395 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:26:05 ID:WWAyvaEk
私の名前は外山月。二つの城を持つ地方豪族・外山一三郎の一人娘。

娘といってもお茶やお花の勉強しているわけではない。

10年ぐらい前、母上と兄上を流行り病で失った外山家は、

跡取りとして私に剣や兵法など、当主としての教育をさせている。

めでたくして1年前、元服の折にそのうちの一つ若葉城を貰い受けたんだけど、

後見人として我が外山家の筆頭家老・彦根武忠の息子 彦根武義 がこの座に着いた。

武義は私より二つ上というだけだけど、政治感覚が優れ、若葉城の行政をそつなくこなしている。

その代わりといっては何だけど・・・剣とか槍とかそういうのはぜんぜんだめ。

この前の戦なんか、私が先陣切って槍をふるっているのに、

武義ときたら矢の一本も飛んでこないところで、じーっと戦況をうかがっているだけだもん。

「僕は文官だから」とか言っちゃって、少しは役に立ちなさいよね。

こんな感じでこの一年間は、武義が私に政治や経済を 私が武義に剣や弓を教えあって過ごしてきた。

396 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:27:48 ID:WWAyvaEk
「うーん おそいなぁ」

若葉城中庭にて、ぶんぶんと木刀を振り回しながら月は誰ともいわず文句を言っていた。

今日は昼から月と武義とで剣術の稽古の予定なのだ。

午前の領内視察の後、中庭に来るようにと申し送ったはずなのだが。

未の刻(午後2時)になっても人影一つとして現れない。

「まさか、花見とかに行っているんじゃないでしょうね」

舞い散る桜の花びらを叩き落としながらつぶやく。

何度目のぼやきか忘れたころに、武義と呼ばれる青年は中途半端な駆け足でやってきた。

「彦根武義 ただいま参りました」

「・・・(じぃーー)・・・」

月はすこし怒ったような表情を浮かべ、武義をじっとみる。

「えーっと その・・・ 助さんところの宴会に誘われてしまって帰るのが遅くなってしまいました」

「・・・(じぃーー)・・・」

397 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:28:26 ID:WWAyvaEk
しょっちゅうこういう事態に陥る武義は、姫の機嫌をとる方法をいくつか知っている。

そして今回の打開策は手元にあった。

「これが助さんにいただいた花見団子です」

「・・・(差し出されたものに対して じぃーー)・・・」

月は手ぬぐいに包まれた団子を受け取るとパタパタと館へと駆けて行った。

「やれやれ 月様の食い意地にも困ったものですね」

少しして、団子の代わりに竹刀を2本抱えた月が戻ってきた。

「武義はいつも甘味物で私を釣るんだから。怒っているのは変わらないよ!」

武義に竹刀の一本を投げつけながら月はわめく。

「遅れた分は夕御飯までしごいてあげるからね!」

一つつまんできたのであろうか?

甘い香りが漂う月をほほえましく思いながら、武義は竹刀を構えた。

398 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:29:13 ID:WWAyvaEk
夕刻

この時代にしては珍しく、当主の月は家臣である武義と共に食事をすることが多い。

今日も自室に武義を呼び込み団欒と会話をしていた。

「まだこんなに小さいのに、剣ではまったく歯が立ちませんね」

「小さいはよ・け・い! 武義も武忠みたいに槍とか振り回せないの?」

「父上は別格ですよ。まあ、正直うらやましいですが」

「はぁ 同じ体格していて同じ血を引いているのに、どうしてこんなに違うんだろうねぇ」

「私は私なりの才能を発揮し、お役に立てればと考えていますので」

「ちがうの かっこいいか、かっこわるいかのことを言っているんだよ」

「はい・・申し訳ありません」

ちっとも反論してこない武義に対して、わずかばかり残念そうな顔を見せる。

しかし、そんな表情を悟られないように明るい声で月は言った。

「ねえ 御飯食べたら将棋しようよ あれから強くなったんだから」

「将棋・・ですか。しばらくぶりに月様の力量みせてもらいましょう」

399 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:29:54 ID:WWAyvaEk
残りの御飯を口の中に押し込み、月は颯爽と盤と駒を持ってきた。

「へへ~ 今日は平手でお願いします」

「この前私の2枚落ちで負けたのではないですか せめて勝たれてから平手にしましょう」

「いいの 平手でやるの」

月は自分の駒よりも先に飛車角の駒を敵陣に置く。

「では、飛車落ちで」

自分の飛車を取ろうとするが月がそれを許さない。

「いいの 作戦があるんだから これでやるの」

「・・・はい わかりました 」

月は自分の駒を並び終えると立ち上がり、昼にもらった団子を持ってきた。

「えへ これ食べながらやろうか」

「私にも頂けますか?」

「うん 家臣に施しもできないようじゃ、いい主君とはいえないもんね」

いつもある当然の風景

戦国の世ならば仕方のなかったことかもしれないが、その日常が壊されるにはあまりにも突然すぎた。

400 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:30:35 ID:WWAyvaEk
「若~~~~! 若~~~~!」

伝令の声が遠くからこだまする。

「うーん うーん」

「・・・若とは、月様のことですよ」

「うーん わかってるけど、もうちょっと考えさせて。・・歩取って取られて銀取って取られて・・うーん」

「若~~! あ 若様はこちらにおいででしたか」

息も切れ切れにその伝令が目の前まで来た

距離が近すぎる。無礼だ。と言おうとしたが、その緊迫した面持ちに武義はただ静かに問う。

「何事か?」

「大殿の城、青葉城がただいま急襲を受けています」

「え!」

将棋盤とにらめっこしていた月が伝令の方に振り返る。

驚きを隠せないという境地を超え、口がぽっかりと開いているだけだ。

「して、敵は?」

武義は逆に眉一つ動かさず、冷静に状況を判断しようとしていた。

401 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:31:08 ID:WWAyvaEk
「家紋から見ますに長野の軍と思われます」

「・・っ馬鹿な!長野は同盟国じゃあなかったの!」

「月様落ち着いてください。 して伝令よ。今の状況を判る範囲でよいからすべて話せ」

「はっ 日の沈んだ酉の刻(午後6時)をもって長野を中心とした兵2000で攻撃を受けております」

「兵2000!? 長野は500しかもっていないんじゃない?」

「長野を中心とした・・ということは他国からもか?」

二人の質問にその伝令は同時に答える。

「おそらくは仇敵・志藤や大竹。他、小勢力の軍も加わっていると思われます」

「くっ!長野に裏をかかれたか。武義!出陣するよ。準備して!」
 
「月様。それは駄目です。我々に預けられた兵力はたったの100。討って出て何とかなるものではありません」

「じゃあどうすればいいの!」

すがるような目で武義を見つめる。

無理もあるまい。月の父・一三郎の軍はあって400。

今まではそれに長野の軍500と合わせて敵を撃退してきた。

その同盟国長野家の剣先がこちらにとひっくり返ったのだ。

そして敵軍2000。それはここにいる誰もが聞いたことのないような数字でもあった。

「一三郎様や父上なら撃退してくれると信じているが、もしも、もしものためにここも籠城の準備をしよう」

402 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:32:33 ID:WWAyvaEk
松明の炎がいつもの倍の数があり、若葉城は昼のように明るかった。

「第一足軽小隊 準備できました」

「第一弓小隊 右に同じでござる」

わずか100の兵 二つの小隊しか編成できないわけだが、いつもはこれで戦っていた。

武義が青葉城視察や他勢力への援軍要請などで出かけていたので、

軍議が行われている大広間には月と小隊長二人の三人しか居ない。

館の外では足軽たちの私語などでうるさく、そのざわめきは月をいっそう不安にさせた。

「(長野の裏切り・・みんな知っているのかな?)」

「(父上の青葉城・・どうなっているんだろう?)」

「(えっと・・これからどうしたらいいんだっけ?)」

いつもなら武義が采配を振るってくれるので、その指示に従えばいいだけだ。

しかしその本人はここにはいない。

あれこれと湧き上がってくる不安に対し、少女は何度も何度も兜の紐を締めなおしていた。

「若様 若様が意気消沈しておられると兵の士気にかかわります。ご自身をお持ちくだされ」

「そうですぞ若様 我が意見も右に同じでござる」

二人の声など聞いてる様子もなく呆然としている月に対し、新たな伝令がやってきた。

「・・・・何?」

「武義様からの伝令です」

「っ!」

403 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:33:27 ID:WWAyvaEk
嬉しくて飛び跳ねようとしたのと同時に、それが家来の前であるという羞恥の感情も起こり、

