聖王のゆりかご起動に伴い、ミッドチルダ全域において厳戒態勢が引かれている。一般
市民は早急に非難し、首都クラナガンへと続く道は陸路であろうと空路であろうと、全て
が閉鎖された。
 超長距離砲撃を行える相手に対し、どこに逃げればいいのか? そんな疑問は勿論あっ
たし、大体、地下深くのシェルターに潜り込んだところで、敵船は地上を幾度となく焼き
払い、消滅させた伝説のロストロギアだ。逃げることも、隠れることも、通用するとは思
えなかった。
 だが、そうだとしても避難を行わなくていいということにはならず、ここ聖王病院にお
いても、動かすことが困難な重症患者を除いて避難が開始されている。ある患者は看護士
に付き添われ、自力で動ける患者は自力で、背に腹は代えられない。
「――ッ! まだ少し、痛むか」
 デバイスを杖代わりにして、一人で院内を歩いているのはエリオ・モンディアルである。
ナンバーズとの死闘を繰り広げ、敗北の代償として病院送りになった彼だが、今や自力で
歩けるぐらいまでは回復している。
「フェイトさんやキャロたちは、大丈夫かな」
 クラナガンで巻き起こっている戦闘に、六課の仲間たちが参戦していることは疑いよう
もなかった。自分の醜態と、総隊長であるはやての負傷、他にも色々あるようだが、今の
六課は戦力的に著しく低下しているはずだ。利点であった機動力も、上手くいかせている
かどうか。
「あっ…ザフィーラ、さん」
 階下の出口を目指していたエリオは、廊下で犬の姿となっているザフィーラと遭遇した。
犬の姿といっても、エリオは最近まで彼が守護獣であることすら知らず「あれは八神家の
ペットなんですよ。ただの犬っころです」などというリインの言葉を信じ切っていた。人
の姿になれる事や、それこそ喋れることすら知らなかったほどだ。
「今まで通り、呼び捨てで構わない。しかし、辛そうだな」
 杖をつきながら歩いている時点で、エリオは一人歩きをするのにまだ無理のある身体な
のだということを、ザフィーラはあっさり見抜いた。
「僕なんかに、人の手を煩わせたくないですから……ザフィーラさんは逃げないんですか?」
「私は、主はやての側にいなければならない」
 はやては、重傷にして重症患者に分類されている。完全な移動体制が整うまで、動かす
ことが出来ないのだ。
 守護獣というだけあって、ザフィーラは驚異の回復力を見せつけた。完治したわけでは
ないが、少なくともエリオよりは自由に動き回ることが出来る。
 ザフィーラと、そして様子を見ておきたかったエリオは、共にはやての病室を訪れた。
犬の身であるから扉を開けられないザフィーラに代わって、エリオが病室の扉を開いた。
「……はやて、さん?」
 部屋は、窓が開け放たれていた。気持ちのいい爽やかな風が、室内に吹いている。そん
な窓辺に、一人の少女が悠然とした姿で立っていた。

「遅かったな、お二人さん。少し、待ちくたびれた」

 少女は室内に入ってきた二人を見て、薄く微笑んだ。



         第20話「愚か者の矜持」


 レジアス・ゲイズ中将戦死の報は、瞬く間に地上部隊全域へと伝播した。
 ただしこれは地上部隊本部、つまりは大本営からの発表ではない。

『君たちの指揮官、レジアス中将は死んだ! これは厳然たる事実である!』

 中将の副官であったオーリス・ゲイズは、父親の死という受け入れがたい事実にショッ
クを受け動揺し、即座に情報管制を引くことが出来なかった。
 ご丁寧にも死体の画像付きで行われたスカリエッティの情報操作を前に、後手に回った
地上部隊はなす術もなく、混乱の渦に飲み込まれた。
「レジアス閣下が戦死なされるなど、そんな馬鹿な!?」
 それは高級士官、将官クラスに至っても同じことで、ここにきてレジアスの組織運営に
おける欠点と弱点が浮き彫りになった。彼は豪快で有無を言わさぬ強烈なカリスマ性を持
ってリーダシップを発揮し、今日まで地上本部を纏め上げてきた。強力な指導者、力強い
リーダーの存在は、他者に多大な安心感を与える。しかし、それが失われた時はどうすれ
ばいいのか?
 性格上、レジアスは自身のナンバー2を作ろうとしなかった。これはゼストを失って以
来、彼があまり人を信用しなくなったことが原因の一つとしてある。さらに後継者の育成
も、まだその時期ではないと、現に今日まで彼一人の手腕で全てが行えてきただけに、疎
かにしてしまっていた。
 良い意味でいえばリーダシップの強さ、悪い意味でいえば典型的なワンマン。

