『リリカルなのはSUMMON NIGHTバイド編
 ~ヴァルゼルドはフラグ立てを失敗したようです~』

 視界が反転した。

 教会の一室。古風ながら清潔に掃除されている、一人で使うには若干広すぎる寝室。
 それを写していた視界が急に回転した。
 代わりに新しく視界に入ったのは電球。
 寝室を照らすには少々物足りない、小さな電球。
 天井から吊るされた電球が、己が転倒した衝撃で心寂しげに揺れている。

 ――そう、転倒。
 何かに足を取られ、己はあっさりと転んだのだ。

 普段ならば、このような無様は有り得ない。
 稼動年月が一世紀を越えたとはいえ、己の戦闘性能は折り紙付きだ。
 たとえ異法の魔術が跋扈するこの世界であっても異邦人……いや異邦機械兵士である己は存分に戦い続けてこれたのだ。ただ守るために、目の前の少女を守るために戦い続けてきたのだ。

 無様に倒れた己の前部主軸関節部……人間で例えるなら腰部の鳩尾に、不意に重みを感じる。
 とさり、と人間一人が乗ったにしては軽い音が聴覚センサーに届く。
 天井から視線を外し、己の下腹部にアイカメラを向ける。

 柔らかな金髪。
 碧と赤のオッドアイ。

「じょっ…………上官殿?」

 守り続けた十年間。
 共に過ごした十年間。
 艶やかな金髪、豊かな双丘、くびれた腰。
 その十年間。まるで幼虫がサナギへ、そして蝶へ脱皮するように、見事に女性として成長した少女。

 その少女が機械兵士に馬乗りになりながら、

「知ってたヴァルゼルド? バインドってこういう風にも使えるんだよ」

 熱っぽい声。
 潤んだ瞳。
 上気した頬。
 そして、妖艶な笑みと共にヴァルゼルドを拘束していたのだ。


 ヴィヴィオの聖王戴冠を明日に控えた夜。
 式典での警護について、機械兵士は少女へ報告している最中のことだった。
 突然のことに反応が遅れるヴァルゼルド。
 少女は機械兵士の戸惑いを気にも留めず、機械兵士の強固な装甲に、その小柄な身体を寄せる。
 少女と機械兵士の体格差は大きい。かつては巨人と子供くらいあった身長差が、今は大人と子供程度になっている。
 しかし、差が子供なのは身長だけだ。
 十年の年月は、小さかった少女の身体も心も大人のソレへと変貌させている。


「…………ねぇ、ヴァルゼルド」

 ヴィヴィオの手が、ヴァルゼルドの頬へ伸びる。
 白く滑らかな、白魚のような指。
 それが機械兵士の無骨な鉄の頬に触れようとした直前、

「だっ、駄目であります!!」
 鋼鉄の腕で少女を押し止める。

 マズイ。何故かは分からないが、とにかくマズイ。
 普段なら何とも無い、拒む理由なんて無い仕種だが、今の状況では駄目だ。
 潤んだ瞳とか上気した頬とか艶かしく蠢く唇とか、拒む理由はそんなんじゃない。
 きっとあれだ。拒んだ理由は、明日の式典のために早寝した方が良いからだ。
 ごめんなさい嘘つきました。
 十年間世話をしてきた少女のオンナの顔に、自分のお粗末なAIはオーバーヒート寸前です。
 ロリコンは犯罪なのだ。直ちに状況の改善を図らねばならない。
 いや、上官殿はもう16才なのだからロリコンではないのでは?
 いやいや、そんな問題じゃないだろう。

 慌しく回転しながら空中分解していく思考。
「とっ、とにかくですね上官殿! 一旦離れ――」
 挙動不審になりながらも、なんとか事態を収めるべく言葉を発せられたのは賞賛に値することだっただろう。
 だが、『離れてください』の言葉が続くことは無い。


「……はぷ……んっ、んんぅ……んぷ……ちゅぷ……」


 突如己の指先が、何か温かいモノに包まれる。
 同時に聞こえてくる水音にも似た粘着音。
 腕に感じる少女の体温。
 そして、少女の熱い吐息。

「じょ……上官殿?」

 少女は、自身を押しのけようとする鋼鉄の腕を抱きしめている。
 丸太のような腕を、少女はその細い両腕を巻きつけるように絡めながら、
 ――機械兵士の無骨な指先を、その小さな口の中に含んでいた。

「んんぅっ……くぷ……んっ、んぷっ……」

 少女の小さな口腔では、機械兵士の無骨な指は一本とて余るものだ。
 それを一本ずつ、ヴィヴィオは丹念に口に含み口内で転がす。
 まるで赤子が乳を飲むかのように、ヴィヴィオは懸命に舌と唇を動かす。
 しかしそれの表現は正確でない。

 艶かしく動く唇。
 機械兵士の指の間から、ときおり姿を覗かせる真っ赤な舌。
 林檎のように赤みが差す頬。
 熱っぽく潤んだ瞳。

 赤子と喩えるには、あまりにも淫靡な光景。


 ――――彼女は一体何をしているのだ?

