第五章『過去の追走』

過去が私を追ってくる
私が停まらず駆けるのは
それに追い付かれぬ為なのか

     ●

 佐山は草原にいた。上空には青天、周囲には森林が広がる。だがそれよりも佐山には思う事があった。
……浮いている?
 視界が日頃よりも高いのだ。何事か、と確認してある物が無い事に気付く。体が無いのだ。ふむ、と佐山は一息ついて再度の確認を行う。
……視覚、良し。聴覚、良し。思考、良し。触覚、余り無い。味覚、嗅覚、第六感は全て駄目……
 つまり今の自分はほぼ見聞きしか出来ない状態、加えて浮遊する様な視線の高さ。佐山は結論した。
……夢か……
 明晰夢か、と思うが疑問もある。夢とするには余りにも現実味があるからだ。まるで実体験の様だ、と佐山は思い、そこで背後に草を踏む音を聞く。誰だ、という言葉と共に振り返ろうとし、
「―――――」
 果たされたのは振り向きのみ、声は放たれず視界は動く。
 そこにいたのは一人の男だった。登山用の服に道具類を担いだ初老の入り際、その姿を見て佐山が思う事は二つだ。一つは身なりが現代のものではない事、そして、
……左腕が無い……
 男の顔はこちらを向くが自分を見ていない。
「やはり…やはりここに!」
 男は駆け出した。隻腕の走りは覚束ず、幾度も転びかけ、荷物を落としかける。しかし、
……笑っている……
 渇望する何かを得た様な表情で男は走る。それは佐山が得たくても得られぬもので、何か、と思い通り過ぎた男を追って背後を見た。そこにあったものは、
……塔!?
 長大な建造物が聳えていた。先ほどまでは無かった筈、と思うがその答えはすぐに出る。
……概念空間か。この男はその境界を抜けてきた……
 男は建造物を見上げてこちらに背を向けた状態。だがその呼吸と気配には抑え切れない熱意があり、
「…バベルよ」
 それが建造物の名か、と佐山は推測し、
「概念戦争の始まりを告げる遺物よ! ――ここにいたか!!」
 その内容に、どういう事だ、と佐山は思う。管理局の説明にバベルという名は無かった。それと同時に思う事もある。隻腕の男についてだ。
……私はこの男を知っている……?
 見知らぬ人物だ。濃い人脈を持つ自覚はあるが、概念空間に入って塔を見上げつつハッスルするような隻腕オヤジに心当たりはない。だが、
……何処かで覚えが……
 その瞬間、佐山は意識を殴られた様な衝撃を受けた。

