かに2時間足らずの戦闘で31万もの民間人・管理局員の命を奪い、クラナガン西部区画を新たに2つの廃棄都市区画へと変えた質量兵器。
バイドにより汚染されていたとはいえ、あのモリッツGという名の機動兵器、そしてゲインズという名の人型兵器を創造したのは、他ならぬ地球軍であるという。
これらの事実を踏まえた上で、地球製の質量兵器を用いる武装集団と聞き、それを受け入れる事のできる人物が管理世界に存在するだろうか。

だからこそ、ギンガは目前の人物へと掛けようとした言葉を呑み込んだ。
伸ばし掛けた手を引き止めた。
そうして改めて、自身が採るべき最善の行動を模索し始めた。
思考は数秒。
彼女は再び、その手を目前の人物へと伸ばした。

背後から響いた金属音に、彼は振り向く。
その眼前には、華奢な女性の左手。
次の瞬間、その表面が無骨な手甲に覆われる。
アームドデバイス、リボルバーナックル。
突然の事に硬直する彼を視界に収め、ギンガはこれが最善の選択であると自らの思考へと言い聞かせつつ、言葉を紡ぐ。

「・・・投降しなさい」

ギンガは選択した。
最善の行動、最善の手段を。
理性と感情、双方の囁くままに。
自身の信念と、組織の理念が叫ぶままに。
彼女は、「管理局員」として最善の選択を実行する。



「質量兵器の使用及び違法な軍事活動により、貴方がたを拘束します」



カートリッジシステムに装着された「AC-47β」が、小さく唸りを上げた。

*  *


それは偶然だった。
人工天体内部に於ける第88民間旅客輸送船団、及び資源採掘コロニーLV-220の捜索任務に当たっていた彼は、周囲の大規模な空間から物理的に隔絶された球状の閉鎖空間を発見。
スキャンの結果、天王星の衛星ミランダに匹敵する容積を持つと判明したその隔離空間内には、数十隻の艦艇が停泊していたのだ。
迎撃を警戒したものの、それらの艦艇は外部に対する全ての機能がオフラインとなっているらしく、攻撃はおろか一切のレーダー波すら検出できない。
その状況を訝しく思いつつも彼は、機体を艦艇群へと接近させ情報収集を行う。

艦艇の殆どは地球文明圏のものであった。
軍用、民間用を問わず、過去に行方不明となったものばかりが59隻。
それらとは別に、この異層次元特有の高度文明の手により建造されたらしきものが22隻。
計81隻もの艦艇が、空間のほぼ中央に群れを成していたのだ。

しかしその中に、彼の捜し求める艦艇は存在しなかった。
第88民間旅客輸送船団、そしてヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦、アロス・コン・レチェ。
度重なるスキャンにも、目視による確認によっても結果は変わらず、致し方なく空間を脱しようと機首を侵入地点へと向けた、その時だった。

1隻の艦艇が、突如として動き出したのだ。
瞬時に機首をそちらへと向け、波動砲のチャージを開始。
鑑定を捕捉、各種レーダー波が艦体を舐める様にスキャン。
そうして脳内へと表示された結果に、彼は舌打ちする。

スキャン結果は目標艦艇に対し、管理局との戦闘中に現れたバイド汚染艦体の旗艦であるとの判断を下していた。
それは当然、通常の艦隊行動に於ける「旗艦」とは意味合いが異なる。
即ち目標艦艇は敵艦隊の実質的な中枢であり、それは艦隊行動を統括するバイド体を搭載している事を意味していた。
もし此処でそれを破壊すれば、敵艦隊の活動を抑止する事が可能かもしれない。

チャージ、2ループMAX。
フォース先端部に蓄積された暴力的なまでの波動エネルギーにより、前方の視界が歪に歪み始める。
システムが揺らぎを修復、同時に余剰エネルギーの強制排出を開始。
フォース・コントロールシステム、対空レーザー変更。
サーチ・モードよりショットガン・モードへ。
0.3秒後、コントロールロッドより対空レーザー変更完了の信号を受信。
スラスター出力を最大へ、目標艦艇へと突撃を開始。

