22 名前: 6号救命艇の二人 ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/10(木) 15:33:13 ID:KdHvuOEV
 月、ファ・サイド(裏側)のツィオルコフスキー・クレータにあるマス・ドライヴァから1機のA-SS551型軌道モジュールが飛び立った。
 コンスタンティン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー宇宙港発、ベルリン・ブランデンブルク国際空港着のルフトハンザ航空LH5594便である。
 俺、西塚鷹希はそれに乗り、地球への復路に就いていた。
 俺は大学受験のために遥々月にまで足を運んでいたわけだが、実際月にいた時間は2日間だけ。地球から月、またはその逆でも、移動には最低3日かかるのだ。
 長旅である。しかし、その間の暇つぶしに抜かりは無い。しかも機内には低重力障害の解消のために簡易の運動施設まである。暇はしそうだがつまらなくはない機内生活になりそうだった。
 地球-月間の旅客移動は、地球のそれとは一線を画す。地球の大規模空港から出発したSSTO(単段式往還機)は低軌道で軌道モジュールを切り離し、また地球に戻っていく。
 軌道モジュールはそのまま地球をスウィング・バイした後、月に一直線に飛んでいく。月への着陸のため、月低軌道で減速し、そしてゆっくりと目的地の宇宙港に降下していく。
 逆に月から地球への移動では、軌道モジュールがマス・ドライヴァまたはイオン・エンジンの噴射によって月を飛び立ち、今度は月をスウィング・バイ、地球に向かう。
 地球低軌道で減速し、軌道上で待機していたSSTOとドッキングの後、地球に帰る。着陸は通常の航空機と同じだ。
 機内には大勢の客がいる。ヨーロッパ人が多いが、アフリカ系もそれなりに見かける。アジア系はあまり見かけないし、日本人ともなると俺くらいだ。
 当然、機内には英語と、ドイツの航空会社だからかドイツ語、そして月での公用語であるフランス語が飛び交っている。
 向こうから見てやはり日本人は珍しいらしく、隣にいる日本フリークのイタリア人のにーさんは、日本についてあれを知っているとかこれを持っているとか、色々言っていた。英語で。
 とはいえ、どうでもいい話題に花を咲かせられるというのはやはりいいものだ。俺も英語話者の端くれ、通じればやはり嬉しいものだ。
 1日目はそうやって過ぎていった。行程としては、月をスウィング・バイして地球降下軌道に移ったところだ。
23 名前: 6号救命艇の二人 ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/10(木) 15:54:24 ID:KdHvuOEV

 2日目ともなると、周囲の人たちの顔も覚え、連れ立って運動してみたり雑談に興じてみたりと、時間の進みが早い。受験という肩の荷が下りた事もひとつの要因だろう。
 不意に、俺は尿意を覚えて後部の手洗いにまで行く。
 機内は当然、無重力だ。不注意から飲み物が零れたり、いろいろな物が浮かんでいる。無重力は未だに慣れない。力の入れ方を間違うと、回転しながらあらぬ方向に飛んで行ってしまう。
 そうならないように、機内には至る所に手すりや取っ手が備え付けられている。俺はそれらを掴み、回転しないように慎重に移動した。
 手洗いには、既に先客がいた。個室は男子用と女子用があり、男子用の扉が閉まっていた。女子用のそっちには2人並んでいる。
 ふと、扉から2番目にいる少女と目が合った。人種はよく分からないが、なかなかに可愛い。とはいえ、用も無い上に尿意の方が勝っていたためにそれほど気に留めなかった。
 前の人――しかもあのイタリア人のにーちゃん――が出て、俺が入る。
 便器の前に立って3秒すると、自動的に吸引装置が作動する。そこに小便をする。すると、小便は勢いよく便器の奥に吸い込まれていく。便器から離れると洗浄液が出る。
 小便は濾過消毒装置によって浄化され、純水として機内で使用されるのである。
24 名前: 6号救命艇の二人 ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/10(木) 15:54:54 ID:KdHvuOEV
 さて、便所から出ると、突然大きな音。そちらを見る。突風。飛ばされないように取っ手に掴まる。機内で突風が吹く事は通常、無い。見ると、人やものが奥の方に飛んでいく。
 何が起こった?
