9 :名無しさん@ピンキー:2007/08/25(土) 17:22:30 ID:rcdDHl74
即死回避用の適当


「ダメだ、やっぱり機体は動かないし、通信機も反応なし。」
「ふん!当然だ、あの高度から墜落して、機体が無事であるはずがない。」
「…………ハッキリ言うね。」
「だいたい貴様は、なぜ敵である私を殺さなかった、それに拘束するでもなく、武器も奪わん、あまつさえ怪我の手当てまでして。」
「まぁ、あんたとは何度も戦ったけど、別に恨みはないし、目の前で怪我をしている女性を助けるのは当然だろ?」
「…………軍人失格だな。」
「うーんそうかもね、でも俺、民間からの補充要員だから。」
「待て!ではお前は正規の訓練を受けていないのに、エース級の機体に乗っていたのか!?」
「乗るはずだった人に頼まれてね、それから他に乗り手がいないから俺が使ってるだけだよ。」
「……信じられん、そんな奴に私は苦戦していたのか!」
「………………」
「?、なんだ、私の顔など覗き込んで。」
「……キレイだな、って思ってな。」
「ッ!な、なにを考えている!わ、私は敵だぞ!!」
「敵でも味方でも、君がキレイなのは関係ないよ。」
「~~~~!!、も、もうお前など知らん!!」
「やれやれ。」
「………………ありがとう…」
「ん?なんか言ったか?」
「べ、別に私は何も言っておらん!」
「そんなにムキにならなくても……」
「た、ただの空耳だろう。」
「……ま、そういう事にしておきますか、それより…」
「な、なんだ…」
「この地方は日が暮れると、一気に気温が下がるんだが…」
「その通りだが…だから、なんだ。」
「寒さを防ぐ毛布は一枚、人は二人……どうする?」
「ッ!」
「やっぱり、二人でくるまる?」
「……お、お前を殺して、私が使う……とは考えなかったのか…」
「あー…それは盲点だったな…………で、俺を殺す?」
「………………お前の案でいく。」
「…やっぱり君は優しいんだね。」
「ち、違う!体温を保つなら……ひ、一人より、二人のほうが、効率が、良いから……そ、それだけだ!!」
「それじゃ、日も暮れてきたし……ヨッと。」
「キャッ!」
「キャッ?」
「う、うるさい!ちょっと驚いただけだ!」
「かわいいところもあるんだ。」
「~~~~!!」
「ゴメンゴメン、からかいすぎたよ、だからそっぽ向かないで。」
「………………」
「ほっ…」


10 :名無しさん@ピンキー:2007/08/25(土) 17:23:47 ID:rcdDHl74
「…………」
「…………」
「……なぁ…」
「な、なんだ…」
「俺って、家族以外で女の人と夜を一緒に過ごすの初めてなんだ…」
「…………私だってそうだ…」
「…………」
「…………」
「…それで、その…」
「な、なんだ…」
「…ゴメン!」
「キャッ!」
「……俺……我慢できそうにない…」
「……………………いいぞ…」
「え…?」
「寒い……から……身体を……暖めるためだ…」
「それって……いいってこ…」
「聞き返すな!!」
「…………」
「…………」
「……」
「……ン……ア……」


「ううん、あれ……俺……ここは…」
「……すぅー……すぅー」
「うわぁっ!」
「……ん、なに…」
「あ、そっか……昨日…………卒業したんだっけ…」
「…………?」
「お、おはよう…」
「………………!、~~~~~~!!」
「あ、えっと、その…」
「……………おはよう。」
「あ、うん…」
「…………」
「…………」
「………………あ、あの…」
「!」
「!」
「今のは…」
「お互い、迎えが来たみたいだな。」
「…………」
「俺はこっち、君はあっちか…」
「…………」
「……俺達、敵同士なんだよな…」
「…………」
「……じゃあな。」
「…………ま、待ちなさい!」
「え?」
「あなたは死んじゃダメ!」
「…………」
「……あ、あなたの命は……私が貰うんだから!」
「…………わかった、でも、その前に俺が貰う!」
「…楽しみにしてるわ。」
「…俺もだ。」
「……じゃあね。」
「……ああ」







以上、原作(元ネタ)
以下、A/B本編




 機体番号52-8590の33式21号ハ戦闘攻撃機「剛雷」がアフタ・バーナを焚いてバレル・ロールにて回避機動をとる。同機の6時方向に位置する、機体シリアルFT8-71のJ-25G「ソーコル」戦闘攻撃機が機銃掃射。命中せず。追跡者もアフタ・バーナを焚いている。
 52-8590のパイロット、東遼介空軍即応予備中尉――コールサイン「レインボウ3」、TACネイム「オーリエント」――は瞬時にスロットル・レヴァを引き、減速。同時にエア・ブレイキを展開。体に6Gの負荷。FT8-71、オーヴァ・シュート。
 ヘルメットに備え付けられているヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)に、FT8-71を囲むように正方形、ターゲット・ボックスが表示される。それはすぐに、新たな表示に変化。ロック・オン。現在選択されている兵装は27式短距離空対空誘導弾。
 同様に表示されている円形のガン・レティクル内にターゲット・ボックスが入る。ガン・クロスが敵機に重なり合う。アズマ中尉はサイドにある操縦桿のトリガを引く。同時にコール。
「レインボウ3、ライフル。――」
 毎分1000発、つまり毎秒約17発が敵機に突き刺さる。敵機、左エンジン発火。1秒満たず爆発。
 敵機からのベイルアウトは確認出来なかった。敵機が錐揉みで墜落し、空中分解するのを確認する。
「――スプラッシュ1」
 この間約10秒。
 アズマはレーダを見て周辺に敵機が居ないか再度警戒する。下方を0時から6時に4機通過。IFF作動。敵機。JQ-15C「プリヴィデニエ」戦闘攻撃機2、Q-10B「ブーリャ」攻撃機2。
 スプリットSにて追跡。一瞬ブラック・アウト。僚機が1機追随。
『アズマ! 俺が「幽霊」のエレメントを殺る。お前は「嵐」を殺れ』
 追随している僚機、レインボウ4、「ブーメラン」、浪川進太郎空軍中尉がアズマ機に追い付いて言う。
「ウィルコ」
 アズマ機、アフタ・バーナ点火4秒。「嵐」に近付く。兵装は先刻と同様、27式短距離空対空誘導弾。ロック・オン。バンディット・イン・ガン・レンジ。
「レインボウ3、ライフル」
 コールと同時に銃撃。右側の敵機に命中。両エンジン発火、爆発。パイロットは脱出。
「フォックス2」
 回避行動をとろうとしていた左側の敵機にミサイルを撃つ。5秒後に命中。爆発四散。
「レインボウ3、スプラッシュ2」
『スプラッシュ2! やったぜ!』喜びに満ちたコール。ナミカワ中尉も敵機を片付けたようだった。
 アズマは再びレーダに目をやる。敵機の表示は映っていない。光学探査。探査可能な範囲に敵機は無し。
『当該空域の敵機全滅を確認。レインボウ隊、帰還を許可する』
 AWACSからの通信。現空域からの離脱の許可が下りる。
『ラージャ。レインボウ隊、RTB』
 燃料は基地まで保つ。彼らは現空域に来たときのように編隊を組み、復路を南へと飛び去っていった。

 東山道陸奥県、三沢。ここがこの国の、防衛の要だ。
 8年前、ひとつの国が滅び、ひとつの国が生まれた。その新生国家は次々に大陸の国々を滅ぼし併合し、ついに2年前、この国へと侵攻を開始した。
 北から攻めてきた彼らは、まず北海道の樺太を占領した。当時、樺太にはその新生国家との国境があった。次に千島、次に北見、次は天塩と、彼らは怒涛の勢いで南下していく。
 この国の軍隊は、奮戦した。しかし、石狩県札幌にある北海道方面司令部への核攻撃により総崩れとなり、結局北海道はその全土を、1年余りかけて占領されてしまったのだ。
 現在、津軽海峡の南北で、両国はにらみ合っている。

 今回の戦闘は「こちら側」、下北半島の上空で起こった。
 このあたりはたびたび、あの国の航空機が飛んでくる。数度に渡り、爆撃機の編隊がADIZ(防空識別圏)内に侵入し、基地や都市を爆撃していった。そのたびに、彼らが駆り出されるのだ。
 空軍第3防空団航空群第8飛行隊、通称「レインボウ隊」。それが、彼らの家である。

  *  *  *

 空中給油を終えた機体シリアルMM14-92のJ-27A「ジュラーヴリ」戦闘機が、給油機HY-9から離れる。それを確認し、HY-9は上空へと移動、反転して基地に帰っていった。
 オリガ・ニコライエヴナ・ザパドノポリェワ空軍大尉の異動先は、現在この国による占領状態にあるホッカイドーと呼ばれる地域の、チトセ飛行場だ。そこには、この国のエース・パイロット達が集まり始めているという。
 彼女は明日から、第11航空軍第67防空軍団第3戦闘機連隊第5戦闘飛行隊3番機、コールサイン「スピルト3」という身分になる。最前線への異動だ。だがそれは、彼女自身が認められているという事である。その事が、彼女にとって名誉であった。
 彼女は愛機である最新鋭のJ-27Aを従え、東へと向かっていった。後ろには、同機によって構成されている編隊が居る。
  *  *  *

 10月に入った。
 敵による防空識別圏(ADIZ)への侵入は9月上旬からその回数を増し、基地や施設、都市が爆撃されていった。
 爆撃機の編隊は、必ず護衛の戦闘機を連れているが、それらによって要撃機が次々と落とされていった。
 爆撃機についてくる戦闘機は、J-27A「ジュラーヴリ」が6機。上面が蒼く、下面が灰色に塗装されている。
 その飛行隊は、驚くべき機動で要撃機を翻弄した挙げ句、正確な射撃で狩る。その姿は愛称の訳語、「鶴」とは似ても似つかない、まるで「猛禽」だ。
 このまま敵からのダメージが蓄積していくと、津軽海峡以南の制圧も時間の問題になってしまう。
 そこで、今ブリーフィングが行われている。
 いつものブリーフィングとは違い、今回は大会議室で行われている。そしていつもは数名で行うのに対し、今回は30名ほどが参加していた。
 それもその筈、今回の作戦は、北海道の奪還を目的としている。
 ここに集まったのは、全てが制空戦闘機のパイロットである。敵航空戦力を相手にする、対地・対艦攻撃はお門違いの人材だ。
 国土が侵され、その領域が敵に占領されたのはこの国の歴史において、2年前にあの国が侵攻してきた戦争のみである。なればこそ、この国土奪還作戦は完遂させなければならない。
 ブリーフィング参加者には、北海道の出身者が多かった。
 東遼介空軍即応予備中尉は、この戦争が始まるまでは陸奥県内の大学で軍事学の助教授をやっていた。その大学の学生は、北海道出身者の割合が多い。
 彼本人は塩釜市の出身なので、北海道への直接的な思い入れは無い。しかし――
 国土の奪還は、奪還する側にとって圧倒的に不利である。
 というのも、占領している側はその土地から攻撃の矛先を様々に向ける事が出来るし、いざとなればその土地に居る人民を人質に取る事だって可能なのだ。
 そんな作戦を、今からこの国は行う。「楓作戦」。そう名付けられた。