しかし次の瞬間、彼はその軌道を目標艦艇より逸らしていた。
拡大表示された目標艦艇、その艦体外殻を内部より引き裂く、青い光。
彼は、その光を知っていた。
近接格闘戦用の光学兵器だ。
そして、それを操る存在
識別名称『ゲインズ3』。
地球軍より鹵獲した高機動型ゲインズに、高火力光学白兵戦兵装を搭載した漆黒の悪魔。
これまでに確認された機体数こそ少数であるものの、それらが齎した被害は想像を絶するものであった。

光学・実弾兵器、波動砲、陽電子砲の弾幕を正面より掻い潜り、艦隊中央へと踊り込む漆黒の機体。
R戦闘機を機体半ばより叩き斬り、巡洋艦のブリッジを潰し、戦艦のカタパルトより内部へと侵入し内部より全てを破壊する、正しく狂乱の徒。
一切の自己保存を考慮しないが故に凄絶なまでに苛烈な攻撃を可能とするその機体は、記録映像であるにも拘らず確かな恐怖を彼へと齎した。
爆発するテュール級と巻き込まれる数隻の艦艇、そして同じく破滅の光に呑まれゆく十数機のR戦闘機。
その映像を知らぬ者など、地球軍には存在しない。

では、R戦闘機ではゲインズ3を撃破する事は不可能なのかと問われれば、答えは否だ。
その機動性と瞬間火力こそ脅威ではあるが、圧倒的火力であればR戦闘機も引けを取らない。
否、一部機種については完全に凌駕している。
艦隊すら消滅させる波動砲を持つ機体、波動砲をそれこそ機銃の如く連射する機体、光学兵器の弾幕と目標追尾型ビットにより空間を支配する機体。
R戦闘機とは正しく、既存の全兵器体系を凌駕する為に生み出された「超越者」であり、同時に敵に対する「殲滅者」なのだ。
そんな兵器群が火力で敵に劣る等という事は、余程の大型バイド相手でもない限りは有り得ない。

そして、彼の愛機たる「R-9C WAR-HEAD」もまた、その常識外の火力によって「突き抜ける最強」とまで謳われた機体である。
第二次バイドミッションにて運用され、圧倒的な火力と引き換えにパイロットの居住性を無視し、その四肢を奪う事によって漸く搭乗が可能となった機体。
パイロット・インターフェースの改良後、既に複数の後継機が開発されていたにも拘らず多くのパイロットが搭乗機として希望したそれは、実戦配備より9年が経過した今なお、最前線に於ける主力機体の1機種としての座を不動のものとしている。
彼がこの機体に搭乗して6年、その間に積み重ねられた実戦経験とR-9Cの火力。
客観的に考えても、彼が敵に劣る事はない。

機体を旋回させ、再度目標艦艇へと向かう。
と、その時、ゲインズ3の兵装によって引き裂かれた外殻の間隙より桜色のエネルギー砲撃が放たれ、その奔流が機体側面400m程の空間を突き抜けた。
突然の事に驚愕するも、彼はすぐさま回避行動へと移る。

あの砲撃。
記録によれば、あれは管理世界中心都市「クラナガン」での戦闘中に、都市攻撃隊との交渉を行った「タカマチ」という名の魔導師が放つ砲撃であるという。
つまり目標艦艇内部に、管理局部隊が存在するという事か。
ゲインズ3と同じ空間に、魔導師が存在するだと?

脳裏に沸き起こる不審。
彼は即座に、新たに搭載されたシステムを起動する。
拘束された「TEAM R-TYPE」を尋問し、その後に開発させた受動的探索機構。
この異層次元文明圏にて普遍的に利用されている未知のエネルギー、「魔力素」とやらの検出システムである。
「TEAM R-TYPE」は鹵獲した管理局艦艇に対する解析調査によって、このエネルギーの識別に成功していながらその事実を隠蔽していたのだ。
そうして得られた魔法技術体系の知識を注ぎ込み完成されたのが、R-9WF SWEET MEMORIESという訳である。

システムの起動と同時、目標艦艇内部より複数の魔力素反応が検出される。
現在までに収集されたデータ、管理局に拘束されているパイロット達から転送された情報を含むそれらと照合した結果、艦内にはタカマチ以外にも戦闘機人と呼称されるサイボーグが2体、更には20を超える魔導師の存在が確認された。
乱射される魔導弾の反応から判断するに、彼等はゲインズ3との交戦状態にあるらしい。

