ボク、ロイド・アスプルンドがその男と会ったのは、数年前の暑苦しい夏の夜だった。
部下たちが全員帰った後で一人、最高のナイトメア・フレームを作るという目的の為に邁進していた……まぁ、何時も通りの夜。

「やぁ、はじめまして。ロイド・アスプルンド卿」

研究・開発部門とは言えまがりなりにも軍の施設。そのセキュリティーなんて無かったようにその男は立っていた。
紫の髪は肩までかかり、白衣を身に着けていることから同類 科学者の類だろうか? 
作り物めいた金色の瞳と表情は『笑』の形に歪んでいる。友好的とは違う嫌な笑み。全てを気侭に弄る事が当然だと言う気味の悪い笑み。
他人から言わせればボクも何時でも特有な笑みを浮かべているらしいけど、それとは全く種類が違うと言う事だけは理解できた。

「君の噂を聴いてね。ぜひとも研究成果のほどを見せてもらおうかと伺ったのだが……」

「ここ一応軍の施設なんだけどねぇ~そ・れ・に! 見ず知らずの人間に大事なものを見せる趣味も無いよ」

遠慮って物を知らないと部下には怒られるボクの分かり易い拒絶の言葉。
それでも彼は自分の意思が通らない自体が起こる事を、予定していないと言う風に変わらぬ口調で名乗った。

「私はジェイル・スカリエッティという。よろしく」

「っ!」

流石のボクも続行していた作業の手を止め、その人物を興味深く見つめる。
管理局によるサクラダイトの分配要求時から、極東事変による表向きの戦力撤退まで、多次元世界の情報は多く流れてきた。
その中で聞いた名前だった。『Drジェイル・スカリエッティ』。
生命操作を筆頭にした違法研究を数多く手掛ける、幾つモノ世界で指名手配された大物の犯罪者。
同時に犯罪者でなければ確実に歴史に名を残すと言われる天才。興味がないと言えば嘘になる。

「専門分野とは違うのだがKMFについて興味があってね。色々と調べているんだ」

「ふぅ~ん……それでここに来たの? 多次元世界、異能の天才が尋ねてくるなんて~ボクも出世したのかなぁ? っふふ~」

「基礎理論はブリタニアの何処に行っても手に入ったのだがね~やはり最新鋭を知りたいと思うのが科学者の性だろう?」




色々と違うところはある。でもやっぱり根本にあるのは同じ科学者の性質。
ソレを確認し、どちらとも無く浮かべるのは笑みだった。同族嫌悪って言葉があるけど、それってナンセンスだと思う。
だって二人で考えた方がイロイロと良いプランも浮かぶでしょ?
もっとも……ボクも彼もそう言ったパートナーには巡り合い難い性質なんろうけどね。

「では交換と行こうか? ロイド卿」

「ボクは今組み立てているKMFの強化プランを出すとして……貴方は何をくれるんだい?」

向こうの世界でKMFを如何にかする意思も技術も無いだろう。ソレに相手は犯罪者。
渡さなかったらどうなるか分からないよ。大体サラッと進入されるのがいけないんだから。
うんうん、ボクは悪くない悪くない。それよりも~目の前の知的探求~

「戦闘機人計画の基礎など如何かな? この世界ならば足がつかない代わりに実践もできないだろうが……」

生命操作、人体改造……専門分野じゃないんだけどさ。やっぱり全然知らない事を理解するのって、うれしいじゃん?

「それで良いよぉ~決まりだ」

どちらとも無くお互いに差し出した一枚のディスク。自分の成果を詰め込んだソレが行き来する。

それだけ。

本当に短い間だったけどこれがボク達の最初で最後の会話の内容だった。
あっ……そう言えば最後に彼はヘンな事を言ってたな~

『もし目指す完璧に辿り着いたら、私達は次になにをすれば良いのだろうか?』

ボクはソレに笑って答えたんだ。

『完璧なんて無いよ。辿り着いたってきっと満足なんてしないからさ』

それを聴いた時の彼の顔をどうしてもボクは忘れられなかったんだ。
ハッとして……イヤな笑みを浮かべて……思い出したような……『悲しそうな顔』。
どうして君は



「……さん」

「んぁ?」

「ロイドさん!!」

非生産的な過去を思い出していると思ったら、どうやら夢だったようだ。
何時ものディスクに突っ伏して眠っていたらしく、あちこちが痛む。ギリギリと首を浮かばせば、そこにはボクの発想についてくる珍しい部下の姿。

