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La-Piece~ラピエス~
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520 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 00:23:54 ID:6McLzcBh
説明しよう。
ある日、宇宙人が現れたんだ。
その宇宙人が言うには、
全世界中の男30億人、女30億人を、
それぞれ30億ペアで、ある白い個室に24時間監禁するらしい。
その白い部屋は縦、横、高さ、それぞれ10m。
1ペア1部屋。全部で30億部屋。
どうしてこんなことが分かるかって?
それは、全地球人の頭の中にそういう映像が流れたんだから仕方ないじゃないか。
もちろん僕も見た。
本当にびっくりしたよ。
こんなこと前代未聞だもんね。
全世界中のメディアは、こぞってこの問題を取り上げた。
今では、新聞記事の半分・テレビでは一日10時間もの量、この手の話題だ。
決行は、日本時間で今日の夜8:00から明日の夜8:00まで。
さて、どうなることやら。
521 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 00:25:06 ID:6McLzcBh
世の中にはもちろん変な人もいる。
日本国政府は、各自防衛用の武器を持つことを推奨している。
それはそうだろうな。
どれだけ犯罪を犯しても、捕まえる人がいない。
自分の身の安全は、自分で守らなくてはいけないのだ。
僕の女友達も、この手のことを心配している。
見ず知らずの人に、強姦されるんじゃないかって。
僕は、包丁と電気スタンガンを持つように言った。
それでも彼女は不安らしい。
一緒になるのが僕だったら良いのにねと言ってくれた。
嬉しかったが、そんなのは30億分の1だから期待しない方が良いだろう。
おっと、もうすぐその8時がやってくる。
ペアになるのは誰だろう?
ノルウェーの美少女か、中国の若奥さんか、タンザニアのお婆さんかもしれない。
アメリカの国務長官だったらいやだな。問答無用で撃ってきそうだ。
日本語で意思疎通が図れる相手は、30億分の6000万。
2%か。少ないな。
7時59分になった。
僕は戦う意思はないので、武器は持たないでおく。
僕の家族4人は、だんだん意識が遠のいているようだ。
そして……ぼくも……マドロミノナカニ……
522 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 00:26:12 ID:6McLzcBh
ここは、どこだろう……
そうだ。あれだったな。
宇宙人のヘンタイチックな実験だ。
部屋の白さで気づいた。
僕は、腕時計を見る。
8時……40分。
8時からじゃなかったのかよ。
あ!
そんなことはどうでもいい。
僕のペアは誰なんだ!!
がばっと起き上がった。
「…………!!」
なんか左手の方から声が聞こえた。
左に振り向く。
僕とめいいっぱい離れた場所から、その少女は刃渡り30cmもあるナイフを構えていた。
金髪。蒼い瞳。絹のような白い肌の少女。
10歳ぐらいだろうか?
感じのいい赤と黒とベージュのブラウスを着ている。
523 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 00:26:52 ID:6McLzcBh
「グッドモーニング」
トーイックで400点台の僕は、なけなしの英語を使ってみた。
「…………!!」
あれ?できるだけ笑顔で言ってみたつもりなんだけどなあ。
「ニーハオ。……は違うか。中国系じゃないもんなあ」
少女は変わらず僕を睨みつけてくる。
えーとあと、フランス語話す人も結構いるようだから……
「ボンジュール」
こころなしか、驚いたように見えた。
「……Bonjour Monsieur」
おお! 今なんかボンジュールって聞こえたような気がするぞ!
この娘はフランス人、もしくはフランス語がしゃべれる人だ。
「……Me comprenez-vous?」
む、こんぷれぶー? ごめんフランス語分からないんだ。
「Quel est votre nom?」
「ア、アイキャンノット、アンダースタンド、フランス……語」
フランス語ってなんていうんだっけ。
それでもこちらの意図は気づいてくれたらしい。……なんかがっかりしたような表情をしている。
524 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 00:27:34 ID:6McLzcBh
「キャンユースピーク、イングリッシュ?」
こういう時、ドゥユーのほうが良かったのかな? でもどっちでもいいや。
「……Je ne comprends pas」
ああ、駄目だ。コミュニケーションは無理っぽい。
こんなことだったら、世界十ヶ国語フレーズ集持ってくればよかったなぁ。
テレビでそんなこと言っていたような気がしてきたけど、もう遅いな。
兎にも角にも、その物騒なものはしまって欲しい。
どうしたらいいんだ?
