第三章『彼方の行方』

我等はこれより道を行く
奴等は後ろから見てるだけ
全てを知るから我等に託し

     ●

 不意に戻った感覚が、佐山に身を包む暖かさを知らせる。
      • ベッド、か?
 横倒しの身、背面にはシーツの硬さ、前面には掛け布団の軽さがある。
 瞼を開けて見えるのは白い天井と灯る蛍光灯、身を起こせば同色の部屋や配置物も確認出来る。瓶の並ぶ戸棚、モニター付きの机、壁には午後八時半を示す時計がある。それらが佐山に現在位置を予測させた。
「医務室、か」
      • む?
 そこで佐山は違和感を得た。言葉が覚えの無い声で紡がれたからだ。
「――女性の声?」
 今も出るのは女性のもの、思えば妙に身も軽い。そこで佐山は部屋の角に鏡を発見、ベッドから移動する。
「今度は一体何だ?」
 最早楽しみですらある異常事態、鏡の前に着けば自身の姿が見れた。
「・・・誰だ君は」
 女性が映っていた。赤い瞳と銀色の長髪、体つきも如実に現すタイトな黒服。体格も顔の造形も、その他全てが佐山本来のものと異なる。だが一つだけ、本来の姿と共通するものがあった。
「腕の傷痕。・・・私が異形から与えられたものか?」
 川沿いで人狼の牙を受けた位置、そこには白く膨らんだ円形の皮膚がある。それを見て思うのは、あれは夢ではなかった、という確認と、あの深い傷がもう治るのか? という第二の疑問だ。
      • だが当面の問題は、この姿だ・・・
 どーしたものか、と佐山は考えていると、かつて見ていた特撮“帰って来たトラウマン”を思い出す。
 あれは全裸巨人に変身して都心で戦うというトラウマを抱えた主人公が、しかし秘密組織によって連れ戻されて戦わされるという人格矯正をテーマとする作品だ。それに寄ると変身する原因は、
「体内にスガタカワリンが溜まる為・・・!!」
 そこで気付いた。女性の異常に膨らんだ胸部に。
      • ここにスガタカワリンが溜まっているな!?
 佐山は確信、即座に掴んで絞る。出ろ諸悪の根源め、と思いを込めて。そうすれば、
『・・・何をしている、お前は』
 突然、脳内に声が響いた。
      • 出たな、スガタカワリンの精め・・・!!
『・・・何だそれは』
 佐山は声を無視、より一層の力を込めて絞る。
『――もう少しユニゾンした方が良いのだが。・・・解った、出るからもうやめろ』
 脳内音声の屈服と共に変化が起きる。佐山の体から人影が出て来るという変化が。それは、先ほど鏡に映ったのと同じ姿の女性だった。横目に鏡を見れば、簡素な寝間着を着る佐山本来の姿がある。
「・・・よもやシャマル達以外に手を出す者がいるとは」
 銀髪の女性は佐山を見て溜め息。誰だ、と佐山は問おうとし、
「何やってるんだよ君は!」
 顔面にスリッパを叩き付けられた。聞き覚えのある声と共に。
「・・・新庄君」
 医務室のドアを背景に立つのは、茶色のスーツにスカート姿の新庄だ。
「見舞いに来れば君って人は! 覗き魔じゃなく変態だったんだね?」
「誤解だ新庄君。私はこのスガタカワリンの精を体から搾り出すべく・・・」
「何だよスガタカワリンって! 君の脳内物質!?」
「まあまあ、そのぐらいにしときましょ?」
 新庄の後ろ、ドアを閉めて新しい人影が入ってくる。新庄と同じ茶色のスーツ、その上に白衣を着た金髪の女性だ。
「でも佐山君だっけ、貴方良い目をしてるわね? ・・・リインの胸に目を付けるなんて」
「先生っ!」
 うふふ、と黒い笑いを浮かべる女性に新庄が注意する。
「・・・誰だ貴女は。それにここは一体・・・?」
「ここは時空管理局っていう組織の医務室よ。私は医療関係の長でシャマル、こっちは補佐を兼任してくれてる、リインフォースよ」
「先生、何言ってるんだよ! それは機密事項で・・・」
「隠す必要は無い」
 それをリインフォースと呼ばれた銀髪の女性が遮る。
「どのみち彼はこの時空管理局へ来る事になっていた。・・・そうだろう? 佐山・御言」
「・・・私が呼ばれたのはIAIだが?」
「そのIAIの裏の顔だ、この時空管理局・地上本部は。・・・IAIの最奥地下に隠された主要施設、IAI社員達でも知らない特殊区画だ」
「・・・本当はね、問われても答えちゃいけないんだよ?」
 囁いてきた新庄に、そうか、と頷きを返し、
「――ではリインフォース君とやら、君は何故私にそんな事を話す。・・・君にその権限が?」
「権限があるのは私ではない、お前だ」
 話そう、とリインフォースは続け、シャマルは可笑しそうに喉を鳴らして笑う。
「お前は見てきたな? 山中で空間の異変や人狼を。――あれらはかつて滅んだ十の異世界、その残滓だ」

