トライガンクロス 嘘予告「狼と運命の挽歌」


それはフェイト・T・ハラオウンが執務官になり、エリオ・モンディアルという少年を保護してよりほんの少し時間が経った時の話。
悲劇に彩られたある男との出会いの物語、男の名はニコラス・D・ウルフウッド。

今、運命と死天使に翻弄された哀しき運命が始まる。


聖王教会に所属する児童保護施設、そんな所に輝く金髪を持ち管理局執務官の黒い制服に身を包んだ美しい少女が訪れる。
彼女の手は隣を歩く少年の手を繋いでいる、それは燃えるような赤い髪をした少年で彼の表情はどこか不安そうだ。まあそれも無理は無いだろう。
彼はこれからこの施設に預けられる事になっているのだ、見ず知らずの人間と共同生活をしなければならないとうのは、幼い子供にとってあまりに未知の事態である。
何より彼は諸々の事情で施設に良い思い出は無いので尚更だ。

そしてそんな彼らにふと声が掛けられた。


「なんやあんたら? ここなんぞ用かいな」


フェイトが振り返れば、そこには十代前半くらいの黒髪の少年がいた。
少年はずかずかとフェイトとエリオに近寄って来ると、二人をジロジロと見定める。
フェイトが話そうと口を開いた瞬間、彼は機先を制して先に喋りだした。


「あ、あの私達は‥‥」
「ああ分っとる、分っとるって。この坊主がうち(孤児院)の新入りやろ? よろしゅうな坊主、俺はニコラスいうてここの古株や。名前教えてもろてもええか?」


ニコラスと名乗った少年はフェイトの話を強引に区切ると、その場にしゃがんでエリオに笑顔で手を差し出した。
まるで旧知の友人にでもするかのように馴れ馴れしい、だがそれでいて不快感など微塵も感じさせない親しげな空気を纏っている。
その様子にエリオは思わず笑みを零してニコラスの手を握った。


「は、はい。僕はエリオ・モンディアルって言います」
「エリオか、ええ名前や。それじゃ早速おばちゃんとこ行こか」


ニコラスはそう言うとエリオの手を取って歩き出す、そしてまるで“今思い出した”とでも言わんばかりにフェイトに顔を向けた。


「ああ‥‥そう言えばあんたがこの子の保護者なんか?」
「は、はい。時空管理局執務官のフェイト・T・ハラオウンです」
「ワイはニコラス、ニコラス・D・ウルフウッドや。よろしゅうな」


ウルフウッドの人懐っこい笑顔にフェイトも思わず微笑を零した。
そして心底安堵する、彼のような人がいる場所ならばエリオにもきっと良い場所になる筈だから。


エリオがすっかり施設に慣れてフェイトもウルフウッドと随分親しくなり、しばしの時が流れる。
そんなある時、フェイトにウルフウッドから連絡が来る、それは彼が施設を出て地方の教会で仕事を手伝うという話だった。


「そっか、ニコラスここを出てくんだ」
「ああ、なんや辺境の集落を廻って教会の建立とか手伝うっちゅう仕事を手伝うらしいわ」
「それじゃあ、しばらくは会えないね。ちょっと寂しいかな‥‥」
「何言うとんねん、お前にはなんや友達たくさんおるやろ? それにエリオかておんねんで、どこが寂しいっちゅうねん」
「それでも寂しいものは寂しいよ‥‥」


フェイトは今にも泣き出しそうな表情で顔を俯かせる。
そんなフェイトの様子を見たウルフウッドは渾身のチョップを叩き込んだ。
バチコーンと小気味良い音を立てたそれは、結構容赦が無くて痛かった。


「い、いたいよニコラス」
「うっさいわボケ! いい年こいてなに泣きべそかいんねんオンドレは」
「いい年って、私まだ14歳だよ?」
「ここで14つったらもう十分いい年だっちゅうねん!」
「うう~」


フェイトは頬を膨らませて唸る、ウルフウッドはそんな彼女の頭に乱暴に手を置いてクシャクシャと撫でた。
乱雑な手付きだったが彼の手は大きくて温かくて、ひどく気持ちの良いものだった。


「なにも今生の別れっちゅう訳やないんやから、そないな顔すんなや」
「‥‥うん」
「ニコラス~、もう出発の時間だよ~」
「ほんならもう行くわ、メラニィおばちゃん達かて待っとるみたいやからな」
「そ、そうだね」
「ほんなら、ちょっとさよならや」
「うん‥‥“ちょっと”だけね」


