820 :名無しさん@ピンキー:2007/07/20(金) 09:37:04 ID:T1/Rvuqw
 ▽

 上手いことを言ったやつがいる。

「俺らって懲役六年の刑に科せられているよなあ」

 その通り。
 
 中高一貫の男子校では、女っ気のない生活を余儀なく強いられている。

 中学、高校といったらアレじゃん。青春の真っ只中じゃん。

 かわいい女の子と、バレンタインにいちゃいちゃとか、大晦日に肩を並べて年を越したりとか、

 夏の海をアバンチュールに満喫したりするとかが普通じゃないのか?

 いいよなあ、男女共学の学生さんは。

 でもまだ神は、そんな俺を見捨ててはいなかった。

 一大イベントが隠されていたのだ。

 地区予選で珍しく好結果を出した我が卓球部は、夏休みに二泊三日の強化合宿を行うことになったのだ。

 部員は三人しかいないけど、その人数の少なさに対して心あるOBが何とかしてくれた。

 どうしてくれたかって?

821 :名無しさん@ピンキー:2007/07/20(金) 09:38:16 ID:T1/Rvuqw
 なんと、柊草女学園との合同合宿。

 市内に同じレベルの高校が無かったとはいえ、女子高生といっしょに合宿なんてありえねえ、と思ってもみたが、

 よくよく考えれば共学のやつらにとってはそんなの普通なんだろうな。

 集合は学校の西門前。

 そこからOBが車で現地合宿場まで運んでいってくれるらしい。で、そこで女の子たちと合流する手はず。

 財布持った。着替え持った。携帯持った。マンガ持った。トランプ持った。

 おっと、これを忘れてはいけない。せっかく買ったしな。十六年間一回も使ったことのない男性用コロンも、スポーツバッグに詰める。

 さて出発。

 名言を残してくれた友よ、悪かったな。

 俺は四年半で刑期を終えることにするよ。

 簒奪された理想郷を、この手で取り戻すんだ!

822 :名無しさん@ピンキー:2007/07/20(金) 09:39:05 ID:T1/Rvuqw
 △

 上手いことを言った人がいる。

「私たちって懲役六年の刑に科せられていると思わない?」

 実にそのとおりだと思うわけですよ。

 中学から続くこの柊草女学園に入ってからというもの、家族・先生以外の男の人と話したこともない。

 一緒の小学校に通っていた友達からは、メールやブログで「あたしの彼って超カワユクない?」なんてカキコして、散々ノロケてくる。

 どうせ恋人たちのすることって、クリスマスにいちゃいちゃとか、いっしょに文化祭を見てまわったりとか、

 何もない平日の昼間に『付き合って一周年記念日』という名目で学校サボって、映画館に恋愛モノを見にいったりとかするんでしょ。

 ……

 そうですよ! とってもうらやましいですよ!

 こんな感じでこの四年間半、柊草女学園に入れさせた親を少しだけ恨んでもみましたが、

 転機! まさに転機とよべる事態が訪れたわけです。

823 :名無しさん@ピンキー:2007/07/20(金) 09:39:58 ID:T1/Rvuqw
 私たちの所属する卓球部は、もともと県屈指の強い高校だったのだけど、それも去年まで。

