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物語の好きな魔女の話
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384 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:33:27 ID:WBKprcYo
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
物語の好きな魔女の話・前
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
「こんにちは。」
古ぼけた硬材で出来ている重厚な見た目に相応しいと言っていい、
もの凄っく重いドアをなんとも不吉なギギイ……
という音を立てつつ開くとやっぱりいつも通りそこには香織さんがいた。
一点古めの喫茶店に見える室内。ちょっと薄暗い店内の奥の方は薄赤いライトが照らされている。
一面ガラス張りになっている道路に面した面にはこれまた分厚い硬材で出来た4人がけのテーブルが2つ。
部屋の中央、くすんだ赤色の厚い絨毯の上にはバランスよく同じテーブルが3つ。そしてカウンター席には古ぼけた椅子が3つ。
全体的に古臭いけれど店内は隅々まで綺麗に清掃されている。
店内にはいつも通り聞こえるか聞こえないか位の音量でスタンダードジャズが流れていて
香織さんはいつも通りカウンターの向こうで丁度今、コーヒーを入れ終わった所だった
サイフォンの下に付いているフラスコから入れたてのコーヒーを一杯分注ぐと
当たり前みたいに僕の前にコトン、とそれを置く。
僕がカウンターに腰を下ろすのを待ってから自分用にもコーヒーを一杯入れて、
香織さんはカウンターの向こう側、つまり俺の向かい側の位置に椅子を置いてカタン、と音を立ててそこに座った。
385 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:34:41 ID:WBKprcYo
「こんにちは。さて、今日はどんなお話をしてくれるのかな。」
両手の指を祈るように絡ませながらカウンターに肘を突いた格好でにこにこと俺に笑いかけてくる。
僕も今の香織さんの行動が当たり前みたいにゆっくりと微笑む。
「えーと、今日はね、世界中の誰の言葉も信用しないお爺さんの話をしようと思うんだけど。」
僕がそう切り出すと香織さんは如何にも楽しみ、と云う感じに組んだ両手をぱたぱたと前後に振った。
なんだか尻尾を振る猫を連想させるような子供染みた動きをする香織さんを見ながらコーヒーを口に運ぶ。
芳醇な香りが喉を満たす。
香織さんの入れてくれるコーヒーは苦くて濃くて、でもとても信じられないくらい美味しい。
生意気な言い方をすればブラックの美味しさって奴だ。
その香織さんはとても綺麗な顔をしていて、細い黒ぶちのよく似合う眼鏡をかけていて、
黒くて長い髪をポニーテールにしていて、胸が大きい。
つまりはかなりの美人だ。年は大体20歳位に見える。僕よりは少し年上。
今日は白と黒のフリルの付いたシャツとスカートにエプロンというなんだかメイドさんみたいな格好をしているけれど
時にはホットパンツとTシャツだけという女子大生みたいな格好でいたりかと思えば
真っ白なワンピースを着ていたりしてファッションセンスは今ひとつ統一されていない。
愛想は無いけれど冷たい感じじゃないし、話してみるととても良い人で、頭も良い。
そして香織さんは喫茶店の女子大生アルバイトに見えるもののその実、本業は魔女だ。
この喫茶店風の建物も実は魔女の住処って奴だ。
僕が香織さんにあったのは3ヶ月と1週間前、か、若しくは3ヶ月前の事。
僕は高校の1年生になったばかり、季節はしとしとと雨の降る梅雨から夏に掛けての頃。
そんなある日の事だった。
386 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:35:42 ID:WBKprcYo
@@
その日、そこそこの大雨にも関わらず、同級生に買ったばかりの傘を奪われて川の中に放り込まれてしまって
僕はずぶ濡れになりながら帰り道を1人で歩いていた。