「そこのあなた! はやくこっちへ!」
 後ろ――風上――から声。見ると、先程の少女がこちらに手を伸ばしていた。わけが分からず、しかし俺は、風下に恐らく本能的な恐怖を感じていたのだろう、少女のいる方にゆっくり進んでいく。
 少女が俺の手を掴む。風上に進む。救命艇。その表示が見える。後方から断続的に悲鳴。
 救命艇の入り口に辿り着く。後方10メートルにも数名、脱出装置を目指して這っている人。少女は救命艇入り口の安全装置を解除、ハッチが開く。
「乗って! はやく!」
 救命艇からも突風。しかし進めないほどではない。手すりを辿り、救命艇に入った。
 唐突に振動。音は聞こえない。どういう事だ?
「気圧が……! 時間が無い! ハッチ閉めるから!」
「なっ!?」
 まだ人がいるのに? ハッチが自動で閉まる。そのガラス窓の向こうに、人がへばりついた。何か叫んでいる。が、やがて苦しそうにもがき、突風に飛ばされていった。それを、2人して見ていた。
 ガタン、という音と振動。ハッチが迫る。しかし、俺は、いや2人とも体を動かせず、ハッチのある壁にぶつかった。
 どれくらいそうしていただろう。少女が俄かに硬直を解いて壁を蹴り、その反対側に向かった。それにつられ、俺も体の自由を回復する。しかし、恐怖からか、手が震えている。
「……やっぱり、デブリ……」
 少女が重苦しく言う。その言葉に俺は彼女を向き、そしてふつふつと、感情が湧き出てきた。
「お、お前っ、何で閉めた!?」
 自分から体を動かす気力が戻ってくる。俺はそのまままっすぐ、彼女に向かう。
「あのままだとすぐに気圧が限界になるから、だから閉めたの」
 彼女の胸倉を掴む。顔はひどく歪んでいたが、気にしなかった。
「だからって! だからって少し猶予はあったろう!?」
「英語でお願い。日本語は少ししか分からないから」
 顔はともかく冷たく、しかしやはり重く言い放つその言葉に、俺は少したじろぐ。彼女の目には涙が漂っていた。そして、今まで日本語で叫んでいた事にも気付く。
「あなたがここに入った時点で、あと15秒しか空気がもたなかったの。ハッチの閉鎖には最低5秒かかる。だから、ゼロより2を取った」
 その物言いに、俺は怒りをこみ上げる。胸倉を掴む手に力が入る。しかし、言葉が出なかった。彼女の手が、俺の手に添えられる。
「あなたが感情的になるのも、分からなくはないよ。でも、生き残らなきゃ、何も出来ない」
 どこまでも現実的な彼女の言葉。しかしその目から零れる涙は、言葉を必要としなかった。
「分かって」
 俺の手が彼女の胸倉から離れる。掴みかかった事で出来た服の皺を放置し、彼女は俺に背中を向け、目の前のコンソールに向かう。
 俺は、彼女を掴んでいた手を見る。少なくとも、彼女は俺を助けてくれた。偶然間近にいた俺を。その事に感謝すべきなのか、それとも呪うべきなのか。今の俺には決められなかった。
25 名前: 6号救命艇の二人 ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/10(木) 15:58:00 ID:KdHvuOEV
「まず、状況を知らなければ。君、大丈夫?」
 彼女が俺を見る。涙は止まっていたが、目が赤い。俺は深呼吸した。恐らく予備の空気だろう。普通の呼吸に支障が無いくらいだった。
「……一応」
「恐らく軌道モジュールにデブリが当たったのが、この事故の原因だよ。このMOOSB(宇宙空間救命艇)は本来10人乗り。一応、装備を確認して。これリスト」
 彼女は俺に冊子を渡す。救命艇の装備の一覧だった。
「あ、あんたは、何を?」
「あたしは通信してる。いくつか周波数を知ってるから。ただ、太陽活動の極大期ってのがネックだけどね」
 そういえば今年は11年に一度の太陽活動の極大期だ。もしかしたらそれで機器を狂わされてデブリの接近に気付かなかったのか。
 とりあえず、俺はリストにあるいくつかの項目をチェックして回る。救命艇内には8人分の座席と、2人分の操縦席がある。各座席の下に各人の分の救命用具が備え付けられており、またその上には宇宙服やボンベもある。
