643 名前: オバケ屋敷 [sage] 投稿日: 2008/03/02(日) 20:31:28 ID:106EiCop
売り言葉に買い言葉とは、こういうことを指すのだろう。
今度からは、嫌なものは嫌だ、怖いものは怖いと言えるようになろう。
それができないから、こんなくら~い偽病院の片隅で、涙を浮かべて荒い呼吸を整える羽目になるのだ。

事の発端は一人のダチ。
「オバケ屋敷なんぞ怖くないよなあ?」という話でうっかり盛り上がり、「よし、今から行こーぜ!」と言われ、引っ込みがつかなくなって「よっしゃあ!」と応えたことが運の尽き。
野郎二人で入ったはいいが、薄暗い病院のそこら中に転がる手術器具や血痕はやたら生々しく、
「がおー」とか言って腕をバタバタさせるのがせいぜいだと思っていたオバケ役の方々は、
襟首と背中をひっつかんで手術台に固定しようとする迫真の演技でもってして、オレの頭の中の理性という理性をすべてブチ壊してくださった。
当のダチはその間、唯一の光明となるペンライトを握りしめ、元陸上部のすばらしい健脚を披露し、雄叫びだけ残して消えやがった。
…あいつ、あとでコロス…

大丈夫、もう大丈夫と自分に言い聞かす。
オバケどもを振り切って飛び込んだ病室。その端っこに縮こまって繰り返す。大丈夫、もう大丈夫…。
突然、腕をガッと掴まれた。
644 名前: オバケ屋敷 [sage] 投稿日: 2008/03/02(日) 20:39:05 ID:106EiCop
文字通り飛び上がって腕を振り回し、四つん這いで逃げようとしたら足を掴まれ、床に体をしたたか打ちつけた。
「待って、待ってください…」
声を聞いてから動きを止めるまで二秒かけ、それでも信用できずに逃げる姿勢のまま、おそるおそる声のする方を見た。
ペンライトすら失い、ほとんど真っ暗闇の病室の中に…女性がいた。涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。
「あた、し、…置いて、かぇ…、…っ」
言葉が詰まって涙をぽろぽろこぼす。オレと同じ境遇の人らしい。
短めにカットした黒髪で、シルバーのリングやネックレスが目に付く。泣いていなければ、きりっとした印象をうける人だ……って同類のニオイがする。



とりあえずここまで。
中途半端でごめんなさい。続きは書くつもりです…。orz

668 名前: オバケ屋敷 [sage] 投稿日: 2008/03/15(土) 15:59:12 ID:OxNGgt0b
真っ暗に近い病室の中も、今は静かだ。
オバケ役の方々も近くにはいないらしく、うめき声も壁タックルの音もない。
聞こえる音といえば、バクバク騒ぐ自分の心臓と、
「ぐすっ……、ひっ…、ひっく…」
目の前の女性の泣き声くらい。
「…あ、あn」
「あたしっ!あ、あた、し、…ふたりでっ、きて、友、達…と、来て…」
「あ、はい」
つっかえつっかえ、涙を拭いながら話す。空いている手で、オレの腕をしっかり掴んで。
「は、入っていき、いきな、…り、へん、へんなのに、つか…ま、…って、ひき、引きずって、友達が、先、あのペンの、あの明かり、の、持って、逃…、て…」
うん、うん、なんかだいたいわかった。ちゃんと筋道をあれしてるかわからんが、だいたい来た。
「じゃあ、結局明かりh」
ドン!!!
病室が震えた。
壁タックル。来てる。あっち。すぐ近く。来てる。
「来…」くいくいと袖が揺れる。
「行こ、行こ、行こう?ね?」
「う、うん、うん」
腕を引っぱられて走る。病室の扉、音と反対の方向――
「ガア」
「キャーーーーーーッ!!!!!」
飛び上がった。
悲鳴で耳がいっぱいてか二匹かよオバケが陽動で待ち伏せとか汚いだろがこら…

