機動六課へ居つくこととなったゼロであるが、これといって何か役割がある
わけでもなく、無為に過ぎる日々を過ごしていた。極端にいえばすることがな
くて暇なのだが、漂流者たる身に何ができるわけでもないと、ゼロも最初の内
は控えめに活動をしていた。

 だが、一週間も過ぎれば忍耐強い彼にもさすがに『飽き』が来て、六課内を
歩き回るなど少しずつではあるが行動を始めた。仕事があるため四六時中側に
いるわけにもいかないフェイトはこの傾向を喜んだが、やはりよそ者というこ
ともあってかそれを快く思わない者もいる。
 その代表格が六課の課長にして総隊長のはやてと、そして彼女に使える守護
騎士たちであるとされる。例えば、ゼロが行動的になったのを境に、彼の周囲
に一匹の犬が付きまとうようになった。ゼロは、自分が動物に懐かれるような
存在ではないと認識していたし、犬の方もどちらかといえば適度に距離を置い
てゼロの傍にいる。六課内で飼われている軍用犬の類かと思ったゼロであるが、
偶然廊下で会った高町なのはという魔導師に訪ねることで、その疑問は解消さ
れた。
「あぁ、ザフィーラは、はやてちゃんの守護獣だよ」
「守護獣?」
「ミッドチルダ式に言えば使い魔。発達した知性と知能、人と同じ言語を話し、
人と同じ姿を取ることができるの」
 ザフィーラという名の守護獣は、すでに使い魔として老齢の部類に入ってい
るため、六課でもこれといった役職には就かず、身体に負荷のかかる人型を取
ることも稀だという。
「きっと、貴方の事を見張ってるんだね。まあ、別にいきなり噛みついたりは
しないと思うよ」
 じゃあ、新人への訓練があるから……と、なのはは歩き去った。
 彼女は六課の中でもゼロに対して中立的で、好きでもなければ嫌いでもない、
言ってしまえば全くの無関心、興味がないのだ。
「…………」
 振り返り、自分の後を付いてくる犬に目をやるゼロ。低い唸り声を上げ、ゼ
ロを威嚇している。
「ご苦労なことだ」
 八神はやてから嫌われているというのは、態度から理解しているゼロである
が、何故嫌われているのか、その理由がよくわからなかった。元居た世界でも
味方より敵の方が多かったゼロであるが、そこには嫌われるだけの理由があっ
たし、はやてにもそれはあるはずだ。しかし、ゼロは彼女と刃を交えたことも
なければ、敵対しているわけでもない。レプリロイドという存在自体が気に食
わないというのなら話は別だが……
 思案しながらゼロが歩いていると、廊下の角から飛び出してきた小さな飛行
物体とぶつかった。大した衝撃ではないし、そもそもヘルメットをしているの
で痛くも痒くもないゼロだが、相手はそうでもなかったらしい。
「痛いですぅ~! どっこ見て歩いてるんですか!」



