機動六課壊滅。
 その事実を真っ先に受け入れたのは、フェイト・T・ハラオウンだった。なの
はと共に帰還した彼女は、市街の有様と六課の惨状に動揺はしたものの、激し
く取り乱すような醜態は見せず、隊長として自己を保ち、現場の指揮を執り始
めた。
 スターズ分隊のヴィータ副隊長も、新人達三人を引き連れすぐに帰還した。
地上本部周辺にてガジェット部隊と奮戦を繰り広げていた彼女らであるが、突
如として敵が撤退を開始したことで通信機能が復活し、そこでヴィータらは初
めて市街のみならず六課までもが襲撃を受けていたことを知ることになる。

 帰り着いた六課の隊舎は、一部を残して崩壊していた。

 遅れて帰還した機動六課総隊長八神はやては、残骸と化したその姿に、思わ
ず地べたに膝をつき、シグナムに支えられなければ立つことさえ出来なかった。
「シャマルは……ザフィーラはどうした!」
 二人の反応が途絶えていることを危惧したはやては叫んだが、前者は司令室
があったと思われる瓦礫の下から発見された。
 シャマルはクラールヴィントによる結界で司令室にいた隊員達を守り抜き、
司令部の人的被害は最小限に抑えられた。だが、彼女に守れたのはそこまでだ
った。多くの隊員が傷つき、倒れていった。ザフィーラも、それに含まれる。
彼は、隊舎にある非常用シェルターの付近に倒れていた。いつもの獣の姿では
なく、人の姿を取り……敵と戦ったのだろう、腹を貫かれて意識を失っていた。
生きてはいたが、いつ死んでもおかしくはない状態だ。
 病院送りとなったザフィーラや、運び出される負傷者、死傷者を見ながら、
はやては一言も口を発しなかった。
 彼らとは逆に、奇跡的に軽傷で済んだ者もいる。医務室にて拘束中であった
セインである。彼女の脱走を防ぐために結界が張られていた室内であるが、崩
壊による衝撃でそれが解かれ、セインは間一髪能力を発動して脱出することが
出来た。しかし、逃げ出す気はなかったらしく、襲撃に現れたルーテシアやナ
ンバーズとは合流を避け、騒動が終わった後に戻ってきた。フェイトは意外に
思ったが、セインとしては自分が捕らえられている場所にかつての仲間が襲撃
してきたわけで、自分ごと隊舎を破壊しに掛かった仲間に対しての不信感が強
まったのである。

 負傷者と死傷者は、ともに二桁の数に上る中、行方不明者も存在した。
 それは誰か? 確認したフェイトは、思わず息を呑んだ。そして、傍らに立
っている親友の顔を見る。
「なのは……」
 戦場で一度も怯えを見せたことのない親友の表情が、恐怖で凍り付いていた。

 ヴィヴィオが、敵によって攫われたのだ。



        第15話「悪夢を映す鏡」


 ゼロが発見、いや、救助されたのは襲撃から一夜明けた昼過ぎだった。崩れ
落ちたビル、その瓦礫の下から助け出されたのだ。彼までもが敗北したという
事実は、六課全体に強い衝撃を与えた。損傷自体はそれほどではなかったのだ
が、生き埋めとなって救助されるまで身動きが取れなかったらしい。
 六課へと戻ったゼロは、見るも無惨な隊舎の姿を見た。しかし、無口で無表
情は変わらず、フェイトに状況を確認したときも極めて冷静であった。
「負傷者、死傷者が多すぎる。行方不明者は、一人減ったけど」
 全部で三人いた行方不明者、その内一人はゼロであったが、彼はこうして発
見されて帰還することが出来た。次にヴィヴィオだが、敵がヴィヴィオを攫っ
ていったことを、ザフィーラが消えゆく意識の中に止めていたので、生死はと
もかく敵の手の中にいることは間違いない。
 そして、最後の行方不明者は……
「シャマルの話では、ギンガは敵の戦闘機人、つまりナンバーズ二人と戦闘中
だったらしい」
 戦闘記録も残っていたのだが、隊長及び副隊長以外は見ることを禁じられた。
だが、これは妹であるスバルにとって、あまりに凄惨な映像だったからと判断
された故だ。

