438 名前: enchart×ancient ◆yKZvp5gS1A [sage] 投稿日: 2007/11/14(水) 02:40:52 ID:R0yBDR1d
寝ている。熊が寝ている。そいつ以外に他の熊は見当たらず、その熊の手前に緑色…何ていうかエメラルドみたいに透き通った石がある。おそらくあれが翡翠だろう。
「おい」
 俺は、後ろにいるシルフィに向かって呼び掛けた。
「な、何?いた?」
「寝てるよ」
「え!?ホント!?」
凄い嬉しそうな顔だな、おい。
「じゃあ、取り返してくるからな。騒ぐなよ」
「うん!」
シルフィの嬉々とした返事を聞き、翡翠を取りに向かう。一応念には念を入れて、抜き足差し足忍び足、と…。
翡翠が落ちている前まで来た。熊に気付かれていないか確認するが、相変わらず頭をうつ伏せにして就眠している。
ああ、これがもし起きてたら今頃俺は逃げ惑っているのか?考えただけでゾクゾクする。
そんな想像を尻目に、床にある翡翠に手を伸ばす。そして、静かに熊の前から歩き去る。
 何事もなくて本当によかった。ちょっとあっけなかったけどな。
「ほら、取り返してきたぞ」
曲がり角の向こうで待っていたシルフィに、そう言いながら翡翠を手渡す。
「ありがと♪」
「割と楽だったな」
「これで森が元に戻るわ」 そう言って、自分はさっさと出口に向かっていった。
さっきまでの恐怖は何処に行ったんだか。
「ギャース!!」
ん?後ろから悲鳴のようなものが聞こえたんだが…。
振り返ってみるとそこには、体長2mを優に越えるさっきの大熊が、俺に向かって突進してきていた。
「シルフィ!」
俺は逃げ走りながら、先に行っていたシルフィに向かって叫んだ。
「何?」
「熊が起きた!逃げるぞ!!」
「ホントだ…」
振り向いた顔が青ざめている。シルフィからだと俺より余計に大きく見えるのかもしれん。
すぐにほら穴から出た。動きが俺たちに比べて遅いからなのか、熊とは若干距離が出来ている。
「こっち!」
シルフィが森の中を進みながら叫ぶ。それと同時に、突然左に曲がった。
「逃げ道があるのか!?」
俺も曲がりながら、シルフィに聞く。
「道じゃないけどね♪」
シルフィは得意顔になってそう答えた。
439 名前: enchart×ancient ◆yKZvp5gS1A [sage] 投稿日: 2007/11/14(水) 02:43:32 ID:R0yBDR1d
目の前に熊がいる。ヤバい……はずなのだが。熊はそのまま進んでいってしまった。

あの後、少し走ってシルフィが、
「ここなら大丈夫。もう走らなくていいよ」
「は!?」
何故に?
「この辺り一帯が私の住処で、周りに結界が張ってあるの。だからもう大丈夫よ」
それは熊に気付かれないって事か?
「簡単に言えばそういう事。試しに熊が通り過ぎていくのを見てみれば?」

それから一分ほど経ったのが冒頭ってわけだ。大岩といい大熊といい、俺は何かに追われる運命なのか?
俺が自分の不幸について考えにふけっていると、
「それじゃあ、キツネのところに案内してあげる」
「おお、そう言えばそうだったな。んで、何処にいるんだ?」
「この結界の中よ。ついてきて」

シルフィについていく事数分(割と結界は広いらしい)、横になっているキツネが見えてきた。あの子ギツネよりも大きい。このキツネが母親で間違いないだろう。
俺はリュックの中から湯葉の入ったビニール袋を取り出し、
「大丈夫ですか?」
心配なので聞いてみると、母ギツネは即座に反応し、
「そ、それは日光印の湯葉!!是非恵んでください!!!」
「あ、ああ。これは貴女のお子さんから戴いたものでして…」
 母ギツネの懇願に、俺は自然と畏まってしまう。
「まあ、あの子から!」
そう言って母ギツネは、俺の手から驚くべきスピードで湯葉を取り、全部一気に食ってしまった。
「んー、やっぱり日光印の湯葉は美味しいわー」
しかも、すっくと4本足で立っている。回復早っ。
「あ、あれは凄い栄養があるみたいで…」
シルフィが説明するが……知らんがな。