 なぜかというと、たくさんいた三年生はすでに引退してしまったせいだ。

 今年も合宿を行いたいのだけど、残された一、二年は私を含めてわずか四人。かなり少なめ。

 でもでも一年生の部員の中に、大学生のお兄さんという人がいて、なんとまあその人は天守閣高校という男子校の卓球部OB。

 つまりは成り行きで、天守閣高校の男の人と合同合宿をやることになってしまったのだ。

 もうすぐ駅前に集合しなくてはいけない。合宿出発の待ち合わせにね。

 電車に三十分ほど揺られて、到着した駅から歩いて十五分のところが、今回の合宿場なんだって。

 うぅん。まだ会ってもいない男の子に対して緊張してきた。

 ちゃんとしたお話ができるかな。

824 :名無しさん@ピンキー:2007/07/20(金) 09:41:02 ID:T1/Rvuqw
 ▽

「おーす、トール」

 全校きってのキザ野郎が、指二本を使ってシュタっとポーズを決めてくる。

 慶一のいつものあいさつだ。

 こいつは中高五年間のうち五回とも一緒のクラスになったというただ一人の男。

 どうしてもこいつの悪遊びに付き合ってしまう俺にとったら、来年の受験シーズンには別々になって欲しいところだ。

「おうよ、神田さんと六郎は?」

「ん? まだじゃね? それよりほらこれ見てみろよ」

 は? と聞き返すよりも前に慶一はポケットから何かを取り出して見せた。

 ピンク色の光沢を出すその物体は……ひどく卑猥な形をしていて……

 慶一が親指で操作すると、ウィーンと携帯のような振動音が聞こえてきた。

「いやあ、一週間前ほど前に通販で頼んだものなんだけどね、それが届くのが昨日の夜になっちゃって、

 ちょいと焦っちゃったよ、ははは」

「いや、ちょ、おまえ……それ何に使うんだよ」

「何に使うかだってぇ? やーん、もうトール君のエッチー」

 朝から妙にハイテンションな俺の親友は、事もあろうにそのピンク色を俺の股間の方に……

825 :名無しさん@ピンキー:2007/07/20(金) 09:41:50 ID:T1/Rvuqw
「や、やめろ!」 

 バシッとけっこう本気めに張り手をかましてやったが、それに応える様子もなく、

「うーん、この子はトール君が嫌いなみたいだね。でもいっか、女の子たちに試してあげれば♪ フフフ」

 慶一の邪悪にゆがんだ笑みを見慣れた俺であったが、今日は一段と逝っちゃってる。

「トール~! 慶一~! こっち来い~~!」

 校門のほうで白い乗用車がクラクションを鳴らしていた。

 お、あれは神田さんじゃないか。後部座席から六郎も手を振っている。

「慶一、行くぞ」

「フフフフフ」

 左手をポケットに突っ込ませたまま、右手でスポーツバッグを肩にかけている。

 にたにた笑いながら、またスイッチを入れたらしく、ポケット越しからかすかに音が漏れだした。

「フフフフフフフ」

 ……おいおい、頼むから問題だけはおこさないでくれよ。

826 :名無しさん@ピンキー:2007/07/20(金) 09:43:05 ID:T1/Rvuqw
 ▽

「藤井先輩、おはようございます」

「おはよ、かなみちゃん。もう全員来ているみたいだね」

「私たち一年生。誰も先輩を待たすような人はいませんよ」

「そういわれると、なんか自分が偉くなってるみたいでヤダよう」

「いえいえ、それが部活のしきたりですから。お兄ちゃんが朝早く出かけてみたいなんで、私たちも行きましょうか」

 この活舌のいい子は私の後輩――神田かなみ。

 お兄ちゃんというのは天守閣のOBのこと。

 合宿費用のほとんどが神田さんに払ってもらっているということだから、かなみちゃんにも申し訳ない気分になってしまう。

 なにやら競馬で大当たりしたとか。

「藤井先輩! 今朝はなに食べましてんか?」

「ダイエットで食べておらへんねんったらコレおすすめっす!」

 部員四人のうちの残り二人は、フミちゃんとチカちゃん。

 愛らしい顔を二つ並べたこの双子は、どちらもコンビニでバイトしているだけあって新商品に詳しい。

「ふーん、どんなの?」

「へい、チカ出しな!」

「はいさ、フミちん!」

 数分遅れの妹のチカちゃんはコンビニの袋の中から「わくわくばなな」と書かれた飲めるゼリーのようなものを渡してくれた。

827 :名無しさん@ピンキー:2007/07/20(金) 09:44:59 ID:T1/Rvuqw
「面白そうな飲み物だね」
 
「そうやっせ。ほんでから味もダイエットにも抜群だす。あたしとチカの間では只今ミリオンセラー」

「いやいや、フミちん。甘いな。バナナはんよりも甘すぎまんねん。もうギガバイトセラーやね」

「なんや、そのギガバイトっちゅーのはぁ!」 

 ぽこんとフミちゃんがチカちゃんの頭をはたく。

 いつもこんな漫才を見せてくれる、ノリのいい双子ちゃん。

 かなみちゃんともかなり仲良さげだから、一人だけ二年生の私は少しだけ残念に感じるときもある。

「藤井せんぱーい! フミチカァー! 五十一分の電車もうすぐだよー!」

「あ、かなみちゃんが呼んでる。早くしなくちゃ」

「よしチカ、はいはい! これも、はいはい!」

「え? え? フミちん?」

 フミちゃんは自分の荷物をチカちゃんにすべて預けてしまった。



828 :名無しさん@ピンキー:2007/07/20(金) 09:45:35 ID:T1/Rvuqw
「よし、先輩! 遅れないように行きまっせ!」

「わ!」

 手ぶらのフミちゃんは私の手を引っぱって改札口に向かっていく。

 えっと……チカちゃんのこと大丈夫なのかな?

「わたいのことならべっちょないだっせ。先輩、急ぎまひょ」

 あれだけ荷物を押しつけられてしまった妹のチカちゃんは、颯爽と私たちの横を駆け抜けていく。

 あれ……大きなバッグ、一つしか背負ってないような……

「あー! チカ! あたしの荷物だけ置いていったなぁ!」

「フミちんが悪いんやでー」

 フミちゃんにべーっと舌を出しながら、今度は空いた私の手を引っぱる。

 こんな後輩たちに囲まれて、やっぱり私は幸せなのだろう。

 この子たちがついているから、男の子を前にしても大丈夫なような気がしてきた。

 頑張れー、私ー!

837 :延々と続く片思い男女:2007/07/21(土) 11:06:53 ID:oc4huHKW
 ▽

「ここが今回泊まる宿舎ね」

 OBの神田さんが指差したフロントガラス越しのむこうには、青空が広がった山のてっぺんに白い建物の一部分が見えた。

「車ではここまでしか登れないから、あとは歩いていってな」

 外に出てみると、ぎっしりと詰まった森の匂いが鼻腔に広がっていく。

 それはもうコップ一杯分で一日の自然エネルギーが補充できるといった感じ。

 お泊まり所とかかれた古ぼけた看板の隣には、年に一遍も整備されているかどうか怪しい小径の入り口がある。

 だけど荷物をもって歩いても、そこまでつらくはないといった距離だ。

「さっき妹からメールが来たんだけど、もうすぐ来るってさ。じゃあ俺は帰るけど、妹たち四人よろしくな。次の大会、期待してるぜ」

「はい! 了解しました神田さん! ここまでお金を出してもらったからには、この真田慶一、必ずや全国に進出する所存であります」

 慶一がびしっと敬礼をすると、神田さんは笑みを浮かべながら、ヴォンと排気音を出して去っていった。

 木々のさざめきの合間に聴く野鳥の唄が心地いい。街中からたった三十分離れただけで夜空もきっと……

「さてや、トール君」

 悦浸っている吟遊詩人に、悪友が声をかけてきた。ちなみに俺を君付けするときは、なにかしら変な考えを発表するときだ。

「……なんだよ」

「じゃじゃーん。これが今回の女子高生四人であります。隠し撮りに成功しました。ほら、六郎もこっち来てみ」

 慶一は四枚の写真を取り出した。

 お腹から頭までをしっかり長方形に収めた制服女子が、それぞれの写真に一人ずつ写っている。

838 :延々と続く片思い男女:2007/07/21(土) 11:08:11 ID:oc4huHKW
「へー、良く撮れているね」

 六郎が感嘆しているが、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を……

 というかなんでそんなに極めて構図の良い写真が撮れるんだよ。

 二メートルの距離まで近づいて、はい、ポーズをとってくださいね。とか言わなきゃ無理なレベルだろ!

「六郎は、どの子がタイプ?」

 トランプのように写真を広げ、実に楽しそうに慶一が質問する。

「え……えっと、どういう意味かな?」

「好きなタイプだよ、好きな。貧乳がいい! とか、おでこがいい! とかあるっしょ」

「そういうの……よく、わかんないな……」

 蚊の涙ほども穢れなき心を持つ六郎は、慶一とは天と地ほどの差がある。

 まああまりにも六郎が奥手すぎるのもあるが。

 変態度を偏差値五十が平均で表わしてみると、六郎はめったにいない二十台を記録するだろう。

 慶一は、そうだな……鉄の融解温度までいくんじゃないか?

839 :延々と続く片思い男女:2007/07/21(土) 11:09:14 ID:oc4huHKW
「あー、六郎はウブすぎんなあ。じゃあトール! お前はどの娘よ」

