本SSはグロテスクな部分がありますので、ご注意ください。



リリカルVSプレデター (前編)


広大な宇宙には人類が知り及ばぬモノが数多と存在する。
あるいは未知の異次元世界であり、あるいは思念のみで形成された意識体であり……そしてあるいは人類以外の知的生命体。
そう、“彼”は正に人類以外の知的生命体の種族だった。
爬虫類系生物から進化した彼の種族には、他の知的生命体にはない野蛮で常軌を逸した風習がある。
それは“狩猟”、それも生存の為の捕食としての狩ではない。それは生き甲斐とさえ呼べるほどの純然たる闘争欲求を満たす為だけのモノ、ただ殺す為の殺し。
彼の種は永き時に渡りこの狩りを脈々と行ってきた、あらゆる惑星のあらゆる生命体を相手に。
そして今回彼が向かったのはとある惑星、人型哺乳類種の支配する星だった。

彼は鈍色に輝く小型宇宙艇の中から目標の惑星を見た。眼下に広がる蒼は海の色、生命を育む海のものである。
だが彼の視界には鮮やかな蒼など映らない、当たり前だ彼の種族の可視光線に青色は見えないのだから。
彼は赤だらけの視界で目の前の星を見つめる。
この惑星の形態は一般的な通常生命体が生存している星、特徴として魔法体系の技術が進歩しているらしい。
データによれば他世界へ超空間を用いて移動する程度には科学技術もあるようだ、まあそれなりに知性はある。
彼が今度の猟場にここを選んだのはまったくの気紛れだった、そして胸中で『手ごたえのある獲物がいると良い』と密かに思う。

惑星の情報や装備を確認すると、彼は宇宙艇のコントロールパネルに大気圏突入の為のコードを打ち込んだ。
大気圏に突入した船が向かう先はこの星の中でも取り分け大きな都市“クラナガン”の上空。
こうして、ミッドチルダに最強の狩人が舞い降りた。




閑静な住宅街、その中の一軒の家に人だかりができている。
近所の住人にマスコミ等の報道関係者、多くの野次馬が平和な町で起こった血生臭い事件見たさに集まったのだ。
家の中には捜査を担当している陸士108部隊が、事件現場を調査している。
そして108部隊に所属する少女、ギンガ・ナカジマは鼻腔を付く凄まじい悪臭に耐え難い吐き気を覚えていた。
それは、たっぷりの血臭に外にぶち撒けられた内臓が長時間放置されて腐った臭い。
屠殺場で動物を殺し解体したような壮絶な異臭だった。
だが事件を捜査する立場上、臭い如きに屈するわけにはいかない。
ギンガは意を決して事件の被害者の遺体がある部屋へと足を踏み入れた。
そして、朝食を食べ過ぎた事をこれでもかと後悔する。


「ウプッ!」


胃から込み上げてくる酸味を含んだ味が口内に広がる、嘔吐を耐えるのがこれほど苦痛だと感じた事は生まれてこの方無かった。
口元をハンカチで押さえて必死に喉を上がってくる嘔吐物を押さえ込む。
目元には幾筋かの涙も流れている、そんな彼女の肩に上司の男性がそっと手を置いた。
陸士108部隊捜査主任ラッド・カルタス、ギンガより遥かに事件慣れした彼は凄惨な現場の様にも顔色を変えず彼女に心配そうに声をかけた。


「大丈夫か? 無理に見る必要はないんだぞ?」
「ええ、大丈夫です……これくらいでへばってられませんから」


青い顔でそう言っても説得力などなかったが、ナカジマ家の頑固さは部隊長のゲンヤとの付き合いで嫌と言うほど知っていた。
恐らく自分がいくら言ってもギンガは現場をしっかり検分するだろう、彼女のその様子にカルタスはいくらか諦念をこめた溜息を吐く。