好都合だ。
管理局部隊とゲインズが交戦状態にあるならば、自身は高みの見物を決め込んでいれば良い。
艦内という閉鎖空間に於いて、ゲインズは最大の強みである高機動を封じられている。
そうなれば高火力の砲撃を持ち、尚且つ小回りの利く魔導師が有利だ。
無論、その程度でゲインズと彼等の差が完全に埋まる訳ではないが、それでも互角の状況に持ち込む事は可能だろう。
そして戦闘の結果がどうなろうと、残った方も甚大な被害を受けている事は間違いない。

管理局部隊が生き残れば良し、ゲインズが残れば不意を突いて波動砲を叩き込む。
どのみち、こちらにとって悪い様にはならない。
問題は管理局部隊が残存した、その後に自身が採るべき行動だ。
捕虜を取られている以上、積極的に敵対する事態は避けたい。
しかし同時に、目標艦艇内部に存在するであろう制御中枢たるバイド体に彼等を接触させる事だけは、決してあってはならない。
万が一にも、彼等がそれを撃破し回収する事があれば、解析によってバイド建造の真実を知り得る恐れがある。
バイドを創造した存在が26世紀の地球文明圏そのものであると管理局が知れば、その情報を管理世界へと公開し、公然と21世紀の地球に対する武力統治を実行するであろう。
そうなれば現在の第17異層次元航行艦隊に、管理局全艦艇を敵に回しての総力戦を乗り切れるか否か怪しいものである。
異層次元中継通信が途絶し、空間跳躍ゲートも異層次元航法推進システムを用いての帰還も不可能となった今、現有戦力のみで事態の収束に当たらねばならないのだ。

第17異層次元航行艦隊と時空管理局艦隊、双方が衝突すれば共倒れになる事は間違いない。
そうなれば、後はバイドの思う壺だ。
管理世界がどうなろうと知った事ではないが、この異層次元に於いて確認された21世紀の地球が、自身の知る22世紀の地球とどの様な関連性を持つか不明である以上、それが管理局、若しくはバイドにより干渉される事態は避けねばならない。
即ち、管理局部隊との敵対を避けつつ、目標艦艇の制御中枢を破壊せねばならないのだ。
こうなれば、管理局との接触を避けろという艦隊からの指令は無視せざるを得ない。
頃合を見計らってゲインズを攻撃し、そのまま制御中枢の破壊へと移行するのが妥当か。

その時、思案を重ねる彼の脳裏へと、新たな情報が表示される。
魔力反応、検出。
目標艦艇内部、管理局部隊より約2000mの地点に、新たに別の魔力素が集束している。
情報照合、特定。
目標魔力素保有個体、識別名称「ヴィヴィオ・タカマチ」。
新暦75年、次元犯罪者「ジェイル・スカリエッティ」の手により、古代ベルカ王族のクローンとして製造された人工生命体。
その製造目的は、ロストロギア「聖王のゆりかご」起動過程に於ける生体認証の突破、及び起動後の艦艇制御の為。
更には肉体年齢の操作により、優秀な戦闘技術を持つ個体へと接近しその技術を吸収、より高度な戦闘能力を獲得する機能を持つ「生体兵器」。
ジェイル・スカリエッティ事件収束後、ナノハ・タカマチ一等空尉の養子となる。
通常時肉体年齢、7歳前後。
77年現在、クラナガン中央区画在住。

クラナガンに居る筈のそれが何故此処に居るのか。
新たに管理局が戦線投入したのか。
彼の脳裏を占める疑問は、そのどちらでもなかった。
彼の意識は、個体情報の上部に表示される、リアルタイムでの魔力素検出値へと向けられている。

戦闘機人No,5「196,000」。
戦闘機人No,11「207,000」。
ナノハ・タカマチ「1,790,000」。



ヴィヴィオ・タカマチ「38,869,000」。



彼は自身の目を疑った。
大き過ぎる。
検出された魔力素の値が、余りに大き過ぎるのだ。

約3887万だと?
管理局でも屈指の魔力保有量を持つタカマチですら179万であるというのに、3887万?
これは何の冗談だ。
こいつは、一体何なのだ?