 そして、この窮地においては主に後者が露呈した。

「今はまだいい。ガジェット部隊との防戦を繰り広げている今なら、現場指揮官レベルで
どうとでも指示は出せる」
 ゆりかご内に映し出される戦場の光景。ガジェット部隊や、ルーテシアの召喚虫軍団と
激闘を繰り広げる地上部隊は、さすがに善戦といえるほどではなくなってきたが、奮戦は
している。
「無限に近い回復力を持つ敵と戦うことは、ただでさえ神経をすり減らすものだ。召喚虫
は必ずしも疲れ知らずではないが、人間とは体力に差があり過ぎる」
 つまり、地上部隊の隊員たちは必要以上に強いプレッシャーを受けながら戦っているの
だ。今までは、レジアスの叱咤激励、怒号や激昂が隊員たちを奮い立たせ、何とか互角の
戦いを行うことが出来ていた。

 けれど、そのレジアスはもういない。組織的にも、精神的にも心強い支えだった存在を
失った以上、倒壊は時間の問題だった。

「地上部隊の指揮系統は乱れている。レジアス・ゲイズを失った今が好機だ。さらなるガ
ジェットの増援を行い、敵の防衛線を押しつぶせ!」
 スカリエッティの指示が飛び、ゆりかごのガジェット発出口から、また数百機のガジェ
ットが放出される。ガジェットはゆりかご内でも生産、量産することが可能なのだ。
「英雄なき軍隊に勝機など、ない」


 この戦いにおいてもっとも大きな功績を立てているのは、スカリエッティ陣営のルーテ
シアとギンガであろう。敵の主力である魔法戦車部隊を壊滅させ、陣形に楔を打ち込んだ
ルーテシアと、大将首を奪い取り指揮系統の崩壊を誘ったギンガ、この二人の存在が地上
における戦いを優勢に導いたと断言してもいいはずだ。
「なんか、つまんない」
 ルーテシアは上空にあって、地上で行われている戦闘を眺めているが、それはもはや激
闘というにはあまりにも一方的な展開となっていた。ガジェットはゼロやフェイトなどの
実力者にとっては雑魚も同然なのだが、一般的な能力値を持つ魔導師には十分驚異的なの
だ。
 召喚虫で戦車部隊を壊滅させたまでは良かったが、それきりルーテシアはすることが無
くなった。地雷王などは未だ戦場にあって、圧倒的な破壊力で敵を押しつぶしているが、
ルーテシアが命令しているわけでもない。戦車砲による魔力砲撃ですら倒せない地雷王な
のだ。武装局員程度にやられるわけがない。
「行動が雑多で乱雑、指揮系統が機能してない」
 どうやら、ギンガが大将首を取った効果が現れているようだ。ルーテシアはギンガとス
カリエッティの基地で会うまで面識はなかったが、ゼストの話では母と同僚だった女性の、
義理の娘と言うことらしい。奇妙な縁繋がりだが、別に気にはならない。自分がスカリエ
ッティの側に、近からず遠からずの距離でいるように、彼女にも色々と事情があるのだろ
う。
「これなら、アレは使わなくていいかな」
 ルーテシアは優れた召喚術士だが、その実力の全てを披露しているわけではない。スカ
リエッティから、強力すぎるので召喚するのを控えるようにといわれた奥の手が、彼女に
は残されている。
「でも、使うときが来たら、絶対に使う」
 別に、ルーテシアは戦うことが好きというわけではない。にもかかわらず、今の彼女は
戦闘に没頭している。これは、矛盾だろうか? 以前、スカリエッティに尋ねたことがあ
る。自分は、実のところ戦いが好きで、心の底では戦いを求めているのではないかと。
 そんな少女の悩みに、スカリエッティはいつもの薄笑いを浮かべながら、このように答
えた。