「分かった、止めはしないが無理はするなよ?」
「はい」


自分の身を案じてくれている彼の言葉に、ギンガは青い顔で儚げな微笑を浮かべた。
だがカルタスは優しい言葉だけでなく、しっかり捜査主任としての注意も忘れなかった。


「それと、吐くならなるべく部屋の隅でやってくれ。せっかくの現場が汚れる」
「うう……はい」
「では行くぞ、遺体は向こうだ」


カルタスはそう言うと、ギンガを先導するように歩き出す。そして、凄まじい死臭の元である部屋の奥に行けばそこには地獄絵図が広がっていた。
目の前の光景にギンガの中で吐き気と嫌悪感と恐怖が最高潮を迎える。口の中に満ちた酸っぱい味を抑えるのはもう我慢の限界だった。


「ギンガ、吐くなら向こうだ」


彼女の様子を察したカルタスは壁の方を指差す。調査するべき物の無い壁際ならば捜査官の嘔吐物がいくらかあっても問題ないという判断での指示だ。
ギンガは彼に従い、壁の方に駆けてそのまま胃の中身をぶちまけた。
普段は冷静沈着な彼女の乙女らしい様子にカルタスはいくらか苦笑しつつ、そっとハンカチを渡す。


「だから無理するなと言ったろ?」
「す……すいません……」
「良いからこれで拭いて、せっかくの綺麗な顔が台無しだ」
「はい……ありがとうございます……」


ギンガは彼から受け取ったハンカチで口元を拭い、涙を零しながら頭を下げた。
近代ベルカ式の使い手で、108部隊有数の猛者である彼女の弱弱しい姿に思わずカルタスの口元に苦笑が宿る。


「まあ、無理もないか……こんな現場じゃ……」


ギンガにも聞こえない程度の声でそう漏らしながら振り向けば、そこにはこの事件の被害者の遺体があった。

それはワイヤーで逆さに吊るし上げられており、全身の皮を剥がれていた。
遺体は、本来人体を覆うべき外皮を全て剥ぎ落とされており皮下組織の下にある筋繊維が剥き出しになっている。
外皮を剥がれた屍はさらに腹部を切り裂かれて内臓をぶち撒けられ、滴る赤で大きな血溜まりと臓物の山が形成していた。
悪臭の元はこの腐った内臓、そこには蝿がたかり蛆が湧いている。鑑識班が死亡状況を調べる為に採取したと言うのにまだ屍肉食の虫共は骸を貪っていた。
そしてもう一箇所目を引く場所、それが頭部だった。
遺体の頭は普段あるべき形、頭蓋骨の持つ丸みを失っている。それもその筈だ、屍からは頭蓋骨が抜き去られていたのだから。
それは見事な手際だった、遺体の頭部が形状をある程度保ったまま中身の頭蓋だけ取り除かれているのだ。
後頭部から顔面の前面までパックリと開かれた鋭利な割れ目からは空虚な闇だけが広がっている。
正に地獄絵図としか形容できない凄惨な状態。例えギンガでなくとも嘔吐を催さずにはいられないだろう。
凄惨極まる悪鬼の所業、しかしこんな事件がクラナガンで起こるのは初めてではない。


「これで20件目か……いったい誰がこんな事をしているんだ?」




夜のネオンが光る時刻、時空管理局ミッドチルダ地上本部施設の一角、局員がよく利用するカフェに一人の女性がいた。
燃えるような鮮やかな緋色の髪をポニーテールに結い、女性的な美しさに満ちたたおやかな肢体を茶色の管理局制服で包んだ美女。
この女性こそ、地上本部首都航空隊に所属する夜天の守護騎士シグナムである。
シグナムはテーブル席に腰掛け、新聞片手にホットコーヒーで満ちたカップを傾けていた。
休憩時間にここでブラックコーヒーを飲みながらゆっくりと過ごすのは彼女の日課である。
今日もそうしてコーヒーの味を楽しみながら、紙面で報じられている昨今の事件などに目を通していた。
そんな彼女に一人の男の影が近寄り、テーブルの隣の席を引いた。


「隣、良いっすか?」
「ああ、構わんぞ」


茶髪の青年に彼女はそう答える、青年は了承を得ると隣に腰掛けて彼女と同じブラックコーヒーを注文した。
彼は同じ部隊に所属するシグナムの部下ヴァイス・グランセニック、狙撃手兼ヘリパイロット。
入隊時からシグナムの下に就き、彼女の事を“姐さん”と呼び慕う好青年である。
こうして彼と暇な時間を共にするのも良くある光景だ。
ヴァイスはウェイターが持って来たコーヒーを啜りながら、彼女の読んでいる新聞を横合いから眺めた。