高校生にもなってイジメにあう。
入学するまで自分がそんな羽目に陥るようになるとは思わなかった。
うん。確かに中学校までは大きな町に住んでいたし、高校からこの町に来たのは確かだ
でもまあ、高校なんてね。いろんな町からいろんな中学校の奴が集まるに決まっている訳だし。
てことは皆が1からスタートなんだし。皆が1からの出直しだ。と、そうタカを括っていた。
まあ結局は田舎町を舐めていたらしい。としか言いようが無い。
この町には中学校、高校はそれぞれ1校しかなかったのだ。
つまり高校の同級生の殆どは中学校での同級生であり、僕は高校1年生の4月にして転校してきた異分子扱いだったのだ。
おまけに僕は勉強もそんなに出来る方じゃないし、体育はそれに輪をかけてダメだ。
それでも僕は頑張ったと思う。
入学初日に僕以外のクラスメイトは全員知り合いで、
皆が僕の事を誰だこいつという目で見ていると云う事に早速気がついてから、
それでも僕は諦めることなく皆に溶け込もうと無い頭を絞った。
数日を掛けてこの田舎町では男はスポーツが出来なくては評価されないらしいという一定の結論に辿り着き、そしてサッカー部に入部したのだ。
これで皆と友達になれると思って。
結論から言うとこれは大失敗に終わったのだけれど。
387 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:37:04 ID:WBKprcYo
スポーツが出来ると評価されると言う事は、逆に言えば出来なければ評価されないと云う事を理解するのにそれほど時間は掛からなかった。
僕の行為はわざわざ自分から皆に評価してくれ、と言いにいったようなものだった。
つまり異分子でただでさえ目立つ奴が自分から皆に評価される土俵に上がっていったのだ。
僕のサッカー部入部はクラスメイトの華々しく期待に包まれた視線によって始まり、
そしてお、もしかしたらこいつはやる奴かも、と言う期待は最初の練習にて無残にも崩壊した。
当たり前だ。サッカーなんてやった事無い。
ボールはどうやって蹴れば真っ直ぐ飛ぶんだ?ボールを蹴りながらどうやって走ればいいんだ?
部活開始早々にこいつは使えない奴。という烙印を押された僕に待っていたのは執拗なイジメだった。
皆の期待を裏切った罪は重い!と言う事なのだろう。
若しくは見たこともなく使えない奴は視線に入るのもうっとうしい、と云う事だったのかもしれない。
勿論止めてくれる奴はおらず、イジメは部活から教室へと瞬く間に広がり、
僕は入学してものの1ヶ月後には毎日笑いものにされ、からかわれ、小突かれるようになった。
正に期待に満ち溢れたバラ色の高校生活って奴だ。
最初の部活動の選択をミスったってだけでここまでされるものなのか。
いくら理不尽と思ってもイジメられている人間にとってイジメられないようにする。というのは中々難しい事だ。
まず解決方法もわからない。
その日も帰り道を1人で傘をさして帰っている途中に傘をひったくられた。
束の間追いかけたものの奴らは笑いながら傘を橋の上から川に放り投げ、
そして一回も俺の方を振り返る事無く、奴らは走ってどこかに行った。
そして僕はずぶ濡れになって歩きながらぼろぼろと涙を流す事になったっていう訳だ。
388 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:38:29 ID:WBKprcYo
凄く悔しかった。
憎まれているのならまだいい。
でもこれは純粋な悪意からくる何の思いやりもない行為だ。
彼らは笑いながら帰って、そして明日になれば今日の事なんてさっぱりと忘れてしまっているのだろう。
でも僕は忘れられない。明日になっても、そしていつまで経っても覚えているだろう。
彼らはこんな事、すぐに忘れてしまうというのに。
それが悔しくて、どうしていいのか判らなくて、
歩いているうちになんだか喉元に石を詰め込まれたような気分になって、
ぽろぽろぽろぽろと涙がこぼれてきたのだ。
誤解して欲しくは無いから言うけれども僕はいつもいつもそんなにぽろぽろぽろぽろと泣く方ではない。
むしろぐっと我慢する方だ。
今までだって少々理不尽な事をされた位で泣いた事なんかない。