 空軍第3防空団航空群第8飛行隊、通称「レインボウ隊」は、道南の敵航空部隊を無力化する事を、他の航空隊と同様に任命された。危険な任務だ。真っ先に会敵するのだから。
 アズマ中尉らレインボウ隊は1ヶ月ほど前、新しい機体を受領した。
 40式22号イ戦闘機「蓬風」。対地攻撃能力は無いが、その分空戦に集中出来る戦闘機だ。ステルス性よりも機動性を重視した形状で、現時点ではこの機動性を凌ぐ機体は存在しないとされている。
 先に上がった36式4号ロ電子戦機「嵐霧」、33式21号ハ戦闘攻撃機、31式2号警戒管制機(AWACS)「星雲」に続き、彼らは上がる。
 滑走路手前で待機している40式戦は、その胴部のウェポン・ベイに27式短距離空対空誘導弾を左右2本ずつ4本、30式中距離空対空誘導弾を4本装備している。また、翼下のパイロンには27式が2本、30式が2本装備され、計12本のミサイルを搭載している。
 それに加え、小型予備燃料タンクも左右にひとつずつ装着している。
『レインボウ隊、離陸を許可する。風は方位220から10ノット』
 管制塔からの連絡。彼らは滑走路手前で一列に並んで、正確には少しずつ交互にずれながら、滑走路に進入した。
 航空機の操縦は、点検に次ぐ点検である。彼らは滑走路上で、滑走路の点検、エンジンを大出力にしたときの点検、電子機器の点検、油圧系統の最終的な点検などをこなす。動翼が動く。
 キャノピに雨粒が付き始める。この雨粒も、巡航速度になれば風圧で全て飛んでいってしまうだろう。
『雨が降り始めた。迅速な離陸を請う』
『了解。レインボウ隊、離陸する』
 1番機と2番機がギア(車輪)のブレイキを外して動き出す。最初はアイドル状態で3、4番機から離れ、少し自走したらアフタ・バーナ点火、心持ち長く滑走し、離陸する。
 3、4番機は1、2番機が過ぎるまで、その排気で大きく揺れる。今その揺れがなくなった。滑走路上を陽炎が揺らめく。
 アズマは右を見る。隣にはレインボウ4、浪川進太郎空軍中尉が繰る同型機だ。アズマは一度管制塔を見る。そして敬礼し、今度は僚機を見て頷く。これが合図だ。
 アイドル状態の位置にあるスロットル・レヴァを前に押す。アフタ・バーナ点火。滑走を開始する。右にレインボウ4が併走。
「V1」アズマはそう呟く。
 決心速度、つまりこれを過ぎれば、あとはエンジンが不調でも飛ぶしかない。幸い、エンジンに異常は発生しなかった。改めて整備員に感謝する。
 練習機に乗っていた時分、あらゆる事を、声を出して確認せよという教官の教えを反芻する。即応予備役になってから、そうする事が常だった。
「VR」
 操縦桿を軽く引き、カナード翼が動く。景色が空だけになる。ノーズ・ギア(前輪)はすぐに上がり、メイン・ギア(後輪)も地面を離れる。同時にナミカワ機も機首が上がる。
「V2」
 燃料節約のためアフタ・バーナを切る。それ無しでも安定した上昇が出来る速度だし、スーパ・クルーズ性能が備わっているためこのままでも音速が出る。
 ギア・アップ。完全に、彼は空の人になった。
 ピッチ角を50度にして上昇、雲の上に出る。1番機と2番機が旋回中。スムースに合流し、北を目指す。

 後方、奥羽山脈上空で旋回飛行するAWACS、コールサイン「オライオン」が戦闘空域までの航路をレーダ上に転送する。それに従い、彼らは飛ぶ。
『オライオンよりレインボウ、君たちはこのまま、上がってきた敵機を叩け。現在スコール隊が敵航空基地及びレーダ・サイトを無力化中だ』
『敵機は確認出来るか?』レインボウ1が問う。
『千歳と奥尻から戦闘機が上がった。奥尻組はスリート隊が対処している。君たちは千歳組だ。到達まで10分』
『今の時期、海に落ちたら悲惨だな』レインボウ4、ナミカワ中尉が軽口を言う。
 今は秋、紅葉の季節だ。次第に寒くなっていく。温度の低い海水は、体力を急速に奪っていく。しかもこの日は雨だ。気温の低下は著しい。しかし今は雲の上、実感は無い。
「じゃあ、落ちないように飛べよ」アズマはナミカワの言葉にそう声をかける。
『オーケイ、じゃあ、出来るだけ陸の上空で戦おうぜ』
『落ちる事を考えるな、アホ』
 隊長、後藤明人空軍中佐が会話に割り込む。
『お前ら、いくらアクティヴ・ステルス下にあるからって、油断してるなよ。いつ「タイフーン」が落ちるかわからねえんだから』
 現在、「タイフーン隊」の36式電戦「嵐霧」6機によって、敵防空レーダや海上レーダでこの作戦の動向が捕捉されないように電子戦が行われている。そしてそれと平行して敵のデータ・リンクをクラックして虚偽の情報を与えている。
 こうする事によって、実際には存在しているものをモニタ上では存在していないものとして扱わせ、逆に存在しないものをあたかも存在しているように見せる事で、敵の目を欺くのである。
 この欺瞞情報で敵が四苦八苦している間に、敵拠点、例えばレーダ・サイトや滑走路、変電所や通信網などを潰す。
 これがアクティヴ・ステルスだ。
 2年前、この国がこの戦術によって敗れていた。今度はこちらがそれを、しかもより堅牢なシステムで用いるのだ。
 タイフーン隊はその護衛として33式戦攻を、各電子戦機に2機付けている。しかし護衛にも限度はある。今や敵地となった北海道の深くにまで侵入し、無事で居られるはずがないと考えるのは妥当な事である。
 まだ、タイフーンの墜落は報じられていない。
『レーダに機影を確認』ゴトウ中佐の一言で、隊の全員に緊張が走る。『数は12。いや、16。全機、方位010、ヘッドオン』
『航空隊全隊、交戦を許可する』とオライオン。
『スリート隊、エンゲージ』
 奥尻島方面に向かっている手筈のスリート隊の交戦宣言が混線によってヘッドフォンから聞こえる。
 アズマは唾を飲み込んだ。

  *  *  *

 スクランブル。敵の先制攻撃。オリガ・ニコライエヴナ・ザパドノポリェワ空軍大尉はそれを基地内の食堂で聞いた。
 この日、彼女の所属するスピルト隊はスクランブル配置ではなかった。それでもいつでも飛び立てる準備だけはしてある。スクランブル配置の機が飛び立っていく。
 ザパドノポリェワ大尉はロッカ・ルームに即座に移動し、フライト・スーツを着る。つなぎの上に耐Gスーツを装着し、パラシュート、ヘルメットを持って部屋から出、機械類の点検を完了させたらハンガに向かってまっすぐ歩いていく。
 愛機J-27Aジュラーヴリは既にハンガ前のエプロンで雨に濡れていた。交互に並んでいる。周りは整備員たちが雨具を着けつつ忙しい。
 その中のファイルを持ったひとりの男がザパドノポリェワに気付いて彼女を一瞥した。彼女はその男のいる主翼の下に行き、手荷物を地面に置く。
「整備は上々だ。一応故障箇所は見当たらなかった」
「ダー。じゃあ、確認するから」
 男からファイルを受け取り、彼女は時計回りに機体を見て回る。
 「見て回る」と作者は書いたが、正確を期する表現にするなら「異常個所が無いかを隈なくチェックして回る」である。
 兵装はウェポン・ベイにP-12「ストレーラ」長距離ミサイル4本、翼下パイロンにP-17「ドロティーク」中距離ミサイル2本、P-13「ソスーリカ」短距離ミサイルが2本だ。
 チェックが終わり、彼女はファイルを男に返す。そして互いに敬礼しあった後、ザパドノリェワは梯子を上って操縦席の中に納まる。梯子が外される。彼女はキャノピを閉める。
 チェック項目を消化していく。動翼やエア・ブレイキの動作確認もここでなされる。消化しつくした頃には、スクランブルから20分が経過していた。
 整備員が有線インカムのプラグを機体から引き抜く。誘導員が機の前に出て誘導する。
 まもなく、彼女は空の人になる。

  *  *  *

『敵航空機、ミサイル発射』
 AWACSからの警戒通信。
 敵からの攻撃は中距離射程のセミ・アクティヴ・レーダ誘導ミサイルである。母機が目標にレーダ電波を照射し、その反射波を頼りに標的に向かっていく。
『ミストA[アルファ]1、エンゲージ』どこかからのコール。
 ミストA隊は33式21号ニ電子戦機「剛霧」によって他の飛行隊機に混じって飛び、細かい電子戦を行うのが任務である。今はレーダ電波を逆の周波数で打ち消している。
 誘導を失ったミサイルは、ただまっすぐ飛行するだけのものに過ぎない。
『道を空けろ。ミサイル様のお通りだ』
 冗談交じりに、ミサイルの予測航路がAWACSから送られる。そしてそこを、高速でミサイルが通り過ぎる。
 間もなく、短距離赤外線誘導ミサイルの射程範囲になる。アズマがそう考えた瞬間、ゴトウ中佐が宣言する。
『クロッカより全機へ。これより自由戦闘を開始する。だが単独で戦闘はするな。必ず2機1組で敵を狩れ。分かったか?』
『レインボウ2、ラージャ』
「3」
『4』
『よし。じゃ、生きて会おう。タケ、着いて来い。クロッカ、エンゲージ』
 それに続いて編隊機もコール。タケこと石塚健も続ける。
『ウィルコ。タケ、エンゲージ』
 1、2番機が降下する。3、4番機の指揮はアズマに一任された。
「そちらも、生きて会いましょう」
『帰ったら隊長の奢りっすからね』
『俺から2万借りてる分際で何を言う!』
 隊長機が機体を振る。それを見届けてから、彼らは上昇した。

  *  *  *

 チトセから離陸して10分、間も無く会敵する。レーダ上の進行方向には、敵の姿が時折現れては消えていく。
 味方の警戒管制機や電子戦機は既に上がっているはずだが、対電子戦防御(ECCM)が作動していない。オリガ・ニコライエヴナ・ザパドノポリェワ空軍大尉は訝しく思う。
『スピルト1より警戒管制機、対電子戦防御を要請する』
 隊長機も異変に気付いていた。しかし警戒管制機の応答は、それを拒否するものだった。
『敵のクラックにより、こちらのデータ・リンクにコンピュータ・ウィルスが流された。過負荷状態のため、無線による通信しか出来ない』
「役立たずね」ザパドノポリェワは一蹴する。「隊長、データ・リンクの解除を進言します」
『君は黙っていろ』
 隊長、アンドレイ・ユーリイエヴィチ・グレブネフ空軍少佐が嗜める。
『敵を引き付けるだけ引き付ける。機動性ではこちらの方が上だ。それと、今からスピルト隊は警戒管制機とのデータ・リンクを一次的に解除する』
 宣言の後、編隊は高度を下げる。眼下は雲海。天気予報では、下界は雨だ。GPSの反応が無い。位置が分からない。この機のコンピュータにもウィルスが入り込んでいる。
『火器管制システムは無事だな。ストレーラを発射する。誘導は発射8秒後に設定』
「設定完了」他の編隊機も同様に返す。
『発射準備。発射後は分散しエレメントで行動しろ』
 ザパドノポリェワは操縦桿の親指で撃つ兵装を選択する。HMDの表示が変わる。そしてその表示が「П-12 СТРЕЛА ДДР」になったのを確認し、スイッチに親指を添える。
『撃て』
 発射スイッチに添えていた親指に力を入れる。彼女はこの瞬間、いつも思う。このスイッチは軽すぎる、と。

  *  *  *

『第二派攻撃! アクティヴ・レーダ誘導ミサイル! 全機ブレイク!』
 オライオンが叫ぶ。ミサイルがレーダ電波を目標に発し、その反射波によって自身を目標に向かわせるものだ。このような攻撃は、大抵電子戦機に向けられる。
 戦闘機を電子戦機に改造した33式ニ電戦はともかく、電子戦のみを想定した36式電戦にはミサイルを避けるような機動性など望めない。
 それに回避行動をとっている最中は、どうしても電子戦・情報戦どころではなくなる。
『最終誘導開始を確認! 周波数特定! いけます!』そう、混線で現状が聞こえる。
 そんな中で、高高度を飛行中のレインボウ3、4はその進路を変えずに北上する。
『あいつらかね、今のアクティヴ・レーダの連中』ナミカワ中尉からで通信が入る。
 あいつら――件の蒼灰J-27Aの編隊だ。
「そうだろうな。ぶっちゃけ出来る事なら手合わせしたくない相手だ」
『ンな事言っちゃって、あいつらを落としたの、お前が初めてなんだぜ?』
 半月前、レインボウ隊はスクランブルで爆撃機と例のJ-27Aの編隊を相手にした。戦果は、爆撃機6、戦闘機2。その半数、爆撃機2、戦闘機2を、アズマが落としていた。
 また、墜落こそしなかったものの、戦闘機1機の右の垂直尾翼と水平尾翼をもぎ取っていた。
 損害は、2番機と4番機の被弾のみ。2人とも無事だった。
 「蒼灰の飛行隊」にそこまで損害を与えたのは彼らが初めてだし、蒼灰相手にそれだけの損害しか受けなかったのも彼らが初めてだった。
「奴らは息が合ってるからな、下手な機動じゃ落とされる。それにミサイルの機動性に頼るばかりじゃ、あの時の二の舞になるしな」
『へいへい、肝に銘じとくぜ。で、どうする? そろそろ敵の上だけど』
「挟み撃ちしようと思う。このまま敵のいる高度にスプリットS」
『オーケイ。一ノ谷戦術だ』
「逆落としか、面白いな。オーリエント、エンゲージ」
『んだべ? ブーメラン、エンゲージ』
 予備の燃料タンクを切り離す。そして機体を同時に反転、背面飛行でしばらく直進してから、彼らは花火の中に飛び込む。