     ●

 意識への衝撃に佐山は跳ね起きた。
「―――っ」
 急な動きが衝撃の残滓と重なって目眩となるが、少し間を置けば安定する。そうして見えてる風景は広大な部屋と乱立する本棚で、自分は机を前にして椅子に座っているのだと自覚する。
「衣笠書庫、か」
 大城達との待ち合わせ時間までの暇つぶしに来たが、いつの間にか眠ってしまった様だ。しかし、先ほどのあれは夢だったのか、と佐山は思い返す。そこで机上に寝そべる貘を見つけた。
「確か過去を夢の様な形で見せると…」
 ならば自分が見ていたものは、
「あれは――かつてあった現実の出来事、か」
 貘はこちらを見上げて首を傾げる。その無邪気な動作に佐山は苦笑し、
……あの塔はやはり他のGに関係するものなのか……
 そこで佐山は本棚へと移動、“神話学”と分類されたそこから一冊の本を抜き出した。背表紙にある題名は、
「神話大全・聖書編。――衣笠・天恭著」
 佐山は本を開いてページを流し、目当ての単語を探し出した。
「…バベル。人々が天に至ろうと築き、しかし神の怒りに挫かれた言詞の塔」
 聖書ではこれを期に言語が分かれたとしているのだよな、とも思い返し、
……あれが他Gの物なら何故この世界の名を持つ……?
 このGの誰かが名付けたのか? とも類推しつつ本を戻し、そこで佐山は気付いた。抜き出した本と同シリーズの物が他に10冊あるのだ。
……この本も合わせれば11冊、昨晩聞いたGの数と同数……
「飛躍しすぎ、か?」
 だが、と思う。時空管理局の表の顔、IAIの支援を強く受けるこの学校でこの合致か、と。
「――ふむ」
「あれ、ミコト?」
 熟考の最中に名を呼ばれた。そして自分の事を名前で呼ぶ人間はこの学校に一人しかいない。
「ハラオウンか」
 見れば本棚の影からハラオウンが顔を覗かせている。
「どうしたこんな所で。君もこの本に用があるのかね?」
「うん、神話とかで調べものがあってね? 折角だから、この学校の創設者の本で調べようと思って」
 ハラオウンはこちらへと歩み寄り、本棚に収められた11冊の書物を指でなぞる。
「…衣笠・天恭。戦前から出雲社と関わりのあった神話学の権威で、この図書室が冠した名前の持ち主」
「の割には名前しか出ない人物だがね。写真も殆ど残っていないそうだ」
「日露戦争で負傷したんだって。だから余程の事がないと写真に映りたがらなかった、って」
「…随分と詳しいな」
 訝しむ佐山はハラオウンは笑い、
「グレアムさんが言ってたの。若い頃に付き合いがあったんだって」
「ほう。…書庫に沈んだミイラの様な老人だと思っていたが」
 はやての前で言ったら怒られるよ? とフェイトは注意し、
「IAIから派遣された人だしね。…十年くらい前に前任者が亡くなってから、ここの管理と企業向けの情報検索をしてるって聞いたよ」
 その補足に佐山は思考する。
……IAIからの派遣、か。これで関係を疑うのはやはり飛躍か?
 冷静さが足りないか、と自分を判断し、そこでハラオウンがこちらを見ている事に気付いた。
「どうしたのかね?」
「…ミコトが何かに興味を持つなんて、珍しいなって思って」
「おかしいかね?」
 ううん良い事だよ、とハラオウンは断りを入れる。
「――昨日言ってた事の答え、少しは出た? 本気についての事」
「残念ながらまだだよ、それに至るかもしれないヒントは得たがね」
「そう。…じゃあ覚えておいてくれるかな?」
 ハラオウンがこちらを真っ正面に見据える。
「もしミコトが本気になれる事や、なれる人を見たら……恐れず、でも壊さない様にね? ――本気になるって事はとても強い力を出す事なの。一瞬の判断で後戻りが出来なくなる」
 そこまで言ってハラオウンは俯く。斜に見えるその表情は泣き顔に近いもので、
「……どうしたのかね?」
「あ、あのね? …今晩の生徒会の自主集合、ひょっとしたらなのはが来れないかもしれない」
 唐突な言葉に佐山は、何? と疑問符で答える。
「高町が来ない? あの善意と正義感と闘争本能を詰め込んだ戦闘民族がサボりかね?」
 ずいぶんな言われ様だね、とハラオウンは一度半目になり、
「バイト先でね、大きな責任を負う仕事をしたの。……それで、深く考え込んでるみたいで」
「――責任、か」
 それは自分が得ていないものだ、と佐山は思う。
……力のある私にとっては、何事も責任以前の段階で終わるもので……
 未だかつて佐山は責任を感じた事は無い。万事が全力未満で解決出来るからだ。だがそれを高町は得たという。それがどのようなものかは知らないが、
「――少し、羨ましくはあるね」
 え? とハラオウンは聞き返すが佐山は気にしない。そのまま時計を見て時間を確認し、
「私はこれから用事があるので失礼するよ。…次は今日の午後九時だね?」
 出立の準備をする佐山にハラオウンは小さく動じ、
「で、でも、なのはは来れないかもしれないよ?」
「彼女が来れなければ何も出来ないのかね? それに高町は来るよ」
 一息。
「――責任とは、それを果たそうとする者だけが得るのだから」
 向けた背後でハラオウンが笑むのを佐山は感じる。
「それは信頼? それとも励まし?」
「どちらでもない。強いて言うなら、けしかけ、だよ」
「……そういう事は、本人の前で言ってあげれば良いのに」
 いつも意地悪ばかり言ってさ、とハラオウンは続けるが、
「そんな事をしたら羞恥に悶死してしまうだろう? …高町が。卑賤な身の上で神にも等しい私の言葉を聞くなど」
「やっぱり言わない方が良いかもね」
 衣笠書庫の出入り口まで歩んだ佐山にハラオウンは声をかける。
「行ってらっしゃい、ミコト。……今晩、待ってるから」
「…微妙にエロい送り出しだね」
 答えればハラオウンは、ええぇっ? と慌てる。それを無視して佐山は外へ出た。