ましてや高校生にもなって泣くだなんて事は考えた事も無かった。
でもその時ばかりは何故だか我慢できなかった。
1人で歩いていたからかもしれない。雨が降っていたからかもしれない。
なんだかとても悲しくなったのだ。
悔しいだけなのか、自分が不甲斐無いのかも判らない。
でも胸がふさがるような気分になってどうしようもなかった。
多分今考えるにプライドが傷ついたんだと思う。
僕は孤独で、そして何も武器になるものを持っていなかった。
つまりイジメられて当然で、そして学校で皆にその事に反論する事なんて思いもよらない状態に置かれていた。
そして家では両親が新しい学校で早速サッカー部に入っている僕の事を信じていた。
雨は激しく振っていて、体中が濡れ鼠。顎から袖からボタボタと水が滴り落ちていた。
靴の中までびちゃびちゃと濡らしていて、歩くたびに靴がガポガポと鳴った。
そしてその時の僕には
「友達に傘をとられちゃったよ。困った奴だなあいつら。あはは。」
と笑いかける相手もいなくて、そしてその上酷い土砂降りの中、家はまだまだ2kM以上先だった。
389 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:39:48 ID:WBKprcYo
そんな時だった。
俯いてよたよたと歩きながら家へと向う坂道の途中、ふと顔を上げた瞬間に僕はその建物を見つけた。
外見は喫茶店風味。
重厚なドアの上の看板には古めかしく【喫茶処】とか書いてある。
その割にちぐはぐな印象を受けるのはその建物が洋風だからだ。
しかもかなり古い。横浜の外人墓地の辺りにあってもおかしくないような感じ。
玄関の横には高い生垣があって、庭の方は大きな木が何本か立っている事だけが判る。
白くくすんだ壁をツタがびっしりと覆っていて、なんだか魔女が住んでいるとでも言われたら納得してしまいそうな古さ。
その癖妙に大きくて重厚な扉だけが印象的な建物。
こんな建物あったっけ。
通学路にあったのなら印象に残っても良さそうなくらい古ぼけた喫茶店に見えた。
僕はびしゃびしゃと水を滴らせながらその建物の前で立ち止まった。
相変わらず目の前が煙るくらいの土砂降りが続いている。
僕はめそめそと泣いていて、その上濡れ鼠。のこのこと喫茶店に入って良い状態じゃなかった。
でもこのまま帰るのが嫌だった。
母親に今日の学校はどうだった?と聞かれて笑いながら嘘を吐ける気分でもなかった。
で、僕は暫く考えてからゆっくりとその喫茶店に歩み寄って、そのドアを開けて店内に入っていった。
390 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:40:48 ID:WBKprcYo
@@
足を踏み入れるとそこは外見同様、内部も古めかしい喫茶店だった。
扉を閉めるとがらんがらんと大きな音が鳴る。
赤くて大きな絨毯。薄暗くてコーヒーの匂いがする店内。
カウンターにも客席にも人一人いない。
「すいません。」
涙声を振り払って店の奥に声を掛けても何の反応も返って来ない。
それでもコーヒーの香りと涼しい店内の温度から開店中だろうと判断して店の中央へと足を進めた。
そして、そこで店の奥から出てきた香織さんとばったりと出会ったのだ。
香織さんとのその最初の出会いは衝撃的だった。
青色のビキニを着た店の人と思われるお姉さんがそこにいた。
そう、初めて香織さんと会った時、香織さんはビキニの水着姿だったのだ。
喫茶店の中にビキニの女の人がいる。しかも凄くスタイルが良かった。
眩しいくらい真っ白の身体で足なんかスラリと伸びている。
色っぽいというよりもなんだか綺麗過ぎて怖い位に思えた。
そして漆黒と言っていい黒髪をうなじにピンで留めあげた髪型のお姉さんはてくてくと水着姿のまま喫茶店の中を歩いてくると
その途中で喫茶店の中央に佇む僕に気が付いたのだろう。
「あれ」と言って僕の方を見るなり驚いた顔をして立ち止まった。
391 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:41:57 ID:WBKprcYo
「こ、こんにちは。」
いらっしゃいませでもなんでもなかったが僕はその店員のお姉さんの格好にびっくりしてしまっておずおずと頭を下げて挨拶をした。