        第4話「輸送列車を破壊せよ」



「サイバーエルフ……か?」
 それは本当に小さかった。全長30cm程度の、良くできた人形といっても差支
えはないだろう姿形。中空を浮遊しており、ゼロと衝突したのはそのせいだ。
「サイバーエルフ? なんです、そのイカした名前は!?」
 サイバーエルフとは、ゼロの元居た世界に存在するプログラム生命体の総称
である。人間やレプリロイドを補助するため作られ、治療や回復、身体強化な
どの能力を持つ彼らにゼロは幾度か助けられたことがある。
 目の前にいる少女の姿をしたこれも、あるいはこの世界におけるサイバーエ
ルフのようなものなのだろうか?
「いいですねぇ、その響き。実はリイン、最近イカした名前が欲しかったんで
すよー。なんて言うか、人格型ユニゾンデバイスじゃ長いし、あんま格好良く
ないじゃないですかー」
 青く濃い色をした瞳を輝かせながら、ウンウンと頷いている。
「お前は……?」
「お、お前とは失礼ですね。六課のアイドルであるリインの事を知らないなん
て!」
 では、特別に自己紹介をしてあげましょう、とサイバーエルフもどきは言う。
「リイン・フォースツヴァイ。マイスターはやてによって作られし、人格型ユ
ニゾンデバイスにして、機動六課部隊長及び副隊長補佐、そして、なんと前線
管制までやっているのです!」
 エヘン、と胸を反すリイン。
 要するに小さい成りをしているが、そこそこの地位であることを言いたいら
しい。
「で、リインはリインですが、あなたは誰ですか?」
 ここに来て一週間、ゼロの存在も認知され始めたと思っていたが、知らない
奴は知らないようだ。
「ゼロだ」
「ゼロ……? 聞かない名前ですね。よく見たら、顔にも見覚えがない」
 腕を組み、首を傾げて考えるリイン。一つ一つの動作が大げさなようにも見
えるが、ここは子供っぽいと表現するべきだろうか。
「あぁ、思い出しました! なんか、はやてちゃんがグダグダ言ってた奴です
ね。よそ者のくせにーとか。無表情で何考えているのかわからないーとか」
 どうやら、陰では散々な言われようらしい。別にどうとも思わないが、嫌わ
れたものである。
「いやいや、落ち込んではいけませんよ。はやてちゃんもあれでいて、照れ屋
さんなのです」
「そうなのか」
 口では色々言っているが、それほど嫌いではないということか?
「いえ、嘘です。単にあなたのことが嫌いなんだと思います」
「…………」
 嘘や冗談で笑えないのが、ゼロの短所の一つだろう。リインはゼロの表情が
微塵も変化しないのに、少し動揺するも、すぐに持ち直した。
「折角ですから、少しお話しましょう!」


 隊舎の外、演習場に向かって歩くゼロと、その横を飛ぶリイン。気が滅入っ
た時は日の光を浴びるのが一番らしいが、別にゼロは気落ちなどしていない。
「はやてちゃんも、あれでお年頃なんですよ。年頃の娘はなんて言うか、色々
ストレスも貯まるものなのです」
 小さい割に言うことがババ臭い……などと、ゼロは思わなかった。むしろ、
なるほどそういうものかと頷いたぐらいだ。結局のところ、ゼロには年頃の娘
の深層心理など分かりはしないのだから。
「この機動六課は、はやてちゃんが長年夢見た舞台でした」
 日差しが眩しそうに目を細めながら、リインが語り始める。
 ちなみに、ゼロに付きまとっていた犬のザフィーラはリインが「しっ、しっ、
あっちへお行き」と追い払ってしまった。曰く、「レディが大事な話をすると
きに獣はいりません」とのことである。ザフィーラがしょぼくれた様に去って
いったのはゼロの気のせいだろうか。
「はやてちゃんは子供の頃から、優秀で才能に溢れる魔導師でした。今ももち
ろん凄いのですが、はやてちゃんになのは隊長、それにフェイト隊長を加えた
三人は管理局でも例がないほどの実力者で、九歳のころには大人顔負けの強さ
を誇っていたといいます」
 特にはやては、魔導師ランクだけなら、なのはやフェイトのそれを上回ると
されている。強力すぎて上官よって魔力制御をかけられているほどだといい、
さすが総隊長を務めるだけのことはある、ということか。
「はやてちゃんに限らずですが、強い力を持っていると人間は一つの勘違いを
してしまいます。自分はこれだけ強いのだから、自分は何でもできるんだ、と」
 時空管理局入りを果たしたはやては、それはもう目覚ましいほどの活躍を見
せたという。彼女は過去の負い目もあってか律動的かつ行動的で、率先して任
務をこなしては高い成功率を打ち出してきた。
「確かに、はやてちゃんは強いです。身内びいきになりますが、本気を出した
はやてちゃんの前には、あなただって勝てないと思います。だけど……それは
所詮個人の強さでした」
 四年前起こった臨海地区における空港の大規模火災。
 はやては、この事件を機に個人の力の限界と、管理局地上本部の欠点につい
て考え始めたという。
「如何に強い力を持っていたところで、個人にできることというのはたかが知
れています。人間、食事をしながらお風呂に入って、眠りならがお洗濯と洗い
物はできないのです」
 妙な例えである。
「はやてちゃんは地上本部の行動力の遅さに嘆きました。そして、自分やなの
は隊長のような力の持ち主が、大きい組織故に機敏に動けず、結果、大災害が
防げない状況を変えようと思い立ったのです」
 それが機動六課。はやての理想、はやてが夢にまで見た自分の部隊。
「隊長二名をはじめ、多くの人がはやてちゃんと昔から付き合いのある人ばか
り。そうした人たちの協力の下に、機動六課は成り立っています」
 しかし、しがらみというものは存在する。
 六課の存在を快く思わない者からの嫌がらせや非難、誹謗中傷など、はやて
は総隊長として対処しなければならない。
 だが、夢を追い求めた十代の少女には、そうした声は予想以上に辛く厳しい
ものだった。特にはやてには、後ろ暗い過去がある。