「おはよぉ~セシル君。今日も美人……じゃないね? どうしたの、その隈」

「貴方が拾ってきた案件の残業を三日ほどご一緒したのお忘れで?」

そう言えばそうでした。

「お忘れなら思い出させて差し上げましょうか?」

「遠慮します」

一般論から言えば彼女 セシル・クルーミーは美人だと評されるだろう身体的特徴を多く持っている。
でも……ボク限定で手が早い。色々飛んでくる殴打やら足蹴やら関節技やら。
しかも~内緒で計ったんだけど、魔道師としての資質もかなりものだ。
ボクみたいな奴のお守りをしてるより、強襲部隊の魔道師でもやった方が稼ぎも良いだろうに。
もしかしてナイトメア・フレームと一対一でやり合うくらいのベルカ騎士だったりして~

「なにか『考え』ましたね?」

「イタイ! イタイよ、セシルくぅん~!」

しかも人間として色々と感覚が優れているようだ。でも心を読むのは勘弁してください。
あと耳を離してぇ~

「っと! こんな事をしてる場合じゃありません! 『あの子』が眼を覚ましました!」

「そう……じゃ行こうか」

ボクは悲鳴を上げる体を捻じ伏せて椅子から立ち上がり、歩き出す。
向かう先はこの三日間、大好きなランスロットを放り出して熱中した成果へと。
ボクの後ろ、僅かに後れて続くセシル君。そこから飛んでくるのは何時も感じない疑いと戸惑いの視線。

「ロイドさん、いい加減教えてください」

「う~ん、やっぱり本人に聴いた方が良いと思うんだよねぇ」

「何も聴かなくても貴方は彼女を『直した』じゃないですか。あんな……」

セシル君の言葉は途切れた。まあ当然だろう。ブリタニア、この世界、管理局を筆頭とする多次元世界でもあのような存在は珍しい。
少なくともボクはそんな存在を『彼の作品』しか知らない。そして彼の作品の情報を持っていたから、直すことが出来た。
それだけだよ。技術や知識ってその通りに答えてくれるから好きだなぁ~ボク



「どこだ?……ここ」

手術台……と呼ぶには些か機械的過ぎる台の上、無機質な電灯を見上げるのは少女。
僅かにオレンジ掛かった赤い髪は短く、金色の瞳の奥がまるでレンズのように動いた。
引き締まった体を駆け巡るのは電気信号。感覚などと言う曖昧なものではない情報が体中から集まってくる。
次々と読み上げられるのは「破損箇所」。そのレベルも「損傷軽微・戦闘可能」から「損害大・要修理」まで分類済み。
眼で確認すればやはり目に入るのは多くの傷を負った裸体が飛び込んでくる。
傷とは正に『損傷』。破られた皮膚の下から覗くのは無機質なケーブルやフレーム。
辺りに設置された機器から伸びるケーブルが破損箇所に繋がり、逐一情報を指し示す。


「おはよぉ~」

「っ! なんだ、テメエら。ここは何処だ?」

少女は不意に開いた扉から掛けられた気の抜けた声、同時に現れた白髪の薄い笑みを浮かべた白衣の男へと鋭い視線をぶつける。
その視線は受けてもヘラヘラしていた男 ロイドだったが、後ろに控えた女性 セシルから飛んでくる視線を背中越しに感じ、話を進める。

「ここはエリア11の特別派遣嚮導技術部だよ~」

「? エリア11……どこだ、ソレ?」

「ん~じゃあ、『第一種特殊管理対象世界』って言えば分かるかな?」

その言葉は魔力の増幅、伝達に優れた希少金属『サクラダイト』の発掘される唯一の場所。
同時にサクラダイトを動力と伝達系に使用する人型魔道自在戦闘装甲騎 『ナイトメア・フレーム』の発祥地。
そして……管理局大敗の屈辱の地。封印された忌まわしい場所の名前。