「何か面白い事でも載ってます?」
「ん? ああ、最近クラナガンで多発している連続殺人事件の事がな……」


クラナガン魔道師連続殺人事件、それはここ数ヶ月間クラナガンを恐怖のどん底に落としている怪事件だった。
殺されるのは決まってデバイスを持った者、それも屈強な武装局員ばかりが被害にあっている。
そして被害者の遺体は皆、逆さに吊るされたうえに生皮を剥がれ内臓を抜かれ頭蓋を奪われ、凄惨極まる状態になっているらしい。
起きた事件は20件以上、被害者は30人以上にも上る。
事件を担当している陸士108部隊に所属するギンガの話では“この世のものとも思えぬ所業”だそうだ。
事件現場周辺で“透明の怪物を見た”とか“悪魔が人を殺していた”等の目撃証言が度々報告される事から、俗な雑誌では悪魔の仕業とすら書かれていた。
また奇妙な事に、現場近くに居合わせた女性や子供そして重篤な病気を疾病した者は誰一人として殺されていないのも事件の特徴だった。


「また起きたみたいっすね、その事件」
「ああ」
「やっぱテロリストとか反管理体制主義者の仕業っすかねぇ」
「いや、それはないだろう。それならば犯行声明が出る」
「じゃあ異常者とか?」
「かもな……」


二人がそんな会話をしているところに、突如としてデバイスからけたたましいアラーム音が鳴り響く。
デバイスを取り出してみれば緊急招集のアラートが表示されている、どうやらコーヒーブレイクは終わりらしい。


「さて、休憩時間は終わりのようだ」
「みたいっすね」


二人はそう言うと席を立ち、部隊のヘリ格納庫へと向かった。この日最強最悪の狩人に出会うとも知らずに。




夜の闇の中で煌めく光があった。
クラナガンの都市部から幾らか離れた場所にある廃棄都市区画、無数の朽ち果てたビルがあるそこで数多の火の花が咲いているのだ。
あるいは銃口から咲き誇る銃火(マズルブラスト)であり、あるいは曳光弾が闇を切り裂く閃光であり、あるいは魔力弾が作り出す光だった。
それはある犯罪者集団、先ほど大規模な強盗事件を起こした無法者共と彼らを逮捕する為の来た武装隊との戦いである。
強盗共は銃火器で武装した者が30、デバイスで武装した者が10という大所帯。そのうえ全員が相応の訓練や実戦を積んでいるらしい。
手練れの武装隊も攻めきれずに苦戦しているようだった。


「オラオラオラ!! 死にさらせ糞がぁっ!!」


ツバを撒き散らして叫びながら強盗団の一人が遮蔽物から身体を出して銃を乱射。大口径の軽機関銃の銃口からオレンジ色の銃火と共に大量の弾丸が吐き出される。
撃ち出された弾丸の内何発かはフルオートの反動で標的となった武装局員を外れて周囲のコンクリート壁にめり込んだが、大半は狙い通りにきっちりと命中した。
武装局員の展開した防御障壁を高硬度の金属製弾芯を有して高貫通能力を持つライフル弾が削っていき、十発目にして完全に破壊。
バリアジャケットで覆われた武装局員の身体にめり込んだ。


「がはぁっ!」


叫びと共に吐血、内臓深くにこそ達しなかったものの銃弾のもたらす人体破壊は絶大だった。
たたらを踏んだ後に、被弾した武装局員の男はその場で倒れる。激戦地で倒れた彼は正に格好の的。
血に餓えた犯罪者共はその狂った照星(サイト)の照準で狙いを付けた。


