されど魔に魅入られし人は絶えず。
彼らは魔を崇め魔の力を得んと欲し、大いなる塔を建立す。
その塔、魔の物の国と人の国とを結び
魔に魅入られし者は魔に昇らんと塔を登れり。
そはまさに悪業なり―――。
「魔の物の国―――」
指先の一文をなぞり、ユーノはそれを言葉にして呟いた。
古ぼけた紙に綴られた奇怪な紋様を文字として解読出来るようになるまで、今日を含めて数年の月日をかけている。それでも、まだこの本の全貌を読み終えたワケではない。
<魔剣文書>と名づけられたこの古文書は、用いられた文字もそうだが内容も不気味な謎に満ちていた。
「魔の物……<悪魔>」
口にするのならば容易く出てくる。あらゆる種類の人間が共通して想像する悪しき存在。全ての闇に付けられた、名前と形。一つの概念。
そんなものが、もし本当に現実に存在するとしたらどうだろう?
この本は、そんな『在り得ない存在』について書かれたものだった。
(神話の類なら、何処にでも存在する。その世界、地方、歴史……あらゆる時間と場所に人は幻想を書き綴ってきた。神や天使、悪魔は珍しい存在じゃない。ただ一つ、それが『幻想の中に在る』という前提に限って……)
最近、ユーノはこの本を前にして考え込む事が多くなっていた。
最初は純粋な好奇心や知的探究心から始めた文字の解読だったが、内容を読み進めるうちに奇妙な疑念が湧いてくるようになった。それは日常生活の中で紛れてしまう程度のものなのに、ふと気が付けばそれに思い至ってしまう。
この世には、人が認識していない魔の世界があるのではないか―――?
妄想にも似た疑念が頭から離れない。
もちろん、その原因がこの悪魔について複雑かつ難解に書かれた本の影響にある事は否定出来ないだろう。
バカバカしい、と笑い飛せばいい。学者が本の内容に取り込まれるなど、まさに笑い話だ。
こういった闇を幻想で形作った神話の類はあらゆる世界に存在する。それこそ、このミッドチルダにも形や名前を変え、似通った内容が図書館に収まっているものだ。
子供はベッドの下やクローゼットの中に、大人は宗教や伝説の中に、それらの存在が潜んでいることを幻視する。
―――しかし、そうして考えているうちに奇妙な共通点にいつも行き着いてしまうのだ。
(何処にでも存在する幻想……つまりそれは、どんな世界であっても人の傍らに必ず存在する影みたいなものじゃないか?)
誰もがその存在を幻想と信じ、この世に存在しないと確信し……しかし、誰もがその概念を忘れない。
人は、誰であっても<悪魔>という存在を認識し、あらゆる負の現象にその揶揄を当て嵌める。
当たり前のこと過ぎて、誰も気付かない。まるで人の根幹に刻まれた不変の存在。
その事実を、この本が改めて指摘しているような気がしてならないのだ。
(この本は悪魔と、その悪魔の住む世界、そしてその世界を繋ぐ方法について書かれている―――。
珍しい内容じゃない。世紀末を綴った破滅思想の宗教家なら誰でも書きたがる内容だ。でも、この本は、これ一冊だけの存在だった。多くの人に知ら示す為に書かれたものじゃない……)
考えれば考えるほど思考が泥沼に沈んでいくような錯覚を覚える。まるで無限を見ている気分だと、ユーノは眩暈を感じた。
ひとたび本から目を離し、日常の業務へ没頭すれば消え失せる悩みなのに。しかし、今はそうして自分が疑問を忘れてしまう事さえ『おかしい』と感じてしまう。
本来なら気付くべき真実に、自分が無意識に目を逸らそうとしているのではないか?