 ギンガは壮絶な戦闘の結果、左腕を切断され、敵に捕らわれてしまった。

 ゼロは、ギンガと別れたときのことを思いだした。自分が出撃し、彼女が六
課に残った。彼女は妹を頼むと自分に言って、だが、自分はそれを果たすこと
も、彼女を守ることも出来なかった。
「もっと早く、敵の狙いに気付くべきだった」
 スカリエッティは、ゼロと、そしてその背後にある機動六課とゲームをして
いた。つまり彼が狙うのは、あくまでゼロと六課だったのだ。市街地への攻撃
も、地上本部の封じ込めも、ナンバーズ移送計画を邪魔したことも、全部陽動。
 機動六課の壊滅、スカリエッティの狙いは初めからそれだけだった。考えて
みれば、セインもろともゼロを殺そうとした男が、積極的にナンバーズの奪還
をしてくるわけがなかったのだ。

 ゼロとフェイトの視線に、なのはが写った。焼けて、ボロボロになった人形
をその手に持っている。彼女は虚脱したように、暗い表情をしていた。
 そんな姿を見て、なんて声を掛けてやればいいのか、フェイトには思いつか
なかった。どんな言葉も、気安めにすらなりはしないと判っていたから。
「……ゼロ」
 声は、ゼロとフェイトの背後からした。振り返ると、そこにはやてがいた。
顔を伏せ、表情を見せようとしないが、声は酷く冷たくなっていた。
「はやて、何か用――!?」
 ゼロに代わって声を掛けたフェイトの前で、はやてはデバイスを起動、その
先端をゼロに突き付けた。魔力が解放され、辺りにいた隊員達がすぐに異常に
気付いた。リミッターを施されているはずのはやての魔力であるが、それを感
じさせない力が周囲に波動を伝えていた。
「なんで……守ってくれなかった」
 顔を上げたはやてに、フェイトは息を呑んだ。怒りに満ちた瞳と、その瞳か
ら流れる涙。刃物よりも鋭い視線で、ゼロを睨んでいる。
「何で守ってくれなかった!」
 怒りで爆発する魔力の波動からゼロを守るため、フェイトが防御魔法を張っ
た。だが、防ぎきるには至らずゼロ共々吹き飛ばされた。
「痛っ――なんて、力」
 フェイトが唖然としながらはやてを見るが、既に守護騎士達によって取り押
さえられていた。それでも気持ちが収まらないのか、はやては泣き叫んでいた。
 その姿を、悲しそうにリインが見つめていた。
「はやてちゃん……」
 誰もが今、はじめてしまった。はやての弱さと、そして――

 はやてが一番、ゼロの力に期待をしていたという事実に。


 機動六課を壊滅させたスカリエッティ一味であるが、大勝利という美酒に酔
ってなどはいなかった。それどころか、今回の戦果に対してノーヴェが不満を
訴えていたのだ。
「あれだけのガジェットを投入して、みんなで戦った結果が旧式のタイプゼロ
とガキ一人だと!? 納得できるか!」
 言葉は汚いが、無理からぬことだ。確かに六課の隊舎を崩壊させはしたが、
隊長や隊員達は健在であり、ゼストによって撃破されたゼロも救助され、健在
だという。壮大な作戦が成功したのは事実だが、隊舎を破壊したという以外に
目立った戦果がないのだ。
 しかも、敵の首を幾つか持って帰ってきたというならまだしも、トーレとセ
ッテが連れてきたのは片腕をもがれた古くさい戦闘機人、ルーテシアが持って
帰ってきたのは彼女よりも小さい幼女だ。捕らわれたナンバーズの奪還を諦め
てまで行った作戦なのに、この程度でしかないのか。
「口を慎め、ノーヴェ。ドクターのことだ、考え合ってのことに違いない」
 トーレはこのように言うが、彼女自身なにか確信や根拠があるわけではない。
単に忠誠心からドクターの擁護をしているだけである。
 不満をくすぶらせるノーヴェだが、ドクターは壊れたタイプゼロを見ると愉
快そうに笑いながら研究室に閉じこもり、それきり出てこなくなった。ウーノ
ですら入室を禁じられてるといい、一体中で何をやっているのか。不満をぶつ
ける相手が居らず、ノーヴェの苛々は溜まるばかりだった。
 一方、幼女ヴィヴィオのほうであるが、スカリエッティは彼女をすぐにどう
こうするつもりはないらしく、クアットロに「丁重に扱ってくれ、ただ、すぐ
に目を覚ますこともないように」と注文を加えていた。子供のお守りなど趣味
ではない、とクアットロは呟き、如何にも面倒くさそうにしていたので、ディ
エチが代わって役目を果たしていた。

