薄闇に支配された空間を、薄紫の燐光と共に放たれた斬撃が一閃する。
合金製の壁面を削りながら襲い来るその一撃を、濃緑色の機体はスラスターによる後退を以って回避。
しかし、鞭の様にしなるレヴァンティン・シュランゲフォルムの刃は一度薙いだ空間を更に前進、続けて二段目の斬撃を放つ。
不明機は球状の兵装を射出、レヴァンティンの刃へと当てる事によって強引に軌道を逸らし、急加速を以って前進、ダクト深部への離脱を図る。
しかしその行く手に新たな複合障壁が現れ、激突を避ける為に急減速。
そこへ更なる斬撃が襲い掛かるも、不明機は予備動作無しの垂直上昇によってそれを躱す。
そして高速にて接近した球状兵装と連結、再び正面から剣閃の主と相対した。

「・・・見事だ。初太刀で決められると思ったのだが・・・まさか此処までやるとは」

賞賛の念さえ込められたその言葉に対し、声が返される事は無い。
それは予想された事であり、彼女も無理に言葉を引き出そうとはしなかった。
不明機は動かない。
下手に動けば、即座にシュランゲフォルムからの一撃が繰り出される事を理解しているのだろう。

「その図体、しかも手足すら無い機体での見事な回避行動。ガジェットの様な物かと思っていたが、とんだ思い違いだった様だ」

ゆっくりと歩み寄る影、その背には二対四枚の炎の翼。
アギトとの融合を果たしたシグナムは、悠然とした足取りで不明機との間合いを詰める。

「あの様な魂の無い鉄塊と比較するとは、私もまだまだという事か」

レヴァンティンをシュベルトフォルムへと移行させ、鞘に収めるシグナム。
ロードカートリッジ、排莢。
不明機は微動だにせず、一連の動作を前に沈黙を保つ。

「攻撃の見切り、機体を動かすタイミング、位置取り、全て一流。咄嗟の判断も申し分なし。だが・・・」

鞘に収めたままのレヴァンティンを突き出し、不明機へと向ける。
シグナムの目に浮かぶ感情は「怒り」。
心の内で燻り始めた激情を堪え、声色も低く問い掛ける。



「・・・何故、反撃しない?」



殺気をなお強め、返される事の無い問いを発するシグナム。
その言葉通り、接敵してからというもの、不明機からのシグナムに対する反撃は一度として無かった。
ただ只管にシグナムの攻撃を躱し続け、今に至る。
その機体には躱し切れなかった攻撃による損傷が無数に刻まれ、分厚い装甲によって内部機構の損傷こそ負ってはいないものの、外殻にかなりの痛手を被っていた。
にも拘らず、不明機はシグナムに対して攻撃行動を取ろうとはせず、この区画からの離脱を図るのだ。
だがそれも、先程展開した複合障壁によって阻まれた。
破る事は可能なのだろうが、その猶予を与えるつもりなどシグナムには無い。

「逃げているだけでは、此処から先へは進めんぞ」

鞘に収めたままのレヴァンティンを振り被り、不明機を見据える。
周囲に吹き荒れる、薄紫の魔力光と紅蓮の炎。
不明機下部に備えられた長大な砲身、その先端部に備わった小さなカメラのレンズが、僅かに動いた。

「飛竜・・・」

鞘より引き抜かれた刀身が、一瞬にしてシュランゲフォルムへと移行。
蛇腹状の刀身には薄紫の魔力光が宿り、シグナムの手元に従い螺旋を描く。
危険を感じたのか、不明機のスラスターが青い炎を噴くと同時。

「一閃!」

シグナムが振り切った刀身から、魔力の奔流が解き放たれた。
床面を削りながら不明機へと向かう、その名に違わず飛竜の如き斬撃。
だが今度は、不明機は回避する素振りさえ見せなかった。
そのまま球状兵装へと直撃、魔力光の爆炎が吹き上がる。

