?? 「おい」 トシアキ 「あーん…そんなに食べられないよ」 ?? 「おい」 トシアキ 「マ、ママア、そのおもちゃだけは捨てないで、ママア……」 ?? 「おい」 トシアキ 「パパ……おっぱい」 ?? 「……」 ゴツン! トシアキ 「いてぇえっ!」 頭のてっぺんに不可解な程の威力の衝撃をうけ、俺はベッドから飛び起きた。 目の玉からはまだ火花が飛び散っている。 トシアキ 「くそ、誰だ……敵か。俺の部屋に忍び込みやがって」 俺は頭を振りながら、辺りを見回した。 トシアキ 「……って」 あれ? どういうわけか、俺が寝ていたのは、俺の部屋じゃなかった。見覚えはあるけれど、違う。 そういえば、寝ていたものも、ベッドじゃない。黒革のソファーだ。 ?? 「やっと、目が覚めたか」 いまだ首をひねる俺のそばで、女の声。 振り返った俺の目に映ったその女は、黒の長ズボンをはいて、メガネをかけた、短髪の女。 トシアキ 「……ジェシカ」 ジェシカ 「そうだ。お前の言うとおり、私はジェシカ、ジェシカ・ローレンツ。貴様の同僚。これ以上言わなければならないか」 トシアキ 「あー……そういうことか」 俺は頭をかいた。 この場所に見覚えがあるのも無理はない。ここは、俺の仕事場……つまり捜索会社「ジョーンズ・サーチ」だ。 そういえば、昨日はしこたま酒を腹に詰め込んで、家に帰るのも面倒になってここで寝たんだったな……。 ジェシカ 「納得できたようなら、おめでとう。そしてそこからどけ」 トシアキ 「なんで」 ジェシカ 「客が来ているからだ」 ジェシカの声に苛立ちが混じる。 俺は慌ててソファから飛び降りた。 着地したとたん、頭がガンガン痛んだ。 トシアキ 「おぅぇええええ……」 頭を押さえる。 気持ちわり。 ジェシカ 「たったついでに、眠気覚ましのコーヒーでも入れて来い。もちろん、来客と私の分もな」 わたし、の部分を強調しながら、ジェシカが言った。 トシアキ 「へえへえ……って俺は家政婦かよ」 そう言いながらも、俺はすごすごと給湯室へと向かった。 ジェシカ 「お前が、家政婦などという上等なものか?」 うるせえ。 …… …… …… ここは南西の大都市プロミネンスにある、捜索会社「ジョーンズ・サーチ」。俺はそこに身をおくしがない捜索社員だ。 プロミネンスのような大都市において、様々なものが行方不明になる。人は勿論、動物、商品、さらには自意識を持つ魔法道具が自ら逃げ出すこともある。 ジョーンズ・サーチは、そんなよろずの行方不明物を捜索することを仕事にしている会社だ。 トシアキ 「でも……」 俺はやかんで湯を沸かしながら、給湯室の窓から外を見た。 まだ、早朝だ。家々の煙突から、朝食を作るための煙が出ている。 トシアキ 「こんな時間から客なんて珍しいな」 特に、この会社じゃ、かつて例のないことだろう。 ジョーンズ・サーチは小さい会社……いや、地域に根ざした会社だ。 社員はジェシカと俺、そして社長のジョーンズ爺さんを含めて、三人しかいない。 そんな会社だから、大体この会社にくるのは、昼間暇な主婦たちだ。 まあ、世間話しにくる、ともいうが……。 …… …… …… トシアキ 「やれやれ……砂糖とミルク探すのに手間取ったぜ」 俺はコーヒーを入れた三つのカップを盆に載せて、給湯室を出る。 トシアキ 「コーヒーお持ちしましたよ、ジェシカさん」 そういいなが俺は給湯室を出て、客間へと入った。 客間には、向かい合わせにおかれた二つのソファ、そしてその間にはテーブルが置かれている。 一方にはジェシカが座っていた。 もう一方には、たぶんお客だろう。黒衣に身を包んだ女性が座っていた。 トシアキ 「粗茶ですが……」 ジェシカ 「コーヒーだろうが」 ジェシカうるさい。 俺はすすす、と依頼人に近づくと、テーブルの上にコーヒーカップを置いた。 そのとき、さりげなくチラッと依頼人の顔をみる。 (おお……!) まさににおい立つような美人だった。 年は三十くらいか。