「マイケル!!」


絶体絶命の仲間に武装局員の一人が危険を顧みず、遮蔽物にしていた廃車の陰から顔を出して叫んだ。
引き金が絞られ、銃弾の雷管が叩かれて薬莢に詰められた遅燃性火薬が燃焼するまで一刹那。
人の命が無造作に奪われる寸前、その時一つの影が舞い踊った。
瞬間けたたましい音と共に炸裂する銃声、金色の薬莢を地面に転がしながら硝煙と銃弾の狂想曲を織り成す。
絶命必至の過剰殺傷、着弾の衝撃で巻き上がる土煙、勝利の愉悦に銃撃を行った男は下卑た汚い笑いを浮かべて口元にだらしなく唾液まで垂らした。
だが、煙が晴れた時現れたのはミンチになった死体ではなく燃えるような緋色の髪を揺らした美女の姿。
剣を片手に立つその姿はさながら戦場に舞い降りた戦の女神か、形容し難い美しさだった。


「ナニ!?」


男の口から思わずそんな呟きが漏れる。突然割って入って女が現れたのもあるが、これだけの銃弾を受けたというのに相手が無傷であるという事実が衝撃を与えた。
彼女はただ正面から銃弾を受け止めたのではない、銃弾の軌道を反らす為に傾斜を付けた高硬度障壁を多重展開して受け流したのだ。
よっぽど腕の立つ魔道師でもなければこんな芸当はできないだろう。故に男に与えた驚愕は深い。
男は手にした軽機関銃では相手を破れぬと即座に判断、背に担いでいた個人携帯用の使い捨て式ロケットランチャーに手を伸ばした。


「遅い!!」


女性は叫ぶと同時に跳躍、飛行魔法を行使して相手に高速で接近する。既に男は彼女の間合いの内にいた。
鮮やかな緋色の髪を揺らし、宙を舞いながら横薙ぎに刃を振るう様は幻想的な美しさすら有している。
そしてランチャーを発射する為に安全ピンを外す暇すら与えられず、男に彼女の振るった炎の刃が一閃。
男の意識は燃える刃で闇の底へと刈り落とされる。手にした銃火器を地に落としながら、男の身体は倒れ付した。


「安心しろ、殺しはせん」


彼女はそう言いながら、剣に這わせた魔力の炎を払う。
武装局員の仕事は犯人を殺傷する事でなく無力化して捕縛する事だ、絶命せぬように手心は加える。
そんな彼女に、先ほど銃弾に倒れた武装局員を介抱しながら隊員が声をかけた。


「すいませんシグナム隊長」
「気にするな、それより早くマイヤーズを医療班の元へ連れて行け」
「ですが、隊長だけ残してはいけません」
「ん? 誰が一人と言った?」


部下の言葉にシグナムが答えた刹那、高出力の魔力弾が発射される音が鳴り響く。
何が起こったのかと周囲を見渡せば、100メートルほど離れたビルの屋上で倒れる影が一つ。
それはシグナム達にロケットランチャーの狙いを定めていた強盗団の一人だった。


「ヴァイスがいる」


彼女がそう言って空に顔を向ければ、ヘリの後部ハッチから狙撃銃の銃身を覗かせてこちらを見下ろす狙撃手が一人いた。
ヴァイスは200メートル以上離れた場所をホバリングし空中静止しているヘリから見事な狙撃を見せた、正にエース級の腕前である。


「私はヴァイスと一緒に先行した部隊と合流する、早く撤退しろ」
「は、はい! お気をつけて」


負傷した仲間を担いで撤退する部下に一言残し、シグナムは先行して強盗団と戦っている部隊の元へと駆け出した。
手にした剣に炎を纏わせポニーテールに結われた緋色の髪をたなびかせて美しき女騎士がさらに激しい戦場へ向かう。

そして、ビルの一角からそんな彼女を見つめる狩人が一人。
それはまるで陽炎だった、特殊なフィールド発生させて光を曲げて自身の姿を隠す擬態能力、光学迷彩によるステルス化である。
彼のヘルメットの機能が赤外線によって熱分布を映像化したサーモグラフィによってシグナムの姿を映し出す。
狩人はその目で獲物に狙いを定めた、絶世の美女にして勇ましい女騎士を。

今しがた離れた場所で戦闘を行っている者達も含めて、どうやら今夜の狩りは賑やかになりそうだ。
異星より来た狩人は予想よりも遥かに多くそして狩り甲斐のありそうな獲物に胸を熱く滾らせた。


続く。


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最終更新:2009年10月30日 16:45