 マジシャンさながら扇を広げるように四枚の写真を目の前に突きつけ、俺に問う。

 一番左の子、写真の右下には油性ペンでパーソナルデータっぽいものが書かれてある。

 『甲田フミ、(一年)――双子の姉、大阪弁、漫才好きでボケもツッコミもいける口』、

 写真を見ると健康美そうな肌色に、大きな目。ポニーテールが特徴的だ。この風景は登下校している途中かな。

 次、『甲田チカ(一年)――双子の妹、同じく大阪弁、漫才好きで、姉と共にお召し上がりください』

 ……なんだこの説明は。写真では姉とそっくりさんだが、この子はツインテールだ。

 次、『神田かなみ(一年)――OBの妹さん、可愛い、とにかく可愛い、ド本命。この垢抜けていなさそうな顔に

 運動少女というステータス! これからOBのことを義兄さんと呼ばさせていただきます。(*'Д`)ハァハァ』

 ……間違えた、これはパーソナルデータじゃねえ。慶一の主観記事だ。まあこのショートの髪型にはそそるものもあるが。

 一番右、『藤井みどり(二年、部長)――』

 ここまで読んだところで、慶一が急に写真を持つ手を引っ込めた。

「ご到着なすったぜい。トールと議論を交わしたかったところだが、これ見つかるとヤバイしなあ」 

 ああ、左様ですか。どうせ議論っていっても、三番目の子のことを選挙運動よりもうるさく演説するだけだろ。

 そしてなぜ一番重要な卓球レベルが書いていない。

 あぜ道を見下ろすと、先程の写真そっくりな女の子たちが、元気良く歩いてきた。

840 :延々と続く片思い男女:2007/07/21(土) 11:09:56 ID:oc4huHKW
 △

「ふぁ、疲れるね。ねえフミちゃんもチカちゃんも大丈夫?」

「私ならなんも平気っすよ」

「右におんなし」

「藤井先輩! あの人たちじゃないですか? 天守閣高校の部員さん」

「あ、そうだね……かなみちゃんも大丈夫?」

「はい! いまなら富士山にも登れる勢いですよ」

「そう、良かった……」

 坂道登って十五分。ここまで体力ないとは思っていなかったが、今日は特に体が重い。別にアレな日でもないのに……

 後輩を待たせて休憩を取るわけにもいかず、もう一度バッグを背負いなおして急な斜面を登っていった。

「おはようございまーす!」

 上から男の人の声が聞こえてきた。身内や、先生や、テレビとかで聞きなれたはずの低音域な響きに、

 私はとてつもなくドキッとした。

841 :延々と続く片思い男女:2007/07/21(土) 11:10:46 ID:oc4huHKW
「「おはようございまーす!」」

 後輩たちがそろって挨拶をする。ございまーすのところだけを重ねて返事をした。

 私たちは一歩一歩と近づいていき、そして彼らと合流するまでに至った。

「天守閣の卓球部部長、真田慶一です。よろしく。でこっちがトール。こっちが六郎。みんな二年生だね」 

 わあ! むこうの部長さんが挨拶をしてきた。ということは私も部長だから……

「柊草女学園から来ました藤井みどりといいます。この二人が甲田フミちゃんと甲田チカちゃん。

 この子が神田かなみちゃん。よろしくお願いします」

 ほっ、良かった。ちゃんと声に出せるではないか。

 このまま無言でおたおたしてしまって、かなみちゃんにフォローなんかされてしまったら、目も当てられない。

842 :延々と続く片思い男女:2007/07/21(土) 11:11:32 ID:oc4huHKW
「(先輩っ、声小さすぎますよ)」

 え!? かなみちゃ……

「彼女が柊草の部長、藤井みどりです。そしてこの双子の子は甲田フミとチカ。私が神田かなみです。兄がお世話になっております」

「へえ、神田さんの妹さんか。お兄さんに似てとってもスタイル良いね。それに素晴らしくキューティフルだ」

「え? キューティフル?」

「ああ、全く罪な人だ。あまりにもビューティフルすぎて、思わず英単語をメイキングしてしまったではないか。

 どうだい? 今宵、この満天のスタースカイのなか、ヨーロッパ中のバラを買い占めて貴方に……グホアッッ!!」

「あー、ごめんね、こいつたまに独り言つぶやいたりするんだ。それじゃあ宿舎まで行こっか」

「は、はぁ……」

 よし、いまだ! 今度はちゃんと目線を上げて話そう。

「あ、あの! 私が柊草女学園から来ました藤井みどりといいます!」

 ……あれ?