「その、ナイフ、下に、下に、置いて」
身振り手振りで、ナイフを放すように言う。
少女は何も言わずに睨んでくる。
「だから、その、ナイフを、あーもう、置いて欲しいんだってば」
「Eloignez-vous」
「だから、何言っているのか分からないの。そのナイフをしまって欲しいの」
交戦意思を表さないように優しく語りかけながら、少女のもとへ寄る。
「Eloignez-vous!」
「そのナイフ、奪い取っちゃうよ」
「Arretez!!!」
少女の全力での嫌がりように、僕もビビった。
「あーわかったわかった。ナイフは取らない。取らないから大丈夫だよ」
両手を頭の上に上げる(世界共通の?)降伏のポーズをとりながら、僕はあとずさる。
525 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 00:28:46 ID:6McLzcBh
何をやっているんだ僕は。こんな小さな子を怖がらせてどうする。
こうして僕たちは対角線上に向かい合った。
10m四方……ルート2が1.414だから、14mの距離を保っているわけか。
そんなしょうもないことを考えながら時間をつぶした。
暇だな……あぁ腹も減ってきたな。
ポケットの中の携帯食料を探ってみる。
あれ? ねえ。何で無いんだ? あれだけ家族で確認しあったのに。
……。
そっか。24時間は飲まず食わずで過ごせってことね。
ったく。宇宙人の考えることは良く分からん。
ごろんと横になる。
10m上空を見ると……換気扇?みたいなものがあった。
これで空調を整えているわけか。ほんと準備が良いな。
ほかにもなんか無いのかな?
真っ白な部屋をぐるっと眺めてみる。
なんだ……あれ?
なんか輪っかみたいのがある。
咳払いをして、これから動くぞという合図を少女に送ったあと、その輪っかに向かって歩き始めた。
ん、これは。
ドアの取っ手だ。
さっきまで、全然気づかなかったぞ。
向こう側は部屋なのか?
532 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:04:54 ID:6McLzcBh
「うっ!」
ドアを引くと、全面真っ赤な部屋が現れた。
大きさは2mぐらいの立方体。
部屋の高さが低いこともあって、圧迫感を感じるし、
何より、その血を彷彿とさせる赤さが気味悪い。
「ここは……トイレなのか?」
どんな感性を持っているのだろう。
その部屋の中心には、片手いっぱいに広げたほどの穴があり、
すぐ隣にはトイレットペーパーと思わしきものが3つ置いてある。
無論、それらも赤い。
嫌悪感からかドアを閉めようとした時、
ドアのすぐ近くにあるモノが落ちていた。
「りんご……」
トイレに落ちていた2つのりんご。
本物のりんごかどうか確認するために、拾ってみる。
ずっしりと重く、甘酸っぱい香りが漂ってきた。
「…………ハハ」
もう何がなんだかわかんない。
これを二人で分けろってか?
533 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:08:59 ID:6McLzcBh
あとに何にも残されていないか確認した後、ドアを閉めた。
「ヒュイーン」
入るときは気がつかなかったが、面白い音がするもんだな。
ドアを開ける。
「………」
ドアを閉める。
「ヒューイン」
もっかいドアを開ける。
「………」
もっかいドアを閉める。
「ヒュイーン」
――なるほど。
534 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:09:39 ID:6McLzcBh
「ほら。りんごが2つあったよ」
両の手に一つずつ、同じ大きさのりんごを持ってみせる。
「お腹すいているんだったら……食べよっか」
ドアと少女との間は、5,6歩の距離がある。
その距離を詰めることなく、優しく呼びかけた。
「……」
少女は、右手に横たわっていたナイフを思い出したように構える。
うーん。そんなに怖いのかな? 僕。
「おっ。ちょうど良いじゃん。そのナイフで切らせてくれよ」
言葉の意味の1%も伝わると思ってはいないが、
この雰囲気のまま、また沈黙することが嫌だったため会話を続ける。
「そのナイフで、こう、ザックン、ザックンと」
りんごを切る真似をする。
535 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:10:44 ID:6McLzcBh
「……」
表情一つ、動き一つ変えない女の子はひたすら僕を睨む。
伝わっているのか?
