「また?」

「はい。首の動脈を一掻き、争った形跡無し。間違いなく……死に至る眠りです」

先程の現場から捜査本部に戻り、今後の方針を決定すべく会議をしていた捜査班に飛び込んだ知らせ。

「ふぅ……捜査本部の看板を書き直さなきゃいけないわ」

この捜査チーム実働部隊のトップであるギンガはため息混じりに呟いた。
早速張り出される被害者のプロフィール。現場まで行って確認する時間は無い。
次元を股にかけるような犯罪者を相手にした場合、時間との勝負と言う面が大きい。
本来ならば足を行かして虱潰しに探したい所なのだが、殺しの方法でしか区別が付かないのが今回の犯人だ。
けど相手は仕事をした。つまり死に至る眠りは今もこのクラナガンに潜伏し、食事をしたり睡眠を取ったりしている。
近くて遠い異世界に逃げられるまでならば、充分に早期解決を図る事が可能。

「……これまた大物ね?」

張り出された被害者の写真、もちろん生前のモノ。その下に羅列される名前や経歴。
その人物にティアナは覚えがあった。更に言えば捜査班のメンバーで知らない者は居ないだろう。

「ギャング……ですよね?」

「ヴァリエル・リスモンド。クラナガン周辺の廃棄都市を中心にした黒いネットワークの元占めの一人。
 『ミッドチルダで悪い人を五人挙げなさい』って問題ならば、間違いなく一角の名前が入る大物。
 こりゃ~後継者争いや利権の争奪で大荒れになるのが目に見えるわ……仕事が増えた~」

酷く残念そうに机に突っ伏して、不味いインスタントコーヒーを啜るギンガを見ながら、ティアナは痛感した。
仕事って言うのは一つのことだけを考えて居れば良いものではないのだと。
その証拠に苦労が積る捜査官はすぐさま立ち上がり、周りの仲間に問うた。

「リスモンドと前の被害者、クラナガン建設社長 ダニエル氏との関係性は?」

誰もがその事を考え、調べも既に付いていた。
ホワイトボードを睨みつける同士の一人が手元の資料を捲りながら答える。

「ありません。裏の献金なども探りを入れてみましたが白です」

「ふ~ん……でも死に至る眠りは違う依頼主からの仕事を、一緒くたにこなすかしら?」

殺しと言うのは安い仕事ではない。鉄砲玉のような使い捨てではなく、多くの利用者に信頼で雇われるプロフェッショナルは高給取りだ。
三十四人以上を殺しているのに、殺害方以外の事を知られない死に至る眠りは、間違いなくそのプロに該当する。
一つの仕事でも充分な報酬を得る事が出来るだろう。

「たまたま依頼の場所が被ったから二つ受けた? 考えにくいわ」

「つまり同じ人物から纏めて依頼されったことですか?」

「そう言うこと……やっぱりこの二人の関係、共通点が鍵になるわね」

もし二人の共通点、例えば同一人物に恨まれていたりすれば、依頼主の特定が可能になる。
それに上手く割り出す事ができれば、まだ依頼を果たそうとしていれば死に至る眠りの先手を取れる。
これ以上の被害者を出す事無く、音に聴こえた殺し屋を逮捕する絶好のチャンスだ。

「おいっ……エライ事が解った」

若干青い顔をして部屋に飛び込んできた管理局員が神妙そうに呟いた。
ピタリと室内の空気が止まる。忙しそうにしていた誰もがそちらに視線を向ける。
それだけ彼の雰囲気に説得力に似た緊張感が漂っていたのだ。

「二人とも……レジアス中将と関係があったんだ」

レジアス・ゲイズ。地上本部にとってそれは英雄の名前であり、忘れ難い汚点でもある。
海から冷遇される低予算と低装備、引き抜かれていく人材をモノともせずに、地上の治安を守り抜いてきた英傑。
だがJS事件で殉職した後、様々な不正が明らかになり死してなお、犯罪者として見られている身でもある。

「それはまた……物騒な関係」

「マイケル氏はクラナガン建設に勤める前、学生時代にアルバイトをしていたファストフード店で会っています。
 その後クラナガンの未来についての論争をした後に意気投合、社長に上り詰めてからはレジアス氏の最大の支援者です」

「リスモンドは?」

「若き日のレジアス中将が追っかけては捕まえ、捕まえては逃げられを繰り返していたそうで……
 裏を統べるようになってからも……まぁソリが会うはずも無く……宿敵でしょうか?」