「藤井せんぱーい。もうみな行ってもうたよ」

「ファイトだす! 先輩!」

 あ、あう……

848 :延々と続く片思い男女:2007/07/23(月) 14:56:52 ID:qSZ/wQoR
 ▽

 月山舎のとなりには、体育館があった。大きさは学校のそれと遜色ないほどだ。

 この山はまさに合宿のための場所。他の高校からも何組かの部員が来ていて、それぞれ青春の汗を流している。

 ある人たちはバスケット部。またある人たちはバトミントン部。館全体に室内スポーツの掛け声を響きわたらせる。

 俺たちはこのような施設の一角にある卓球ルームで、練習に励んでいた。

 いろいろな組み合わせでの一対一や、チームを作っての団体戦形式で特訓しているうちに、閉館時間である夜の八時になった。

「じゃあ、今日はここまでにしとこっか」

 今の今まで奇跡的に問題を起こさなかった俺たちの部長・真田慶一の言葉に、柊草の面々もそれに同意する。

「晩御飯もあの食堂なのかな?」

「そうだな、あそこしかないしなぁ」

 お昼をとった宿舎内の食堂は決して美味いとはいえなかったが、わざわざ下山するのも億劫だ。

 六郎の問いかけに、俺は気だるく返事をした。

「では、三十分後に食堂に集合ということでどうでしょう?」

「うん! ほんでえーんちゃう?」

「そーやなー」

 神田さんの妹さんと双子娘たちの会話の流れも加わり、やっぱり飯は食堂でとなりそうなところで、

 ただ一人異論を唱えるヤツがいた。

「ちょーっと待ってい! 晩飯のことですが実はあてがあるわけです」

 慶一が、あからさまな役者口調を使う。

849 :延々と続く片思い男女:2007/07/23(月) 14:58:02 ID:qSZ/wQoR
「は? まさかわざわざ山降りるのか?」

「ノンノンノン、トール君。たしか月山舎の部屋には、当然のことながらコンセントがあるよなあ」

「ああ」

「そして、俺は電気鍋と材料を持ってきた」

「ほう、つまりこんな夜遅くから料理しようというわけか?」

「早漏トールよ、早まっちゃあいけない。実はもう作ってあるわけです」

「どうやって」

「昼飯食い終わったあとにだね、部屋に戻って、野菜を切って炒めて、今はコトコト煮込んである。

 あとはハヤシのルーを入れるだけさあ」

「えぇ!? ハヤシライスですか?」

 不意に女の子の声が、背後から聞こえてきた。

「うん? 藤井みどりさん。どうされましたか?」

 慶一の冷静な受け答えに後ろを振り返ってみると、

 自分の素頓狂な発声にびっくりして、恥ずかしそうに下をうつむく女部長の姿があった。

「実はね、藤井先輩、大のハヤシライス好きなんよ」

「そやね、ハヤシライス巡行の旅とか言て、県内歩き回るほどやんね」

「おやおや、そうでしたか。では藤井みどりさん、せっかくですので食べていただけますか?」

「え……あ……はい……」

 ますますうなだれる藤井さんに対し、慶一のほうはしてやったり的な笑みが見え隠れしたような気が……

850 :延々と続く片思い男女:2007/07/23(月) 14:58:40 ID:qSZ/wQoR
 △

「よかったですね」

 シャワー室で、短い髪の毛をわしゃわしゃとシャンプーしているかなみちゃんが、こちらに首を回してきた。

「えぇ! 何が……かな?」

「とぼけないでくださいよ先輩。ハヤシライスのことです。偶然ってあるものですね」

「そ、そうね」

「藤井先輩のあの声、とっても可愛らしかったですよ」

「もーう、かなみちゃんはいじわるだなあ」

 私は、腰まで垂れた髪から水気を切って、そそくさと退散しようとすると、後ろから誰かに抱きつかれた。

「せーんぱい♪ まだ帰っちゃあかんだっせ」

「えと、なにかな? フミちゃん」

「今日はいつもとてまうて、三人の男の人たちと一緒に練習しましてんね」

 チカちゃんが代わりにそう答える。

「ほんでだっせ。藤井先輩は誰が良かったんかやえなて」

「そ! そんな! まだ一日目ですし、私が誰かを好きになるとかは!」

 私はある男性の顔が、頭の中を横切ってしまい、瞬間的に顔が熱くなるのを感じた。

「やーだなあ、先輩。あたしは誰が卓球上手かったか訊いただけだすのんに」

「先輩、ひっかかってやんの」

「もうっ! フミちゃんチカちゃんってば」

851 :延々と続く片思い男女:2007/07/23(月) 15:00:01 ID:qSZ/wQoR
「で、本題だすけど、やっぱり誰が好きだすのん? あたしは六郎君。チカは?」

「安牌やなあ、フミちんは。わたいは漫才向いてそいな慶一君かな。そこで聞き耳立てとるかなみは?」

「ああうん、そうだね。私は徹さんのような人がタイプですね。はい、これで三人ともいいましたよ、次は先輩の番ですね」

 ええ? なんでみんなそんなに簡単に言っちゃうの?

「先輩だけ言わないのはセコだっせ、ほれ、先輩もパーっと言っちゃっとくんなはれ」

「……どうしても言わないといけない?」

「「どうしても!」」

 後輩たちが強く声を揃える。

「えーとね、私は……」

 何度か深呼吸して、喉から搾り出すように、

「私は……徹さんのような人が、ほんのちょっとだけ好みです……」

「「おおおっっっ!!」」

 また三人が合唱する。

「そっかそっか、そうですか、これは先輩応援してあげないといけませんね」

 とかなみちゃん。

「え、なんでなんで?」

 かなみちゃんも徹さんのことがタイプなのでは?

852 :延々と続く片思い男女:2007/07/23(月) 15:00:37 ID:qSZ/wQoR
「実はね、藤井先輩。あたしら言うたこと、ぜーんぶ嘘だす。

 あたしが六郎君、チカが慶一君、かなみが徹君と割り当てるように言うたら、先輩の本音が聞けるとちがかて思てましてん」

「作戦通りやね! フミちん!」

「ごめんなさい、先輩。フミチカにどうしてもと言われて……」

「え? それじゃあ……私だけ告白したってことになるの?」

 今日は何回も頬を染めたような気がするが、そのどれにも負けないほど真っ赤になってしまった。

「あー、せんぱーい、逃げたあ」

「先輩、テラカワユス」

「先輩! 体冷えてしまってるのでもう一度シャワー浴びた方が……」

 みんな、いじわるだあ。シクシク。

863 :延々と続く片思い男女:2007/07/25(水) 19:00:41 ID:bZ1JBuMH
 ▽

「そ! そんな! まだ一日目ですし、私が誰かを好きになるとかは!」

 な、なんだ?

 もくもくと湯気だつシャワーの栓を閉めると、同時にくぐもった女の子の声が耳に入ってきた。

 となりから? あの声は……

 俺たち男がシャワールームにいるということは、やはり女の子も同じく汗を流そうとしているわけで、

 仮に薄壁一枚で仕切りをしているのであれば、向こうからの発する音がこちらまで駄々漏れてもてんで不思議ではない。

 で、詰まるところ、藤井みどりさん本人の声だと判断できるほど明瞭に聞き取ることができ、

 俺にとって柊草四人中一番好感の持ったその子がさっきのような台詞を口に出すから、

 希念と緊張の思いで蛇口の栓から手を離すことができないでいるほどだ。

 ちなみに運良く慶一はいない。あいつがいた場合には、もうこの会話を最近刻々と良質になってきている携帯の録音機能で盗聴し、

 連続再生可能のメディアプレイヤーを耳元に置いて、寝てから起きるまでずっとかけっぱでいるだろう。

 いや、あの変態なら、盗撮ぐらいはするか?

 右手には六郎がいるが、たぶん彼には恋沙汰の話しなどフランス・ブルターニュ地方のブルトン語よりも理解できないに違いない。

 まるで気にすることなく体を洗っている。

 向こうからのシャワー音も交じるが、俺は耳の穴をかっぽじって集中した。

「で、本題ですけど、やっぱり誰が好きですの? あたしは六郎君。チカは?」

 おお! さっそく本題ですか! この声は双子ちゃんか? で、六郎君が好きですと。良かったなあ六郎。

864 :延々と続く片思い男女:2007/07/25(水) 19:01:40 ID:bZ1JBuMH
「安牌やなあ、フミちんは。わたいは漫才向いてそうな慶一君かな。そこで聞き耳立ててるかなみは?」

 双子ちゃんのもう一人の子だ。慶一が好き!? ……やめとけとは言わない。

 どうせ明日になったら嫌悪の対象になっているだろうから。

「ああうん、そうだね。私は徹さんのような人がタイプですね。はい、これで三人ともいいましたよ、次は先輩の番ですね」

 え? ……お、オオオオオオオオ俺!? いい、今のって神田かなみさんだよなあ。

 そっか、俺か……そっか、そっか……ヘヘ、そっか。

「先輩だけ言わないのはズルですよ、ほれ、先輩もパーっと言っちゃってください」

「……どうしても言わないといけない?」

「「どうしても!」」

 藤井みどりさんの番だ。俺も一緒に「どうしても!」と口を動かす。

「えーとね、私は……」

 うんうん、私は?

 ジャァァーーーーー!