     ●

 尊秋多学院の美術室、開け放たれた窓から音が零れていた。言葉というには浅く、旋律のあるそれは歌声と呼ばれる。その主はキャンバスと向き合うブレンヒルトだ。
 深い森の絵に筆を走らせる灰色髪の少女が、呟く様に謳っている。

Silent night Holy night/静かな夜よ 清し夜よ
All's asleep, one sole light,/全てが澄み 安らかなる中
Just the faithful and holy pair,/誠実なる二人の聖者が
Lovely boy-child with curly hair,/巻き髪を頂く美しき男の子を見守る
Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く
Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く―――

 謳われるのは清しこの夜だ。朗々とする歌声は聞き手も無く散り、しかし唯一の例外である風が少女に語りかけた。
「……それってこのGの歌?」
 声にブレンヒルトは歌を止め、窓辺で逆巻く風を見た。それはやがて黒猫に変じ、
「ブレンヒルトが……ううん、レオーネ様もミゼット様も好きだった、あの人が教えてくれた……」
「――今まで何処言ってたの?」
 黒猫の言葉は遮られた。
「昨晩、話すだけ話したらいつの間にか姿を消したでしょう? 何処へ?」
 ブレンヒルトの表情は固い。有無を言わさぬ気配に黒猫は溜め息をつき、
「…1stーGの居留地。あそこでも使い魔はたくさんいるから、ちょっと集会にね」
「何か解ったの?」
 黒猫は問いに答えず、視線を深い森の絵に向けた。
「それも1stーGの風景?」
 塗り直された絵は昨夜よりも深みを増し、しかし小屋の周囲は未だに手がつけられていない。
「ええ、レオーネ様の庵。私やミゼット様も住まわせてもらってて……アンタだってそうだったでしょ? 覚えてないの?」
「いや、物心つく前の事を言われてもねぇ……」
 黒猫は遠い目を屋外に向ける。
「森も、庵も、歌も、全部知らないんだよねぇ」
 知る前に1stーG滅びちゃったし、と黒猫は笑う。そこへ、
「なら教えてあげましょうか? ……1stーGの事」
 ブレンヒルトは声をかけた。黒猫は驚いた様にその顔を見上げる。
「え、いいの?」
「アンタだって一応1stーGの生き物でしょうが。知りたいなら教えてあげるわよ」
 目を輝かす黒猫を尻目にブレンヒルトは黒板まで移動、チョークで楕円を描く。それを横線一本で上下に区切り、
「これが1stーGよ。下半分が大地で、上半分が宇宙」
「すっごい手抜きだぁてててててっ! あ、ちょ、胃袋は掴めないーッ!?」
 喚く黒猫を放り投げてブレンヒルトは黒板を叩く。
「良い? 兎に角これが1stーG。テーブル型の平面大地に天井で限られた宇宙、星は天井に張り付いてて、太陽は天と地下道を周回して昼夜を分けた」
「随分と狭かったんだね」
「ええ。でも文字に力を与えるという概念のお陰で不便は少なかったし、人や動物は互いを調整し合って生きていたわ」
「良い世界だった?」
 ええ、という肯定の言葉に黒猫は続けて問う。
「――どうやって、滅びたの?」
 その答えはすぐに出なかった。ブレンヒルトは俯いたまま息を吐き、
「…1stーGでは概念戦争が長く続いてね。王は敵の侵入口にも成り易い“門”を二つしか作らず、騎士や機竜は防衛に徹して、侵攻は殆どしなかったわ」
「その戦い方じゃ概念戦争には生き残れないんじゃないの? 護るだけじゃさ」
「それが1stーGの誇りだもの」
 再度の問いは即答された。
「護る為に戦い、その誇りの為に戦う。…争いが嫌いな王だったのよ、概念戦争で妃を喪ったから」
 そこでブレンヒルトは自嘲する様に笑う。
「もし1stーGが滅びるなら勝者のGに降伏する事になっていたわ。誇りを持ち続ければそれまでの戦いは認められるだろう、って。1stーGは自分が弱いGだと知っていたのよ。…そこにつけ込まれた」
 教卓の椅子に腰掛けたブレンヒルトは遠い目をして、
「星祭の夜にあの男は裏切ったわ。そして騎士達が着いた時には王とレオーネ様は死んでて、ミゼット様は瀕死だった」
「そして概念核も奪われた?」
「王が二分した内の片割だけどね。それをレオーネ様が造ったデバイス、デュランダルで制御器から抽出したの。…概念核ごと、デュランダルも制御器も持ち出されていたわ」
 ブレンヒルトは森の絵を指差す。
「あの森も何もかもが潰え、――そして皆この向こうへと去った」
 ブレンヒルトは襟を引いて首もとを晒す。そこには三日月型の飾りを持つチョーカーがあった。
「1stーGのデバイス、レークイヴェムゼンゼだね。冥界との境を開いて魂達の協力を得る、元々は法務相談役としてレオーネ様が持っていた物」
「滅びの際に私がそれを受け継いだ、って事よ」
 黒のリボンを撫でれば三日月型の飾りが僅かに光る。
『……ロード、お力を?』
「いいえレークイヴェムゼンゼ、貴方の出番はまだ先。――もう少しだけ待ってて」
 その答えに沈黙したチョーカーを見て黒猫は首を傾げる。
「それがあれば亡くなったミゼット様達の協力が得られるんじゃないの?」
「無理よ。このLowーGでは冥界の概念が弱くて、概念空間に入らなきゃまともな交信が出来ないもの。それに魂の数が多過ぎて見つけられないわ」
 向こうの皆が出してくれるならともかく、とブレンヒルトは付け足す。それから話題を戻し、
「生き残りは開かれた二つの“門”、王城側と市街側から逃れたわ。王城側から出た者達の殆どは管理局に恭順したけど、私達市街側から出た者達はそうしなかった」
「ラルゴ翁がいたからでしょ? 1stーGの武力を統率する名誉元帥、残った概念核を機竜ファブニールに搭載してこのLowーGに持ち込んだ」
「私達はそれにすがって生き延びたわ。そうして六十年、何時しか市街派と呼ばれる集団になっていた」
 そしてブレンヒルトは黒猫を見据える。
「問題はもう一つの集団、王城派よ。管理局の保護の後、概念空間技術を持って脱走した貴族連中。…アンタの集めた情報ではどう動くの?」