平静を装いながら伝令の言葉を待つ。

「青葉城を取り囲んでいる敵数、総勢2200。敵は長野・志藤・大竹・島・西山

 現在、西の丸にて彦根武忠様率いる一隊で防戦している模様

 敵軍の中には新兵器「鉄砲」と呼ばれるものも存在

 青葉城を落とした後はこの若葉城を目標

 すでに敵の乱波が多数存在している為、お一人で外出なされないように・・以上であります」

伝令の報告の間、軍議に居る三人は一言もしゃべらない。

「(2200・・ですか。 2200が青葉の後、この小さな若葉を攻撃するのですか・・・」

「(新兵器鉄砲。こんないんちきな武器が我が外山家に通用するものか。おそらく右の考えていることも同じであろう)」

「(何がお一人で外出なされないようになんだよ!私より弱いくせに一人でどっかいっちゃったのはどこのどいつだよ!)」

いろいろな思惑が重なり、ただならぬ雰囲気の中、場の空気を和ませようと足軽小隊長はカラカラと笑う。

「それにしても、武義殿の情報能力は凄まじいものがありますな。短時間お一人でここまで探索することができるのですから」

「え・・・わ あっはっはっは そうでござるな 右に同じく武義殿はすごいですな わっはっはっは」

弓小隊長も足軽小隊長の意図に気づき、話を合わせる。

「(フ フン 武義は領内視察とかで、そういうことは得意なんだから)」

自分の思っていることが、少しちぐはぐな気がしなくもないが、

武義が褒められたことで悪い気はしなかった。

404 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02:34:04 ID:WWAyvaEk
空がうっすらと明るくなるころ、武義が戻ってきた。

城内で座りながら眠る者たちを起こさずに館までたどり着く。

「月様 お眠りになりましたか?」

体の大きさに不相応な甲冑を身に着け、座布団の上でうとうととしている主君に声をかける。

「ん・・・ 武義か・・・ 首尾はどうなの?」

武義は本音ではこのまま眠りにつかせてやりたいと思ったが、主君に対しては報告しなくてはならない。

「悪い知らせです。心して聞いてください」

「・・・・・・・・・・・」

月は何も言わず、悲しそうな目でこちらを見上げる。

「青葉の城が落ち、それに伴い、大殿・一三郎様が討ち死になされた」

「・・・・・・・うそつき」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・うそつきは外山家にはいらない。出てって」

「・・・・・・・・・・・」

膝に顔をうずめている月を見て、かける言葉が見つからない。

しかし、時は限られているので、気持ちを切り替え淡々と現状を報告することにした。

407 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 16:27:18 ID:WWAyvaEk
「敵兵は一夜にして城を落としたわけでありますが、睡眠もとってなく、

 青葉城の完全制圧にも時間がかかると思われるため、すぐにこちらに向かうということはないでしょう

 とりあえずこちらの足軽たちにも休息を与えるべきです

 青葉からの敗残兵もここに落ちてくると予想されます

 警戒しながら、門は開けておくべきだと思います」

一切の感情を入れずに、まくしたてる様に言った。

「あと・・まことに勝手ながら申し上げます
 
 早急に長野家に対し降伏和議をすることを提案します」

「・・・・・・・・知らない」

「・・知らないではありません。外山家の当主は 月様 あなたですよ」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・月様は自室に戻られ休憩なさってください。兵たちにもそう言い伝えます」

408 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 16:28:12 ID:WWAyvaEk
甲冑を脱がされ自室に戻った月は、すべてから逃れるように昏々と眠った。

すべての感情を忘れ、何も考えたくなかったのであろうか?

日が高くなった頃には月は目覚めていたのだが、布団から出ず何刻も天井を眺めていた。

部屋が茜色に染まった頃、月は障子越しに一人の男の影があるのに気づいた。

「・・・どうしたの 武義 入ってきなさい」

涙の跡だけを拭き、月は布団から出ようともせず部屋へ招き入れる。

音もなく障子を開け、また音もなく手前までやって来た。

「・・・月様 は 食事は取られましたか?」

武義はどこか言いにくそうな感じで言葉をつなげるが、月もそれに気づく。

「・・・またなにか悪いことでも起こったの?」

「・・・はっ 外山家降伏志願の件について失敗しました」

「・・・そう」

「申し訳ありません」

演技などではなく、心の底から申し訳なさそうな顔をした。

「やっ 申し訳ありませんって、武義が勝手にやったことでしょ

 私が許可した覚えはないよ・・それに!降伏するつもりは全くない!」

布団から起き上がり、彼女は叫んだ。

「・・・月様」

月が自分に配慮する気持ちが痛いほど判り、二の句が告げない。

409 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 16:29:01 ID:WWAyvaEk
「それで・・敵はいつ攻めてくるの?」

断固戦うと言い切ったばかりだが、この点は恐る恐る尋ねる。

「・・・おそらくは明日の昼にでも攻めて来るでしょう

 そして・・長野・志藤軍は我々外山家を根絶やしにするつもりです

 先ほどの長野家当主との謁見と青葉城の様子からそう感じました」

「そ、そう・・・

 武義も死なないように今からでも槍の素振りでもしてなさい

 あー おなかすいた 今朝から何にも食べてないからなんか持ってきてよ」

無理につなげた言葉だったが、武義は聞こえるか聞こえないかの声で頷くと、台所の方へ足を運びに行った。

感情をぶつける相手が居なくなり、ふと目をそらすとそこには昨晩戦っていた将棋盤があった。

局は終盤であり、武義ほど得意ではないとはいえ、どちらが敗勢かはっきりとわかる。

敵の攻撃で、もうすぐ詰まれそうだが、月の王に引っ付いて守っている金一枚でなんとか凌いでいる格好だ。

「私も・・もうすぐ詰まされちゃうのかな・・」

ポツリとつぶやく。

「投了時だよね・・」

またつぶやく。

「あっ そうか 投了できないんだったねー」

笑いながら言おうと思ったが笑えなかった。

「・・・・・・・」

月はその金将と書かれた駒を手に取ると、大事そうにぎゅっと握った。

416 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05:43:04 ID:Bm1ei4hG
この森は暗い。

まだ太陽が沈んでいないわけだが、道端の木の根に気づかず、つまづいてしまうぐらい暗い。

青葉から若葉までの道として、普段はだだっ広い荒れ地を利用するわけだが、

今は長野の軍旗であふれかえっている。

仕方なく、裏街道とでも言うべき、この深い森を選んだ。

そんな森を、髷(まげ)がほどけ、肩まで髪を垂らし、

全身血染めの男がゆっくりとした足取りで歩いていた。

外山の影に彦根あり。と武勇で謳われた、彦根武義の父・武忠 である。

青葉城が陥落し、主・外山一三郎の死を見届けた彼は、

その主君の首を奪い返そうと、僅かな家来を率い何度も敵陣に突撃した。

当時、主君の首が奪われるということは、大変な屈辱であったのだ。

気がつくと、自分の周りには誰もいなくなっていた。

事の無意味さを悟り、このまま殿の後に続こうかとも考えたが、思い返し、外山月のいる若葉城へと落ちていった。

再興の想いを胸に秘めて・・・

417 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05:43:43 ID:Bm1ei4hG
決戦の日のことを考え、武義に再び眠ることを命じられた月であったが、

昼間に眠っていたこともあり、夜更けにもかかわらず、目が覚めた。

体を起こし、深々と静まり返った中庭へと出る。

地面には、青白い桜の花びらで埋め尽くされている。

見上げれば、満月が真南に位置していた。

「(ここでよく剣の稽古をしたな・・・)」

剣を持つふりをして、上段に構えると、いつもの稽古相手の顔が思い浮かんだ。

そいつの面に対し、おもいっきり腕を振りぬく。

一の太刀を受けきられた。ならばと右胴へ狙いを定め、渾身の力で叩きつける。

紙一重でかわされた。だが、軸足をずらされ、そいつの体は左に傾いている。

体勢を取り戻す前に、月はそいつの胸をめがけて・・・ そいつの胸をめがけて・・・

ちょこんと小突いた。

「・・・・・」

自分でも何を馬鹿げたことをやっているのかと思ったが、

胸がはちきれそうな感情が湧き上がり、恥ずかしいとは感じなかった。

「・・・いま・・・なにしてるのかな?・・・」

そう、自分の言った言葉が聞こえると、いてもたってもいられなくなった。

兵法の授業などで通い慣れた、彼の部屋へと向かった。

418 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05:44:19 ID:Bm1ei4hG
部屋の前まで来た。