ゆっくりと近づいていく。
「……」
しかし少女のほうもまた、ナイフを持ったままゆっくりと壁伝いに逃げていってしまう。
……
まだ避けられてはいるが、先程よりも抵抗が少ないかな。
「りんごをここにおいておくね」
その少女の‘元’いた部屋の角にりんごを2つ置き、僕は反対側の部屋の角へと戻っていく。
自分用を除いた1つだけを置こうかとも考えたが、誠意を見せたくて2つにした。
536 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:19:00 ID:6McLzcBh
何もすることが無くなり、腕時計の針だけが怠慢そうに働く。
仕事や趣味のことを思い返したりもしてみたが、これがなかなか時間の潰しにならない。
本でも持ってくれば良かったな。かなり暇だ。
そういえば、僕の友達は「このリュックサックを背負っていくぜ」とか言っていたな。
そのリュックサックを見てみると、中はお菓子だらけだったが……。不憫な奴め。
まあ僕も人のことは言えんが。
ポケットの中をごそごそと探した。
使い込まれた赤いパスポートと、
公営ギャンブルに行くときによく貰ってくる短い鉛筆が出てきた。
そうだった。日記を書きとめようとして、こんなのも入れたんだったな。
パスポートをメモ帳代わりにするのもどうかとも思うが、僕はそういう人なのだ。
他には……とまた手を突っ込む。
537 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:19:36 ID:6McLzcBh
いろいろと入れたような覚えもあるが、もう、アメのひとつも出てこなかった。
仕方なくパスポートをパラパラとめくってみる。
仕事の関係上、成田と上海の名が刻まれたハンコがいくつもあったが、
余白の部分もだいぶ残されている。
そうだ。
僕はうつ伏せになり、右手に鉛筆を持ち、少女を見つめる。
自称、絵心のある僕は一本一本の線を丁寧に、
且つ、ジャパニーズアニメのようなユーモアも加え、顔を描いてゆく。
その少女は、淡泊な部屋の白さに相反し、昂然と輝きを主張するりんごに目を置いている。
つまりは横を向いている。
フランス少女の横顔もなかなか様になっているじゃない。
紙自体が小さいので、書き上げるのも早かった。
これ見たら、この女の子も喜ぶかな?
黒く染まったパスポートの中身をひらひらとさせつつ、男は少女に(性懲りもなく)近づいていった。
538 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:20:39 ID:6McLzcBh
「どうかな? 上手く書けているでしょう」
「……」
この男に対する身の危険が薄まったのか、相手に気を使うことを覚えたのかはわからない。
ナイフを手に取ること無く、描かれた自分をまじまじと見入った。
「……C'est maladroit」
ひさびさに、およそ5時間ぶりに、少女の可愛らしい声が聞こえてきた。
褒めているのか、貶しているのか、その表情からは判らないが、感想を言ってくれているのだとは思う。
「Un stylo」
と言って、今度は手を差し出してきた。
ん? 握手か?
そーか そーか 親愛なる握手ですな。
僕は小さな手を壊さないように握りしめた。
「Non!」
ちょっと顔を紅潮させ、僕の手を振り解いた。
あれ? スキンシップはまだ早かったかな? でもそれを求めたのはこの女の子だし……
などと思っていたら、なにか、そのパスポートに書く真似をしている。
ああ、そっか。鉛筆を貸して欲しいのかな?
539 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:21:34 ID:6McLzcBh
後ろポケットにしまった、細く短い鉛筆を彼女の手に渡す。
「~♪」
穏やかなメロディの鼻歌を交えながら、少女の描かれたイラストの下に、
できるだけ大きく文字を書き込む。
L I A
女の子らしい工夫を凝らした文字だ。
「Lia」
こう言った少女は、胸を2回ポンポンとたたく。
「リア……ちゃん?」
名前だ。
こうした些細なことでも、初めて会話が成立したと言う事実に、嬉しさがこみ上げる。
「リア」
もう一度、はっきりと口に出す。
少女も同じ思いなんだろう。
目を細めさせ、何度も頷いた。
540 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:22:40 ID:6McLzcBh
「モリ」
僕の名前は鈴木守彦です。とは言わず、
リアと同じく、最大限に簡潔な言葉を選ぶ。
そして胸をポンポンと。
リアも言いたいことは分かってくれたようだ。
「Mori」
顔を覗き込まれ、声が脳内に響く。
うおっ。こ、これ、なんつーんだ? 超っ嬉しいわ。
え? いやオレ、別にロリ属性があるわけじゃねーのに、
なんか、にやけた顔が止まらん。うお、こりゃやべぇ。
声をかけた瞬間、慌ただしく、(一人称まで替えて)、顔を背ける男に、リアはキョトンとなる。
「すー はー すー はー うん大丈夫。大丈夫ですから。ノープロブレムってやつだ」
「Mori?」
「あっ、そういえば、お互いの国の名前も聞いていなかったね」
一呼吸おいて、僕は訊く。
「フランス?」
「……?」
分かんなかったのかな、と同じ発音を繰り返してみた。
「フランス?」
「……?」
541 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/28(土) 22:23:40 ID:6McLzcBh
あれ……分かんないみたいだ。
発音が悪いのかな?
どう伝えようか、思案に耽っていると、パスポートに目が留まった。
そうだフランスの国旗を書いてみよう。
長方形の枠を横に三等分に分け、左と右を薄く塗りつぶす。
うんっ。いい出来だ。……イタリアに見えないこともないが、これは仕方ない。
この絵を見せながら、再度、
「フランス?」
と芸の無い一単語で質問。
「Je suis venu de……France」
僕のハイテンションぶりに動じることなしに、
リアは、問いに答えてくれた。
最後の言葉をとてもわかりやすく。
547 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/29(日) 16:28:46 ID:9n8KVxh9
それから、僕たちは絵を描きあいながら時間を過ごした。
パスポートの残りのページが心許なかったが、リアの軽やかなハミングを聞いているうちに、
お絵かきは単なるきっかけに過ぎないと思い知らされた。
「~♪」
楽しそうだね。それは何の曲だろう。
小学校の音楽の授業で教えてもらったのかな?