     ●

「・・・で? そんなトンチキ話を私に信じろと?」
 リインフォースの眼前、佐山が茶色のスーツを着込みつつ言った。着替えとして渡した地上本部の制服で、手首には自弦時計も付けさせた。着替え終えた佐山の右手には耳まで赤くした新庄の後ろ姿と、
「何考えてるの佐山君、女の子三人の前で生着替えなんてっ!! ・・・眼福だわぁ」
「前後の台詞が一致していないのだが? 大体貴女が女の子という歳かね」
 薄ら笑いを浮かべたシャマルを一刀両断、リインフォースに佐山が向き直り、
「で、リインフォース君。・・・嘘ならもっとマシな事を言ってみては?」
「嘘ではない。まずは結論に至る説明を聞いてくれないか」
 抗議に喚くシャマルを背景にリインフォースは答える。佐山はしばし間を空け、
「いいだろう。ここで頭から否定しても仕方が無い、話してみたまえ。・・・十の異世界があって、何故それが滅びた?」
 ああ、とリインフォースは頷き、
「十の異世界はこの世界を中心とし、一定周期で交差して影響を与え合っていた。しかしある時、全ての交差周期が重なる事が判明した。そうなった場合、最も強い世界だけが生き残り・・・他は全て滅びる事も」
「それはいつの事かね? まさか明日とでも?」
「予測での衝突時刻は・・・この世界で言う一九九五年とされていた」
「・・・そんな事は起きなかったが?」
「当然だ、全ての異世界はそれ以前に滅ぼされたのだから。・・・お前の祖父達によって」
 何? と佐山は返し、新庄も初耳だったのか目を丸くする。
「リインさん、どういう事? 佐山君、だっけ。まさか彼、八大竜王の孫って事・・・?」
「――八大竜王?」
 十の異世界を滅ぼした者達の総称だ、リインは短く答え、
「そうだ、新庄。・・・この少年の祖父の名は佐山・薫、二つの異世界を滅ぼした男だ。そして我々は世界の存亡を賭けたその争いを―――概念戦争と呼んでいる」
 そこまで聞き、佐山は顎に手を当てる。ここまでの説明を吟味する様に。
      • 認めるか? 佐山の孫・・・
 リインフォースは佐山の答えを待ち、そして出された佐山の答えは、
「条件次第では信じても良い」
 というものだった。その言葉にシャマルが軽く驚き、
「あら、随分早く納得するのね」
「言っただろう、条件次第で、と。・・・それに私の中には君達を肯定する記憶がある」
「・・・山中での記憶、か?」
 あぁ、と佐山は頷く。
「閉じられた空間、脳裏に響いた声、有り得ない異形、炎を吹く貴金属、さっきリインフォース君が私の体から出てきた事も含めてもいい。・・・そして極めつけは新庄君の感情だ」
「ボク・・・の?」
 新庄が佐山の顔を見た。佐山は深々と頷き、
「あの時、君の表情は本物だった。真性の恐怖と緊張、腹に浮いたあの冷たい汗は演技で出せるものではない。・・・そう、腹に! 露にされた君の腹に浮いた汗は! 真なる君の感情!!」
「腹腹連呼しないで! ・・・ていうか誤解されるからやめてよ!?」
 新庄が佐山のネクタイを牽引、喉を封鎖して言葉を止めさせた。
      • 随分仲が良いのだな・・・
 慌てる新庄と痙攣する佐山、それを診るシャマルを眺めながらリインフォースは思う。
「――で」
 顔を青ざめつつ佐山が復帰。リインフォースに向き直り、
「確かに異常事態はあった、しかしあれらが異世界の証明とはなりえない。世界は存在するからこそ証明されるのだからね。・・・十の異世界の存在証明は出来るのかね?」
「厳密な意味では出来ない、もう滅びているのだから」
 しかし、と続け、
「解るだろう? どんな現象もある一定以上はトリックと考えない方が自然となる。異世界も同じだ、ある一線を超えた時から世界は別世界となる。・・・シャマル」
「はぁい。―――クラールヴィント」
 佐山の隣、シャマルが腕を伸ばした。その人差し指と薬指には金の指輪がある。
『お呼びですか、ロード』
 シャマルの指輪から女性の声が響いた。
「・・・人語を解する指輪とは。呪われていたりするのかね?」
「違いますぅっ! この子は私の大事なデバイスなんだから!! ・・・クラールヴィント、この失礼な子に見せてあげて? ・・・概念という、異世界の力を」
『Tes.。――近辺の概念をトレース、合一展開します』
 金の指輪が小さく光り、