彼の内に渦巻くその疑問は、程なくして晴れた。
ヴィヴィオ・タカマチの表示に重なる様にして、とある別種の表示が現れたのだ。
点滅を繰り返すその表示、バイド攻撃体識別名称。
その名を、彼は良く知っていた。
否、地球軍に属する者の中にあって、知らぬ者など存在しない。
その、バイドの名は。



「BFL-011 DOBKERADOPS TYPE『ZABTOM』」



瞬間、彼は軌道を修正し、スラスター出力を最大へと叩き込む。
青い光の爆発と共に、推進器に火の入ったミサイルの如く破滅的な加速を開始。
そして、数秒後。



「WAR-HEAD」の名が示す通り、R-9Cは正しく1発の弾頭となり、目標艦艇へと突入した。

*  *


漆黒のゲインズ、その右腕が振り抜かれるや否や、周囲の構造物が音を立てて横一直線に吹き飛ぶ。
鼓膜を劈く轟音と共に無数の破片が宙を乱れ飛び、音速を超え飛翔するそれらが一片の容赦なく攻撃隊へと襲い掛かる中、なのははその一切に頓着する事なく砲撃の準備へと入った。
彼女への直撃弾となり得る破片を、周囲の魔導師達が片端から叩き墜とす。
ゲインズが噴射炎を煌かせ、彼女を排除すべく突撃を開始。
周囲は既に破壊され尽くし、巨大なドーム状の空間と化している為、その行動を阻害するものは何もない。
先程、青白い光の刃が艦体外殻を引き裂いた際には、空気の漏出と窒息を予想し肝を冷やしたものの、どうやら艦体外部には通常大気が存在するらしく、恐れていた事態には到らなかった。
よって攻撃隊は、艦体の損傷を気に留める事なく、全力での交戦を開始したのだ。
今や艦内に生じたこの空間は、縦横無尽の機動を行うゲインズが引く噴射炎の残滓とブレードの光、色取り取りの魔力光を放つ直射弾と誘導弾、そして砲撃が飛び交う閉塞された戦場と化していた。

「ディバイン・・・バスター!」

放たれる直射砲撃。
突撃してくるゲインズの真正面より放たれたそれは、寸分違わず目標の胸部へと直撃する筈であった。
しかし着弾直前、ゲインズ側面のバーニアが点火、一瞬にして機体が百数十m側面へと移動。
砲撃は目標を捉える事なく空間を貫き、先程ゲインズが引き裂いた外殻の隙間を更に拡げる様にして艦体外部へと消えた。
ゲインズは突然の回避行動により構造物へと接触、一時的に動きを封じられる。
これこそが、攻撃隊が意図した状況であった。

「今だよ!」

なのはの声と共に、動きの取れぬゲインズへと向けて放たれる高速直射弾、砲撃、IS。
爆発に次ぐ爆発の中、チンクが目標へと向けて駆け出す。
その小さな身体が後方より飛来したランディングボード上へと跳躍し、直後にボードを操るウェンディによって2人の身体は最大加速。
クラナガンで目にしたヴィータとR戦闘機の共同攻撃を髣髴とさせる機動で目標へと接近し、チンクが付与された速度もそのままにボード上より飛び降りた。
彼女は身を起こそうとするゲインズの肩上へと着地、瞬時に頭部へと走り寄るとその手で以って漆黒の装甲へと触れる。

「やった・・・!」

思わず、なのはの口から歓喜の声が零れた。
他の攻撃隊員も、ウェンディも同様だろう。
チンクのIS「ランブルデトネイター」は、金属に触れる事でエネルギーを対象内部へと蓄積させ爆発物と化す能力だ。
対象のサイズ制限や、制限内であっても大型であればあるほど蓄積に時間が掛かるといった欠点はあるものの、非常に強力な能力である事には違いない。
そしてそれらの問題点は、他ならぬチンク自身が最も良く理解しているだろう。
だからこそ彼女は、頭部装甲ではなく制御系が内包されているであろう、頭部センサー類の密集域へと触れたのだ。

『チンク姉、離れて!』

ウェンディの念話。
なのはが、皆が、同様の思いでチンクの離脱と、ISの起爆を待った。
しかし。

『・・・駄目だ』

チンクより返された念話は、苦渋と絶望に満ちたものだった。



『エネルギーが・・・エネルギーが流入しない! 特殊電磁装甲だ!』



瞬間、なのははアクセルシューターを放つ。
ゲインズの左腕が、チンクを鷲掴みにすべく動き出したのだ。
それを阻止すべくシューターを放ったものの、その弾速ではゲインズの動きを阻止するには間に合わない。

