96 :名無しさん@ピンキー:2009/04/21(火) 08:15:59 ID:MALoZiWl
 当方、用具倉庫に閉じ込められてしまった者です。

 放課後、校内全域を使って年甲斐もなくかくれんぼをしていたのが事の始まり。
 校庭の目立たない場所にあるそれに目をつけた俺は、中に入ってマットに包まった。
 そして不覚を取った。ついウトウトとしてしまい、そのまま寝てしまったんだな。
 気が付いたら冷たい風が、隙間から体を撫でていた。
 マットを跳ね除けてみて、ここが真っ暗なことに気付く。ここに入った時はまだ陽も高く温かかったのだが、今は肌寒い。
 唯一光が入る鉄格子から外は見えた。満月がぽっかりと浮かんでいる。
 言うまでもないが、夜になってしまっていたのだ。

 まず外に出ようと扉を開けたかった――が、開かないんだなこれが。
 外から南京錠がかかっているのだろう。よくあるシチュエーションって訳だ。
 ただ真面目に困った。携帯やら何やらは全て教室に置いてきたし、大声出して助けを呼ぼうにも人気のない所だ。誰も気付いてくれなさそう。
 扉の正面にある鉄格子も触ってはみたが、これはまず外れやしない。

 暫くあれこれ思考を巡らせはしたが、すぐに”若気の至りでこんなことにもなるんだな”と達観するに至る。
 だって、どうしようもないもの。悪いが俺は諦めは人一倍早い。無駄な努力はする気が起きない。仕方ないからここで一晩宿を取る――それで良いや。
 体を冷やすと寝る以前の問題。入り口に懐中電灯があったので、それでマットをかき集める。布団になりそうなものがこれしかないからだ。
 適当に積み重ねた所でその中に入り、目を閉じる。
 起きたばかりで眠れないが、時間が解決してくれるだろう。

 …… …… ……
 …… …… ……
 …… …… ……

 段々と自己嫌悪が気持ちを覆い始めていた時、何か物音がした。
 何かと思い顔を出すと、鉄格子に夜空よりも黒い影があった。
 猫だ。
 二つの瞳がじっとこちらを見ている。それを俺も何気なく見返す。
 入ってくるだろうか、それとも逃げてしまうのか。
 暫く見つめあったままだったが、やがて猫は首をぷいと返した。
 ちぇっ、とまたマットに包まろうとしたら、小さな音が響いた。
 見直したら影はそこに在らず。ただ、先刻までとは違う空気がそこにある。
 中に入って来たのだ。俺を警戒していたが、大丈夫と判断したのだろうか。

 小さくやぁ、と鳴くその声の主は、ゆっくりと近付いてきた。姿はよく見えないが気配で分かる。懐中電灯は相手を驚かしかねないので付けない。
 ボンヤリとしている俺を気にせず、猫はマットの中にもぞもぞと入ってきて、俺の隣で丸くなる。
 温かい寝床を探していたのだろう。或いはここを普段宿として使っているのか――。
 ただ俺は気持ちがとても安らいだ。孤独な一夜に、無意識の内に寂しさがあったのかもしれない。ほんのり腹の辺りが温かく、それは心強い。
 ――そうしていると、すぐに目蓋が重くなった。今度は安心して眠ることが出来そうだ。
 俺はこのパートナーと共に、そのまま眠りについた。

97 :2:2009/04/21(火) 08:24:13 ID:MALoZiWl
「縄田霞、起きなさい」
 女の子のようだが、これが俺の名だ。今まで幾度となく茶化されてきた。
 しかしここは、授業中? いや、朝礼か。ってことは用具倉庫に閉じ込められたのって夢? だよな、まぁそうだ。リアルで変な夢だった。
 しっかし、こんな時くらい寝かせてくれよと思う。何だって起こされ……?
「今日はまず、転校生を紹介します。十字ヶ谷高校から転入してこられた、寿々浅子さんです」
 その子に、俺はすぐに妙な感覚を抱いてしまった。
 何だこれ? 胸が熱い。まるでどこかで会ったことがあるような――まさか、まさか恋なのか?
 言葉にし難い感情が次から次に溢れてきて、恥ずかしながら一人でテンパってしまった。