「こんにちは。」
いらっしゃいませでもなんでもなくそのお姉さんも頭を下げて僕に挨拶をしてくる。
喫茶店の真ん中でビキニ姿のものすごくスタイルのいい女の人と
泣きべそかいた濡れ鼠の高校生が挨拶している風景は傍から見たら随分おかしかっただろうなと思う。
「君、どうやって入ってきたの?」
ここの喫茶店はいらっしゃいませと言わないのかそれともこの人は店の人じゃないのか、
頭の中には疑問が沢山だったけれど、僕はその時混乱していて疑問を口に出来るような状態じゃなかったから
いきなりの店のお姉さんのその質問に反射的に素直に答えていた。
「そ、そこのドアからです。」
僕の返答に水着姿のその店員さんははて。と首を傾げた。
「ドアからは判るけど…ドア、開いてた?」
「す、すいません。鍵は掛かってなかったから…閉店中ですよね。すみませんでした。
店員のお姉さんが水着姿でくつろいでいるのだ。(女性が普段水着姿でくつろぐものなのかどうかは知らなかったが)
少なくとも休みだっていうのは自明だ。
僕は慌てて頭をさげてドアの方へ向き直ろうとした。
392 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:44:41 ID:WBKprcYo
「ちょっと待って。」
店員さんの鋭いともいえる口調に慌てて店員さんの方に再度向き直る。
何度も言うがその店員さんはまごう事無く正真正銘の水着姿だ。
下半身なんかその、水着の下の部分だけな訳でお腹なんかが見えてしまっているわけだ。
どぎまぎとしている僕をよそ目にその女の人は真剣な顔で質問を続けていた。
「ドア、開いてたの?」
「…ドアは閉まってましたけど喫茶店って見えたから。」
そう言ってドアの方を振り返ったとき、僕はある奇妙な事に気が付いた。
ドアの横の方にある窓の向こうに目をやるとなんだか外が灰色に煙っているように見えたのだ。
まあ雨が降っているから暗いのはわかるけれどさっきまでは夕方にもなっていなかったはずだ。
こんな風な外の色は見た事がない。
深い霧に包まれているかのような、そんな色だ。霧なんてでていたっけ。
「でも、君はドアが見えて、それで、ドアを開けて入ってきたんだよね。」
慌てて視線をお姉さんに戻す。
「は、はあ。」
もしかしたら痴漢か何かと疑われてるんじゃなかろうか。と思い始めた頃、
店員さんは僕の事を一度つま先から頭のてっぺんまで見回すようにした後、ふうん。と溜息を一回ついた。
「君、才能あるよ。」
なんのでしょうか。という質問をする前に店員さんは僕に背を向けてカウンターに入っていく。
「ちょっと、待っててね。少し、だけね。コーヒー入れるからね。」
そしてその店員さんは僕にカウンターの席に座るように促しながらそう言うと、
直ぐに慣れた手つきでコーヒーを淹れ始めた。
393 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:45:18 ID:WBKprcYo
@@
「私の名前はね、香織。魔女なんだけれど、君は魔女に会った事がある?」
と店員のお姉さんは入れたてのコーヒーを僕の前にことりと置きながら自己紹介するように言った。
「帰っていいでしょうか。」
とは口が裂けても言えない感じのごく自然な口調で。
魔女?魔女って言ったよこの人。変な人だ。ものすごい美人だけど。
まあ確かに喫茶店の店内で水着姿になっているあたりは超人的な感じがしないでもない。
「ないです。」
どういうリアクションを取れば良いのかわからなかったので、僕は普通に返事を返すことにした。
魔女を外国人に置き換えればきっと話が通じないと言う事も無いだろう。
そんな事を考えながらコーヒーを口に含んだ途端、深みのある味に驚いて僕は顔を上げた。
凄く美味しい。温かくて、身体の中からぽかぽかとしてきそうなそんな味。
ぽかんと口を開けた僕に香織さんはふふん。と笑いながら声を掛けてきた。
「君、信じてないでしょ。私はね、魔女、だから、判るんだよ。」
「そりゃまあ、信じてないです。」
魔女じゃなくてもこんな話、信じないと判りそうなものだと思いながら僕は返事をした。もう一度コーヒーを啜る。
やっぱり物凄く美味しい。今まで飲んだ、どんなコーヒーよりもずっと美味しい。
