大西宏明

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大西宏明 おおにし ひろあき
1980年4月28日生まれ、O型
兵庫県尼崎市出身
右投右打

1996年〜1999年 PL学園
1999年〜2003年 近畿大学 商経学部
2002年ドラフト7巡目で大阪近鉄バファローズ入団
 (1巡目:坂口智隆、3巡目:筧裕次郎、4巡目:阿部健太、6巡目:横山徹也、8巡目:下山真二)
1軍初出場 2003年10月3日対千葉ロッテマリーンズ(千葉マリンスタジアム)
2003年〜2004年 大阪近鉄バファローズ
2005年〜2007年 オリックス・バファローズ
2007年12月17日  オリックス・バファローズ 古木克明 選手と交換トレードで横浜ベイスターズ入団

右打ちの外野手として期待され2008年シーズンは結果を残したが、翌年は低迷。10年シーズン終了後戦力外通告を受け、
福岡ソフトバンクホークスと育成選手契約。横浜時代の背番号は33。
真・オリックス・バファローズ用語集 50-大西宏明


ニックネームは、オリックス時代は「ジミー」と呼ばれていたらしい(wikipedia)。
横浜でもそう呼ばれているようである(広報リポート村田ブログなど)。
livebaysでは初期に「ハマの近鉄」と呼ばれることがあった。

鈴木貴久が遺した"いてまえ打線"の伝統。
http://number.goo.ne.jp/baseball/npb/20040617.html

さちこカフェ2008年 3月6日

もちろんプレーも魅力的な大西選手。打撃練習を見ていても、
軽ーく振っただけのように見えるのにポーンと飛んでいきます。
大西選手は「今のバッティングは全てあの人のおかげやから」と言います。
その「あの人」とは、大西選手が大阪近鉄バファローズに入団当時
ファームのバッティングコーチだった故・鈴木貴久さん。
野球が大好きな方なら有名なお話かもしれません。
「ドラフト7順目で入団してバッティングなんか全然駄目。そしたら、
鈴木さんが『じゃあ俺について来い』と言ってくれて。
もうマイナスからのスタートやったから必死にやらされた。
そのおかげで2年目からはずっと一軍にいられてん」と話していました。

大西選手が忘れられないのが、2年目の2004年に一度だけ故障して
ファームへ行って1週間が経った時のこと。「また一軍へ戻ると決まって
挨拶に行ったら、鈴木さんに『二度と俺に顔を合わせるな』って言われて。
それが最後の言葉やったな……」
その年の5月、鈴木コーチは他界されてしまったそうです。
「体に染み付いているこのバッティングは、全てあの人のおかげやから、大事にしてる」
自分のスイングに自信を持っているのだろうなと感じる大西選手。
その根底には尊敬する師匠と一緒に作り上げてきた努力があるからなのだと知りました。
練習試合やオープン戦でも結果を残している大西選手は「外野手は競争も激しいから
頑張らんとな。実戦が多かった分仕上がりも今まで1番といえるくらい早い。
状態もええよ」と充実した表情でした。
素敵な選手です、ぜひ応援してくださいね☆


大西のピンクユニ(さちこカフェ2008年 3月6日)
http://www.baystars.co.jp/column/cafe/?ymd=20080306

5 回終了時に行われる『ハマスタ・ダンスコンテスト』
(優勝した方には、なんとベイブルーシート・ペアチケットをプレゼント♪)や、
イニング間にホッシーたちがバズーカを使ってTシャツやカラーボールを打ち込む
『ベイスターズ・バズーカ』(カラーボールをゲットした方には素敵なプレゼントが♪)
などのお知らせ用VTRを撮影しました。
今回は夏バージョンも撮影したため、
新発売のピンクのサポーターズユニホームを着用しようと置いておくと……。
「ちょっと、ちょっと……」の声、振り返るとなんと大西選手……! 
「着てみたら入っちゃった♪ これ着て撮ろうかな」とノリノリのお茶目な大西選手。
カメラを向けると「撮らんといてよ♪」といいながらポーズ(笑)
まるで吉本の芸人さんみたいなノリで、私もケチャップさんも大爆笑でした(^^)


兄ちゃんは家庭的 ほな! 大西宏明(プロ野球) :2008年6月26日
http://www.asahi.com/kansai/sports/offshot/OSK200806260006.html

トレード関連記事

オリックス大西、横浜古木が交換トレード
http://www.nikkansports.com/baseball/f-bb-tp0-20071217-296591.html