正直、後者は微妙な気がしないでも無い。しかし続けての言葉に誰もが閃く事になる。

「そして二人とも、例の裁判に証人として出廷を予定していたんです」

裁判。それはレジアスを中心とした元地上本部上層部が行ってきた不正を明らかにし、公正な地上本部への回帰を目指したモノである。
と言うのが……建前だ。

「アレは裁判じゃない」

「公認の吊るし上げだ……」

「……海に都合の良い地上にする為に……な?」

生粋の陸士、叩き上げの捜査官達から漏れるのはそんな言葉ばかり。
海との親交もあるギンガは口を閉ざし、これからは海で執務官補佐をする事に成っているティアナは顔を青くしている。

「マイケル氏は当然レジアス中将を擁護するだろうな。だがリスモンドは……」

「イヤ、リスモンドの方が厄介かもしれん。アイツが通じている相手はレジアス中将ではなかったら?」

「そうか……奴ほどの大物、今も地上本部の上層部に君臨する人物……海と繋がりが在ってもおかしくは無い。
 亡きライバルへの手向けとばかりに在る事無い事喋られたら、何人も首が飛ぶ」

そんな会話が積み上げられる中で、ふとティアナが思いついたように顔を上げた。
しかし周りは歴戦の捜査官達。若輩の自分が発言をして良いものか? だから小さく呟いてみた……

「裁判ってことは……被告が居るんですよね?」

「当然でしょ?」

ティアナの呟きを受けて、ギンガは当然と返す。誰も被告人席に居ないのでは締まらない。
体の良い吊し上げであるならば、尚の事だ。その被告はレジアスの娘にして副官。

「裁判を主導したのは海とそれに近い勢力……でもレジアス中将は陸を中心に人気で……評価するべき事が多すぎる。
 私なら……無理やりにでも裁判を中止にさせます」

「……!! オーリス・ゲイズを!?」

捜査本部に走るのは衝撃。若輩の見習いが導き出した突飛な妄想。だがそれでも可能性を秘めるのならば、推測しなければならない。
裁くべき対象が居なくなれば、審議を無理やり中断させる事もできる。
孤立無援の状態に持って行き、陸を飼いならすには……オーリス・ゲイズは知りすぎているのだ。
どうしようもなかった陸の状態、それを改善せんとする奔走する父の姿。
『未だに多くの者から支持を集めるレジアス・ゲイズをこれ以上語られるのは不味い。証人と一緒に始末してしまおう』
……そんな考えが浮かんでも不思議は無い。不思議は無いからこそ……

「彼女はいま何処?」

ギンガが脱いでいた上着に袖を通しつつ、誰にでもなく投げかけた疑問。

「第三地区の拘置所です」

しかし誰もが事の重大性を理解している。故には返答は早い。

「警備体制は?」

「普通のシフトですよ……脱走は絶対に考えられませんから」

考えられない。例え新レジアスな一派が脱走を手引きしても、オーリスは拒むだろう。
父の正義にすら疑問を抱くほど、地上とソレを守る正義を信奉していた有能な副官。
そしてそれは今も変わらない。だからこそ……厄介なのだ。

「連絡をとって」

「もうやってます……あれ? 出ないぞ」

騒然とした対処と行動の錯綜が始まる。



「世知辛い世の中だぜ……」

第三拘置所の職員が夜勤の最中にふと呟いた。平凡な拘置所に過ぎない彼の勤め先には、とある有名人が拘留されている。
オーリス・ゲイズ。元地上本部のナンバー2とも言える人物。
偉大なリーダーと父をいっぺんに失った上に、その罪を被るような形で拘留されて、裁判を待つ身。
古い陸士ならば、過去のクラナガンを知っている者ならば誰もが、レジアス中将の功績の意味を知っている。
それを思案し、実行し、維持し続ける事に必要な労力も理解できる。
平和な地上しか知らない若い者、地上なんて何とも思っていない海の連中、そんな奴らは何も解っていないのだ。

「なぁ~にやってんだろ……オレ」

しかし優先されるのは心情ではない。今の管理局の意向であり、自分の保身だ。人なんて碌なものじゃないとつくづく思う。
今もそうだ。手には支給品のデバイスと懐中電灯を握り、口には職務規定違反だがタバコを咥えて、警備の最中。
罪を問い、拘束されるべきではない人間を確実に拘束させ続ける仕事。

「ん? 何の音だ……」

憂鬱に下を向いていた顔が羽音のようなモノに導かれて上を向き……何かが顔に当った。
液体……だったと……思う……直ぐに気化して……白い煙が……

暗い闇に沈んだ意識のどこかで、サクリと軽い音を聞く……何かが裂けた音だ。

切り裂かれたのは自分の首……あれ?