「だからまあ、今はピリピリしてるんですよ。少しでも六課の立場を良くしよ
うと、必死なのです。分かってくれとは言いませんが、心に留めておいてくれ
ると幸いです」
「…………」
 そういうことか。
 ゼロは、何故はやてが自分のことを嫌い、敵視するのかが分かった。
「結局、夢だの理想だのと言いつつ、ただの自己満足だな」
「……どういう意味です?」
「お前のマスターは、確かにオレが嫌いなんだろう。だが、それはオレ個人が
どういうという前に、自分の機動六課に異物が混ざるのを拒んでいる」
 昔からの仲間を集めた、はやての夢の城それが機動六課。彼女が夢に見て、
夢に描いて、作り上げた自分の舞台。
 その舞台にとって、ゼロはあってはならない異物。招かれざる客。
「身内に甘く、身内には優しい。それだけだ」
 リインは、反論が出来なかった。ゼロの指摘が正鵠を射たとは思わないが、
実は限りなく真実に近いのかもしれなかった。はやてはその生い立ちと境遇か
ら、必要以上に家族の絆や、仲間意識を大事にする人物として知られている。
 はやてが機動六課を設立する際に集めた人材は、新人たちを除けば何かしら
彼女と関わりあいのある人々だ。これには、実験的な意味合いの強い部隊だけ
に身内程度にしか協力を要請できなかったという背景もあるが、あるいは、は
やては意図的に身内を選んだのではないだろうか?
 自分とその家族、その友達で作る、彼女の夢の舞台。
「自分の夢は、他人の夢じゃない。それを、奴は理解できているのか?」
「痛いところを突きますね、あなたは。はやてちゃんが嫌いになるわけです」
 言ってしまえば六課とは、はやての仲良し部隊と言い切れるほど、偏った人
員構成なのだ。それも、当人たちが気付きにくい、他者からしか異質に見られ
ない、家族や友人、仲間という集団。
 ゼロはそれを否定するつもりはない。部隊を作るにあたって、気心知れた者
たちを集めるのは悪いことじゃないし、少々度が過ぎているだけだ。だが、は
やての場合、内外に敵が多いせいか、そうした身内以外を信用していないのだ。
以前、フェイトがジュエルシードに関するはやてのとった行動、恩のある上官
を庇ったという話をしたが、あれにしてみても、はやては友人を失うことを恐
れたのではないだろうか?
「奴は、何故そんなにも周囲との関係を気にする」
「それは……言えないです。はやてちゃんの過去に関わることですから」
 過去に何かあったということか。
「無理に聞くつもりはない」
 元々、興味はない。
 はやてが自分を嫌うのならば、関わらなければいいだけの話だ。
「リインは、はやてちゃんには誰とでも仲良くしてほしいのですけどねぇ……」
 困ったものですと溜息をつくリイン。