 デカダン? とかニヒル? だとかよく分からない性格設定をされている俺だが、今回はそんな方向とは全く別――自分でもよく理解出来ないほど積極的に、彼女に話しかけていた。
 恋なのか? 多分そうなのだろう。
 クラスの友人らが驚くほどのイン差し逃げで、昼休み――俺と今屋上で彼女と二人、弁当を食べている。よくあるシチュエーションって訳だ。
 ん? 何かデジャブを感じるな?
「驚いたなぁ。来て早々、縄田くんみたいな人に会うなんて」
 しかし、ここまでトントン拍子に行ったのは、彼女も満更でもないということなのかも……。
「俺の方こそ。途中で他の人に訊いたなら分かると思うけど、自分でもおかしいくらいなんだよな」
「ふふ……」
 彼女は笑った。とても素敵な笑顔だ――って、気持ちを抑えないとそんな甘ったるい台詞まで平気で口にしてしまいそうな勢いだ。
「私、こんなこと言うのも何だけど、縄田くんとは初対面じゃない気がするの」
「……え?」
「――あ、その、ごめんねっ、変なこと言っちゃったかな」
 俗に言うフラグって奴か? 顔がもう少しで綻びそうだった、やばい。
 彼女は顔を両手で押さえている。俺が真顔だったのが悪かったようだ。
 深呼吸をして、一旦心を落ち着かせてから、口を開く。
「いや、正直に言うと、俺もそう思った。寿々さんを朝礼で初めて見てからさ、何か不思議な気持ちになって、こう……懐かしい感じがした」
 そう。それが恋なんだろうと、俺は思った。

 弁当を食べながらとても長い時間、話をしていたように思える。
 好きな人との一時はすぐ過ぎる、なんて話も聞くが、俺は違うってことか。
 今は午後の授業中。ただ放課後にまた二人で話をしよう、と約束は取り付けた。相変わらず気持ちが高ぶって仕方がない。
 彼女の席は俺とは真逆の位置にある。その姿を俺はちらちらと見ている。
 改めてとんでもないことが起こったんだな、ともうあまり残っていない自制心で溜息をつく。
 人間、分からないものだ。
 クラスにはモデルのような美人や小さくてふっくらした可愛い子、自分は苦手だが巨乳の子だっている。彼女はその中で抜けている訳ではない。
 なるべく客観的に見れば、どの点でも平均的だし、長所を補って目立とうとしている雰囲気もない。
 それなのに自分には彼女だけまるで違って見える。そして上手くは言えないが、妙に懐かしい。
 抽象的な物言いではっきりしないかもしれないが、やっぱりそれで良いと思う。複雑に考えるのは諦めた。俺の性格がそうさせる以上に、彼女を見ているとそんなこと、どうでも良くなるからだ。

98 :3:2009/04/21(火) 08:27:36 ID:MALoZiWl
 放課後。
 早くも公認カップルみたく囃し立てられ、盛大な拍手と共に俺と彼女は教室を出た。気にはならないほどのお熱も、当の相手は少し恥ずかしそうだ。
 モヤモヤした気持ちは、恐らく一言で何もかも吹き飛ぶはずだ。
 屋上はこの時間、開放されていない。と、なると人気がなく二人っきりになれるのは……!?
「どうしたの、縄田くん?」
 気付けば、俺は廊下に膝を突いていた。
 何だ? 突然気持ちに空白のようなものが出来た。そしてそれに対する怖れが、一挙に押し寄せてきた感じだ。
 ――俺は今、何を考えようとしていた?
「大丈夫、寿々さん。行こう」
 心配そうに俺を見る彼女。
 何処へ行くのか結論も出ていないのに、俺はそんなことを言った。
 初めて手を繋いだ。半ば強引にそれを引いて。
「ちょっと、何処に?」
 その感触は、確かにあった。今日一日憧れて、心を奪われて、そして求めていた彼女との繋がり。なのに違和感がある。何故?