第三拘置所には特別棟というものが存在する。他の牢とは独立した場所にあり、二十四時間見張りが付く。
だが同時に他よりも僅かに人間らしい生活が遅れる場所。いわゆるVIPが収監される場所だ。
そこは今、異常な状態にあった。

「バシュッ」

水が噴出すような音。人工の明かりの元で撒き散らされた液体の色は紅。
ゴトリと転がされるのは首元を引き裂かれ、大量失血により命を失ったばかりの死体。
それだけでも異常なのだが、さらに不可思議な事がある。それは静かだと言う事だ。
確かに他の棟とは独立管理される場所ではあるが外の見回りが一人、中には二人の当直が付いている。
だと言うのにまったく異常事態を知らせる警報も鳴らなければ、仲間が一人殺されたと言うのに、反撃すら見せない。

「ん~んん~♪」

故に侵入者にして殺害者は鼻歌を歌いながら、悠々と室内を闊歩する事が出来る。
黒い帽子に黒いコート、黒いシャツに黒いロングスカート、黒いブーツに橙色のコアを抱く黒の手袋。
上から下まで真っ黒な装束だが、その身長は小さい。
ピッチリ留めたコートの長い襟で隠れた口元と帽子の狭間では桃色の髪が覗く。
髪の下には僅かに愛らしい少女の顔。澄んだ瞳がキャンプに行く子供のように輝く一方、片手に握られるのは小さなナイフ。
軍用の堅牢な仕様ではない。鞘で隠れていればペーパーナイフだと言っても誤魔化せそうな可愛らしい大きさ。
それでも人の命を奪うには充分だと言う事が、既に切り裂かれた被害者の首と血に塗れた刃が証明していた。

「眠れ~眠れ~今際の夢、安らかであれ~♪」

遂に声を出して歌い始めてしまうが、やはり周りに動く気配は無い。
早くも無く、音を立てないわけでもなく、隙を見せないわけでもない。
ただ歩く。楽しそうに軽々しく、次の得物へと向かう。
歌いながら、踊りながら近づいてくる敵。なぜ陸士は動かないのか? 
答えは至極単純……倒れ伏すように……寝ているから。

「踊れ~踊れ~茨の靴を履くシンデレラ~♪」

しかし職務中の居眠りなどと言うレベルではない。完全に意識を失うような眠り。
周りで仲間が殺されていようと、殺人犯が歌い踊りながら近づいてきても眠りから醒めない。
首元にナイフを当てられ、引っ張られる。噴出す鮮血と共にカッと見開かれる瞳。
ようやく自分が何かをされた事を理解しても既に遅い。噴出す血と風前の灯たる命を見つめられる時間は僅か。
力尽きたソレを捨て置き、少女は前へと進む。二人の人間を殺していようが、軽い足取りは変わらない。
窓の外からバサリと聞こえる羽音。そして鳴き声。普通の鳥では発する事が出来ない音だろう。
そこに居る何かに安堵の微笑みを浮かべつつ、殺人者は進む。奥まった部屋。
堅牢なロックが成されているが、鍵など既に殺して拝借済み。

「寝てますかぁ?」

ゆっくり開けた扉の向こう。罪人が繋がれるには恵まれたスペース。
差し入れられたのだろう本が詰まれた机に突っ伏すような人影が一つ。
寝ている事を前提にしている少女は平然と室内に侵入して、驚いた。

「なに……貴方は……」

寝ているはずの人物が僅かながらにも動き、言葉を発した事に驚きの表情を浮かべる。
苦しいと表現するのが適切な眠気に襲われている女性 オーリス・ゲイズを尻目に侵入者は窓を開けた。

「あれ~? 換気扇からチャンと入れたんだけど……フリードォ~」

そこには出入りが出来ないように鉄格子が施されていたが、室内に飛び込んできた小さな影には無意味だった。
それは鳥……? 橙色の羽と極彩の飾り羽が目立つ鳥?

