私、ルーテシアのある一日はドクターのラボの一角でXⅠの生体ポット、その中で眠る一人の女性を眺める事から始まった。
この人の名前はメガーヌ・アルビーノ。私のお母さんらしい。もっとも私はその事を覚えていないし、知らない。

でもそれはお互い様。
ドクターによると、メガーヌさん他数名が彼の基地を襲撃、コレをナンバーズ達が撃退。
回収したメガーヌさんの死体から……私を取り出した。
妊娠数ヶ月でお仕事、しかも荒事の突入任務をこなすなんて仕事熱心なことだ。
私に気が付いていなかったのか? それとも私なんてどうでも良かったのか?

それから私はレリックを埋め込んだレリック・ウェポンとして調整され、数ヶ月を培養槽で過ごして生まれたらしい。
ならば私のお母さんは培養槽、もしくは改造したドクター、産湯に入れてくれたウーノなのでは?とも思う。
だけどやっぱりソレもどうでも良いことだ。

だって私には心が無い。その心はお母さんが生き返ったら生まれるらしい。
その為にはレリックが必要で、ソレを集めるのを手伝って欲しいそうだ。
しかし「無くても問題ない」とドクターに言ったら、困っていた。
それにしてもお母さんと言う遺伝子提供者が蘇生する事によって発生する心という「モノ」は、有機発生的な行程で生まれる単純なものなのだろう。

だけど他にやる事があるわけでもないので、私はレリックを探す。
ドクターも集めて来いといってくれれば良いのだ。だって私には心が無い。
どうして心が無いものに遠慮をするのだろうか? 理解できない。
でももし心が生まれたら、ドクターたちの反応の意味も理解できるだろうか?
それにメガーヌさんが目覚めたら、私をみてどんな反応を見せるのだろうか?
私は彼女をお母さんと呼ぶことができるだろうか?



培養槽と培養液を通して薄っすらと見える世界はとても輝いて見えたのを覚えている。
でも己へと目をやればそこには歪んだ自分が見えるものだ。
不意に通り過ぎるのは一匹の蝶。あんな風になりたいな。今は芋虫でも構わないから。
いつかはあんな風にキレイな世界を思いっきり飛ぶんだ。そう心に刻んで……

『昆虫幼女 インセクター☆ルールー』始まります。



第13管理世界、その中心都市の一角に美術館がある。
地上5階建てで、周りのビル郡とは異なり白亜の外壁やレトロな建築が特徴的。
この世界を統治する政府が管理し、世界中から美術品から骨董品まで集めた次元世界中でも有数の規模を誇る施設だ。
そこに納められている物は金額にしても、歴史的な価値からしても一筋縄ではいかない。
もちろんそれだけ警備は厳重になる。最新鋭の監視システムに、魔道師も含めた優秀な警備陣。

「収蔵品は欲しいが、そんなものを相手にするのは気が引ける」

並みの盗人ならばそう考えるだろう。
現にずっとそう考えられ、挑む者が居なかったからこそ、今日まで美術館は平穏が守られてきたのだ。

だがここにその平穏を平然とぶち壊す物が一人。
直線距離にて100メートルほど離れた高層ビルの屋上にその少女はポツンと立っている。
足元にはベルカ式の魔法陣が回転し、紫色の長い髪が風に揺れる。額には奇妙な紋章が輝き、その表情は感情を廃した宗教画のよう。
ルーテシアと言う名の少女、狂気の科学者ジェイル・スカリエッティの作品たるレリック・ウェポン、そして魔道師タイプは召喚士。

「お帰り、どうだった?……そう、機械類だけ騙しても魔道師が居るからダメ?」

不意に博物館の方角から飛んできた小さな虫? よく見れば画鋲に羽と足をつけたような奇妙な形をしていることが分かる。
ルーテシアの呼び出す召喚虫の一つ、インゼクト。
無機物操作を解く意図する極小な虫は、彼女がレリック奪取を試みる場合、最初に行ってみるいわば定石。
もちろん今回ここに居るのもスカリエッティによって齎されたレリックの情報に従い、それを手に入れることが目的だ。

