ミッドチルダ北部、聖王教会本部。
その一室で八神 はやては、自身が姉の様に慕う人物と相対していた。
クラナガンが不明機体群に襲撃されている今、本来ならばこんな所に居て良い筈がない。
しかし襲撃の直前、彼女を呼び出したのは、他ならぬ目前の人物。
その上クラナガンに戻ろうにも、各交通手段は完全にストップしている。
複数の次元断層が観測されているこの状況では、転送を用いる事もできない。

何より、相手は空戦魔導師など問題にもならぬ超高速・高機動を誇る、正真正銘の「戦闘機」。
それも、はやての知るようなジェットエンジンと空力特性によって飛翔するものではなく、かといってガジェットの様に魔力機関による重力制御を用いている訳でもない、未知の科学技術によって構築された異形の機体。
前線から地上本部を経由して送られる情報、異常極まるその戦闘能力。
常軌を逸した機動性で魔力弾を回避、明らかにS級砲撃魔法に匹敵する威力を持つ質量兵器を連発し、一瞬にして都市区画を業火の海へと沈める、悪鬼の如きその力。
そんなものがうろつく戦場へと介入したところで、後方支援に特化したはやてができる事などありはしない。
幾ら大威力・広範囲を誇る広域殲滅魔法を修めていようと、放てなければ意味が無いのだ。
ただでさえ詠唱に時間の掛かるそれを、援護すら満足に受けられない状況で発動まで漕ぎ着ける事など到底不可能。
例え発動したとして、不明機体群がその範囲内に留まっている筈が無い。
最悪、魔法陣の展開と同時に攻撃を受ける事も考えられる。
つまり、後方からの大規模魔法による制圧を得意とするはやては、高機動兵器を相手取る今回の戦闘に於いて、全くの戦力外。
無論、その事は彼女自身が最も良く解っている。
だからこそ彼女はこうして教会本部に留まり、信頼する友と家族が道を切り開いてくれる事を信じ、己のできる事を為そうとしているのだ。

「・・・何でや」

だが、彼女が心から信頼する者の1人、目前の女性。
カリム・グラシアから告げられた言葉の内容は、そんな彼女の覚悟を裏切るものに他ならなかった。

「・・・聖王教会に属する者、「教会騎士」カリム・グラシアとしての決定です。危険性は無いものと判断し、報告は教会内部に止めました」

鼓膜を叩く、冷たさを含んだ女性の声。
其処には普段の親しみを感じさせる色は存在せず、ただただ無機質に真実を口にする。
だが、はやては気付いていた。
その声が、抑え切れない感情に震えている事に。
それを取り繕う事すらせず、カリムは続ける。

「ジェイル・スカリエッティ事件の後より、管理局は聖王に関するあらゆる情報、そして古代ベルカ時代の技術に関して過剰な程の警戒心を抱いています。危険性が無い以上、徒に混乱を招く事態は避けるべきと判断しました」
「それを・・・それを私が信じると、本気で思っとるんか? 私が、そないな言葉を信じると?」

一切の虚実を許さない、苛烈なまでの意思が込められた言葉。
手元の書類からカリムへと視線を移し、はやては弾劾の意を突き付ける。
その視線を受けつつ、カリムは手にしたティーカップに揺らめく紅茶の水面へと視線を落としたまま、坦々と言葉を紡いだ。

「現在、クラナガンを襲っている所属不明の次元航行機群に関しては、それを予見させる表現は何処にも見当たりません。もうひとつの第97管理外世界についても同様。故に、その文面から現状を予測する事は困難だったと判断できます」
「エスティアの件は? この文面の内容が指しているのは、明らかにエスティアの件や。もっと早く、この内容が知らされていれば・・・」
「はやて」

次第に熱を帯びゆくはやての声を遮り、カリムは幾分和らいだ声で語り掛ける。
窘める様に、落ち着かせる様に。

「貴方も知っているでしょう? この技能は予言ではない。これは飽くまで収集された情報に基づく予想であって、未来予知ではない。例えこの内容が管理局の知るところであったとして、エスティアを救う事に繋がっていたとは限らないわ」
「カリム、ふざけるのも大概にしいや。確認済み次元世界ほぼ全域の情報を収集するプロフェーティン・シュリフテンが、「奇跡」なんて曖昧な表現を用いる事は今までに無かった筈や。これを異常やないとでもいうつもりなんか」
「はやて。希少技能とはいえ、これも「魔法」の一種よ。通常の次元世界では通用する筈だけれども、魔法体系の、次元世界の理からすらも外れた事象を詠み取る事などできる訳がない。そんなものが存在するなど、少なくとも今までには有り得ない事だったのだから」

