上条当麻がその鬱展開(げんそう)をぶち殺しにいくようです。
第二話『ここまでテンプレ』


気味の悪い浮遊感を感じながら、上条当麻は『ベツヘレムの星』と名付けられた建造物を駆け抜けていた。
その目的はただ一つ、大天使『ミーシャ=クロイツェフ』の阻止。
世界をも滅ぼす程の圧倒的な、それこそ別次元の力を有する大天使。
上条当麻は駆け抜ける。
最大の敵たる大天使の元へと、微塵の恐怖を感じる事もなく、駆け抜ける。
上条当麻は知っていた。
自分の行動が、決して少なくない人達を助けてこれたのだという事を。
何度も何度も他人を傷付け他人に傷付けられてきた数カ月の人生が、決して無駄ではなかったという事を。
知っていた。
知っていたからこそ、走る事ができる。
こんな悲劇的な結末で、この世界は終わらせない。
そいつを食い止めるために、戦ったって良い筈だ。
その一心で、上条当麻は走る事ができる。
着水の轟音と共に世界が揺れ、唯一の足場たる『ベツヘレムの星』が崩壊した。
極寒の海水が流れ込んでくるが、上条は気にも留めなかった。
下へ、下へ、ただひたすらに下へ。
大天使が光る、その最中へと駆け抜ける。
周囲は既に漆黒に染まっていた。
光すらも拒絶される世界の中、大天使と上条は睨み合う。
大天使の放つ圧倒的な殺意が上条を貫き、だが怯ませるにも至らない。
完全なる上位存在であるモノが噴出させた、極上の殺意をもってすら、もはや男を止めるには届かなかった。
そして、二人は激突した。
大天使の光に視覚を失いながらも、上条当麻は最後に見た。

「とうまはどこ?」

自分を探す少女の姿を、上条当麻は確かに見た。
幻想かもしれないその光景に、けれども上条の右腕が伸びる。
少女の絹のような銀髪に触れる寸前で、しかしその右腕は何も掴み取れずに―――全てが漆黒に染まった。
上条当麻は、二度目の『死』を迎える。
そして、世界が変わった。
科学と魔術の交差する世界から、魔法が次元を統べる世界へと。
上条当麻の預かり知らぬ所で、世界は変わっていた。






ボンヤリとした暗闇が徐々に色を取り戻していた。
血管に凍の針を通されているような寒さが、身体を支配している。
異様なまでの脱力感に包まれた身体は動かす事すらも難しい。
それでも、磨り硝子を通して見ていたかのような世界は段々と明快なものになっていく。
まず最初に視界へと映ったのは、見覚えのない天井だった。
事件を終えた後いつも寝かされていた、あの古ぼけた病室。
内装よりも如何に人間を詰め込むかを主体に置いていた学生寮とも違う。
全くの見覚えのない天井が、意識を回復した上条を待ち構えていた。

(ここは……?)

上条は瞳だけを動かして、周囲の確認に努めた。
直前までの記憶はハッキリとしている。
改めてみると無謀としか思えない方法で、大天使へと特攻を果たした自分。
漆黒の中で灯る大天使の光点へとがむしゃらに駆け、手を伸ばした。
そして、あらゆる異能を打ち消す右手で、大天使に触れた。
そこから先の、記憶はない。
あの時一身に受けた殺意を思い出し、今更ながらに肌が粟立つ。
良くもまああんな事ができたものだと、自分の事ながらに感心してしまう。

「起きたみたいだね」

横の方から声が飛んできた。
声のした方へと上条は視線を動かす。
そこにいたのは一人の少女であった。
漆黒のレオタードと白色のマントに身を包んだ少女。
少女は手に黒色の長斧を握っていて、その矛先を上条へと向けていた。
腰部まで伸びた金色の髪が、少女の動きと合わせて揺れる。
その瞳には警戒の色がありありと浮かんでいた。

「あんたは……?」

鈍った思考は上条から危機感を奪い取っていた。
明確な警戒心を見せて武器を構える相手へと、上条はボンヤリとした口調で、バカ正直に問い掛ける。
上条の問い掛けに、少女の眉根が僅かにつり上がり、武器を握る手に力が籠もった。

『Scythe form Setup.』

手持ちの斧から無機質な声が響くと同時に、その穂先から金色の光が飛び出した。
空気を灼く金色の光に、上条は視線を奪われる。
その光は具体的な形状をもって宙に留まっていた。
黒斧から伸びた金色の光は、まるで死神の持つ大鎌を連想させる。
光が、上条の鼻先へと向けられた。