 オリックス大西宏明外野手(27)と横浜古木克明外野手(27)の交換トレードが
17日、発表された。大西は「突然のことで驚きました。自分は大阪ドームが満員になる
のが夢だったので、今は複雑な気持ちです。本当に関西が好きなので…。
横浜に行ってもファンの方々に愛されるよう、自分らしさを出して頑張りたい」
とコメントした。

[2007年12月17日16時13分]


07年オフの自主トレでは、
オリックスの施設でトレード相手の古木と一緒に練習をしている。
記事


オリックス時代の記事

オリックス大西「パシリ卒業します」
http://osaka.nikkansports.com/baseball/professional/buffaloes/f-ob-tp0-20061212-129440.html

オリックス大西宏明外野手(26)が12日、大阪市北区の球団事務所で契約交渉を行い、
400万円増の2700万円で更改した。
大西は先発出場は40試合ながら、守備固めや走塁での貢献度を認められ、アップを勝ち取った。
今季はPL学園の大先輩、清原の「パシリ役」として認知されてきたが、
来季は「パシリより1歩先に成長するつもり」と卒業を宣言した。(金額は推定)
[2006年12月12日14時51分]


大西が闘志「はらわたが煮えくりかえる」
http://osaka.nikkansports.com/baseball/professional/buffaloes/p-ob-tp0-20071208-292912.html

 外野手補強にもの申す! オリックス大西宏明外野手(27)が、
球団が自分と同ポジションの選手を多く補強していることに闘志をかき立てた。
7日、京セラドーム内で契約更改交渉を行い、400万円増の年俸3100万円で1発サイン。
それでも阪神から浜中がトレード移籍し、ドラフトでは近大・小瀬や岐阜城北・丹羽と
外野手が次々と入団する状況に
「正直、はらわたが煮えくりかえっている感じ。その分、見返したい」
と過剰ともいえる反応をした。(金額は推定)

 オレを忘れないで。大西は、チームの補強状況に唇をかんだ。
阪神からは浜中、ドラフトでは近大の後輩でもある即戦力の小瀬に、高校生の丹羽…。
外野手として着実に成長を続けてきた自負があるだけに、悔しさが言葉になった。

 大西「正直ね、はらわた煮えくりかえってる感じ。同じ外野手というのは、正直むかつきますね。
期待が低いということ。その分、見返したい気持ちはあります」。

 今季は右ひじの故障などもあったが、83試合に出場し、
打率2割4分7厘、16打点、4本塁打の成績を残した。
大西によると、球団側は「前半戦はレギュラーっぽくやってくれたということと、
得点圏打率を評価してくれました」。
もちろん自身の成績には満足していないが、そんな状況での外野手補強が、モチベーションに火を付けた。

 これまでの契約交渉では、2軍からの昇格チャンスに恵まれないことを、
球団側に訴える選手が多数出た。だが大西は違う。

 大西「使って欲しいです。でも使う使わないは監督の判断ですから。使われる選手にならなアカン。
この球団、働きやすいと思ってるんで」。

 コリンズ監督の望む野球スタイルで自分が何ができるか。何を求められているのか。
チームが勝つために必要なモノを追い求める姿勢に変わりはない。

 「盗塁の話もしました。うまいこと研究できれば、30とは言いませんが、20盗塁はできると思う」。
ラロッカ、ローズ、清原、浜中と大砲がそろう打線でも、機動力が合わされば点の取り方に幅が出る。
大西の闘争心が、最下位から巻き返しを図るコリンズ野球の原動力になる。【今井貴久】

[2007年12月8日9時52分 紙面から]


大西、天国の恩師に活躍見せる/猛牛丸かじり
(大阪日刊スポーツ・なにわWEB・近鉄情報 04年5月24日付
ttp://www.nikkansports.com/osaka/obu/p-obu-040524-03.html)

 仕事に私情を持ち込むのは禁物とはいえ、
鈴木2軍打撃コーチの葬儀が行われた19日は我慢できなかった。
藤井寺球場で若手について語ってくれた姿を思い出し、涙腺が緩んだ。
応援団のトランペットが響く中で出棺…。
その様子を伝えると、愛弟子の大西はき然と前を向いて言った。
「1日泣いてスッキリしました。(今季)2軍に落ちた時
『もうお前は1軍の選手や。2度と顔を見せるな』と言われましたから。
一番心に残っている言葉です」。
恩師のためにも1軍にしがみつく。
今日24日からのオリックス3連戦は、4月2日にプロ1、2号を連発したヤフーが舞台。
屋根のない球場なら、天国の鈴木コーチも観戦しやすいに違いない。(浜田 司)