普段、この時間帯にここに足を運ぶことは無い。

礼儀として、廊下から声をかけようとしたが、部屋の明かりが消えているので、黙って入った。

彼の布団のふもとまで身を寄せ、夕刻の状況とは立場が入れ替わる形になる。

「・・・たけよし・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・たけよし・・・」

「・・・・・・・・」

二度ほど、目の前で横になっている者の名前を呼んだが、返事はしてくれなかった。

起きてほしくて名前を呼んでみたものの、つぶやいているうちに、

逆にこのまま眠らせてあげたいと思うようになり、三度目はなかった。

無理もない。情報収集や外交調停に追われ、昨日は全く眠っていなかったのだ。

彼女は自分のあごをひざの上に乗せ、彼の寝顔を見入っていた。

歓喜の表情も、苦痛の表情も無く、ただ単に眠るために眠っていた。

なぜだろう。

状況は切迫している。

外山家が滅ぼされてもおかしくない。

あした、あの満月をもう一度みることも叶わぬかもしれない。

だけど、

今、こうしていると、

不安にはならない。

419 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05:44:51 ID:Bm1ei4hG
翌朝。

喧騒のなか目が覚めると、見たことのない毛布で包まれていた。

部屋の中には誰もいない。

「・・・・・そっか」

まだ、頭の中はぼーっとするが、

あれから寝てしまったということは理解できた。

外が、何かの工事をしているようで、やかましい。

意思伝達を図るいろいろな掛け声が交錯する。

「・・・うるさいなぁ」

まるで他人事を言うかのように、寝起きの少女はつぶやく。

四半刻ほど待ってみたが、誰も来てくれない。

仕方がないので、寝間着姿のまま、戸をあけ大広間へと向かった。

「・・・若っ様! おはようございます」

廊下にいた女中が朝の挨拶をしてくる。

いつもなら笑顔で挨拶してくれていたが、今日は違った。

それに対し、月はいつもどおりの頷きで返事とした。

大広間までたどり着くと、普段聞きなれない声がしてきた。

420 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05:45:34 ID:Bm1ei4hG
日常的に顔を合わせることの無い武忠にとって、その少女が外山家の跡取りだと判断するのには時間がかかった。

武忠と月の二人は、軍議の間や先陣を切って戦っている時、そこでしか顔を合わす機会が無い。

真紅の甲冑を身につけ、槍をふるう月の姿は、武忠の目にはまるで軍神が降臨してきたのかと見間違うほどだった。

水色の寝間着を身につけ、あどけない表情をした月の姿が、武忠の判断を幾ばくか遅らすのは仕方のないことだった。

「殿ーのーおなーりー」

武忠が、どす太い声を出し平伏すると、周りの家臣もそれに従った。

場にそぐわない身なりのせいか、月は少し顔を赤らめたが、武忠はお構いなしと次の言葉を続ける。

「お久しゅうございます。 彦根武忠であります。

 先日の戦においては、我が力不足にて青葉の城と大殿の命を失ってしまったことを

 ひらにご容赦ください」

再び深くこうべをたれる。

421 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05:46:40 ID:Bm1ei4hG
「我ら青葉の者たち五十名余、この地を最後の拠点とし、集まり申した」

残りの350はどうしたのなど、そんな無粋なことを月は聞かない。

「長野の裏切りもあり、劣勢となった我々は、ここ若葉城に籠城し

 敵に一矢報いたいと考えております。」

月の知らない顔が「おう」と同意の声を挙げた

「敵軍は三刻後。正午過ぎには麓に陣を構えることになるでしょう。

 すでに、若葉城にある全ての仮柵は設置し終え、準備は万端にございます」

正午過ぎ?

なめられたものだ。

勝勢の勢力は夜襲等を除き、日が落ちないうちにかたをつけようと、朝早くから軍を動かすのが通例である。

「(・・・ここを数刻で落とすつもりなの?)」

しかし、兵力差を思い返してみれば、一瞬で壊滅させられることは目に見えていた。

「昼前には月様も武具を揃えて頂くようお願い申し上げまする」

そういって武忠は立ち上がると、ほかの皆もそれぞれ持ち場に戻っていく。

月は何度かきょろきょろとある顔を捜していたが、この中には見当たらなかった。

422 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05:47:53 ID:Bm1ei4hG
そのころ武義は、小勢力の一つ西山の当主の許へ出向いていた。

長野・志藤軍との和議に失敗しており、西山から降伏の旨を伝えてくれるよう頼んだわけである。

「う~~む~~」

取引として最大限の譲歩を見せても、色よい返事がもらえない。

「わしが頼んでも、どうせ聞き入れてもらえないじゃろ

 長野には同盟を裏切った背徳感があるじゃろうし、志藤は外山の血を根絶やしにと考えているからのう

 ・・・それより どうじゃ。お主とお主の父がうちにきてくれりゃあ、考えてやらんこともないがのう」

話にならない。

外山家の存続を願いに参上したのに、どうして私が潰れた後の身の保身を考えなくてはいけないのだろうか?

「(そろそろ時間切れか?)」

これから、一応、島の陣を訪問する予定もあり、

そして、ずっと胸に温めていた作戦を城兵に伝えなくてはならない。

顔を合わせてくれた礼を述べると、武義は馬上の人となって駆けていった。

423 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05:48:39 ID:Bm1ei4hG
「ちょっとー! どこ行ってたの 遅いじゃない!」

昼前に戻ってきた武義に対し、月は叫ぶように言った。

誰にも声をかけず、うろうろと城内を探していたことなど、武義は露ほども知らない。

「どこ行ってたの・・・はいいとして、

 どこかに出かけるときは、私に声をかけてからにしてよ!」

「はい。大変失礼致しました

 しかしながら、間もなく敵が布陣してきます

 今回の作戦についてまだ話しておりませんでしたので、軍議の場にお集まりください」

采配の振るい方は武義に一任されている。

その責任感と作戦のことで頭が一杯であり、月の気持ちまでは気が回らなかった。

ぷくーと頬を膨らませる月であったが、武義が外山家のために奔走してくれていることに感謝もした。

438 :満月:2007/04/17(火) 04:02:05 ID:ZJvGm0Hg
正攻法ではまず勝てない。

味方は150で、敵は2200。

いや青葉城からの投降者も合わせると、もっと数えるだろう。

こちら側が、十や二十の敵を仕留めても、何とかなるものでもない。

この日のために、いや、こんな日など来ない方がよかったが、

私とごく一部の配下が一年間かけて作ったものがある。

俗手ではあるが、落とし穴だ。 月様も知らないであろう。

若葉城を落とすには、

正門を叩き壊し、二の丸を通過し、本丸を制圧しなくてはならない。

本丸・二の丸の二つはちょうどひょうたんの様な形をしている。

私はこの二の丸に穴を掘った。

幅・三間(5m) 深さ・五間(9m)もある、

巨大といっていいほどの穴を、十の数作った。

439 :満月:2007/04/17(火) 04:02:39 ID:ZJvGm0Hg
あとは、既に落とし穴の中で待機させた者に、地を支える何本もの支柱を爆破してもらう。

落とし穴の中にはそれぞれ中に狭い間道があり、それは一箇所へと合流させる。

本丸にある疾うに穴の開いている落とし穴へだ。

ここで味方を助け出した後、矢の雨によって間道に逃げざるを得ない敵兵を、これまたこの合流地点で雨を降らせるわけだ。

うまくゆけば、二の丸にいる敵の半分がいなくなる。

間道の中に逃れ、倒しきるには難しいかもしれないが、五間もの落下衝撃で戦闘不能に陥るだろう。

それで十分。

最後に士気の著しく下がった残りの敵に総攻撃をかける。

父上には、二の次・三の次を考えろとよく言われたものだが、

これ只一つが失敗したら、後には何も残されていない。

いかにして、二の丸に敵を集めるかが、今回の焦点となろう。

ん もうすぐ軍議の時間だ

ぬかりはないか?

ぬかりはないか?

・・・よし!大丈夫だ。

440 :満月:2007/04/17(火) 04:03:13 ID:ZJvGm0Hg
月・武義・足軽小隊長・弓小隊長の若葉組  武忠、他数名の青葉組によって軍議は開催された。

だれも、なにも言わず、外山月の右手にいる者を見つめる。

ここにいる全てが、武義の采配に賭けていたことの証だった。

武義は、勢いづかせない程度に門のところで防衛した後、

本腰に、本丸と二の丸との間での守備作戦を唱えた。

青葉組には武義と知り合い程度でしかない家臣もいる。

父上が信頼しているのならば大丈夫かとも思ったが、

念には念をいれ、落とし穴作戦については語らず、代わりに

「面白いことが起こるかもしれません」とだけ言う。

「(今回も何か策があるのだろう)」

納得の顔・疑問の顔・信頼の顔、それぞれの表情があるが、

味方を欺いて、実績を上げてきたことのある武義に対し、

青葉組からも、とりあえず、文句は聞こえない。

「武義よ 兵の配置はどうするのだ?」

武忠が問う。

「松の櫓・竹の櫓に入れられるだけ弓兵を入れ、門のところには・・・・・・・・・・」

441 :満月:2007/04/17(火) 04:03:47 ID:ZJvGm0Hg
彦根父子の問答のやり取りを聞きながら、月は早く体を動かしたい気分になった。

武義の自信に満ちた受け答えがそうさせたのだろうか。

いや、武義の存在そのものがそうさせたのだろう。

つい先ほどまで、現実逃避や臆病風に吹かれていた月であったが、

今では、・・なんだかわからない そう 槍の一本でも振り回したくなるような気分なのだ。

あれだけ嫌っていた、敵の来襲すら待ち遠しい。

「(早く戦いたい!
 