切れ長の目に、長いまつげ、鼻筋は通り、さりとて高すぎない。 薄紫のアイシャドーと赤く塗られた唇がなんともなまめかしい。 着ている黒衣がしっくりにあっていた。 黒衣の美人 「有難うございます」 美人が微笑んだ。 俺も思わず甘いマスクで微笑んでみせ、それからジェシカのほうを向いた。 ジェシカ 「さっさと私にもコーヒーをくれ。わかってるだろうが、私はコーヒーはブラック……」 トシアキ 「はいはいはい。ジェシカさんはたしかお砂糖は十個に、ミルクでしたよね?」 ジェシカ 「なにをいって」 俺は問答無用でこのために用意しておいた盆の上の角砂糖をどばどばコーヒーカップに詰め込んだ。 そのうえから、じょぼじょぼとミルクをかける。 コーヒーカップに浮ぶ角砂糖のエベレストwithミルクがけの完成だ。 それをジェシカの前において、俺はそ知らぬ顔で彼女の隣に座った。 ざまあみろだ。 ジェシカが殺気をこもった視線を送ってくるが、無視してやる。 さっきのけりのお返しだ。 ジェシカ 「……それで、ミス・ミザレイ・クロスフォード様。今回はどのようなご用件で、私どもの会社にいらしたのでしょうか」 ミザレイ・クロスフォードか……良い名前だ。 神は天に二物を与えないというが、あれは嘘だな。 ミザレイ 「ええ、実は……」 憂いをたたえた瞳でこちらを見ながら、ミザレイは語りだした。 ミザレイ 「私の、夫が失踪したんです」 トシアキ 「なんだ男つきかいてっ」 ジェシカがおれのわき腹に肘鉄をかます。 ジェシカ 「つまり、貴方の夫探しが依頼、と」 ミザレイ 「その通りです」 トシアキ 「さっきのコーヒーのことまだ根に持ってるのかよ……」 ジェシカ 「詳しいことを……そうですね、まず旦那さんのことについて聞かせてもらえないでしょうか」 ミザレイ 「はい……夫は、魔法大学で、歴史学を教えていた講師でした」 トシアキ 「ほお」 ミザレイ 「その研究にかかわることで、失踪したのではないか、と考えておりますの」 ジェシカ 「とは?」 ミザレイ 「失踪前に……私は詳しくは聞いていませんでしたが……歴史的にすばらしい発見をした、と夫は言っておりましたの」 ジェシカ 「ご主人が失踪される前に、何か不審な点はありませんでしたか」 ミザレイ 「いえ、特には……」 ジェシカ 「何でも良いんですが」 ミザレイ 「そうは言われても……あ、そういえば」 トシアキ 「何かありましたか」 ミザレイ 「ええ、些細なことなのですが……失踪する三日前に、夫に音楽家と名乗る人間が来まして」 ジェシカ 「音楽家」 ミザレイ 「ええ。でも、どう見ても音楽家といった格好の人間には見えませんでしたの」 トシアキ 「っていうと?」 ミザレイ 「派手な花柄のズボンをはいて、素肌に黒のシャツ一枚だけ着た、金髪の方でした。シャツのボタンを一つも止めずに」 ミザレイ 「普通、音楽家というと、楽器の一つも持っているものでしょう? でも、あの方は何も持っていませんでしたわ」 一瞬沈黙が降りる。 ジェシカ 「……」 トシアキ 「……変態?」 ジェシカ 「とりあえず、この依頼を受けますか、社長」 ジェシカはそういうと、部屋の片隅に目を向けた。 社長 「うーんそうだねえ」 トシアキ 「うわ、社長。いつからそこにいたんですか」 社長 「最初からいたよ?」 ジェシカ 「いたぞ。どこに目をつけている」 ミザレイ 「いましたわよ」 トシアキ 「……」 俺だけ気づかなかったのか? 俺が異常なのか、俺以外の人間が異常なのか、考え始めたが、それをぶちきるように社長が言う。 社長 「まあ、受けて良いんじゃない?」 いつもの通り社長は適当な返事をした。 ジェシカ 「これで、社長の承諾は得られたわけだ」 ジェシカが立ち上がる。 ジェシカ 「それでは、ミス・ミザレイ。急ではありますが、今からお宅に伺ってもよろしいでしょうか」 ミザレイ 「え、ええ……」 良いながら、ミザレイ夫人も立ち上がった。 ジェシカ 「では、行きましょう……何をぼっとしている、トシアキ。