だから、誰も書き残さなかった? ―――本当の<悪魔>について。
『そんなもの本当は存在しない』という前提を無意識に植えつける事を除いて、ただ真実のみを書き記す事を拒否した―――。
「次元世界ではない……<世界の裏側> 魔の物が棲む世界、そんなものが……?」
知らず、ユーノは手を伸ばしていた。何も無い目の前の空間に向けて。
中継ポートや次元航行でも到達し得ない、次元空間とも違う、完全なる<異世界>
絶対に辿り着けないのに、しかしもし目の前の空間をトランプのように裏返すことが出来たら、その瞬間もう目の前に広がっているような錯覚に捉われる影の世界―――。
それが在るような気がしてならない。バカバカしい、と『信じない』心が、実は『信じたくない』という心であると思えてしまう程に、強く。
疑心暗鬼に没頭していたユーノは、ふと聞き慣れた通信機のアラームを捉えて我に返った。
虚空を彷徨っていた手で通信を繋ぐ。馴染みの仕事仲間が画面に映った。
『司書長、お休みのところ申し訳ありません。上から、緊急の資料検索の依頼が―――』
「ああ、わかった。すぐ行くよ」
今やもう慣れきった休日出勤の要請を受け、椅子から立ち上がる。パタン、と本を閉じた。
―――すると、それだけで頭の中に渦巻いていた疑念があっさりと消え去った。
貴重な休日の時間を割いてまで、自分は一体何を妄想していたのか……バカバカしい、という気持ちすら湧き上がってくる。
ユーノはもう本を一瞥もせず、手早く着替えを済ませると、自分を擦り減らす過酷な職場へと向かっていった。
自室の扉が閉じ、部屋は闇で満たされる。
静寂の漂う中、その暗闇は再び彼が戻るのを待ち続けるのだ。
真実が自らのすぐ傍に横たえられていることに気付く、その瞬間まで―――。
かつて
天は容易く裏返り、大地は幾度も大きく裂けた。
天地は生まれながらに不安定で
その境目から幾度も<混乱>を産んだ―――。
魔法少女リリカルなのはStylish
第四話『Strike out』
0075年4月。ミッドチルダ臨海第八空港近隣、廃棄都市街にて。
視界状況は良好。透けるような青空の下、ティアナは廃ビルの屋上から周囲を見回した。
放棄された都市には朽ちかけたビルの死骸が点々と横たわっている。
事前に生体反応が皆無であることは調べられている筈だが、見慣れたその風景の影に居住権を失った人々が隠れ住んでいるような気がして、ティアナは根拠のない疑念を頭から振り払った。
ダンテの事務所もこんな場所にある。次元世界の場末。何度も訪れたことのある地だ。最近疎遠になったが、それでもあの場所で得た経験はこの身に刻み込まれている。
言いようのない実感が心に湧き上がってきた。
自分は、ついにここまで来たのだ。
<魔導師試験>―――夢に向けて、ティアナは今ひとつの段階を踏み出そうとしていた。
「ふんっ!」
傍らで気合いの入った声が響き、拳が空を切る鋭い音が聞こえた。パートナーの状態も良好らしい。
「―――スバル。あんまり暴れてると、試験中にそのオンボロローラーも逝っちゃうわよ」
「もうっ、ティア。あんまり嫌なこと言わないで。ちゃんと油も注してきた!」
コンディションを確かめるスバルを横目に、ティアナも自分のデバイスの調子を確認する。
弾丸を模した口紅サイズの魔力カートリッジを挿し込むと、二匹の鉄の獣が戦闘態勢に入った。二挺のアンカーガンを馴染ませるように両手で玩ぶ。
ガンホルダーにそれを仕舞おうとして、ふと視線を感じた。
顔を上げればデバイスを扱う自分の様子を見つめるスバルの姿がある。その眼は何かを期待するように輝いていた。
相も変わらず子供っぽいパートナーに苦笑する。まあいい、今回は特別サービスだ。これで気合いが入るなら芸の一つくらい安い。
ティアナはトリガーガードに指を掛けると、そこを支点に両手のアンカーガンを勢い良く回転させた。
華麗に弧を描く銃身。その回転を維持したまま両手を交差させるなどのパフォーマンスを魅せると、流れるような動きで腰の後ろのホルダーに滑り込ませた。
「おっ、おおお~! スゴイぃ~っ!」
キラキラした瞳でスバルが歓声を上げた。
「ティア、もう一回ッ! 今のもう一回やって! アレ初めて見る!!」
「だぁ~っ、あんたに見せるとこれだから嫌なのよ! もうっ、後よ、後! もうすぐ試験始まるでしょっ!」
子供のように縋りついて強請るスバルを引き剥がしながらティアナは虚空を指差す。
そして、丁度計ったようなタイミングでそこにホログラムの通信モニターが出現し、魔導師試験の試験官が映し出された。
『おはようございます! さて、魔導師試験受験者二名。そろってますか~?』
老練な試験官を想像していたティアナはモニターから飛び出してきた元気の良い声とその幼い少女の容姿に些か面食らった。
魔導師資質が年齢の積み重ねと比例しない以上、若い士官も多い管理局だが、それでも試験官の少女の子供っぽい口調と声色には違和感を覚えざる得ない。