しかしなのはに先んじて、ウェンディがエリアルキャノンを、他の攻撃隊員2名が砲撃魔法を放っていた。
3発の砲撃がゲインズの左半身を襲い、その巨体を衝撃と着弾時の爆発とで吹き飛ばす。
チンクは着弾直前に、迫り来るゲインズの腕を無視して跳躍。
彼女を捕えるべく伸ばされた腕が空を切り、それでもしつこく後を追おうとするマニピュレーターをアクセルシューターが弾く。
更には、チンクが放ったスローイングナイフ「スティンガー」が頭部センサー近辺へと接触し、直後に爆発。
センサー事態を破壊するには到らずとも、数瞬の間その機能を奪う。
直後、一連の戦闘行動の間に集束を終えた4人の砲撃魔導師から同時砲撃が放たれ、光の奔流はゲインズの巨体を呑み込んだ。

轟音と爆発。
攻撃隊に間に、歓声はない。
絶対的な威力を誇る砲撃を4発も直撃させたにも拘らず、誰もが敵を撃破したとの確信を得られずにいた。
事実、砲撃魔導師は次なる砲撃の準備に入り、他の魔導師は直射弾の発射に備えている。
チンクはスティンガーを手に爆炎の向こうを睨み、ウェンディに到っては「AC-47β」が許す限りの出力を以って無数のフローターマインを着弾地点付近へと配置していた。

『Caution. DOSE 60%』

レイジングハートより警告。
「AC-47β」内のエネルギー蓄積率が、臨界点へと近付いている。
しかし、此処で排出を実行する訳にはいかない。
エネルギー蓄積による魔力増幅率の増大をキャンセルする事への抵抗だけでなく、何時またゲインズが動き出すとも知れぬこの状況下で、8秒間にも亘る無防備な状態を曝す事などできる筈もなかった。

『一尉・・・!』
『分かってる、来るよ!』

そして、その危惧は的中する。
爆炎の向こうより振るわれる、巨大な光の刃。
フローターマインが片端から爆発を起こし、複数の砲撃魔法と無数の直射弾が炎に揺らめく巨大なシルエットへと襲い掛かる。
最早、鼓膜が正常な機能を放棄せんばかりの轟音と振動が響き渡った後、なのははクラナガンでの戦闘時と同じく、祈る様な思いで着弾地点を見詰めた。

もう動くな。
頼むから、これで終わってくれ。
もう勝ち目はない、戦う意味など無いのだ。
おとなしく、そのまま眠っていれば良い。

「・・・っく!」

無情な轟音と共に、炎に塗れた構造物の破片が周囲へと撒き散らされる。
ゲインズは、機能を停止してはいなかった。
左脚を失い、胴部を抉られ、頭部の約半分を消し飛ばされながらも、その巨大な右腕のブレードを振り翳し、攻撃隊へと襲い掛かる。
しかしスラスターを損傷しているのか、その動きには先程までの驚異的な速度が感じられない。
それでも十分な脅威ではあるのだが、なのはの胸裏には僅かな余裕が生まれた。

これならいける。
皆に時間を稼いで貰い、スターライトブレイカーで止めを刺す。
如何に特殊な防御措置を施された装甲であろうとも、半壊した状態で集束砲撃を撃ち込まれれば一溜まりもないだろう。

『一尉、奴の左腕が!』

勝利への確信を得たなのはの思考は、しかし次の瞬間には焦燥に支配されていた。
チンクからの念話により、ゲインズの左腕へと視線を投じたなのはは、其処に存在するものを見るや否や叫びを上げたのだ。
その視線の先には、中央から上下へと割れた盾と、その先端より伸びる右腕と同様の機構。

「退避して!」

直後、ゲインズの左腕より、全長が30mを優に超えるブレードが展開された。
右腕のそれが全長約20m、2つの刃が腕部の甲と平行に伸長しているのに対し、新たに展開された左腕のブレードはより長大であり、巨大な単体のそれが腕部の甲に対し垂直に形成されている。
どうやら、より大型の敵性体に対すべく装備された、大威力兵装であるらしい。
ゲインズは右腕を左側面の腰部へ、左腕を右肩部上方へと回し、更に全身を左へと傾けつつ攻撃隊へと迫り来る。
そして、その破滅的な攻撃は実行された。