「うお!?」
「質問をするのはコッチだ。どうやってここに辿り着いた?」

間近に迫る脅威を見て、上条の思考も流石に覚醒を果たした。
驚愕を顔に宿して、光の刃から逃げるように上体を起こす上条。
刃から少しでも遠ざかろうと身体を動かし、だが直ぐにベッドの縁に背中がぶつかった。
ズイ、と更に一歩少女が前に進み、上条を追い詰める。
空間を挟んで尚、焼けるような熱を感じさせる光は、上条に焦燥感を覚えさせた。

「ちょ、ちょっと待て! 上条さんには何がどうなっているのか、さっぱり分からないんでございますが!」

身体を包んでいた倦怠感など、もはや忘却の彼方である。
目を覚ませば訪れていた窮地に、上条は完全に混乱していた。

「静かに、質問にだけ答えて」

と、少女が冷淡の言葉を浴びせたその時であった。
唐突に、上条の身体が横へ傾げた。
思考の内から消えども、身体に刻まれた疲労感は甚大なものだったのだ。
上条の意志に反して身体が横へ倒れていき、ベッドから転がり落ちる。

「あ、」

少女が上条へと手を伸ばしたのは、殆ど反射的なものであった。
倒れ込む上条へと、無意識の内に武器から片手を離して手を伸ばす。
その行動の起因はやはり、少女が元来持つ優しさなのだろう。
上条の手を掴み、だがその身体を支えきれずに少女も転倒してしまう。
パキン、という音が室内に響いた。

「いてて……わ、悪い、ちょっとバランスを崩しちまって」
「うう……」

上条当麻は馬乗りになる形で少女に覆い被さっていた。
目と鼻の先に迫った少女の顔に、上条当麻は慌てて立ち上がろうとする。
そして、気付く。
自分の身体から服が脱がされているという事実に。
自分の右手が何か暖かなものに触れているという事実に。
少女が身に纏っていたコスプレのような服が、何時の間にか消失しているという事実に。
つまり、今の上条の状態を一言で表すなら、こうだ。
全裸で、全裸の幼女に覆いかぶさって、その平坦な胸を触っている。
文章化するだけで犯罪臭がプンプンの状況に、上条当麻はあった。

「は……はは……」

顔を引きつらせ、上条は声を漏らした。
この状況なら、久し振りにあの言葉を叫んでも良いだろうと思う。
少女が、痛みに閉じていた目を、ゆっくりと開く。
覆い被さる上条を、キョトンと純粋な瞳で見詰める少女。
目と目が合い、時間が止まる。
上条の顔が引きつりの笑みを取る。
少女の視線が下の方へと動いていった。

「キ、」

少女が、息を呑む。
少女の視界に移る光景は、全裸の男が自分にのし掛かり、同じく全裸となった自分の胸元に触れているその光景であった。
終わった、と上条は正直に思った。
先程見た金色の刃に身体を切り裂かれる光景が、目に浮かぶ。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

かん高い悲鳴が部屋を響かせ、その外にまで届く。
上条が慌てて身体を起こそうとするよりも早く、その声は少女の守護者を呼び込んだ。
ドカンという音と共に、扉が蹴り開けられる。
上条が視線を送ると、そこには中々に際どい服装をした女性が立っていた。
橙色の髪に覆われた頭部には獣耳が鎮座している。
うわあ獣娘のコスプレって初めて見たなー、とか何処か投げ槍な思考を浮かべながら、上条は引きつった笑みに冷や汗を流す。

「は、はは……失礼しました~……」

スクと立ち上がり、何処だかも分かっていない部屋から出て行こうとする上条当麻。
勿論、そんな事を少女の守護者が許す訳もなく、

「フェイトに何をしてんだ、変態野郎おおおおおおおおおおおおお!!」

充分な加速とシフトウェートが加わった拳が、上条の右頬に突き刺さった。
上条の身体が重力から解き放たれ、直ぐ後ろにあった壁へと激突する。

「ふ、不幸だ……」

お決まりの一言を残して、上条の意識が鈍痛と共に再び暗闇の中へと沈み込む。
こんな感じで、上条当麻とフェイト・テスタロッサとアルフとの初の邂逅は幕を降ろした。