管理の甘い場所ならばこれだけで障害が無くなる事もある。だが今回はそうは行かなかったらしい。
しかしルーテシアはそれを苦だとは考えない。何せ心が無いから。不可能な手段を放棄し、可能な手段をセレクトする。

「知恵ある虫、深き森より来たりて力を貸さん。ベーシックインセクト」

独特の魔法陣の中から現れたのは完全な人型では無いが、上半身を直立させた緑色の虫だ。
彼らの種族は昆虫としては高い知性を持ち、集団で生活する正に昆虫人間。
さらにルーテシアは召喚の魔法を唱え続ける。

「力なくも、知恵ある者よ。汝に閃光を放つ鎧を与えん」

魔法陣から続いて現れたのは昆虫でもなければ、生物ですらない。その通りに鎧だ。
鎧はベーシックインセクトが背負うような形で装着する。
肩や足の関節を守るようにウイング状のアーマー、更に廃熱用とは異なる円形のファン。そして水晶体を先端に抱く砲身。
砲身が狙う先は美術館があった。ファンが高速回転し、辺りの魔力を素早く集める。粒子が砲身の先端 水晶体に収束し、瞬く間にその大きさを増して行く。

ルーテシアは簡単に破壊の怒涛を解き放った。

「放て」

伏せた形で狙いを定めていたベーシックインセクトは鎧 「レーザーキャノン付きインセクトアーマー」に砲撃命令を与える。
大型昆虫とは異なり戦闘能力が高くない彼らの特技、それが装備を制御してのコンボだ。
S級ランク魔道師の一撃にも匹敵する砲撃は一瞬で博物館の上部に着弾。
見た目とは異なり強化され、かなりの硬度を持つはずの屋根に穴を開けて見せた。

「後は増援に来るだろう魔道師たちに牽制砲撃をお願い」

「■■■■」

「解ってる、ガリュー。手早く……だね?」

手袋型のブースト・デバイス アスクレピオスから飛び出した黒い球体の点滅に、ルーテシアは答える。
更にその小さな体をビルの際から空中へと投げ出した。浮遊するくらいは可能だが、この高さからでは難しい。
故に更に唱える召喚の言霊。呼ぶのは彼女を運ぶ足にして、突き刺す槍。

「騒々しき翼、毒の槍、噛み潰す顎。汝は空のトラ」

宙に刻まれた魔法陣は10にも及ぶ。そこから現れるのは巨大な蜂 キラービー。
ルーテシアを軽々と頭部に乗せて飛行可能な大きさ。その翼は一斉に巨体に負けぬ騒音を発しながら羽ばたきを開始。
接近しすぎたビルの窓ガラスが空気の振動に耐え切れずに砕ける。

「私を乗せてくれている子を含めた三匹は美術館に突入。他の子は陽動・撹乱を」

「「「「「「「「□□□□□!!」」」」」」」」

舞い散る窓ガラスや人々の悲鳴にはマユ一つ動かさず、ルーテシアは淡々と指示を告げた。
答えたキラービーのうち、五体は辺りに散開。より多くの悲鳴が上がる。
それをBGMに残りの固体はルーテシア共々、砲撃によって生じた穴へと飛び込んでいく。

「穴を開けて進入」

世界の威信をかけた施設は余りにも単純かつ暴力的な手法に敗北した。



美術館の警備責任者である男は大きく舌打ち「やられた!」と
奇妙な転移反応が召喚魔法によるものだと確信よりも早く、急速に収束した莫大な魔力。
撃ち込まれる方向がここだと気が付くと同時に、着弾の轟音と震動が辺りを揺らした。
更に監視カメラが一斉にホワイトアウトし、通信も途絶。こうなっては自ら確認し、連絡を取らなければならない。
しかし彼が一歩廊下に出た瞬間……