 艇後部には便所、洗面台だけが備え付けられている。水が貴重な宇宙空間、それも救命艇である。シャワーはさすがに出来ない。一応人数分のタオルはある。
 座席にはシートベルトと食事用の台があり、最後尾の座席以外の背もたれ後ろには緊急時のマニュアルやメモ用紙、筆記用具が挟められている。
 座席の下にある救命用具には1週間分の糧食、寝袋状のレスキュー・シート、救急セット、使い捨て懐炉10個、尿再利用キットが入っている。
 座席上には硬素材宇宙服と6時間分ボンベ3個、予備の栄養ドリンクが大量に入っていた。宇宙服の着方が印刷された冊子も人数分ある。
 また、その他にも消火器や人一人分が入るであろう密封袋、ビームライトも備え付けられている。
 一般的なところでの装備品チェックを終え、俺は操縦席にいる少女のもとに行く。
「終わったみたいだね」
「ああ。あんたの方は?」
「太陽フレアかな、通信がいかれてる。それに、もしかしたらヴァン・アレン帯内かもしれない。あと、レーザ・ジャイロも衝突の衝撃かな、いかれてるし、踏んだり蹴ったりだよ、もう……」
 愚痴を言うように彼女は呟く。ヴァン・アレン帯とは、放射線帯という別名の通り、高濃度の放射線が飛び交う地球周辺の帯状の領域だ。放射線は、肉体はもとより機器にも悪い影響を及ぼす。機器が高度であれば尚更だ。
「救命艇それ自体には目立ったダメージ無し。ただ、微細デブリが低速度で16箇所に衝突してる。内部に影響は無いけど、右舷の外部放射線防護パネルが損傷してる可能性がある」
 冷静に状況を見極めていく。そこに、少女の面影は微塵たりとも感じられない。
「通信もジャイロもいかれてるとなると、レーダなんて以ての外。下手したらこれにデブリが衝突する可能性だってあるし」
 言って、彼女は顔を上げた。目は未だに赤いが、それでも幾分穏やかな表情ではある。
「これ以上、何も出来ないね。通信回線はずっとアクティヴにしておけばいいし。太陽電池も展開したし。ああ、遅れたけど、あたしはリナ・アナトリティクー。ギリシア人よ」
「タカキ・ニシヅカ。日本人だ」
「オーケイ、タカキ」リナ・アナトリティクーと名乗った少女は椅子の上で脱力した。「そう、まず、色々強引に進めちゃってごめん。でも、1人だけでも助けたかったから……」
 急に申し訳無さそうに彼女は言う。そんな顔をされると、こちらだって畏まってしまう。彼女を責めたのは俺なのに。
「俺も、……何も知らないで感情的になっちまって。その、済まなかった」
「いいよ。あたしは気にしてない」
 彼女は、本心は知らないが表面的にはあっさりとした正確であるようで、俺はひとまずほっとする。
「それより、今は生き残る事を最優先に考えよう。って言っても、出来る事は体を救助が来るまでおとなしく通信電波を垂れ流し続けるだけなんだけどね。怪我も、してないよね」
「ああ。打撲も、減圧障害も無い」
「よかった。あたしも特に無し。訓練の賜物だね」
26 名前: 6号救命艇の二人 ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/10(木) 15:59:42 ID:KdHvuOEV
 それにしても、見た目では小学校高学年から中学1年生くらいにしか見えない彼女は、突風の中で動揺する事無く自分の体を支えていた。最近は肝が据わっている小中学生が増えているのだろうか。
 というか、そのくらいの年齢の人間が通信機を扱いまた、艇の様子を細部まで把握しているという事に、冷静なった今気付いた。想像してみるといい。中学1年の女の子が先程のような内容を話しているところを。
 幾分心に余裕も出てきた。リナは未だにコンソールと格闘して、通信を試みようとしている。俺はコ・パイロット席(右側)に座り、シートベルトをつけてその様子を見た。
