377 :手術室1:2007/11/03(土) 04:20:58 ID:sbdibNqV


白い光がわたしの目蓋をこじ開け、敵意をもって侵入する。
それはやがて頭にまで達し、痛みを伴いながら次々に弾ける
わたしは不快感にうめきながら一つ息を吐く。
ついで鼻から同じく何かが侵入し、脳を揺さぶる。
「うぅ~~~~ん‥‥‥‥‥‥ぅうあ」
わたしは頭を攻撃し続ける刺激を追い出そうと、首を振り払うが、
途端に後悔と供に刺激が倍増する。
ズキズキと、光と匂いが頭痛という具体的な形となってわたしを攻める。

  何?

少しの不安とそれ以上の不快感。
風とまでも言えない微かな空気の流れが、わたしの身体を反射的にブルッと震わせる。
光に眩みまだはっきりと見えない目で一所懸命に、今自分の置かれた状況を理解
しようとする。

  まぶしい
  くさい(‥‥‥薬品の匂い?)
  なにも聞こえない
  寒い

そして、

 体が動かない

わたしは大きな椅子に座っているようだった。
両手首を肘掛の様な物に縛られて。

涙に滲む目を擦ることもできず、頭痛に揺れる頭を押さえることもできず、
苦痛がいつまでも自分を苦しめる
一通り体を揺すって現状を打破しようとするも、ただただ頭痛を増大させただけだった。
わたしは動けない。

もう一度目をつぶり、深呼吸して体と気持ちを落ち着ける。
匂いに慣れてくるとともに、頭痛も少しだけ治まる

  わたしになにがおこったのか



378 :手術室1:2007/11/03(土) 04:25:07 ID:sbdibNqV


フッとひとつ大きく息を吐くともう一度目を開けた。
今度は、視界ははっきりとしていた。何もかもが見えた。
でも、今自分のいる所がどういう場所なのかは確認できなかった。
自分がどういう状態なのかも。
なぜならわたしの目の焦点はある一箇所に固定されて外すことができなかったからだ。

そこには女がいた。

白衣を着た美しい女が脚を組んで座っており、眼鏡を通して興味深げにこちらを眺めていた。

束の間わたしを苦しめていた頭痛が吹き飛び、同じく思考が吹き飛ぶ。


  「あら、目が覚めた?」

低くも高くもない、よく通った滑らかな声で彼女は言った。
とても優しげな声で。

そう、わたしは目が覚めた。
この明るく薬品の匂い漂う白い部屋で。
身体を椅子に縛られたまま。
美しい女に観察されながら。

多大な努力を要し、女から目を離すと部屋をみわたす。
白いタイルに白い壁、緑のモルタルの床、飾りの一切ない蛍光灯の照明。
ガラスとステンレスでできたシンプルな棚。
何らかの医療機関の建物の一室だということはわかる。
薬品の匂いとあいまって自然のものは何も感じられなかった。
しかし同時に人の温かみも一切ない無機質な部屋。
右奥に見える両開きのスチール製のドアの取手は太い針金で硬く結ばれていた。
密室にわたしと白衣の女が一人。
 

二人きり
 





379 :手術室1:2007/11/03(土) 04:26:29 ID:sbdibNqV


  「大丈夫よ、落ち着いて」

ふと、思った。
わたしは一番大事なことを忘れている。一番大事なものを見ていない。
この部屋のことよりも、目の前の女よりも何よりも大事なこと。


 "わたし"だ。


そして、わたしは首を傾けてわたしをみる。
何も見えない。
わたしの身体には部屋と同じような無機質で白いシーツが掛かっていた。
ただその下が全裸だと言うことはわかる。
そして初めは椅子だと思っていたが、手術台のような物の上に乗っているようだ。

わたしはこのような状態になった時に、人が言うであろう最もありふれた、
そして面白味のないセリフを発していた。

 