1撃目。
全身の捻りと共に振りぬかれた腕部、更には機体左後方のスラスターとバーニアの噴射による加速を受けて放たれた、右腕のブレードによる横薙ぎ。
ブレード先端の速度は極超音速を突破し、それに触れた構造物、更には掠っただけの構造物すら「消滅」させる。
しかし間一髪、攻撃隊はそれを回避していた。

2撃目。
1撃目と同様に全身の捻りとスラスター・バーニアによる噴射の加速を受けて放たれたそれは、横薙ぎではなく上方よりの袈裟懸けに振り下ろされた。
右腕のそれを更に上回る速度で放たれた斬撃は、3名の魔導師を文字通りの塵と化す。
悲鳴が零れる事はなく、血肉が飛び散る事もなかった。
「消滅」。
唯、「消滅」したのだ。
それを目にしたなのは他、攻撃隊員の誰もが、怨嗟の声を洩らす余裕など持ち合わせてはいない。
脳を揺さぶる轟音と衝撃により、意識を保つ事で精一杯だったのだ。
そして、その隙を狙うかの様に、有り得る筈のない「3撃目」が放たれる。

3撃目。
左腕を振り抜いたゲインズは、その右肩を攻撃隊の正面へと曝していた。
破損した装甲を隠す事もなく、ゲインズは右腕を頭部前面へと翳し、肘部を前方へと突き出す。
その様を目撃した攻撃隊が、朦朧とする意識のままに回避行動を開始しようと試みた時には、既に遅く。



爆発するスラスターの炎と共に、漆黒の巨体により8名がその身体を押し潰されていた。



「・・・ぅぁああ!」

瞬間的に超音速を突破したゲインズの巨体は、一瞬にして8名の魔導師を挽肉と化し、さらには周囲の魔導師をも衝撃波により害する。
しかし破損した推進機構ではその運動を制止する事はできず、そのまま抉られた艦内構造物の壁面へと衝突、全ての動作を停止した。
衝撃波に吹き飛ばされ、壁面へと叩きつけられていたなのはは、何とか身を起こし周囲を見渡す。

「・・・あ・・・あぁぁ・・・!」

無事な者は、1人として存在しなかった。
ある者は意識を失い、ある者は重傷を負い、ある者はその命を奪われている。
構造物の残骸に串刺しとなって息絶えている者もあれば、鋭いエッジ状の破片によって胴を上下に分かたれてなお息を残している者もあった。
命に別状がないと思われる者の中にもまた、四肢が異常な方向へと捻じ曲がり不気味な痙攣を繰り返している者、呼吸と共に咳き込み血を吐く者、血塗れの手で自身の目を押さえ悲鳴を上げ続ける者など、目を覆いたくなる様な惨状の中に身を置く者が複数存在する。
だがそれでも、戦闘の継続に支障がない者達から、続々と念話が飛び込んだ。

『一尉・・・一尉! 無事ですか!?』
『ウェンディ!? ウェンディ、何処だ!? 返事をしろ、ウェンディ!』
『・・・アタシは無事ッス、チンク姉。そっちこそ大丈夫ッスか!?』
『あの野朗! やりやがったな、鉄屑め!』

それらの念話を聞きつつも、なのはは答えるだけの余裕を持たなかった。
喉の奥から込み上げる、強烈な鉄分の臭い。
直後、彼女の口から赤い飛沫が吹き出した。
白いバリアジャケットに、点々と赤い染みが拡がりゆく。

拙い。
先程の衝撃で、何処か内臓器官を傷めたらしい。
身体が思う様に動かないという事は、余程に深刻なダメージを負ったという事か?

思わず屈み込み、血を吐き出すなのは。
耳を覆いたくなる様な音と共に赤い飛沫が弾け、元の優美さを欠片も残さぬ床面へと赤い水面が出現する。
呆然と、自らより流れ出た生命の液体を見詰める彼女の肩を、誰かが軽く叩いた。
ゆっくりと振り返れば、其処には回復魔法の名手たる局員と、彼女を連れてきたであろうウェンディの姿。
局員の顔は焦燥を浮かべ、ウェンディは今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
自身はそんなに酷い状態なのか、と何処か他人事の様に思い浮かべるなのは。
その後方で、絶望を煽る轟音が響き渡った。