さっさと行くぞ」 トシアキ 「俺、まだコーヒー飲んでないんだけど」 ジェシカ 「奇遇だな。私も飲んでいない」 皮肉な口調でジェシカが言った。 俺はため息をつきながら、立ち上がる。 トシアキ 「まだ酒も抜けきってないのに……」 …… …… …… 眼前に広がる大邸宅。庭はあるし、噴水もついてる。 門は呪的自動開閉。 それが、貴族街に立ち並ぶ、ミザレイ夫人の家だった。 トシアキ 「すげえ」 ジェシカ 「……」 流石のジェシカもことばを失っている。 着てる服から金持ちだろうとは考えていたが、ここまでとは……。 ミザレイ 「こちらですわ」 ミザレイ夫人に促されるままに、俺たちは邸宅の中へと足を踏み入れた。 …… …… …… トシアキ 「外もでかいと思ってたけど、中もでかいな」 ジェシカ 「ああ。我々にはまったく未知の領域だ」 トシアキ 「こんなに広いと使用人もたくさんいるんだろうな」 ジェシカ 「当たり前だ。だから急な来訪も了解してくれたんだろう」 トシアキ 「何で」 ジェシカ 「使用人がたくさんいれば、屋敷は常に片付いているの法則だ」 トシアキ 「そんな法則聞いたこともないが、なるほど」 ひそひそ。 ひそひそ。 ミザレイ 「あの? どうかいたしました?」 トシアキ 「あ、いえいえいえ」 ミザレイ 「まず、どの部屋をお調べになられますか?」 ジェシカ 「そうですね……ではまず、ご主人の部屋を調べさせてもらえますか」 ミザレイ 「ええ」 …… …… …… ミザレイ 「ここが主人の書斎です」 トシアキ 「ほお」 邸宅の書斎もやっぱり広かった。 しかし、違和感も覚える。 そのことに、ジェシカも気づいたようだ。 ジェシカ 「ご主人は歴史学者でしたね……その割には、蔵書の量が……」 トシアキ 「少ない、ですね」 まったくだった。書斎の本棚には数冊の本しかない。 あとはノートぐらいなものだった。 ミザレイ 「ええ。夫は学者ですが……必要のなくなった資料は手元に置くことを嫌がっていましたの」 トシアキ 「へえ……」 こちらとしてはそれはありがたいな。部屋を調べる手間が省ける。 トシアキ 「ミザレイさん、それじゃあ少しばかり調べさせてもらって良いですか?」 ミザレイ 「ええ。ごゆっくり……あ、私はここにいるとお邪魔になりますわね。少し、席を外させて……」 トシアキ 「あ、いやいや。貴方のように美しい方でしたらいくらでも……」 俺は慌てて引きとめようとするが、ミザレイ夫人はにっこり笑った。 ミザレイ 「お気遣い、ありがとうございます……あら、そういえばお客様にお茶もお出ししていませんでしたわ。いま、メイドに言ってきます」 そういって、ミザレイ夫人はそそくさと書斎を出て行った。 トシアキ 「気遣いじゃないんだけどなあいて」 ジェシカが俺の耳を引っ張る。 ジェシカ 「人妻に色目を使っている場合か。さっさと調べるぞ」 トシアキ 「へえへえ。っつっても、調べるものはさほどないわけだしなあ……」 ぼやきながらも、俺たちは書斎を調べることにした。 …… …… …… トシアキ 「ほう、『山間信仰におけるジュゼッペ・フォン・ブラウの考察』ねえ……」 俺は手に取った本をぱらぱらとめくる。 ……山間信仰において、その魂は不滅のものとされる。そのため、魂を受け継ぐという点から、死者の肉体を体内に入れるということも行われている。 ……また、山間民族の一部に口伝として伝わるものとして、魂と肉体の不滅というものがあるが、定かではなく……。 トシアキ 「んー……旦那は山に行ったのか?」 …… …… …… トシアキ 「『錬金術と山』……また、山か」 ……山は古今東西、聖なるものとして見られてきた。とくに錬金術において、あらゆる鉱物を生み出す山は神に等しいものと捕らえられている。 ……このことから、生命の石は山から生み出されるものではないか、と推測する錬金術師も一部いる。 …… …… …… トシアキ 「こんどは、『生命の石』……」 ……生命の石は万物の基礎となるものといわれている。また、ここで言うところの石とは比喩的なものであり、液体とも固体とも……。 ……生命の石の特徴は不死性にある。これを体内に含有した生物は不死を得るとされている。 また、このほかに生命の石は黄金を生み出すといわれている。 その昔、生命の石を生み出した唯一の錬金術師は、生命の石を熱することによって黄金を生み出した、と私記に記述している。 …… …… …… ジェシカ 「もう、これ以上探すものは無いだろうな……」 部屋の書籍を調べつくした。部屋の中も調べた。 俺は腰に手を当てて、辺りを見回した トシアキ 「旦那が失踪した、直接的に関係しそうな手がかりは無いみたいだな」 ジェシカ 「まあ、そう上手くいくはずもない、か……」 トシアキ 「今度は、奥さんの部屋でも調べ……ん?」 と上を見上げた俺は、あるものに気づいた。 本棚の一番上に、何かが乗っている。 ジェシカ 「なにを馬鹿なことを言っている……どうした?」 トシアキ 「いや、なんか乗ってる……よっと」 俺は本棚の上にあるものをとった。 ジェシカ 「本……か?」 トシアキ 「みたいだな……高そうな本だ」 俺はその本の題名を読む。 トシアキ 「超極エロ人妻肛姦悶絶耐久600分……」 ジェシカ 「……おい」 ジェシカが俺の首を絞めにかかる。 トシアキ 「いや、俺はただ読んだだけだしこんな題名が書かれてるとか……あれ?」 ジェシカ 「貴様はどうしてそう助平なものばかり見つけることができるのだ、え? おい何とか言って……どうした」 トシアキ 「いや、これ本棚の上に置いてあったよな」 ジェシカ 「それがどうした」 トシアキ 「その割には、埃がぜんぜん被ってない」 ジェシカ 「……確かに」 ジェシカが片眉を上げる。 トシアキ 「それに、この本、やけに手垢で汚れてないか?」 ジェシカ 「旦那がこのご、極エロむにゃむにゃ……が、大好きだったのではないか?」 トシアキ 「いや、俺の経験から言うと、この手の企画モノの小説はたいがい外れなんだ」 よく俺もそれで、痛い目を見る。 ためしにぱらぱらと中を読んでみた。 やっぱり外れだ。 ぜんぜん抜けない。 トシアキ 「それに……この本の重さが微妙に気になるんだ」 ジェシカ 「重さ?」 トシアキ 「ああ」 俺は超極エロ人妻肛姦悶絶耐久600分をジェシカに渡してみる。 ジェシカ 「確かに……この本にしては、少し重たいような」 トシアキ 「……少し待ってくれ」 俺はもにゃもにゃと呪文を唱える。数学重量測定魔法を使用した。緑色の数字が、宙に浮かび上がる。 トシアキ 「これが、この容量の本の重さだ」 次にジェシカから超極エロ人妻肛姦悶絶耐久600分を受け取った。 ピンク色の数値が緑色の数値の横に並ぶ。 トシアキ 「んで、こっちが実際の本の重さ……やっぱり、この本の大きさにしては、少し重たい」 ジェシカ 「なにか、隠されているのか?」 ジェシカが、本を仔細に調べ始める。 ジェシカ 「……ここかっ」 ジェシカが本の背表紙に手をかけた。 ぱかっ。 背表紙が外れる。 ジェシカ 「鍵だ……」 トシアキ 「背表紙にこんなもの隠していたのか」 ごく普通の、どこにでもありそうな真鍮製の鍵だった。 ジェシカ 「どこに使う鍵だろう」 トシアキ 「この書斎に鍵を使うような場所は無いしなあ……」 ジェシカ 「あるとすれば……」 ジェシカはぐるりと辺りを見回す。 それから、この部屋の出入り口、つまり扉に目をつけた。 鍵を持って、扉の前に行く。 鍵を、扉の鍵穴に差し込んだ。 トシアキ 「まさかそんなはずはない……」 がちゃり。 鍵が音を立てて回る。 同時に、扉の一部に亀裂が走り、開いた。 扉自体に隠し扉がついていたのだ。 ジェシカ 「この手の扉は、一度見たことがある。仕掛け錠といって二種類の鍵が使用できるんだ」 得意満面のジェシカ。 俺は、扉の中に入っていたものを取り出した。 トシアキ 「金の棒……と、紙?」 