 それから、丸一日が経過した。研究室から一向に出ようとしないスカリエッ
ティに痺れを切らしたノーヴェが、扉をぶち破ってでも引きずり出そうかと考
え始めていたとき、スカリエッティは一日ぶりに彼女らの前に現れた。
「みんな、揃ってるかね?」
 いつになく嬉しそうな表情で、スカリエッティは笑っていた。その笑顔を見
て、何故かノーヴェは怒りが冷めていくのを感じた。ヘラヘラしやがって、と
思うはずが、玩具を買い与えられた子供のような無邪気さに、何も言えなくな
ってしまったのだ。
「さて……何から話そうか?」
 ノーヴェのほうを見て軽く笑いながら、スカリエッティは口を開いた。達成
感、とでもいうべき表情を浮かべ、ナンバーズの姉妹らを見回している。
「あのガキ、あいつは一体なんなんだ!」
 口火を切ったのはノーヴェであるが、実は全員が同じことを考えていた。タ
イプゼロを回収した理由はまだ判るが、あの幼女は一体なんなのか。ただ一人、
クアットロだけは不敵な笑みを浮かべている。
「ガキとはまた恐れ多いことを。彼女こそ、我々が探し求めていた王様だよ」
 言葉に、衝撃が走った。
 王、スカリエッティは今、王と言ったか?
「あれがアタシたちの……王様?」
 ポカンとして、ノーヴェが尋ね返した。
 あんな自分が軽く小突いただけで死んでしまいそうな子供が、王だというの
か。信じられないが、ドクターが嘘を言うはずはないし、その理由もない。
「見た目で判断してはいけないよ、ノーヴェ。君が敬愛していたチンクだって、
君より幼い姿をしているが、君より強かっただろう?」
 この例えは、ノーヴェを納得させるに効果的だったらしい。そういわれてみ
ると、それもそうだと思った。
「では、我々が回収してきたタイプゼロは?」
 トーレの質問に、スカリエッティは一段と笑みを強めた。
「トーレ、それにセッテ……君たちは素晴らしい功績を挙げてくれた。無論、
ルーテシアも同等の働きをしてくれたが、セッテなどは初戦闘にもかかわらず
良くやってくれた」
「いえ、それほどでもありません」
 謙遜するセッテであるが、これは本心である。
「王を手に入れた我々の計画は、更なる段階へと進む。このゲームの勝者は、
決まったようなものだ」
 自信を見せるスカリエッティに対し、ナンバーズらは半信半疑だった。確か
に人は見た目ではないとは思うが、ヴィヴィオはどこからどう見ても無力な幼
女にしか見えない。
「更なる段階って、具体的にはどんなことするの~?」
 クアットロが尋ねるが、スカリエッティは即答をしなかった。
「その前に、君たちに紹介しおこうか……さぁ、こちらへ」
 驚愕による動揺が、辺り一面に広がった。
 トーレが愕然としながら、何とか口を開いた。
「お前は……お前は……!?」