 思いもかけず、いきなりの濁流音が聴覚を奪った。

 もう素ん晴らしいタイミングで、六郎がせっけんの泡の洗い落としを開始したのだ。

 六郎~~、そりゃねーよ。

 あとから考えてみれば、有無も言わさずにシャワーを止めてやればよかったんだが、

 このときは必死になってとなりからの音を拾おうとしていた。まるでWiiで行なう卓球の練習のように無駄であったが。

865 :延々と続く片思い男女:2007/07/25(水) 19:02:27 ID:bZ1JBuMH
 △

 香ばしいドミグラスソースの匂いが漂ってきた。

 デミグラスソースではなくて、正しくはドミグラスソースというのですよ、

 なんて語ると、「ホントに先輩ってハヤシライスのことになると饒舌になるんですね」とからかわれてしまうので、

 できるだけハヤシ知識は隠すようにしておこう。

「ほーい、できましたよーん」

 201号室の男部屋で作られたハヤシライスは、いまちょうどお皿に盛り付けられようとしている。

「トントントン、あーけーてー」

 向かいの203号室――女部屋から着替えの準備をしてきたフミちゃんがドアをノックする。

 なかなか防犯意識の高いことで、月山舎の各部屋にはオートロックが設置してあり、

 一度ドアを閉めると、鍵を持っているか、中の人から開けてもらわなくては入れない。

 私がドアを開けに行く。

「はい、フミちゃん」

 これで201号室に七人がそろった。フミちゃんはくんくんと鼻を鳴らし、とびっきりの笑顔になる。

866 :延々と続く片思い男女:2007/07/25(水) 19:03:23 ID:bZ1JBuMH
「あー、じゃあみんな、鍋を囲んでー」

 振りかえると徹さんがみんなに合図を送っていた。

 ふぁあ、なんでだろう? 練習中はそこまでではなかったのに、意識しちゃったからなのかな、お顔もまともに見られない。

「うお! トール、もうみんなに皿を配ったのか?」

「おう、それがどうかしたのか?」

「え……ああいや、ご飯の量の大小とか気をつけようと思って」

「足りなきゃまだおかわりはあるだろう、多けりゃ残せばいいし」

「う……どれがどれだか分かんねえ」

「なにを言っているんだ?」

 みんなが鍋の周りに集まって、輪になろうとしている。

 徹さんは左どなりの慶一さんとお話をしているけど、右どなりは、右どなりには……誰もいない。

「藤井せんぱーい、席はもちろんあそこやろ」

「そうやね、はいはい行った行った」

 ええ!? 私だけに聞こえるようにフミちゃんチカちゃんが呟き、それの意味するところに胸がキュウンと鳴らされる。

 息も心なし苦しくなったような。どうしてこの子たちは他人の恋バナがすきなんだろ。

867 :延々と続く片思い男女:2007/07/25(水) 19:04:19 ID:bZ1JBuMH
「先輩が行かないのでしたら、私が座りますよ~」

「……!」

 まだ輪に加わっていないかなみちゃんの言葉に、またまた胸が締め付けられた。でもさっきとは違ってなんとなく嫌な感じで。

「かなみ、先輩にいけずしちゃあかんよ」

「イジメ、かっこ悪い」

「冗談ですよ、先輩」

 私は急かされるまま、フラつかないようにしっかりとした足取りという気で、でもやっぱり少しフラつきながら、

 徹さんのとなりに座った。

「じゃ、じゃあ食べよっか」

 全員が鍋を囲んだところで、徹さんの号令のもと、遅い夕食会がはじまったのでした。

868 :延々と続く片思い男女:2007/07/25(水) 19:05:15 ID:bZ1JBuMH
 ▽

 フワっときた。急にフワっときた。ハヤシライスに屈しないほどシャワー上がりの女の子の芳気が、

 目に見えるほどの侵攻力を持って俺の鼻を陥落させたのだ。

「じゃ、じゃあ食べよっか」

 あんまりの不意打ちに思わずキョドってしまい舌噛んだ。そしてその恥をごまかすように先陣切ってみる。

 俺が食べると同時にみんなも競うばかり、というほどでもないが、各自スプーンを動かし始めた。

 厳しい練習で、おなか空いていることだしな。

 あれ?

「おい慶一、食べないのか?」

「え? ああ、うん、まあ、その、そう。こうも美味しそうに料理ができるとね、なんか食べるのがもったいないなーって」

「そうか? 自信作なのは分かったから、お前も食えよ。ウマいぜ。」

「……そだな」

 そして、若干の沈黙をおいたあと、

「札幌ドーム!」

 と毎日三十時間考えても解けないような叫びをシグナルとして、猛烈にメシを掻きこみ始めた。

 左にいるこんなバカ野郎はほっといて、鍋越しの正面に目を向けると、双子ちゃんたちが六郎相手に漫才をしているのが見えた。

 彼女たちの会話は非常にテンポが良く、まるで言葉というピンポン玉を使って、

 愛ちゃんもびっくりのスーパーラリーを打ち合っているように感じる。六郎もまた目を丸くして、そのリズムに聴き入っている。

 たしかどっちかは、六郎のことが好きなんだったな。がんばれ。

869 :延々と続く片思い男女:2007/07/25(水) 19:06:05 ID:bZ1JBuMH
 続いて、もひとつ右。こんな俺に対して興味津津であられる神田かなみちゃんが、とても礼儀良く正座して双子漫才をたしなめている。

 もう一度言う。俺のことがとっても大好きなかなみちゃんはなぜか向こう側を向いている。なんでだろう? 

 たまにちらちらとでもこちらを気にしてくれるのだったら嬉しいのだが、漫才に集中しているんだったら仕方がないか。ちょいと残念。

 さらに右には、我が麗しの藤井みどりさんが……なんかお皿とにらめっこするように下を向いて食べている。

 そうだった、ハヤシライスが好きなんだったな。これが慶一の策略だというのは考えすぎだろうか?

 まあいい。せっかくのチャンスなんだし、話しかけてみよう。

「藤井さんってどうしてハヤシライスが好きなんですか?」

「へ、はッ、ヒャウ!? け、けほっ、けほっ」

「あ、ごめんごめん」

 急に話しかけてしまったせいなのだろう。咳きこむ藤井みどりさんに水を差し出す。

「ンッ、ンッ、ンッ、くふぅ。……ふぅ。あの、ありがとうございます……徹さん」

「気にしなくていいよ。それより藤井さんって、俺のことを名前で呼ぶんだね」

「ひゃあ、いえ、それはっ違います、いえ、違うというのは違うという意味ではなくて、その、苗字は教えてもらっていないから……」

「そうだっけ? うーん……じゃあこうしよっか、俺も藤井さんのことみどりさんって言っていい?」

「はうあッ! はひ! はい、構いません。いいですよ。大丈夫です」

 あれ? 俺ってそんな怒ったような口調をしているかな? なぜだか怖がっているように見える。表情がおっかないからかもしれない。

 努めて笑顔で優しい言葉をかけても、スプーンを口に含ませて、ますますとしなだれるような格好をさせてしまう。

 ごくたまに気遣いからか、目を合わせてくれるも、サッと伏してしまう。

 その上目使いとても可愛いのになあ、本当に嫌われているのかな……ショックだ。

870 :延々と続く片思い男女:2007/07/25(水) 19:06:50 ID:bZ1JBuMH
 こっちからのほぼ一方的な会話がそろそろ途切れようかとするところで、いとらうたしかな。とんでもないことを質問してきてくれた。