「はじめまして、『死に至る眠り』です」

「あの……殺し屋?……この眠気が……特異な殺害方法の……仕掛けね?」

自分でも驚きを覚えるほど、オーリスは迫り来る確定的な死を前にして、冷静だった。
気を抜けば一瞬で引き込まれるドロのような眠気の為、まともな思考が出来なかった事もある。
しかしある程度は予想が出来た事でもある。自分は……知り過ぎている。強いていうならば現れた刺客が少女だった事が驚きである程度。

「私はひ弱なんで、眠っている相手を殺すので精一杯なんですよ?」

『死に至る眠り』
最初にそうこの殺し屋を命名した人間は実に的を得ていたと言える。タネはバラして見れば至極簡単。
フリードと呼ばれた奇妙な鳥 とある世界ではヒプノックと呼ばれる鳥竜種の特性 催眠液の活用。
気化したガスを僅かにでも吸ったが最後、屈強な狩人も一瞬で眠りに叩き落す。
そんな劇薬を換気扇なりから室内へと送り込めば、中の人間は何かをする暇も無く睡眠へと沈む。
その眠りは近くでドラゴンが暴れていようと気がつかないほど深いのだ。後はゆっくり寝ている人間を確実に始末すればいい。
オーリスが完全に意識を失わなかったのは彼女の体質や空調など、様々な偶然が重なった奇跡に等しい確立に違いない。

「なるほど……最後に……聞かせて。いったい……誰が……」

自分に向けて嘴を開く怪鳥を、今にも閉じそうな瞼で見つめながら、オーリスは呟いた。
しかし死に至る眠りは笑顔でこう答える。何時だって彼女はそうして来たから。


「さぁ…『私の明日の朝ご飯のために死んでくれ』…としかいえません~」


怪鳥が吐き出すのは眠りの結晶。差し出される無碍の命を……主はただ刈り取った。



「間に合わなかった……」

ティアナ・ランスターは兄を失った時に匹敵する虚脱感を得ていた。
捜査本部のフルメンバーに加え、動かせる人員を可能な限り動員して、可能な限り早く駆けつけた。
しかし第三拘置所の特別棟にあるのは惨劇の現場。外に一人、中に二人の拘置所の職員の遺体。
そして牢の中では……

「えぇ……次元航行船を可能な限りチェックよ。
仕事を終えた死に至る眠りはこのミッドチルダを離れる可能性が高いわ。
正規に旅客船だけじゃなくて、貨物船や密輸船まで虱潰しに……解ってるわ、『可能な限り』でしょ?」

ティアナの傍らで電話をかけていたギンガも、携帯を懐に収め肩を落とした。
自分達の横を通り過ぎて行くのは、すっぽりシートで覆われた担架。そこに乗っているのは遺体。

「私たちは守れなかったんですね?」

「でも……こんな現場じゃ日常茶飯事よ。他の世界に逃げられたら、陸の捜査部はどうしようもないしね」

「そんな……」

そこでティアナふと思い至る。
数多の次元を統一したのは管理局。そのせいで巧妙な犯罪者は広範囲で猛威を振るうようになった。
しかしそれに対処するべき管理局は海と陸に分かれており、関係は良好とはいえない。
さらに平和の礎となろうとした管理局の勇士は、同胞の依頼によって犯罪者に殺される。
矛盾……理不尽だ。

「ねぇ、ティアナ。執務官が扱う事件にさ……殺人事件ってあった?」

「そりゃありますよ!」

「じゃあその数は多い?」

「……アレ?」

執務官は一握りのエリートだ。多次元世界に渡る捜査特権などの強権を、現地の陸士たちに振るう事が許される。
根強い諍いの境を無視して、事件の解決を図る事が出来る。そしてそんな執務官の数は少ない。
故にどうしても捨て置けない事案、それこそ世界その物の危機やロストロギアなど安易に計りきれない不安への対処に割かれる。

「仕事は仕事。目の前の案件を一つ一つ片付ける。
それが如いては多くの人を守る事になる。解ってる……解ってるんだよ?
海が優先する案件には相応の理由がある。世界が一つ失われる被害は計り知れない。
だけどさ……」

ふっと優秀な捜査官が見せた暗い影。疲れ果てた老人、老いた戦士。
そんな言葉が似合いの使命も正義も色褪せているのに……夢を捨てきれない子供のよう。

「時々……本当に時々だよ? ふとした拍子に考えちゃうんだよね……
『人の命は世界よりも軽いのか?』って……『世界が無事なら人はどうなっても良いのか?』って」

「ギンガさん……」

仕事をするってこう言う事だ。みんなそんな風には感じさせないだけで、みんな悩んでいるのかも知れない。
フェイトさんやなのはさんだって……

「ティアナにはそんな事をたまにで良いから……思い出してくれる執務官になって欲しいな」

「……はい!」



突然だが……旧姓キャロ・ル・ルシエ、多くの偽名を持つキャロは『死に至る眠り』である。
その事を知るのは彼女自身以外には相棒であり、大事な仕事道具でもある名をフリードと言う眠鳥ヒプノックだけだが……