 襲撃事件から三日、負傷者の救助と死傷者の運び出しが終了した起動六課隊
舎では、瓦礫の撤去がはじまりつつあった。相変わらず指揮を執っているのは
フェイトだが、ティアナも彼女の補佐に付いた。
「スバルの側に、居てあげなくて良いの?」
 その問いに、ティアナは小さく首を振った。なのはと同じく、スバルもまた
虚脱していた。キャロを側に付けているが、自分は痛ましくて見ていられなか
った。フェイトがなのはに声を掛けられなかったように、ティアナも友人に声
を掛けられなかったのだ。
 戦い終わって、犠牲はとても大きいものだった。ナンバーズらは大した戦果
ではなかったと思っているが、六課が負った傷は想像以上に酷い。
「まさか、ザフィーラがやられるとはな……」
 崩れた隊舎内を見て回りながら、ヴィータが静かに呟いた。鉄壁の守護獣で
あった彼がやられたという話し、俄に信じることが出来なかったヴィータだが、
事実は事実だ。

 敵はそれほどまでに強いのか、それとも――

「我々も、ただのプログラムでは居られなくなっていると言うことだろう」
 ヴィータの呟きに、シグナムが真剣な声と表情で返した。
「……どういう意味だよ」
「お前も気付いているはずだ。我らが、この十年で守護騎士というプログラム
から変化しつつあることに」
 シャマルと、ザフィーラがやられた際、シグナムとヴィータはそれをすぐに
察知することが出来なかった。以前までなら、騎士間におけるリンクシステム
によってすぐにでも気付けたはずなのに。
「ザフィーラの容態は、重い。だが、あの程度の傷もかつては無限再生能力で
回復できたはずだ」
 それが今では、普通の人間や動物と大差ない回復速度にまで落ち込んでいる。
恐らく、自分たち守護騎士が人間という存在に近づきつつある影響なのだろう。
「でも、だからってあいつが負けるなんて!」
「……ザフィーラは前線に立つ機会が、減っていた」
「それは、だけど修練や鍛錬をかかしちゃいなかった!」
 どちらも事実であるが、ヴィータは否定をしたかっただけかも知れない。
「ヴィータ、お前はこの十年で、自分が強くなったと思うか?」
「えっ?」
「いいから、どうなんだ」
 言われて、ヴィータは考えた。十年一昔と言うだけ合って、十年間は長いと
思う。自分は容姿こそ変わらないが、はやてやなのはは普通に成長し、時の流
れを感じさせる。そして、彼女らと歩んできた十年、自分は確かに強くなった
と確信が持てる。
「私も、自分は強くなったと思う。だが、強くなることがあるのなら、その逆
もまた然り……衰えること、弱くなることだってあり得るんだ」
 プログラムであったときは、一定の強さというものが常に約束されていた。
しかし、その全体が崩れたことによって、『一度の生』という確かな命を手に
入れたが故に、守護騎士は人と同じ制約を受け始めたのだ。
「無論、ザフィーラが弱かったとは思わん。だが、今まで不老不死、無限に再
生を続けてきた我らだ、いきなり生命という名の制約を抱いてしまい、キレが
鈍ったと言われても、否定は出来ない」
 以前ならば、どうせ再生されるのだからと、かなり無茶な行動や攻撃、戦闘
を繰り広げることが出来た。だが、これからは必ずしもそうではないと、シグ
ナムは心を戒めざるを得なかった。


 なのはは、所在なさげに隊舎近くの森の中、木の幹に身体を預けてへたり込
んでいた。木漏れ日が暖かな光りと空気を伝えるが、なのはには心地よくも何
ともなかった。
「ヴィヴィオ……」
 人形を、力を込めると崩れてしまいそうな人形を持ちながら、なのはは呟い
た。
「ここにいたか」
 そんな彼女の前に、ゼロが現れた。
 なのはは、はやてと違い、ゼロを詰ることはしなかった。全ては自分の至ら
なさから来たと、悔やみ続けていたのだ。はやてとて、やり場のない気持ちを
ゼロにぶつけたに過ぎないのだが、なのははヴィヴィオの安否を気遣うことが
優先的でゼロになど気が回っていなかった。
「……何?」
 惚けた声で、なのはが尋ねた。精神の抜け落ちたような、姿だった。
「お前を呼んでこいと言われた」
「フェイトちゃんに?」
 頷くゼロに、なのははため息を付いて起ち上がった。
 自分は魔導師であり、六課の隊長だ。いつまでも、こんなことはしていられ
ない。判っている、判っているのだが……
「ヴィヴィオ、大丈夫かな」
 その問いは、その場にいるがゼロに向けられたものではない。彼にしたとこ
ろで、答えられるわけもない問いだ。
「敵は目的があって攫ったんだろう。必要ないなら、他の隊員のようになって
いたはずだ」
 率直な意見を告げるゼロだが、そんなことはなのはも理解している。
「あの子がレリック持っていたときから、スカリエッティとの繋がりは考えて
いた。だけど、私はそれを調べることを怠っていた」
 拳を握りしめ、歯を食いしばる。悔しさと涙を、必死で堪えようとして、