「と! 徹さんって素敵ですよね! 彼女とかいるんですか?」

 え? それってどういう……

 しかし、発言の意味を百パーセント理解する前に、とんでも迷惑野郎が突如として喚きはじめた。

「おう、キタぜパトラッシュ。エキセントリックな掉尾を飾る予定だったが、いちごパンツ(1582)で最早これまで。

 チャーミングなショートヘアーが霞んで見えてきたぞよ。そんな貴方は明眸皓歯。そんな拙者は月下氷人。

 そして意識はメルトダウン。みせろかがせろさわらせろ……」

 こういい残し、慶一は豪快にも音をたてて仰向けに倒れた。今のは辞世の句なのか? 長いしムズいし覚えにくい。

 最後の一フレーズしか聞き取れなかったぞ。

 気づいたら、正面の三人も寝ていた。双子ちゃんと六郎が川の字になって。

871 :延々と続く片思い男女:2007/07/25(水) 19:07:38 ID:bZ1JBuMH
「先輩……私も部活の練習で疲れたみたいです。ちょっと向こうの部屋で休、み、ま……」

 立とうとするものの、全く体に力が入らないみたいで膝から崩れ落ちるかなみちゃん。

 なんかおかしい。そしておかしいと感じる初源の理は、そこでべそかいてぶっ倒れているこの変態だと判断、断定。

 大方このハヤシライスのいくつかに眠り薬でも仕込んだのだろう。

「みどりさんは平気?」

「う、うん。ちょっと気だるい感じがするだけ」

 そういっておぼつかない足取りで、201号室を出ようとする。

「私、部屋で休むね……」

 俺ははっきりとした意識があるから、おそらくはハズレだったのだろうけど、みどりさんの皿を見ると食している量が少ない。

 なので薬が入っていたかどうかは確認できなかった。

 さりとてもし薬が入ってたとすると、急に倒れることになってしまうかもしれない。

 俺は急いでみどりさんを追った。

882 :延々と続く片思い男女:2007/07/30(月) 15:44:19 ID:qyxHwqkY
 △

 あれ? 私、どうしたんだろ?

 クーラー結構利いているはずだけど、体が熱くほてる。

 首元から嫌な汗が流れてきて、呼吸も荒くなってきている。

 まるで体の全ての器官から酸素を欲しているような感覚が、全身を包む。

 心拍音も聞こえてきた。もうダメ、つらいかも。

「私、部屋で休むね……」

 頭と視界がふやけて、よろよろになる。お酒飲んだことないけど、酔うっていうのはきっとこういう気分なんだろう。

 201号室を出る。真正面の203号室のドアノブを引っぱる。あれ、開かない。

 そうだ、鍵、鍵。たしかポケットの中に……

「みどりさん、ふらついているけど大丈夫? とっとっと、うわあ!」

 意識が朦朧としていて、どうやら私の体は力なく倒れようとしていたらしい。後ろから声をかけてくれた誰かが支えてくれた。

「あっ、ありがとうございます」

 手短にそう告げて、助けてくれた顔を確かめようと目線を上げてみる。

 ぼんやりとした目に映えだしたのは、さっきまでいろいろ話しかけてくれた徹さんだった。

 ――徹さん!

883 :延々と続く片思い男女:2007/07/30(月) 15:44:57 ID:qyxHwqkY
 なんだかよくわからない。人に対してこんな気持ちになったことは生まれてから一度もない感情。

「…………!」

 しゃべろうとしたけど声は出せなかった。ううん、話しかける内容すらも混乱していてよく分からない。考えることができていない。

 じゃあ私は何をしているかというと、どうしようもなく気持ちのいい衝撃と、

それをうまく扱えないでいる切なさが胸に集まってきて、ただ瞳を潤ませているだけ。

「ちょ、ちょ、みどりさんホントに目がトローンとしてきてるけど、マジ大丈夫なん?」

「…………」

「とりあえず、部屋で休ませないと……うおっ、しくった。こっち側のドア、閉まっちゃってるじゃん。

オートロックうぜーなぁ。みどりさんの方の部屋は鍵ある?」

「…………」

884 :延々と続く片思い男女:2007/07/30(月) 15:45:36 ID:qyxHwqkY
 ▽

 何度か問いかけても、はぁはぁという息使いだけ。

 他のみんなと症状が違うことに俺はあせった。

「ごめんねみどりさん。すこしだけ鍵を探させてもらうね」

 決して広いとはいえない宿舎の廊下にて、壁に背を預けて座らせている。

Tシャツと長めのスカートを穿くみどりさんに対し鍵のありそうなポジションを見つけようとした。

ちなみにヤラシイ目つきでではない。そう、バファリンに含有するやさしさの割合ほどしか、卑猥な視線を送っていないつもりだ。

 もし鍵を持っているとするならば、おそらくはスカートのポケットだろう。

っていってもスカートのどこにポケットがあるかなんて、てんで予想つかない。

 とりあえず両腰に手を当ててみる。

「ひぁ……んっ」

 みどりさんが腰をひねった。いやいや変なところを触ろうとしたわけではありませんよ。

あくまで両腰。骨盤のところを軽く触っただけです。って俺は誰に言い訳しているんだ?

 天井には十メートルおきにダウンライトが並んでおり、その明るさはというと、

極端に顔を近づけないと表情が判別できないほど、蒼然たる暗色に閉ざされている。

 みどりさんは苦しそうに胸を上下させているが、かといって顔を覗き込むことも、これ以上下半身をまさぐることも申し訳ない。

 フロントまでスペアをもらいに行こうともしたが、夜遅いこともあり、

 取りに行ったけどなかった。 次は一時間後に取りに行くです。いやいや一時間後じゃまたフロントに人いないって。

 こうしてまた、201と203の両部屋の間で途方にくれていたが、いつまでも佇んではおれず、俺は一大決心をした。

885 :延々と続く片思い男女:2007/07/30(月) 15:46:12 ID:qyxHwqkY
「みどりさん、体起こすよ」

 鍵を見つけるために、みどりさんを持ち上げた。

 見た目軽そうな女の子でも、全身力が抜け切っているので、後ろからお腹に手を回して抱きつかなくては力不足だ。

 ぬおっ。

 匂いとは恐ろしいもので、至近距離でみどりさんの香りを嗅ぐと、なんとも不埒な気分になってくる。

 けれども俺はMPの半分ほど使って、いきり立とうとする一物をしずめた。

「えーっと、ここかな?」

 後ろポケットをさわると鍵らしい物体があった。引き抜く。

 鍵なんかじゃなく、女子高生のヒップを思いっきり握り締めたい衝動に駆られたが、

 そこもやはり残り半分のMPを駆使して思いとどまる。MP0。たぶん次はない。

「よっしゃあ、開いたー!」

 慶一がどんな薬を使ったかは知らないが、命を奪うようなことはないだろう。

 俺にできることといったら、後はみどりさんをベッドに寝かせてあげることぐらいだ。

 ふぅ、いろいろ疲れた。じゃあ俺も変な気が起こらないうちに、寝るとするか。

886 :延々と続く片思い男女:2007/07/30(月) 15:47:06 ID:qyxHwqkY
 △

 徹さん、徹さん、私おかしくなっちゃたのかな?