『やったか!?』
「いや・・・」

歓声を上げるアギト。
対して、シグナムは警戒を解かず、粉塵の向こうを見据える。
直後、白煙の中から4発のミサイルが躍り出た。
包み込む様な軌道を描き、高速でシグナムへと迫る。

『速い!』
「くっ!」

ガジェットのものとは一線を画す速度にて迫る、4発の誘導ミサイル。
人間離れした跳躍のバックステップによって距離を稼ぎつつカートリッジをロード、寸前まで引き付けてレヴァンティンを振る。
シュツルムヴェレン。
4発全弾が、シグナムに触れる事無く爆発を起こす。
しかし、此処で誤算が生じた。

「っち・・・!」

シグナムが体勢を大きく崩し、吹き飛ばされる。
爆発の威力が大き過ぎたのだ。
これもまた、ガジェットのものとは比べものにならない性能だった。
騎士甲冑の其処彼処が破れ、破片が肌を切り裂く。
その隙を突くかの様に、爆炎の中から不明機が突撃。
球状兵装のアームから眩い刀身を伸ばし、それを振り上げシグナムへと斬り掛かる。
咄嗟に上へと飛び、刃渡り10mを超える放出エネルギーの斬撃を回避。

『危ねぇっ!?』
「・・・機械風情が剣士の真似事とはな。嗤わせてくれるッ!」

下方を突き抜ける不明機へとレヴァンティンの一撃を見舞うべく、刀身を振り被るシグナム。
しかし奇妙な物が視界に入り、彼女は攻撃を戸惑う。
連続放出されるエネルギーの刀身を振り被っていた球状兵装。
それが、その場に残されていたのだ。
その先には、完全に停止した不明機の姿。
何をしている、と疑問を抱いたのも束の間、スラスター噴射により後退を掛けてきた機体後部へと、球状兵装が接続される。
そして再び、エネルギーの刀身がシグナムへと伸びた。

「何と・・・!」

驚愕するシグナム。
あろう事か、不明機は兵装を機体後部へと接続し、後退しつつ攻撃を仕掛けてきたのだ。
眩い刀身が、シグナムを貫かんと迫る。
身を捻り回避。
刀身が振り上げられ、斜め上からの斬り下ろし。
後方に距離を取り回避。
突進、逆袈裟の斬撃。
刃の軌道下方に滑り込み回避。

「ハァッ!」

渾身の力で球状兵装へと斬り付け、隙を作るシグナム。
その後方に位置する不明機を切り裂くべく、更に横薙ぎの一太刀を放たんとする。
しかし、その空間に濃緑色の機体は存在しなかった。
見れば20mほど前方に、兵装を切り離し後退した不明機の姿。
機体下部の砲身に微かな光が点る様を目にしたシグナムは、己が直感に従い全力で真横へと跳躍。
刹那の差で、その後を追う様に無数の弾痕が刻まれた。
合金製の構造物を容易く貫通する、青い燐光を纏った砲弾。
狂った様に連射されるそれを射界から逃れる事で回避しつつ、シグナムは呻いた。

「初めて見る質量兵器だな。凄まじい威力だ」
『呑気な事言ってる場合かよ! バラバラにされちまうぜ!』

アギトの言う事も尤もだ。
このままでは遠からず、あの質量兵器の直撃を受けてしまうだろう。
壁面の弾痕から威力を推察するに、掠っただけでも致命傷となりかねない。
不明機の周囲を回り込む様に移動しつつ、カートリッジを1発、装填。
状況を打破するべく、三度レヴァンティンをシュランゲフォルムへと移行する。
機首を狙い、一撃。
不明機はすかさず後退、それを回避。
しかし、それこそがシグナムの狙いだった。

「・・・掛かった」

不意に、不明機の動きが止まる。
シャランゲフォルムの刀身が、何時の間にかその前後を塞いでいた。
外れた初撃が床面で跳ね返り、機体の背後に回り込んだのだ。
不明機はスラスターを作動、側面方向へのスライドで逃れようと試みる。