「メイデイ、メイデイ、メイデイ。こちらルフトハンザ航空LH5594便救命艇6号。現在NATO宇宙軍共通救命周波数で交信中。応答せよ。繰り返す、応答せよ。メイデイ、メイデイ、メイデイ」
 そのフレーズを何度か繰り返すが、しかし先方からの応答は無し。太陽フレアの影響か、それともヴァン・アレン帯内だからか。
 ため息と共に、彼女の母語であろう言葉で何か呟く。そして不意に、こちらを見た。
「やってみる?」
「え? 俺?」
「そんな顔してた」
「マジか」
 渡されたヘッドセットを装着し、俺も見よう見真似で交信してみる。リナからは国連宇宙軍の共通作戦周波数(救命用ではない)で交信するように言われた。
「メイデイ、メイデイ、メイデイ。こ、こちらルフトハンザ航空、LH5594便救命艇6号。現在国連宇宙軍共通作戦周波数で交信中。応答せよ、繰り返す、応答せよ。メイデイ、メイデイ、メイデイ」
「うんうん、上手上手」
 何だろう、複雑な気分だ。小学生だか中学生だか分からない少女から教えを受けて、まあそれ自体はまだ許せるが、行ったそれに対してこの言葉である。
「……」
「もう1回いってみようか。それで駄目なら今度はEU宇宙軍の共通作戦周波数かな。ああ、ESAの救命周波数はその次に……」
「ひとつ思ったんだけどさ」俺は彼女の言葉を遮って言う。「通信でだめなら、もっと他の方法でやってみた方がいいと思うんだけど」
「他って?」
「メールとか」
 俺はベルトに付けた小物入れから携帯電話を出す。機内では当然、電源を切っていた。メールならば、月より遠くでなければよほどの事が無い限り通じるだろう。一応UHF帯の電波を使っているのだから。
「そうか……。やってみよう。あて先はどこでもいいから、とりあえず生存報告とここで常に開局している周波数帯を送ろうか。こっちはそのメールの中継アンテナを設定するから」
「よし」
 俺は携帯電話の電源を入れる。
 携帯電話は地球上でも月面でも、その機種や会社に設定された中継アンテナの有効範囲内しか使う事が出来ない。
 それは逆に言えば、中継アンテナの有効範囲で且つ、長距離に電波を発信出来るほどに強力な電波増幅装置を持っていればどこにいても携帯電話が使えるという事でもある。
 通常、宇宙船というのはその大小に関わらず、強力な電波を発信して地球や月、または宇宙船やステーション同士で交信している。どこにいても、だ。それがたとえ火星でも小惑星帯でも、或いは木星や土星、さらに遠くにいても、例外ではない。
 問題は、その出力を出し過ぎると中の人が沸騰してしまう事だ。強力な電波は、可視光こそ発しないものの熱を以てその存在を人間に知覚させる。原理は電子レンジと同じだ。
 そのバランスが難しいのである。
27 名前: 6号救命艇の二人 ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/10(木) 16:01:37 ID:KdHvuOEV
「日本の超長距離通信対応の携帯電話で使われてる周波数帯の上限は一応知ってるから、そこから虱潰しにサーチしてくよ。電波が立ったら教えて」
「ああ」
 この、恐らく10メートル満たない距離での通信なら、太陽フレアや放射線でも邪魔は出来まい。そして10分ほどだろうか、唐突に、「圏外」の表示が消え、電波が立ち始めた。
「電波立った。もうちょい出力上げて」
「これぐらい?」
 電波の表示が最大になる。
「オーケイ、じゃあ、今から文面書くから」
「了解。一応、あたしの生存も報じといて。それと、ここの周波数は68.1と90.4ね」
「68.1と90.4、と。あんたの名前のスペルは?」
「ルクセンブルク・イタリアン・ノルウェジアン・アメリカ、スペース、アメリカ・ノルウェジアン・アメリカ・テキサス・オンタリオ・レイディオ・イタリアン・テキサス・イタリアン・キロワット・オンタリオ・ウルグアイ」
「……は?」
「あ、ごめん。つい癖でEUのコード使っちゃってたよ。えーっと、リヴァプール・イタリア・ニューヨーク・アムステルダム、スペース、……」