  「ここはどこ?わたしは誰?」





わたしには記憶が何もなかった。




380 :手術室1:2007/11/03(土) 04:28:56 ID:sbdibNqV


自分の名前も分からない。
なぜ裸で手術台の上に縛られているのか。
この目の前にいる女は誰なのか。


  「まあ」


その女はわたしの言葉に少しだけ驚いたようだった。
その驚きの表情も美しい。
そもそも、わたしにはなぜ記憶がないのか。


  「ごめんなさいね、ちょっと強く殴りすぎたみたい」


即座にわたしの記憶がない理由は分かってしまった。
じゃあ、


  「あなたは誰なの?」

  「う~ん、それはちょっと難しい質問ね」


少しだけ面白がるように半笑いで彼女は応える。
ただ、その笑顔はあまりにも美しく整いすぎていて、あまり温かみがなかった。この部屋と同じ様に。

その態度に少し苛立ちを感じる。
が、まだ不安や恐怖のほうが大きい。


  「お願いだからおしえて、わたしはだれで、ここはどこなの?
   なんであなたはわたしを‥‥‥‥‥‥殴ったの?」



381 :手術室1:2007/11/03(土) 04:30:33 ID:sbdibNqV


その女をじっと観察する。わたしがされているのと同じ様に。
どうやら来ている白衣は医者用のではなく、科学者が私服の上に羽織るもののようだ。
その下には白いブラウスと膝上のグレーのスカートとこれ以上ないくらいにシンプルな格好。
明るい金髪を束ねて無造作に結び、度の薄い眼鏡の向こうにはブルーの瞳。
化粧はしていないみたいで、それ故に彼女の素の美しさを余計に引き立てている。

恐ろしいぐらいに。


  「ふふ、あなたらしくもない、なにをそんなに不安げな顔しているの?」


今度は苛立ちが不安や恐怖よりも大きくなる。


  「いいから教えて、わたしは誰で、ここはどこ!?
   あなたはだれなの!?」


彼女曰く、あまりわたしらしくない不安げな態度で質問をとばす。


  「本当に全部忘れちゃったのね」

  「あえて名前というものがあるのだとすれば、わたしはメイ。
   そしてあなたはジュン」


彼女の表情が消える。


  「あなたは"スペア"だった。そして"マスター"に選ばれた」

  「?」



382 :手術室1:2007/11/03(土) 04:31:53 ID:sbdibNqV


何のことかはわからない。

それで全てが説明できるかのように、彼女、メイは沈黙する。
相変わらずわたし、ジュンをブルーの瞳で見つめながら。

慎重に言葉を選び、核心とも思える質問を静かに呟く。
わたしも彼女を見つめながら。


  「あなたはわたしに何をしようとしているの?」


彼女の表情が少しだけ崩れた。
心なしか完璧だった美しさが失われたような、しかしそれでいて先程よりも生気に溢れている。

  
  これは‥‥‥‥‥笑顔?


笑顔ならば、なぜわたしは怖いと思っているのだろう。


  「さあ‥‥‥‥なにをしようかしら」


わたしはあきらめてしまった両手の拘束から逃れようと、無意識にもう一度引っ張ってみる。

メイはどこか艶かしく両脚を組みかえる。
靴下もストッキングも履いてない、必要のない、なめらかで綺麗な両脚を。


  「あなたは誰なの?」


わたしは本当にその答えを知りたいのだろうか。
ただ、記憶喪失で、素っ裸で、縛られて、閉じ込められたわたしには何もなかった。
いま手にすることの出来るものは目の前の女から望むしかなかった。



383 :手術室1:2007/11/03(土) 04:33:07 ID:sbdibNqV


メイはわたしから眼を離さないまま、手を頭に持っていくと髪留めを外した。
2、3度首を振ると豊かな金髪が、結んだクセもなくふわりと広がる。
眼鏡を外す。
やはりわたしから眼をそらさぬまま。ブルーの瞳で。
無造作に髪留めと眼鏡を床に落とす。
ふっと微かに笑むと、それを顔に貼り付けたまま静かに立ち上がる。

わたしは、身体の自由がきいたならばきっと後ずさりしていただろう
一見完璧な彼女の表情にはそうさせる何かがあった。

白衣を脱ぎながら立ち上がる。
こんな状況じゃなかったらきっとわたしも見惚れてしまいそうな見事なスタイルを晒しながら。

ふと、思い出したかのように手を腰の後ろに回すと黒光りする何かを取り出した。
デザートイーグル。
装弾数8発、シングルアクション、破壊力重視の大型自動拳銃。

 
  なぜそんなこと、わたしは知っている?