「無駄だ!」

しかし、正面や後方に比べ、面積の大きい機体側面。
刀身がそれを捉えるのは容易だった。
強大な魔力の込められた一撃が機体を強かに打ち据え、不明機はスラスターの推力と併せ高速で壁面へと叩き付けられる。
シグナムの攻勢は止まらない。
レヴァンティンの斬撃、そして不明機の攻撃によって損傷した壁面・天井へと、シュランゲフォルムの刃を走らせる。
刃によって打ち据えられるや否や衝撃と共にそれらが砕け、膨大な構造物の崩落を引き起こした。
比較的広範囲の崩落に対し、不明機は為す術なく構造物の雪崩に呑まれ、埋もれる。
それを見届け、シグナムはレヴァンティンをシュベルトフォルムへと移行。
足を止め、カートリッジを装填する。
レヴァンティンの柄と鞘を連結しカートリッジをロード、ボーゲンフォルムへ。
魔力の弦を引き、矢が番えられると同時にカートリッジを2発ロード。

「翔けよ、隼!」
『Sturmfalken!』

シグナムの掛け声、そしてレヴァンティンの音声が響き、鏃に光が集束する。
その輝きが最高潮に達した瞬間、シグナムの指が弦を離れた。
衝撃波を撒き散らし、不明機の埋もれる崩落跡へと突き進む光の矢。
数瞬後、凄まじい爆発が崩落跡を呑み込んだ。

『今度こそ!』

遂に仕留めたとの確信に、アギトは歓喜の声を上げる。
しかしシグナムは尚更に表情を険しくし、シュベルトフォルムに戻ったレヴァンティンへと、三度カートリッジを装填し始めた。
アギトが、訝しげに声を発する。

『なあ、何してんだよ? あいつはもう・・・』
「爆発が早い」
『は?』
「矢は当たっていない・・・その前に爆発した。撃ち落とされたな」

装填を終え、吹き上がる爆炎を睨むシグナム。
次の瞬間、炎を振り切って現れた6mほどの球体が、彼女を襲う。
アギトが上げた驚愕の声を無視し、直線軌道で襲い来るそれを躱すシグナム。
背後からの急襲を警戒するが、その気配は無かった。
球体は壁面へと衝突、その身を減り込ませたまま静止する。
何のつもりか、と不審を抱く間も無く、高熱に揺らめく空気の向こうから耳障りな金属音が響いた。
反射的に視線を向け、シグナム、そしてアギトはその影を目にする。

『・・・何だ、アレ』
「ふん、正体を現したな」

その呟きに応える様に、それは2人の眼前へと姿を現した。



10mを優に超える影。
不明機下部に備えられていた砲身を手に、轟然と佇む濃緑色の巨人。
その背には見覚えのある巨大な2基のバーニア。
それはこの巨人が、紛れも無くあの不明機である事を示していた。



「傀儡兵もどきか。おまけに剣士ではなく銃士とは」

徐に巨人の腕が動き、砲口がシグナムを捉える。
それに返す様に、シグナムもまたレヴァンティンを構えた。
その時、シグナムは砲口へと集束する青い光に気付く。

「・・・来るぞ。恐らくエスティアを沈めたあの砲撃だ。覚悟はいいか、アギト?」
『だから一々訊くなって。いいに決まってんだろ!』

力強い返答にシグナムは笑みを浮かべ、次に巨人の姿を凛と見据える。
砲撃を躱す算段は付いていた。
発射されてから躱す事は不可能だろう。
こちらから仕掛けるより他ない。
無論、敵は即座に砲撃を放つだろう。
だがシグナムとアギトには、その前に射界外へと脱する事ができるとの確信があった。
自身への、そして自身のロードへの信頼が。
微かに膝を沈め、力を込める。
ロードカートリッジ。
レヴァンティンに炎が宿った。