  *  *  *

 雲の下では、混戦が繰り広げられていた。
 ザパドノポリェワ機の追いかける機が右に旋回する。減速が甘い。
 彼女はそれよりも小さい半径の旋回をする。体にかかる大きなG。眩暈にも似た一瞬を過ぎ、彼女の機体の前を敵機が横切る。
 咄嗟に彼女は操縦桿のトリガを引く。HMDの表示に従えば、機首表示の方向に20ミリメートル口径の弾丸が流れていく。
 一瞬、敵機のパイロットと目が合う。いや、それはザパドノポリェワの錯覚か。しかし、そのパイロットは確実にこちらを見た。
 この時点でマズル・フラッシュを確認しても、もう遅い。両機の距離は100メートルを切っている。1秒未満で弾丸は狙った場所に到達する。そこは、コックピットだ。
 敵機の機首が折れる。破片がエア・インテイクに入り、エンジンが異常燃焼、爆発する。パイロットは既にただの肉塊になっているはずだ。
 彼女はそれを無視し、僚機に合流しようと上昇する。
 雲を抜ける。目の前には太陽。いつの間にかあんなに高い。眩しさに思わず瞬く。そのせいで、4番機が被弾した事に一瞬遅れて気付いた。

  *  *  *

 正面の雲の白を背景に、蒼い機が横切る。あの塗装は、「蒼灰の飛行隊」の機だ! ロック・オン状態になっている。それに気付いたのか、回避行動を始めた。
 アズマはそちらに方向を調整する。背後には太陽。いい条件だ。トリガを引く。
「オーリエント、ライフル」
 レティクル内のガン・クロスが敵機に重なる。一瞬の事だ。
 だが、弾丸は敵機の双垂直尾翼の間、双発のエンジンのどちらかを直撃した。火を噴く。その脇を2機は通り過ぎる。雲の中に入る。
「やったか?」
『うんにゃ、まだっぽい。俺がやる』
 機体を再び上昇させ、雲の上に出る。そして確認する。命中したのは左のエンジンだ。
 ナミカワ機が敵機の背後を取る。アズマはその上で後方を警戒する。こちらに一直線に向かってくる敵機1。
 ナミカワ機が銃撃。敵機の胴部に命中。爆発する。
『ブーメラン、スプラッシュ1! やったぜ、蒼灰!』
「ナミカワ、ブレイク!」
『うおっと!』
 ナミカワ機がロールした後、そこを銃弾が通り過ぎる。次の瞬間には蒼い機も。
「あれは……さっきの奴の僚機か?」
『だとしたらおもしれえ!』
 その蒼灰はエア・ブレイキを開いて旋回、こちらに機首を向ける。同時に、互いにロック・オン。敵機体下で動き。ウェポン・ベイを開いたのだ。そこにあるのは――
「SRAAM[エスラーム]!」
 アズマはすかさずアフタ・バーナ点火。兵装はこちらもSRAAM、つまり短射程空対空ミサイルのはずだ。発射。そして敵機の上を通り抜け、上昇する。ナミカワ機も同様にミサイルを撃つ。
 ミサイル発射のコールをする間もなく、敵からミサイルが来る。現代のSRAAMの機動性は、目を見張るものがある。
 ロック・オンしたのであれば、目標が後方にあっても反転してそれを追尾する。どんな回避機動をとっても、追尾してくる。
「ナミカワ! フレア!」
 SRAAMはその性質上、赤外線誘導である。航空機のエンジン部分や排気、そして機体と大気の摩擦熱から放射される赤外線をシーカで画像として探知し、それに向かっていく。
 いくらミサイルそれ自体の記憶領域に目標の情報があっても、赤外線誘導であれば比較的簡単に欺瞞出来る。フレアはその欺瞞のひとつで、航空機と同様の周波数特性を持ち、強力な熱源を短時間発生させるものだ。
 機体胴部のチャフ・フレア・ディスペンサから長方形のフレアが3つ射出される。瞬時に1000℃にもなったそれらに、ミサイルはおびき寄せられる。
 これで先ほどのミサイルの脅威は少なくとも去った。アズマは機を立て直す。そして後方を見た。
 こちらのミサイルが近接信管によって敵機の間近で爆発したようだ。破片によってダメージを被ったらしい。右主翼から燃料が漏れている。
 彼らはその機を追った。

  *  *  *

 2機の40式戦に追い回されたJ-27Aは、1機の40式戦の機動に翻弄された挙句に機銃弾の被弾によって航行不能になる。
 その愛機は空中分解の後、爆発。ザパドノポリェワはその様子を、ベイルアウト後、パラシュートで降下する最中にはっきりと目に焼き付けた。
 負けたのだ。それも、えらくあっさりと。
 一瞬見えた機体の機首横に書いてある「166」という番号が、頭を過ぎる。その機体は、以前、そう半月ほど前、僚機を2機も落とし、彼女の乗る機体から右の垂直尾翼と水平尾翼をもぎ取った機ではなかったか。
「2度も……2度も負けた……!」
 悔しさでいっぱいになる。パラシュートの紐を握る手に力が入る。それから10秒ほどして、彼女は紅葉の森に消えた。

  *  *  *

 しくじった。
 アズマはそう、歯ぎしりをする。
 ドッグ・ファイトの最中、敵機に接触し左の主翼を半分ほど失ったのだ。燃料が噴き出している。今はスロットルをアフタ・バーナぎりぎりまで押し、直線飛行中だ。
 40式戦は、極めてパワフルなエンジンを2基搭載している。1基当たり約15000キログラムという推力は、今のようにミサイルを数本搭載したままでも推力重量比が1を超える。
 これは揚力を生み出さずに、速度ゼロの状態からエンジン推力のみで垂直上昇が出来るという事だ。
 現在、700ノットで飛行中だ。左主翼を半分失った状態でも安定して飛行出来ている。例えるなら、主翼の必要無いミサイルのような飛び方である。
『おい、アズマ、大丈夫か?』
 平行して飛ぶナミカワ中尉が訊く。
「俺は何とか。でもそろそろ燃料が切れそうだ」
『あとどれくらいもつ?』
「5分もてばいいくらい」
 今、内浦湾の上空だ。そこから三沢まで、150キロメートルほどだろうか。間に合わない。
「隊長と合流してくれ。この戦況なら、このあたりに不時着しても大丈夫だ」
『アホかお前は!』ナミカワは叫ぶ。『お前を置いてけるかよ!』
「俺を護衛して飛んでたら、それこそお前が落とされるだろ。ほら、チェック・シックス(後方警戒)」
 後方に敵機。蒼灰ではない。2機編隊。よく今まで生き残ったものだ。銃撃。アズマ機は右にヨー(垂直尾翼で移動)。次の瞬間、その2機が爆発した。
『左が無いのはアズマか』
 隊長、ゴトウ中佐だ。続いてイシヅカ機。この2機によって先の敵機は落とされたのだ。
「ポジティヴ。敵にぶつけられました」
『まったく、下方注意を怠るなと言ったのに……。まあいい。燃料はどれくらいだ?』
「あと3分ほど」
『じゃあ仕方ない。先に帰ってるぞ。お前はその辺に脱出するなり何なりしてろ。すぐに救助をよこす。メシ奢るから、ちゃんと生きて帰って来い』
「ウィルコ。ありがとうございます」
『ちょっ、隊長!』ナミカワが抗議に叫ぶ。
『おいナミカワ、アズマとうちの上陸部隊を信じてやれ。お前がそんなんじゃ、助かる奴らが助からねえ』
 ナミカワは何も言わない。後藤が続ける。
『俺らは一時三沢で補給を受けてから、もう一度来る。救難信号を発しておけ』
「了解」
 3機編隊が左に遠ざかる。アズマはそれに敬礼をし、海岸線を目指すためヨーで移動する。
 内浦湾の西側に導滞着陸出来そうな場所が無いか探してみたが、結局それは見つからない。燃料切れまで1分を切った。
「受領したばっかだけど……」
 彼は仕方無しに高度を下げる。雲の下は大雨だった。高度100メートル。真正面に乙部山。渡島県と胆振県の県境にある山だ。
 スロットル・レヴァを引き、アイドル状態に。音速から亜音速に移行。500ノット。450ノット。400ノット。
 機体が前後軸に対して時計回りに回転し始める。左右で生み出す揚力が違うのだ。低速度域だと揚力の影響をダイレクトに受ける。
「レインボウ3、エマージェンシ、ベイルアウト」
 コールの後、左手にあるイジェクション・シートの安全装置を解除し、機首を60度上げる。相変わらず回転中。
 背筋を伸ばし、ラダ・ペダルから両足を離し、股の間にあるイジェクション・レヴァを引いた。
 ショルダ・ベルトが締まる。キャノピが火薬で弾け跳ぶ。背骨を縦方向に圧縮するかのような衝撃。座席ごと彼は機外に放出される。歯を食いしばり、12Gに耐える。
 急激な制動に一瞬目が回る。運よくコックピットが上方にきたときに射出されたようだ。姿勢が安定すると彼はパラシュートの紐を引いて、落下地点を調整する。
 風はそんなに強くない。雨に濡れた紅葉が美しい。彼は出来るだけ、広葉樹林のあるあたりを目指す。
 機体が回転しながら放物線を描いて遠ざかるのが見えた。もう噴き出す燃料すらない。
 遠ざかっていった機体は吸い込まれるように山の中腹に墜落し、爆発。遅れてその音が聞こえた。