     ●

 東京の駅舎を出た佐山は真っ正面の坂を登っていた。そうして坂を登り切れば、
「待ち合わせ場所とされた東御苑の本丸跡、か」
 そこは芝生の広場だった。右手には天守台と休憩所、左手には展望台があり、周囲には林がある。
……さて、待ち合わせの相手は……
 佐山が周囲を見渡せば程なくしてそれは見つかった。
「あ、佐山君ーっ」
「――新庄君」
 休憩所のベンチに座るその女性に佐山は歩み寄る。
「こんにちは、かな? こういう時なんて言うんだろ?」
「会えて幸いだ、だよ、新庄君。……私を呼んでくれた事に感謝する」
 笑んだ佐山に新庄も笑みを返し、二人はベンチに座る。
「……すまんがのう。君呼んだの、わしなんじゃが?」
 そこで佐山は何かの鳴き声を聞いた。それはベンチの後ろから届くもので、
「おやこんな所に動物が。……奥多摩に帰れ御老体、都会の生態系を崩すな」
「え、再会して最初に言う事がそれ!?」
「野性化して知能レベルが下がったね? 動物と遭遇する事を再会とは言わんよ」
 くはー、と大城が倒れて泣きながら身悶えする。ウナギの様な動作に新庄が慌てた。
「泣かないで大城さん! ――そんなに体液出したら周囲に菌が蔓延しちゃうよ!?」
「うあーん! 新庄君までわしをイヂメるーっ!!」
 大城のリアクションは激化する。新庄は、うわぁ、とよろめきつつ距離を取り、
「……ふむ」
 佐山は落ちていた小石を大城の側頭に叩き付けた。利き腕では無いがそれは見事に的中し、
「ご」
 という呻きと共に動作を停止させた。
「――さて、これで大城菌の蔓延は阻止された訳だが」
「さて、じゃないよっ! どうするの大城さん仕留めちゃって!?」
「いや息の根はまだあるだろう。……害虫並みの生命力だからね」
 痙攣する大城を尻目に新庄は詰め寄り、やがてその目線が佐山以外のものに向けられた。
「…ずっと一緒なんだ?」
 新庄は背伸びしてこちらの頭を撫でるが、頭頂に感覚は無い。頭と手の間に一匹の動物がいるからだ。
「おや貘か。いつの間に頭の上に」
「随分馴染んでるみたいだね。そこが定位置なのかな?」
 特に決めてはいないがね、と佐山は嘆息。そこで一つ喚起される記憶があった。
「新庄君。実は先ほど、貘に夢を見せられたのだがね」
「え、どんな夢?」
 うむ、と佐山は頷き、
「青天直下の草原で息も荒い隻腕オヤジに迫られ、背後を見れば巨大な塔があった」
「それ夢判断的に佐山君の本性じゃない? 隻腕オヤジが君で、巨大な塔がいやらしさの規模とか」
 新庄の答えに佐山は頷く。
「ならば私は見上げ切れない程にいやらしいのか。大したものだ」
「いや結構色々な情報が欠けてない? その夢の話」
「確かに。隻腕オヤジの格好は全て古びたものだった、それこそ戦前並みにね。そしてあの男は塔の事をバベルと呼んだ。――あれは何かね?」
「はん、貘に認められたか」
 そこへ新たな声が響き、振り向いた先の休憩所に白髪の男を見た。傍らに立つ侍女も見て、佐山は昨日電車の中で会った人物だと気付く。
「誰だ貴様は。私と新庄君の会話に口を挟むとは無粋で礼儀を知らぬようだが――」
 そこで右手の袖が引かれた。見れば新庄がこちらを見ていて、
「大城・至さんだよ。僕が所属する全竜交渉部隊の監督で、そこの大城さんの息子」
 佐山は、何? という疑問符と共にベンチの向こうに伏す父親の方を見た。