 今日、六課では二人の隊長が不在だった。まず、総隊長のはやてがベルカ自
治領に出かけており、フェイトも外に出ている。
 残るなのはは、新人フォワードたちに訓練をつけており、ゼロはリインとそ
れを見物している。ゼロは、高町なのはという少女とあまり話したことはない
が、フェイトの親友らしく、相当な実力の魔導師らしい。
「人が人に物を教えるとき、その人の個性が出るといいます。なのは隊長と、
フェイト隊長は特に」
 なのはの訓練ぶりを解説するリインだが、なのはは主に基礎を中心とした教
導を行っているらしい。新人たち4人を相手に、まるで子供をあやすかのよう
に余裕を持っていた。
 新人たちもそう悪い動きをしているとは思えないが、やはり荒削りな面があ
る。
「どうです? どの新人が一番良さげですか?」
「何故、オレに訊く」
「多方面からの意見を聞きたいのです」
 ゼロは訓練に励む新人たちを見る。新人によって、空を飛べる者と飛べない
者がいるらしいが、目立つ動きをしているのは以前自分に敵意を向けてきたエ
リオという少年だ。素早い動きを駆使し、周囲を飛び回っている。ただ、動き
が速さに任せたものになり過ぎており、直線的すぎる。案の定、なのはに見切
られ避けられている。
「…………」
 新人たちの動きよりも、ゼロはなのはの動きに注目していた。ゼロは彼女の
動きに何か、引っ掛かりのようなものを感じていた。
「左側面からの攻撃に対する対処が鈍いな」
「は?」
「いや……」
 ゼロが思案していると、別方向から長剣を腰に下げた女性がゼロたちに声を
かけてきた。
「あまり部外者に見てもらいたいものではないな」
「シグナム!」
 リインにシグナムと呼ばれた少女は、まっすぐとゼロに歩み寄ってくる。
「お前が我が主の心の平穏を乱すゼロか……」
「主?」
「我が名はシグナム。ライトニング分隊副隊長にして、マスターはやてに仕え
る守護騎士」
 言うと、シグナムは腰に下げた長剣を抜く。
「何の真似だ」
「貴様も抜け。隊長を退けた実力を見てみたい」
 異様な事態に、訓練中の新人やなのはも動きを止め、シグナムに目をやって
いる。甲冑を纏い、魔力を解放させたシグナムには言いようのない威圧感があ
った。


「断る」
 ゼロはその挑戦をあっさり避けた。
「ほぅ、私と戦うのが怖いか。女だからと、遠慮はいらんぞ」
「…………」
 ゼロはリインの方を見るが、彼女は困ったように首を振っている。
「シグナムの決闘好きには呆れ返って言葉も出ません」
「リイン、お前こそ主の敵と何を親しげに話している。監視役のザフィーラま
で追いやって」
「そういう、ギスギスした態度がダメなんですよ!」
 何やら揉め事がはじまったらしい。新人たちも訓練を中断して訝しげに見て
いる。しかし、決闘好きとはどういう意味だろうか。
「お前には関係ないことだ。私はその男に決闘を申し込んだのだ!」
 剣先をゼロに突きつけるシグナム。ゼロは彼女に向き直ると、ゼットセイバ
ーを引き抜いた。
「フ……そうでなくてはな」
 リインを払い、魔剣と呼ばれるアームド型デバイス『レヴァンティン』を構
えるシグナム。
 緊迫した空気が周囲を流れる。新人たちは多少動揺しながら事態を見守って
いるが、隊長のなのはは見世物でも見るように、中空から文字通り高みの見物
を決め込んでいた。

 ジリっ、と距離を詰めるシグナム。ゼロのゼットセイバーの構えをとるが、
シグナムは先ほどの威勢はどうしたのか、なかなか斬り込んでこない。
 こちらが先に仕掛けるのを待っているのか、それとも――
『大変です、ガジェットの反応を確認しました!』
 訓練場の通信機器が作動し、通信主任のシャリオ・フィニーノが緊急連絡を
寄こしてきた。
「場所は?」
 いつの間にか地面に降り立っていたなのはが、冷静に確認する。
『山岳丘陵地区、リニアレールの車両が襲撃を受けています』
「わかった。すぐ行く。外出中のフェイト隊長と、ベルカ自治領に赴いている
はやて総隊長にも連絡を」
 通信を終えると、なのはは大きく伸びをした。そして、戸惑う新人たちに声
をかける。
「さてみんな、出撃だよ。準備しなくちゃね」
 事態が事態だけに、シグナムも構えを解いて剣を鞘に収めている。ゼロもゼ
ットセイバーの刃を消して収納した。
 なのはは、シグナムの横を通り過ぎて隊舎に戻る。その横を通り過ぎる瞬間、
「よかったね、戦わずに済んで」
「なっ――」
 笑みを浮かべながら、なのはは新人たちと共に歩き去っていった。シグナム
もゼロに背を向け、
「私は、負けてなどいない」
 といって、駆けていった。
 分けが分からないのはリインである。
「どうしたんですかね、あれ」
「……さあな」