 *  *  *
 ヘルメットのヴァイザに付着した落葉を取り、そのヴァイザを上げてアズマは起き上がる。
 彼は予想通りの落下地点に降下した事で上機嫌だった。パラシュートが木に引っかかり、想定した降り方をせずに体を強く地面にぶつけてしまった事だけが心残りだったが。
 周辺は腐葉土と落ち葉なので、強くぶつけたといっても痛みはそれほどではなかった。彼はナイフで紐を切り、身軽になる。
 酸素マスクと耐G服を外す。防弾性もありいろいろ道具も入っている救命胴衣は捨てられない。ヘルメットは勿体無いから持ち歩く事にした。
 そしてパラシュートと紐でつながっている先にある保命生存用品が入っている鞄から29式自動拳銃とその予備マガジン2本を取り出した。
 着水したわけではないから、救命浮舟は開いていない。これも切り離して破棄する。救難無線機は既に起動していたが、端子を接続しても音が聞こえない。
 仕方無しに彼は端子を外す。そして鞄の中身を確認し、その中にある蒸留水の入ったボトルを取り出し、開けて飲む。水が染みてきている。体が震える。
「うう寒っ。これ耐水耐寒じゃねえのかよ。まあいい、その辺の民家にでも行ってみよう」
 移動しようとした矢先、発砲音。おもむろに後ろに29式自動拳銃を向ける。そこにはスラヴ系の女性が1人、こちらに拳銃を向けている。フライト・スーツを着ている。
 その女性は、恐らく彼女の国の言葉で何か呟いた後、彼に声をかけた。
「Throw your gun over.」
 武器を捨てろ。彼は確かにそう聞き取った。だが、彼女が持っているのはただの拳銃。その気になれば、自動拳銃を彼女に向けている彼が明らかに有利だ。
「What you do if I won't do it?」
 そうしなかったら?
「貴様を撃つ」
 アズマはため息をつく。足に力を入れ、瞬時に右に転がる。女性は拳銃を発砲。しかし当たらない。今度は彼が発砲。うち2発の4.6ミリメートル口径弾が彼女の左脚を貫通した。
 くぐもった悲鳴を上げ、女性の手から拳銃が滑り落ちる。そして彼女はうずくまる。
「ただの拳銃でこれ相手は、さすがに厳しいと思うぞ」
 アズマは彼女に近付き、落ちた拳銃を拾う。
 マガジン・キャッチを押してマガジンを出し、スライドを引いてチェインバの中の弾薬を排出する。
 そのまま銃本体を保命生存用品の方に投げ、落ちた弾薬を再びマガジンに入れ、そのマガジンをポケットに入れた。
「北海道土産が捕虜か。もっと土産っぽいものが欲しかったぜ。白い恋人とかビールとか」
「……殺せ。捕虜にするくらいならとっとと殺せ!」
「やだ。弾が勿体ない。あくまでもあんたは捕虜だ。まあ、そんなに捕虜になりたくないんだったら、自殺でもすれば? 俺は止めない。ナイフ、持ってるんだろ?」
 女性の言葉をアズマは意に介さない。女性はアズマから目を逸らした。
「自殺する勇気が無いんなら『殺せ』なんて言うな。そういえば、あんた、多分戦闘機のパイロットなんだろうけど、保命生存用品はどうした?」
 女性は黙ったままだ。アズマは彼女の来たと思しき方向を見る。それと思しき鞄が木に立てかけてあった。
「あるじゃん」彼は女性から離れ、箱に近付く。「捕虜として俺についてくるんなら、とりあえずナイフ以外はあんたのものだ」
 彼は箱を開け、その中に入っているサヴァイヴァル・ナイフをポケットに入れる。
「命の保障は、するか?」彼女はおずおずと訊いた。
「勿論。別に敵兵狩りやってるわけじゃないし。じゃあ、とりあえずナイフ出して」
 彼女は地面に、パラシュートと自分を継ぐ紐を切ったであろうナイフを突き立てた。
「交渉成立だな。俺はキョウスケ・アズマ。中尉だ」
「……オリガ・ニコライエヴナ・ザパドノポリェワ大尉」
 名前、正確には階級を聞いた瞬間、アズマは突き立てられたナイフを引き抜く手を止めた。
「階級俺より上かよ。これは、失礼しました」
「いきなり恭しくなるな、疲れる。さっきまでの対応でいい」
「ラージャ、大尉」
 彼らはその手を取り合った。
「あれ? 壊れてんのか?」
「どうした?」
 アズマは自分の救難無線機で連絡を取ろうとしたが、それが動かなかった。ビーコン波は出ているようで、それを確認する発光ダイオードは普通に点滅している。
 ここは胆振県八雲町の小さな神社の本殿だ。周囲に民家は無い。民家跡ならあるが。神社の背後は森だ。雨に濡れたハーネスや上着は床に広げてある。しかし乾く当ては無い。
「通信機が壊れてるっぽい。おばあちゃんの45度スパンキングでも反応無しだ」
「何だそれ? ん、Дерьмо(くそ)! こっちのは電池が液漏れだ。まったく、運が悪いなんてものじゃない」
 ザパドノポリェワも通信機を動かしていたが、それも壊れていた。電池がやられているのでビーコン波すら出せない。
 結局アズマは神社に放置されていた傘を自分の発信機にかぶせてそれを鳥居の下に置いた。
 救難無線機はその位置を周囲に伝えるための発信機の役割と、救助隊との連絡手段という役割を持っている。その内の連絡手段が封じられていた。
「このあたりの住人はみんな避難したみたいだしな、勝手に上がり込んで電話か何かを使うのも気が引ける」
「別にいいだろう。非常事態だ」
「あのなあ、あんたの国とは訳が違うんだ。ここは俺らの国で、住民は殆どがその国民なんだよ。制式に徴発しないと使えないんだ。あーあ、公衆電話くらい無いかな……」
「あっても使えないだろう。まったく発想が貧弱だな」
 通信機を脇にやり、アズマはザパドノポリェワを見る。
「はっきり言うね……」
「……アズマ、と言ったな。お前は私を捕虜にして、どうしようというんだ?」
 思いもよらない質問に、アズマは答えに窮する。
「敵から情報得る、というのは分かる。だが、自分の身の安全とそれとを天秤にかけたら、自身をとるだろう。明らかにお前に敵意を持っている私を確保しておくのは、無駄だ」
「本当にそうかな」
 アズマは反論する。
「少なくとも、俺はあんたを助けて正解だと思うけどな。あんたを捕虜として扱うのは、ただ俺が軍人っつー身分だって理由だけだ。別に恨みとかは無いよ」
 彼女は何も言わない。
「あとは、そう、俺が与えた怪我だし、そこらへんは俺が責任取らなきゃな。そうじゃなくても、目の前に怪我した女性が居れば、敵味方関係無く助けただろうし」
 あの後アズマはザパドノポリェワに応急の手当てをした。その間も敵意の視線は向けられていたのだが、彼はそれをあえて無視して止血をしたのだ。
「軍人失格だな」
「よく言われる。大学でも同じ事言ったら『敵を殺さずに何のための軍人だ』ってな、先生方にも生徒にも。殺したら殺したで『人道』がどうのこうの言うくせに」
 ザパドノポリェワはアズマを見る。
「大学? 生徒? お前は軍人じゃないのか?」
「即応予備役さ。一度軍人辞めて、あんたらが攻めてくるまで大学で軍事学を教えてた。で、俺のゼミの生徒に、北海道の出身の連中が結構居る。あいつら何やってるかな」
 アズマは格子の外を見る。1524時。そろそろ日が傾きかける頃だろうか。
 その様子を、ザパドノポリェワは多少の罪悪感を込めて見た。そして不意に、ある事に気付く。
「……アディーン・シェスティ・シェスティ」
 アズマの左肩。そこに、部隊のエンブレムがある。その下に、「24-8166」と刺繍してある1枚の布が貼り付けられていた。
「うん?」
「お前、機首番号が166の、カナード翼の付いた機体に乗っていなかったか?」
 アズマはその番号を復唱する。確かに、愛機の機首には166という番号が書かれていた。機体番号は24-8166だ。そして機体にはカナード翼が付いていた。
「なんだ、あんた俺の機体番号知ってるのか? これ、尾翼に書いてある番号なんだけど」
「……信じられん……。私を落としたのは、もしかしたらお前かもしれない」
 それは軽い驚きだ。アズマにとっては。ザパドノポリェワにとっては強烈だった。
「あんたは何に乗ってたんだ?」
「382のJ-27Aだ」
 アズマは自身の落とした機の番号まで確認しなかった。だがその機体の名前、J-27Aに反応する。彼が落としたJ-27Aは1機だけだったはずだ。
「もしかして、上が蒼くて下が灰色の塗装の機体じゃないか?」
「……そう、だ」
「マジ? 俺にミサイル撃った?」
「ああ」
「ひと月くらい前、俺に落とされた?」
「落とされてはいない! 右の尾翼を失っただけだ!」
「そうだっけ。いや何とも、凄い偶然だな。ははっ、世間ってのは狭いな」
 アズマは旅行先で友人に会ったときのように喜ぶ。それを見て、ザパドノポリェワは言う。
「お前は本当に軍人らしくない! お前みたいなのがあんないい機体に乗ってるなどとは、空の戦士に対する冒涜としか思えん!」
「ひでえなあ。まあいいか。俺の機体な、あれ、ヨンマルシキ・ニジュウニゴウ・イ・セントウキ、愛称を『ホウフウ』ってんだ。言い換えると『Type 40 F-22A』かな?」
 彼は指でその形を描きながら言う。
「機動性はあんたの『鶴』よりもいいって話だ。まあ、あんたのは『鶴』ってよか『猛禽』だけど」
「『猛禽』はお前の方だ」ぼそりと、彼女は呟くように返す。
 彼は不意に聞こえた言葉に目を向ける。そして微笑み、言った。
「お褒めに預かり光栄です、大尉」
「ああ。……いや、あの、お前じゃなくお前の乗る機体がそうだって事でな……」
 彼女は顔を真っ赤にして手を振る。それにアズマは笑い出す。
「なっ、何がおかしい!」
 ザパドノポリェワは真っ赤なまま激昂する。だが彼は笑ったまま、違うと言い、続けた。
「あんた、俺を軍人っぽくないって言ったけど、あんただってそうだぜ?」
「は?」
「あんた、かわいいよ。顔だってキレイだし、やっぱ美人は表情が豊かじゃないと」
 充分赤かった顔が、更に赤くなる。そして身を乗り出して叫ぶ。
「な、何言ってるんだ! 私は敵だ! 敵に対して……」
「それとこれとは関係無いって。美人は美人」
 反論した体勢で、彼女は彼を睨む。
「怒った顔もかわいいなんて、あんた反則だって」
 彼女は下を向く。そしてアズマに背を向けた。
「もうお前など知らん!」
 アズマはそれに苦笑すると、通信機の修理を始めた。
「……スパスィーバ」
 ザパドノポリェワはふと呟く。
 彼女自身、美人といわれた事は何度もあった。軍人になってからはしかし、そういわれる事も少なく、また彼女自身性別を関係無くして同僚と勤務中の付き合いをしていた。
 好意的に言われる事に対して、いつの間にか抵抗が出来てしまっていた。それを彼女は無性に悲しく思う。
 だが「ありがとう」と言ってから、やはり恥ずかしさがこみ上げてくる。
「何か言ったか?」
「何でも無い!」
「おいおい、何怒ってんだよ」
「何でも無いと言っているだろう!」
「はいはい。……どういたしまして」
 彼女は振り返る。
「……聞こえてたのか?」
「一応な。『スパスィーバ』って、『ありがとう』って意味だろ?」
 彼女は何も言えなくなる。頭を抱え、再び背を向けた。
 雨は止まない。遠雷のような戦闘機の爆音は1時間も前に聞こえなくなり、たまに爆発音が間延びして聞こえてきた。南の方で戦闘が繰り広げられているのだろうか?
 日が暮れてきた事で更に気温が低下する。アズマは出撃の前に見た地上天気図を思い出す。津軽海峡を停滞前線が横切っていた。秋の長雨だ。
 彼はとうに通信機の修理を投げ出していた。どういう衝撃が加わったのか、基盤が真っ二つに割れていたのだ。発信機部分は無事だが、最早ジャンクである。
 ザパドノポリェワの通信機は電池の液漏れが起きており、しかもその液がいろいろな部分に浸透していた。ジャンクにすらならない。
 アズマは壁に寄りかかり、口笛でいろいろな曲を吹いていた。また、ひとつの曲を吹き終わる。
 不意に、肌を摩る音を彼は聞く。彼は、鞄を枕にしているザパドノポリェワを見た。レスキュー・シート、つまり紙のような薄さの熱遮断シートが僅かな光を反射している。
「寒いのか?」
 彼女が彼を見る。レスキュー・シートの隙間から入る風。さぞ寒かろうに。
「お前に心配されるいわれは無い」
「あるよ。あんたは捕虜。俺は人権条約だか戦時人身条約だかで捕虜を丁重に扱う義務があるんだ。あんたが体調を崩してこっちを訴えられても困る」
 当該条約の捕虜条項では、捕虜の待遇を事細かに規定している。条約の批准国はこれに則らなければならない。
「しかし、お前は条約を遵守しているわけではない。私が許可した事だが、お前は私を上官として扱っていないではないか」
 捕虜は軍人である必要がある。軍人にはその指揮系統上階級が存在し、捕虜はそれに則した扱いを受ける権利を有する。
「上官として扱われる権利の一部を、あんたは捨てただろ。そんなあんたに条約の遵守云々について言われたくはないな」
 彼女は言葉を発しない。論では勝てない事が分かったようだった。
「あんたに傷を負わせたのは俺だ。出血だって、まだ完全には止まってないと思う。そのせいで失血死なり凍死なりされたら、俺の夢見が悪すぎる」
 ザパドノポリェワはアズマを見た。真剣な顔で、彼は目を合わせる。
「だから、死ぬな」
 彼女は顔を背けた。
「あれだけ、私の国の航空機を落としておいて、よく言う」
「機上から見る分には、生身じゃないからな。まあ、かなりの人数殺してるってのは自覚してる。だからって、目の前の今会話してる奴が次の瞬間に死ぬのを、俺は耐えられない」
「自分勝手だな」
 その一言に、彼は微笑む。
「そうさ。死なせたくない奴のためなら、俺は出来る事の全てをやるつもりだ。だからさ、俺を頼れ」
 ザパドノポリェワは起き上がり、壁にもたれる。
「では、緊急事態になったらそうしよう。でも私はまだ余裕がある。その状態で『頼れ』といわれても、了承は出来ない。それとも、捕虜の主張は受け入れられないか?」
「とんでもない。オーケイ、折れるよ。あんたの心情を尊重しよう」
 彼はそう言いつつ、鞄を引き寄せる。
「でもとりあえず、これ持っとけ」
 アズマは鞄から救命保温具と書いてある薄い袋を取り出してザパドノポリェワに投げる。
「何だこれは?」
「袋から出して、出てきた袋を揉んでやれば段々あったかくなるものだよ。振ってもいい」
 彼女は言われたとおりにそれを扱う。
「なるほど、確かに熱くなってきたな」
「だろ? 冬場は重宝するんだよな。さて、話もひと段落したし、ここらでメシといかないか? いい時刻だ」
 ザパドノポリェワは「メシ」という言葉に無意識に反応する。先ほどから空腹を訴える音は互いに聞こえていたが、今のは一切大きかった。彼女は硬直したままだ。
「訊くまでもないみたいだな」