「乙女心とは、複雑な物なんだよ」

 なるほど、そういう物なのかと納得したのかと言われると、実はしていない。ドクター
にしては抽象的で、曖昧な表現だと感じた。もっとも、理論的な解答を必ずしも受け入れ
たとは限らないが。
「私に、心なんてない」
 乙女心とやらは良く分からないが、ルーテシアは自分に心など存在しないと思っている。
そもそも、彼女には情念がほとんどない。物を壊すこと、人を殺す事への抵抗感も、今で
はすっかり忘れてしまった。そんな感情を元々持ち合わせていたのだろうかとさえ、思っ
ているぐらいだ。
 顔も思い出せない父親が消え、唯一の家族だった母親も死んだ。その時、ルーテシアの
心も死んだのだ。一度死んだ心は、復活しない。新たな心が生まれ、成長するのを待つし
かない。そして、心が生まれる時とは――
「なに!?」
 突如、巨大な火線がルーテシアの眼前を横切った。避けることが出来たのは、咄嗟にガ
リューが彼女の身体を後ろに引いたからだ。
「火炎放射……」
 周囲を確認すると、ほどない距離に一匹の竜が羽ばたいている。そして、その背には一
人の少女が跨っており、ルーテシアに強い視線を向けている。あれは、自分と同じ部類の
存在か。
「召喚術士、竜使役?」
 自分の能力についての研究は、ルーテシアもしたことがある。その中で、召喚術士の中
には竜使役と呼ばれる、主に竜召喚を行う強力な術士たちが存在することを知った。
 だが、目の前で竜に跨るのは、自分と同程度の年齢に見える少女だ。
「お前は、誰だ」
 構えを取るガリューを制止しながら、ルーテシアは問いかけた。空中戦を行うには、あ
まりに不利だった。地雷王も空は飛べなくはないが、相手は翼はためかす竜なのだ。速度が
違いすぎる。
 火炎による砲撃、それ以外にも何か技はあるのか……? 次々と思考を繰り返し、対策を
練るルーテシアだが、意外にも少女は素直にこちらの問いに答えた。
「機動六課ライトニング分隊所属、キャロ・ル・ルシエ。管理局員として、あなたに武装
解除と投降を要求します!」
 強い口調で言い放たれる言葉に対し、ルーテシアはあからさまに表情を歪ませた。
「投降……?」
 キャロを睨み付けると、ルーテシアは一気に搭乗するガジェットを降下させた。
「あっ、待って!」
 追いかけるキャロだが、降下速度はガジェットに分があった。ルーテシアの行動は逃げ
るようにも見えたが、彼女は逃げることはしないで、最寄りのビルの屋上へと降り立った。
 ここでキャロがフリードリヒのブラストフレアをビルの屋上に向かって放てば、戦闘を
行うまでもなく敵を倒せたかも知れない。しかし、キャロはそこまで思い至らず、思い至
ったとしても実行するかは判らなかった。
「私は、負けない。ドクターが夢を叶えるように、私も夢を叶えたいから」
 互いに夢を持つ者同士だから、ルーテシアはスカリエッティと仲良くできるのかも知れ
ない。スカリエッティの夢が何なのかは判らないし、知りたいとも特には思わない。ただ、
お互い夢があり、それを叶えたいという気持ちは一緒なのだ。
 それだけ判っていれば、満足だ。
「――――地雷王!!!」
 地上で暴れ回る地雷王の一匹を、屋上に召喚する。敵の召喚虫が現れたことで、キャロ
の表情が引き締まった。
「誰にも邪魔はさせない。私は、ドクターの夢も」

 叶えてあげたいから。

 ルーテシアとキャロの戦闘が開始された。


「ルーテシアが攻撃を受けてる?」
 戦場にあって、ガジェット部隊を指揮し、自らも敵部隊に猛攻を加えていたギンガは、
ルーテシアと機動六課の魔導師が戦闘状態に入ったことを知った。
「機動六課か……意外に早い」
 ゆりかごの砲撃で消し飛んだなどと、もちろんギンガは思っていない。一人、二人ぐら
いは死ぬかも知れないとは思ってはいたが、死んだら死んだで、それだけの存在だったの
だろうと考えていた。
 増援に向かうべきか、それともガジェットの指揮を続けるべきか? ルーテシアの実力を
過小評価しているわけではないが、キャロが強力な竜使役であることも、仲間だったギン
ガはよく知っている。彼女がもう一匹の竜を召喚すれば、さすがのルーテシアとて……

 その時、ギンガの周囲に幾つもの魔力の帯が発生した。

「ウイングロード!?」
 中空に縦横無尽に発生したそれは、間違いなくウイングロード。しかも、この魔力の色は――
「スバルか!」
 ギンガの叫びに呼応するかのように、ウイングロードを一人の少女が駆けていた。スバ
ル・ナカジマ、ギンガの半身、分身とも言える存在にして、たった一人の妹。