 教会騎士団の調査部が追っていた第一級捜索指定ロストロギア『レリック』。
地道な調査を続け居た調査部は、レリックの輸送情報を入手。これの確保に向
かったが、突如襲来したガジェット部隊の奇襲に遭い全滅、リニアレールは内
部へ侵入したガジェットにコントロールを奪われ、暴走中だという。
 ベルカ自治領にいるはやての命令が下り、なのは部隊長が新人たちを率いて
出撃した。外出中のフェイト部隊長も連絡を受け、現場に急行しているという。
「どうして、ヘリでの移動なんだ?」
 輸送ヘリに乗って現地へ向かった魔導師達を見送りつつ、ゼロは素朴な疑問
をリインに投げかける。
「どうしてって、空輸のほうが速いからですよ」
「魔導師は空を飛べるんだろう?」
「飛べない人も居ます」
「なら、転送すればいい。次元航行の技術があるならそれぐらい……」
 自分の感覚で物を言うゼロであるが、さすが異世界だけ合って認識や感覚の
ズレは存在するらしい。
「あのですねぇ、走っている列車に転送なんかしたら危ないじゃないですか!
 危険ですよ、交通事故ですよ!」
 手をブンブン振りながら、危険度を訴えるリイン。
「…………」
 まあ、生身の人間には危険かも知れない。
 先ほどのシグナムをはじめとした副隊長は隊舎に残っている。これは新人達
の初陣と言うこともあって、気を利かせたらしい。
「何かあっても、なのは隊長がいれば大丈夫ですよ。ここだけの話、はやてち
ゃんよりエグイ人です」
 というのが、リインの主張だ。後半の意味は良く分からないが、とにかくな
のは隊長は強いということらしい。確かに、先ほどシグナムとやらに声をかけ
たときの眼力は見事だと思ったが……
「ところで、さっきの件なんですが」
「――?」
「ほら、シグナムのですよ。なんで、シグナムはあんなこと言ったんです?」
 確証はないが、ゼロには一つだけ心当たりがある。シグナムとやらは、恐ら
く相当な手練れの剣士であり、自他共に認める実力者なのだろう。そう、月並
みな表現で言えば『達人』という奴だ。
「お前はもし、対峙した相手が自分より強いと感じたらどうする?」
「それはまあ、ごめんなさいしますかねぇ……って、え? それってつまり」
「オレは、負けるとは思わなかった。それだけだ」
 真実はわからない。自分が相手より弱いとも、強いとも思わなかった。ただ、
負けると思えなかったのは事実だ。
 少し、過ぎた口を利いているな。
 ゼロはそう思いながら、この件に関して一切の口を噤んだ。


「ドクター、リニアレールの制圧は完了しました。後はレリックの回収のみと
なりましたが……ドクター?」
 秘密研究所のモニタールームで、スカリエッティは戦況を見つめていた。ウ
ーノの報告が来る数分前、機動六課の若き魔導師と騎士がリニアレールのガジ
ェット部隊と戦闘を開始していたのだ。
「これは……申し訳ありません。すぐに情報の再収集を」
「必要ない。それより、リニアレールには何機のガジェット部隊がいる?」
「総勢三十機の兵力です。容易に突破はされないかと思われますが」
 三十機か、とスカリエッティは小さな声で呟いた。画面には、ガジェット相
手に奮闘を続けるスバルらが映っている。
「……Ⅱ型のガジェットを派遣するとして、何分で着く?」
「増援を送られるのですか? 恐らく、二十分掛からないと思われますが」
「なら、さらに三十機送ってくれ」
 あまりにあっさりとした口調だったので、ウーノはその言葉の意味を理解す
るのに間を必要とした。
「何故、そのような大軍を? あの列車に積まれているレリックは、そこまで
重要ではないと考えておりましたが」
「レリックの問題じゃない。確かにアレは必要だが、今の私の興味はそこにな
い」
 今の戦力では、いずれ殲滅される。空には管理局のエース・オブ・エースも
いる。これではダメだ、これでは……
「これでは、彼が出てこないじゃないか。私は、あんなひよっこたちを見たい
んじゃない。あの赤き戦士が、光の剣を振るう破壊神が見たいのだよ!」