少しで良い。
少しでも射線から逸れる事ができれば、勝利はこちらのものだ。

そして、彼女達は力を解き放つ。



衝撃が、本局の一画を揺さ振った。



大型ミサイルが宙を切り裂いて飛翔し、壁面へと接触して炸裂する。
魔力による爆発ではなく、火薬によるものでもない。
何らかのエネルギーによる複合連鎖爆発。
空間を埋め尽くさんばかりのエネルギー放射に、フェイトの姿が霞の様に揺らぎ消え失せる。
一瞬後、その場を突き抜ける3本の牙。
無数のボールが繋がった様な、青い光を放つチェーンが空間に1本の線を引き、次の瞬間にはS字型に撓んで先端の球体を引き寄せる。

その隙を突き、一筋の雷光が薄闇を切り裂いた。
プラズマランサー、単発射。
宙を翔ける閃光に、闇の中から漆黒の機体が浮かび上がる。
迫る閃光。
不明機は、スラスターによる側面方向への移動によってそれを回避。
至近距離への着弾による衝撃に機体を揺さ振られつつも、短時間ながら質量兵器を連射、閃光の飛来した方向へと反撃を行う。
その不明機キャノピーへと、何処からともなく撃ち込まれる十数発、橙色の光弾。
着弾寸前で気付いたのか、不明機は後退して回避を試みる。
しかし光弾は軌道を変更、全弾がキャノピーへと着弾。
機体同様に漆黒のキャノピー、そこに僅かな罅が入る。
更に機体上方、8つの光球とそれを取り巻く環状魔法陣が、ダクト内の天井付近に出現。
空中に浮かぶ魔法陣の上から不明機を見下ろし、フェイトはトリガーボイスを紡ぐ。

「プラズマランサー・・・」

不明機もフェイトの存在に気付いたらしい。
球状兵装が方向転換、再度彼女へと襲い掛かる。
フェイトはそれを無視し、発射態勢を維持。
その目前へと、球体が迫る。

「ファイア!」

発射コマンドを唱えバルディッシュ・アサルトを振る直前、フェイトの身体を巨大な球体が押し潰す。
同時に、8発の魔力弾が不明機「側面」より放たれた。
そこには、バルディッシュを振り抜いたフェイトの姿。
球体の通り過ぎた空間には何も無い。
嵌められた事に気付いたか、不明機後部のノズルに火が点り、急発進する。
直前まで機体のあった空間を、魔力弾が通過。
不明機は180度ターン、機首をフェイトへと向けた。

「ターン!」

しかしフェイトの声と共に魔力弾は静止、円を描いて方向を転換し、再び現れた環状魔法陣によって加速・射出される。
狙うは1箇所、闇に潜んだティアナのクロスファイアシュートによって刻まれた、キャノピーの罅。
パイロットを守る盾を奪い、そこに非殺傷設定の魔法を撃ち込んで無力化する。
それがフェイトとティアナの狙いだった。

先程のクロスファイアシュートから、ある程度は予想していたのだろう。
不明機はターン直後に、スラスターを作動させていた。
しかしその行動も、フェイトの予想を上回るものではない。
左にスライドすれば、壁面に行動を制限される。
動くとすれば右しかないのだ。
8発のプラズマランサーは其々が位置をずらし、壁となって不明機の予測進路上へと突き進む。
不明機は急激な垂直上昇を敢行、回避を試みるも内2発を躱し切れず、キャノピー後方の大きく迫り出した装甲へと被弾。
弾ける魔力光と爆炎の中、フェイトは不明機のキャノピーに一段と大きな罅が走るのを確認する。
しかし。