こうしてフェイトはこの心優しい少年と別れを告げた。
その一時の別離によって彼が別人のように変わるなど思いもせず。
そして時はこれより6年を経る。


「死天使(ミカエル)の眼?」
「ああ、そうだ」


時空管理局提督にしてフェイトの兄、クロノ・ハラオウンからその名前が出たのはとある事件の調査の時だった。
聖王教会のとある分派の関わる違法ロストロギアの事件を追っている最中の機動六課にクロノからの情報提供が舞い込んだのだ。
そして聴き慣れぬ名前に不思議そうな顔をしたフェイトは思わず尋ねる。


「それって組織か何かなの?」
「実のところ詳しい事は何も分かっていないんだ、騎士カリムでさえ何も知らないらしい。聖王教会の中でも一際危険な集団で有能な殺し屋を育てているという噂があってね、今回の事件でロストロギアを強奪したのはこの集団らしいという情報があったんだ」


ひどく正確さにかける情報、本来ならクロノは確証を持たぬような情報を言う人間でないのだがそれ故に今回の事件の底の知れなさが伺える。
クロノやカリムでさえあずかり知らぬ聖王教会の暗部、フェイトはそんな事を考えながら今回の事件の闇の深さを思った。


事件捜査の為にミカエルの眼の構成員が潜伏しているという地方の教会へと赴くフェイト。
そして彼女は再び彼に出会う、まるで自身の罪のように巨大な十字架を背負ったあの心優しい青年に。


「ニコ‥‥ラス?」
「お前、フェイトなんか?」


たった数年しか経っていないというのにウルフウッドはまるで30手前のように老け込んでいた。
そして明らかに纏う空気が変わっているのだ、あの陽気で優しげな雰囲気が研ぎ澄まされた刃のようになっているのだ。
フェイトは己が眼を疑った、だがその澄んだ瞳を見紛う筈も無く彼はニコラス・D・ウルフウッドである事に間違いは無かった。


「久しぶりだね‥‥メラニィおばさんもエリオも心配してたよ、もう何年も音信不通だって」
「まあワイも色々と忙しかったんや、堪忍な。エリオは元気にしとるか?」
「うん、あの子局員になったんだ。私のいる部隊の前線メンバーで頑張ってるよ。でもたまに“ニコ兄に会いたい”って言ってるんだよ」
「そか」


二人は数年ぶりの再会に、会話の花を咲かせる。だが運命は皮肉にも、容易く二人を引き裂く。
喜劇のように悲劇のように、運命の女神は残酷に因果を巡らせる。


違法ロストロギア捜査の最中、フェイトの前に異形の影が立ちふさがる。
それは遂に現われたミカエルの眼の暗殺者達。
一人は車椅子にのった老人で、十字架の形をした銃型デバイスでもって構えている。
そしてもう一人、その老人の隣にはフェイトにとって昔馴染みの友人がいた。


「ニコラス!? なんであなたがこんな所にいるの!?」
「フェイト‥‥これが今のワイやねん、薄汚い人殺しのバケモンや‥」


ウルフウッドはそう言うと背の十字架を覆っている布を翻し、内包されていた得物を取り出す。
それは“パニッシャー(処刑人)”と呼ばれる最強の個人兵装デバイス。
そしてその銃口は迷う事無くフェイトに向けられた。


「何をしているチャペル、いやニコラス・ザ・パニッシャー。早く屠り去れ。我らミカエルの眼はその機能こそ存在の全てであるという事を忘れたか?」


車椅子の老人の言葉にウルフウッドの纏う空気が一変する。
それはまるで野生の獣のように獰猛で、刃のように鋭く、氷のように冷たいものだった。


「うっさいで‥‥‥んな事分かっとるわ」
「ニコラス! こんな事やめてっ!! メラニィおばさんや皆の所に帰るんじゃないの!?」
「‥‥それ無理や、ワイの手な‥もう血塗れなんや。もうベットリやおばちゃんやあの子らに会う資格無いわ」
「そんな事‥‥そんな事無い! ニコラスは変わらないよ!!」
「おしゃべりは終わりや、そんならもう逝ってくれや」


ウルフウッドの構えるパニッシャーが火を吹く、吐き出される無数の銃弾。
けたたましい銃声と共に爆音が響き渡りその場に破壊の嵐を呼ぶ。

そして雷撃と銃弾の雨の中、小さな呟きがかき消された。

「堪忍な‥‥ホンマ堪忍や」



これは哀しき運命に踊る殺し屋と少女の物語。
狼と運命の挽歌、始まります。




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最終更新:2008年10月13日 21:27