  • ―――地に足がついている。

 世界が一変した。

     ●

 佐山の脳裏に響くのは自分のものに似た声、山中で聞いたものと同種だ。だが今回は別の異変もある。
「――腕時計が」
 先ほどスーツと共に渡された黒い腕時計、それが振動していた。文字盤に一瞬赤い字が走る。
      • 仕掛け時計か・・・?
 見れば時計はその針を止めていない。山中ではあらゆる機械がその動きを止めていたのに。
「それは自弦時計という、概念空間に入る為のストレージデバイスだ」
 リインフォースが腕時計を指して言う。
「デバイスとは?」
「概念を扱う機械達の事だ。多くは自我を持たないストレージデバイスという機種で、それはその一つだ。・・・シャマルが持つクラールヴィントの様に、意思を持つものもあるが」
「概念空間に概念? ・・・何だそれは」
「――説明しよう」
 リインフォースは机へ移動してモニターを操作する。映されるのは、十の球体が一つの巨大な球体を囲んで並ぶ映像だ。
「十一の世界は歯車に見立てられ、Gと呼ばれていた。それぞれ1stーG、2ndーG、3rdーGという風に呼び分けられ・・・それぞれ個性を持っていた」
 十の球体に1stから10thまでの数字が割り振られる。
「各Gの常識は全く異なっていた。あるGでは文字が能力となり、別のGでは金属が命を宿した。理屈も何もない・・・“それはそういうものだから”としか良い様の無い根本原因、それを概念と呼ぶ」
 そこで映像は、“概念”と書かれた一つの球体が浮かぶものに切り替わる。
「概念を含んだ区域を概念空間、入った際に聞こえる声は概念条文と呼ばれる。概念条文は含まれた概念の象徴で・・・一定以上の強さを持って初めて声に聞こえる」 
 球体は大きな半球型となり、載せる字も“概念空間”と“概念条文”へと変わる。
 そして急接近して内部に侵入、今度は波形が表示された。
「私達は概念を、変化する一定周期の震動波・・・つまり自弦振動だと考えている」
「ならば十のGとは――各々で自弦振動の周期が異なった世界という事か」
 その通り、とリインフォースは応じ、それと同時に波形が三本に増えた。
「自弦振動は三種存在する。一つは世界そのものの自弦振動で、他の二つは世界に存在する全てのものが持つ自弦振動だ。所属Gを示す母体自弦振動と、個性を示す個体自弦振動という」
「ふむ。・・・三種の自弦振動、か」
「難しい事は無い。世界の自弦振動は地方別の風土、母体自弦振動は姓、個体自弦振動は名前の様なもの、そう思えば良い」
      • 成る程・・・
「名前が違えば別の人、姓が違えば別の家系とされるのと同じか。ならば山中で私が閉じ込められた空間は姓、・・・母体自弦振動のズレた空間か」
「少し違う、母体自弦振動が完全にズレればその空間は掻き消える。あれは母体自弦振動を一部ズラしたものだ。そうすればズレたものは二分化する。通常空間側と異世界側の両方、同時に重なって」