 抱き上げられたりして徹さんと触った場所が痺れたように熱いよ。

 年頃になってからは男の子に接する機会はなかったけど、おそらくこの感情は……ドラマや小説で言うところの……恋、かな。

 わかんない。わかんないけど、徹さんにもっとさわってほしかった。ペタペタって。

 恋する乙女というのはものすごいって聞くけど、こんなに気が高ぶるものなんだ。へぇ~。

 徹さん、もう寝ちゃったのかな? もっともっといろんなお話がしたかったな。

 そしていろいろなところをペタペタさわってもらって。

 ああっ! 私、とってもエッチなこと考えているけど、これが恋なんだよね。普通なんだよね。

 もし私に歩く力があれば、今すぐに徹さんのとこまで行って、キスしたいよう、唇を押し付けたい。

 あ、でもダメだよね。徹さんの気持ちを聞かないで、勝手なことをしちゃ。

 ……でもでもでも想像の中ならちょっとはいいかなぁ~なんて。

 私が寝ているベッドまで徹さんが寄ってくる想像をしてみた。電気が消えていてよくわからないけど、きっと優しい表情だ。

 徹さんは私の上布団に乗っかる。両膝で私の腰を挟み込む形にして。

 体重の重心はかかっていないけど、布団の張りによってちょっぴり拘束された気分になる。

 布団からは頭しか出ていなかったが、その頭を目掛けて唐突にキスされた。

 洋物の映画に出てくるような、深い深い口付け。空想上なのに唾液があふれてくる。それを彼のだと思って呑みこむ。ごっくん。

 次は、肩から胸にかけて手を這わせてきた。布団の上からだけど、ぞくぞくっとする快感に身が爆ぜる。

 私は、大きい胸が好き? と訊いてみる。彼は、みどりの胸が好き。と答えてくれる。

887 :延々と続く片思い男女:2007/07/30(月) 15:48:06 ID:qyxHwqkY
 マッサージのように何回か揉まれていると、急に手が止まった。彼は数秒考える仕草を見せると、突然ベッドから降りてしまった。

 どうしたの? と一言かけると、その言葉にすれ違うようにして、彼は足元から布団にもぐりこんできた。

 足の裏をこちょこちょとかいて、厭らしくも股を広がせてきた。

 私はちょっとだけ抵抗するけど、その曖昧な行動に彼は愛おしそうに笑う。

 彼の両手は、私の両足からゆっくりと上ってくる。つまさき、かかと、すね、ひざ、もも。じらすように上ってくる。

 両足の合流地点まできて、私はぎゅっと目をつぶったが、彼は嘲るように女性の一番大切な部分を通過し、さらに進んでいった。

 Tシャツに手を入りこませて、胸までたどり着く。そして上手にブラをはずされる。

888 :延々と続く片思い男女:2007/07/30(月) 15:48:50 ID:qyxHwqkY
 足から胸まで彼の触れたところは、魔法のように熱を帯びている。

 彼は、もうすでに尖ってしまっている私の乳首を捻じりながら、ひょっこり頭を出してきた。

 無意識に私は赤くなる。けどずるい。彼はとても澄ました顔だ。プイっと顔を横にそらすと、ほほにキスされた。

 彼は……その、男の人のソレを、ショーツ越しの私の股間にあてがった。

 強く強くおしつけてきて、上下運動を始める。実際にこういう行為はしたことがないけど、本能で知っているのかな。

 右手で股に照準をあわせて擦り、想像とあわせる。

「…………ん……ぁ、ふぅん……」

 声が漏れてびっくりした。信じられない。こんなに気持ちのいいものなんだって知らなかった。

「ふぁ……あ…………ああんっ」

 指にめいいっぱい力を込める。全身に不思議な灼熱がこみ上げてきた。

「ひゃぁ、はぁ……ああっ……はああ!」
 
 な、なにか変。その温度がとどまるところをしらずに上昇していく。

「はっ、はあ、ん、ああああっ、ひゃああぁぁぁ、ふぁああああああああ!」

 …………

 …………

 ……初恋って、気持ちいい……

896 :延々と続く片思い男女:2007/08/06(月) 14:38:57 ID:nSJsXPPf
 ▽

 ハヤシライスを食ってから、歯も磨かずにベッドに入った。

 着飾りとしてはいいが、寝転んでみると分かる刺繍の部分がやけにゴワゴワして鬱陶しいTシャツを床に脱ぎ捨てる。

 Gパンも同じ理由で今は穿いていない。

 合宿といったら寝るのには敷布団と相場が決まっているのだが、ここは違う。

 一部屋には四つのベッドが並べられ、分厚く高級そうなカーテンをめくると、部屋の半分ほどもある小奇麗なベランダがあった。

 眼下にはどこまでも続く黒い森が広がっている。

 そんな、もう宿舎どころかホテル並みだろという月山舎には、もしかしたら使い捨て歯ブラシも備え付けられていたかもしれない。

 でも、もういいや。寝る。

「ひゃぁ、はぁ……ああっ……はああ!」 

 いきなり聞こえてきた。

 みどりさんの息遣い、というよりもすでに喘ぎ声が、だ。

 おいおい慶一。お前、何を入れてくれたんだよ。睡眠薬といっても一応『薬』なんだからな。

 人によってはアレルギー発作とか引き起こしかねないだろ。

「はっ、はあ、ん、ああああっ、ひゃああぁぁぁ、ふぁああああああああ!」

 ん、ん? いや、やばいんじゃないか? うなされているだけじゃないだろ。ちょっと確認しとこう。

 トランクス一枚しか身に着けていないが、この暗がりならまあいい。

897 :延々と続く片思い男女:2007/08/06(月) 14:39:49 ID:nSJsXPPf
 俺はみどりさんのベッドの近くまで来て、様子をうかがった。

 さっきまで全速力で走った後のようなひどく荒い息をしていて、少し不安になった。

 熱を測ろうと額に手をのせてやる。

 ……うん、自分の体温とは違いが分かるほどに熱かった。……マジ、どうしよう……

 医者でもナースでもない俺は、この緊急事態にほとほと困り果てていると、みどりさんが意識を取り戻したみたいだ。

 目を凝らすと、うっすらと俺を見つめるみどりさんの瞳があった。

「徹さん……?」

「みどりさん、大丈夫ですか!?」

 うつろうつろと目線が揺れているが、的確に俺の顔を捕らえているのがなんとなく分かる。

「徹さん、もう一回ですかぁ? うれしいです」

 う、うん? 何がもう一回なんですか。

 のんびりとした彼女の口調に、意味がよく掴み取れない。

「今度は……中にお願いしますね」

 え? さっぱり分からん。夢の続きと勘違いしているのかな?