 もし、武義がここで待っててねとか言ったら、武義の首はねてでも戦いに行くんだから!

 あー うそうそ いまのは無し!)」

武義は、そんな“武義の前で見せるいつもの”月の意向を熟知し、

青葉組と月を門に、若葉組を本丸と二の丸の境目に初期配置した。

半年前の月の初陣のときは、大将を、それも女の子を前線で戦わせたとして、

武義は非難を集めたが、前線における味方の士気高揚と、

彼女の異常とも言える身体能力と動体視力を身をもって知っているからでもあった。

「(どうせ、止めても聞かないですしね)」

ふー と溜息をつくと、天に祈るようにつぶやく。

「(矢があまり飛んでこないところで戦って欲しいのですが・・・)」

当主としてではなく親友として身を案じる、武義の願いだった。

442 :満月:2007/04/17(火) 04:04:39 ID:ZJvGm0Hg
青葉城の戦いは悲劇だった。

西の丸で防衛していると思ったら、本丸の方で白い煙が立ち上っている。

日の出の光かと思ったら違った。

御殿が炎に包まれているのだ。

そんなはずはない。

ここを通らなくては、本丸まで辿り着かないのだ。

最初は、不意打ちを受けた形で大門を突破されたが、

徐々に形勢を五分に戻し、西の丸攻略で敵は四苦八苦している。

しかし、また信じられないことが起きた。

本丸から、ときの声を上げて軍勢が流れ込んでくる。

あの旗は・・・・・・長野だ。

味方か? いや違う!

これは いわゆる

「裏切りかぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

今までの疑問をすべて憎しみに代え、全力で吼える。

443 :満月:2007/04/17(火) 04:05:16 ID:ZJvGm0Hg
最近、長野家の使いの者が多かったのも合点がいった。

本丸からの間道を探していたのだ。

逆に入ってこられてはたまらない。

「大殿は! 大殿は御無事かぁ!!」

長野の雑兵が答える。

「一三郎はもう死ぬわ。ここの手柄はおまえの首じゃあ!」 

突撃してくる雑兵数人に、槍を薙刀のように使い振り払う。

「雑魚がぁぁぁ!!!」

すでに、全身血だらけの武忠は、また返り血で染まる。

「大殿ぉぉぉぉぉぉ!!!!  大殿ぉぉぉぉぉぉ!!!! 」

西の丸を放棄し、本丸へと猛進していった。

444 :満月:2007/04/17(火) 04:05:52 ID:ZJvGm0Hg
目が痛むほどの青空の中、桜の花びらが舞う。

ツバメ達がその空で優雅に踊り、遠くからコチドリの唄も聞こえてくる。

丘を登ると、はっきりと若葉城が見えた。

「ちいせぇー おいちいせぇよ なあおい」

「ここ落としたら、当分戦がなくなるなぁ。できるだけ功を立てるとするか」

「俺 俺。 俺がいるといつも勝ち戦になるぜぇ この俺様に感謝しろよ」

武士か?傭兵か?はたまた半農半士の者か?

この合戦に対する思い思いの感想を駄弁りあい、若葉の城へと歩を進める。

「知ってるか。ここの殿様は女の子だってな」

「女の子だぁ?なんで女が殿様になってるんだよぉ」

「青葉で親父が死んでからさ、跡取りがそいつしか残されていなかったらしい」

「難儀だなぁ 敵ながら同情しちまうぜ」

「お 女っていうと そ その可愛かったりするんだべか?」

「ばーか 何考えてんだよ おめえのその体で押しつぶす気か?」

445 :満月:2007/04/17(火) 04:06:31 ID:ZJvGm0Hg
「年はいくつぐらいなんだ?」

「あー 俺知ってる たしか次郎さんの娘ぐらいじゃないか」

「はーーっ まだ子供じゃーん 期待しちゃって損しちまったぜ」

「こ 子供でも ええんじゃないだべか?」

「馬鹿野郎 そしたら俺様の三間槍が入んねーじゃねーか」

「おめーのはつまようじじゃねーのかぁ?」

どっと笑いが起こる。

「この前の戦で見たけど、ありゃやべぇぜ 剣の腕は立つようだけど、押し倒したくなっちまうぐらい可愛い」

「へー 源さん風にいうとどんな感じなんだい?」

「いままで、数多くの女を見てきたが、俺のかみさんの次に可愛いと思った」

「おめーのかみさんどぶすじゃねーか 信用なんねー」

「まあそのとき判断して決めっぜ 良ければ‘一番槍’は俺がもらうからな」

「じゃあおれ 二番槍ー」

「三番槍ー」

「四番槍ー」

目的地にたどり着くまで兵士達は下品な会話を繰り返していた。

457 :名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 04:46:57 ID:tNjd7q2X
櫓の上から、憎むべき長野の旗印が観えた。