ふと視線を上げ、弱々しく笑みを浮かべる。

「理解できない事象は、「奇跡」と表現するより他に無いわ」

自嘲するかの様に呟き、静かに紅茶を啜るカリム。
カップがソーサーに戻されるまでの一連の動きを、はやてはより鋭さを増した双眸で観察していた。
その視線を、自らの前に置かれたカップへと移す。
その水面に湯気は無い。
疾うに冷め切っている。
香りからして良い茶葉だったとは解るが、それを無駄にした事について何ら感傷は浮かばなかった。
揺らめく水面に映る、対面に座したカリムの歪んだ輪郭を見つめ、呟く。

「聖王教会としては、何としてもこの予言だけは成就させなければならない。障害となり得る管理局からの干渉は避けるべし、ちゅう訳か」

失望、悔恨。
そして親に置いて行かれた子供の様な、悲哀と不安。
筋違いだと冷静に己を諭す内なる声とは裏腹に、滲み出すそれらを抑える事もできず、はやては縋る様にカリムへと目をやる。
嘗てジェイル・スカリエッティ、そして聖王のゆりかごという脅威に対し、共に立ち向かった仲間。
そんな彼女自身の言葉によって、否定して貰いたかった。
その様な意図は無い、考え過ぎだと。
カリムが、口を開いた。

「・・・私達が崇めるは「聖王」。その「復活」が詠まれた以上、教会がそれを妨げねばならない要因は存在しません」

全身を襲う虚脱感。
はやての手から、1枚の書類が零れ落ちる。
紙片の片隅には「新暦76年」の文字。
そして、ほぼ中央に記された詩文が、窓からの陽光に鈍色の光を放った。



『其は奇跡なり。勇猛なる古き騎士、正義に殉じし戦士、災いに消えし幾多なる生命。虚空の果てに消えし者共、虚空の果てより蘇り、主なき船を道標とし、我らが前へと凱旋す。率いたるは我らが王、真に蘇りし翼を駆りて、我らが前へと現れる。番となりて現れる』



「っらあああぁぁぁぁッッ!」

裂帛の気合、そして魔力噴射による加速を以って叩き込まれた戦槌の一撃が、巨人の右腕を打ち砕く。
左腕の砲身を狙った一撃だったのだが、敵が咄嗟に身を捻って砲身を庇った為に右腕へと直撃したのだ。
舌打ちをひとつ、ドレスにも似た白い騎士甲冑に身を包んだ少女は、眼下に犇くビル群へと急降下を開始した。

「畜生、失敗した! 何だアイツ、あんな図体のクセに早ぇ!」
『ヴィータちゃん、後ろ!』

己に融合したデバイス、リィンフォースⅡの警告に背後を見やれば、先程の巨人が此方へと砲口を翳し、今にも発砲せんとする瞬間が目に入る。
すぐさま回避運動に移る少女、ヴィータ。
しかしながら、彼女を狙った砲撃が放たれる事はなかった。
青い閃光と共に、巨人が爆発・四散したのだ。

「なっ・・・」
『ヴィータちゃん、あれ!』

直後、巨人の滞空していた地点を突き抜ける、青いキャノピーの不明機体。
減速する素振りすら見せずに直進、そのまま別の巨人へと肉薄、球状兵装の先端から何かを射出した。
次の瞬間、巨人の全身を無数の爆発が覆い尽くす。
大気を震わせる炸裂音、途切れる事の無い爆発。
そして轟音と共に一際巨大な爆発が連続して起こり、僅かな破片を残し巨人が四散する。
爆炎を突き抜け、新たな獲物を求め彼方へと消え行く不明機体。
その姿を見送りつつ、ヴィータは苛立たしげに叫んだ。

「助けたってのかよ、アタシを・・・何様のつもりだ!」
『落ち着いて下さい、ヴィータちゃん! 都市を攻撃しているのはあの巨人です! 不明機はあれと敵対しているみたいですし・・・』
「だから余計に訳が解らねーんだッ! 先に攻撃してきたのはあの機体どもじゃねーか! 何であいつらがクラナガンを攻撃する連中を墜としてるんだ!?」

その言葉も終わらぬ内、またしても上空で轟音が響き、白い光が周囲を染め上げる。
見上げれば、凄まじいまでの光の奔流に呑まれ、文字通りに消滅する巨人の姿。
圧倒的な力による蹂躙。
その余波は地上にも達し、拡散する光の奔流が数棟のビルを呑み込んだ。
衝撃、そして爆発。