 アズマは鞄の中から戦闘糧食の入った袋を取り出す。取り出した袋には「38式救命糧食・6食分」というレーヴェルが張ってある。アズマはそれを持ってザパドノポリェワに歩み寄る。
「隣座るぞ」
「なぜだ」
「あんたとよく話したいから」
「……」目を見開いてザパドノポリェワはアズマを見た。「……理由になってない」そう言って彼女は眉間を寄せる。
「なんだよ。明確な理由だ。向かいの壁だと、暗さと距離であんたの顔が見えにくい」
「別にいいだろう」
「駄目だね。会話は、互いの顔を見ながらやるもんだ。そうじゃないと、互いを理解出来ない」
「しなくていい」
「俺は理解したい。あんたを」
 彼女は顔を逸らす。
「……好きにしろ」
「オーケイ。じゃあ、隣りな」
 言ってアズマはザパドノポリェワの左側に腰掛けた。
「んでさ、これ、俺の国のレーション(戦闘糧食)なんだけど、あんたのは?」
 彼女は渋々と自分の用具入れから箱を取り出した。「В」と大きく書かれている濃緑色の小箱だ。彼らはそれぞれ持ち物を開ける。
 38式救命糧食の袋を開けて最初に出てくるのが、通称「がんばれ紙」というプリントだ。
 「がんばれ! 元気を出せ! 救助は必ずやって来る!」
 この文面で始まるそれを由来として、代々の救命糧食は空軍パイロットの間で「がんばれ食」と呼ばれている。
「そんなのが入っているのか」
 ザパドノポリェワは紙を見て驚いていた。
 「この救命糧食は、特殊環境においても速やかに心身の疲労を回復し、体力の維持をはかるために製造されたもので、糖類・脂肪・たん白質などの各種栄養素が有効に取れるように配合されています」
 「1食分のカロリーは約270カロリーあり、これを食べると熱とエネルギーを与え、直ちに元気百倍となります」
 この表記を、アズマは気に入っていた。見知らぬ土地、やもしたら外国かもしれない土地で自分の母語に触れるという事は、それだけで心が休まる事である。
「しかし、私のには入っていない」
「その代わりなのか知らないけど、パッケージは楽しいな」
 ザパドノポリェワの救命糧食には、その1食分の袋にコミカルな絵が印刷されているレーヴェルが張ってある。どの袋も違う絵だ。
「パイロットの間でも、これらの絵を集めている奴がいると聞いた事がある」
「へえ。でもこれ、被ったら凹むなあ」
 38式救命糧食の内容は、厚手のビスケットだ。「がんばれ紙」には励ましの言葉の他に糧食の内容も書いてある。
 それによると、「穀類を主原料とした加工食品で、糖質と脂肪及びたん白質を含み、ビスケット風な味と香りを持つ高カロリー食品です」との事だ。
 他方ザパドノポリェワの「救命糧食В[ヴェー]」は、クラッカだ。38式救命糧食と同様に栄養分を調整されており、同梱のジャムを付けて食べるのだという。
 彼らは同時に小袋を開ける。そして2人とも一口食べる。
「美味そうだな。半分くれ。半分やるから」
「何だ、いきなり」
「いや、これ口当たりはいいんだけどさ、ビスケットなだけあってやっぱぼそぼそしてるから、さっぱりしたもの食いたくて。や、ジャム分けてくれるだけでもありがたいけどさ」
 彼らは自分の糧食の半分をそれぞれ交換する。交換した38式救命糧食を一口食べ、ザパドノポリェワは言う。
「確かに、これは水分が欲しくなる糧食だな。個人的には塊がひとつだけ、というのが気に食わない」
「同感。ジャム付けてみたら? 以外にいけるかも」
「塩味が強調されそうな気がするが」
「じゃあ俺がやる」
 アズマは彼女の左膝の上にあるジャムの袋を取った。
「……誰が使っていいって言った?」
「じゃあ左膝に乗せるなよ。ご丁寧にこっちに切り口じゃない方を向けてさ」
 彼女はやはりアズマから顔を逸らした。
「ま、断りは入れとくべきだったな。すまん。で、使っていい?」
「……好きにしろ」
「おう。そうする」
 アズマはジャムをビスケットに塗り始める。
「……いや、少し残しておけ」
 唐突な呟きに、彼は笑う。
「な、何だ」彼女は怒ったような顔を向ける。
「いや、あんた、ホント、かわいいな、って」
 アズマはジャムの袋を彼女に差し出す。それをひったくって、彼女は言った。
「じょっ、上官をからかうのもいいかげんにしろ!」
 その時だった。爆発音と衝撃波が社を揺さぶったのは。
「……話する暇なんて無かったな。とっとと食っちまおう」
「ああ。同感だ」
 2人とも、軍人の顔になる。アズマは、いやザパドノポリェワも素早く糧食を完食する。アズマはそこから立ち上がり、出来るだけ足音を立てないようにしながら自らの鞄を持つ。
 そして立てかけていた29式自動拳銃を持って構える。ザパドノポリェワも鞄を閉じる。
「弾着が近い。もしこっちのだとすると、建物には必要以上に手をかける事は無い筈だ」
「だがこちらなら、容赦無く破壊するだろうな」
 意見が一致する。また爆発音。付近には戦車砲と思しき音。攻撃ヘリコプタの爆音もする。短いスパンで銃撃する音。いやでも緊張する。
 アズマは鞄の中から拳銃を取り出し、マガジンをグリップに挿入する。そしてそれを、ザパドノポリェワに渡した。
「どういう事だ?」
「ここが危険だという事だ。いくらビーコン波がレーダ波と違っても、ひと目見ても分からないかもしれない。ここがウチらの攻撃の対象になる事だって考えられる」
「逆に私たちから攻撃される可能性もある、という事か。それと私に銃を返した事と、何の関係がある」
「ここから避難しようと思ってな。あんたはまだ手負いだし、肩くらいは貸す。それで、避難の最中の互いの護身に、あんたに銃を返した、ってわけだ」
「そう、か。脚は大丈夫だ。多分。だが何処に行こうというんだ」
「もう少し標高の高い所だ。どっちの軍も、機動に向いてない場所には行かないだろ」
「分かった。だがビーコンはどうする?」
「置いていく。持って行くのは自殺行為だ」
「そうは思えない。周波数は確実に違うんだろう?」
「ああ。だが俺は戦車とかヘリとかのレーダ表示がどうなってるのか知らない。不明なものはリスクでしかない。だから切り捨てる」
「お前は馬鹿か。その不明なものがここにいるだろう」
 ザパドノポリェワは自分を指差す。
「お前は私がお前を撃たないと信じてこれを私に返したんだろう? 撃たないかどうか不明なのに。なら、ビーコンを持たないのはその主張に反する」
「人間とビーコンは違う」
「そうだ。だがな、私はこう教わった。戦場で大切な事は、憎しみを持たない事、生き残る事、そして自分の決めたルールを守り抜く事だ。お前は、そうじゃないのか?」
 アズマはザパドノポリェワを見た。そして再び社の入り口を見る。
「……アズマ……」
「俺の教官も、あんたの教官と同じ事言ってたな」
「そう、だったのか」
「思い出したよ。教官の第1声がそれだった。畜生、いい言葉じゃねえか。くそ、俺は馬鹿だな、忘れてたぜ」
 彼は空いた左手で自らの頭を叩く。
「よし、不確実なものを持とうじゃないか。俺はあんたを信じる。まあ、後ろからズドンとされればそれまでだけどさ」
 再び爆発音。至近だ。爆風で社自体が軋む。
「どっちのか知らんが、こりゃいよいよ出時だな」
 アズマはビーコンを回収して中に戻ってくる。ザパドノポリェワは既に立ち上がって待っていた。
「忘れ物は?」
「私は無い」
「じゃ、行くか。脚は?」
「歩かないと、どうとも言えないな。まだ痛むが」
「傷口が開いたと思ったらすぐに言え。無理すんなよ」
「分かった」
 言って、彼らは神社を出る。大雨が迎える。彼らは裏の森から山に入った。直後、戦車砲か何かが神社の前庭に落ち、爆風で神社が倒壊した。
「やべえ。ぎりぎりじゃん」
「命拾いしたな」
 2人は山を登っていった。