「・・・そんな」

呆然と呟いたのは、局員か、ウェンディか、それともなのは自身か。
振り返り投じた視線の先で、ゲインズがゆっくりと身を起こし掛けていた。
その巨体は左脚に次いで右腕を失い、胴部右側面の装甲は殆どが粉砕され脱落している。
しかしその動きは些かの躊躇すら見せず、ただ攻撃再開を目指し残された左腕を以って身を起こし、残された頭部センサーの光をなのは等へと向けた。
その瞬間、なのはの肩を支えていた局員の腕が跳ね、ウェンディからは小さく悲鳴が上がる。

殺される。
なのはは理解した。
このままでは、3人とも殺される。
意思ある者としての抵抗すら許されず、蟻の様に踏み潰されるだろう。

周囲の生存者達が、自らを害しようとする悪魔へと抗う。
無数の光弾が漆黒の巨体を襲い、回復魔法を使える者達はこの状況下に於いても負傷者の治療を続けていた。
なのはの肩を支える彼女もまた治療を中断する事なく、「AC-47β」により増幅された魔力を以って臓器の損傷を癒し始める。
急速に消えゆく体内の違和感、そして全身を襲う倦怠感。
これならば、然程の時間を掛けずに戦闘へと復帰できるだろう。
しかし、それでもゲインズの攻撃再開には間に合わない。
現にその漆黒の巨体は今、バーニアによって宙へと浮かび上がっているのだから。

「・・・アタシ達・・・終わり、なんスか?」

ウェンディの呟き。
答える者は居ない。
損傷したスラスターでの加速はやはり無理があったのか、ゲインズは不自然に巨体を揺らしつつ攻撃隊へと向き直る。
振り上げられる左腕。

怒りも、焦燥も、諦めすらなく。
なのはは、ただ呆然とその様を眺めていた。
そして遂に、青白い光を放つ巨大なブレードが振り下ろされようとした、次の瞬間。



爆発と見紛うばかりの光が、ゲインズを呑み込んだ。



「ぁ・・・!」

何も聴こえなかった。
音が無かった訳ではない。
余りの轟音に、鼓膜が破れたのだ。
視神経を焼かんばかりの閃光に視界が眩み、何もかもが白い壁の向こうへと消える。
次いで全身を襲った衝撃に意識を手放し、しかし更なる衝撃により無理矢理に意識を覚醒させられた。
2回ほどそれを繰り返し、漸く視界が回復してきた頃に全身を捉える浮遊感。
何とか首を回らせて周囲を見やれば、あらゆるものが宙へと浮かんでいる。
破片が、デバイスが、局員が、死体が。
何ひとつ落下する事なく、宙へと浮遊しているのだ。
状況、無重力状態へと移行。

『一尉・・・一尉!』

念話での呼び掛け。
これはチンクか。

『チンク・・・何?』
『無事か、一尉!? 周りを見てみろ!』

その言葉と共になのはは、漸く鮮明となった意識の中へと周囲の状況を映し出す。
そうして認識した光景は、余りに非常識なものだった。

「何・・・これ・・・?」

ゲインズの存在していた地点には、何もなかった。
ゲインズのみが消え去っているのではない。
周囲の構造物も、裂けたゆりかごの外殻も、床面も壁面も上部構造物も。
一切合財が消滅し、何もない暗闇のみが拡がっていた。
そして、数百mほど前方であろうか。
巨大な次元航行艦の断面が、まるで艦体を半ばより折り取られたかの様に、内部構造を攻撃隊の視界へと曝していた。



「聖王のゆりかご」は艦体中央部を消し飛ばされ、半ばより2つに分かたれていたのだ。



「・・・聴こえますか? 一尉、この声が聴こえますか?」

突如、聴覚が機能を回復し、背後より声を掛けられる。
振り返れば、先程の局員がデバイスを片手になのはの治療に当たっていた。
当の彼女は自身の負傷すら後回しにしているのか、全身に血を滲ませたまま息を荒げている。
なのはは咄嗟に彼女の肩を支え、後方のゆりかごの残骸へと飛ぶ。
その一部へと彼女の身を横たえたなのはは、少々声を荒げて容態を診た。

「無茶しないで! まずは自分の身体を・・・」
「私は大丈夫です、大した事はありません・・・それより一尉、あれを・・・」

なのはの言葉を遮り、彼女は頭上を指し示す。
その指の向く先を辿り、なのははそれを視界に捉えた。

「・・・まさか!」

それは、忌まわしき存在。
自身を含め、管理局員からの無限にも等しい敵意を向けられる、異質な質量兵器。
決して生み出されてはならぬ、邪なる力。
そして、自らの故郷たる第97管理外世界が生み出した、最大にして最悪の過ち。