その敵兵の行軍は、比喩などでは決してなく、地が振るえ唸っている。

武忠は、ちらりと隣にいる主の顔を見やる。

「(怖気づいては・・いないな)」

以前共に戦ったときは、草原の上で暴れまわっていた主君を頼もしく思った。

しかし今回は野戦ではなく、敗色濃厚の籠城戦だ。

武忠の気持ちを知ってか知らずか、月の表情は変わらない。

「(大殿の・・・子か)」

青葉では、慕っていた大殿を救うことができず、途轍もなく口惜しい思いをしたが、

せめて、この忘れ形見だけはもう失いたくない。

心の底から願う。

「(大殿・・・ どうか殿、月様を見守っていて下され )」

458 :満月:2007/04/20(金) 04:47:41 ID:tNjd7q2X
半里ほど遥か彼方に、敵勢が見下ろせた。

「(ここで少し防衛したら、本丸に戻る。)」

武義に言われた言葉を、心中繰り返す。

「(ん?)」

武忠が、私のことを見た気がした。

「(武義の・・・お父さん) 」

敵陣への視線を動かさずにして、気付かないふりをする。

「そろそろ・・・・・来ますぞ」

ここで初めて、武忠の方に振り向く。

法螺貝の音が遠くから聞こえた。

敵が喚声を上げて、突進してくる。

心臓がどきどきしてきた。

この高鳴りは、どうか高揚感であってほしい。

「来ますぞぉぉ!!!」

私もあわてて弓の準備をする。

「構えてー」

私の声に、櫓の者が弓を構える。

「弓を  構えろぉぉぉ!!!」

五十間先の櫓も弓矢を引きはじめた。

敵が目前に迫ってきた。

459 :満月:2007/04/20(金) 04:48:45 ID:tNjd7q2X
「戦が・・・始まったか」

「武義殿。この戦、勝てるのでありましょうか?」

「右に同じく、不安でござる」

本丸にて、武義・足軽小隊長・弓小隊長の三人が並んで戦況を眺める。

「大丈夫です。策が成功すれば、敵は必ず壊滅する」

不安がらせないよう、自信たっぷりに答える。

この外山軍の司令部に伝令が報告が来た。

「敵の先鋒は長野軍 ただいま力押しで攻めているところ、若様と武忠様による弓の斉射で防いでおります」

「了解した」

そんな情報など、ここからの眺めだけで一目瞭然だったが、

-若様と武忠様による弓の斉射で防いでおります-

この言葉に、月が乱戦の中で戦っているということを実感する。

「(大丈夫 月様は父上と同じぐらい御強い 私が不安がってどうする?)」

まだまだ戦は始まったばかり。

武義は司令官としての務めを果たさなければならなかった。

460 :満月:2007/04/20(金) 04:49:32 ID:tNjd7q2X
「撃てぃー!! 撃ちつくせー!! そこぉ!! 門に登らせるなぁ!!」

「あの櫓だ!! 火を放て! すぐだ 今すぐだぁ!!」

「うわあ  燃えてるぞ! その水たるで消火しろ!」

「構わん!! そんな暇あったら、撃てぃ!! ここにある矢、全て使うぞ!!」

「中に! とにかく城内に入れ!! そっちの空堀のほうにも散らばれー!!」

「入れさすなああぁぁ!!!!」

兵力にものを言わせの力攻めでは、激戦を極めることが多い。

「武忠! そろそろ頃合ではないの? 後ろの方だいぶ燃えてる!」

「そうですな あと二十、矢を射たら、退きましょうぞ」

「うん!」

優に百を超える数弓を引き、極度の疲労で腕が痛い。

「(みんなも! 同じなんだから!)」

「殿。しんがりは某が勤めます。炎に囲まれる前に、そこのつるを使ってお逃げくだされ」

「有無を言わさぬって顔だね。うん、分かった」

「新造!小平太! 殿をお連れしろ!」

「「はっ!」」

「武忠!気をつけてね!」

そう言い残し、櫓から降りていく。

「・・・ありがたきお言葉」

矢をもう一束手に取り、月に逃がす時間を作った。

461 :満月:2007/04/20(金) 04:50:23 ID:tNjd7q2X
「月様。御無事そうで何よりです」

「えへ~  がんばったよ」

武忠の顔を見てにぱっと笑う。

「次はここでたたかうんだよね?」

「はい この場で敵を迎え撃ち、二の丸を敵兵で埋め尽くします」

月は弓から槍へと武具を持ち替える。

休む時間もなく、武忠が長野の兵を引き連れる形で戻ってきた。

「武忠殿!援護するでござる!」

弓小隊長の合図で敵の足を止める。

「父上、大丈夫ですか?」

「わしを誰だと思ってるんじゃい」

そういいながら、柵を乗り越す。

「若様。武忠殿。ここは我々に任せ休息を取ってください」

足軽小隊長が手先を引き連れ、肉弾戦を挑みにいく。

この場には三人が残された。

462 :満月:2007/04/20(金) 04:51:47 ID:tNjd7q2X
「そろそろ言ってもいいよね 二の丸に何があるの?」

そう月が訊き、武忠もじっと見据えた。

「いくつか落とし穴を仕掛けました、罠にかかり士気を挫かせたところで、こちらから攻撃したいと思います」

武義が答える。

「その策は、成功するのか?」

「・・・父上。私を誰の子と考えておられるのですか?」

してやったり。そう言い返し、月もおかしそうに笑っている。

二の丸が、長野の旗で染まってきた。

「(そろそろ・・・!)」

早すぎても成果が落ちるし、遅すぎても味方の損害が増すだけ。

「軍太鼓を打て!」

ドーン! ドーン!

周りの空気が震える。

「(頼むっ!)」

地中から爆発音がし、ひとつ、またひとつと、大穴が開く。

敵兵は神隠しのように消えていった。

463 :満月:2007/04/20(金) 04:53:04 ID:tNjd7q2X
「うわあああ!!」

「ここはどこじゃあ!」

「おい!地面が抜けたぞ!」

阿鼻叫喚の図が出来上がった。

落とされたものは呻き声をあげ、残されたものは恐怖で顔が歪む。

味方すら何が起こったのかと一驚している。

「月様!突撃しましょう!」

月もそのさまにびっくりしていたが、

武義の言葉で正気を取り戻し、うなずく。

ここだ。ここが勝機だ。

「武義! 行くよ! 私から離れないでね!」

「はい!」

外山軍の反撃が始まった。

464 :満月:2007/04/20(金) 04:54:13 ID:tNjd7q2X
「うおおおおおお!!!」

「てやあああああ!!!」

統率の乱れた長野兵は、月・武忠を中心とする軍勢に次々と討たれてゆく。

音のように早く武忠が槍を振りまわせば、月も光のように速く敵を倒してゆく。

武義も敵に一槍浴びせようとするのだが、

前にいる二人の掃拭で無人の野を駆けるに等しい。

しかし、自分の起てた策が成功していくのを、ゆっくりと実感していった。

「(これほど上手くいくとは・・一番驚いているのはもしかしたら私かもしれないな)」

這いつくばってまで逃げようとする敵に対し、こう思った。

「これならいけそうだよ!」

勝利を確信したかのような顔で月が振り向いた。

「二度と、若葉を攻めようと思わせないぐらい、大打撃を与えましょう!」

「いっくよぉー!」

外山軍大優勢の中、二の丸を奪還していった。

465 :満月:2007/04/20(金) 04:55:46 ID:tNjd7q2X
「うわああ! 逃げろ!」

「とりあえず城から出ろお!」

混乱を極め、長野の兵はほうほうのていで陣まで戻ろうとした。

ところが、そこで見たものは信じられない光景だった。

「志藤だ!志藤の陣まで逃げ込め!」

「そうか ここの軍ならまだ無傷だ」

志藤の兵は鉄砲を構え、敵からの攻勢を防ごうとするように見えた。

ゴオオオン!!

轟音が響き渡る。

あれ?外山はもうすぐ近くまで来ているのか?

ゴオオオン!!

もう一度炸裂する。

友が血しぶきをあげた。

「お、おい 俺らは外山じゃねえよ!! 長野!! 長野!!」

表情一つ変えず、狙いを定めてゆく。

「おい 聴こえているのか! 俺らは長野だ 志藤に味方するものだ!!」

ゴオオオン!!