それをゴトリと今まで座っていた椅子におく。
そして振り返るとなにかを決心したかのように一歩一歩私に近づく。
どこか熱に浮かされたように口で息をしながら。
わたしがなぜ身の危険を感じていたかを理解した。



彼女は静かに興奮し、欲情していた。
わたしを見ながら。


384 :手術室1:2007/11/03(土) 04:34:36 ID:sbdibNqV


もちろんそれを知った所でわたしにはどうする事も出来ない。


  「ひゃっ」


おもむろに身体を覆っていたシーツを剥がされ、小さな悲鳴もれる。
シーツの下の自分の裸が直に空気に触れ、鳥肌と供に縮こまってしまう。

わたしは女だった。
始めてみる自分の裸体はとても綺麗だった。
小ぶりながら形の良い胸に、それに似合った薄い色の小さな突起、くびれた腰、ごくごく軽く生えた恥毛、
必死に閉じようと震えているスラリとした両脚。



  「ふふ、相変わらずキレーな身体ね。
   うらやましいものだわ」


メイはやっと顔から目線を離すと、今度は足先からじっくりと舐め回すように視線を這わせる。
舌なめずりをしたように見えたのは気のせいか。




385 :手術室1:2007/11/03(土) 04:36:07 ID:sbdibNqV


わたしは突然に激しい悪寒を感じた。
目の前の女から感じる直接的な嫌悪感なんかではなく、
そんな小さなものではなく、
この部屋全体、この世界全体から向けられているような巨大な悪意。
背中から巨大な手で握り締められているような。
世界が揺れる。
ここしか知らない世界
およそ7メートル四方の小さな世界。
光が、闇が病室の壁や床でゆらゆらと波打つ。


  わたしを狙っているのはこの女だけじゃないの?

  助けて。

  わたしは逃げたい。
  どこへ?
  ここしか知らないのに。
  何も知らないのに。
  わたしは裸。
  閉じられた密室に、わたしの身体に欲情する女と二人だけ。
  そしてそれ以上に危険で大きな何か。
  何が始まる?
  そしてそれはいつ終る?
 

  ここはどこ?


  わたしはだれ?





386 :手術室1:2007/11/03(土) 04:38:12 ID:sbdibNqV


ドン、と突然の耳元の音と衝撃にビクッと身体が弾け、我に帰る。
メイが右手をわたしの頭のすぐそばについた音だった。
いつの間にかブラウスのボタンが全て外れ、黒いブラと形のよいむねが見えている
さらに至近距離でもう一度わたしを視線で舐めまわすと、ゆっくりと見上げる。
顔を近づけてくる。
頬を微かに上気させ、今ではその荒い息使いが直接肌で感じ取れる。

腰をくねらせながら、それでも直接には手を触れずに、わたしと身体を密着させ至近距離で
目線の高さが合う。


  「あなたがだれか、
  そして、わたしがだれか知りたいって言ったわよね」


さっきまでの落ち着いたなめらかな声とは違い、喘ぎまじりに言う。
彼女の熱い息が顔にかかる。
気がつかなかったが、メイは左手に鏡を持っていた。
飾りも装飾もない実用性のみ、やはりシンプルなもの。



387 :手術室1:2007/11/03(土) 04:40:24 ID:sbdibNqV


  「さあ、自分で確かめなさい」


二人の顔の間にその鏡をかざす。
もちろん鏡は十分にその役目を果たした。
わたしの顔をはっきりと鮮明に写した。


  「?」


わたしは目が覚めてから初めて自分の顔をみた。

しかし、数秒間そのことを理解することができなかった。


  
  なぜなら、わたしの顔は、目の前にいる女、メイの顔と、まったく 同じ だったからだ。



もう一度思う。


  ここはどこ?

  わたしはだれ?

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最終更新:2007年11月26日 13:52