 俺は自分が何をしているのかも分からず、彼女の手を引いて歩いた。
「……」
 彼女は黙って付いて来る。振り返ってその顔を見たら、どんな表情をしているのか――見るのが怖い。
 そして、下駄箱で立ち止まる。
 俺が行こうとしているのは……確かに用具倉庫。
 何が何だか訳が分からない。行こうとしているのに、行きたくない。
「縄田くん……」
「俺は――」
「――何も言わないで。これ以上は、辛い」
 え? 俺は一体、何を言われたんだ? フラレたのか?
「……」
「……」
 頭が完全にごちゃごちゃしたまま、俺と彼女はその場に立ち尽くした。
「……ごめんね。でも、このままじゃいけないの」
 すると彼女は外へと飛び出して行った。

 俺は校庭の方に走って行く彼女を追いかけた。何が言いたかったのか、聞き出したい。
 それなのに、俺は彼女に追いつけない。後姿を見て、そんなに速く走っているとは思えないのに。
 そして彼女が向かっているのは、用具倉庫の方向だった。俺がたった今行こうとしていた所へ? 何でだよ!?
 誘導されるかの如く、辿り着いたのは紛れもなく用具倉庫。そこに彼女は立っていた。
「おい……はぁ……はぁ」
 やっと追いついた。と、同時に、事もあろうにあの懐かしい感覚が蘇る。
「一体……どういう……」
 寂しそうに笑っている――後ろを向いていて見えないのに、確かにそんな感じがした。
「ありがとう……ごめんなさい」
 彼女はそう言って、その扉を開いた。

99 :4:2009/04/21(火) 08:30:37 ID:MALoZiWl
「!!」
 俺は……俺はそこで目を覚ました。
 反射的にマットを退けると、ここは用具倉庫の中で、今は朝。鉄格子から水色の空が見えている。
 そうか、夢だった……のか。何もかも。
 そして起きた時、すぐ傍に温かな感覚はもうなかった。もう一度周囲を見てみるが、その姿はない。いつの間にかあの猫も、出て行ってしまっていたようだ。
 俺は心身ともに虚ろな状態のまま、立ち尽くしていた。
 ふと、扉を見る。カギは開いているのだろうか?
 珍しく無駄な努力をしてみようと思ったのは正解だった。何故なら、その感触は軽かったからだ。

 今回の件については親からも教員らからも相当こっ酷く叱られた。友人からは笑いのネタにされるし、本当に最悪だ。
 ただ、その後いくつか分かったことがある。
 まず、何故か用具倉庫のカギが紛失してしまったこと。
 俺が閉じ込められていた時は確実にかかっていたのだと思うが、朝には外れていたらしい。
 誰かが来て外した訳ではないようで、その件についても責められはしたが、埒が明かないと今では新しいカギを購入するに至っている。

 そして、しっかりと覚えている寿々浅子という名前のこと。
 これをネットで調べてみた所、卒倒しそうな事実が分かったのだ。
 十年前に彼女はここの学校で、事故死していた。
 マットを使う授業で充分な安全措置がされず、体を強打したのが原因とのこと。
 図書館で過去の卒業アルバムも見た。冗談だと思った――と言えばそこに写っていた顔がどんなだったのかは、想像がつくだろう。

 この話を親しい友人にしたところ、笑いながらこう言われた。
「地縛霊でもいたんだよきっと。青春半ばで無念の死を遂げた子が、偶然居合わせたお前と、夢を使って恋愛をしたかったって訳だ」
 後は俺なりの補完だけど、彼女が最後にやったこと――それは俺を夢から覚まさせることだったのだと思う。全ては彼女が仕込んだことで、俺は良いように動かされていただけかもしれない。だがけじめは付けた、と。
 そしてあの抽象的な感覚とは、単に時代的なズレから感じたことなのかもしれないが、俺はそれだけではないと思う。
 妄想になるが、あの猫は実は彼女の生まれ変わりか何かで、寝る前に接したあの感覚が、夢の中で”懐かしい”と錯覚を起こさせていたのではないか、と。
 つまり、夢を見せてくれたのはあの猫、か?
 未だ気持ちがこんぐらがった状態で上手くまとめきれないが、言えるのはそんな感じのことだけ。

 だから、何の手がかりもないとはいえ、あの猫にはもう一度会いたい。

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最終更新:2009年07月07日 10:41