よし、僕も何か歌ってやろう。
コホン。ス~、
「ミミファソ ソファミレ ドドレミ ミ~レレ」
ベートーヴェンの第9番、喜びの歌だ。
有名だから知っていると思うが……、
「mi mi fa sol sol fa mi ré do do re mi ré~do do」
僕より美しい音色を操り、リアは満面の笑みで返してくれた。
「~♭」
「~♪」
それからも幾多のクラシックを合唱し、この場は音楽会へと変貌した。
548 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/29(日) 16:29:40 ID:9n8KVxh9
まだ手のつけられていないりんごを、男がウサギさんに変えようとした時に、
ソレは起こった。
ここに来て8時間、一日の3分の1が経過した時である。
部屋の上方、換気扇の辺りから、
大きな琥珀色の水晶がいきなり降りてきて、男の腰のところの高さで急停止。
何かのスクリーンのようでもあったし、単に鏡かもしれない。
音も有ったか無かったか、男も少女も分からない。
二人は正常な感覚を忘れつつある。
部屋のど真ん中にある水晶は、
男の胸を目掛け、部屋の白さになお負けじとするほどの、純銀の輝きを放つビームを放ってくる。
563。
ビームの放たれた場所から、10進法の数字が浮かび上がる。
刃渡り30cmのナイフにも、
267、と。
そして、少女にもその輝きはあった。
32。
549 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/29(日) 16:31:16 ID:9n8KVxh9
男は、何の数字だろうと考える間もない。
数字をはじき出し、その役割を終えんとした輝きは光を失い、代わりに中央の水晶から変動をもたらす。
光が上空に伸び、円柱のカーテンを作り上げる。
換気扇から、また、ナニカ、現れはじめた。
円盤状の火花を溢れさせながら、行き場の無い烈風が男の身を突き刺す。
何も見えない光の中から、何かを感じさせる闇が舞い降りる。
まさにそれは、堕天使の降臨。
黒豹へと形を変えたソレは、862の数字を顕現させていた。
二人は、それが3者の戦闘力の合計であることも知らずに。
550 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/29(日) 16:33:19 ID:9n8KVxh9
「リア!」
呼ぶよりも早く、リアは腕にしがみつく。
「mori」
僕たちを繋ぐ、唯一の意味なす単語が交わされた。
くそっ! なんなんだ。あの動物みたいなものは!
リアと最初に出会ったときとは比べ物にならないぐらいの敵意、いや殺意が全身に突き刺さってくる。
リアもそれを感じ取っているのだろう。
これでもかと言うほど、体が小刻みに震えている。
獣の目が光る。
……もしかすると、僕の方が震えているのかもしれない。
恐怖で頭が混乱してきた。
「mori……」
がぁー。僕なんかに頼るなっちゅーねん。
僕も、ほら、目ん玉と心臓が全速力で飛び出しているぐらい、見たらわかるっしょ。
わ、わっ! そんなにくっつかないでくれよ。 これでも剣道2級なんだZE!
そ、そんなこと考えている場合じゃ……来たあ!!
迫りくるつむじ風と同時に、獣は喉元を一掻きせんと飛び跳ねる。
551 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/29(日) 16:34:24 ID:9n8KVxh9
「うおおっ!」
間一髪だ。間一髪、避けきった。
へへ。オレにもこんな動きが……ぬおおおっ!
獣は2撃目、3撃目と繰り広げる。
ちょ、待って。リアが。
リアが引っ付いていて、思うように動きが取れない。
「リア! 逃げるぞ!!」
リアをひょいと胸に抱えると、狭い空間の中、逃げ場を求めた。
あーもう、どこか、どこか!
ドアの取っ手が見えた。
ここに、取り合えず!
んっ、んっ。んんっ! なんだこれ。開かねえ!
チィ、ホント、勘弁してくれよ。
「moriii!!」
叫びが聞こえた刹那、
グルン。
僕の視界が弾む。
何が起きたのか理解する前に、
「ぐッはあ!」
白い壁に叩きつけられていた。
552 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/29(日) 16:35:14 ID:9n8KVxh9
……あかんわ。背骨、イッちゃっているかも。
…………
じゃねえー! リア、リアはどこに!