「いや、いきなりEUのフォネティック・コードで言われたから面食らっただけだ。一応分かる。……T・I・K・O・U、と。リナ・アナトリティクー、オーケイ」
 題名:生存報告。このメールを見たらすぐ警察に電話して
 「そっちで報じられてるか分からないけど、俺が乗ったルフトハンザのLH5594便が多分デブリの衝突だろうけど事故った。俺はもうひとりと脱出して無事。今救命艇6号で中間軌道を漂ってる。で、そのもう1人はLINA ANATORITIKOUってギリシア人。
 この救命艇6号は救助まで無線を開局しっぱなしにする。周波数は68.1と90.4。そのまま言えば分かるから、何も考えず警察に通報して。
 あと、今年は太陽活動の極大期だから宇宙じゃ電波が通じにくくなってるので注意。
 救助されるまで心配かけるけど、一応今は無事。健康そのものだから、死んでるなんて考えないように」
 そう文面にして、両親、姉、親しい友人2人に宛先も設定完了。
「準備完了」
「うん。こっちも完了」
「じゃ、送信する」
 送信ボタンを押す。メールの文面が長いし、5人に送ったから送信画面が長い。その事が、俺を不安にさせる。
 しかしその不安を他所に、携帯電話は送信画面から待受画面に切り替わり、「送信しました」などとウィンドウが出ていたりする。
「中継を確認。一応、これで送れたはずだよ」
 俺はコンソールのモニタを見る。メールアドレスが5つ表示されている。ちゃんと、送った奴らのメールアドレスだった。あとは、メールがきちんと着信する事を祈るばかりである。
「あと、やる事はないかな?」
 彼女が今一度、自身のチェック項目を確認する。
「モールス符号とかどうだ。可視光を使えば電波よりも確実だろ」
 光を使ってモールス符合でやり取りをするというのは、昔から行われていた事だ。俺が中学生の頃、色々思い立ってひたすらモールス符号を覚えた記憶がある。
「なるほど。どこかにそんな機構が……無いなあ」
「無いのか?」
「それっぽいので航法灯があるんだけど、これはコンピュータで制御出来るのがオンとオフだけなんだよ」
 それは使えない。というか、宇宙空間のようにどの方向から救助が来るか分からない場合、全方位に光を発する必要がある。救命艇だからこそ付いていて欲しい装備だが、付いていないのでは仕方無い。
28 名前: 6号救命艇の二人 ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/10(木) 16:02:26 ID:KdHvuOEV
 そういうわけで、行うべきは全て行った。あとは救助が来るまでひたすら待つしかない。
「無線は常に開局しておいて、定期的に呼びかけるから。昔の、ニューヨークに1人だけ、っていう映画みたく」
「ああ」
 1日1回じゃなくて1時間に1回だけどね。と彼女は付け足し、再びモニタに向く。
「君は寝ててもいいよ。無線だけだったら、1人でも出来るし」
「俺は用なしですかそうですか」
 小中学生にイニシアティヴを取られている事に、一抹の不満はある。いくらその挙動にまったく無駄が無いとしても、だ。自分の中に年功序列がまだある事に、少しイラつく。
「用なしって……。そういう事でもないんだけど、やっぱりお互い慣れてる事やった方がいいでしょ? 不慣れから機器を壊される可能性だって無きにしも非ずだし」
「何だよ、俺が機器を壊す事前提で語ってくれちゃってさ。無線装置だけだったら俺だって必要な資格くらい取ってる」
「あ、そうなの? なんていう資格?」
「デジタル広域無線通信士」
 宇宙飛行士や宇宙船操縦士、航宙管制官になるために必要な国際資格の一つだ。満16歳以上65歳未満なら誰でも受験出来るので、宇宙船に関わりたい人は積極的に受験する。
 俺はこの資格を17歳のときに取得した。この資格は1年ごとに試験を兼ねた更新手続きがあり、俺は月から出発する直前にその更新を行った。
「あら。こりゃ失礼をば。とりあえず、免許見せて。最後に機器に触ったのは?」
「昨日。更新したてだ」