しかし、そんな疑念を顔には出さず、ティアナは姿勢を正した。上官には変わりないのだ。慌ててスバルがそれに続く。
『確認しますね。時空管理局陸士386部隊に所属のスバル=ナカジマ二等陸士と―――』
「はいっ!」
『ティアナ=ランスター二等陸士!』
「はい」
それぞれ諸所の確認に力強く頷く。
所有する魔導師ランク<陸戦Cランク>から<陸戦Bランク>への昇格試験。実戦要素が介入する、エースへの登竜門というべき試験だ。
<リインフォースⅡ>と名乗る風変わりな試験官の元、ティアナとスバルの挑戦が始まろうとしていた。
所変わり、その上空で滞空するヘリの中にて―――。
「……」
「はやて、ドア全開だと危ないよ? モニターでも見られるんだから……はやて?」
「……フェイトちゃん、あのツインテールの拳銃使い……かなりのもんやで」
「え? そ、そうかな……経歴を見る限り確かに優秀だけど……」
「今の見たやろ? あの銃捌き、メチャかっこええ! あのクルクル回すやつ!」
「えっ、そこなの!?」
「アレ、昔やってみたけど、モデルガン足に落として悶えることしかできんかったわ。難しいんやで? いいなぁ~、もう一回生で見せてくれんかなぁ~」
「は、はやて……?」
「魔導師であんなスタイルを持つ子がおるとは、意外や……。何より装備がわかっとる! 二挺拳銃なんて、マークかあの娘は!?」
「マークって誰?」
「香港ノワールや! もしくは戦闘能力を120%向上出来る技術でも習得しとるんか」
「はやて、昨日はどんな映画見たのか知らないけど、今は試験に集中してね……」
「ジョン=ウーは神監督やでぇ」
「話聞いてよ……」
『―――という事で、何か質問は?』
「ありません」
「あ、ありませんっ」
簡潔な試験内容の説明を終え、二人の顔を見回すリインフォースⅡにティアナは頷き、慌ててスバルがそれに続く。
『それでは、スタートまであと少し。ゴール地点で会いましょう―――ですよ?』
最後に愛らしいウィンクを残して、風変わりな試験官を映したモニターは消失した。
それと入れ替わるように、スタートの秒読みを示す三つのマーカーが表示される。
「―――分担して行く? コンビで行く?」
普段どおりの落ち着いた様子でティアナが呟き、緊張気味だったスバルはそれを聞き取った。
一つ目のマーカーが消失する。
「コンビ!」
「そう言うと思った」
こと連携において、腐れ縁だけでは済まされない錬度を築いてきたお互いを信頼するように笑みを浮かべ合う。
二つ目のマーカーが消失した。
「なら、こんな試験にまでアレ使うのは恥ずかしいけど、まあ時間制限もあるし……」
「うんっ、アレだね!」
「―――よし、行くわよ!!」
「おう!」
そして、三つ目の赤いマーカーが消失した瞬間、試験開始と同時に二人は息を揃えて行動を開始した。
踏み出す一歩、試験の開始、そして何より二人の新たなステージへの挑戦を示すように、モニターには『Start』の文字が淡く浮かんでいた。
「おっ、始まった始まった」
「お手並み拝見……と、アレ?」
「へえ……おもろい方法取ったなぁ」
「これは合理的だけど、なかなかトリッキーだね」
「確かに、こういう方法を禁止してはおらんけど、さて……?」
「ティア、太った?」
「頭ぶち抜くわよ? いいから、あんたは移動と回避に集中する!」
目の前にあるスバルの後頭部を銃底で小突きながら、ティアナはコース上に設置された障害用オートスフィアに集中する。
ティアナはスタートとほぼ同時に、ローラーブーツで走り出したスバルの背中に飛び乗っていた。
今、ティアナはスバルにおぶられた状態である。生身の足よりも機動力に優れるローラーブーツの優位を二人で利用する為の手段だった。
ティアナを背負うことでスバルは両手を塞がれる形になるが、そこはティアナが攻撃に、スバルが移動に専念することで互いを補っている。
まさに二身一体。しかし、互いの呼吸を合わせる高い錬度を必要とする難度の高い手段である。手数が減るのも痛い。何より、おんぶ状態のこれはちょっぴり格好が悪くて恥ずかしいのだ。
そんなリスクを文字通り背負いながらも、スバルの余りある魔力をローラーブーツに叩き込んだ加速は十分なメリットとなる機動力を生み出した。
あっという間に最初のポイントとなる廃ビルの目前にまで到達する。
「スバル、まずはビル内から叩くわよ!」
「了解!」
アンカーガンの下部からワイヤーが射出され、その先端は狙い違わずビルの一角に接着し、接点から小さな魔方陣の輝きが放たれた。
ワイヤーは物理的な物だが先端には魔法を使っており、バインド系統のこの魔法ならば二人分の体重も十分に耐えられる。
ワイヤーを巻き取り始めるモーター音と共に、引っ張り上げる力でティアナの体とそれを掴むスバルの体が宙を舞った。
振り子の要領で弧を描く軌道。そのまま遠心力に乗り、スバルのローラーブーツがビルの窓を蹴り破って、二人は閑散とした廃ビルの中へと躍り込んだ。