  *  *  *
「山小屋があってよかったな」
 アズマは急作りの寝台に寝転がった。乙部山の中腹にある山小屋で、2人は休んでいる。入り口の前には、雨に晒されている状態でビーコンが置かれている。傘は無かった。
 道中、彼らは自分たちの上着を先程までいた神社に置いたままだったという事を思い出していた。しかし時既に遅し、それらを回収する事も無く、彼らは進んだ。
「あるだけ、だけどな。ストーヴはあるか?」
 ザパドノポリェワはため息混じりに身を縮込める。
 辺りは暗い。風を伴う雨は、その暗さと相俟って2人の体温を奪っていった。救命保温具は確かに保温に一役買っているが、しかしそれも極めて局所的なものだ。
「ねえよ。っていうか、ここで火なんて使ってみろ。あっという間に丸焼き人間が2体出来上がる」
「……やめてくれ」
「そうだな。気が滅入るだけだ」
 不意に、アズマが震える。
「うう、耐水耐寒服なのに寒いってのは、詐欺だな」
「あるだけマシだ。私のフライト・スーツは耐水性が無いから、雨が染み込んで重い」
 ザパドノポリェワのフライト・スーツは、既にバケツで水を被ったといっても信じられるほどに濡れていた。気化熱が体温を奪う。
「そいつは……、体力を必要以上に奪う代物だな。寒いか?」
「大丈夫だ。耐えられる」
「もう少し自分の体を労われよ?」
「私を何処の出身だと思ってるんだ」
「知らんね」
「ヤクーツクだ。年間通してここより寒い」
「だからって、そのまま、ってわけにもいかねえだろ」
 アズマは濡れ細っているシャツを脱ぎ、それを絞った。まるで濡れ雑巾のように水が出る。
「私についていろいろ言うお前は、そもそも平気なのか?」
「俺は少なくとも負傷者のあんたより健康なつもりだよ。寒いけど」
「そうか。まあ、何でもいいがとりあえず服を着ろ。仮にも私は女だぞ」
「絞りきってからな」
 部分部分を絞ってくしゃくしゃになったシャツを広げ、アズマはそれを着る。
「後悔先に立たずだな。より気化しやすくなって、結構寒いわ」
 言って、レスキュー・シートに包まる。
「相変わらず後先考えない奴だな。ほれ、保温具だ」
 ザパドノポリェワは保温具をアズマに投げる。
「やっべ、生き返るわ。でもこれ無いと、お前が寒いんじゃね?」
「私の耐寒性を嘗めるな」
「その割に腕摩りまくりだな」
 アズマはレスキュー・シートの前部分を広げる。
「お前、ここに入るか?」
「なっ……! アホな事訊くな! 私のもある!」
 言って、ザパドノポリェワは自らの鞄をあさりにかかる。
「……無い……」
「あん?」
「私のシートが、無い」
 その顔は、絶望に満ち満ちていた。それはそうだ。何も無い中で、夜間の平均気温が10度を切るような場所で寝ろというのだ。最悪凍死、よくて凍傷か。
「……お前、向こうで自分の入れたよな?」
「そのはずだが……、待て、記憶に無い……?」
 彼女は腕を上下させて、その時の事を思い出そうとする。そしてある点で止まった。
「入れてないかもしれない」
「……おい、俺、『忘れ物無いな』って、訊いたよな」
「そうだな……」
「ま、責めても仕方ねえか。ありゃ一刻を争う事態だし、ここに無い事に変わりは無いしな」
 目に見えて、彼女は落ち込んでいた。
「ほれ、入れ。これはある意味、緊急事態だ」
「そう、か。そうだな。緊急事態だ」
 彼女は唐突に、アズマに拳銃を向けた。一瞬遅れ、アズマは自らの自動拳銃に手を触れる。発砲。暗闇の中なので、マズル・フラッシュが2人を幻惑する。
「動くな!」
 ザパドノポリェワは叫ぶ。目の前がちかちかする。これでは正確な照準など出来ないが、彼に傷を負わせる事は出来る。
 銃弾はアズマの背後の壁を貫通していた。彼は無事だ。
「毛布の取り合いで殺し合いなんてしたくないんだが……」
 アズマは言う。
「お前、俺を殺したら、その後どうするんだ?」
「決まってる。お前のシートを奪う」
「……じゃあ、何で俺を殺そうとする?」
「それは……」
「毛布が欲しいから、だと思うんだけど、なんか下らなくね? その理由」
「下らないわけあるか! 命に関わる事だろ!」
 激昂。幻惑は引いていく。
「いや、分かるんだけどさ、なんか食い物に比べて、微妙じゃん、その存在が」
「お前、私たちが遭難したら何をまず確保するのか、知らないな?」
「知らんね。お前の軍じゃ、なんて言われてるんだ?」
「体温だ。それが低ければ、次の行動を起こせなくなる。私の国の中ではな」
「そこらじゅうタイガだもんな。俺もそう教えられた。でも、こうも言われなかった? 『複数の遭難者がいれば、互いに体温を保ち合え』って」
「それは、まあそうだが」
「だろ? ちなみに俺らの場合この出撃前にこう言われたんだけどね。別に、『味方』っては言ってないし、あんたと毛布に包まる事だって選択枝のひとつだ」
「……お前に銃を向けてるんだぞ?」
「おしくら饅頭はメリットばかりじゃねえか。それを手放すのか?」
「だって男女だぞ! 他に誰もいないし、2人っきりだ! 何があるか……」
「なんだよ、俺がケダモノだって言いたいのか? 今はそんな事より、生き残る事が大事だろうが。お前が言った事だぜ?」
「う……」
 ザパドノポリェワは銃を下ろす。
「まあ、自制はするけど。お前襲うと、その次の瞬間には風穴開けられてそうだしな」
「……ご明察だな。変な事したら殺してやる」
「へいへい」
 渋々、という言葉がぴったり来るほどに彼女は表情を作り、彼の隣に座った。レスキュー・シートがかかる。彼女はそのまま、彼に寄りかかるようにして、縮こまった。
657 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/03/12(水) 09:44:42 ID:8rw9l0dB
>>495の続きです。なんかもう、中編になってしまったorz
 南から北に向かう爆音と、連続する爆発音が重なって聞こえてくる。空対地攻撃の最中なのだろうとアズマは推測する。使用しているのはALGCB(アクティヴ・レーザ誘導クラスタ爆弾)だろうか。
 不意に、彼は考える。何故、ザパソノポリェワらはこの国に侵攻を始めたのか。
 戦争とは、政治の手段の一つである。国家間の問題が話し合いで解決出来ない場合、戦争になる。通常、戦争というものは、目的たり得ないのだ。
 また、戦争とは国の大事である。あらゆる戦は大量消費のもとにあり、それが戦争ともなると当事国の経済状況を左右する。消費されるものは「資源」であり、「資源」は原料やエネルギー、そして人間をいう。
 侵略戦争は、侵略の対象となる土地に優良な「資源」がある事が期待される、若しくはある場合が多い。また、敵対する他国に対する橋頭堡という役割も忘れてはならない。
 嘗て植民地の拡大を行った国々は、そこに様々な鉱産資源や農産物になり得る植物、農地に使用出来る肥沃な土地、そして労働力としての人間があったからこそその土地を自らのものにしようと躍起になったのだ。
 あの国は、その領域を拡大する事で何を得ようというのか? 植民地の拡大に各国が奔走した大昔と現代は違う。あの国の意図が、アズマには測り兼ねた。
「なあ、ザパドノポリェワ」
 だから、アズマは訊く。
「お前の国は、何で建国以来周りを侵略し続けてるんだ?」
 ザパドノポリェワはアズマのすぐ隣で、息を短く吐いた。
「パーソナル・ネイムでいい」
「そうか。オリガ、だったな。愛称は『オーリャ』か?」
「そうだが、あまりそれで呼ばないでくれ」
「オーケイ、オリガ。で、だ、何で――」
「侵略し続けてるのか、か」
 アズマは肯定する。
 彼女は深呼吸をし、少し上をぼんやりと見る。そして口を開いた。
「軍人はな、そんな質問に答える必要は無いんだ」
 その回答に、彼は面食らった。しかしそれはある程度予想し得た答えである事も確かだ。彼女は尚も続ける。
「軍人に伝えられるのは、命令だけだ。それを遵守すればそれでいい」
「政府の意向は伝えられない、と。まあ、当然だな」
 命令は、手段を行使するための手段である。それがどんな内容であろうと、軍人はその命令に従わなければならない。そこに、命令者の意図を推し量る余裕など存在しない。
「敢えて個人的に答えるとするならば、『分からない』だな。そんな事、考えられないほどに多忙だった。それを考えるのは、後方に行ってからだ」
 もし推し量りたいのであれば、生き残るしかない。勝とうが負けようが、終戦まで生き残っていれば、その余裕は自ずと生まれる。彼女はそう言いたいのだ。
「状況から思考を巡らせる事は可能だが、残念な事に私は総合的な戦略というものを考え出す方法を知らない。政府の目的など、推測しか出来ない」
 それは本当に無知から来る言葉だったのか。彼には測りかねた。
「じゃあ、推測だけでいい。教えてくれ」
「……少なくともお前の国への侵略は、太平洋に出るためと、あと土地が目的なんだと思う。私の国から太平洋に出るルートは、カムチャッカ半島から出る以外の全てがお前の国の領海を通らざるを得ない」
「そういやそうだな。衛星写真で見たんだけど、釧路にアドミラル・マソリン級空母とキーロフ級フリゲイトがいたし、根室にエクラノプランっぽいのがあってびっくりしたぜ」
「エクラノプランだと? それに空母もいたのか。やはり本国は本気で太平洋進出を目論んでいたみたいだな」
 太平洋に進出すれば、その対岸、北米大陸に広範囲に亘って睨みを利かせる事が出来る。
 更に、津軽海峡以南の列島全域を支配下に治める事が出来たのなら、東アジアは完全にあの国の勢力圏に治まるわけだ。
「ただ、太平洋に出るためだけならクリル(千島)列島とサハリン(樺太)を制圧するだけで足りるだろう。そこで次に土地だが、『ある程度インフラの整備された土地』だからここが狙われたんだと思う」
 それでも、北海道の主要な都市や交通の要衝はかなり被害を受けていた。北海道で行われた戦闘の殆どが市街戦だったのだ。加えて、札幌への核攻撃だ。
 この核攻撃は、潜水艦搭載のIRBM(中距離弾道弾)によってなされた。IRBMから切り離された核弾頭は札幌市上空300メートルで炸裂し、同市中心部は壊滅。10万人ほどが犠牲になったと推測されている。
 IRBMは3発がオホーツク海公海上から発射された。1発ずつ、札幌、江戸、京都を狙っており、札幌を狙った1発の迎撃が間に合わなかったのである。残り2発は迎撃されている。
658 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/03/12(水) 09:46:38 ID:8rw9l0dB
「核に関しては、……私は何も言えない」
「お前が気にする事じゃない。そういうのは、軍の上層と元首がやってればいい話だ。尉官が何言ったって、変えられるものでもない。それにもう、死んだ奴らは戻ってこない」
「そう、なのかな。……お前、サッポロには友人がいたのか?」
「いた。思いつく限り、4人ほど。多分、全滅してる」
 雨の音がただただ小屋の中を湿らせていく。ザパドノポリェワは更に縮こまった。左腕を掴む右手に、ありったけの力を込めて。
「結局、私たちは何をやっているのだろうな。ただ無闇に殺し合いをしているだけじゃないか。国の、上の連中に踊らされるままに」
「そうだな。何かを守るために戦ってたはずなのに、いつから狂っちまったのか」
「……お前は、何故軍人に?」
「『なんとなく』さ。友人が空軍に行くってんで、俺もそうする事にしたってわけだ。結局そいつは海軍に転向して、今は空母『陸奥』の航空隊員さ。落とされてなきゃいいが」
「そいつは何に乗っているんだ?」
「Type 33 F/A-21C(33式21号ハ戦闘攻撃機)『剛雷』さ。機体番号は、確か42-8203だったはずだ。機首には203って書いてある。垂直尾翼には烏賊のエンブレムだ」
「こちらで『ビチェヴァニイェ』と呼ばれてるやつかな。何機か落としたはずだが……、お前の友人じゃない事を祈る」
「そうじゃない連中には悪いが、そう祈るよ。さて、次はお前だ。お前は、何で軍人になったんだ?」
 その質問に、ザパドノポリェワは1つため息を間に置いて答えた。
「私の出身がヤクーツクである事は、話したか?」
「ああ。聞いた」
「そのヤクーツクはな、今の首都になってるんだ。革命勢力の本拠地があった場所だからな。私は8年前の11月3日、19歳の誕生日までそこにいた」
 11月3日。かの国の革命記念日に当たる日だ。その日が誕生日とは。アズマは彼女を凝視する。
「革命はヤクーツク大学からはじまった。当時、私はそこの学生で、私の父は公務員だった。革命勢力の格好の的だったんだ。結局私は、革命勢力に命乞いした。私は助かり、家族は友人に殺された。命を助ける代わりに、軍属を強要された」
 ザパドノポリェワは眉間を寄せる。指先が彼女の服に、肌に食い込む。彼にはしかし、その表情を窺い知る事は出来ない。
「友人の情けによって、所属する軍を選択する余地は残された。当時私は航空力学を専攻していて、それが理由で空軍への所属を選択したんだ。適正云々は分からんが、結果的に私は航空学生になった」
 軍用機の操縦をするためには一定以上の技量が必要になる。その技術を習得するために、パイロット志願の者は航空学生になるのだ。航空学生らはそこで適正ごとに操縦に足る機種に振り分けられ、また操縦に足りない者は地上勤務員に配属される。
「戦闘機のパイロットになれば、例え敵国でも民間人を直接殺す事は無いと踏んだ。それを予感したとき、私はパイロット予備生に志願していたよ。そして3年間の訓練を経て、私は実戦に投入されるわけだ」
 口調は尚も穏やかで、しかし自虐のニュアンスは湛えたままだ。
「こんな理由さ。あとは、5年間でスコアを稼いできた。お前を落とせば、丁度50機めの戦闘機だったんだがな」
「……酷いな」
「私もそう思う。よく8年も軍人続けられたと、今更ながらに思うよ」
「確かに。8年続けてこられた理由って何だ? 何かを守りたいとか、そんなか?」
「いや。ただ多忙だっただけだ。5年間、色々な最前線を転々としてきた。私の初陣は、ウランバートル占領作戦だ。それ以来、大規模作戦が行われるたびにそこに向かわされた」
「北海道侵攻にも?」
「いや。その時は別の作戦に参加していた。私がこっちに来たのは今年に入ってからだ」
 なるほど、とアズマは呟く。
659 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/03/12(水) 09:47:15 ID:8rw9l0dB