 出来ることもなく泣き出した。

「私はいつもそうだ! 依存して、甘えて、縋り付くことしかしない。ヴィヴ
ィオは確かに私を求めてくれた、だけど……私もあの子を必要としていた!」
 心の支えか、精神安定のためか、なのははヴィヴィオを、自分でも驚くほど
大切な存在にしていたのだ。
 居なくなってみて、初めてそれに気付いたが。
「母親に……ママになってあげるべきだった。ちゃんとあの子のママに、私は
なるべきだったんだ。なのに、私は!」
 悔やんでも悔やみきれず、血が出るのではないかと思うほどの強さで、なの
はは唇を噛んだ。
 ゼロは、そんな彼女に背を向けて、呟いた。
「悔しいなら、行動をしろ」
 なのはが、顔を上げた。
「悔しいんだろう、心配なんだろう、なら、取りかえして見せろ」
 ハッと、なのはは驚いたものを見るかのように、ゼロを見ている。
 そう、悔やんで、落ち込むことなら、誰にだって出来る。
「……勿論、当たり前だよ!」


 八神はやてに対する周囲の視線は冷めつつあった。原因は、言うまでもなく
ゼロへの暴言と、醜態を晒したことにある。忠実であった守護騎士でさえも、
しばらくはそっとしておくべきだろうという判断の下、距離を置くようになっ
てしまった。
 ただ、はやての気持ちもわからないではない。特にリインは、その心情を深
く理解していたようで、周囲にはやてを責めないようにお願いして回っていた。

 機動六課、はやての夢。理想の舞台。

 それが音を立てて崩れたのだ。

 しかも、はやては最近になってやっとゼロのことを認めるようになってきた。
前向きに、強い味方であると期待を寄せるようになったのだ。
 その矢先の、この事件。はやてが期待した強いはずのゼロは、敵の騎士に敗
北してビルの下に埋もれ、そうしている間に六課は壊滅。期待はずれも甚だし
いではないか。
 八つ当たりだと言うことは、判っている。だが、シャマルが負傷し、ザフィ
ーラが病院送りとなった現状に、行き場のない気持ちをぶつける相手がはやて
には必要だったのだ。
「まだや……機動六課は、まだおわらへん」
 崩壊した隊舎で、何故か崩れ落ちずに残った執務室に、はやてはいた。
 自分の暴挙を反省こそしなかったが、ゼロには謝るべきだと思っている。思
ってはいるが、ああいう行動をしてしまった今、どう謝罪していいのかが判ら
ない。
 はやては、不器用だった。

 執務室の椅子に座りながら、はやては積もった瓦礫の一部を払いのけた。引
き出しを開け、紙とペンを用意する。
 報告書作りである。魔法関係の機器は全て壊れてしまい、使用不能だ。前時
代的だが、紙に書くしかない。
「全て、私の責任……か」
 認めたくないが、自分の判断ミスだ。
 なのはやフェイトなど、各々が自己を反省しているようだが、六課の総隊長
は自分なのだ。自分が責任を取って、ケジメをつけなくてはいけない。
「師匠にも、顔向けできないな」
 ギンガの父、ゲンヤ・ナカジマはかつての上官である。師匠と呼んでいるが、
彼に頼み込んでギンガを引き抜いたのは他でもない、はやて自身だ。今のとこ
ろ、何の連絡もないが、責任を感じざるを得ない。
「これから、どうするか」
 先ほども言ったが、このまま終わるつもりはない。
 隊舎はなくなった。犠牲者も多く出た。だが、それで諦めてどうする。やら
れたなら、やり返せばいいのだ。
「見てろ……スカリエッティ」
 気合いを入れ直し、はやてはペンを握って報告書を書き始めた。持ち直しも
一番早いのが彼女の取り柄だろう。
 この報告書を提出すれば、自分は処分を受けるだろう。降格か、解任か、い
ずれにせよ、この事件からは外される可能性がある。