「なるほど、そうだったんですか…。迷惑をおかけしまして本当にすみませんでした」
「いえいえ」
母ギツネに事の一部始終を話すと、丁重に謝られてしまい、こちらも畏まってしまう。
「じゃあ、あの子のところに行きましょうか」
「あ、はい……シルフィは翡翠を元の場所に戻しにいくのか?」
「ええ。ここでお別れね」
「淋しいな」
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!別に私は淋しくなんかないんだからねっ!!」
おお、見事なツンデレっぷり。
「ツンデレじゃない!」
「耳まで真っ赤だぜ」
「う、ウソ……?」
 シルフィが自分の耳に手をあて、確かめる素振りをする。
「嘘だよww」
「貴方ねぇ!」
「ゴメンゴメン。そんなに怒るなって。怒ると可愛い顔が台無しだぜ?」
「なっ…」
あーあ、ホントに耳まで真っ赤になっちゃった。てか何言ってんだろな、俺は。
「じゃあな」
若干照れ隠しだが、俺は素直にそう言い、母ギツネと一緒に歩きだす。
「うん、じゃあね」
シルフィが手を振ってくれる。すぐさま俺も振り返した。
「元気でな」
「貴方も」
こうして俺とシルフィは別離した。雨の中にしては清々しい別れだった。
440 名前: enchart×ancient ◆yKZvp5gS1A [sage] 投稿日: 2007/11/14(水) 02:45:01 ID:R0yBDR1d
尚、ここから子ギツネのところまで行くのだが、母ギツネにこの森の事を色々と聞くだけの展開だったので、ここでは割愛させて戴く。


 段々とテテと子ギツネが見えてくる。テテが俺たちに気付いたのか、
『トシ~♪』
 と、大きく手を振りながら俺のもとに駆け寄って、抱きついてきた。
『大丈夫だった?』
 テテが顔を上げ、心配そうに聞いてくる。若干瞳が濡れているように見えるのは雨のせいか?
「ああ。この通り、何ともないさ」
『そう…。よかったぁ…』
 そっと胸を撫で下ろす。
「まあ、危険といえば危険だったんだがな」
『えっ…?そうなの……?』
 テテが再度心配そうな顔付きをする。アホか。何俺は一々不安にさせてんだ。
「ゴメン。余計な心配かけちゃったな。無事に洞窟を抜けられたらいつか話すよ」
 そう言ってサラサラした髪を撫でてやる。そうしてやると、テテは嬉しそうに身体を寄せてきて、俺を見上げ、何かをねだるように顔を突き出してくる。俺はその表情にクラクラした。
 瞼が閉じられる。俺は愛しいその相手に口づけしようと…
「母ちゃん!!」
 思わずバッと離れてしまった。テテも、と胸を衝かれている。
 母ギツネがすまなそうにこちらを一瞥して、
「ごめんね、心配かけて」
 と、子ギツネに駆け寄った。
「ありがとな!」
 子ギツネが俺を見上げていう。俺は複雑な気持ちでそれを受け取った。
「本当にありがとうございましたこれはせめてものお礼です」
 母ギツネがあの湯葉を渡してくる。俺はそれを受け取り、
「いえいえ、無事でよかったです
「あ……晴れてきましたよ」
『あ、虹』
 テテの言葉に空を見上げる。雲の間から虹が出ているという、その事実を確認するや否や……


 俺とテテは水晶の前にいた。

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  • 作者に無断で保守しています。
 作者の方、ご不満があれば削除等お願いします -- 名無し (2008-07-20 19:03:54)

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最終更新:2008年07月20日 19:06