「そろそろだね~フリード」

一仕事を終えて彼女はターミナルで列車の到着を待っていた。クラナガン発でミッドチルダの山岳部を周る特急。
移動の為のスピードと言うよりも、豪華な設備や景観を楽しむ事に特化された娯楽の列車。

「キュルル~」

「管理局の皆さんは必至に次元航行船を当たってるのかな?」

頭上から聞こえる相棒の声にキャロは小さく笑う。
金持ちの娯楽と言って良い特急の乗り場はラッシュアワーのような人混みとは無縁だ。
『人殺しはどんな方法を用いてでも、殺害現場から速やかに遠くへ行きたいモノ』
その認識は間違っていない。だけどソレは素人の場合に限定されるのだ。プロは違う。
プロも現場からは当然離れる。だがそこにはどんな負い目も存在しない。
殺し屋と言うのは何人殺そうが普通にしている人間を言うのだ。


キャロは辺りを見渡す。

「あんな風にオドオドしてはいけない」

キョロキョロと辺りを見回し、手元の案内図と見比べるのは若いサラリーマン。

「かといって、ギラギラしていてもいけない」

どう見ても堅気ではない派手な格好の男が周りに向ける殺気の篭った視線。
ふと思い返すと村を出て直ぐの自分はああいう風だったのかもしれない。
何もかもが怖かった。だから怯えて脅して殺した。初めての時の事は覚えていない。
正当防衛って呼べるものだったような気がする。確か路地裏で襲われたんだったかな?
フリードが私を守る為に催眠液を始めて吐き……眠った相手を刺し殺した。


「それはそれは怖かった……」

怖かったはずなのだが……慣れとは恐ろしい。慣れれば人は学習し、成長し、辿り着く。
『この方法はどんな強者も効率的に殺す事が出来る……お金になるかな?』
悪魔の答え、天の啓示。そしてここに居る。

「あっ! 来た~」

ホームに入ってくる特急にキャロは歓声を上げた。こんな事が出来るのも一重に彼女が導き出しては成らない答えを導き出したが故に。
最高の地獄を自侭に遊ぶ。人の命を刈り取りながら。だけど……油断してはいけない。

「明日はわが身……か」

例えばキャロから僅かに離れた場所で扉が開くのを待つ男性。
黒い髪を刈り上げ、彫りの深い顔に大き目のサングラス。引き締まった肉体を高そうなスーツとコートで包む。
手には革の鞄を提げているがどう見ても……どう感じてもサラリーマンなどではない。
常に臨戦態勢のように隙がないが、殺気など全く放っていない。周りを見ていないようで全てを把握している。

『勝てない』

何せ自分ではなくハトに混じって屋根に留まっているフリードへ、視線を向けているのだから。
そこまで思案してホームへと上がってきた集団にキャロと男は気がついた。

「管理局?」

「……」

見覚えのある制服。特にキャロのような職業は忘れては成らない格好。
どうやら聞き込みを行っているらしい。二人に駆け寄ってくるオレンジの髪をツインテールにした局員の少女。

「管理局です。今日はどちらに?」

その質問にキャロは初めて強者だろう男と視線を合わせた。
同じような仕事をしているようなシンパシー。困った時の助け合い。

「娘と旅行だ」

「ねぇ~パパ! 電車行っちゃうよ~」

男はキャロを側に引き寄せ、それに逆らう事無くキャロもコートに抱きついた。
上げるのは実に子供らしい声。即興にしては満点を上げて良い名演技だろう。
そんな様子に管理局員の少女も笑顔を作る。

「ご協力感謝します! よい旅を」

キャロはもちろんこの少女が自分を追ってきた事がある程度予測できた。
しかし人物の特定は不可能に近い。正しく悪あがきであり、『少女一人』から『親子連れ』へとチェンジした自分を疑うはずもない。
だからこう言ってやった。内心にある嘲りなど欠片も見せず、輝かしい笑顔と共に……

「お姉さんもお仕事頑張ってね~」

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最終更新:2008年10月21日 18:41