「ッ・・・あいつらッ!」
『・・・クラナガンを守っている訳ではないみたいですね。あの巨人達を討つのが目的みたいです』

着弾の余波は想像以上に大きかったのか、ビルが次々と倒壊してゆく。
この地区の避難が完了したという報告は受けていない。
数分前から始まった巨人どもの無差別砲撃とも併せ、民間人にどれ程の被害が出ているか、2人には想像も着かなかった。

そもそも2人は当初、クラナガンの北部区画にて対空戦闘を行っていたのだ。
ところが、不明機体群が西部へと集結を始めた為に、各方面へと散っていた管理局部隊はその地点へと取り残される形となった。
警戒の為に一部を残し、ほぼ全ての部隊が西部へと急行。
しかし状況は既に一変しており、新たに出現した所属不明勢力によりクラナガン西部区画一帯が戦場と化していた。
先に現地へと到達した部隊が交戦していたのは、空翔る鋼鉄の巨人によって編制された軍勢。
無差別に地上を砲撃し、その恐るべき威力を秘めた質量兵器によって都市を崩壊させゆく、悪魔の群れ。
不明機体ほどの機動性は無い為に攻撃を当てる事は可能であったものの、その分厚い装甲は並みの砲撃魔法であれば少々の破損程度で防ぎ切ってしまう程の強固さを誇っていた。
加えて、一撃でビルを全壊させる程の砲撃を文字通り連発する、左腕の異常な質量兵器。
都市を守るどころか、全滅までの時間を先延ばしにするのが精一杯だと、口にはせずとも誰もが理解していた。

ところが、援軍は意外な形で現れたのだ。
巨人どもの後を追う様に、西部よりクラナガン上空へと侵入した十数機の不明機体。
それらは、対空戦闘を継続する管理局部隊には目も呉れず、巨人達に対する攻撃を開始したのだ。

クラナガン西部区画の上空にて交叉する、無数の光。
在りし日にミッドチルダを、そして古代ベルカを崩壊寸前にまで追い込んだ大戦すら思い起こさせるそれは、地上より撃ち上げられる魔法の砲火とも相俟って、この世の地獄と呼ぶに相応しい光景を現出させていた。
既に西部区画の高層ビル群は、巨人の砲撃により4割が倒壊、もしくは地下基礎部分より完全に崩壊している。
レールウェイは至る箇所で寸断され、駅は停車中の車両諸共吹き飛んだ。
撃墜された巨人が地上で爆発を起こし、同じく推進部を破壊された不明機体がビルを貫き炎上する。
都市の其処彼処から幾筋もの黒煙と粉塵が遥か上空まで噴き上がり、魔導師達はその合間を縫う様にして戦闘・民間人の救助に当たっていた。
だがそれも、巨人の砲撃、そして不明機体からの砲撃の余波により、思う様に進まないのが現状である。
民間人の避難は言うに及ばず、巨人に対する隙を突いての奇襲も、その耐久力と反応の鋭さにより成功しているとは言い難い。

そして何より、不明機体群による攻撃の激しさこそが、管理局部隊にとって最大の脅威であった。
彼等の攻撃は明らに巨人を狙った物ではあったのだが、その威力・範囲は余りにも大き過ぎた。
巨人を撃墜した砲撃の一部が、その威力を保ったまま都市へと着弾するのだ。
着弾時の被害は、巨人の砲撃に勝るとも劣らない。
何より、性質の悪い事に無数の砲撃を同時に、更に拡散させて発射する機体が複数存在するのだ。
複数の巨人を纏めて消滅させるそれは、しかし同時に多大なる破壊を都市へと撒き散らす。
その攻撃に、都市への被害拡大に対する躊躇は一切感じられず、ただ怨敵に向けるかの様な狂気じみた憎悪、そして過剰なまでの恐怖が浮き彫りとなっていた。
凄惨に、完全に、一片の容赦無く。
只々、目前の敵を殲滅する事だけを優先した、慈悲無き破壊の嵐。
既に彼等にとっては、眼下のクラナガンなど目に入ってはいないのだろう。
無論、其処に存在する一千万を超える人々の存在も。