394 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:45:57 ID:WBKprcYo
「ふんだ。じゃあ、もっと、魔女っぽい事をしたら、君はびっくりするんだから。」
「な、なんですか。」
温かいコーヒーにちょっと僕の心は落ち着いていた。
香織さんはふんと一度顔を逸らした後、今度は僕の顔をじっと見つめてきた。
「な、なんですか。」
「君、今、泣いていたでしょ。」
「な、泣いてなんかないです。雨に濡れてたから」
「嘘。魔女にはね、判るんだよ。」
魔女なら何で判るのかは口にせず香織さんは言葉を続けた。
「君は、今あんまり得意じゃないし自分にも向いていない事を一生懸命してるね。
で、周りの人とも上手くやっていけてない。虐待?違うかな。
君はその集団の中に入ろうとしている。でもはじき出されているんだね。」
僕は慌てて首を振った。
漸く判った。占い師か。この人は喫茶店の中で占い師の真似事をしている人なんだ。
泣きべそでずぶ濡れで喫茶店に入ってきた男の子の背景なんて占い師には簡単に予想できるんだろう。
「そんな事ないです。」
きっぱりと口に出す。
虐められている事は誰にも口外するつもりは無かった。
それはその、この水着の店員さんに良く見られたいとかそう云うことじゃない。
自分のプライドの問題だ。虐められていると自分の口から他人に言った瞬間、箍が外れそうな恐怖感をいつも感じていたからだ。
僕は虐められてなんかいないし、そんな事考えた事もない。
そんな顔をしていなければ耐えられそうに無いからだ。
だからこの香織さんという自称魔女の占い師の言葉に頷く訳にはいかなかったのだ。
395 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:46:56 ID:WBKprcYo
とは言ってもそんな自分の態度が自分でも嘘だとわかっている。
正直占い師とは言っても自分を見透かすような事を言う人の前で嘘を吐き続けるのも気味が悪い。
「す、すいません。閉店中に。か、帰ります。コーヒー、美味しかったです。コーヒー、幾らですか。」
立ち上がってポケットに手を突っ込みながらそう言うと占い師はきょとんとした顔で当たり前みたいにとんでもない事を言った。
「君、帰れないよ。」
「なんで!?」
声が裏返る。ビキニを着た自称魔女の占い師になんでこんな事を言われなきゃいけないのか。
「そっか。困ったな。なんて言おうかな。」
「いやいやいや、コーヒーの代金支払いますから。」
僕の言葉に目の前の自称魔女はふるふると首を振っている。
396 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:47:52 ID:WBKprcYo
「そうじゃなくて。ええと、何から言おう。ええとね。魔女はね、実験をしないと魔女じゃないの。」
「占い師の訓練の事ですか?僕が帰れないのと何か関係が?」
「占い師?君は、何を言っているの?」
心底不思議そうな顔をした自称魔女に僕は首を振った。
「いいです。もう魔女で。で、僕が帰れないのと何か関係が?」
「実はね、これから1週間、ここで実験をしなくてはいけないの。
実験はね、とっっっても準備が大変で、そして密閉した空間でやらなくてはいけないの。
密閉するのも大変で、密閉を解くのも大変なの。
君はね、そこに入ってきてしまったわけ。君がどうやって入ってこれたのか、判らないんだけど。」
なんかこの人は凄く重大な事を話しているような気がする。
ええと、と僕はごしごしと目を擦りながら言った。
窓の方に目をやると外は先程の灰色の霧から奇妙なほど真っ暗な風景に変わっていた。
全く色を通さない黒。漆黒というか、光を全て吸い取るような今まで見たことの無いような黒色が窓前面を覆っている。
なんだか奇妙な事になっているのは間違い無さそうだった。
僕がふらふらとドアの方に行くと自称魔女は今度は止めてこなかった。
先程入ってきたドアのノブに手を掛ける、と、がっちりとロックしたかのように動かなかった。いや、ロックじゃない。ガタツキもしない。
本当にがっちりと、まるで溶接したかのようにがっちりと嵌まったようになっている。