内部に配置された球状のオートスフィアの群れは、突然の襲撃者達にも機械的に対応する。簡易シールドを展開し、非殺傷設定の魔力弾を放ち始めた。
何の細工もない低威力の魔力弾ではあるが、何せ数が数なのだから、一発でも当たり足を止められた瞬間に集中砲火を浴びてあっさりと意識は飛んでしまうだろう。
その弾雨の中を、しかしスバルは臆す事無く疾走した。
着地と同時にローラーが火花を散らしながら回転し、二人分の体重を乗せて床を滑る。
鍛え抜かれた足腰で相棒を背負ったまま姿勢制御をこなし、スバルは迫る弾幕をすり抜けていった。
そして、その背中ではティアナが目まぐるしく変わる視界の中で標的を正確に捉えている。
「―――Let's Rock!」
兄貴分がよく口にする台詞が無意識に突いて出た。
楽しむ余裕などないのに口の端は自然に持ち上がって、獰猛な笑みを形作る。この際景気付けだ、派手に行こう。どんな時も不敵笑う、それがアイツのスタイル―――。
次の瞬間、文字通り派手な閃光を伴ってティアナが両手に携えた二匹の獣がでたらめに吼えまくった。
装填したカートリッジの魔力を一瞬で使い尽くすような速射。左右それぞれ別の標的を狙った射撃は、一見メチャクチャに見えて、しかし一発も外す事無くスフィアを撃墜する。
低出力のシールドなど、紙の防御。高密度に集束されたティアナの魔力弾は容易く撃ち抜く。
攻防は一瞬で決着がついた。
廃ビルに飛び込み、でたらめな軌道を描きながら弾幕を回避し、一瞬も停滞することなく反対側の窓をぶち抜いて外へと抜ける。
その後に残されたものは、一体も残さず撃墜された標的の残骸のみだった。
薄暗い空間から再び青空の下へと視界が開放される。
ビルの上層部から地面への短い距離を落下する中、向かいに建つ別のビルの内部に並ぶ更なる標的をティアナの眼は捉えていた。
数秒間の時間の流れで動き続ける刹那の状況。その中で、ティアナは撃つべき的と避けるべき的を瞬時に把握する。
思考を置き去りにして、積み重ねてきた経験と磨き続けた感性が魔法を行使した。
「<クロス・ファイア・シュート>……」
既に撃ちつくしたアンカーガンの代わりに、ティアナの周囲で三つの魔力スフィアが形成される。魔力量は平凡ながら、恐るべき集束率で圧縮されたそれは、迸るほどの放電現象を起こしていた。
頭の中のイメージは、視界に映るターゲットマーカーとそれに向かって跳んでいくスティンガーミサイル。
ティアナは炸薬に火をつける。
「Fire!!」
三発の誘導魔力弾が解き放たれた。
獰猛な力を押さえ込まれていた弾丸は歓喜に震えるように大気を切り裂く音を立ててビルの中へと吸い込まれていく。その着弾を確認する暇もなく、短い自由落下を終えて二人は道路に着地した。
「次、数多いわよ! 分担する!」
「オッケー! ……って、熱いよティア!? カートリッジ、首筋に落とさないでっ!」
「おっと失礼」
異常な速射によって酷使され、熱を持った銃身から吐き出されるカートリッジを頭に被って涙目になるスバルをサラリと受け流す。
新しい弾丸を込めながら、ティアナは先に待つ更なる障害を見据えた。
二人は止まらない。
背後の廃ビルの中で、連続して起こる誘導弾の閃光とターゲットの破壊音を聞きながら、振り向かずにティアナとスバルはゴールへの道筋を走り抜けて行った。
「……フェイトちゃん、タイムは?」
「五分切ってないよ」
「これは、とんでもないな~。『いいコンビ』っていうレベルやないよ、攻防一体、高シンクロや」
「スバルって娘は運動神経が抜きん出てるね。人を一人担いであの運動性は並じゃないよ。スタミナもまだまだ余裕があるみたい」
「二つ目のターゲットポイントは……うん、全滅しとるね。ダミーターゲットにも当てとらん」
「ティアナって娘は射撃魔法に関しては、もうAランクの範疇じゃないかな? 誘導弾の操作性もそうだけど、魔力の集束率がすごい。それにあの速射―――魔力弾の形成速度は、ちょっと異常なほどだね」
「天性のもんかな? せやけど……何よりあの娘、変則的な銃型のデバイスに随分馴染んどるな。まるで本物の拳銃を扱ったことがあるみたいや」
「え、でも確か彼女はミッドチルダ出身の純粋な血統だよ? 質量兵器に触れる機会なんて……」
「そうなんやけどねぇ……おっ、第三ポイントも下を制圧したみたいやね」
「次が難関だね」
次の標的が待つポイントは、多重構造になったハイウェイだった。
下部の標的を正面突破によって撃破した二人は、すぐさま上部―――三段構造の中間で待ち受ける次のターゲットに取り掛かる。
崩落した天井の穴からティアナはワイヤーを撃ち出した。
オートスフィアが一斉にその位置へ照準を合わせる。ワイヤーを巻き戻し、ティアナが上昇して姿を現した瞬間、全てが終わる状況だった。
低いモーター音と共に下部から上がってくる何かが気配。
穴から飛び出す影を捉えた瞬間、魔力弾が一気に殺到した。
そして―――魔力弾に弾かれて、巻き上げられたアンカーガンだけが虚しく宙で跳ね回る。