「お前は?」ザパドノポリェワが訊く。
「何が?」
「軍人をやっている理由だ」
 ああ、と言いつつ彼は体勢を少し変える。
「軍人始めた理由は話したよな。まあ、理由になってないんだけど、『なんとなく』って事だった。航空学校に入ってからは、やる気も出てきたんだけどさ」
 ザパドノポリェワは黙って聞いている。アズマは遠い目を、小屋の入り口に向けた。
「話は変わるけど、俺の親は、在アスタナの大使館駐在員だった」
 アスタナ――5年前の年末、彼女の国に占領されたとある国の首都だ。アスタナを占領された彼の国は総崩れとなり、結局2ヶ月でその全域を占領されてしまったのだった。
「まあ、もう死んじまったんだけどさ」
「アスタナでか?」
「そうだ」
「爆撃か?」
「いや。お前ンとこが攻めて来る、ってんで、脱出しようとしたら、お前ンとこの戦闘機に落とされたらしい」
 そこで彼女は言葉を発する事無く息を呑む。
「軍人を続けようって決めたのは、その時かな。それでも、実際大学の仕事もあったし、結局は攻められるまで即応予備役だったわけだけど。まあ、当時は憎くて憎くて仕方無かったなあ」
「やっぱり、憎かったか」
 その言葉に、少しの違和感を彼は覚える。「やっぱり」?
「お前、何か知ってるのか?」
「……知ってるも何も、私はアスタナ侵攻に参加したパイロットの1人だ。そして――」
 彼女はそこで言葉を切る。逡巡。見て分かるそれは、アズマに重大な告白に対する身構えをさせる。
「アスタナから発った輸送機を落としたのは、私だ」
 両者、押し黙る。一方は落ち着き無く、そして他方は極めて平静だった。
「その……、済まない」
「……いや、そうか、そうだったのか」
 彼は身を捩り、そして視線を二転三転させる。結局、彼がその落ち着きを取り戻したのは発言から30秒は経った時だった。
「……アズマ?」
「ん、だいじょぶ、把握した。……別に謝らなくてもいい。戦争なんだし、そこらへんは割り切れる」
「でも……」
「今更それ嘆いたって、仕方無いだろ。それより今は優先事項がある。気には留めるけど、それ以上の事を今はしないのが吉だ。生き残りたいんならな」
 あくまでも、彼は冷静だ。
「先送りした方が、お互い幸せだ。でも、そうだな」
 彼は笑顔を彼女に向け、言う。
「捕虜になったら確実に基地の外には出られないだろうから、戦争が終わってからだな。一度、一緒に俺の親の墓参りをしてくれ。あとは爺ちゃんたちに挨拶かな。母方のがどっちも健在なんだ」
「墓参り? ……いいのか?」
「いいに決まってんだろ。それとも何だ、自分に墓参する資格は無いとかってわけ分かんない思考に囚われてるんじゃねえだろうな?」
「なっ、なんで分かった」
「思いつめ方見れば簡単だよ。っつーかお前はどんだけ頑固なんだよ」
「頑固って……、いや、確かにそうだが、私はお前の親を殺したんだぞ?」
「だから墓参りしろってんだよ。それがお前に出来る唯一の供養なんだからさ」
 ザパドノポリェワは口を噤む。
 少しの沈黙を挟み、アズマが思い出したかのように言い出した。
「っていうか『供養』って分かるよな? Reading Mass for dead onesだぞ?」
 死んだ誰かのためにミサを読む。それをやれ、と?
「私は聖書の内容なんて知らないぞ?」
 それは司教のする事である。寧ろ教えを貰う立場にある彼女が出来る事ではない。
「じゃなくて。あー、どう説明しようか……、praying for the repose of one's soulかな」
「死者の安らぎを祈ればいいのか?」
「そう。メソッドは俺の国のそれになるけど」
「なるほど。でも……それだけしか、出来る事は無いのか」
「そうとも限らんさ。生きてれば、何でも出来る。ただ、この場では生き残る事が最優先だってだけの話だ。死者を悼むのはそれからでも遅くない」
「……そういうものなのか?」
「そうさ」
 ザパドノポリェワは釈然としない表情で、しかし無理やり納得したようだった。そんな彼女を見ながら、アズマは言う。
660 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/03/12(水) 09:47:51 ID:8rw9l0dB
「お前には感謝してるよ」
「何故?」
「本気で、親の事を悼んでくれてるからさ」
「……私が殺したからな。あの輸送機には、民間人も乗っていたと聞いた。だとしたら、私は初めて直接的に軍人以外の人を殺してしまったんだ。やはり、そうしなければならないと感じている。要するに、義務感からだ」
「そういう自分の思いを言葉にして伝えてくれるだけでも、俺はお前と話せてよかったと思うよ。それにその思いが仮令義務感から来てるんであっても、悼んでくれたのは事実だろ」
「それは……」
「もう、許しちゃえよ」
 その言葉に、彼女はアズマの顔を見る。それに気付き、彼は微笑みかけた。
「もっと自分を許してやりな。そうすれば、お前はもう苦しまなくていい」
 彼女は慌てて視線を外す。少しの逡巡の後、言う。
「こういう苦しみは、甘んじて受けるのが私なんだ。でも……そうだな。お前が示した選択枝も、受け入れたいな」
「そうか。スパスィーバ、オリガ」
「(どういたしまして)」
 沈黙が訪れる。雨脚が強くなった。山の天気は変わりやすいと、改めて彼らは実感する。
「それにしても、お前と敵国軍人同士だっていう事がなんとももどかしいな」
「なんだよ。俺もそれ思ってたぜ」
「そうなのか? ふふっ、私たちは案外、似たもの同士なのかもな」
「気が合うってのは、いいもんだな」
 2人、控えめにひとしきり笑ったところでふと、互いを見合って押し黙った。ザパドノポリェワがゆっくりと瞼を閉じる。アズマはその顔に自らのそれを近付け、そして――軽く唇を重ねた。
661 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/03/12(水) 10:19:12 ID:8rw9l0dB
以上、4話中編
つぎはいよいよ濡れ場ですねえ。長かった…
さて、恒例の用語解説
アクティヴ・レーザ誘導クラスタ爆弾:レーザ誘導爆弾とクラスタ爆弾を足した感じ。ちなみにレーザ誘導爆弾は雨の日に使うと誤爆の虞あり。まあ、クラスタ爆弾だから誤爆の虞もへったくれもないわけだが。
キーロフ級:作中ではフリゲイトだが、現実では原子力ミサイル巡洋艦。ちなみにフリゲイトとは、「対潜・対空作戦能力を有し、揚陸部隊、補給部隊、商船団等の護衛を任務とする艦(Wikipediaより)」の事。キーロフは人名。
エクラノプラン:表面効果という現象を利用した、航空機と船の相の子のようなもの。形は航空機だが、どちらかといえば船に近い。大量輸送や強襲に使えるとされる。波が荒いと運用は困難。
アスタナ:作中での国の名前は不明。現実ではカザフスタンの首都。
(どういたしまして):ロシア語にするの忘れてたorz ロシア語では「パジャールスタ」、「ニェー・ザ・シュタ」、「ニ・ストーイト」、「ヌー、シュト・ヴィ」がこれにあたる。最後のは少し砕けた表現。
完結はいつになるのかな……。あ、多分濡れ場はかなりあっさりするかも。それ期待の人はすみません。
では。ノシ
699 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/02(水) 15:20:06 ID:UghIGqhB
>>660の続きです。ようやく完結。長かった
 重ねた唇を互いに離し、ふと2人はどちらともなく笑い始める。
「変な事したら、殺すんじゃなかったのか?」
 アズマは言いつつザパドノポリェワの左肩を抱く。それを拒みもせず、彼女は柔らかい口調で言った。
「……あれは現刻を以て解除、だ。中尉、復唱せよ」
「りょーかい。現刻を以て当該宣言を解除」
「復唱は正しい」
「どうも、大尉殿」
 再び唇を重ねる。互いに互いの口腔を吸い合い、舌を絡め合う。唾液は口から零れ、服に、レスキュー・シートに滴っていく。互いの味に、次第に表情が惚けていく。
 呼吸のために口吸いを中断し、ザパドノポリェワは大きく息を吸った。そのタイミングを見て、アズマは彼女の口の周りを舐め始める。
「あ……アズマ……?」
「すげーべとべとだぜ。涎で」
 萎縮する彼女の肩。暗がりで顔まで見えにくいが、しかし鼓動だけは誤魔化す事が出来ずにその羞恥を彼に明白に伝えてしまう。舌は口の周りから首筋に移る。
「ひゃんっ!?」
 首筋が収縮し、肩と首に挟まれた彼の顎が悲鳴を上げる。感覚の上ではあるがやっとの事で脱出した彼は呟いた。
「可愛い声だな」
「……い、言うな」
「何でだよ。いいじゃん、もうこんな事やってるんだし、恥ずかしがる事もあるまいて」
「うう……」
 彼女は潤んだ目で彼を睨む。迫力は無いが、その表情は訴える。色々と。
「……何だその、売られていく子牛みたいな目は」
「どんなのか分からんが、お前が変な所を舐めるからだ」
「……あーもう、可愛いなおい」
 アズマは彼女を抱きしめる。そしてそのまま、首筋に舌を這わせた。
「ひゃわああああぅぁああ……」
 体中を羽ブラシで撫でられる。まるでそんな感触。自分でも情けない悲鳴を上げつつ、しかし反面では酷く心地良い。
 アズマの右手が胸元に来る。探るように触っていき、襟元を確認するとそこからファスナの摘みを持ち、引き下げた。フライトスーツの胸元が開いていく。
 鳩尾の当たりまでファスナは下げられた。耐熱服の代わりに、毛糸の薄手のセータが現れる。それは湿っており、体温である程度温まっていた。気化熱が彼女の背筋を震えさせる。
 彼は何も言わず、首筋から唇に位置を移す。再び、吸い付く接吻。彼らは貪るように、いや、正に互いに貪り合っている。
「寒いか?」
 アズマは唇を離して訊く。息が白くなった気がした。
「少し」
「暖めてやるよ」
「ふふ、期待していいのかな」
「いいとも」
 セータを、下のシャツを巻き込みつつ捲り上げる。飾り気の無い下着。だがそれが彼女をそのまま言い表しているように感じて、彼は興奮する。
「ちょっと背中上げてくれ」
「……取るのか?」
「ああ」
「……思うんだが、何故男は乳房を求めるんだ?」
「知らね。あれじゃね? 男は母性を求めるとかって。母性の象徴であるおっぱいでその欲求を満たすとか」
「そうなのか。待ってろ。上げる」
 彼女は腹筋に力を入れ、背中を少し上げる。すかさずそこに手を滑り込ませ、彼はホックを少し詰まりながらも外した。
「お前、誰かのブラジャを外した経験は?」彼女は問う。
「無いよ。お前のが初めてだ」
「その割には、早いな」
「構造が分かれば外すのは簡単だろ? そうじゃないと、下着として成立しない」
 言いつつ、彼はブラジャをずらす。重力に従ってその形を変えるそこそこの大きさの乳房は、寒さか羞恥か、小刻みに震えていた。その震えを収めるように、彼は左手で右の乳房に触れる。
 彼女にとって、その感触は未知ではないが既知のものでもなかった。自分で弄った事はあれども、他人にここまで濃厚に触れられた事は未だかつて無いと彼女自身記憶している。
 乳房は身体の他の箇所よりも皮膚が薄く、よく静脈血管が透けて見える。それは同時に、神経が集中していなくとも敏感な場所である事を示している。
 下から上に這うように揉む彼の左手の感触に、体中が緊張した。それを解すかのように、彼は口付け、そして乳房を執拗とも言える手付きで揉み始める。
 乳房の先端、乳頭が、刺激によって次第に勃起する。本来授乳のために起こるこの現象は、血流の集中を伴って性的な刺激として脳は解釈する。息が荒くなる。
 アズマは口から顎、首筋、鎖骨と順に舌で這いずり回り、彼女の左の乳房に到達した。彼の舌は乳輪の周りを1周し、そして乳頭に着陸する。息が強く吐かれる。
 皮膚特有の柔らかさを維持し、しかし形を容易に変えようとしない乳頭は、それが授乳のためという事もあり吸い付きやすい。彼は更に刺激を与えていく。甘噛み、舌で転がし、口全体で吸い上げる。
700 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/02(水) 15:20:50 ID:UghIGqhB
「ア……ズマぁ……」
 切なげな、やもすればうわ言のようにも聞こえる声は乳房への刺激によるものだろう。彼はその求めに応じ、乳頭から口を離すと何度目かの口付けをする。呼吸のため両者が口を離すと、唾液がつり橋を形作った。
「お前、経験者か?」
 ザパドノポリェワは熱っぽく帯気した声で訊く。
「いや、お前が初めて。……どうした?」
「いや。……なんて言えばいいのか、分からない」
「何が?」
「この……、胸の感触が……」
「胸の感触? こんなんか?」
 アズマは左手を少し激しく動かし、間髪入れずに舌を乳房に這わせた。
「ひゃうん!」
 油断していたのだろう、大きい声で悲鳴を上げる。アズマにとってそれは悲鳴というより嬌声ではあったが。声は、彼を更に興奮させるのに一役買う。口つきは更に激しさを増した。
 音は水分をしたたかに湛えている。乳房は形を変え、戻り、震え、揺れる。素早い思考が出来るように訓練されているはずの戦闘機パイロットはしかし、考えが纏まる事は無い。
 不意に、口を離した彼が問う。
「自慰は、した事あるか?」
「一応、ある」
 想像出来ない。しかしそれを顔に出さず、彼は続けた。
「胸の感触がそれに似てるんなら、『気持ちいい』だと思うぞ」
 言い放つや否や、彼は反論もさせぬ勢いで彼女の唇を奪う。そして彼女を抱きかかえ、地面に倒した。まさか。彼女は思う。
「……暖めるのか?」
 恐る恐るといった口調。それがたまらなく愛おしい。彼は肯定しつつ、下半身に手をかけた。ズボンのホックを外し、ファスナも開け、下着ごとずり下げる。
 顕わになる秘所。しっとりと湿っているのは、雨のためかはたまた。彼は今一度彼女に唇を合わせ、片手で乳房を、他方で秘所に触れた。
「うんっ、ん、はぁん……」
 喘ぎ、快感に身を捩る彼女。唇を離し、体位を変える。彼女は乳房の向こうに、彼の顔を見る。
「……何を」
 訊くか訊かないかのタイミングで、彼は彼女の秘所に唇を這わせる。陰唇を啄ばみ、舐め、陰核を噛む。その度に、彼女は昂ぶり体を震わせ、そして大声で啼いた。
「このくらい、かな」
 彼が母語で呟く。その意味を解する事無く、彼女は声の方を見る。
 彼の軍のフライト・スーツはつなぎである。その下着として、上下に分かれた耐寒服を着るのである。