 俺は携帯電話にその資格免許を表示し、見せる。
「そう……そこまで言うなら、12時間交代で詰めましょうか」
「っていうか、あんたはどうなんだよ? 免許持ってんのか?」
「あたしはこういう者なのよ」
 彼女はポケットから1枚のカードを取り出す。それはIDカードのようだった。
 「European Union Information Force」とある。下には氏名と所属。更に下には光学情報登録部、登録番号が印刷されている。ちゃんと顔写真もある。
 という事は、彼女は紛れも無い軍人。しかも所属に「I-Cors-2」とある事から、かなりのやり手だと推測出来る。
 EU情報軍とは、確か50年ほど前に米軍に先駆けて新設された公式の純軍事情報組織で、EUに関わりのある軍事事件に関して情報面からサポートしてきた。
 しかもその「I-Corps-2」は、「世間からの名声以外の全てを手に入れられる部隊」と噂されている、紛争解決に最も尽力した部署だ。
 受験のために月に行く少し前に、ニュースでEU情報軍に関する特集を組んでいたから知っていたが、それを視なければ存在すら知る事は無かっただろう。
「こ、これ、本物か?」
「当たり前じゃない。偽物だったら旅客モジュール内にいないよ」
「……じゃあ、本物だと仮定して、今あんた、何歳?」
「何歳だと思う?」
 高く見積もって13歳くらいかな。
「12歳とか、そこいら」
「やっぱり。あたしの年齢を間違えずに言える人って見た事無いよ。っていうか普通、女の人に年齢は聞いちゃだめだよ。正解は22歳」
「いや、そりゃ正解出すの不可能だから」
「だよねー。あたしね、成長ホルモン分泌障害っていうらしいののせいでこんな、ちっちゃい身体なんだよね。今年の身体検査で、ドラえもんの身長と同じになったんだけど」
 22歳で、129.3㎝か。そんないい年齢の人を小中学生として見ていたのか。すごく恥ずかしい。しかし彼女はそれすら意に介さない。やはりあっさりさっぱりした性格のようだ。
「まあ、そんなわけだから、改めてよろしく。それでね、無線の事なんだけど」
「んっ、ああ」
 彼女が唐突に仕事――といって差し支えないかどうかは知らないが――の話をし始める。
「現在時刻が地球標準時で16時21分。次の交信は17時ちょうどね。で、次の交信から12時間分はあたしが担当する。次の12時間分は君が担当して。そのローテーションでいこう」
「担当時間から外れてる間は何を?」
「寝てればいいと思うよ。あたしは極力起きてるけど、さすがにずっと起きてるわけにも行かないからね。不測の事態になったら、叩き起こして。あたしも叩き起こすから」
 つまり、今から12時間は実質俺がやる事は無いのだ。
 俺は副操縦士席で寝袋型のレスキュー・シートに入って、シートベルトを締める。
「じゃあ、俺は遠慮無く休ませてもらう。12時間後に起こしてくれ」
「多分その前に起きれるでしょ」
「どうだかな。俺は寝起きが悪いんだ」
「そうなの? まあ、いいや。おやすみ。いい夢を」
「どうも」

  *  *  *

32 名前: 6号救命艇の二人 ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/11(金) 02:03:12 ID:rXn5p8Sy
参考するサイト
ttp://www.spaceref.co.jp/news/2Tues/2006_07_26son.html
ttp://1nm.jp/q/diary/spacepregnant.html
ttp://wiredvision.jp/archives/200011/2000110805.html
ttp://wiredvision.jp/archives/200011/2000110907.html
<<前レスへのコメントの為 割愛>>

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最終更新:2008年07月20日 20:07