「――あーっ! PCは夢への扉ー!!」
「…悪趣味の血は絶えないのだな」
 大城の寝言に佐山はコメントするが、新庄はそれを無視する。
「至さん、佐山君が見た夢って貘の力なの?」
「ああ、貘は主が求めた真実を見せる。言語も本人の意思に置き換えるから他Gの過去を見る事も可能だ。…但し、それは主が望む限りだがな」
「では夢にあったあの塔は? バベルとは何だ?」
 佐山も問うが、しかし至は鼻で笑う。
「聞けば何でも答えると思ったかクソガキ」
 その答えに佐山は睨み、至は笑みを強めて、
「おいSf、無知なガキ共にある事無い事吹き込んでやれ」
 傍らの侍女を呼んだ。侍女は、Tes.、と答えて佐山に一礼する。
「自己紹介は初となります、佐山様。私は至様専用の侍女でSfと申します。――以後、見知りおきを」
「随分と悪趣味な主を持ったものだね、君も」
「Tes.。…それが至様ですので」
「そこは納得する所じゃないぞオイ!?」
 至は喚くが佐山は無視、Sfも同様の対応で説明を開始する。
「概念戦争の始まりは第二次大戦以前となります。…厳密には昭和初期、一人の学者がバベルに気付いて行動した事が切っ掛けですが」
「それは誰かね?」
「一高、今で言う東大の元教授で佐山様が通う学校の創立者。そして出雲社護国課の発案者、衣笠・天恭です」
 Sfは続ける。
「彼は近畿への旅行中に一つの遺跡を発見しました、それがバベルです。彼はバベルを未知の遺跡だと言いましたが、誰もが半信半疑でした。バベル内部に彼しか入れなかった為です」
「その遺跡には……セキュリティがあった、と?」
「Tes.、何故かその機構が通すのは衣笠・天恭だけでした。故に知識独占の小細工とも疑われたが、見返りも無しに情報を全開示した事でそれはすぐに無くなったそうです」
 そして、とSfは一度区切り、
「持ち帰った技術を利用した出雲社は他の産業を大きく突き放し、軍の研究機関としての地位を得ました。そうしてある時、日本の上層部に一つの提案をしました」
「それは?」
 佐山をSfを見据え、向こうはそれに答えた。
「神州世界対応論。――日本の形状は世界の大陸に対応し、それらは地脈で通じている。それを調整すれば世界の動きを予見し運気を操る事も出来る、とする理論です」
 Sfの言葉に佐山は半目になる。
「…そんな荒唐無稽な話を信じたのか、この国は」
「当初は上層部も同様の反応だったそうですが、出雲社が幾つかの未来を当てた事でそれは認められました。本国各地に調整施設を配備、護国課はその管理部署として設立されました」
「ではそれが?」
「Tes.。地脈は概念に関わるもので、それに干渉した事でLowーGは概念戦争を知る事となりました」
「どうだ、何も考えていない様な話だろう? 確かに日本は世界と繋がっていた。だがそれが何を呼ぶのか誰も解っちゃいなかった」
 は、と声に出して至は笑う。
「頭の悪い奴ばかりという事さ。昔も――そして今もな」
 至は広場の外れに視線を向ける。つられた佐山も同様の方向を見て、
「――!」
 異形の集団を見つけた。西洋甲冑の人影を最前に、2メートル超過の巨躯や有翼の者共が在している。
「誰!?」
 新庄は叫ぶが集団はそれに答えず動く。甲冑姿の人影が懐から二枚の板を取り出したのだ。
「概念反応を確認。――あれは概念空間展開用の装置です」
 Sfの補足は、甲冑の人影が二枚の板を宙に投げた事で証明された。