石につまづいた訳でもないのに、体が前のめりに倒れる。

何も理解することなく、長野の一兵卒は絶命した。

468 :満月:2007/04/21(土) 23:58:40 ID:NdVOa1E9
さも愉快そうに笑う男がいた。

「まさか外山が長野を討ってくれようとはな」

「はっ、怨敵・長野家もこれで壊滅でありましょう」

「彦根の倅にも驚いたわい。鮮やかな策じゃ」

間も無く、長野家当主の討ち死にの報が入ってきた。

配下と思われる人物も、目を細める。

「外山・長野を屠り、これで念願かなったりですな」

「わっはっは。外山はまだ屠っておらぬ。そちも気が早すぎるな」

もともと志藤は、長野を討ち取る算段だった。

意図せず計画が狂ってしまったが、

元気いっぱいの長野が滅びたことは、好事以外のなにものでもない。

若葉城の罠も外され、後は多勢で攻め入るだけだ。

「彦根親子の処遇はどういたしますか?二人とも近隣に名を馳せておりますが」

「武の武忠、智の武義といわれておったな・・・共に殺してかまわぬ」

「それは何故にでございましょうか?」

「捕らえても、わしの家臣になることは考えられぬ

 知らぬか?別の異名で‘忠義の彦根親子’と呼ばれておるぞ」

その配下は恐縮する。

「そろそろ、動くぞ」

志藤の当主は、采配を振りかざした。

「外山月・彦根親子の首を必ずや獲ってこい」

「はっ、かしこまりました」

469 :満月:2007/04/21(土) 23:59:37 ID:NdVOa1E9
「これは・・・どういうことなんだ?」

武義はつぶやく。

逃げまどう長野が志藤にやられている。

「(長野も・・・裏切られたのか

 いや、もともとこういう手筈だったかもしれない)」

まさか、このような展開になろうとは。

しかし指揮するものとして、どんな事態であれ次の行動を決めなくてはならない。

「月様!父上!追撃を中止します!」

城外に打って出ているものを、引き上げさせた。

武義の許に、月と武忠がやってくる

「武義、どうするの?」

月が訊いた。

今度は、志藤が攻めてくる。

門が破れ、櫓が燃え落ちたこの場所で戦うのは得策ではない。

かといって、本丸に戻るのも癪だ。

「(くそっ)」

先ほどまで勝ち戦だった。そのはずだった。

「・・・志藤がやってきたぞ」

武忠の言葉に遠くを眺めると、士気の高い軍勢が攻めてくるのが見える。

「武義、どうするの?」

もう一度訊く。先程より心細く聴こえた。

「・・・っ とりあえずここで迎え撃ちましょう」

すでに長くなっている月の影に目を落として、武義は答えた。

470 :満月:2007/04/22(日) 00:00:54 ID:NdVOa1E9
疲れを知らない志藤軍を相手に、早くも苦戦に陥っていた。

月と武忠の奮戦も、十倍もの違う兵の数に焼け石に水でしかない。

「おぬしの首、もらったああっ!!」

「ぐっ うるさーい!」

華麗に敵槍を捌くが、疲労の色は隠せないでいる。

「月様っっ!」

武義が援護する。

「武義!来ないで、怪我するよ!」

「そんなこと言ってはおれませぬ!」

槍が折れ、二人とも帯の刀に持ち替える。

「武義殿!そなたの首も貰いうける!」

「だめー! 絶対だめー!」

身を挺して、最愛の部下を護る。

「月様。いったんお下がりください。息が乱れております」

「だって、攻めてくるよお」

「でもも、だってもありません。後ろで一休みしてください」

武義は無理にでも主君を後方に下がらせた。

471 :満月:2007/04/22(日) 00:01:49 ID:KiMrbe6n
陽が沈む。

その夕焼けは、戦場をなお異世界の物へと変えている。

武忠は後ずさりの格好で息子の前まで近寄って訊く。

「武義、第二の策は?」

「・・・・・」

策などないのは分かっていた。

自分自身の決意を固めるために、そう聞いたかもしれない。

「二の次、三の次を考えろと言い聞かせたであろう」

「・・・申し訳・・・ございません」

武義が謝る。

「・・・その言葉は禁句だ。お前が謝っても、戦況は変わらない」

「・・・・・」

「殿に対しても、そう答えるのか? そう答えられ、殿はどのようなお気持ちになる」

「・・・・・」

想像し、胸が痛む。

「考えろ。お前ならばできるはずだ」

「・・・父上?」

「殿を救う方法を考えろといったのだ。そのためにわしは時間を稼ぐ」

「・・・!」

472 :満月:2007/04/22(日) 00:02:35 ID:KiMrbe6n
事を悟る。

「・・・わしの命は、大殿と共に散るべきだった

 大殿の娘と、武義、お前の成長が見られただけでも、存分に満足じゃ」

「・・・・・」

「ここはもう落ちる。本丸へ戻れ」

「・・なればっ! 父上も一緒に!!」

「この夕陽をわしの墓場と決めた。決めたことは覆さん」

「・・・・・」

「武義、殿を託すぞ」

武忠は、軍を撤退させる最後の合図を送った。

「ほれ、そこでお前を見つめているものがいるぞ」

「・・・・・」

「しっかりな・・・」

戦う相手が居なくなり、

敵兵はその場に残されていた武忠ただ一人に襲い掛かった。

473 :満月:2007/04/22(日) 00:03:56 ID:NdVOa1E9
本丸に戻る途中、声をかけた。

「武忠は大丈夫なの?」

「父上は・・・すぐに戻ると言っていました」

月も馬鹿ではない。

その言葉の意味を瞬時に理解する。

「そっか・・・」

また沈黙が支配する。

武義は父のこと、戦のこと、そして最悪の事態のとき月を逃がすこと。

いろいろなことを考えていた。

若葉城の周りは断崖絶壁。

猫一匹、逃げ出す場所は無い。

それゆえ、二の丸からしか攻め口の無い敵に、絶妙な罠が仕掛けられたが、

追い詰められると袋のねずみになる。

「(どうすればいいんだ)」

武義は、決して見つからない答えを探していた。

474 :満月:2007/04/22(日) 00:05:39 ID:NdVOa1E9
「武義……どうするの?」

蚊の鳴くような声で、今日何度目かの質問をする。

「・・・館に籠り、敵を迎え撃ちましょう」

本当は、自分の非を詫び月を抱きしめたかった。

父の声を思い出し、寸前で思いとどめる。

「もう……二十人、三十人しか残っていないよ」

「・・・・・」

かける言葉を捜す。

見つからなかった。

「武義……どうなるの?」

「・・・大丈夫です・・・月様が敵を倒せばいいのではありませんか」

「……そうだよね。私がやっつければいいよね」

悔しい。

配慮に欠けた言葉と、無力な自分にまったく情けなくなってくる。

敵がまたもや喚声を上げてやってくる

再び夢を見ることができたら、この音はとんでもない悪夢になるだろう。

「皆の衆を館へと集めさせます」

月の顔を見ることができなくなり、逃げ出すように集合をかけに行った。

475 :満月:2007/04/22(日) 00:06:35 ID:KiMrbe6n
武義はわたしの気持ちなんかぜんぜんわかっていないんだろう。

ほんとに何にもわかっていない。

死んだってかまわない。そばにいて欲しいだけなのに。

タッタッタッタ

足音が聞こえる。

こっちに来るのは誰? 武義? 

