フェイト・T・ハラオウン執務官が、任務中に生き埋めになった事実は管理局本局から地上本部までを駆け巡った。
何せハラオウンと言えば闇の書により殉死したクライド、その妻にしてジュエルシード事件・そして闇の書事件を解決したリンディ。
二人の息子であり最年少執務官だったクロノまで、どこをとっても有名人だらけ。良くも悪くも。

『ハラオウンの新星が落ちた』

『金色の閃光に土』

『まぁ、あの一家には良い薬でしょう』

どこからとも無くそんな声が聴こえてくるのは仕方がないことだろう。
だがそんな事は少なくとも病院の廊下を全力全開で駆け抜ける教導官殿には関係が無い。


「廊下は静かに~」

「ゴメンなさい~!!」

看護婦の穏やかな静止に謝りはすれど、高町なのはは足を止めない。
わざわざデバイス レイジングハートに算出させた最短方法で向かう病室。

「フェイトちゃん! 大丈夫!?」

部屋に飛び込むなり、なのはは叫んだ。中に無数のベッドが並んでいたが、使われているのは一つだけ。
そこに横たわっている人物こそ、彼女がここを尋ねた理由にして現在管理局で旬な話題の中心人物。

「なのは、ワザワザ来てくれなくても良かったのに……忙しいんでしょ?」

「隊長さんが『嫁の不幸なら急いで帰れ』って言ってくれたの。フェイトちゃん……なんて変わり果てた姿に……」

フェイトの姿は全身包帯グルグルで手と足にはギブス、無数の点滴が吊るされて……ない。
頭には僅かな包帯が巻かれているが他は至って普通。だが血が頭に上がっているエースオブエースはガバ~とシーツの上からフェイトに抱きついて泣き出した。

「嫁?……それに見れば分かると思うけど大した怪我じゃないから……ね?」

「そんな事ないよ? 頭だよ!? 女の子だよ!? 
ウゥッ……私のフェイトちゃんが傷物になっちゃった……」

「何時ぞやは盛大に怪我して私たちを心配させてくれたのは、何処の何方でしたか?」

自らに降り注ぐフェイトの乾いた視線を華麗にスルー。なのはが顔を上げて一息吐くとやはり不安を貼り付けたまま問う。

「でも心配したんだよ? 全然情報が来ないんだもん。クロノ君やリンディさんは?」

「二人とも急がしいからね? 通信で報告しただけで…『どうして報告書上げなかったの?』…それは……」

台詞を切るように放たれたなのはの言葉にフェイトは思わず困った笑みを作った。
根も葉もない噂が蔓延する理由はそこに有った。フェイトは生き埋めに関する報告を一切していないのだ。
もちろん他の部分、違法カートリッジシステムの密輸ルート摘発の件はしっかり報告した。
だが生き埋めに関する事柄だけは『執務官の自由裁量権限』を盾にして一切を語らない。

「色々あってね……まだちょっと自分でも整理が出来てないの」

「なら私に話して、気持ちに整理をつけるってのはどうかな?」

「なるほど……」

『ニャハハ~』と笑う親友を前にしてフェイトは思う。自分は一生この友には勝てないと。
戦闘能力的なことではなく、心の持ちようとかで。


「……難しい問題だね」

「でしょ?」

語り終えたフェイトだけではなく、聞き終えたなのはも言い様が無い脱力感に襲われていた。
今まで自分達が信じていた正義が通じない部分がそこにはあった。
私たちが取り締る対象に救われた少女の幸せは、正義が壊すことを許されるのだろうか?
悪だろうと辛かろうと通すと宣言された道を拒むのはやはり悪ではないのだろうか?

「それでも私は……執務官の仕事をすることしか出来なかった」

ポタリとフェイトの眼から涙が零れた。過ちを犯したつもりは無い。
悪辣な管制人格に対する恩義よりも普通の生活を取って欲しいのは当然だ。
それでも『彼女たち』の道を拒む事しか出来ないことが、善悪を超越して悔しい。

「平穏な日常を与えるって言う私を振り払ったのは彼女が初めてだった」

「普通は……そんな事しないよね?」

「普通って何のなのかな? もしかしたら私が今までして来たことも……」

「フェイトちゃん!」

ネガティブへネガティブへと傾くフェイトを、思わずなのはが抱き締めた。
フェイトはその温もりに体を預け、すすり泣く事数分。どちらからとも無く体を離す。

「ゴメンね、なのは。ちょっとネガティブ入っちゃった」

そう言ってかすかに微笑んだフェイトは何時もの雰囲気を取り戻していて、なのはは安心したように頷く。
更になのはが告げるのはやはり彼女らしい言葉。

「で! そんなフェイトちゃんにアドバイスがあるの」

「え?」

「今度はその子達と話をしようよ。話を聞いてもらって、話を聞かせてもらって……
局員とか執務官とか関係なく、フェイトちゃんとして……」

『初めて会った私達と同じ様に』となのはが微笑む。
あの時は二人ともどんな肩書きも無かった。ただ運命の巡り会わせで出合った二人の女の子。
あの時はもっと自由だった。クロノの命令を無視してフェイトを助けに飛び出したり、意味も無い一対一を演じたり。
今の地位に上り詰めた事で多くの事を成し、たくさんの人を救えるようになったのは事実だ。
けど……失ったものも確かにある。

「また……会いたいな」

今度はマフィアの本拠に突入なんて場面でも、人気の無い廃棄区画ででもなく。
公園の日溜りや暖かいカフェが良い。しかし数多の世界が登録される管理世界。
そこから一人の人間を探すのは例えそのすべてにある程度の影響力を持つ管理局でも難しい。
二人には仕事があるし、他の者にやらせるには理由が必要で、ソレを告げるのは憚られる。

いわば八方塞である。ところが……





「相棒、コレを見てどう思う?」

「凄く……大きいです」

「キュクルゥ~」

話に上がっていた人たちはといえば……三段重ねのアイスを片手に管理局地上本部を見上げていた。
フェイトたちとの最大接近距離……800メートルほど。

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最終更新:2008年02月19日 21:15