「あの山中は・・・通常空間側と異世界側に二重化したのだな? 振動差で異世界側にあるものはそこから出られず、通常空間側からの影響も受けない」
 要するに、と佐山は区切り、
「世界の一部を間借りして異世界を再現する、・・・それが概念空間か」
「そう。そして概念空間を出入りするには母体自弦振動を合わせる必要がある。その変調を起こすものは“門”と呼ばれ、それを発動するのがその自弦時計だ」
 リインフォースの指摘に佐山は黒の腕時計を見やる。機能の割に随分小さな機械だ、と思い、
「・・・ではこの時計を持っていなかった私が概念空間に入れたのは?」
「お前の個体自弦振動を密かに読み取り、入れるよう概念空間に登録させた者がいると聞く。・・・大方、大城の孫だろう」
 聞き覚えのある姓に佐山は気付くが、しかし今は最後の確認を、との判断で後回しにする。
「・・・で、ここがその概念空間という証拠は?」
「それについては自分で確認した方が早いわ」
 シャマルの声に佐山がそちらを見やれば、
「――壁に、立つだと?」
 シャマルはドアのある壁、そこに垂直に立っていた。佐山から見てシャマルの体は真横に見える。
「今この部屋に展開されている概念条文は“地に足が着く”。つまり足裏側が下となり、引力の方向は個人で異なるの。・・・5thーGの概念を変化複製させたものなのよ?」
「真横の顔に話されるのも妙な感覚だが・・・変化させた複製? 新しくは作れないのか」
「概念は世界の根本、洒落て言うなら神の創造物よ? 人の身で作るのは矛盾するわね。・・・研究はされたそうだけど成功例は聞かないわ。今は劣化版、せいぜい亜種を作るのが精一杯」
「・・・これで解ってくれたかな、佐山君?」
 新庄は窺う様に言う。その声色に浮かぶのは、やっとかな? という期待だ。しかし佐山は、
「あと一歩、かな。もう少し現実離れして欲しいのだが」
「・・・注文の多い人だね」
 新庄は溜め息をつく。その様子にシャマルは笑みつつドアまで移動し、
「だったらこんなのはどうかしら?」
 シャマルはしゃがんでドアを開く。そこに見えるのは通路ではない。
「・・・何だこれは」
 見えたのは巨大なフロアだった。そこには作業着姿の人間達や異形達があり、それに稼働練習なのか巨大な人型ロボットがタンゴを踊る姿もある。シャマルと同じく、壁も天井も床として。
「あっちは元々地上本部で展開されていた概念空間ね。今私達がいる概念空間は、クラールヴィントがそれを読み取って展開したものなの。・・・同種だから連結させる事も出来たって訳」
「どうだ? これで私達の話を信じてもらえただろうか」
 佐山は軽く頭を抱え、
「――ああ良いだろう。認めようじゃないか、その異世界とやらを。否、こんなトチ狂った事実がこの世界の現象と言えるものか」
 新庄とシャマルは、やったぁ、とハイタッチ。リインフォースは薄く笑っていた。