「R-TYPE」



「今のは・・・波動砲!?」
「波動砲って・・・質量兵器って、ゆりかごを割れるものなんですか・・・?」

呆然と言葉を交わす間にも、純白の機体と青いキャノピーを持つR戦闘機はゆりかご前部へと接近し、その機首に装着されたフォースの先端へと青い光が集束を始める。
どうやらあの機体は、ゆりかごの半身を跡形もなく吹き飛ばすつもりらしい。

「駄目・・・!」

知らず、なのはは飛び出していた。
背後の彼女からの制止も聞かず、一心に不明機体へと向かう。

駄目だ、あれを破壊させてはいけない。
あの中には、間違いなくヴィヴィオの姉妹、若しくは兄弟が居るのだ。
それを救い出すまでは、ゆりかごを破壊させる訳にはいかない。

「止めて!」

叫び、レイジングハートを構える。
しかしR戦闘機は彼女より僅かに早く、波動砲のチャージを終えたらしい。
瞬間、フォースの先端で青い光が炸裂し。



同時に、周囲の構造物を巻き込みつつゆりかご内部より放たれた虹色の砲撃が、R戦闘機の機体側面を貫いた。



「・・・嘘だ」

視線の先、広範囲へと拡散した波動砲の着弾により、残った艦体の殆どを破壊されたゆりかご。
その原形を留めぬ残骸の中、剥き出しとなった玉座の間。
記憶に残るそれよりも遥かに広大な空間となっている其処に、それは悠然と佇んでいた。

「嘘だよ・・・」

巨大な鋼色の胸像。
言い表すのならば、これが最適な表現だろう。
全高、約40m。
異形の甲冑を思わせるそれには四肢が存在せず、額からは巨大な赤い結晶構造物が覗いていた。
なのはは知っている、その結晶の名を。

「嘘だ・・・有り得ない・・・」

「レリック」。
第一級捜索指定ロストロギア。
嘗て機動六課が回収に奔走し、ジェイル・スカリエッティが己が野望の為に収集し、体内にそれを宿したヴィヴィオを聖王と化した、過去の高度次元文明が遺した負の遺産。
しかし、なのはは知らない。
否、誰も知る筈がない。
直径が「4m」を超えるレリックなど、存在する筈がないのだから。

「信じないよ・・・」

そして、その巨大な甲冑の周囲を取り囲む、魔力の壁。
虹色の光を放ちつつ周囲を破壊し行くそれが、更に凶暴に、凄絶に、嵐の如く吹き荒れる。
聖王の証、カイゼル・ファルベ。

「あれが・・・あれが・・・ヴィヴィオの・・・」

直後、その頭部より放たれた無数の誘導操作弾と、レリックより放たれる豪雨の様な高速直射弾の弾幕が空間を埋め尽くした。
R戦闘機がフォースを盾にそれらを受け止め、甲冑の頭部へと波動砲を叩き込む。
轟音と共に砕ける頭部側面。
粉砕された甲冑、その輪郭部に残った破片が周囲へと拡散してゆく。
爆発と粉塵が収まった時、甲冑の粉砕跡から覗いていたのは、余りにもおぞましい生命体、その歪み切った形相だった。

「兄弟なんて・・・」

他者の命を呪い、自身の生を呪い、自身を呪う者を呪い、他者の幸福を祈る者をすら呪い、この世の全てを呪い尽くしてもなお足りぬといわんばかりの、その形相。
憤怒と、恐怖と、絶望と。
害意と敵意と殺意と悪意が渾然一体となり、次元世界全ての生命を喰らわんとするかの様な、憎悪と怨嗟とに塗れたその造形。
砕け散った甲冑の右側面より覗くそれは、翡翠の様な「碧」の眼を持っていた。
そして、更なる砲撃により破損した甲冑頭部の間隙より現れた、その残る眼は。

「・・・認めないッ!」



紅玉の如き、鮮やかな「赤」であった。



異形の咆哮と共に、甲冑胸部が上下へと開放される。
其処より覗くは、生命の鼓動を刻む黄金色の球体。
そして、R戦闘機が、魔導師達が、その力の矛先を異形へと定めた瞬間。



虹色の光が、暴風となって解き放たれた。

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最終更新:2015年10月26日 07:32