 だが、それは杞憂に終わった。何故なら、はやては――

「たい…ちょう……」

 聞き違えかと、思った。

 聞こえるはずのない声が、はやての耳に響いた。はやてはペンを取り落とし、
ゆっくりと顔を上げた。
「ギン、ガ――?」
 攫われたはずの、戦闘に敗北し、捕まったはずのギンガがそこに居た。ボロ
ボロのバリアジャケットに、血と泥で汚れた身体。
 身体を引きずりながら、ゆっくりと歩いてくる。
「ギンガ!」
 慌てて、はやては椅子から飛び出し、ギンガの下に駆け寄った。倒れ込む彼
女の身体を支え、膝を突きつつ抱き留めてやる。
「まっ、まってな、今すぐ人を……」
 ダメだ。通信機器は全て壊れているし、シャマルは負傷してこの場にはいな
い。なら自分が、応急処置程度の回復なら自分にだって、いや、それともすぐ
に誰でもいいから人を呼ぶべきか!?
 動揺で混乱するはやてに対し、ギンガがその身体を強く掴んだ。
「隊長に、はやてさんに伝えなければ、いけないことが……」
 弱り切った声、肩で息をしながら、絞り出すようにギンガは言葉をはき出す。
喋るなと叫びたかったが、彼女が何か重要なことを言おうとしているのは明ら
かだった。
「今まで、どこに?」
「スカリエッティの、研究所に……だけど、私は逃げ出して」
 予想外の発言にはやては驚愕が隠せなかったが、同時に天運を感じた。ギン
ガがスカリエッティの研究所にいたというのなら、そこから逃げ出したという
のなら、彼女はその場所を知っているはずだ。
「ギンガ、詳しい話を――」
 はやてはギンガの左手を掴もうとして、

 違和感を、憶えた。

「あっ、れ?」
 肉の潰れた感触が、はやての身体に伝わった。はやては無言で、感触のした
位置を見る。
 脇腹だ、脇腹に手刀が刺さっている。
「がっ……ぐっ……」
 どうして? そう尋ねようと口を開き、代わりに出たのは言葉ではなく血塊
だった。口元から触れだしたそれは、はやての胸元と床、そしてギンガの顔に
も跳ねた。

 グチャグチャという生々しい音を響かせながら、ギンガが手刀を抜いた。

 血に濡れた左腕を、あるはずのない左腕を、引き抜いた。

 冷めた目で、はやてを見つめている。

 はやては起ち上がると、脇腹を押さえながら、後ろ足で窓辺に下がった。何
かを発しようとする度に血が溢れだし、言葉にならない。
 デバイスを起動するどころか、魔力を解放することも、出来なかった。
 だけど、はやては無理矢理、血塊と共に言葉を叫んだ。
「なんで――――!?」
 血と涙に濡れた顔で、はやてはギンガに向かって叫んだ。
 しかし、そんな彼女の目に飛び込んできたのは、左手に魔力を集中させるギ
ンガの、凶悪な笑みだった。

 執務室が、爆発した。


 爆発音に、外にいた隊員達はすぐに気付いた。
 フェイトやティアナ、シグナムやヴィータ、近くで休んでいたスバルやキャロ
も勿論、なのはとともに戻ってきたゼロも、その爆発音を聞いた。
「はや、て――?」
 爆発が起こった執務室の窓辺から、吹き飛ばされるようにはやてが落ちてき
た。瞬間的に、フェイトが落下位置まで飛んでそれを助けた。