 理解できない出来事に、ヴァルゼルドの思考が停止する。
 ――何故、何故、何故。
 同じ言葉だけが、ヴァルゼルドのAIの内部で繰り返される。
 そんな彼の困惑に関することなく、少女の淫靡な行為は続く。

「……ちゅぷ……ちゅぱっ……んんっ…………ぷはぁっ」

 息が続かなくなったのだろう、ヴィヴィオがヴァルゼルドの指から口を離す。
 少女の唾液で、てらてらと濡れて光る指先。
 少女の口内と外気の温度差で、どこか寒く感じる。
 機械兵士の指先と少女の唇の間に、唾液の橋が架かる。

「……くすっ、ねえ見てヴァルゼルド。なんだかえっちぃね」

 自身の唇と機械兵士を繋げている唾液の橋。
 それを愛おしげに眺めながら、少女は機械兵士へ向け笑みを浮かべる。
 普段の太陽のような笑みとは根底から異なる淫靡な、オンナの笑み。

 ――――彼女は一体何者だ?
 答えの分かりきった疑問。
 十年間、共に暮らしてきた少女を見間違えることなど有り得ない。
 しかしそれでも疑問を感じずにはいられない。
 普段の天真満欄な少女と、目の前の淫靡なオンナが同一人物だとは俄かに信じ難い。
 ――――一体何が少女を変貌させた?

「……あっ、きれちゃった」
 唾液の橋が切れて落ちる。
 どこか寂しげな少女の声。

「うん、また作ればいいよね」
 暫くの間を置いて再び発せられる少女の、鈴が転がるような楽しそうな声。
 再度ヴィヴィオは、ヴァルゼルドの指に口を近づけ、


「――――っ! いけません上官殿!!」

 ようやく我に返った。
 状況は理解できない。だが、今の状況が異常であることは理解できている。
 止めさせなければ。
 そうでなければ取り返しがつかなくなる。
 詳しいことはまったく分からないが、今の状況を看過してしまえば変わってしまう。
 己と少女の関係が、完全に取り返しのつかない段階まで変質してしまう。
 先ほどまで己のAIを焦がしていたショートじみた快感を捻じ伏せ、少女の身体を引き離そうとし、


「――――だったら力ずくで引き剥がしたら? ヴァルゼルドなら簡単でしょ?」

 その言葉に、少女を引き剥がそうとした腕が止まる。
 できるわけが無い。
 たとえ瑣末なことでも、少女に対し暴力など振るえない。
 守ると誓った少女を傷つけることなど、拒むことなどできない。

「そうだよね、ヴァルゼルドはそんなことできないもんね。
 だってヴァルゼルド……優しいから。悲しくなるくらい、優しすぎるから」

 先ほどまでの淫靡な雰囲気から一転。無感情な、淡々とした声。
 まるで耐え切れないナニカを必死に耐えているような声。
 その声に、少女を引き剥がそうとしていた腕が止まる。

 するり、とヴィヴィオの身体がヴァルゼルドの腕をすり抜ける。
 胸部装甲に感じる少女の重み。
 聖王という重責を担うには、あまりに軽すぎる身体。
 その小さな身体の全てを任せるように、少女は機械兵士の装甲に身を寄せている。

「――――あ、傷……」
 機械兵士の機体に身を任せている少女の視界に入ったのは傷。
 ヴァルゼルドの装甲に幾重にも刻まれている傷跡。
 刀剣、銃弾、魔法。
 ありとあらゆる困難からヴィヴィオを守り抜いてきた装甲には、機械兵士の自己修復機能の限度を超えた傷が幾十も刻まれている。
 その傷跡を見つめ、少女は傷跡に沿って指を這わせる。
 ゆっくりと、感慨深げに、そして愛おしそうに少女は傷跡を撫ぜる。

 傷跡を撫ぜながら、少女はさらに身体を機械兵士に寄せる。
 押し付けるように寄せられた身体。
 同年代と比べても豊満な少女の躯。
 少女の胸にある豊かな双丘が、機械兵士の装甲に合わせて歪む。
 そして、

「……んちゅ……ちゅっ……ちゅちゅっ……ぴちゃ……」

 ヴィヴィオは、ヴァルゼルドの装甲を舌で撫ぜた。
 先ほどまでの指の動きをなぞるように、愛おしそうに傷跡へ舌を這わせていく。
 まるでミルクを飲む子猫のように、ぴちゃぴちゃと音を出しながら舌を這わす。
 ひときわ大きい装甲のへこみ。
 かつて彼が始めて少女を守るため、ガジェットドローンⅢ型と戦ったときの傷。
 そこを重点的に舐める。
 傷跡に溜まる、少女の唾液で出来た池。
 さらに少女の舌は蠢く。

「ちゅっ……ちゅぷっ…………ペロ……ふあぁっ……」

 胸部装甲からさらに上へ。
 鎖骨から肩へと舌は動く。
 ときおり新たに見つけた傷跡を丹念に舐めたり、熱い吐息を装甲に吹きつける。
 ナメクジが這ったかのように唾液の跡をつけながら、少女の舌はさらに上へと、機械兵士の頭部へと向かう。
 やがて少女の舌は機械兵士の肩を通り、首筋に達する。
 首筋に達した時点で少女は一旦、機械兵士の装甲から顔を離す。
 少女が顔を離す際に吐いた熱っぽい息が、ヴァルゼルドの触覚センサーをくすぐる。


 一度離れる二人の距離。
 その間すら惜しむように、少女の身体が再び寄せられる。
 愛おしそうに、機械兵士の頭部に抱きつく少女。
 ヴァルゼルドのアイカメラに少女の、ヴィヴィオの瞳が写る。

 二人の距離は10センチと離れていない。
 ヴァルゼルドの顔に、少女の吐息がかかる。

「じょ…………じょうか……」
 声が上手く出ない。
 どうやら発声機能が馬鹿になってしまったようだ。

 少女の顔が近づく。
 二人の距離は5センチと離れていない。
 少女の鼓動を感じる。

 視界を占めるのは、碧と赤のオッドアイ。
 そして――――


「――――――ごめんね、ヴァルゼルド」


 距離がさらに縮まる。
 視界が少女の瞳で塞がれる。
 ヴァルゼルドは、ヴィヴィオの瞳に浮かぶ涙を見つけ――――








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