意識が朦朧とするが、血まなこになってリアを探す。
ドアの前では、リアを下ろしていたから、一緒に投げ飛ばされることは無かったはずだ。
だんだんと、目の焦点が合ってくる。
圧倒的な力の差、逃げ惑うリア。
よかった、まだ殺られていない。
僕も立ち上がらなくっちゃ。
「ゴプ。ゴホッ、ゲホッ」
身を起こした途端、鉄の味が口の中に広がってくる。
553 :La-Piece~ラピエス~:2007/04/29(日) 16:36:33 ID:9n8KVxh9
見ると、まさか、吐血している自身がいた。
「リア……」
リアは、何処かからナイフを拾い上げ、僕の目の前まで駆けて来る。
「mori!」
息を切らしながら、それを僕に握りさせる。
それは、彼女ができる精一杯の役割。
僕ニ、ドウシロト言ウンダ?
「――mori!!」
涙を流しながら、懇願するように叫ぶ。
ウワ……アノ獣、マタボクニ向カッテ、突進シテクルヨ。
仕方ナイナア……
リアは立派に務めを果たした。
ナレバ、僕も!
564 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/01(火) 05:06:21 ID:4Tx8id7x
ナイフの刃を‘切り裂く’動作を意味する親指側ではなく、
‘叩き壊す’動作を意味する小指側に構える。
こちらの本気が伝わったのか、漆黒の獣は間合いを測る。
リアはできるだけ遠くまで離れ、固唾を呑んでいる。
リア……
もし僕がやられたら、リアの身に危険が及ぶことなど、容易に想像つく。
なにがなんでも、というレベルではない。
全てを賭けて、この獣を倒さねばならないのだ。
眉間、喉、そのどちらかにこいつを入れる。
ただ、それだけのこと。
勝負一瞬。
先に動いたのは、驚いたことに自分からだった。
「ふおおおおッ!!」
重心を低くし、襲い掛かる。
対する獣は、体重で押し潰さんと、フォークボールのように急角度で降ってくる。
「――――――ィィィィィィ!!」
565 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/01(火) 05:07:19 ID:4Tx8id7x
「ハァ……ッ、ハァ……ッ」
死合はあっけなかった。
僕のナイフは確実に獣の喉元を捕らえている。
この獣自体、得体の知れないものだが、これ以上ダメージを与える方法など僕は知らない。
言わば、自画自賛の出来だった。
一方、僕の方は……
――――無傷。
いや、かすり傷の一つはあるかもしれないが、僕の完全勝利だ。
上手くは説明できないが、敵の攻撃の瞬間、身を引いたのが勝因だっただろう。
運が良かったか、敵の体重がそのままナイフにベクトルを……もういい、あまり説明したくない。
勝ったんだから良いじゃないか。
獣はゆっくりと光を帯び始め、無数の蛍となって消えていった。
息を整える暇もなく、歓喜の声が、僕を祝福してくれた。
「Mori~」
とてとてと走ってきたと思ったら、その速度を落とすことなく力いっぱい抱きついてきた。
リアの腕には、引っかき傷がいくつか見受けられた。
「リア……」
そう一言言うと、僕はリアの頭に手を回した。
566 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/01(火) 05:08:12 ID:4Tx8id7x
「ヒュイーン」
ドアの閉じてゆく音が聞こえた。
……そっか。あれから疲れて眠ってしまったんだ。
としたら、さっきのはリアかな?
……
そういや、りんご結局食べられなかったから、リアおなか空いてるだろう。
ぐぅ~。
僕もおなかが空いていた。
……
ん? 柑橘系の酸っぱい匂いがするぞ。
何か、来る。
「ぐふっ」
腹が圧迫され、
「もごっ」
スッパーイ。なんじゃこりゃ。
強烈な酸味にびっくりし、僕は目を開けた。
リアがおなかの上に乗っかって、何かを僕の口に押しこんでいるのが見える。
この苦味が残る後味。さてはグレープフルーツだな。
……っていうか、どこにあったんだ、そんなの?
567 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/01(火) 05:08:58 ID:4Tx8id7x
手をベタベタにさせながら、
リアは、黄色いソフトボールから果肉をえぐり取っていく。
そして、また僕の口元に……
「わあ。一人で食べられるから、いいよ。」
‘お手’をする格好で手のひらを差し出してみたものの、そんなことはと眼中におかず、ねじり入れる。
ゆ、指まで入っているじゃないか!?
「~♪」
あ~あ、鼻歌まで唄い出しちゃったよ。
……
仕方ないので、このお姫様の気の済むまで放っておくことにした。
モグモグ。
二人でグレープフルーツ1個分食べ終わると、リアはもう1個と手を伸ばす。
2個あるらしい。
あ、そういえば。
「これどこにあったの?」
僕はグレープフルーツを指差し、疑問の表情をする。
「Ici」
なんやら、よーわからんつぶやきの後、リアはドアのほうを指差した。
……会話、出来ているのか?
おなかの上にいるリアをゆっくりと降ろして、ドアへと向かった。
568 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/01(火) 05:10:08 ID:4Tx8id7x
戦いの時みたいに、鍵は掛かっていなかった。
「………」
無音の開く音。
部屋の狭い空間を見つめる。
……はぁ
予感が当たっていた。今度は全面黄色の世界。
塗装工の人が来て、ペンキの塗り替えをしたんだな、きっと。
もう、深く考えることは止めにして、そう結論付ける。
今、何時ぐらいなんだろう?