もしオートスフィア達に顔があったなら、その表情は驚愕に歪められていただろう。完全に裏をかかれる形になったターゲットの群れを、背後からスバルのリボルバーシュートが襲った。
「でりゃあああああっ!!」
数体のオートスフィアを一掃したスバルが、雄叫びを上げて道路を走り抜ける。離れた位置から気付かれぬよう上の階に上がり、ティアナが囮となっているうちに強襲する作戦だった。
慌てたように回頭する隙に更に2体、スバルの拳と蹴りが標的を薙ぎ払った。
しかし、奇襲の効果もそれで終わる。元々数において圧倒的に有利であるスフィアの群れはまだ過半数を残しながら、照準をスバルに向けて改めていた。
未だ十分な脅威である火力の差に、スバルは自ら飛び込む形になる。それでも一瞬の躊躇なく突撃を続行し―――。
「ティア!」
ワイヤーの巻き取られる音と共に、もう一挺のアンカーガンを使って、今度こそティアナが穴から飛び出してきた。
ティアナの位置からすれば、再び背後を取った完全な奇襲の体勢。囮に使ったアンカーガンを掴み取ると、ぶら下がったままの不安定な状態で片っ端から無防備な標的を撃ち落していく。
二度の奇襲に加え、挟み撃ちの状況。生身の人間ならば混乱に陥るところを、無機質なスフィアは愚直なまでに冷静に対処し始めた。
二方に分かれて、ティアナとスバルを迎撃する単純な行動。手数を減らした弾幕の隙間をスバルは軽いフットワークで潜り抜け、近接戦闘能力が皆無なスフィアを次々と撃墜する。
ティアナもアンカーガンを両手に確保すると、<エアハイク>で作り出した足場を蹴ってターゲットの群れに飛び掛った。
空中で体を回転させながら、視界に掠める程度にしか映らない標的を的確に撃ち抜いていく。得意の速射が文字通り薙ぎ払うように目標を間断なく爆発させた。
ティアナの足が地面に着き、スバルが体を捻って制動を掛ける。
互いの背中がドンッとぶつかり合い、二人の猛攻は終了した。
「―――ッイェイ! ナイスだよティア! 一発で決まったね!」
一人歓声を上げてはしゃぐスバルとは対照的に、ティアナは淡々と後回しにしていた非攻撃型のターゲットを叩き壊していく。
「時間、どれぐらい残ってる?」
「全然余裕だよ。それにしても、やっぱりティアってスゴイなぁ。一発のミスショットもなかったもんね!」
「気を緩めるんじゃないわよ? さっさと片付けて次に行くんだから」
「分かってる分かってる」
自分でも過去最高と思えるファインプレーに浮き足立つスバルを眺め、呆れたようなため息を吐くと、ティアナはアンカーガンのカートリッジを装填した。
「スバル」
「うん、なに?」
返事をしながら振り返ったスバルの眼前に、心底何気なく銃口が突きつけられる。
「避けて」
「へ?」
一瞬状況を理解できずに間の抜けた声を出した途端、ワンクッション置いてティアナは引き金を引いた。
これ見よがしに見せつけた指の動きを見て取り、ほとんど反射的にスバルが顔を逸らすと、一瞬遅れて顔面のあった場所を発射された魔力弾が掠めて飛んでいった。
背後で魔力弾が何かを破壊する音が響いたが、心臓を含めた全身の筋肉が硬直したスバルには聞こえなかった。
「……あっ、危ないよティアァァーッ!? 当たるかと思ったじゃない!」
「油断するなって言ったでしょ」
パートナーの頭を撃ち抜こうとした悪魔は抗議の声もサラリと受け流して、スバルの背後を指差す。
死角に配置されていた為か、撃ち漏らしていた攻撃型のオートスフィアが、今まさにティアナに撃ち落されて残骸となり、煙を上げているところだった。
「……だったらせめて声で言ってよぉ」
「間に合わなかったわよ。攻撃を許してたら、あんたを庇って足を挫きそうな予感がしたし」
「なんか、具体的な予感だね……」
兎にも角にも、二人は三番目のポイントを無傷で通過し、ついに最後の難関が待ち受けることとなった。
試験の事前に標的の種類や配置、数は知らされている。ゴール地点へ向かうコース上には、これまでとは違う大型のオートスフィアが一体配置されているはずだ。
さすがにその詳細なデータまでは教えられていないが、最後の関門である以上、攻撃・防御能力共にこれまでのスフィアの比ではないだろう。何より、受験者の半分がこの関門で脱落していることは歴代の試験記録でも有名だった。
「さて、問題はここからなんだけど……」
ハイウェイ最上部の道路を見上げながら、ティアナとスバルはその場で思案した。
「正面突破は……やっぱ無理かな?」
「これまでの流れからして、最後の大型オートスフィアはやっぱり射撃能力の強化型でしょ。定石どおりなら高所に配置して、狙い撃ってくるわね。かわしながら進める自信ある?」
「どれだけ射撃が正確なのは分からないから、なんとも……」
「博打に出るほど大胆には行けないわね。
でも、とりあえずアタッカーはあんたに決定。シールドも強化されてることを考えると、やっぱり一撃の威力があるスバルよ」
「じゃあ、ティアはさっきみたいに囮?」