「若様! 武義様に大広間で戦うようにとの指示を受けました

 冥途の土産に今一度、‘月の舞’を見せてくだされ」

5人の兵士がやってきた。

ふんだ。

命が惜しいんなら、とっとと降参しちゃいなさい。

わっ。もう志藤の連中がやってきた。

武義が言ってた。

わたしがやっつけないと、何にも始まらない。

わたしがやっつけないと、何にも終わらない。

476 :満月:2007/04/22(日) 00:08:49 ID:KiMrbe6n
とっぷりと日が暮れ、松明もかざしていない。

そんな薄暗がりの中、月は闘っていた。

「ぐはあ!」

爆裂音と共に最後の従者が倒される。

「へっ これで5人目!」

月の周りには誰もいなくなった。

「お、おい。こいつって、やっぱり外山の殿様だべか?」

「紅い甲冑、その幼さ、そしてかわいらしい女の子。間違いなく 外山月 だな」

「ひょっはー! おれらついているなあ。これでたらふく飯がくえるぜえ!」

「待て、こいつ確か、かなりのツワモノじゃねーか?」

「そうだな、噂ではそう聞いている。だが・・・」

銃口を月に向ける。

「この人数なら、さすがに敵わねえだろう」

ある者は槍、ある者は刀を構える。

十数人を指揮し、足軽頭と思われる人物は鉄砲を手に持っていた。

「(ちくしょうっ!)」

怯えと悔しさが混ざり合い、言葉が出てこない。

「はやく首をとっちまおうぜ、大将!」

「首はいつでも取れるからなあ。んん?」

男は卑猥な笑みを浮かべていた。

480 :満月:2007/04/22(日) 05:31:34 ID:KiMrbe6n
「まず武器を奪い取れ。そして鎧を脱がせろ」

「「おう」」

大将の意図を汲み取り、男たちはじりじりと詰め寄る。

多勢に無勢。

周りを囲まれ、応戦むなしく月は刀を奪われた。

「それ!組み伏せろ!」

月の倍近くの丈があろう男が、押し花のように圧し掛かる。

「ぐっ くぅ……」

力を振り絞っても、びくとも動かない。

「足を持て! そっちの足もだ!」

何人もの野獣が月に群がる。

部屋の暗さに、自分が何をされているのかわからない。

しかし男達の汗の臭いに、ものすごく嫌悪感を感じたことは理解できた。

「上衣を取れ!袴をひきちぎれ!」

あまりの恐怖に頭が働かなくなってきた。

「(武義…………助けて!!)」

481 :満月:2007/04/22(日) 05:33:10 ID:KiMrbe6n
戦える者は館へと呼びかけ、怪我している者には投降を勧めた。

敵衆は、既に本丸のあちらこちらに攻め入っている。

全ての目算が狂う。

「もう集める味方すらいない・・・」

ふと、父の声が聞こえてきた。

――武義、殿を託すぞ――

「(父上?)」

周りを見渡す。

当然だが、父の姿など無い。

「託された以上、守らなくてはな」

武義はそうつぶやくと、急に血の気が引いてきた。

ひどい胸騒ぎだった。

482 :満月:2007/04/22(日) 05:33:56 ID:KiMrbe6n
「(私は 何をしているんだ!)」

走った。

「(月様には私が附いてやらなければ)」

闇の中、月の姿を探す。

館まで戻ると、最早そこは敵の手に落ちていた。

「月様! 月様!」

外山の兵だと気づかれてしまうが、

そう叫ばずにはいられない。

「おーい まだ外山が残っていたぞお!!」

「こっちだあ! こっちだあ!」

館に逃げ込むようにして、振り切る。

「月様ああ!!」

喉が潰れるのも気にせず叫ぶ。

館の中を駆け回る。

「……たけよし……」

「・・・!」

聴きなれた声がする。

大広間の方だ。

武義は突入した。

483 :満月:2007/04/22(日) 05:36:03 ID:KiMrbe6n
いつもなら月が座る‘当主の座’と呼ばれるところに、男達が集っている。

その固まりの中で、苦しさに悶えながら自分の名を呼んでいた。

「うおおおおお゙お゙お゙お゙お゙!!」

何も考えない。

そこにいる‘モノ’を、切って 伐って 斬った。

「なんじゃあ!てめえ」

「このやろう!これでも喰ら・・うぎゃああ!」

「月様あ!!」

少女の手を取る。

ひどく脱力していた。

「月様! 逃げますよ!」

そう合図をかけると、手に少し力が入ったような気がした。

月を引っ張り、渡り廊下の方へ走る。

「一等首だぞ!その小娘を逃がすなあ!!」

暗闇であり、また館の構造を熟知していた武義は、

奥に、奥にと、逃げ延びることができた。

484 :満月:2007/04/22(日) 05:36:56 ID:KiMrbe6n
最奥である月の部屋までたどり着いた。

全速力で走ったので、呼吸が荒い。

「月様」

肩で息をしながら月の体を抱擁した。

甲冑は外されており、肌着一枚だった。

「……へへ 助けてくれると思ってた」

武義に抱き返す。

遠方から月を探す怒声が聞こえてきた。

その声量に比例して、抱きしめる力を強くする。

「いつまで、こうしていられるかな」

「・・・何処かに隠れましょうか」

できるだけ時間を引き延ばしたかった。

月が見上げる。

「そだね……私についてきて」

月も同じ気持ちだった。

二人は、敵に発見されないようこっそりと、あるところに向かった。

485 :満月:2007/04/22(日) 05:38:49 ID:KiMrbe6n
「月様。兵糧庫はすぐ見つかってしまいますよ」

「えへ まかせといて」

月はするすると柱を登り、抜け穴から天井裏へと消えていった。

「ほら 登ってきて」

武義は月と同じように天井裏へと移動する。

「少し、狭いですね」

「ぜいたく言わないの」

月は、逆に狭いことが嬉しそうに言う。

「まさか、このような場所があるなんて知りもしませんでした」

「私も落とし穴があるなんて知らなかったから、これでおあいこだね」

下には大量の食料がある。

この建物なら燃やされることもないだろう。

見つかりにくい上に、その点でも武義は安心する。

「みんな、いなくなっちゃったね」

月は身を寄せながらつぶやいた。

488 :満月:2007/04/22(日) 23:35:18 ID:KiMrbe6n
何人かの駆け足が聞こえてきた。

月を背中から抱きしめながら、小声で確認する。

「月様。お静かに」

「うん」

まもなくして、敵兵が侵入してくる。

「・・・」

「………」

二人とも息を殺す。

「探せえ! 探せえ!」

兵糧庫の中を、隅々まで探索している。

全てをひっくり返した。米俵も麦袋も。

「・・・」

「………」

「どうだ、見つかったか?」

「いや、こっちにはいねえ」

「やっぱり武器庫の方か?」

「そっちはさっき探した。長屋の方に行ってみようぜ」

足音が遠ざかる。

「・・・」

「………」

「・・・」

「えへへ……どきどきした」

武義は何も聞こえなくなってからも

主を膝に乗せたまま、体勢をかえずにいた。

489 :満月:2007/04/22(日) 23:36:09 ID:KiMrbe6n
あれから時間が経った。

格子窓からは人も見えなくなったし、喧騒も聞こえない。

「(一旦、撤収させたな)」

敵を感じないということは、これほどまでに安心するものなのであろうか。

月の様子を見た。

月は、自分のおなかに巻かれた手をいじくって遊んでいる。

可愛らしいものだ。

心地良い首もとの匂いをかぎながら、武義は語り始めた。

「私の尊敬する人物の話をします」

沈黙が破られ、遊びをやめる。

「月様。楠木正成公をご存知ですか?」

「……えっと 名前なら聞いたことある。どんな人だっけ?」

「・・・今から200年ほど前、室町に政権が誕生する頃のお話しです

 彼は幾多の同士と共に、鎌倉幕府の打倒を狙っていました」

「うん」

490 :満月:2007/04/22(日) 23:36:58 ID:KiMrbe6n
「正成公はお強いです。城をいくつも落としていきました

 だけど、幕府も黙ってはおりません。

 反乱者として、鎮圧に向かいます。こうして戦況は膠着状態になりました」

「うん」

「数年たち、とうとう幕府側は本気で彼を倒そうとします

 彼の本城である千早の城に百万といわれる大軍勢を派遣します」

「百……万?」

「はい。それに対して正成公の軍は僅か一千

 勝敗の行方は誰の目にも明らかでした」

「………」

「千早城が難攻不落というわけではありません

 この若葉城と同じぐらいでしょうか

 しかし、正成公は数多の戦術を使い

 一ヶ月、二ヶ月、そして三ヶ月と幕府軍を翻弄します」

「………」

491 :満月:2007/04/22(日) 23:37:54 ID:KiMrbe6n
「この城は落とせぬとして、とうとう幕府軍は撤退しました

 こうして正成公は勝利します」

「………」

「同じ采配を振るう者として、私とはえらく違いますね」

少し自虐じみて言う。

「……そんなことないよ」

武義の温もりを感じながら、月は否定する。

「楠木正成より、ずーっと ずぅーっと立派だよ」

「・・・」

「武義は私のために、いろんな事がんばってくれたし

 うん。楠木正成より立派。私がそう決めたんだから」

「・・・」

「……なに?私の言うことが間違っているというの?」

「・・いえ・・・そうでは、そうではございません」

またさらに強く腕に力を込めた。

492 :満月:2007/04/22(日) 23:38:47 ID:KiMrbe6n
時間が流れる。

武義はまだ眠っていないようだ。

愛する人に抱きしめられ、火照る体が夜風に冷やされて気持ちいい。

「武義……起きてる?」

「はい」

声が聴きたくて、質問してみた。

「武義……あのね……」

「はい」

「……私、子供が欲しかった」

「・・・」

「私の子供にね、剣の練習させるの」

「・・・」

「そしてうんと強くなって、武義なんか簡単にやっつけちゃうんだから」

「・・そうですね」

「もちろん、政治や文学も学ばせるよ」

「・・・」

「……そのときは、武義が教えてあげてね」

「・・・・はい わかりました」

「あとね……あとね……」

「・・・」

胸が締め付けられ、目頭が熱くなる。

そんな武義は、自分でも信じられない言葉を発した。

493 :満月:2007/04/22(日) 23:39:36 ID:KiMrbe6n
「子供を・・作りましょうか」

「……え?」

「私と月様で子供を作ろうといったのです」

「……うん」

月が自分に恋焦がれていたことは知っていた。

家臣としての理性が上回り、こちらからの愛情表現はできずに居たが

今となっては、もう関係ない。

「月明かりのあるところへ移りましょう」

格子窓から唯一月光が入る場所へと抱き上げ移動させる。

その場所に小さな体を横たわらせた。丁寧に。

仰向けになった月は窓からの光に目を細める。

昨日より一段と丸い、満月だった。

「きれいなお月様ですね」

「……うん」

「月様もお綺麗ですよ」

「……うん ありがと」

あまりにも可愛らしくなり、胸元にそっと口付けをする。

少女の香りが頭の中を支配した。

494 :満月:2007/04/22(日) 23:40:31 ID:KiMrbe6n
「とっても良い匂いがします」

「どんな……匂い?」

「女の子の、月様の匂いです。これ以上良い匂いは知りません」

「そ、そう」

はにかみながら微笑んだ。

「床は冷たいですし、下だけ脱がしますね」

簡素な麻の下着を少しずつ脱がす。

「……っ」

恥ずかしさのあまり、股を両手で隠す。

「そこを押さえられては、子供はできませんよ」

「だって、……恥ずかしいよぅ」

膝を立てて抵抗する月に対し、胸元に手を這わせる。

「……ぁあ……」

月の体にちょうど良い大きさの乳房は、とても柔らかだった。

さするたびに、吐息が漏れる。

「……ん……ぁ……」

何回か揉むと、緊張がほぐれたように見えた。

「下のほうにいきますね」

胸への愛撫をやめ、続いて月の両手をゆっくりとどかした。

495 :満月:2007/04/22(日) 23:41:14 ID:KiMrbe6n
綺麗な割れ目が見えた。

その線に従って、上下に指を動かす。

「ひゃぁ、んぁ、ふぁぁっ!?」

こんな感覚は初めてだった。

そしてなんでここまでの嬌声がでるのかと驚いていた。

「ん、ふぁあ、くぅ、んああ!」

「月様。気持ちいいですか?」

「うぅん、いいぃっ、すごくっ、ああぁ、きもちいっっ!!」

「大好きです。月様」

「うんっ!はぁぅっ、わたしもぉ、だいっ、だいぃっ、だい好き!!」

吐く息も切れ切れになったところで、今度はその秘裂に口をあてがう。

「ぁぁ、そこは、おしっこする所だから、汚いよぅ」

「大丈夫です、汚くないですよ」

先程より、強烈な女の匂いのする場所に舌でつつく。

「んんああぁ!たけよしぃぃ!!たけよしいぃぃっ!!」

月は武義の頭をわしづかみにし、精一杯押さえつける。

「いいぃ、いぃいよおぉ!」

時間はたっぷりある。

永遠と攻め続けていようかと思ったが、

武義は早く月の中に入りたいという欲望に負けた。

496 :満月:2007/04/22(日) 23:41:59 ID:KiMrbe6n
顔を強引に掴まれていたため、こちらも強引に引き剥がす。

「はっ! あっ! はっ! たけよしぃ?」

「そろそろ、貞操をいただいても、いいですか?」

「うんっ」

確認の言葉を貰うと、武義も下着を脱いだ。

月を想う気持ちが下半身に表れていた。

安心させようと頬に軽く口づけし、月の腰を抱えた。

湿り気を帯びた場所に狙いを定める。

「いきますよ、月様」

「武義、来て」

一気に破ろうとした。

だが、あまりにも狭すぎて前に進めない。

「……くぅぅっ!!」

相当きついのだろう。

閉じた目から、涙が流れていた。

いったん抜こうと考えたが、それは月に気づかれてしまった。

「駄目! 抜いちゃ駄目! 動いてっ!」

「月様・・・」

「これは命令だから。命令だからね」

月は、自分の体に欲情してくれる武義に、気持ちよくなって欲しいと思っていた。

497 :満月:2007/04/22(日) 23:43:15 ID:KiMrbe6n
「分かりました。動きますね」

理性が全て吹っ飛んだ。

全ての体重を乗せ、前に進んだ。

「んんんっっ!」

何かが破れた感触がした。

一休止もはさまず、今度は腰を引く。

「はぁっ、んんんああ!」

腰を打ちつける。

「うあぁぁっっ!」

腰を引く。

「あああぁっっ!」

何度も何度も何度も、容赦なく律動する。

「はあぁん! ふぁああん! んんんんっっっ! あついいいぃぃっ!