ジェシカ 「のようだな」 俺は手の内の金の棒と、紙を眺める。 金の棒、といっても純金ではない。おそらくは心中だろう。 棒の長さは三十センチにも満たないくらい。形だけいうなら、角材にも似ている。 紙は一方細長い、巻尺のような態をしている。紙の裏と表には、びっしりと文字が書かれていた。 文字を読んでみるが支離滅裂な文章が書いてあるだけだ。 ジェシカ 「こんなものを、隠そうとしていたのか?」 トシアキ 「らしいな……」 …… …… …… 俺たちは、ミザレイ夫人の屋敷を後にした。 そのあと、屋敷の使用人なんかとも話しをしたが、手がかりになりそうなものは殆どなかった。 貴族街を抜け、俺たちは今、下町の表通りを歩く。 トシアキ 「さて、これからどうすっかねえ」 ジェシカ 「これを解読する、という手もあるが」 ジェシカは上着の上から、あの金の棒と紙を叩いた。 トシアキ 「あー……でもいまは、とりあえず情報収集に専念しないか」 ジェシカ 「この情報が解読できるかもわからないしな……」 橋に差し掛かった。 川を間に挟んだこの石橋は、結構な高さにある。橋の上十メートルくらいの高さから見える川は、晴れの日もあって、良い眺めだ。 トシアキ 「じゃあ次は……」 ジェシカ 「待て」 ジェシカが、ぴたりと足を止めた。 トシアキ 「あ?」 ジェシカ 「……つけられているぞ」 トシアキ 「なんだって?」 ジェシカの言うとおりだった。 俺が聞き返すと同時に、俺たちの周りに五人の男たちが現れ、俺たちを取り囲んだ。 全員黒服に身を包んだ、屈強な男どもだ。服の上から筋肉がはちきれそうなやつばかり。 トシアキ 「何だ、おまえら……」 黒服の男1 「お前らは、」 ジェシカ 「……」 ジェシカが男たちをにらみつけ、構えを取る。 黒服の男2 「言え」 ジェシカ 「……言う義理がない」 黒服の男2 「チッ……力づくでも吐かせるぞ!」 それが合図だった。ジェシカが前に出る。男たちが飛び掛ってきた。 ジェシカ 「シュッ」 吐息とともに、ジェシカが拳を突き出した。一番手前の男の顔面にヒット。 バシッ 右手から迫る黒服、その側頭部に裏拳を叩き込む。 その隙に、三番手が廻し蹴りを繰り出してくる。 ジェシカ 「チッ」 それを両手で受け止めるジェシカ。 トシアキ 「まずいな……」 ジェシカは、格闘においちゃかなりの腕前を持つ。正直うちの会社なんかで働くより、その手の格闘技に出たほうが、金が取れるくらいのレベルだ。 それでもしかし、さすがに五対一は分が悪い。 その証拠に、だんだんとジェシカが押され始めている。 俺も加勢したいところだが、俺の魔法じゃ、逆にジェシカに当たってしまうかもしれない。 トシアキ 「ジェシカッ、逃げるぞ!」 俺はそういう。 ジェシカがこちらを見て、片眉を上げた。 ジェシカ 「りゃぁっ」 どうやら俺の考えていることを大体汲み取ってくれたらしい。 ジェシカがけん制を男どもにかける。一旦、男たちの輪が広がり、その隙を塗って、ジェシカが俺のそばに来た。 トシアキ 「……」 俺は、その間に蒸気の呪文を唱え終わっている。 ばしゅぅぅぅっ。 俺の魔法で、蒸気が吹き出た。 広がる蒸気は俺たちを、男たちをも飲み込んで隠してしまった。 黒服の男3 「くそっ、めくらましか……!」 黒服の男2 「どこだ、どこにいるっ!」 黒服たちの探し回る声。 ばたばたばたばた……! 黒服の男4 「! あっちだ、あっちに逃げたぞ!」 黒服の男5 「何て足の速さだ! もう姿が見えない……!」 黒服たちが声を張り上げ、慌てて走り出す。 トシアキ 「……」 俺はその様子を川の水面から見て、にやっと笑った。 トシアキ 「騙されやがって」 ……俺は蒸気の呪文を唱えると、すかさず音作成の魔法も使っていた。 音作成の魔法で、足音の魔法を作り出し、俺たちは皮に飛びこんだのだ。 運の良いことで橋の上の混乱と、川の高さもあったおかげで、水面に飛びこむ音がかき消されたようだ。 