「畜生!」
『また来ましたよ! 人型、8体です!』

憤りに悪態を吐くヴィータ。
そんな彼女に、またしてもリィンから警告が飛ぶ。
砲撃を放ちつつ、クラナガンへと侵入する8体の異形。
直後に不明機体からの砲撃、更に地上からの砲撃魔法により、3体が撃墜される。
しかし残る5体は散開、内2体が不明機体群と交戦、3体がクラナガン中央区画を目指し低空・高速での侵攻を開始。
遥か前方で3体の異形に対し、管理局部隊による対空戦闘が開始される。
冷静さを覆いつつある怒りに歯軋りしつつ、ヴィータは自身の相棒へとカートリッジを装填、肩に担ぐ様にして振り被った。

「リィン! アイゼン! 覚悟決めろッ!」
『Jawohl!』
『ヴィータちゃん!?』
「此処でアイツらを中央区に入れれば、あの連中もそれを追う! 避難所の集中する中央区であんなモンぶっ放されてみろ! どれだけ死人が出るか分かったモンじゃねぇぞ!」
『あ・・・!』
「だから!」

ロードカートリッジ2発。
グラーフアイゼンをギガントフォルムへ。

「何としても此処で! ブッ潰すしかねぇッ!」

巨人の頭部に魔力弾が直撃、センサーの機能を遮られたか、本来の動きに比べ幾分直線的な回避行動を開始する。
殺到する砲撃魔法。
その合間を突き、ヴィータは突撃を開始した。

「ギガント・・・」

敵との距離が50mを切った地点で急制動、ハンマーヘッドが巨大化、更に柄を伸長させる。
グラーフアイゼンを振り被った状態から更に身を捻り、魔力によって強化された筋力で柄を強く握り締めた。
此処で漸く、敵は自身の軌道上に位置する彼女の存在に気付いたらしい。
即座に進路を変更するものの、最早手遅れだ。
完全に自身の射程内へと敵を捉えた事を確認し、ヴィータは全身の力を開放せんとした。
しかし。

「シュラー・・・ッ!?」
『あ、ぐッ・・・!』

その力が、敵へと放たれる事は無かった。

「・・・え?」

突如として、背面から腹部へと走った衝撃。
視界を掠める青い光線。
そして身を締め付ける様な圧迫感。
これは。
この感覚は。

「A・・・M・・・F・・・?」

間違いない。
この感覚は、JS事件の際に六課を苦しめた、あの魔法防御機構。
動作範囲内の魔力結合を崩壊させ、魔法の発動すら封じる異質な魔法装置。
それが何故、この状況で?

『ヴィータ・・・ちゃん・・・』
「リィン・・・?」
『お・・・お腹・・・早く・・・手当て・・・』
「え?」

途切れ途切れに発せられる、リィンの声。
その言葉に従い、自身の腹部へと視線を落とすヴィータ。
目に入ったのは、鮮烈な赤によって徐々に侵食されてゆく、白い騎士甲冑の腹部。

「え・・・これ・・・」
『う、後ろ、です!』

続く声に、咄嗟に振り返る。
そして、その存在がヴィータの視界へと飛び込んだ。

「・・・何、で?」

青み掛かった灰色の装甲。
鷲の嘴を思わせる曲がった機首。
機体上部のミサイルポッド、下部のレーザー砲門。



「ガジェット・・・!」



かつて、ジェイル・スカリエッティの尖兵として管理局との戦闘に投入され、数多の魔導師を地へと沈めた、魔法動力機関を核とする戦闘攻撃機。
ガジェットドローンⅡ型の姿が、其処にあった。

「コイツが・・・どうして・・・」

喉を遡る血の臭いに咽ながらも、ヴィータは嘗ての敵を睨む。
その頭上を、4機ずつの編隊を組んだ無数のⅡ型が、轟音と共に通過した。
立ち上る黒煙と粉塵の間に引かれた幾筋もの白線を、融合したリィンと共に呆然と見上げるヴィータ。

その眼前、ホバリングによって中空へと留まったⅡ型のレーザー砲門に、青い光が点る。
直後、ヴィータの視界を、光が覆い尽くした。



「このぉッ!」

桜色の砲撃が、鎌状の近接兵装を備えた機械兵士を撃ち抜く。
嘗て彼女を死の淵へと追いやった、古き王の船を守護せし機械兵。
それが、大型機動兵器の移動と時を同じくして、この第4廃棄都市区画へと群れを成して出現していた。

『上だ、高町!』

念話による警告。
瞬時に後退し、頭上からの砲撃を躱すなのは。
2発の砲撃は、既に倒壊したビル群の跡地へと着弾し、その地下構造物を根こそぎ吹き飛ばす。
直後、地上各所から放たれた複数の砲撃魔法が、1体の巨人へと四方から殺到した。
四肢をもがれ、落下を始める胴部。
その中心に、不明機からの砲撃が叩き込まれる。
爆発。