『フェイトさん、あれ・・・』
『うん・・・修復してる』

ティアナからの念話に答えを返しつつ、フェイトは苦々しい面持ちで不明機を睨み据える。
その視線の先では、不明機のキャノピーを走る罅に、何か液体の様なものが滲み出していた。
被弾箇所から吹き上がる炎に照らし出され白く浮かび上がった罅が、徐々に黒く染まってゆく。
十数秒もすれば、完全に罅を覆い尽くすだろう。
流石は軍用機、この程度の損傷は設計段階から予想の範囲内という事か。

と、その様を注意深く観察するフェイトの視界内で、機体から伸びるチェーンが僅かに動く。
咄嗟に背後へと跳んだ彼女の眼前に、爪を広げた球状兵装が垂直落下。
床面に激突し、破片と衝撃、轟音を周囲に撒き散らす。

「っ! くぅ・・・!」

頬を切り裂く破片、鼓膜を襲う凄まじい音に苦痛の声を洩らしつつ、フェイトは空中へと身を躍らせる。
そのすぐ下では、もう1人のフェイトが逆方向へと駆け出していた。
フェイク・シルエット。
ティアナにより生み出された魔力の幻影は、ハーケンフォームのバルディッシュを振り翳し不明機へと向かう。

ティアナの幻術魔法により敵を撹乱し、フェイトの高機動・高火力で制圧。
それでも仕留められない敵には、更にティアナのクロスミラージュによる射撃が襲い掛かる。
2人が行動を共にして1年と約半年。
それが彼女達の間で確立された戦法だった。
特にティアナの幻術・射撃魔法制御技術は成長著しく、幻影の持続時間及び同時制御可能数、弾体誘導精度及び最大同時発射可能数、共に大幅な伸びを見せ、戦闘時に於いては常に絶対的優位を保つ事を可能としている。
そこにフェイトという規格外の戦力が加わる事によって、いざ戦闘となれば大概の敵対勢力は短時間での制圧が可能であった。

フェイトは、敵の質量兵器による迎撃を警戒しつつ前進する、自身の幻影へと目をやる。
頬を伝う血液、バルディッシュの構え方、敵に接近するルートの選択。
全てが現在のフェイトをほぼ完全に模しており、フェイト本人でさえ自身がもうひとり存在するかの様な錯覚に襲われるほどであった。
2年前とは比べ物にならない成長を果たした自身の部下を空恐ろしく、しかし頼もしく思いつつ、それでも仕留め切れない現状の相手へと目をやる。
そして奇妙な光景が、フェイトの視界へと飛び込んだ。

接近する幻影に対し、不明機は何ら対処する構えを見せなかった。
球状兵装を機首へと接続し、僅かに高度を上げる。
幻影が空中へと飛び出し、振り翳されたハーケンフォームの刃がハーケンスラッシュへと移行しても、不明機は何ら反応を返さない。
それが何を意味するかは、すぐに理解できた。

『ティアナ!』
『解っています!』

幻影が消失する。
これ以上は無意味と判断し、ティアナ自らの判断によって解除されたのだ。
敵はこの短時間で幻術を解析し、目前のフェイトが幻影である事を確実に見抜いている。
魔力を持たない機械が、どうやってそれを見分けたというのか。
少なくとも次元世界の技術ではあるまい。
彼等独自の技術で以って、目前の現象を解析したのだろう。

幻影が時間を稼いでいる内に砲撃魔法を構築する、という戦法はもう使えない。
あの機体の持つ武装を前にして、撹乱によるサポートも無く足を止めるというのは、自殺行為以外の何物でもない。
かといって移動しながら放てる魔法では、火力不足は否めない。
ブラズマランサーの単発射ならば威力は申し分ないが、それでも直撃してどうにか装甲を撃ち抜けるか否か、といったところだろう。
事実、2発のプラズマランサーが着弾したというのに、装甲の一部破損、そしてキャノピーの罅程度の損傷しか与えられなかった。
そして何よりあの機体の機動性からして、大威力魔法の弾速では躱されてしまう可能性が高い。
射撃魔法の中ではかなりの弾速を誇るプラズマランサーの単発射でさえ、しかも不意を突いたにも拘らず回避されてしまったのだ。
ティアナの射撃魔法は弾速こそ問題ないものの、あの機体を相手取るには威力の面で不安が残る。
残るはバルディッシュによる近接戦闘だが、そもそも近付けるかどうか。