転がってくる見上げるほどある円形のゴキブリ ゴキボールに轢かれた



美術館の内部は怪獣大進撃、もしくは蟲蟲パニックといった有様である。
人を乗せられるほど大きな蜂、転がる円形のゴキブリ、攻撃を弾く鋼のカブト虫などが、縦横無尽に暴れまわっている。
全てがルーテシアの召喚した生物であり、その圧倒的な量が単体の力以上に美術館の警備陣を混乱させていた。
本来ならば一人で長期間維持するのは難しい質と量の召喚だが、高魔力結晶体 レリックによるブーストがソレを支えている。
そして唯の強盗以上に酷い破壊行為を伴う盗み。建物を粉砕し、余分な美術品を踏み潰し、警備を退ける。
そんな悪辣非道とも取れる行いを平然と実行できるのも自称「心が無い」から。痛むものがないと思っているのだから、どんな非道も実に容易い事だ。
存在しないと思っている心はどんな非常な事も、目標の達成の為ならば容易くやってのける。周りの被害など知ったことではない。


「あった……」

ルーテシアは既に粉砕し終えた収蔵庫の一角で、ソレは持ち上げた。
レリックが納められた特殊なケース。確認した刻印番号は……XⅠでは無い。
残念だという気持ちを理解することも無く、ソレを回収して帰還しようとしたルーテシアを呼び止める声が一つ。

「まっ待てよ!」

「?」

振り返ればそこに居たのは十歳後半位の男。白衣を纏い、恐怖で青くなっている事から戦闘要員ではないことがわかる。
恐らく美術館の研究員といった所だろうか? そう判断したからなのだが、ルーテシアはすぐに踵を返して歩き出す。
その足が何かを踏み潰した。よく見てみればそれは絵だ。この博物館ならどこにでもある……本当に価値がありそうな絵。
それがルーテシアの小さな足によって踏み抜かれている。

「お前がこの騒ぎを起こして……沢山の美術品をメチャクチャにしたのか!?」

絵が破られ、像が砕かれ、陶器が割られる。この博物館中で起こっていることだ。
ルーテシアが欲するのはレリックだけ。そしてそのレリックはS級の砲撃でも壊れない。
故に最初の砲撃から打ち壊す勢いで強襲したわけだが、他の美術品はそうは行かない。
当然のように無数の美術品が粉砕!玉砕!大喝采!な状態である。

「そうだよ」

「このおぉ!!」

それはこの博物館を愛して止まない彼ゆえの行動だろう。
相手がこれだけの事を成せる魔道師だと言う事実を意識から締め出し、ルーテシアに殴りかかったのだ。
彼女の手は今レリックのケースで塞がっている。魔法を唱えるにも距離が近すぎた。だがルーテシアに拳が届くことは無い。

「っ!?」

「ガリュー、手加減してあげてね」

何も無い空中で拳が止まった、受け止められた事に少年が驚愕するのと同時に、何も無い透明な空間が揺れる。
ステルスを解除して姿を現したのは人型の昆虫、ベーシックインセクトとは異なる完全な人型。
引き締まったプロポーションが戦士としての性能を余す事無く伝えている。

「……」

無言で少年の拳を握ったまま引き寄せると、反対の足で強烈なミドルを見舞う。
華奢な体は当然のように吹き飛ばされ、収蔵品の残骸の山に突っ込んで動かなくなった。
それを見てルーテシアは呟く。

「もし心があったら、あんな風に無謀なことにも挑めるのかな?」

少年の行動は全く理論で裏打ちされたものではない。つまり感情、心の賜物。
その無謀とも取れる行動にルーテシアは一定の評価と憧れを抱いた。
『あんな風に熱くなりたい。譲れないものが欲しい』
故にレリックを集め、心を僅かながらにも欲しているのだろうと、冷静な自己分析。

「行こう、ガリュー」


彼女の望みは数年後、竜使いの少女たちと交差する時に叶う事になるのかもしれない?

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最終更新:2008年02月24日 13:17