「やっぱり・・・!」

上空に残る1体へと、不明機体群が発射したミサイルが迫る。
銀に輝く金属片の様なものを肩より放ち、巨人は回避行動へと移った。
しかし其処に、地上より放たれた無数の誘導操作弾が殺到、左腕部砲身を吹き飛ばす。
反動にて体勢を崩した巨人へと、欺瞞装置による妨害を掻い潜ったミサイル群が直撃、爆発が中空を埋め尽くした。
敵、消滅。

『515より各空戦魔導師! ガジェットどもが翼を出しやがった! 包囲されるぞ!』

地上部隊からの警告。
すぐさま周囲に視線を走らせれば、廃棄都市区画の至る所から、先程のガジェットが上昇する様が目に入る。
その数、優に200以上。

「多過ぎる・・・!」

レイジングハートを構え、手近な数機へとアクセルシューターを放たんとするなのは。
しかしその背後から、深紅の影が躍り出る。
あの機体、なのはとの交渉に当たったものと同型機。
残る5機の内1機だった。
更に上空から、もう1機の同型機が急降下を掛けている。
直後、耳障りな高音と共に、想像を絶するほどの閃光が放たれた。

「ッ・・・!」
『冗談じゃない・・・!』

眩い光に閉じた瞼を再度開いた時、視界を埋め尽くさんばかりだったガジェットの影は、残らず消え去っていた。
「1機残らず」だ。
正面、左側面、右側面、下方、上方。
ガジェットが出現しなかった後方を除く、全ての方角に存在していた敵影が、跡形も残さず消え去っていたのだ。
否、微かに落下してゆく、炎を纏った破片のみが、先程のガジェットの群れが幻影でなかった事を示している。
つまり、200機を超えるガジェットが、僅か2機の不明機体によって撃破されたという、信じ難い事実を証明していた。
同時になのはは、AMFの影響が完全に消失した事を、感覚を通じて認識する。

『・・・こちら高町、AMFの消失を確認。隊長、そちらに敵は?』
『・・・今ので消えちまったよ。信じられん。俺達を追い回していた時とは比べ物にならんな』
『くそ、舐めやがって。あれがお遊びだったってのか!』

戦技教導隊各員に確認を取るものの、ガジェットの姿が残っているという報告は確認できない。
隊員達の悪態を耳にしつつ、なのはは呆然と周囲を見渡した。
第4廃棄都市区画のほぼ全域から、黒煙と粉塵が立ち上っている。
敵味方を問わず、増援に次ぐ増援の投入により、戦闘の規模は驚異的な速度で拡大していた。
そして同時に、奇妙な協力関係が戦場に築かれる事となる。

無差別砲撃を行い、クラナガンへの侵攻を図る人型兵器群と大型機動兵器。
人型兵器を除く全ての勢力に対し、同じく無差別攻撃を行うガジェット群。
管理局部隊との交戦、そして交渉を中断し、人型兵器・大型機動兵器・ガジェットの全てへと、容赦の無い攻撃を開始した不明機体群。
先程の交渉を耳にしていた為か、不明機体群への攻撃を戸惑い、明らかな敵対行為を取る人型兵器・ガジェットとの交戦を開始した管理局部隊。

各々にとっての敵対勢力が一致した事により、管理局部隊と不明機体群の間には、とある暗黙の了解が生まれた。
即ち、互いを攻撃する事無く、他の勢力に対し限定的な共闘態勢を取る形となったのだ。
互いに交信を交わす事すら無い、御世辞にも味方とは言えない勢力同士による協力態勢。
しかし現状に於いて、それは非常に有効なものとして機能した。
高高度に於ける空対空戦闘及び、都市上空へと群れを成すガジェットに対する一方的な制圧戦を担う不明機体群。
低空へと逃げ込んだ人型兵器に対する迎撃及び、地上を闊歩するガジェット群への攻撃を行う管理局部隊。
各々が得手不得手とする領域に於ける戦闘を明確に区分し、尚且つその境界線に近付く敵に対しては複合された攻撃を見舞う。
数が数ゆえ、クラナガンへの侵入を完全に防ぎ切る事はできなかったものの、それでも僅か15分前後の戦闘で敵の7割を壊滅させる事に成功したのだ。
残る敵についても、クラナガンに残る管理局部隊が迎撃に当たっている事だろう。
更に数機の不明機体が追撃に移った事が確認された為、戦力面での不安は無い。
考えられる問題としては、不明機体群の攻撃の余波が都市に及ぶ事くらいか。