トシアキ 「筋肉場かって言うのはああいうのを言うんだろうな……ジェシ、カ……?」 俺は隣のジェシカを見た。 ジェシカはいなかった。 かわりにぶくぶくと水面に浮ぶ泡と、ジェシカの腕だけが見えている。 トシアキ 「お前、泳げないのかよ!」 …… …… …… ばしゃっ。 トシアキ 「はあっ、はあっ、はっ……」 俺は川岸に何とかたどり着くと、抱えていたジェシカを下ろした。 トシアキ 「疲れた……おい、ジェシカ、起きろ」 ばしばし。 俺はジェシカの顔を叩いた。 ジェシカ 「……」 起きる気配はない。 トシアキ 「まずいな……」 結構水を飲んでいるのかもしれない。俺は、心臓マッサージをしようと、ジェシカの胸をつかむ。 むにゅ。 トシアキ 「……」 前からでかいでかいと思っていたが、こうやってつかんでみると、改めてその大きさがわかるな。 思わず指を動かす。 むりゅむりゅと形を変える乳房。 やわこい。 なんだか気分が高揚してくる。 トシアキ 「……と、楽しんでたら死ぬな」 俺は楽しむのもそこそこにジェシカの胸を押し、心臓マッサージを始めた。 が、ジェシカは目覚めない。 トシアキ 「くそ」 なら、人工呼吸だ。俺はジェシカの口を開け、気道を確保する。ジェシカの柔らかい唇に唇を重ね合わせると、息を吹き込み始めた。 ジェシカ 「ん……」 少しは効果があるみたいだな。 俺はそのまま人工呼吸と心臓マッサージを交互に行った。 ジェシカ 「かはっ」 俺の救助の甲斐あって、ジェシカが水を吐き出し、息を取り戻した。 ジェシカ 「あれ、私は……」 辺りを見回すジェシカ。 トシアキ 「おぼれたんだよ。川に飛び込んださいに」 ジェシカ 「あう……そう、だったのか」 眉をしかめて、ジェシカは首を振る。 トシアキ 「それで、意識がなかったから、俺が人工呼吸と心臓マッサージしたんだよ」 ジェシカ 「心臓マッサージ……と、人工こきゅ」 ジェシカが固まる。 トシアキ 「そうだけど……どうした」 ジェシカが顔を片手で隠した。 ジェシカ 「いやなにも……なんでもない。こっちみるな」 トシアキ 「そんなことないだろ? 大丈夫か」 ジェシカ 「いや、本当になんでもないんだ……」 トシアキ 「じゃあどうしたん」 俺は近づこうとして、 ぎゅむ。 ジェシカの掌に顔を押される 「ば、ばかやろう……近づくな。今だけは、こっちに来るな」 トシアキ 「……へあ?」 ジェシカは顔真っ赤にさせて、身体を震わせていた。 わけがわからん。 …… …… …… ジェシカ 「それで、これからどうする?」 それから五分後、落ち着きを取り戻したジェシカが俺に聞く。 トシアキ 「そうだな……どっちにしろ、この服じゃ聞き込みも出来ないだろ……」 俺たちのぬれた服を指差す。 ジェシカ 「そうだな。じゃあ……一度会社にもどってみるか」 トシアキ 「だな」 てな会話をしたのは数十分前。 俺たちは、会社のビル、扉の前に立っていた。 すでに時は夕暮れで、ビルの明り取りの窓からは、西日が差し込んでいる。 トシアキ 「社長―、もどってきましたよ」 俺は扉を開けた。 そして固まった。 トシアキ 「……」 トシアキ 「……なんだよ、こりゃ」 部屋が、めちゃくちゃに荒らされていた。 ジェシカ 「これは……」 トシアキ 「くそ、どこのどいつがこんなことを……!」 ジェシカ 「いや、それよりも社長だ……! トシアキ 「そうだ! 社長、社長は……!」 もしかして、侵入者に、攫われたんじゃ……! ジェシカ 「社長!」 ジェシカも慌てたように社長の姿を探し始める。 トシアキ 「社長!」 ジェシカ 「社長!」 ジェシカ&トシアキ 「社長――――!!」 社長 「なあに?」 社長が給湯室から出てきた。 どたばたどんがらがっしゃん。 …… …… …… トシアキ 「で、なにがあったんですか」 俺は会社においてあったツナギに着替えて、コーヒーをすすった。 隣では、同じようにツナギを着てジェシカがコーヒーをすすっている。