669 名前: オバケ屋敷 [sage] 投稿日: 2008/03/15(土) 16:00:34 ID:OxNGgt0b
後ろにも一人いた。逃げるなら前。とっさにそう考えた。
掴まれてた彼女の腕を掴み返し、オバケの脇を走る。
抜けた!
あとはひたすら逃げれば――
ぐんと腕を引かれた。彼女の悲鳴。オバケが肩を掴んでいる。
「払え!振り払え!」
一層強く腕を引っ張りながら叫んだ。
彼女が肩を振って、オバケの手が外れた。反動で彼女がぶつかってくる。受け止めたかったが、よろめいてしまった。
そのままの勢いで彼女は走っていく。まだ腕を掴んでいたオレも、つられてよろめきながら走った。


「あ゙~~~~…」
疲れた。ほんともう疲れた。バクバクし過ぎて心臓の筋肉とかだるくなってるの分かるもん。
階段の踊場にへたり込んで、大きく溜め息をつく。彼女も少し間を開けて座った。
「…あ、あの、腕…」
「あっ?あ、ごめん…」
まだ腕を掴んだままだった。
「あ、でもあたしもさっきぶつかっちゃったし…」
「あ、うん…」
そのまま黙ってしまった。
「…疲れたね」
「…つかれたね…」
どちらからともなく言って、また溜め息。
「……もうやだ…」
ぽつりと彼女が呟いた。
670 名前: オバケ屋敷 [sage] 投稿日: 2008/03/15(土) 16:01:04 ID:OxNGgt0b
「もうやだ……いつまでこんななんだろ……」
声が震え始めている。
…ある種の勇気を振り絞って、オレは聞いてみた。
「あのさ」
「…、なに?」
彼女が顔を上げた。目に溜まった涙が非常階段の明かりできらきらしている。
「…リタイア、しない?」
このオバケ屋敷はかなり広く、見てきたようにオバケ役の人や小物に至るまで、かなり気合いの入った仕様だ。当然最後まで進めない人も出るので、リタイア用の出口が用意されている。
ダチと入る前は先にリタイアしたら昼飯代出せよーとか言い合っていたが、たかが昼飯代、この際だ。
しかし彼女は悲しげに微笑んで、首を振った。
「…できないよ」
「……なんで?」
「………あきらめたら、そこで試合終ry」
「いやいやいや」
最初に会った時点で試合終了ムードだったし。
「…」
彼女はうつむいてしばらく押し黙っていたが、やがてぽつぽつと話し始めた。
「一緒にいた…、先に行かれちゃった友達とね、二人で住んでるの」
ルームシェアをしているらしい。
「ホラーとか好きな子で…、このオバケ屋敷も、面白そうだから来てみようって」
彼女自身は、ホラー系はあまり得意じゃないそうだ。
671 名前: オバケ屋敷 [sage] 投稿日: 2008/03/15(土) 16:01:49 ID:OxNGgt0b
だったらなおのこと、リタイアしないのは何故か。
「リタイアのこと、入口で聞いたんだけど…。友達が『リタイアなんてダメだよね』って言って…」
…アレ、なんだこれ。
「『先にリタイアしたら、なに賭ける?』って、なっちゃって…」
あぁ…。
「…なんか賭けちゃったんだ」
「うん…」
まさしく同類…。
「…なに賭けたの」
「やちん……」
「やちん……、え、家賃!!?」
「来月分……」
「マジで!!?」
「…そうなの…」
膝をかかえて小さくなる。
「ちなみに…普段いくらなの」
「平等に…半分ずつで4万円…」
「…てことは、リタイアしたら…」
「はちまんえん…」
頭を抱えたくなった。昼飯代なんぞ可愛いもんじゃないか。
「ばかだよね、あたし」
自嘲するように笑って、彼女は立ち上がった。目元をごしごしこすりながら。
「素直に怖いって言えばいいのにさ、変に意地張ってこうなるんだもん。自業自得だよね」
正面からオレと向き直り、だからさと彼女は続ける。
「……ここから先は、さ…、……一人で、行くから」
「え…」
「いいのっ!」
なにか言おうとするオレを制して、彼女は気丈に笑う。