少なくともこの時、なのはを含む魔導師達の考えは、この点で一致していた。
残る当面の脅威は大型機動兵器、ただ1機のみ。
廃棄都市区画の東、約15kmの地点で動きを止めたそれは現在、追撃に移った不明機体群との間で壮絶な対空戦闘を繰り広げている。
それも、恐らくは不明機による攻撃の前に、然程時間を掛けずに無力化されるだろう。
問題はその後、不明機との交渉が再開されるか否か。
そう、考えていた。
しかし。

「後はアレだけだね。レイジングハート、やれる?」
『Off Course』
「じゃあ・・・」
『本部より全局員へ、警告!』
『1044より緊急!』

同時に発せられた2つの通信。
地上本部及び、大型機動兵器追撃の任に当たっていた航空武装隊、双方からの入電。
それらは状況が最悪の方向へと転がり始めた事実を、管理局全部隊へと突き付けた。



『第4廃棄都市区画及びクラナガン西部区画にて次元断層発生! 西部区画、ガジェットドローンⅡ型の多数転移を確認、機数300超! 管理局部隊及び不明機体群と接触、交戦中!』
『大型機動兵器との戦闘に当たっていた不明機体群が全滅! 8機とも撃墜された! ガジェットⅡ型だ! ブースターを装備したタイプ、恐らく新型! 奴ら、不明機に体当たりしやがった!』



爆音。
廃棄都市区画の一画で、巨大な炎の柱が噴き上がる。
何事か、と振り返ったなのはの視界に、獄炎の渦中から飛び出す複数の影が映り込んだ。
ただし、正確な輪郭としてではなく、その後に引かれる凄まじい炎と白煙の帯として。

「え?」

呆然と呟いた瞬間、それは彼女から100mほど横の空間を突き抜けていた。
直径数mほどの白煙の帯が、遥か彼方の廃墟へと突入する。
次の瞬間、轟音と共にその区画が吹き飛んだ。

またも背後へと振り返り、活火山の如く爆炎を噴き上げる廃棄都市区画を見やる。
なのはのみならず、全ての魔導師達がその光景を唖然と見つめる中、悲鳴の様な念話が硬直した意識を揺さ振った。

『1044より全局員! 化け物が何か始めやがった! 機体下部が光って』

通信が途絶える。
同時に、空中に浮かぶなのはにさえ感じられる程の振動が、周囲の大気を揺るがした。
突然の事に、半ば恐慌状態に陥る魔導師達。

『地震だ! くそったれ、こんな時に!』
『崩れる、建物から離れて!』
『飛べる者は空に上がれ! くそ、開けた場所は無いか!?』

そんな念話が全方向へと飛び交う間にも、振動は収まるどころか徐々にその激しさを増してゆく。
誰もがその異常性に気付き始めた頃、地上本部からの通信が信じ難い事実を伝えた。

『ミッドチルダ中央区画全域に於いて地震発生! 震度5、震源はクラナガン西南西20km、震源深度18km!』

クラナガン西南西20km。
それは正しく、あの大型機動兵器が身を据える地点だった。

何が起こっているのか。
1044航空隊に何があったのか。
この地震はあの大型機動兵器が原因なのか。
見慣れないガジェット群を戦域に投入したのは何者なのか。



クラナガンは。
ミッドチルダは、一体「何をされている」のか?



『畜生、こちら601! 被弾したガジェットが突っ込んで』

唐突に飛び込んだ陸士部隊からの念話が、同じく唐突に途絶える。
爆発。
廃棄都市区画の一部が、またしても業火に覆われた。

「・・・まさか!」

なのはが気付いた時には、地上からの弾幕が複数のガジェットを捉えていた。
咄嗟に攻撃中止を伝えようと試みるも、ガジェット後部から爆炎が噴出する方が遥かに早い。
機体下部、または側面に攻撃を受けた筈のそれらは2つのブースターユニットと、更に内側から弾け飛んだ後部装甲の内部に隠れていた無数のマイクロノズルから凄まじい爆炎を発し、瞬時に超音速へと達すると、そのまま都市区画へと突っ込んだ。
視覚が、聴覚が、周囲の状況を把握する為にある全ての感覚が揺さ振られ、遂には物理的な衝撃となって意識を襲う。
衝撃波によって数十mもの距離を吹き飛ばされ、漸く体勢を立て直したなのはの目に映ったものは、廃棄都市区画の南部に聳え立つ巨大な炎の壁だった。

