88 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2008/05/12(月) 19:26:51 ID:bs9270qV
 夜の線路を、ワンマン電車がひた走る。
 時刻は21:42。都会ではまだ、終電を気にするような時間ではない。しかし、これはこの地域の終電だった。しかも、間も無く終点。
 車輌は1輌のみ。乗客は女の子1人。垣間見ると、座席で船を漕いでいる。いつものことだ。彼女は今年に入ってから、この電車を利用するようになった大学生のようだった。
 大学の最寄り駅との往来で片道1時間半乗っている。田舎からの通学は骨が折れる事だろう。既に両手の指で足りないくらい、座席で寝ている彼女を起こす事があった。
 そんなことを4月から2ヶ月間続けている。今では、終点の彼女が乗り降りする駅でしばらく世間話をしてから操車場に帰るというやり取りをするまでになった。
 そんな6月のある日、いつものように車内で、最寄の自販機で勝った飲み物を飲みながら世間話をしていると、彼女が少し意気込んで、言った。
「後期から、向こうで、1人暮らしをする事になったんですよ」
 嬉しさが滲み出ていた。それはそうだろう。今まで、往復3時間、電車以外の移動も含めると往復4時間をかけて通学していたという彼女は、それだけ、彼女の友人と過ごす時間を削られてきたのだから。
「そうなんだ。おめでとう、と言うべき、かな?」
 だが、何故だか、彼女の顔は次第に浮かないものになっていく。
「どうしたの?」
「いえ、……いえ、ちょ、っと、中間テスト失敗しちゃって……」
「そうなんだ。俺みたいに一浪なんてしないようにしないとな。まあ、まだ1年なんだから、そんなに気を落とす必要は無いさ」
「そう、そうです、よね! うん、ありがとうございます」
 彼女は缶を一気に呷り、一息つく。そして立ち上がった。
「今日も話し込んじゃって、すいません」
「いいさ。10時半まで暇なんだし」
 時計を見ると10:21。いい時刻だ。
「むしろナイスタイミング。それじゃあ、また明日だな」
「そうですね。……夏休みまで、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
 そう言って、彼女は電車から出て行った。
「おやすみなさいですー!」
 俺は無人駅のホームでそう叫ぶ彼女に、手を上げて答えた。小さくなっていく彼女を見送り、10:33、操車場へと帰路に就く。
「……あ。また定期見るの忘れてた」
 一人だけの暗い車内で、そんな事を呟いた。



気が向いたら続けるかもしれない

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最終更新:2008年07月20日 20:07