     ●

 フロアの人々に挨拶して扉を閉め、佐山達は話を再開した。
「つまり概念戦争とは、概念の所持量を巡る争いだった訳か」
「そうだ。世界そのものと言える超密度の概念、それを概念核というのだが・・・それを五割以上を失うとGは滅びる。そして現在、十種の概念核は全てこの世界にある。管理局が全て持つかは別にして」
「時空管理局は、そういった時も空間も異なる異邦人達に対応、管理する為に設立した組織って事ね」
「最初は本局っていう所だけだったんだけど、概念戦争に出る為にこの地上本部が作られたんだって」
「そして佐山・薫は初期の地上本部に所属、その一員として十のGと戦い、概念核を奪い滅ぼす事で戦いを終わらせた。――この世界の勝利でな」
 ふむ、と佐山は応じ、
「それについていいが・・・しかし解せない。何故今になってそれを話す? 祖父が亡くなったから、という訳ではないだろう?」
 あ、と新庄は口を開ける。
「そ、そう言えば何で?」
「新庄ちゃん・・・何も知らずに説明してたの?」
 だって、と涙目の新庄にシャマルは苦笑し、
「それはね? この世界、LowーGが・・・再び滅亡の危機に瀕しているからよ」
「何?」
 その答えに佐山は身を乗り出す。それはどういう事だ、と。
「それに抗う為に管理局は一つの計画を起こした。全竜交渉という計画を」
「交渉・・・? 一体誰と交渉するのかね。いや、それよりも世界の滅びに抗う手段が?」
 ある、とリインフォースは答え、それは、と続けようとした。その時、
「それ以上言ったら困っちゃうでなーッ!?」
 突然医務室のドアが開き、一つの物体が飛び込んだ。
 それは老人だった。眼鏡をかけた初老の男、それがCの字の体勢で飛来したのだ。
「・・・ッ!?」
 佐山は反応、右の拳を初老の腹に叩き込む。そうすれば今度は>の字になり、ドアの向こうへ飛び戻る。
      • 今の顔と声に覚えが・・・
 しかし佐山はかぶりを振る。あんな珍動物を知る筈が無い、そう思うからだ。だが、
「・・・ふ、ふふふ。葬式以来だな、御言君。――覚えておるかな? この大城・一夫を」
 吹っ飛んだ老人が戻ってきた。今度は這いつくばった姿勢で、トカゲの様に。その顔に佐山は、あぁ、と頷き、
「そう言えば私は貴方に呼ばれたのだったな、御老体。・・・どうした、そんな這いつくばって。客を呼んだのなら茶の一つも出したまえ」
「うわ久しぶりに腹が立つナイス反応じゃな!?」
 見下ろす佐山に大城は立てた親指を下に突き出す。それから佐山はリインフォースに今一度問うた。
「一つ聞き忘れたのだが・・・概念空間内で破壊があった場合、どうなる?」
「ああ、概念空間には元々存在したものの自弦振動が一部使われている。一度壊れた位ならば問題無いが・・・幾度も使用すれば何らかの形で本体にも被害が及ぶだろう」
「リ、リインちゃん!? そんな不吉な事言っちゃ大城泣いちゃうでなー!?」
「大城全部長! その穢れた口でうちのリインを呼ばないで下さい!」
「何っ? わしの発言って全否定ー!?」
 シャマルは大城に詰め寄り、しかしリインフォースはどちらも無視して、
「しかしこれに生物は含まれない。少量の自弦振動では生命力に乏しく、未来への可変性も無い。動くだけですぐに砕けてしまう」
「山中の概念空間に動物がいなかったのはその為か。・・・つまりここにいる御老体は生100%か、実に汚らわしい」
「あ、汚らわしいになった! 穢らわしいから汚らわしいになったよ!?」
「・・・何を言っているのかね、どちらも同じ言葉ではないか」
「何か違うのっ! こう、含まれたグレードというか意味合い的なものがー!!」
 うわぁん、と大城は泣き真似。佐山達は、痛いものを見た、という顔でそれを見下す。
「あ、あの皆!」
 そこに新庄の声がかかった。
「大城さんが何しに来たか聞くべきだと思うんだ! 地上本部全部長が来るからには何か訳がある筈だよ!」
「だそうだが御老体、何か弁明はあるかね?」
「いきなり問い詰め系!? ・・・だってリインちゃんに全竜交渉の事まで言われたら、わし、出番無くなっちゃう」
「よーし諸君、今からこの痛い老人を拷問にかけようと思うのだが?」
「さんせー」
「異議はない」
「し、新庄君! 今わし酷い目に遭いそうなのだが助けてくれんかね!?」
「・・・」
「そっぽを向いちゃいやぁーッ!?」
 それから数刻、包帯で簀巻きにされた大城に佐山は、
「で? 止めたからにはしっかり説明して貰おうか。全竜交渉とは何だ?」
「老人虐待の若人には教えないもんっ。・・・あぁうそうそ、だからその座薬はしまってお願いだから」
 ふう、と大城は溜め息を一つ。
「この世界がマイナス概念で滅びそうなのは聞いたでな? それを知った管理局は全概念核を解放、このLowーGを強化してそれに対抗する事を決定した。その為に各Gの生き残り達と交渉し、概念核の使用許可を得ねばならん」
 ふむ、と応じた佐山に大城は言った。
「それが全竜交渉。・・・そして我等が八大竜王、佐山・薫はその交渉役を君に譲ると言ったのだよ」