「それなら知ってる……でもなんでアタシはそんな世界に……」

口にしてズキンと少女の思考回路と記憶領域を焼くイヤな夢……いや、現実。
生まれてから、作られてから続く『不甲斐ない自分への怒り』の道のり。
初めての実戦では大事な姉に大怪我を負わせてしまい、最終決戦では三対一の有利にありながらも敗北。
敗北後は勝者に養われ、飼いならされた。それでも大切な姉妹たちと一緒に頑張って……また……

「任務の途中で次元震が起きて……」

「あ~やっぱり。次元漂流者ってヤツ? 因みにボクはロイド・アスプルンド」

名乗られたら名乗り返す。管理局で教わった事の中で、素直じゃない彼女が最初に実行で来た事柄だった。
それでも多分にトゲがある言葉遣いに成ってしまっていたが……

「……ノーヴェ」

「君さ……戦闘機人でしょ?」

「っ!? なんで……ソレを!」

違った色の驚愕に染まりつつ、ノーヴェは目の前に現れた胡散臭い白衣を睨みつける。
まあそんな疑いの視線を受け止めるロイドがヘラヘラしてるのは何時もの事だが、盛大に事態から置いてけぼりにされたセシルが小さく言う。

「戦闘機人? それが……その、彼女の?」

「セシル君、君はもう少し多次元世界間でのニュースを耳に傾けるべきだよ……でも、この名前くらいは知ってるでしょ?」

『Drジェイル・スカリエッティ』


セシルの息を呑む音と重ねて、戦闘機人ノーヴェは更に疑問を深くする。
余りにも余裕を持って自分とドクターの存在を結び付ける胡散臭い白衣に。
そして何よりも……僅かながらに直された損傷箇所。もし放置されれば意識の回復はもっと遅れていただろう損害。
それが直されているのだ。つまり名前を知っているだけじゃなくて、戦闘機人の基本構造などを理解していると言う事。

「ジェイル・スカリエッティって……あの?」

「そう広域次元指名手配の犯罪者。生命操作、人体改造などなどの違法研究を数多く行ってきた科学者さ。
 もしも犯罪者じゃなかったら、歴史に名を残す大天才。でも……管理局に捕まったって話も聞く」

「ちっ……」

ノーヴェが視線を逸らし、舌打ちを一つ。その反応がロイドの口にした内容が間違いではない事を示していた。
本当に分かり易い子である。

「だからさぁ~彼女はこのさき生まれる事が無いであろう、ジェイル・スカリエッティ製戦闘機人の貴重なサンプルなんだよねぇ~」

「だから……助けたのか? 解剖でもすんのかよ?」

「んぅ~ん、ソレも捨て難いね~」

鋭い問いにはニコニコとヒドイ事を返すロイド。だが背後から伸びてくる腕には気が付かなかった。
ガッシリとホールドされる頭骨。万力のような力を加えるのは、人に対する配慮が出来ない上司を持った人。

「ロ・イ・ド・さん!」

「イタイ! いま骨が『ミシッ!』て言ったよ、セシルくぅ~ん」

「……」

自分の身の危険を感じていたノーヴェだが、その二人の様子に気が抜けてしまった。
どうせ自力では戦闘どころ立つことも難しい現状、いきり立つだけ無駄と言う事だろう。
冷たい手術台に体重を再び預け、何度目かも分からないため息。

「実は基礎構造はもう知ってるの。だからさぁ~次は実働のデータが欲しいなぁ~と思ってねぇ?
 イヤ~! 次元世界広しと言えど、本物の戦闘機人の実働データなんて持ってるのは管理局くらいなものだからねぇ~
 ボクって本当にラッキーだよぉ~」

「それだ! 何で私達の構造データ、知ってんだよ!!」

「そうですよ、ロイドさん! 
幾らスカリエッティが名の知れた広域指名手配の次元犯罪者でも、その研究内容を把握している理由には成りません!」

その酷く当然な二人の問いに、ロイドは取っても簡単な事と口を開く。


「だってボク、ジェイル・スカリエッティと会ってるからね? 一回だけだけど。
 その時に交換で貰ったんだ、戦闘機人の基礎構造……言ってなかったっけ?」


「「えぇええ!?」」



「ノーヴェくぅ~ん、次はこのパーツをお願いねぇ~」

「りょうか~い……ったく、なんでこんな事してんだろう……」

アタシ 戦闘機人9番ノーヴェは、ナイトメア・フレーム用の大きなパーツを抱え上げながら、やっぱり何度目か分からない疑問を口にした。
自分は本来他の姉妹たちと一緒に管理局の管理下で更正・奉仕作業に従事しなければ成らなかったのだ。
もっとも奉仕と言う名前で実戦に駆り出され、そこで発生した次元震により見事に次元漂流者になってしまったけど……