672 名前: オバケ屋敷 [sage] 投稿日: 2008/03/15(土) 16:02:35 ID:OxNGgt0b
「ごめんねっ?あたしの勝手な都合でここまで突き合わせちゃって」
一歩、二歩。彼女が離れていく。
「一緒にいて、すごく心強かったけど、あんまり頼ってばっかりじゃだめだし…」
三歩。ぐいと涙をぬぐった。
「…ばいばい。ありがとね」
振り返って階段を下り、走るように廊下を通って見えなくなった。
「…あ……」
なんて引き止めたらよかったんだろう。
一人取り残されたオレは、今更になって考える。
どんな言葉で?どんな態度で?どうすれば彼女を引き止められただろう。
彼女の手をとって、そんなこと気にしないで一緒に行こうと言えたらよかったのに。
もう彼女はいない。オレが引き止めもせずに棒立ちで、見送ってしまったかr
「ガアァ」
「グゲェア」
「キャ――――ッ!!!!」
ドタドタと荒々しい足音をさせて、階段をほとんど這うようにして彼女が戻ってきた。
がっしと服を掴んで早口でまくしたてる。
「ねぇやっぱり今のなし!今のなし!一人じゃやっぱり無理!!!無理だって絶対!!!!!」
「う…うんわかった。わーかったから!」
673 名前: オバケ屋敷 [sage] 投稿日: 2008/03/15(土) 16:03:32 ID:OxNGgt0b
小一時間後。

「あー!やっと出て来たぁ!」
やや甲高い声がオバケ屋敷を出たオレ達を迎える。ウェーブヘアの女の子と見覚えのある野郎が近づいてきた。
「…置いてかないでよー…」
彼女がウェーブヘアに言う。
「ごめんね、ごめんね。気がついたら一人になっててリタイアしちゃったの。約束ちゃんと守るから!ごめんね~」
「やいコラちょっと来い…」
ダチの首をひっつかんで引きずっていく。
「お前リタイアしたわけ…?」
「スマン…。お前とはぐれてすぐに。テヘ」
「上等だコノヤロウ昼飯よこせ…」
「それなんだが…、別の時でいいかな?」
「あにぃ?」
「いや、待ってる間にその…」
ちらとウェーブヘアを見やる。
「…ちょっと。テヘ」
もう、怒る気すら出ない。
「…好きにしてくれ…」
「ありがとう!やっほう!」
いそいそとウェーブヘアに駆け寄るダチを見てたらものすごく疲れてきた。もう帰っちまおうかな…。
誰かにくいと腕を引っ張られた。そのままオバケ屋敷と反対方向にどんどん引っ張っていく。
674 名前: オバケ屋敷 [sage] 投稿日: 2008/03/15(土) 16:04:04 ID:OxNGgt0b
「あーー疲れておなかすいた…。なんか食べようよ、家賃浮いたしー…」
彼女だった。
「あ、あれっ?友達は?」
「なんかねー待ってる間に声かけられたおにーさんと二人でごはん食べるってー」
振り返って見ると、ダチとウェーブヘアが楽しそうに話している。
「…あのナンパ野郎…」
「だからさーこっちはこっちで楽しもーよ。一人じゃつまんないし」
「…そうだね」
「ふふっ、それじゃあさ…」
初めて心から楽しそうに笑うと、彼女は立ち止まって引っ張っていた腕を離し、すっと手を突き出した。
「ちゃんと手繋いで」
「…うん」
女の子と手を繋ぐのは、実は初めてだ。
「どこで食べよっか」
「…近いとこがいいなぁ、疲れたから」
「あはは」
並んで歩くのも、実はこれが初めてだ。
…こういうことがあるなら、オバケ屋敷も嫌じゃないかも…。


「…先輩」
「なんだ」
「オレ……オバケ役のバイトなんて罰当たりだと思ってたけど…」
「けど何だ」
「こういうことするなら、ちょっといいかもしれないッス」
「だろ。オレ達はな、ただれた顔のキューピッドなのさ」
「………………………………」

終わり。

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最終更新:2008年07月20日 20:05