「リボルバァァァァァァァァキャノンッ!!!」

 スバルが、衝撃波を纏ったリボルバーナックルの拳をギンガへと叩き込んだ。ウイング
ロードはギンガの頭上にまで伸びており、スバルは降下する勢いも味方につけていた。
 ディフェンサーを張るギンガであったが、激突した強烈な打撃を前に、敢えなく崩れ去
った。
「そんな、魔力上昇で防御力も上がってるはずなのに!?」
 予想外の威力を誇る攻撃に、ギンガは後方に飛んで距離を取った。今のギンガは、空を
自在に飛ぶことが出来る。空戦を主体とした戦闘スタイルで行けば、ウイングロードに頼
るしかないスバルなど……
「下からっ!」
 空飛ぶギンガを狙い撃つかのように、魔力弾が放たれてきた。何とか避けたが、思わず
ウイングロード展開してそこに着地してしまった。
「ティアナ・ランスター……へぇ、二人がかりって分け」
 見れば、ウイングロードにはスバルだけでなく、ティアナもいた。クロスミラージュを
構え、ギンガを見据えている。縦横無尽に展開していたのは、ティアナに援護をさせるた
めだったのか。
「二人なら私に勝てるとでも思ったの? 浅知恵も良い所ね」
 小馬鹿にするギンガだが、そこには少なからずの動揺があった。レリックの力を得て、
今やなのはやフェイトにも匹敵するはずである自分の力、だがスバルはその力を揺るがす
ほどのパワーを見せつけてきた。
 ギンガは構えを取りつつ、スバルと向かい合う。
「父親の敵討ち、見上げた根性だと褒めてあげようかしら」
 魔力を解放させながら、ブリッツキャリバーを起動する。パワーで勝負なら、面白い、
こちらも真っ向からぶつかり合って、弾き飛ばしてくれる!
「ギン姉……」
 戦意を剥き出しにする姉に対し、呟いたスバルの声は、とても穏やかなものだった。こ
れから戦う、いや、今現在戦っているとは思えないほど穏やかな声と、表情。
 困惑しながら、ギンガはスバルの、妹の表情を伺う。そんな姉に、妹は優しい笑みを返
してきた。
「私は、もう怒らないよ」
「何ですって?」
 唐突なその言葉、意味もわからなければ、理解も出来ない。
「私はね、ギン姉、怒りに来たわけでも、恨みを良いに来たわけでもないんだ」
「なら、何しに来たのよ。殺しに来たとでも言うの?」
 殺されても仕方のないことをしていると、理解は出来る。
「それも違う、違うんだ。なんて言ったらいいのかな……」
 スバルは悩み、考え、それでも穏やかな雰囲気だけは崩さなかった。一皮も二皮も剥け
たような、一つ言えるのは最後に会ったときよりも、確実に成長しているということだ。

「簡単に言えば、ぶん殴りに来た」

 スバルが拳を固めて、ギンガへ向かって突き出した。
「……は?」
 言葉と動作に、ギンガは思いのほか間抜けな声を出した。スバルはそんな姉がおかしい
のか、少しだけ声を出して笑った。
 そして、だからさ、と言葉を続ける。

「全力全開で――殴りに飛ばしに来たって言ってるんだよ!」

 スバルがギンガに向かって、殴りかかった。


 キャロやスバル、ティアナが戦場に到着していると言うことは、なのはやフェイトとい
った隊長たちもいるはずである。
 そして、当然ゼロも。
「あれがドクターの言っていたゆりかごなら、並大抵の攻撃は通用しない」
 ゼロが操るライディングボード、彼の腰にしがみつきながらセインが声を上げる。ゆり
かごを見るのは初めてだが、話ぐらいはスカリエッティから聞いたことがある。
「侵入方法は?」
「さぁ、普通には入れないと思うけど」
 傍らを飛行するディード、彼女も無言で首を横に振った。あれだけの質量物、入り口の
一つや二つあっても良いとは思うのだが……
「入り口が見つけられないなら、作ればいい」
 ゼロは呟くと、バスターショットを構えた。
「つ、作るって装甲に穴でも開けるつもり?」
 アインへリアルの直撃を食らっても無傷だったような戦船に、バスターショットなど通
じるのだろうか? なのはクラスの砲撃魔導師による砲撃ならまだしも……そのなのはは、
フェイトと共に先行している。ゆりかご内にヴィヴィオが、聖王の玉座に彼女が居ることを
知り、最大加速で戦場に向かったのだ。既に着いているはずだが、もう中にいるのだろうか。
「稼働中の砲門を破壊して、そこから入る」
「なぁっ!?」
 確かに、砲が剥き出しとなっている状態の砲門ほど脆い物もないだろう。それなら、破
壊できなくはないかも知れない。
「無理だよ、そんなの! 砲門って、砲撃してるんだよ? 近づいたら、撃ち落とされる
よ」
 とはいえ、セインの言うように砲門に近づくのは、それ自体が至難の業だ。
「それしか思い浮かばない。嫌なら降りろ」
「降りろって……」
 覚悟を決めるしか、ないようである。
 ディードを含めた三人は、一番近い砲門まで、放たれる砲火を避けながら接近した。砲
門のほとんどは地上に向けられているが、至近に迫った敵を見逃すわけもない。
「掴まっていろ」
 ゼロはバスターショットをチャージしながら、ライディングボートを操作する。砲撃を
行う砲口に迫るという、目を開けていられないほどの恐怖に、セインはガタガタと震えて
しまう。
「これで……!」
 フルチャージバスターが、発射された。砲撃の間隙を縫って撃ち込まれたバスターショ
ットは、砲門を壊すことに成功はした。しかし、全壊させるには至っていない。砲はまだ、
生きている。
「ダメか!?」
 珍しく焦るゼロであるが、それは杞憂に終わった。