 彼はフライト・スーツを上半身のみ脱ぎそれを、下半身を覆う耐寒服とトランクスと一緒にずり下ろして自らの陰茎を露出させた。
 明度の低い事が、彼女にとって幸いした。彼女は勃起した陰茎を見た事が無い。見たら怖気づくかもしれなかったからだ。
 反り立つ怒脹が彼女の秘所に触れる。両者、身震い。それも一瞬の事だったが、しかし両者の覚悟はそれで決まった。
「痛かったら、どこでもいい、俺のどこかを噛んでればいい」
「……わかった」
 彼は怒脹を腟口にあてがい、少し前進した。
「んぃ……っ!」
 こらえる声。予想外だったのだろう。彼は進入を止め、陰核を弄り始める。
「大丈夫じゃないっぽいな。でも、オリガ、引き返せないからな。もう」
「……そんな、つもり、こっちにだって、っ、ない……」
 少し動くだけでも辛い。闇の中に微かに見える表情がそう物語っていた。彼は何度カの口付けを彼女にする。彼女は抱き付き、彼の右肩に歯を立てた。
「よし。痛みに備えろよ?」
「ふあー」
 「Да」とでも言ったのだろうか? 返事を確認し、彼は怒脹で腟を一気に貫く。
「ふぐんっ!」
 くぐもった声と共に、右肩に鋭い痛み。必死で絶えるザパドノポリェワ。食い千切られそうなほど強い顎の力と陰茎を締め付ける万力のような圧力、そして快感に彼は顔を顰めた。
 彼女が感じる痛みは如何程か。彼は思う。それを少しでも共有せんがために、彼は彼女に自らを噛ませたのであった。
701 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/02(水) 15:21:16 ID:UghIGqhB
 どれくらいその状態でいただろうか。緊張が解かれ、口が肩から離れた。犬歯のあったところから血が滲む。2人は見詰め合い、互いに口付ける。
「……動けるか?」
 彼女が苦しそうに訊く。
「なんとか、な。お前は?」
「もう、少し、猶予をくれ」
 彼女は深呼吸を何度かすると、頷いた。それが合図。彼は埋めた自身を引きずり出す。挿入れた時とは異なる快感だ。先程まで射精を意識していなかったが、動かすとその感触に全身が集中する。
 他方でオリガは未だに痛覚の方が勝っているように彼は見た。無理も無い。処女の証を削ぎ取ったのだから。
 しかし、彼は止まらない。確かに小刻みとも言える動きだが、上り詰める快感は耐え難いものだ。
「んっ、あぅっ、くぅ、ふ、ふあ、あっ、あん」
 リズミカルな運動をしていく。次第に腰が止まらなくなっていく。動きも大きくなっていく。理性が快感に負ける。溶けていく。ずん、ずんと突く動きに、彼女もつられていく。
 V1。これ以上速度を上げたら、滑走路内で止まる事は出来ない。そんな速度。
 まるで滑走。全力で腰を前後する彼は、幾何か残っている理性の中でそう思う。早く空に昇りたい。その思いでスロットルを「A/B」の表示にまで押し込む。そんな状態だ。
 彼女の声に鋭さが無くなる。艶を帯びて吐息しつつ、こちらもテイク・オフ。
 VR。操縦桿を引くのに最も適した速度だ。機種が上を向き。ギアが大地を離れる。
 腰の動きは更に速くなる。既にそこに止まる余地など無い。動きに合わせて揺れる乳房に食いつく。乳頭に歯を立て、そして舌で転がす。腟の力が強くなる。
 彼女ももう止まらない。こちらも急速に空に向かう。
 V2。安定して飛べる速度。しかしスロットルは戻さない。
 彼らはどちらとも無く口を付け、吸い合う。喘ぐ声はくぐもり、酸欠に深く息を吸い、互いに互いへと溶け合うかのように動きを、鼓動を、呼吸をひとつにする。暴走。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……」
 腰が震える。陰茎に収縮していた快感のみの感覚がその外へと出ようとする。それはまるでビッグバン。全ての光が全てを白く染め上げていく。
 彼は残存の理性を総動員し、右手で彼女の陰核を抓った。
「は――――――――」
 高度制限解除。
 声を出す事すらも覚束無い、意識の一点集中。全身の筋肉が縮まり、見開いていたはずの目は何も捉えない。性器に集中した意識が、全身を飛び抜けていく。
 腟の動きに陰茎が押し戻される。腰を引く運動の最中に起こったそれは、彼の怒脹を容易に腟外に押し出す。暴れる怒張が白濁を吐き出し、白濁は放物線を描いて飛んでいく。
 収縮が開放される。意識を白が埋め尽くし、熱が陰茎を貫いていく。その現象に幾度と無く経験した快感を見出し、彼は腰を崩した。
「――っあああああああ――――――!」
 一瞬の間を起き、全身を流れる電流に体を反らせる彼女に白濁が降り注ぐ。
 陰唇、陰毛、下腹部、腹部、乳房に着弾した白濁は、彼女の敏感になった体に如実に熱を伝えた。これが、彼の熱なのだ、と。
 ふら、と彼が脱力し、彼女の隣に倒れ込んだ。両者、肩で息をする。いち早く理性を取り戻したアズマは、ザパドノポリェワに口付ける。彼女も口付けを返し、自らが噛んだ彼の右肩を舐めた。
 そこで、彼らは意識を手放した。
702 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/02(水) 15:24:07 ID:UghIGqhB
  *  *  *
 朝、アズマは未だに疲労が溜まっている体に鞭打ってのそのそと起き上がると、横にいたはずのザパドノポリェワがいなくなっていた。
 何事か、と瞬時に目を覚ます。彼は彼女の持ち物一式が全て無くなっている事に気付いた。
「オリガ!? おい、オリガ!」
 ふらつく足に叱咤しながら彼は小屋の隅々と周辺を見て回った。しかしどこにも彼女はおらず、ただ雨だった名残として陽光に輝く草木と水を湛えた落葉のみがあるだけだった。
 再び小屋の中に戻る。自分が寝ていた位置を隈無く調べる。すると、見慣れない紙が落ちている事に気付いた。彼はそれを拾う。どうやらチェック項目を書く紙のようだった。
 戦闘機のパイロットは機体のチェックやその他必要事項を確認する際に使用する紙を右太ももの辺りに装備するように義務付けられている。
 その紙にはキリル文字の文字列が印字されており、その裏に手書きでラテン文字が書かれていた。
 「アズマへ
 この手紙を見ているという事は、もう私はお前の隣にはいない。2、3言いたい事を書き連ねる。
 服を着せておいた。私は事情があってとある部隊に保護される運びとなったが、心配しないで欲しい。戦争を終わらせるため、私は本国へと帰る。
 そして、いつか必ずお前の前に生きて戻るつもりだ。
 生き残れるのかどうか、確実に言う事は出来ない事は分かるだろう。だが、私は希望を捨てない。初めて私を愛してくれたお前の元に戻る日が来る事を切に願う。
 万が一私が死んだら、お前にその一報が行くようになっているが、それを聞く事が無いように祈っていてくれ。
 そちらからの連絡は不可能だと思う。言葉を伝え合う事が出来ないのはもどかしいが、互いに我慢しよう。それと、お前も生き残ってくれ。頼む。
 何ら声をかけずに出掛ける私をどうか許して欲しい。最後に、そういえば私から言っていなかった言葉を送る。
 Я ЛЮБЛЮ ТЕБЯ
 Орига Николаиевна Западнополева」
 彼は手紙を読み終える。声が出なかった。しかし、理解はした。不本意ではあったが。自分の目の前から彼女がいなくなる事を納得してしまうのは、彼自身癪でもあった。
 最後の一文。「Я」は「私」、それ以外の単語は分からなかった。しかし――
「……俺だって言ってねえよ。……馬鹿」
 おもむろに彼は小屋の外に出る。そして北に向かって立ち、大きく息を吸った。
「この馬鹿オリガ――! 俺だってお前に言ってない言葉が沢山あんだよ――!」
 そこで彼は目じりに熱を感じる。しかしそれを敢えて無視して叫ぶ。
「ぜってー死ぬんじゃねーぞ――! 俺だって何やったって生き残ってやるからな――! 覚悟しとけ馬鹿――! 愛してるぞオリガ――!」
 彼は少し噎せ、しかし清清しい顔で小屋へと戻っていった。さあ、生き残らなければ。
703 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/02(水) 15:24:33 ID:UghIGqhB
  *  *  *
 戦争は北海道侵攻から4年で終結した。かの国の軍は補給路の寸断や軍用船舶の不足により北海道に足止めとなり、降伏。北海道の復興が終わり次第、帰還する事になっている。
 かの国は周辺各国による共同戦線と、北海道で鹵獲された戦略ミサイル潜水艦から発射された弾道ミサイルによる攻撃で戦力と領土を次々に失っていった。
 結局、北海道侵攻から5年後には軍部の一部が先導したクーデター軍が政権を打倒、新たな元首が立ち、かの国の領土拡大政策は終焉を迎え、戦争は終結した。
 現在、両国は講和会議の準備に追われている。
 ある日、かの国から奇妙なフライト・プランが提出された。ハバロフスク発三沢基地着というそれは物議をかもしたが、最終的には許可された。
 ハバロフスクからまっすぐ三沢基地に来るという機種は、J-27A「ジュラーヴリ」戦闘機。コールサインは「ナデズダ」だという。
 同機は既に領空に入っており、あとは陸奥県上陸の前にこの国の戦闘機によって機種の確認、警戒、そして護衛をする手筈になっている。
 東遼介空軍大尉は40式22号イ戦闘機の機上の人になっている。間も無く、ターゲット・イン・サイト。
「レインボウ1よりヘッドワーク、ターゲット・イン・サイト。機種、J-27A。国籍確認。1機。ヘディング・100、スピード・240、アルティトゥード・15」
『機種、J-27A、1機、方位100、速度240、高度1500。共通周波数で交信せよ』
「了解」
 彼は無線のスイッチを「警告」に入れ、その周波数である事を確認して話しかけた。
「J-27Aパイロット、『ナデズダ』、この無線が聞こえるか」
『ナデズダ、感度良好。聞こえる』
 女性の声が聞こえる。不意に、アズマの声が上ずった。
「周波数を268.2に合わせよ」
『了解』
 彼も周波数を合わせ、そして再び交信する。
『ナデズダより、周波数268.2で交信中』
「リーディング・ユー・5(感度良好)。こちらは三沢基地所属の航空隊である。自分のコールサインはレインボウ1。貴官の所属と階級、名前を報じられたし」
『こちらは元ヤクーツク航空基地所属、オリガ・ザパドノポリェワ大尉だ』
 暫く、声を出せなかった。
『おい、アズマ?』
 僚機からの声で我に帰る。
「あっ、ああ。ザパドノポリェワ大尉、入国を歓迎する。エシュロン隊形にて三沢まで誘導する」
『了解。入国許可、感謝する』
 彼女の機には増槽が付いているだけで、ミサイルや爆弾は取り付けられていない。その様子を見て、彼は安堵する。
『ナデズダよりレインボウ1、1つ質問がある』
 不意に入った通信に、彼はどぎまぎしてしまう。
「なっ、ホワット?」
『そちらの隊に、アズマという者はいるだろうか?』
 鼻の奥に、つんと来る感覚を覚える。彼は出そうになる涙をこらえ、鼻をすする。そして、意を決して答えた。
「俺だ」
『え?』
「俺がそうだ、オリガ」
 今度は向こうが絶句する番だ。彼は彼女の機を見る。ヴァイザを上げ、呼吸用マスクを取った。目が合う。そんな気がする。
『……お前、なのか? アズマ』
「そうだ。3年ぶり、かな?」
 向こうでもヴァイザを上げ、マスクを取ったようだった。距離があるから見えにくいが、彼女だった。
『……幻じゃ、ないよな?』
「当たり前だ。……ウェルカム・バック、オリガ」
 その言葉に、彼女は息を呑み、そして返答した。
『バーグ! アズマ、ヤー・リュブリュー・ティービャ、アズマ! こんな所で会えるなんて!』
「なんてこった! オリガ、お前だよな!? 本当に帰ってきやがった!」
『なんだよ、何が起こってるんだ?』
 僚機がわけも分からず回線に割り込んでくる。上機嫌にアズマは返した。
「再会だよ! 俺とオリガの! イヤッホ――――――!」
 アズマの乗る機が曲芸飛行を始める。それに合わせてザパドノポリェワの機も曲芸飛行を始めた。
『なっ、おいお前ら! 何やってんだよ、作戦中だぞ!?』
「うるせえ! この嬉しい曲芸をやらないでいつやるんだよ!?」
『ちょっ、……あーもう、怒られても知らねーぞ!』
 3機の編隊飛行が東の空に向かっていく。2機は上昇と下降、ロールとストールを組み合わせて、その軌跡を空に描く。陽光を反射して機体がきらきら輝く。
 空はますます高く、太陽は燦燦と照らし出す。陽気な曲芸飛行はさながら妖精のようで、2人は高らかに笑い合った。
 2機は空気を切り裂いて進んでいく。2人の未来へと。それを目指し、天翔けていく。アフタ・バーナを焚いて。空へ。
704 名前: A/B ◆iok1mOe6Pg [sage] 投稿日: 2008/04/02(水) 15:42:13 ID:UghIGqhB
ご拝読ありがとうございます。やっと完結いたしました、A/B。
冒頭の蛇足が物議をかもしていますが、それに関しては素直にスレ違いであると認めます。なにやってんだ俺
フォローくださった皆々様、ありがとうございます。しかしやはりスレ違い、自重し切れなかった事をお許しいただきたい
あとエロ薄いのは仕様です。むずいし
最後の用語解説になります
・レインボウ1よりヘッドワーク、ターゲット・イン・サイト。機種、J-27A。国籍確認。1機。ヘディング・100、スピード・240、アルティトゥード・15
 これを分かりやすく言うと、「レインボウ1より三沢司令部、目標目視。機種はJ-27A。国籍確認。1機。目標の方位は真北から100度、速度は240ノット、高度は1500フィート」という事
・Я ЛЮБЛЮ ТЕБЯ:「ヤー・リュブリュー・ティービャ」。意味は、推して知るべし
・Орига Николаиевна Западнополева:ザパドノポリェワの名前をキリル文字で書くとこうなる。因みに「大尉」は「Капитан」
・エシュロン隊形:斜めに並んで飛行する編隊。図にすると↓
     ▲
   ▲
 ▲
こんな感じ。逆もあり
それでは改めて、お読みいただきありがとうございました。また2人きりの話を書きたいと思います。今度は色々と自重して

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最終更新:2008年07月20日 19:50