「あんたより運動能力劣るのに、囮が務まるかしら……」
「あっ、それじゃあさ! ティアが前から練習してた幻術系の魔法で上手くやれないかな?」
名案だとばかりに表情を明るくしたスバルとは対照的に、ティアナは珍しく気まずげに視線を虚空へ逸らした。
「……ダメかな?」
「っていうか、あたし……その、まだその魔法を習得してない、のよ……」
ティアナは後悔と後ろめたさから、スバルは言うべきフォローの言葉を見つけられず、重い沈黙があたりに漂った。
その重量に押しつぶされるように、ティアナがここへきて初めて頭を抱え、深刻な表情で蹲る。
「失敗したわ……あの派手好きに影響されすぎた。もっと単純な火力以外の面で鍛えるべきだったのに……いや、言い訳ね。フフフ……」
「し、しっかりしてティア! 使えないものは仕方ないんだからさ、今ある材料で何とかしてみようよっ!」
切り替えの早い長所を持つスバルが口にした建設的な意見に支えられ、何とかティアナは立ち上がった。
「そうね……。となると、単純な援護射撃か、距離によってはあたしが狙撃してみるって手もあるけど」
「それなんだけどさ、ティアって射撃の貫通力と正確性がスゴイって教官に言われてたよね? だから―――」
ティアナが補助系魔法の習得を怠った一方で鍛えられた要素。
その一面を理解するスバルは、戦法面で珍しくティアナに意見を出した。
「……あ、動き出したみたいだよ」
「作戦タイム終了か。ふーん、やっぱり格闘型の娘がアタッカーみたいやね」
「このまま行けば狙い撃ち。もう一人が援護射撃かな?」
「どうやろ? そんな単純な力押しを使いそうな大人しいコンビやないと思うけどなぁ」
「はやて、楽しそうだね」
ハイウェイを高速で走り抜けるスバル。
障害物がない直線の為、加速は出しやすいが、同時に周囲からの狙撃を妨げる物もない。狙い撃ちには絶好の空間だった。
そして、予感するまでもなく、当然のように廃ビル群の一角から魔力弾の閃光が瞬き、スバルに向けて誘導弾が飛来した。
初撃の為狙いが甘かったか。間一髪軌道を逸らしたスバルの横に魔力弾が炸裂する。
「く……っ!」
爆発こそないが、破裂した魔力の余波はスバルの肌を叩き、その威力が十分なものであることを実感させる。
まともに食らえば一撃でお終いだ。まともに食らわなくても致命的。
そんな威力が、弾道と誘導性に補正を掛けた次の一撃によって自分自身に襲い掛かる―――その恐怖を押さえ込み、スバルは疾走を続ける。
そして、ついに二発目の魔力弾が発射された。
空中で弧を描き、スバルを追尾してその正面に回り込む。
飛来する魔力弾が激突する、その寸前―――!
「させるか!」
横合いから飛来した別の魔力弾が貫き、その一撃を相殺した。
高所に陣取ったティアナの狙撃によるものだった。
スバルの位置と標的の位置を把握しながらの典型的な援護射撃だったが、その対象が『飛来する敵の魔力弾』であるという点が異常だ。
スバルを狙って次々と撃ち出されるスフィアの弾丸を、まるでクレー射撃の的を撃つように、一発の撃ち漏らしもなくティアナは射抜いていく。しかも、その魔力弾は貫通力と弾速を高める為に誘導性を付加していない。純粋な直線射撃なのだ。
見るは容易く、為すには動体視力を超えた鋭い感性が要求される。
ティアナ自身、ここまで精密で即時判断を要求される射撃を行った経験はない。
しかし、心は緊張と不安以外の感情で高揚し、構えた銃身には震え一つ起こさず。
「……怯みもしないわね、あのバカ」
ティアナの眼下では、彼女の援護を信じ切った走りを見せるパートナーの姿があった。
「これじゃあ……外せるわけないっての!」
そしてまた一発。大型オートスフィアから放たれた魔力弾をティアナは正確無比に撃墜した。
死の道筋とも言える距離を走り抜けたスバルは、ついに標的の配置された廃ビルを射程に捉える。
射撃系魔法はほとんど使えないスバルだったが、自らの拳の範囲に標的を捉える為の手段は持っていた。
「<ウイング・ロード>―――ッ!!」
スバルの持つオリジナル魔法が発動する。
青白い帯状の魔方陣が構成され、天に掛かる道となって目標のビルまで一直線に伸びていった。飛べぬ者が空に挑む為に作り出した道―――まさしく<翼の道>だ。
もう一本のハイウェイとなったウイング・ロードの上をスバルは滑走する。
終着は、近い。
「こいつで看板よ、持ってけ!」
残された魔力で三つの魔力誘導弾を形成し、ティアナは最後の援護射撃を開始した。
「Fire!!」
クロス・ファイア・シュートが発射され、スバルの後を追うように飛んでいく。
自分を追い越す三発の魔力弾を見送りながら、スバルはリボルバーナックルのカートリッジをロードした。
全ての状況が同時に動き出す時間の流れの中、コマ送りで景色は進む。
先行する一発目の魔力弾が障害となるビルの壁をぶち抜き、進路を確保する。後続する二つの魔力弾がビルの中に滑り込んで迎撃の為に放ったスフィアの射撃をスバルに届かせる前に相殺した。