「ツインブレイズ!」

 双剣を構えたディードが、ほとんど一瞬で砲口を破壊した。ゼロの攻撃で半壊状態だっ
ただけに、容易に事は済んだ。
「礼を言う」
「そんな物はいらない。私は、私の道を切り開いただけだ」
 ゼロとディードのやり取りを見ながら、セインは自身が何かしたわけでもないのに荒い
息をしていた。恐怖と緊張で、神経がすり切れそうになった。
「二人とも、神経太すぎ」
 兎にも角にも、ゼロとセインとディードの三人は、ゆりかご内へと突入した。


「ドクター、お客さんが二組ほどご到着でーす」
 ゆりかご内に侵入した異物を感じ取って、クアットロはスカリエッティへと回線を繋いだ。
『二組? 詳細を聞こうか』
「えっとですねぇ、まずは先ほど機動六課の魔導師二人、高町なのはとフェイト・テスタ
ロッサさんがガジェット発出口を破壊して侵入してきました」
 ゼロの発想もとんでもなかったが、こちらも相当であったようだ。言いだしたのはなの
はなのだろうが、絶え間なくガジェットが放出される場所、そこをまずフェイトがザンバー
の一閃で破壊する。斬撃で変形した口は開かなくなり、詰まったガジェットごと、なの
はが砲撃で吹き飛ばしたのだ。
『このゆりかごは歴史的にも価値があるというのに、酷いことをするものだ。修理のほう
は?』
「もうはじめてます、というか自動修復機能が勝手に働いてます」
『それは良かった……それで? もう一組は誰かな』
 スカリエッティの表情が、何かを期待しているように変化する。それが面白くて、クア
ットロは思わず笑みを浮かべた。
「ドクターお待ちかねの、ゼロですよ。ゼロとセイン、それにディードちゃんも一緒です」
『……ほぅ、ディードが』
 予期していなかったわけではないが、スカリエッティは一瞬の間を置いてディードの裏
切りを受け入れたようだ。
『まあいい、話を聞く限り、二組はそれぞれ別の場所にいるようだが、行き先は判るかな?』
「場所的に……そうですねぇ、隊長さん二人は玉座狙いかな。あっ、今二手にに別れたみ
たいです」
 一人は玉座に、もう一人はスカリエッティか、あるいはクアットロや機関部狙いか?
「ゆりかご内は迷路みたいな物ですから、辿り着くことが困難だと思いますけど」
『それはどうかな、経験がないので何とも言えないが、母親の愛というのは素晴らしいと
言うではないか』
「母親、ですか?」
 クアットロは、モニターに映るなのはの姿を見た。必死そうな表情で、何かを探し求め
ているように飛行している。
『母性愛には感服するが、覚醒前の聖王を玉座から引きずり下ろされては困る……ディエ
チはそこにいるかね?』
 スカリエッティは、自身に従順なナンバーズの名を呼んだ。特にすることもなかった彼
女は、クアットロの側で彼女の手腕を眺めているところだった。
「なんですか?」
 思いのほか、素っ気ない声だった。小さな不信感が、ディエチの中でも芽生えはじめた
からだろうか。
『君に任務を与えよう。高町なのはを、管理局のエース・オブ・エースを君の砲火で吹き
飛ばしてくれ』
 ディエチの表情が、僅かに歪んだ。スクリーンに映る、なのはの姿。必死なその姿は、
子供を捜す母親そのものといっていい。それを、砲撃で吹き飛ばせというのか。あの子だ
って、母親の存在を求めてるというのに……
「判りました。敵の、迎撃に向かいます」
 しかしこの時は、黙って命令に従った。少なくとも、スカリエッティやクアットロの目
には、そう見えた。



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最終更新:2008年10月05日 00:56