 生暖かい感触が、すぐに伝わった。脇腹が抉れ、血を吹き出している。

 ヴィータが悲鳴に近い叫び声を上げ、シグナムも声こそ上げなかったが青ざ
めた顔をしている。なのはは駆け寄ると、跪いて回復魔法の発動に掛かった。
フェイトもまた、それに習う。
 スバルはオロオロと動揺しながら、爆発が起こった執務室を見た。一体何が
起こったのか。何が爆発したのか、それを確認するつもりだった。

 そして、見た。

「ごきげんよう、皆さん」

 声に、その場にいた全員が顔を上げた。
 そして驚愕の表情が、ゼロを除いて、広がっていく。

「ギン、姉――?」

 ギンガ・ナカジマが、立っている。
 ボロボロだったバリアジャケットがいつの間にか直っており、顔や身体にあ
った汚れも綺麗に消えている。
 ただ、バリアジャケットの色は白ではなく、紫色だった。
「本当に、ギン姉なの……?」
 雰囲気が違うことに、気付いたのだろう。信じられないものを見るかのよう
に、スバルが問いただした。
「あらスバル、お姉ちゃんの顔を忘れちゃった?」
 微笑むギンガに、スバルは何か言おうとして、言えなくなった。姉の姿を見
ながら、スバルはあるものに、気付いてはいけないものに気付いた。
「ギン姉、手! 左手!」
 言葉に、ギンガの微笑みが消えていく。
「手? 左手が、どうかした?」
「血が、血が付いてる!」
 距離があるので叫ぶように声を出すスバルに対し、ギンガはつまらなそうな
表情を見せた。
「あぁ、これ……これはね」
 笑いながら、ギンガは視線を、なのはとフェイトによって回復魔法を施され
ているはやてに向けた。
「この血は、そこに転がってる人のものよ」

 瞬間、シグナムが動いた。

「貴様ァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 レヴァンティンを抜き放ち、バリアジャケットを纏ってギンガへと斬り掛か
った。スバルが止める間もなく、斬撃はギンガへと振り下ろされた。
 だが、しかし……
「怒り狂って斬り込むなんて、結構お熱い性格なんですね?」
 ギンガはその斬撃を左手で、片手で掴み、受け止めた。レヴァンティンが、
軋み始める。
「でも、不意打ちでこの程度なんて……弱すぎよ」
 左手に力を込めると同時に、ギンガはレヴァンティンの刀身をへし折った。
いや、砕き折ったと言うべきか、握力だけで破壊したようにも見える。
 驚愕に包まれるシグナムの背後に、声が響いた。
「どけっ! シグナム!」
 ヴィータだった。グラーフアイゼンのギガントフォルムを起動し、鉄槌の一
撃をギンガに叩き込んだ。
「それが、なにか?」
 冷めた目と、冷めた声で、ギンガは構えを取った。構えて、そして左の拳を
迫り来る鉄槌に突き出した。
 ヴィータが愕然とする中、グラーフアイゼンが砕け散ってゆく。全てを砕く
鉄槌が、逆に砕かれたのだ。
「二人とも、邪魔よ」
 魔力を、紫色と赤色の混じり合った魔力を解放させ、ギンガはシグナムとヴ
ィータを吹き飛ばした。二人は地面に上手く着地するが、デバイスを破壊され
たショックからか、放心したように動けなくなっていた。
「さて、と」
 ギンガは改めて、下にいる隊員達をみた。誰もが誰も、彼女を見ている。
「今日は挨拶だけだから、そろそろ帰ります」
 微笑みながら、凶悪で冷たい笑みを浮かべながら、ギンガは言う。そしてま
ず、妹のスバルに顔を向ける。可哀想に、スバルの表情は恐怖で支配されてし
まっている。
「また会いましょう、スバル……それに、ゼロ」
 最後にゼロの方を見ると、ギンガの周囲に魔力の粒子が舞った。

 そして、それが消えたとき、ギンガの姿はどこにもなかった。

             つづく

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最終更新:2009年01月16日 14:33