 みどりさんは縋りつくようにして右手を伸ばしてきた。では、と手を握ってやる。柔らかな手のひらと指には、汗かなにかで濡れていた。

 かわいいなあ。こんな娘を彼女にして、ホテルの一室でガンガンと俺の欲望をぶちまけ……っていかんいかん。

 みどりさんの体調確認が急務だ。

898 :延々と続く片思い男女:2007/08/06(月) 14:40:29 ID:nSJsXPPf
「とりあえず、電気つけますね」

「ぁ……ふぅん、電気は、だめ……恥ずかしいです」

 そ、そうか。で、じゃあ、俺はどうしたらいいんだ?

「もう一回、キスしてくださぁい」

 キ! キ! キスですか!? キスというとあれですか? 男と女の唇を重ねたり嘗めたり突っついたりするあれですか?

 って俺はなに純情ボーイを振舞っているんだ! 妄想の中じゃあもっと鬼畜なことをかましているだろう。

 生まれてきてから十七年間、はじめて女の子にそんなこと言われたからって、

 ドキドキする年齢でもないし。中学生かよ俺は! あードキドキする!!

 ん? ちょっと待て。もう一回? もう一回って何がもう一回なんだ?

 キスか? キスだよなあ。俺はしてねえぞ。さっきまでベッドで寝転んでいたし。っていうと何だ?

 夢の中の誰かとみどりさんはキスしていたのか? なんだそれ。みどりは俺の嫁。じゃなくて、みどりさんにそんな不埒な行為をするのは、

 なんてうらやま……えーっとどっちだっけ? あぁ、うらやましいでも合っているのか。……じゃなくて、ユ・ル・セ・ン!

 はぁ……そっか、みどりさんには想い人がいたということか……残念賞!

 うぅ、つらい……つらいってもんじゃねーよ。胸の中身をえぐられて鼻の穴につめ込まれた方が、まだましだ。サヨナラ、俺の初恋……

 あれから、なんかみどりさんは大丈夫そうなので、俺はベッドに戻った。たぶん泣きながら。

899 :延々と続く片思い男女:2007/08/06(月) 14:41:17 ID:nSJsXPPf
 △

「かなみちゃんは、何ともない?」

「はい、私は平気です。少しだけ頭が重たいですが、部活動に支障が出るほどではありません」

「そう、無理のないようにしてね。フミちゃんとチカちゃんは?」

「問題あらへんよ」

「平気っす、先輩」

 二日目、朝。

 慶一さんが言うには、タマネギから出る硫化アリルが集団食中毒を引き起こしたらしい。

 タマネギを多く入れすぎちゃってゴメンって言っていた。

 医学的なことはよく知らないけど、そんなこともあるんだ。今度ハヤシライスを食べるときには気をつけなくっちゃ。

 昨晩は私も食中毒に当たってしまって、食後のことはあまり覚えていない。でも、徹さんが私の介護をしてくれたことは分かっている。

 そして、そのあと……とってもエッチなことをしたような気がして……それが夢か現実かも分別できないほど混乱していて……

 まともに徹さんの顔も見られない。

 そして今、私は、誰にも、どんな物にも触れることができない。だって触ってしまうと……

「おう、トール。お前は平気だったんだってな」

「ああ、そのことで慶一には厳しく詰問したいところなんだが」

「それは、合宿後にしてくれ。ところで当たりくじを引いたのは誰だったんだ?」

「なんだ? 当たりくじって」

「それはだな、ネットオークションで仕入れた――だよ。」

「はぁ? そんなはんざ……」

900 :延々と続く片思い男女:2007/08/06(月) 14:42:31 ID:nSJsXPPf
「おーと、シャラープ。俺もお前でもないということは、六郎と女の子四人のうちの一人。

 女の子に当たる確立は五分の四、イチローの倍以上の打率だぜ」

「それで、その当たりくじを引くとどうなるんだ?」

「ようつべでその参考動画を見たんだが、それはヤバイね。男女問わずもう出しまくり、吹きまくり、感じまくり。

 そしてその感覚は一週間消えることはない。ほらトールも覚えているだろう、一学期期末テストのとき。

 試験勉強中にちょっとだけ試しに嘗めてみたんだが、そしたらテスト期間はずっと起ちっぱなしでヤバかったさ」

「ああ、静かな教室でお前だけ奇声を発していたな。よく覚えている。何度か注意されていたしな」

「いやいや、あれはわざとやったんじゃなくて、ホント火照りが体内を駆け巡っていて大変だったのさ。

 もう窓からお前ら男共を投げ捨てて、すぐさま自慰に耽りたいぐらいに」

「そっか」

「そうだ」

「……」

「……」

「で、それが五人のうちの誰かと」

「そうだ」

 廊下にいる徹さんの声を耳をそばだてて聴く。英語のヒアリングよりも集中していると思う。

 男の方に甘美な声といったら失礼かもしれないけど、徹さんから出る甘く麗しい音を聴いていると、強く抱擁されたい気持ちになってくる。

 でも今はダメ。今、その広い胸に入ってしまうと、とんでもなく自我が壊れてしまいそう。

 その、昨晩から体調がおかしいせいで、変なことばっかり想像しちゃう。これじゃダメ。もっと一般的な男女の付き合いを考えてみよう。

 一般的といったら、やっぱり駅前でデートなのかな。私は散々悩んでおしゃれな服を着ていく。

 待ち合わせ場所にはもうすでに彼がいて、私は、待った? と声をかける。徹さんは静かに首を振り、私と手を重ねて歩こうとする……

901 :延々と続く片思い男女:2007/08/06(月) 14:43:10 ID:nSJsXPPf
 う、うわぁ、これはすごい。私がこんなことをするなんて信じられないよう。だ、だって隣がかなみちゃんとかではなく、徹さんですよ!?

 ふひゃ? ニヤケた顔が止まらないよう。こんな顔、誰にも見せられない。止まってー、止まってー、私の顔!

 あれ? なんかみんな体育館に行っちゃったのかな? 人の気配がしない。

「藤井先輩、ずっとうつむいていますけど大丈夫ですか?」

 あ、かなみちゃんの声が聞こえた。

「もうみんな練習場に行っていますけど、先輩はどうされます? 具合が悪いのでしたら、お休みになられたほうが……」

 といって、私の背中を撫でる。

「ヒャンッ!!」

「ご、ごめんなさい……先……輩?」 

「あ、あ、ううん平気だから! 先に行っていて、かなみちゃん!」

「……はい、わかりました」

 かなみちゃんは不安そうな声質で、ここ、203部屋から出て行った。

 今度こそ部屋の中には誰もいなくなる。

 触られた背中は熱く痺れてくる。

 痛みではなくて、もっともっと摩擦したくなる感じで。

「はぁ、私、こーゆーこといつもはしないのに……」

 部屋の鍵を確認してから、今朝方まで眠っていたベッドに潜りこんだ。

 頭まで上布団をかぶると、すごい淫臭がした。

「体が、疼くから、仕方ないよね」

 今日だけで何度目になるか分からないけど、私は再び体をまさぐり始めた。もちろん徹さんを想って。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年08月14日 11:39