まるで壁にノブをつけたかのように。
今度は窓の方に寄ってみる。やはり窓の向こうは漆黒の闇に塗り潰されている。
窓のレバーも同じだった。レバーの形をしているのに奇妙なほど動かない。
マジックとか、向こうから抑えているとかそう云うことじゃない。もとからそこが壁だったかのようにがっちりと閉まっている。
そこまで確認してから僕はもう一度椅子に座った。
「どういうことですか?本当に帰れないんですか?」
僕の言葉に香織さんはへにゃり、と眉を下げて如何にも困ったというような顔をした。
397 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:48:50 ID:WBKprcYo
「君は、疑い深いなあ。」
「魔女は兎も角、自分が閉じ込められているっていうのはとりあえず信じます。
で、どういう事ですか。」
先を促すと自称魔女はんん。と咳払いをした。
「実験はね、通常の時間軸とは離れた場所でやらなくちゃいけないの。
失敗したりして周りに迷惑を掛けないようにね。
君は、そこに入ってきたわけ。私の、密閉の仕方が悪かった訳じゃないと、思うんだけど。
まあ、最悪途中で止める事も出来るんだけど、そうすると同じ時間軸、同じ場所には戻れないの。
同じ時間軸には何とか戻せるかもしれないけどそうすると多分場所は大分遠くなっちゃうし。」
僕は良く判らないまま香織さんに向けて口を開いた。
「ええと、その遠くって言うと。」
「多分、冥王星位かな。」
「冥王星!?」
僕の記憶が正しければ太陽系の端っこの星だ。土星とかより遠い。
「行けるんですか?冥王星。」
「君、行きたい?でも、寒いし暗いしここからは遠いしなんにもないよ。君、あそこから1人で帰れる?」
「帰れないと思います。多分。」
空気も無いですし、と僕がそう言うと香織さんはまた困ったなあという顔をした。
「じゃあ君、1週間家に帰れなくても平気?」
「まずいとおもいます。ていうかコーヒーとか僕の泣いてた理由とかよりそれを先に話して下さいよ。」
そう言うと自称魔女の香織さんは君が私が魔女だって信じなかったんじゃないか。と息を吐いた。
398 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:50:06 ID:WBKprcYo
「じゃあ、場所はここに戻すけど、時間がちょっと前にずれちゃっても良い?」
前にね、後ろじゃなくて、前だよ。後ろなら困るんだよね。と念を押すように言って来る。
「ちょっとって言うと。」
「多分、今から200年前…ううん。120年位には出来ると思う。」
うん。それぐらいで、多分。と顔を頷かせる香織さんに僕は頭を抱えたくなりながら言葉を返した。
マジボケか。
「それ位だったら1週間ここにいる方がマシじゃないですか。」
江戸時代の只中に放り出されてたまるか。
僕の言葉を噛み砕くように聞きながら、
香織さんはじゃあ、やっぱり君はここに1週間いた方がいるしかないね。とそう呟く。
「しょうが、ないんですかね。」
僕がそう言うと目の前のビキニの水着を着た自称魔女の香織さんは僕の言葉を待っていたかのように
うん。そうしよう。そうしよう。と頷いた。
心なしか嬉しそうにも見える。
399 :
◆/pDb2FqpBw
:2008/08/19(火) 20:50:52 ID:WBKprcYo
「うん。しょうが、ないよね。じゃあ、きまりだね。
実は実験はね、準備が大変なんだけど、一回始めちゃうと結構、暇なんだ。
話し相手が出来て、私もよかった。
そうそう、君、今、魔女の実験、やってるから見学してみる?
すっごく大きな鍋で色々なものをぐつぐつと1週間煮続けるの。
すっごく暑いから、汗、一杯出るよ。水着でないと出来ないくらいなんだよ。」
「はあ。っていうか本当なんですよね。出られないの。」
「ほら、コッチ、来て。魔女の、実験なんて、そうそう見られないよ。貴重だよ。」
「聞いてます?ねえ?」
まあ、そんな訳でその時から僕は1週間、
この喫茶店ぽい場所兼住居で自称魔女と二人きりの1週間をすごす事になったのだ。
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