多少優位であった状況が、遂に崩れ去ってしまった。
何とか状況を打破しようと思考を廻らせるものの、これといった名案は浮かばない。
一転して最悪の状況下となったそこへ、更に不明機の攻撃が追い討ちを掛けた。

『フェイトさんっ!』

その警告が、フェイトを救った。
不明機へと接続された球状兵装。
その下方より黄色の光線が発せられ、兵装直下の床を焼いたのだ。
何をしているのか、と注視してしまったフェイトに飛ぶ、ティアナの警告。
咄嗟に横へと位置をずらしたフェイトのすぐ側面を薙ぎ払う様に、直線の光が下から上へと振り抜かれた。

「え・・・」

思わず声を洩らすフェイト。
直後、光線によって赤熱する痕跡を刻まれた床面・壁面・天井が、順を追う様に炎を噴き上げた。

「な・・・!」

漸く、それが光学兵器による攻撃であると理解したフェイト。
しかしその威力は、彼女の知る攻撃用レーザーとは比べ物にならないものだった。
不明機は彼女に考える時間を与えない。
更にもう一度、レーザーが空間を薙ぎ払う。
角度を変え、逆袈裟に斬り上げる様に迫る光線。
間一髪で高度を下げ、フェイトはそれを躱す。
しかしそれは同時に、ティアナが身を潜める近辺をも薙ぎ払った。

「きゃあっ!」
「ティアナ!」

至近距離で噴き上がった炎と溶鉄に、ティアナのオプティックハイドが解ける。
3度目の掃射をソニックムーブで躱し、フェイトはティアナの側へと降り立った。

「大丈夫!? 此処から逃げるよ!」
「はい!」

その瞬間、2人の頭上から凄まじい轟音が響く。
何事か、と視線を上げた彼女達の視界に、迫り来る天井が目に入った。
フェイトはティアナを抱え、再びソニックムーブを発動。
直後、2人の居た場所を大量の構造物が押し潰す。
フェイトは、そしてティアナは見た。
あの球状兵装が天井へと撃ち込まれ、合金製の構造物を喰らうその様を。
漆黒の機体とそれを繋ぐ光のチェーンが怒り狂う蛇の如くのたうち、触れたものを片端から薙ぎ払う様を。
その「大蛇」が暴れる度に天井からは大量の構造物が零れ落ち、轟音と共に床面へと突き刺さる。
フェイトとティアナは雨の様に降り注ぐ鉄片の中、押し潰されない様に逃げ回る事で精一杯だった。
それでも何とか、メンテナンス・ハッチから50m程の距離にまで辿り着く2人。
既に周囲は大量の構造物が積み上がり、不明機の姿は視認できない状態だ。
轟音と振動から、あの球状兵装が未だ破壊活動を続けている事は判るものの、最早2人に打つ手は無かった。

「応援を呼びますか!? このままじゃ動力炉が!」
「駄目! 大人数で攻めてもアレを受けたらおしまいだ!」

先の対応を話し合いつつ、メンテナンス・ハッチを目指す。
しかし次の瞬間、2人の視界を青い雷光が埋め尽くした。

「・・・!」
「・・・!?」

悲鳴すら掻き消える轟音、そして衝撃。
実に数十メートルもの距離を吹き飛ばされ、2人は金属の瓦礫の上へと叩き付けられた。
バリアジャケットによって衝撃は軽減されたものの、無数の鋭利な金属片が肌を切り裂いてゆく。
漸く身体が停止した時、2人は全身から血を流していた。