腕の時計を見ると、11時過ぎを指している。
獣との戦いが午前の方の4時だったから……それなりに眠れたことになるのかな?
はて? リアも眠ったんだろうか。
質問してみようかと思ったが、
その大きな目の下に隈を作ることなく、ほくほく顔でグレープフルーツを食べていた為、どうやら杞憂らしい。
569 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/01(火) 05:11:08 ID:4Tx8id7x
元いた場所に寝転びなおし、さっきの獣についていろいろと考えてみた。
やっぱり、あれは運が良かっただけだよなあ。
対峙しあった時、明らかに僕より力が上であることを感じた。
あの一戦を想像してみても、再度同じように勝てる自信は欠片ほどもない。
ちょうど4時だったよな。
昨日の夜8時にここに来たことになっているから、ピッタシ8時間経過したことになるのか。
ん? 1日の3分の1。
なんかイヤ~な予感がしてきた。
次の8時間後は……
もう一度、腕時計を見る。
11時30分。
顔面からサァーっと血の気が失われていった。
570 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/01(火) 05:12:52 ID:4Tx8id7x
「リア!」
僕の推測をリアに伝えることにした。
不安を共有したいという訳ではなく、備えのための最善な行動をしただけに過ぎない。
リアの前でパスポートを広げ、数直線を使って解説する。
丁寧に、分かり易く状況を示すと、リアも段々と真剣な顔つきに変わってゆく。
判ってくれたようだ。
次は、今からどうすべきかを考えなくてはいけない。
……
さっきはドアが開けられなかった。
戦闘中は鍵がかけられるのだろう。
そう考えると、今のうちにリアを個室の中に入れるべきか?
……
赤い部屋が黄色くなるぐらいだ。個室で何が起こるかわからない。その方法は却下。
じゃあ、その逆。個室の中に僕。個室の外にリア。
……ありえねえ。ありえなさすぎて、思わず笑っちゃったよ。
ふぅ。離れ離れになるのは論外。
じゃあ、二人とも個室の中へ……
未知と言うのは怖いもんだな。
この大きな白い部屋も危険だと思うが、どうなるか分からないという不安の方が嫌だった。
571 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/01(火) 05:14:32 ID:4Tx8id7x
長々と考えたが、先の読めない以上、やっぱり待ち受けるしか術が無いっぽい。
わ。もうすぐ時間だ。
僕はナイフの握りを確かめる。
リアは……
あーあ、抱きつかないでくれよと説明したのに、思いっきり腰に抱きついちゃっているよ。
放せ。とは言わない。言えなかった。
リアの温もりのおかげで、僕も心のぎりぎりを保っているからだ。
「……」
「……」
…………
短針に長針が重なった。
580 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:49:42 ID:W1Fubwz8
男の憶測は当たっていた。
またもや、水晶が何も無い空間から光を集め合成されてゆく。
加速度による物理法則を無視して、急降下、急停止。
しかし、ここからは違う。
焼太刀のような赤みがかったビームを、男と少女の両名に。
男、473。
少女、180。
二人にとっては、何も意味を持たない数字。
解析を完了した水晶は、ビームを止める。
続いて、やはり、日の出の光が溢れると、
653が、ふっと現れ3秒間。
それも消えると、時同じくして全てが消えた。
音も光も風も無く、全てを消した。
白い部屋は、つい先程の平穏を取り戻した。1つの変化を取り除いて。
男は眺める。
少女は眺める。
今回は頭を使うことになるであろう。
581 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:50:33 ID:W1Fubwz8
一滴、また一滴と、換気扇から水が漏れている。
僕とリアは水滴の垂れている場所に恐る恐る近づいていった。
「なにかの、液体?」
毒なのかな? 劇薬なのかな?
僕の予想は裏切られる。
水滴の落下地点まで、あと2歩というところで、水の勢いが変わってゆく。
点であった液体は、やがて線へと形状を変え、みるみるうちに太く、煩く。
たちまち水たまりは作られ、その円は瞬く間に僕たちを飲み込んだ。
「hya」
水の温度にリアは声を上げた。
僕も靴を履いていないため、温度を直に吸収する。
多少は冷たいが、冷蔵庫の麦茶ほどではない。
水が踝(くるぶし)ほどまで来たところで、予想が確信へと変わっていった。
582 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:51:15 ID:W1Fubwz8
――これは水攻め!?