     ●

「―――これが1st-G勢力の現状となります、至様」
 Sfが書類を机に置いた。至はそれに反応もせず、書類の一枚を取って紙飛行機を作る。それを飛ばせばSfの額に当たり、
「・・・何か反応したらどうだ、Sf」
「では・・・至様、その折り方では空気抵抗が増えて飛び難いかと」
「そこじゃないだろ言うべきは!? ・・・全くつまらん奴だなお前は」
「Tes.、それが至様のご要求ですので」
 そう答えたSfに至は、はん、と鼻を鳴らて残った書類を見やる。
「管理局に恭順した和平派、奴等を引き込もうと交渉に来た王城派の人狼は死んだ、か。それを発見した通常課にも死者数名、Sf、お前これをどう思う?」
「後の1stーGとの全竜交渉で、交渉材料になるかと」
「彼等の犠牲は無駄にしない、と言うんだ馬鹿。・・・覚えておけ、とりあえず表向きはそう言う、と」
「Tes.、ですが意訳として解り難いかと」
 解り難いからこそ良いんだよ、と至は呟き、しかし、と続ける。
「親父も大変だな、王城派みたいな雑魚に振り回されて。1stーGの概念核、その半分を持つのは奴等ではなく市街派だというのにな」
「それ故に市街派は高い戦闘力を有します。迂闊に手を出せば被害は甚大かと」
「だから佐山・御言を交渉役にする、か? あんなガキに随分入れ込むな、親父も。・・・随分甘くなった」
「かつての一夫様は今と違ったのですか?」
「ああ、昔はそれこそ俺達を死地で鼓舞したものだ。・・・今は影も形も無いが」
「・・・全竜交渉とは如何様にして行われるものなのでしょうか」
「知りたいか」
「いえ別に」
「では教えてやる」
 至は再び書類を一枚取り、手元で折っていく。
「十のGはそれぞれ独自の概念で作られていた。それらを総じてプラス概念というが、・・・逆にこのLowーGは何の力も無い、むしろ害を有するマイナス概念で作られていた」
「Tes.、それ故にLowーGは最底辺の世界とされ、真っ先に見捨てられたと」
「ああ、マイナス概念などあっても仕方ないからな。十のGは己の世界が滅びるのを厭い、LowーGを戦闘の場所に選ぶ事も多かった」
「各Gの生き残り達がLowーGに向ける遺恨はそれですか? 最底辺の世界が生き残った、と」
「理由の一つに過ぎんさ。・・・だが結果的に十のGは滅び概念核はLowーGに持ち込まれ、多くは管理局によって封印された。これが解放されればLowーGの常識が崩れるからな」
 言葉の合間に紙を折り、擦る音が響く。
「だが十年前、ある事件を期に概念核が活性化した。放置すればLowーGが今よりも、それこそ自壊する程マイナスへ傾く事が解ってな、最早世界が変わるのを覚悟しての事だった」
 しかし、という区切りが入り、
「分割された概念核は恭順しない生き残りが持つものも多く、その使用許可を得る為の・・・交渉が必要となった」
 今さら勝者気取りで好き勝手は出来んしな、と至は笑う。
「マイナス概念の活性化に対抗してですか? ぶっちゃけ真実とは思えませんが」
「その証拠はお前自身だ、Sf。お前の体を造る技術元、3rdーGの戦闘機人達が何時目覚めたのか言ってみろ」
「・・・一九九五年、十二月二十五日です」
「そして聖者誕生と浮かれる日本で、その日何が起きた?」
「Tes.―――関西大震災が」
「そうとも。大阪を中心にして関西広域に広がった大災害。あれを期に概念核が活性化、LowーGにも僅かだが概念が漏れ出し、彼女達もギリギリで動ける様になった」
「・・・」
「マイナス概念の活性化は今も進行中、臨界点は活性化より十年後と予測されている。・・・つまり」
「二〇〇五年、今年の十二月二十五日ですか」
 Sfの確認にも応えず、至は折り紙と化した一枚を書類の上に置く。その形を見たSfは、
「船、ですか?」
「馬鹿め、塔だ。・・・こう見るんだよ」
 そう言って至は折り紙の置き方を変えた。そうすれば、確かに突き立つ塔に見える。
「これが、全ての始まりだ」

     ●

 黒い風は深夜の空を流れる。
 漆黒に重ねられた漆黒は見る者にそれを判別させず、文字通り疾風となってある場所に入り込む。
 そこで一つの偶然があった。疾風となったそれが、その場所である少女にぶつかったのだ。
 その身の体現と同じ名を持つ少女に。
「ひぇっ!? ・・・か、風か? 驚かさんといて」
 八神・はやて。黒の風は尊秋多学院校舎で、彼女の髪をそよいだ。





―CHARACTER―

NEME:大城・一夫
CLASS:地上本部全部長
FEITH:史上最高の変態

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最終更新:2007年10月07日 09:15