183 :名無しさん@ピンキー:2009/08/27(木) 19:42:23 ID:A89JirnJ

 水泳部の合宿、二日目が終わる。
 夕食も済み、休憩時間。非道に辛くされたカレーで舌はピリピリするし、汗びっしょり。
 更衣室のシャワー借りたい。アットホームな部活です――なんて謳うのは良いが、ここまで来るともうね。
 扇風機に当たっていると、俺の部屋に女子二人が入ってくる。
「先生、そろそろ肝試しやりましょー」

 忘れていました、そんな話を予てより……夏お決まりのイベントだ。
 場所は学校の裏山。古いお宮があり、夜は雰囲気あって確かに怖い。
 しかし、何で顧問の俺まで参加せにゃならんのか。一応、警察に許可取ったりはしたげたけど。
 こういうのは部員同士でやるからこそ、ってものだと思うんだが……。
 ただ断るに断れず、無邪気な手に引かれる。

 まずは二人一組になるんだそうな。ここで仲の良い子同士、ささっと組んでいく。
 男女ペアも目立つ。部員は決して多くない分、仲が良いから違和感は無い。
 そして、こういう時に余るのは大抵、冷めた子。
「余りました」
 暢気に手を挙げ、周囲の笑いを誘う。

 鶴田緋乃――彼女とペアを組むことになる。
 冷めたというよりは、天然っ気が随分と強い…いや、はっきり言って変な子だ。
 赴任してきて最も頻繁に接しているんだが、最も掴み所が分からない。
 ただ、不思議な魅力がある。そんな魅力を感じている内に、気が付けば周囲からは勝手に、似合いのお二人さんとして祭り上げられていた。
 余らせたのは、わざとか。

 お宮の中に置いてある、札を拾って持って帰って来ること――。
「じゃ、行くか」
「おーけい、ボス」
 俺は彼女に言わすところの、ボスらしい。ちなみに部長はリーダー。
 そんな不思議っ子の割に、この子は女子の中でも一番速いんだから驚かされる。

 暗い道を軽快に進む鶴田。懐中電灯で目の前を照らしながら、別段怖がりもしない。
 闇を彩る赤の体操服は結構ブカブカで、まだまだ華奢な体を教えてくれる。
 そんな体なので、フォームも力強さはあまりない。どちらかと言えば抵抗を最大限に抑えた、静かな泳ぎ。
 それでも速く、魚のような、という表現は陳腐かもしれないが、当てはまっていると個人的には思う。
 背中を見ながら、そんなことを考えていた。

 しかし、乗り気には見えなかった割に、楽しそうだ。
「歩くの速いぞ、鶴田」
 そう言うと、振り返って懐中電灯の光を俺の顔に。
 思わず目を瞑ると、彼女の笑い声が聞こえた。
 滅多に笑わない子が、今日は随分と……しかもこんな時に。

「肝試しらしいが、怖くはないのか?」
 首を横に振る。近頃の子はませているのか、単にこの子が怖いもの知らずなのか。
「…先生が一緒じゃ変に心強くて、逆に盛り上がらないのかもな」
 なんて皮肉を放つと、鶴田も笑顔で皮肉を返してくる。
「怖がった方が、良い?」

 その高揚がどこから来るかは知っている。
 誰とでも気兼ねなく接する一方で、心の内を見せない――まるで微風に似た、そんな子だった。
 それが、徐々に変わってきている。俺の目に見えるところで、徐々に。
「ボス?」
 不慣れで不器用に発せられる好意。漠然とだが、俺の方に向けられていた。

 お宮さんに着いたので、中に上がることにした。
 使わせてもらうにあたって、近隣の許可を得て掃除もしていたので、裸足で上がっても汚くはない。
「ありましたっ」
 ぱたぱたと奥まで駆けて行って、そして戻って来た。手には文字の書かれた札。
 愛愛傘に、俺と彼女の名前が書かれている。…これは酷い。

184 :名無しさん@ピンキー:2009/08/27(木) 19:43:32 ID:A89JirnJ

「肝試しと託けて、あいつら俺をからかってるんだな」
 戻ったら文句の一つでも言ってやろうか。悪気がないのは分かっているが。
 と、外に出ようとした俺の袖を、鶴田が引っ張る。
「……」
 状況に似合わず、表情が真面目だった。暗がりの中、その視線に惹きつけられる。

「戻ろうか」
 しかし、戻らないと首を振る。そして俯く。
「どうした?」
 予測はつく。変に俺から離れようとしないのは、そういうこと。
 仕方がないな――と思いながらも、心中は嬉しいような、妙な気分だった。

 暗い中で、互いに温度を確認する。なるべく、触れる部分が多くなるように、近付く。
 細い体を軽く抱いてやると、ふうっと気持ち良さそうに息を漏らす。
「鶴田は神経が図太いんだな。こんな場所で、俺に求愛か」
 ぶんぶんと首を振って否定する。短い髪が首元を擽る。
「緋、乃」

「緋乃?」
 肯定の代わりに、安心したような溜息。
 名前で呼んでほしかったようだ。全く、甘えるなと。人前で、素が出たらどうするんだ。
「ボス…愛してます」
 で、俺はボスなんだね? ま、良いよ。

 ゆっくり口づけを交わすと、いつの間に覚えたのか、唇で食んでくる。
 生徒に手を出すのはタブー。だが、ここまで順調に来てしまうと、後戻りは出来ないんだな。
 惹かれた俺が悪い。責任を感じて彼女の保護者にも、面と向かって「お付き合いをさせてほしい」と申し入れた。
 両親は亡くなられていて、今は彼女の祖母が面倒を見ているのだが、意外にも受け入れてもらえた。
 まあ、大っぴらにはし辛い関係なので、今はこんな状態だが……。

 しなやかな体にも、女らしさを感じる。少し、頭の内まで熱くなった。
 体を離すと、頭を撫でてやる。今はここまで。これ以上は、大人になってから――とそう約束していた。
 真っ暗で表情はよく見えないが、息遣いはどことなく物足りなさげに感じた。
 本当は俺も、こんな状況だ。理性のたがが緩んでしまわないか不安。けれども――。
「俺も緋乃のこと、愛している」

 帰り道。俺は右手、彼女は左手に懐中電灯。そしてもう片方の手を繋いで、歩く。
 お宮を出てすぐ、やっぱり怖いと言って寄り添われた。すぐに演技だと分かったが、何も言わない。
 彼女なりの、愛情表現なんだろう。二人きりの今、少しでも俺に甘えたいと。
 そんな彼女が、俺もまた好きだ。普段は見せない表情を、独り占め出来る幸せを噛み締めて――。
 薄気味悪くも思える夜の山道を、幸せそうに歩く緋乃。しっかりと、握られた手。

 肝試しは終わった。まあ何だ、他のペアも割と必要以上に楽しんでたようだ。
 ただ不純な動機だとか、野暮なことは口にしない。代わりに明日はみっちり扱いてやる。
「おやすみなさい、ボス」
 他の女子と一緒に手を振る緋乃。付かず離れず、それでも温かく接してくれる仲間がいる。
「おう、おやすみ。お前ら、夜更かしするなよ?」

 俺も早めに床に就き、明日に備える。きっと明日も、今日以上に疲れる日のはず。
 それでも、眠る前にもう一度、緋乃のことを思い出す。
 ――何か、改めて照れ臭く感じる俺は、成人していてもまだ心は大人じゃないのかもしれない。
 腹の上に手を置くと、彼女の握った左手にそっと右手を添えて、目を閉じる。
 今日はきっと、良い夢が見られそうだ。


おしまい

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最終更新:2009年08月29日 12:01