「・・・う」
「ティ・・・ティア・・・」

呻きつつも身を起こすフェイト。
ティアナを見れば、打ち所が悪かったのか、完全に気を失っていた。
周囲を見回すと、消し飛んだハッチが目に入る。
いや、ハッチだけではない。
ダクト内の壁が数百mに亘って吹き飛び、その先の隔壁ごと崩れ去っていた。
信じられない光景に、彼女は唖然とその様を眺める。

と突然、フェイトの全身を浮遊感が襲う。
彼女は考えるよりも早く、ティアナの身体を抱えていた。
直後、足下の瓦礫が消える。
崩落だ、と気付いた時には、一帯の人工重力が解除されていた。
足下に空いた空間から、艦内の緊急アナウンスが響く。

『緊急事態。B5区画にてA級崩落発生。被害拡大を防ぐ為、一帯の人工重力を解除します。緊急事態・・・』

眩い光がダクト内を照らす。
記憶が確かならば、この下は非常用の物資貯蔵庫だった筈だ。
場所が場所なだけにそれほど人は居ないだろうが、それでも0ではあるまい。
上手く避難してくれていれば良いが。

そんな事を考えつつ、ティアナを安全な場所に下ろそうと降下を始めたフェイトの背後から、不気味な空気の振動が響き始めた。
耳鳴りにより機能しない聴覚の代わりに、全身の感覚でそれを感じ取った彼女は、咄嗟に背後へと振り向く。



その眼前に、漆黒の機体が浮かんでいた。



「あ・・・あ・・・」

驚愕に表情を強張らせ、フェイトは悟る。
この振動は、目前の機体が立てる轟音なのだと。
先程の青い光、そして衝撃は、エスティアを沈めたものと同じか、それに準ずる攻撃だったのだと。

凍り付くフェイトの眼前、不明機は球状兵装を呼び寄せる。
ゆっくりと近付くそれを前に、フェイトはこの機体が「観察」を行っているのだと理解した。
自らが敵対しているのはどんな存在か、情報を集めているのだ。
では、その次に来るのは何か。
友好か、敵対か。

答えは直に示された。
球状兵装の直下に点った、黄色の光によって。
フェイトは三度ソニックムーブを発動し、レーザーを躱す。
しかし、同時に発射された大型ミサイルの炸裂による余波に巻き込まれ、ティアナもろとも吹き飛ばされた。

「うああぁッ!」

下方へと吹き飛ばされ、連なる貯蔵棚を薙ぎ倒しながら墜落するフェイト。
不明機は更にレーザーを照射、ティアナを抱え必死に離脱を図る彼女を執拗に狙う。
その掃射をも躱したフェイトは隣接する区画へと続く通路に逃げ込もうとするが、それよりも射出された球状兵装が通路を押し潰す方が早かった。

「・・・ッ!」

もう、逃げ道は無かった。
反対側の通路は不明機の後だ。
半ば絶望の表情を浮かべ、背後へと振り返る。

その視界に、ひとつの人影が映り込んだ。
不明機の後方、何時の間にか空中に現れ、佇むその人物。
不明機もそれに気付いたのか、焦燥の滲む機動で前進と方向転換を図る。
そして、見間違いではないのか、と自身の目を疑うフェイトの、漸く本来の機能を取り戻し始めた耳に、その声は届いた。



「チェーンバインドッ!」



翡翠色の鎖が、幾重にも不明機を拘束する。
余程フェイトに気を取られていたのだろう。
回頭も間に合わず、襲い来る鎖を躱す事もできず、完全に拘束される不明機。
その光景を前に、フェイトは叫んだ。

「どうして・・・どうして此処に? ユーノッ!」

声の先には、医療区に居る筈の幼馴染、ユーノ・スクライアの姿があった。
その彼の服装、左脚の部位には赤い血が滲み、裾からは血の雫が滴っている。
病室から無理に抜け出してきたのは明らかだった。