  • ―――惑星は南を下とする。
  • ―――文字は力の表現である。

 それは概念条文の複合展開だ。佐山が自弦時計の振動を得たのと同時、世界が変調を起こす。
「――な、に?」
 大地が傾いたのだ。佐山の後方、南側へと。

     ●

「――なんですって?」
 尊秋多学院の美術室、ブレンヒルトは黒猫の報告に驚きの声を上げた。
「今ね、大城・一夫が全竜交渉の交渉役候補に情報開示をしてるんだって。明日、和平派の代表と事前交渉をさせる為に」
「その大城って馬鹿? そんな一気に動いたら、和平派に蹴られたばかりの王城派が慌てて動くわよ」
 ブレンヒルトの言葉を黒猫は肯定する。
「皆も言ってたよ、王城派は切羽詰まってる、って。だから今回大城・一夫を狙って、失敗したら降伏するつもりらしいよ」
 どうする? と黒猫は問い、
「……監視対象も動いてるのよね?」
「地上本部の局員何人かと一緒に向かってるっぽいよ」
 ブレンヒルトはその言葉に頷く。
「だったらやる事は決まってるわ。――向かいなさい、変化の現場へ。監視対象が少し増えるだけよ」






―CHARACTER―

NEME:大城・至
CLASS:全竜交渉部隊監督
FEITH:過去を知る男

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最終更新:2007年10月23日 21:49