『103、601、661、1711、2013、ロスト! ガジェット群、なおも集結中!』
『805より局員、聞け! 連中は被弾と同時に突撃を開始する自爆型だ! 攻撃は控えろ!』
『ガジェット群、質量兵器を発射!』

今度は比較的小規模の爆発が、廃棄都市区画の至る箇所で巻き起こる。
ひとつひとつの爆発はそれ程の規模ではないものの、その数たるや100や200では到底足りない。
少なくとも数百箇所を下らない地点にて、連鎖的な複合爆発が立て続けに発生しているのだ。
何が起こっているのかは、続く陸士部隊から念話によって明らかとなった。

『クソ、クソ! 奴ら、超小型の誘導弾を山ほど積んでやがる! 撃たなきゃやられる!』
『待て、撃つな! 突っ込んでくるぞ!』
『撃たなくても同じだ! このままじゃどっちみち吹っ飛ぶんだぞ、畜生!』

絶望の滲む声。
その念話もまた、数秒の後に途絶えた。
閃光、爆発。
複数のビルが、折り重なる様にして炎の中へと倒れ込む。

既に、この第4廃棄都市区画に於いては、炎の手が及んでいない場所を探す方が難しかった。
視界に映る廃墟のビル群はその殆どが炎に覆われ、未だ辛うじて原形を留めている建物すらも次々に崩壊、積み木崩しの様に炎の中へと沈み込んでゆく。
その衝撃と圧力によって大気が周囲へと押しやられ、業火の手を更に広範囲へと拡げるのだ。
この中で、どれだけの局員が生存しているというのだろう。
悲鳴を上げる間すら無かったのか、既に大分静かになった全方位への念話を拾いつつ、なのはは呆然と空中に佇んでいた。
元々が対地攻撃に主眼を置いているのか、空中に身を置いていた空戦魔導師達は、異常とも思える程に被害を受けなかったのだ。
そんな彼女達の意識に、新たな念話が飛び込む。

『・・・こちら陸士121部隊。空の連中、聞こえるか?』

場違いなまでに静かな声。
返答を返したのは、戦技教導隊隊長だった。

『こちら戦技教導隊。121、援護する。そちらの位置を・・・』
『そんな事はいい。それより、アンタらは大型機動兵器の撃破に向かえ』

その言葉に、なのはは目を見開いた。
彼等は今、眼下に拡がる業火に囲まれているのだ。
それだけではない。
彼等の頭上には、無数の自爆型ガジェットが群れを為している。
空戦魔導師の援護を受け、今すぐにこの区画からの脱出を図らねば、遠からぬ内に炎に巻かれる事となるのは明らかだ。
にも拘らず、彼は大型機動兵器を追えと言う。
何故?

『121、何を言っている! このままでは・・・』
『地震が酷くなってきている。空中のアンタらには分からないかもしれないが、もう立っているのもやっとなんだ』

その言葉も終わらぬ内、其処彼処でビルの残骸が倒壊を始める。
轟音。
巨大な隔壁が水圧に軋む様な、遠方より轟く鐘楼の音にも似た不気味な重低音が、何処からともなく大気中に響き渡る。
徐々に大きさを増すその音に紛れ響くのは、巨人が鉄壁を殴り付けるかの様な、全身を揺さぶる衝撃音。
これらが何処から響くものか、なのははすぐに理解した。
「全て」だ。

視界に映る全て、視界の外の全て。
自身がこの身を置く、ミッドチルダという世界を為す惑星の全てが、この不気味な衝撃音を発しているのだ。
それは紛う事なく、生命の危機に曝された星というひとつの生命体が上げる、恐怖と絶望の叫びだった。
「時間」は、もう然程も残されてはいない。

『この地震の原因は、間違いなくあの化け物だ。奴が何をしているかは解らんが、少なくともこのまま放っておけば碌な事にはならんだろう。繰り返す。全ての空戦魔導師は、大型機動兵器の撃破に向かえ。ガジェットはこちらで引き受ける』

またしても轟音。
10を超えるビルが、ほぼ同時に吹き飛ぶ。
見れば炎の合間から、無数の魔力弾が空へと撃ち上げられていた。
鼓膜を破らんばかりの高音と衝撃波を撒き散らしつつ、弾幕の発せられる地点へと突入する巨大な白煙の帯。
そして爆発。
発射される魔力弾が、大きく数を減らす。
しかし一拍の後、今度は廃棄都市区画のありとあらゆる箇所から、空を覆わんばかりの魔力弾が放たれた。
未だ健在の全陸士部隊による、決死の対空攻撃だ。
忽ちの内に、廃棄都市区画上空が轟音と白煙、七色の光を放つ無数の魔力弾によって覆い尽くされる。
爆発に次ぐ爆発。
狂った様に地表へと突撃してゆくガジェット群。
都市を根こそぎ吹き飛ばさんばかりの広域爆発。
それらに曝されながら、衰えるどころかより激しさを増す対空弾幕。
最早、なのは達の出る幕は無かった。