「大変です。山岳丘陵地帯に、新たなガジェット反応を確認! これは……敵
の増援です!」
「な、な、な、なんですってー!?」
 今回は前線管制ではなく後方参謀として隊舎に残ったリインであるが、事態
は極めて不味いことになった。
「か、数は?」
「ガジェットⅡ型が三十機です!」
「フェ、フェイト隊長の現在位置は!?」
「現場到着まで、あと十五分はかかります!」
 頼みの綱であるなのは、ここにきてガジェットからの集中砲火を受けていた。
無論、彼女自身は墜とされることなどないであろうが、その間に新人達が全滅
する可能性すらある。
「副隊長を出撃させてはどうでしょうか!?」
「ダメです……今からじゃとても間に合わないです」
 どうする。
 珍しくリインは焦っていた。はやてに連絡をして、なのはの魔力制御を解除
させるか? いや、あれには面倒な手続きが多いし、戦闘中にそれを行うのは
危険すぎる。だが、新人たちが更に三十機のガジェットを相手にするのは不可
能に近い。フェイトが来るまで持たせるのも無理だろう。
「……オレが行こうか?」
 ことの成り行きを黙ってみていたゼロが、ここで口を開いた。
「へっ? な、なに言ってるんですか、そんなのダメです」
「何故だ?」
「何故って……だ、大体行く方法がないです。貴方は空が飛べないじゃないで
すか」
 輸送手段のヘリも現地だし、現場に行きようがない。
「転送装置があるんだろう。それでいい」
「なっ――!?」
 その申し出に、リインは唖然としてしまう。確かに転送装置に類する物はあ
る。あることはあるが……


「あ、あれはあくまで物を送る手段であって、直接生身の人間を送るのは禁止
されて……第一、走行中の列車に転送だなんて!」
 シャーリーが慌てふためきながら言うものの、
「オレは人じゃない。レプリロイドだ」
 送るのか、送らないのか。ゼロの瞳は、その答えだけを求めていた。
 シャーリーは上官であるリインの意思を確認する。副隊長の判断を仰ぐべき
か? それとも、ここでリインが決断をするか。
「……死んでも知らないですよ?」
 強い瞳で、リインはゼロを見返した。


 山岳丘陵地帯、到着した援軍三十機を前に、機動六課新人フォワード達は総
崩れになっていた。一度は突破しかけたものが、今では戦線を後退させて最後
尾車両にまで追いつめられている。
「まずい、このままじゃ」
 ティアナはクロスミラージュによる射撃でガジェットの進行を抑えているが、
それも長く持ちそうにない。なのは隊長は、十五機のガジェット空戦隊と激し
い空戦の真っ最中。
「一度離脱を、キャロ!」
 キャロの操るフリードリヒで中空へと退避しようというのだが、スバルがそ
の言葉に首を横に振った。
「ダメだよ……今飛んだら、狙い撃ちにされる」
 降下しても、同じことだ。
「じゃあどうすれば、一体どうすればいいのよ!」
 その時、一体のガジェットが急速突撃を敢行してきた。砲門から砲火を放ち
ながら、スバルらを線路に叩き落とそうとする。スバルとエリオ、ティアナは
防御したが、キャロだけは間に合わなかった。フリードリヒが被弾し、負傷し
たのだ。
「フリード!」
 離脱の手段が、断たれた。それどころか、ガジェットはそのままキャロに体
当たりをしようと更に突撃をする。
「キャロ!」
 エリオがソニックブームを使って助け出そうとするが、他のガジェットの攻
撃に阻まれた。
 間に合わない――! 誰もがそう思った、まさにその時。

 光が、ガジェットを斬り裂いた。

「えっ!?」
 驚くキャロの目に、赤い背中が映った。緑色の光りを放つ剣を構えながら、
その存在感を周囲に見せつけている。
「――Mission Start」
 ゼロが、参戦を開始した。

                                つづく


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最終更新:2009年01月16日 13:25