空白の時間が出来る。
標的が無防備な姿を晒す刹那の間が。
「一撃必倒! ディバイン……っ!」
ビルの中に飛び込み、シンプルな球体にデザインされた大型オートスフィアの姿を捉えると、スバルは魔力を眼前に集中させ、最大の一撃を準備した。
拳を引き絞る。
打ち出す為に。そして、あの日見た憧れにこの一撃を届かせる為に。
万感の想いと意思を込め、スバルは魔法を解き放った。
「バスタァァァァーーーーッ!!!」
放たれた聖なる砲撃が、スフィアの持つ強固なシールドを貫き、その機体を完全に破壊した。
スバルの無事を知らせるように形を保ち続けるウイング・ロードの上を辿って、ティアナは黒煙の立ち込めるビルの中へと足を踏み入れた。
「スバル、やったの?」
貫通したディバイン・バスターが開けた壁の穴から煙が逃れて視界が晴れる中、スバルは残骸となったオートスフィアを背に親指を立てて見せたのだった。
さすがのティアナも安堵の笑みが浮かぶ。
「やったわね」
「うん、ティアナの援護のおかげ!」
「あんたの度胸の成果よ」
この時ばかりはティアナも憎まれ口を叩くこともなく、二人は束の間の時間笑い合った。
時間は十二分に残され、ひと時の休息を彼女達に許す。
―――しかし、最悪のタイミングで不運は訪れた。
唐突に、二人のささやかな笑い声をかき消して小さな炸裂音が響き渡った。
それが魔力弾の発射音だとティアナが気付く前に、スバルの体が震え、まるで足を一本失くしてしまったかのようにバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
見れば、撃破した大型オートスフィアの砲台部分が火花を散らして小刻みに動いている。
完全に破壊出来ていなかったのか、射撃管制部分だけが生きていて誤作動を起こしたのか? それを調べる前に、ティアナの速射が今度こそ完全にスフィアを沈黙させていた。
「スバルッ!!」
動揺を露わに駆け寄るティアナの姿がひどく貴重に見えて、スバルは場違いな感想を抱く。
顔だけは何とか笑みを形作ることが出来た。
「へへ、油断しちゃった。ゴメン……」
「あたしも完全に気を抜いてたわ。足をやられたの?」
「足首に当たったみたい。ちょっと痺れて、立てそうにないや」
立てないのは事実だろうが、あの大型オートスフィアの魔力弾が『ちょっと痺れる』程度の威力でないことはティアナにも容易に理解出来た。
非殺傷設定の魔力弾の為外傷はないが、痛みと足首の機能を完全に停止させるほどの麻痺がスバルの右足を襲っている。実戦ならば、片足を失ったに等しい。
スバルはもう動けない―――。
ティアナは冷静にそう判断する一方で、それがどういう展開を生むか察して、焦りを覚えた。
「痺れが取れたら合流するから、ティアは先に行ってて」
何でもない風を装いながら提案するスバルを見つめ、ティアナは葛藤した。
これがどうしようもなく拙い嘘であることは分かりきっている。少なくとも、この試験中にスバルの足の麻痺が取れることはない。そこまで甘くはないだろう。
そして、動けないスバルはもはや完全な足手まといでしかないのだ。
スバル自身、それを理解している。このままでは、二人ともが試験に落ちてしまう、と。
そして、彼女は愚かにも信じているのだ。ティアナがこの嘘に騙され、一人でゴールへ向かってくれると。自分の代わりに魔導師試験に合格し、次のステップへ進んでくれると―――。
ティアナは唇を噛み締めた。
自分は、ここで止まってはいられない。次の試験は半年も先だ。今のチャンスを棒に振るなど出来ない。しかし。でも。
「ティア……」
合理的な判断と感情がせめぎ合う中、パートナーの曇りのない笑顔が視界に飛び込んできた。
「―――頑張って。ティアなら一人でもやれるよ」
『―――がんばれよ。お前ならやれるさ』
スバルの声と、いつか聞いた彼の声が重なり、その瞬間ティアナの中にあった全ての苦悩が吹っ飛んだ。
ゴールへ向かう―――ティアナは決断した。
制限時間を示すホログラムには猶予はあまり残されていなかった。
試験のゴール地点では、リインフォースⅡが未だに姿を見せない二名の受験者を待ち構えている。
実質的な最終関門である大型オートスフィアの撃破を確認してからかなり時間が経過しているのに、二人は現れない。
何かトラブルか―――そう懸念し始めた時、道路の先に人影を捉えた。
「あっ、来たですね! ……なるほど、そうだったですか」
『二人』の姿を視認して、リインフォースⅡは頷いた。
動けないスバルを、ティアナが背負って走っていた。
「ティア、もう時間がないよ! 今からでも遅くないから、わたしは降ろして……!」
「うっさい! 話っ、かけないで……こっちも、余裕ないんだからっ」
言い返すティアナの声は息切れ混じりの掠れたものだ。視線は前に向けたまま。要するに眼球を動かす筋力すら惜しい。
スバルを背負ってゴールまでの道を走破することは予想以上に困難だった。