「援護に来れる人手が無くてね! 君達の状態を知って、艦内を転移してきた! 今の内に、早く!」
「何て無茶を!」
「早く! 予想以上だ、長くは保たない!」

その声と頭上の轟音に不明機へと視線を向ければ、ノズルから凄まじい炎を噴き出しつつ離脱を図る不明機の姿。
球状兵装自体を取り巻いたバインドは何故か分解してしまったものの、そこから伸びるチェーンを拘束され、結果として不明機は球状兵装のコントロールを封じられていた。
ミサイルも同様に、やはり射出口をバインドによって塞がれ、放つ事ができない様子だ。
しかし、狂った様に噴射を繰り返す各部位のスラスターと、業火を吐き出し続けるメインノズル、それらの生み出す推力によって、バインドは今にも千切れそうだ。
寧ろこれだけの力が加わっても拘束を保っている、バインドの強度に驚かされる。
ユーノが作り出してくれた、この好機を無駄にする訳にはいかない。
フェイトはティアナを床へと下ろし、バルディッシュを構える。

バルディッシュをザンバーフォームへ、ロードカートリッジ3発。
足下に拡がる金色の魔法陣。
バインドに拘束されながらも、何とか離脱を図ろうとする漆黒の機体を見据え、呟く。

「危険な力・・・」

バルディッシュを振り被り、キャノピーと機体後部の境へと狙いを付ける。
その位置で切り落とせば、パイロットが爆発に巻き込まれる事態は避けられると踏んだのだ。
柄を握る指に力を込め、叫ぶ。

「此処で、断ちます!」

振り下ろされる刃先。
2m前後の刀身が、一瞬にして100mを優に超える巨人剣へと伸長した。
ジェットザンバー。
金色の刃が、不明機を切り裂かんと迫る。
そして、遂にその刀身が機体を捉えようとした、その瞬間。
雷鳴と共に、不明機から青い閃光が迸った。

「・・・!」

稲妻だ。
強力な稲妻が不明機より発せられ、バインドを打ち砕いた。
一瞬にして後退し、間一髪でジェットザンバーの刃を回避する。
振り抜かれた金色の刀身は、青い光を放つチェーンを断ち切るに留まった。

「しまった!」

攻撃が躱された事を理解すると同時、すかさずユーノがバインドを放つ。
しかし今度はその全てを回避されてしまう。
不明機は上昇、逃走を図る。
ユーノは危険を承知でフェイトの側へと飛び、その腕を握った。

「中央区に転送するよ、君はランスターさんを!」
「駄目だよ! あの機体を逃がす訳には!」
「そんな身体で何を言っているんだ! 一度、態勢を立て直さないと・・・」

その時、奇妙な音が2人の鼓膜を打った。
金属の拉げる様な、分厚い鉄板を貫通する様な音。
不明機が戻ってきたのか、と焦燥と共に見上げた視線の先で。



不明機が、球状兵装に「喰われて」いた。



「・・・なに?」
「あれは・・・」

機体の左側面へと喰らい付き、装甲を押し潰してゆく球状兵装。
不明機は球体を周囲の壁に押し付けたまま周囲を飛び回り、何とかそれを引き剥がそうとしている。
その行為が漸く実を結び兵装が機体を離れた時、不明機左側面の装甲は殆どが剥ぎ取られ、無残にも破壊された内部機構を晒していた。
すぐさま回頭し、球状兵装へと機首を向ける不明機。
まるで「敵」に相対するかの様なその振る舞いが、事態の異常性を示している。

しかし、球体が不明機を襲う事はなかった。
球体はその下方、新たな「獲物」へと狙いを定め、その3本の爪を以って襲い掛かる。
その獲物、呆然と球体を見上げる2体と、意識を失った1体、計3体の小さな「被捕食者」。



フェイト・T・ハラオウン。
ユーノ・スクライア。
ティアナ・ランスター。



新たな3体の「餌」目掛け、赤い光を纏う球体、青き戒めの鎖より解き放たれた「捕食者」が襲い掛かった。

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最終更新:2015年10月26日 07:25