何が楽しいのであろうか。宇宙人。
今月の給料分くれてやるから、ご容赦いただきたい。
しかし、そういった僕の願いは届かない。
……何か逆に、水の勢いが増しているように感じるんですけど、気のせいでしょうか。
「はあぁ」
落胆と緊張の交じり合った溜息を吐く。
わかりましたよ宇宙人さん。この状況下で生き抜けって事ですね。そうですか。ああそうですか。
悪態をつけながら、もう1回、同じような溜息を吐いた。
だが意味合いは違う。心のスイッチを本気モードにさせたのだ。
リアの目線に合わせるように膝を曲げ、にっこりと微笑む。
「がんばろうな、リア」
目に涙を浮かべながらも、負けじと微笑み返してくれた。
583 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:52:09 ID:W1Fubwz8
考えろぉ。考えろお。
水は僕の首元まで来ていると言うのに、一向に打開策は浮かばない。
パスポートと鉛筆はポケットの奥深くにしまう。
グレープフルーツの皮とりんごの芯も、同じく押し込んだ。
何の役に立つか分からない。
無駄とわかりつつも、この部屋にある物全てを身につける
ドアも幾度となく叩いた。蹴った。押した。引いた。ナイフで突き刺そうとした。こじ開けようとした。
びくとも動かなかった。
これ以上、どうしろと。
リアは僕の首に手を回し、抱っこの形で水を防いでいる。
すでに足は地面に届いていないので、疲労の色を浮かべていた。
「Mori……」
言葉の壁など、最早存在しない。
何を言いたいのか、手に取るように分かる。
「大丈夫だよ、リア。何も心配することはないよ。もうちょっとだけ頑張ろうね」
温かい言葉と一緒に、細い髪の毛1本1本を労わるように撫でる。
584 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:53:08 ID:W1Fubwz8
髪の手触りを確かめているうちに、いよいよ僕の方もヤバくなってきた。
換気扇の滝からは、波のうねりも激しくする。
とーん、とーん、と空気の確保をするために、水の中軽くジャンプ。
……気分わりい。それになんか余計に疲れるような気がする。
左手でリアのお尻をしっかり支え、右手で背中から強く抱くと、立ち泳ぎに切り替えた。
お、重い。波で体が安定しないし、長くは持たないかも……
……
……あぁ、駄目だ。こりゃキツイ。悪いけどリアにも泳いでもらおう。
体力消耗が激しいと感じた僕は、問いかけた。
「リア……泳いで、くれるか?」
そう言い、リアを放そうとするが、
「Je, je ne peux pas nager!」
甲高い声を上げ、足を絡めてしまう。
うおっ。ちょっと、泳ぎにくい!
放そうとすればするほど、足に力を入れてくる。
「リア! 落ち着いて! リア!」
「Mori! Mori!」
「わ、わかったわかった。あばれないでくれ」
再び強く抱きかかえるまで、リアの慌てようは止まらなかった。
585 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:54:02 ID:W1Fubwz8
立ち泳ぎを始めてから、2時間は経っただろうか。
ひとひねりの策も出せないまま、とうとう天井に手が届く所まで来てしまった。
掴まれるところなど無いので、リアを支えたままずっとバタ足している。
足が動いているかどうかなんて感覚は、もう麻痺していて分からない。体力の限界。
とっくの昔に、ズボンは脱ぎ捨て、身に着けているものはトランクスとティーシャツだけ。
リアにも、ブラウスを脱がさせた。
スカートとキャミは、さすがに可哀想だったので取らなかったが、
今となっては、痴情とか恥じらいとかは関係ない。それどころではないのだ。
……
換気扇から流れは止まらない。
されど、あの換気扇こそが一縷の望みでもあった。
部屋の隅で耐えていた僕たちは、中央への移動を開始する。
ごぷっ。ぐっ、波が強い。でも……
体を傾けて、ゆっくりと進んでいく。
「App」
リアにも、波が掛かる。
ごめんよ、リア。でももうちょっとで……よっと。
手すりというには小さすぎたが、それでも4本の指を絡ませることはできた。
586 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:54:36 ID:W1Fubwz8
「これで、少しは、楽に、なるか?」
荒い呼吸をしているはずだが、怒涛の水音で聞こえない。
僅かばかりの休息をとった後、換気扇を凝視した。
「これが最後の蜘蛛の糸……」
近くで見てみると、意外に大きい。
1m四方の正方形。
その滝壺からは余すところ無く濁流が降り注ぐ。
……動かすか。
リアを抱えているので、片手しか使うことはできない。
それでも力を振り絞って、上下にと揺らしてみる。
動けえ! 動けえ!
そんな僕の苦労を嘲るように、変化は訪れない。
換気扇を一周してみたものの、事は同じだった。
……駄目なのか。
そうだ。換気扇の真ん中に行ってみよう。何かあるかも。
僕は、リアを換気扇の淵に掴まらせると(もうリアの短い手が楽々届くところまで水位は上昇していた)、
疲れた体に鞭を打ち、飛泉の中へと潜り込んだ。
587 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:55:12 ID:W1Fubwz8
水圧が物凄い。
流れに耐えてジンジンと痺れる指を酷使しながら、換気扇の網目を進んでいく
真ん中まで、辿り着いたか?