ティアナには自分の足しかなく、それもスバルのように鍛え抜かれた健脚とはいかない。何より魔力を消耗し尽くした今、残されたものはなけなしの体力しかなかった。それももう底を尽きかけている。
朦朧とした意識で思い出すのは、訓練校時代の地獄マラソンだ。原始的な訓練だとバカにしていたが、あの時もっと苦労していたら今がもう少し楽だったかもしれない。アレには罰則と教官の趣味以外に意味があったのだ。
空気以外に胃の中のものまで吐きそうになりながら、しかし決してスバルを離すことなくティアナはゴールに向けて進み続けた。
ゴールライン前に配置された最後のターゲットを見つけ、脳裏を絶望が掠める。
「くそっ……もう、豆鉄砲撃つ気力もないわよ……! スバル、あんたがやって……!」
「わ、わかった!」
射撃魔法の苦手なスバルが緊張しながらも、リボルバーナックルを構える。
スバルの射撃能力は言うまでもない。加えて、出力を押さえなければ、発生する反動はティアナに更なる負担を与える。
「落ち着いて……よく狙って……!」
息も絶え絶えになりながらも助言を飛ばすティアナに報いる為、スバルはかつてない集中力を発揮した。
「シュート!」
極限まで絞った魔力弾が発射され、吸い込まれるように最後のターゲットを破壊して抜けた。
「はいっ! ターゲット、オールクリアです!」
リインフォースⅡの歓声は、二人には届かない。
スバルは自分のベストショットを誇る間もなく、僅かな反動でもたたらを踏んだティアナを案じる気持ちと罪悪感に支配された。
あとはゴールするだけだ。
しかし、もう本当に時間がない。おまけに体力もない。
「ティア、ターゲットは全部落としたよ! 早くわたしを降ろして! まだ間に合う!!」
「まだ言ってんの!? あたしは、もう決めたのよ……! そうよ、間に合うわ……二人で、ゴールする……!」
「どうして、そこまで……っ」
ティアナはもう自分が何を言ってるのかも、スバルが何を言ってるのかも分からなくなっていた。
ただ、背中の重みを手放す事と、立ち止まる事だけを本能が拒否し続けている。
「逆なら……あんたは、あたしを見捨てた……っ?」
「……う、ううん」
「なら、それが答えでしょ……!」
背中のスバルがどんな顔をしているのかは分からない。ただ、首筋に落ちる水滴の意味は分かっていた。
「さあ、さっきから人の気力萎えさせることばかり言ってないで……なんか、やる気起きるような声援……よこしなさいよっ!」
眼前にゴールが迫る。近い。もう近い。しかし、時間ももうない。
「―――っ、ティア! 頑張って! 一緒にBランクになろう!!」
動かないと思った右足が、背中から聞こえる声援でもう一度動いた。続くように左足も。
今度こそ正真正銘最後の力を振り絞って、ラストスパートを掛ける。
獣の唸るような声が、食い縛った歯の隙間から漏れる自分の声だと遅れて気付いた。もう呼吸すら忘れている。
ゴール地点のリインフォースⅡが顔を引き攣らせるような形相でティアナは駆け、視界に捉えたモニターのカウントが今まさにゼロを示そうとして、そして―――。
ゴールラインを切るアラームが鳴り響いたのを聞いて、ティアナはそのまま倒れこんだ。
うつ伏せに倒れたはずだが、気がつくと青空が視界いっぱいに広がっていた。
呼吸は荒く、全身思い出したように汗が噴き出している。何より、ひどい脱力感があった。
なんかもーどーでもいー。そんな感じ。
試験の合否よりも、まずは休みたい。休んでもいいはずだ。だって、自分は頑張ったのだから。
全てを差し置いて、奇妙な満足感がティアナの胸の内にあった。
何かを諦めた時に残る後味の悪さとは正反対の、清々しい爽快な気分を感じていた。
(とりあえず、寝よう……)
道路に寝転がっていることも、周囲の人間も、視界の隅に見えるスバルと何だか偉い人そうな女性魔導師のやりとりも―――全て投げ出して、ティアナはゆっくりと瞼を閉じた。
『―――お疲れ様。なかなかガッツがあるね』
最後に閉じる視界に映ったあの偉い人の優しい笑顔と声が、心地良い眠りへと誘ってくれた。
「……さて、なのはちゃん的に二人はどうやろ? 合格かな?」
「フフッ、どうだろね?」
to be continued…>
<ティアナの現時点でのステータス>
アクションスタイル:ガンスリンガー
習得スキル
<トゥーサムタイム>…二方向へ同時に射撃を行う。目視ではない為、射撃の正確性は左右共に高い。
<ラピッドショット>…スキルというよりも特性。並の魔導師よりも魔力弾の集束率と連射速度を向上させている。本来は連射によって攻撃力を上げるスキル。
<エアハイク>…瞬間的な足場を作り、空中での機動を可能にする。
<???>…習得済みながら、未だに明かされていない。
上記のように、ティアナは攻撃性の高いスキルを選んで鍛えた為、<フェイクシルエット>などの補助系魔法は未修得である。現在練習中。
最終更新:2008年01月21日 19:56