「ほら~はやくぅ~これからシンジュク行くからね、例の毒ガス騒ぎで。
もし出撃許可が下りたら、ノーヴェ君の新武装の実戦テストをやるよ。
本当はランスロットも動かしたいんだよね~この騒ぎに乗じてちょっと無茶を……」

「分かってる!」

漂流の後、アタシが世話になっているのは特別派遣嚮導技術部、通称は特派。
世界の三分の一を支配し、階級社会を維持する差別の大国 神聖ブリタニア帝国の軍隊の一部署。
だけど……主任のロイドからして軍隊の規律なんていうものとは無関係に自由気侭。
しかも人事権とかで旧日本 エリア11の統治軍とは分離されているから、アタシみたいな漂流者も席を置ける。
ロイドは全く軍人らしくないけど、ドクターが声を掛けたくなるのも分かるほどの技術力は本物。
壊れた戦闘機人に戦闘稼動が可能なほど修理・改良し、武装まで作ってしまったのだ。

「でもな~たかが一機の中古グラスゴーを撃破して、毒ガスを奪還する任務だもんねぇ。
 ボクたちみたいな非正規軍に出番があるのやら……もう目も当てられないピンチにでもなれば……アガッ!」

自分の研究の為ならば、自分が属する組織のピンチを求めるロイドの呟きが、強制的に中断された。
崩れ落ちたアイツの背後には、私と同じブリタニア軍の技術系女性士官服を着て、鉄建を振り下ろし終えたセシルが見えた。

「不謹慎ですよ♪ ロイドさん」

「……はぁい」

崩れ落ちたロイドには目もくれず、セシルは目を輝かせながら、バスケットを差し出す。
セシルは最初、あんなにビビッていたのに、今ではとっても優しい。数少ない女同士って事もあって、アタシは彼女に色々頼りっぱなしだ。


「それはそうとノーヴェちゃん! 今日は朝ごはん食べてないわよね?」

「ん? うん」

「今日はオニギリを作ってきたの。お腹が減っては戦は出来ないというものね?」

差し出されるのは無数の炊かれた穀物によって作られる白い球状の物体。
とりあえず一齧り……口の中に広がるのは砂糖の甘さと果実系の酸っぱさ。

「どう? 美味しい?」

「この前のヤツ、ブルーベリーの方が美味い」

「そう……良いイチゴジャムを使ったんだけど」

人から貰った食べ物は残しちゃいけない。出来れば感想も添えるのが礼儀らしい。
手作りともなれば、嬉しさも増す。だけどオニギリをモグモグ食べるアタシを見る職員達はなぜか不思議そうな目。
自分でも理解しているけどアタシはどっちかって言うと世間知らずな方だ。変なことしてんのかな?
しかしライスにジャムとは……イレブンって奴らの文化は摩訶不思議だぜ。

「セシルく~ん、これからデヴァイザー候補を拾いに行く事にしたからさ~護衛よろしく~」

「ロイドさん! 彼では問題があると進言しましたが……まぁ、聴く人じゃないですよね?」

「拾うって何処行くんだよ……まさかシンジュク!?」

これから戦闘が行われる場所に技術士官であろう二人だけで分け入る事がどれだけ危険かって事ぐらい、アタシにでもすぐに分かった。

「そうそう」

「ならアタシもついていくよ!」

「ノーヴェ君……現時刻を持って君は戦闘機人データ採集用試作機『ギネヴィア』に名称を変更するよ」

若干ながら堅くなったロイドの口調。何時もが何時もだけにそういう口調をするだけで、どれだけコイツが真剣なのかが分かる。

「ギネヴィアは訓練通りに装備を整えて戦闘機動状態で待機せよ。命令は折って出す……わかったかなぁ?」

「イエス……イエス、マイ・ロード」



ここから始まったんだ。私の逆襲が

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最終更新:2008年05月13日 21:24