『・・・高町一等空尉!』
『は、はい!』

突然、戦技教導隊隊長からなのはへと念話が繋がれる。
それは全方位通信ではあったが、その内容はなのは個人への命令であった。

『砲撃魔導師を連れ、大型機動兵器の追撃に当たれ! 1603、2024が護衛に就く! 直ちに向かえ!』

瞬きする程の僅かな時間、なのははその言葉に呆然とする。
しかしすぐに我を取り戻すと、焦燥と共に自身の上司へと食い掛かった。

『そんな! 隊長達はどうなさるんです!?』
『どうせあの化け物には砲撃以外は効かん! 追撃隊を除く空戦魔導師は陸士部隊の援護及び救出に当たる! さあ行け!』
『しかし!』
『さっさと行け! もう時間が無い!』

次の瞬間、青い光が上空を吹き荒れる。
思わず目を逸らし、再び視線を向けた先には、ガジェットの影すら存在しなかった。

「これは・・・」
『見ろ。気に食わないが、心強い連中が戻ってきたぞ』

直後、頭上を突き抜ける複数の機影。
地上戦型ガジェットの殲滅と同時、一時高高度へと退避していた不明機体群の一部が、戦域へと舞い戻ったのだ。
空間を覆い尽くさんばかりの大規模砲撃と、各種質量兵器の弾幕。
突撃を実行する時間すら与えず、片端からガジェット群を消滅させてゆく不明機体。
時折、僅かに消滅を逃れたガジェットが空中で爆発を起こし、その衝撃が地震によって負荷の高まった地上建築物を倒壊させる。
それでも、陸士部隊は降り注ぐ爆発物の雨から逃れる事ができた。
ガジェットの増援は未だに途絶えてはいないが、不明機体群が戦闘に加わっているこの状況下ならば、彼等が無事に脱出できる可能性はある。

なのはは周囲を見渡す。
1人、2人、3人。
次々とその周囲に集まる空戦魔導師。
10人、11人、12人。
見知った顔もあれば、知らない顔もある。
24、25、26人。
彼等は一様に、なのはに向かって頷いてみせた。
彼女の中に、言い知れぬ熱が宿る。
相棒へと目をやれば、何を躊躇うのか、と言わんばかりに光を放つ様が目に入った。
それらの光景を前に、なのはは決意を固める。
空間を薙ぐ様にレイジングハートの矛先を振り、発生と念話の双方で声を放った。



「これより敵主力の追撃を開始します! 目標は敵大型機動兵器の撃破! 以上!」



猛々しく、戦意に震える叫び。
それらが幾重にも響いた後、第4廃棄都市区画の空を、50を超える人影が翔け抜けた。

不明機の砲撃、ガジェットの噴煙、魔導師達の魔力弾。
崩れ落ちるビル群の粉塵、地上を覆う業火、立ち上る黒煙。
それらの合間を、肉体と魔力が許す限りの高速にて貫き翔ける魔導師達。
彼等が目指すは、ただひとつ。



惑星そのものを陵辱せんと大地に牙を突き立てる、機械仕掛けの悪魔。
次元世界の理を外れし、禍々しき技術によって構築された獣。
その首を刎ねるべく、彼等は一路、東を目指す。
彼等を守護するかの様に舞い降りた、十数機の不明機体を引き連れて。



彼等が第4廃棄都市上空を飛び去った、その数分後。
新たに転移した不明機体の一群が、黒煙と弾幕に覆われた空を東へと横切った。
重厚な外観に、黒み掛かった濃蒼色の塗装が施された4機。
それらに護衛されるかの様に編隊の中央へと位置する、漆黒と濃紫色の塗装を施された1機。
黒煙を切り裂いて飛び去ったその姿を、はっきりと確認した管理局局員は1人として存在しなかった。

しかし、僅かに数名の魔導師達は、確かに気付いた。
空を切り裂き、空間を貫いて飛び去った、歪なるその存在に。
無限の英知と狂気によって蝕まれた、嘗ての英雄の成れの果てに。



『808より本部、上空を横切った馬鹿デカい魔力は何処の部隊だ?』

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最終更新:2015年10月26日 07:26