よし。この辺一帯を探してみよう。
っしゃああ! 頼む! 何か起これ!
探し、揺らし、探し、揺らす。
何で!? 何でだよお! あああっ!
指が滑ってしまった。
水中奥深くに、沈められてしまう。
くそお! 何やってるんだ!
酸素不足で頭が熱い。
急いで水面まで漕ぎ上がる。
「Mori~!」
顔を出すと、少女の助けを請う声が聞こえる。美しかった長い金髪を振り回しながら。
「リア!」
顔1個分しか残されていない空気を、波と戦いながら呼吸している。
何度も水を飲む姿が映し出される。
水位の上昇は、止まらない。
もう……終わりなのか……
588 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:55:51 ID:W1Fubwz8
頭の中の糸がからまった。
体中の血が全て凍った。
死を感じた。
「mori~」
リアの断末魔を眺める。
金縛りにあったように、体は動かない。
僕は、リアの死を、悠々と、恍惚と、魅入る。
少女が死ぬ。
少女が死『うおおおおおおおおお!!』
生涯随一の雄叫びをあげた。
違う! そうだ! オレ様は‘モリ’だ。 待ってろリア!
空気さえあれば助かるんだ。
再び、換気扇のところまで寄り、リアの体を支える。
空気さえ、あれば……!
僕は助けたい。リアを助けたい。
空気!
何故だ!? 何故、僕は今呼吸ができる!
589 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:56:46 ID:W1Fubwz8
部屋の中にあった空気か?
部屋の中にあった空気を使って、呼吸をしているんだな!
じゃあ、大量にあった空気はどこに行った!?
本当に密閉された空間だったら、空気の行き場は無い!
何処かに、必ず空気口がある!
天井に頭をぶつけるのも構わず、高波に目がさらわれるのも構わず、360度を見渡す。
見つからない。空気を脱出させる場所は見つからない。
無いのだ。何も無いのだ。
見えるのは、蛇口の働きをしている換気扇と、白い壁のみ。
白い壁のみ!
ラストギャンブル!
水に呑み込まれる中、側面に近づき、
壁と口付けを交わした。
590 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:57:38 ID:W1Fubwz8
僕たちは、一言の会話も交わさず仰向けに寝ている。
疲れがようやく収まろうとする時に、今度は右足が激しく痛み出してくる。
10mの落下のときに足を挫いたらしい。
しかしそれは、生きている実感。僕は苦笑いを浮かべる。
顔を斜めに傾けると、胸の上下がおとなしくなったリアと、さらにその向こうに朽ち果てた衣服。
たすかった……
自分にすら聞こえない声で呟くと、非道く感傷的になって、涙が頬を伝う。
助かったんだ。
通気性抜群の壁は唯一片の支障も無く、生命の存続を受け入れてくれた。
リアにも壁にキスさせると、同時に水が消失した。
こうして足が痛んだわけだが、
仮に骨折しても、切り取られていたとしても、今の安堵感は変わらないだろう。
……
気づくと、服や髪が濡れていない。
水と共に消えたのだろう。
服を着るため立ち上がろうとした時、唐突にリアが唄いだした。
「mi mi fa sol sol fa mi re ~♪」
……
よかった、リアも無事なようだ。
……
フランス少女の凱旋歌に、僕も付き合うとしますか。
591 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:58:18 ID:W1Fubwz8
楽しい時間と言うものは、忽ちのうちに消えて無くなる。
青色に変化した部屋からブドウを持ってきて、仲良く分けあった。
パスポートの隅の隅までをも使い、仲良く描きあった。
手遊びや、鬼ごっことかもしてみた。
有限の時間を余すところなく過ごすと、
お別れの時間がやってきた。
592 :La-Piece~ラピエス~:2007/05/04(金) 02:59:26 ID:W1Fubwz8
7時55分。
もうすぐ、この莫迦げた宇宙人の実験が終わる。
僕たちは並びあって壁にもたれかかり、寂然の時間をつづる。
手ぐしで優しく髪を梳いてやると、リアは体を寄せて囁く。
「J'ai ete ravie de m'entretenir avec vous」
心のこもった言葉。
「僕もリアといて、とても楽しかったよ」
リアの目をまっすぐに見て、微笑みかける。
これからどうなるかなど、見当がつかない。不安も無いわけではない。
ただ、愛しく想うこの空間が、いつまでも続いて欲しかっただけだ。
行きと同じように、ゆっくりしたまどろみが近づいてきた。
まぶたは閉じられる。
五感を失うほんの前、
リアの匂いがふわり漂い、
――chu
何か、頬にふれた。
「Merci」
ありがとう、リア。
―― Fin ――
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最終更新:2007年08月14日 11:36