 なんかぁっ、あつくぅぅ、気持ちよくうぅっ、なってきたよおおぉ! 

二人とも全力で腰を振っていたので、限界が、絶頂が近づいてきた。

「気持ちいいぃい!気持ちいいよぉぅぅ!たけよしっ!きてええええ!」

「月様あ! 月ぃ! 月い!」

「ふああっ、んあああっっ、あああああぁぁ!!たけよしぃぃっっ!!たけよしいいいいぃぃぃっっ!!」

月の望んだ子供の素が、胎内に注ぎ込まれる。

「はぁああ、たけよしのがぁ、きている……」

幸せをかみ締めながら、月は意識を失った。

501 :満月:2007/04/23(月) 05:06:17 ID:pxSJEd1X
もうじき夜が明ける。

功をあせる早起きな者も、ちらほらと見えてきた。

昨日は夜遅い事もあって、身を隠すことができたが

今日は無理だろう。

「月様・・・」

やさしい表情で眠っていた。

「・・・」

月は間違いなく死ぬ。

さらし首にされるか、磔にされるか、

もしかしたらまた、散々辱めを受けてから・・かもしれない。

そうなるぐらいだったら、月の体を敵から隠した方が遥かにましだ。

「・・・」

すっと鞘から刀を抜く。

冷たい刃を月の首筋に近づける。

「・・・」

いくつかの選択肢がある。

この兵糧庫に火を放つか、掘った落とし穴の更に深くに埋葬するか、

周りの崖から飛び降りるか・・・

いずれにせよ、月にこれ以上の恐怖は与えたくなかった。

眠っている今なら・・・

502 :満月:2007/04/23(月) 05:06:56 ID:pxSJEd1X
「・・・」

寝顔を見つめる。

相も変わらず、優しそうな表情だ。

自然と涙がこぼれてきた。

寝顔が霞む。

袖でぬぐった。

寝顔がまたはっきりと見えた。

また・・涙があふれてきた。

「・・・」

悔しい。とんでもなく悔しい。

自分の責任で、月を死なせるのだ。殺すのだ。

溢れ続ける涙をそのままにして刀を構える。

月に教えてもらった上段の構えだ。

月に教えてもらった、いろいろなことを思い出す。

月に教えて差し上げた、いろいろなことを思い出す。

いっしょに領内を視察したときの事を思い出す。

いっしょにご飯を食べたときの事を思い出す。

「月様・・」

心を鬼にする。

握る手に力を込める。

「・・・御免っ!」

503 :満月:2007/04/23(月) 05:07:33 ID:pxSJEd1X




刀は振り切られなかった。

首寸前のところで、太刀筋は止まっていた。

自分には月を殺せないことを悟った。

「月様・・・」

寝息をしているのが聞こえて安堵した。

目を閉じ、その寝息に耳を澄ませる。

すぅー すぅー と聴こえる

いつまでも、こうしていたかった。

504 :満月:2007/04/23(月) 05:08:14 ID:pxSJEd1X
朝が来た。

外が騒がしくなる。

「武義・・・どうするの?」

自分で自分に質問する。

やはり、この台詞は月でなければいけない。

言い方を替える。

「武義・・・どうするのだ?」

父に言われた気がした。

「(父上、私はどうすればよろしいのですか?)」

もう、この世にはいないであろう者を頼る。

――考えろ。お前ならばできるはずだ――

父の言葉が浮かんだ。

「(父上! そうは仰いますけど・・!)」

反論してみたが、意味のなさに気づいた。

「(そうです。その通りです。私がなんとかしないと)」

月がごろんと寝返りを打つ音が聞こえた。

「(考えろ。私ならばできるはずだ)」

505 :満月:2007/04/23(月) 05:08:59 ID:pxSJEd1X
日が高くなる。

月はもう起きていて、武義に抱っこされていた。

昨晩と同じように、またお腹にある武義の手でごそごそと遊んでいる。

会話はなかった。

いつまで、ここにいるつもりなのだろうか。

志藤兵は太陽の恩恵を受け、大捜索を開始している。

武義は決心の息を深く吐いた。

「月様。出陣しますよ」

「………………うん」

武義は甲冑を身に着ける。

月は肌着の上から武義の振袖を羽織った。

大きくてぶかぶかだったが、仕方のないことだった。

「月様。私を信じて突き進んでください。分かりましたね」

「うん、わかったけど……私の得物は?」

「武器など無くて結構です」

506 :満月:2007/04/23(月) 05:09:36 ID:pxSJEd1X
武義は抜け穴から下を窺い、兵糧庫に誰もいないことを確かめる。

「行きますよ」

ひょいっと下まで降りる。

月もあの夜からだを重ねあった場所を眺めた後、名残を振り切るようにして下に降りた。

兵糧庫の入り口から外を見渡す。

「うわっ こんなにいっぱい居たんだ」

「・・・そのようですね」

全軍が、この本丸に入っているのではないかというぐらい、ひしめき合っていた。

そのうちの一隊が、この兵糧庫目掛けて進んでくる。

「やれやれ、散々探したでしょうに・・」

「武義 くるよ」

天井裏に戻る気はなかった。突き進む。

「月様。走りますよ!」

「分かった。武義!」

507 :満月:2007/04/23(月) 05:10:09 ID:pxSJEd1X
私たちは敵軍勢の中、一直線に走った。

矢張りというべきか、周りの敵兵全てが追いかけてくる。

「・・・・・・・・・・・!」

「・・・・・・・・・・・!」

「・・・・・・・・・・・!」

何を言っているのか聞こえない。

どうせ聞こえていたとしても、我々には最早関係ないことだ。

「もう少しです!月様!」

「うん!」

崖に向かった。その場に立つと立ち眩みがしてしまいそうなほどの高さがある断崖に向かった。

前から敵兵一人がやってくる。

508 :満月:2007/04/23(月) 05:11:11 ID:pxSJEd1X
勝てないこともないが、構っていたら後ろに追いつかれる。

「うおおおお!」

残り一本の刀を投げつける。

「ひぃ!」

敵が怯んだ。

その間に、走る。

ひたすら走る。

とうとう崖の淵まで辿り着くことができた。

案の定、立ち眩みがしてきた。

下は森とはいえ、この高さからなら百命に一命も無い。

敵が迫ってくる。

考えている余裕は無い。

月の体を抱く。

そしてそのまま・・・

飛び降りた。

509 :満月:2007/04/23(月) 06:57:07 ID:pxSJEd1X
「それにしても、月さんの料理はどんどん上手くなるねえ」

「えへー まだまだお袋さんにはかないませんよ」

私は今、宴会の場にいる。

夜桜を楽しもうと、村の仲間たちに誘われたのだ。

「この団子って、月さんが作ったものかい」

「そうですよー おいしいでしょー」

「あっはっは 月さん見ながら、月見団子。風情があるねえ」

「おまえさん!これは花見団子じゃないのかね!?」

私にちょっかいがかかるのを見かねて、お袋さんが怒る。

私は桜を見上げた。

「(あれから、三回桜が咲いたね)」

誰に言うでもなく、胸の中でつぶやいた。

腕に目をやる。あの時ついた傷跡だ。

そこに手のひらを当て、目を閉じる。

「(なんで、私、生きていられたのかな)」

それは、今でも不思議に思うことだ。

510 :満月:2007/04/23(月) 06:57:47 ID:pxSJEd1X
ウワーン ウワーン

子供の泣き声が聞こえる。

「ははうえ~ だんご落としてしまいました」

そう言って、私に抱き甘えてくる。

「また、作ってあげるからね。男の子は泣いちゃだめ」

この子は、命を賭してまで私を守ってくれた人の忘れ形見だ。

ほら、口元の辺りとか似ているでしょ。

「おーい 月さーん 煮物くれー」

「はーい ただいま」

私が鍋のところまで行くとき、一陣の風が舞った。

雲が吹き飛ばされると、まあるいお月さまが出てきた。

あの時の事は決して良い思い出ではない。

だけど、悪い思い出でもなかった。

大切な思い出だった。

                         ――完――

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最終更新:2007年08月14日 11:35