第二章『二人の出会い』

出会って嘆いてぶつかる叫び
泣いて悔やんで拒絶が響き
なら何故二人は出会うのか

     ●

  • ―――貴金属は力を得る。

 自らの声に似たそれが響き、佐山は一つの変化を知覚した。
      • 停まった・・・?
 具体的に何が変わった訳ではない。自分が立つ道路も、暗くなりつつある空も、眼下に広がる木々の斜面やその最底辺を流れる川も、何一つ変わってはいない。
 しかし気配というものが無くなっていた。
 木の上に住む野鳥、草むらに潜む虫、そよぐ風と揺れる木々。山中とはそういった目視出来ぬもの達の気配に溢れる場所だ。だがそれらは今、全てが失われていた。
「一体何が・・・」
 佐山は呟きながら辺りを見回し、そして気付いた。背後から近付くそれに。
「車!?」
 背後から一台の車が走り込んでくる。
      • 違和感のあまり、道路の中央で棒立ちを・・・!
 車はこちらへと高速で接近、避ける間もなく佐山に迫り、
「すり抜け、た?」
 迫った車は自分と重なり、しかし佐山の身を跳ね飛ばす事も無く突っ切った。
 そして佐山は見た。自分を透過したその車が、青みのある薄い影となって走り去るのを。
      • どういう事だ・・・
 佐山は車の走り込んで来た方を向く。そして目前にあるものは、
「――壁、か?」
 一定以上先の風景を僅かに霞ませ、それより先に佐山を進ませない何かだ。まるでこちら側とあちら側の空間がズレた様だ、と思い、
「まさか・・・さっきの車は私が見えなかったのか?」
 それならば説明がつく。向こう側の車がこちら側の佐山に干渉出来なかった様に、向こう側からはこちらが見えなかったのではないか、と。
「――どういう事だ」
 解りはしない、謎ばかりでヒントすらもない。立ち尽くして思考に沈み、そしてふと佐山は音を聞いた。
 物音でもなく自然の出す音でもない。それは声だった。ただし、本能のままに捻り出された声、それは悲鳴と呼ばれる。
「―――――」
 耳は響く悲鳴を聞き、佐山は変化を得る。全身に力が込められ、そして過去を思い返すという変化だ。
 かつて、母に連れられてこの辺りまで来た記憶。山中に連れられ、大事な人に会おうと言われ、
「しかしその約束は果たされず・・・か」
 胸は軋むが、呼吸と意思を持ってそれを抑える。
「――よし」
 悲鳴は山彦の様な音で佐山に届いた。つまり悲鳴の主がいるのは、
      • この斜面の下だ!
 佐山はネクタイを緩め、スーツの上着を脱いでシャツを露にする。両方が果たされた時にはもう足が道路脇のガードレールに駆け寄り、そして飛び越えた。草のたわむ音と共に着地、即座に疾走する。
 腰と共に重心を下げ、滑る様にして斜面を下る。夕闇も近い。日没ともなればさぞや暗いだろう。
 急げ、その一念が佐山を駆けさせる。
 そうして風を切り、木々の間を抜ければ見えてくるものが三つある。
 一つは石や岩に囲まれた川。道路から見えたものだ。
 もう一つは人間だった。それも仰け反った姿勢で宙を飛んだ、手に白い杖の様な物を持つ少女。
      • いかん!
 少女の体が落下を始めた。地面は石と岩に埋められた川沿い、背から落ちればただでは済まない。佐山は上着を捨てて跳躍、慣性を持って少女へ近付き、
「・・・っ!」
 抱えた。弧を描いて落下し、が、という硬い音と、じゃ、という湿った音を鳴らして佐山は着地する。少女を抱えた事で勢いが弱まったのも功を成した。
「――しかし世界とは不思議なものだ」
 少女の危機回避に成功した所で佐山はそれを見た。この川に辿り着いた時に見えた、最後の一つを。
 やれやだ、と佐山は思う。今日一日で随分な体験をしたものだ、と。
      • 訳の解らない空間に閉じ込められ、悲鳴を聞いて山中を下り、少女を助け・・・
 そして極めつけは、
「人狼、とでも言うのかね? ・・・まさか伝説上の異形に会えるとは思わなかった」
 この少女を宙に送った相手なのだろう、佐山は人型の獣と対峙していた。

     ●

 佐山の視線の先、それは確かにいた。
 鈍色の剛毛、強靭な巨躯、指先には長い爪、そして頭部は狼のものだ。その右足には裂傷がある。深くは無いが血が流れ、それが今の自分達を襲わない理由、そして血走った目でこちらを睨む理由だろう。
      • 敵意、否、殺意は万端という事か・・・
 少女の落下は避ける事が出来たが、根本的な危機はまだ免れていない様だ。
「・・・え?」
 そこまで考え、佐山は腕の中の少女が声を漏らすのを聞いた。
「――無事かね」
「き、君は・・・」
 目を丸くして少女は佐山を見て、ふいに自分の姿を見た。佐山に抱きかかえられたその体は、
「・・・きゃぁ!?」
 服が引き裂け、右脇から左腰までが露出していた。
      • しかし奇怪な服だ・・・
 それは装甲服なのだろうか。白地に黒で彩られた装甲がボディスーツに付け足された様なデザインだ。そして何よりも、
      • あの異形の爪に引き裂かれた様だが・・・何故体に傷がついていない?
 破れたボディスーツの下、色白の腹部には傷一つついていない。緊張故か汗に濡れ、小さく上下している。
「な、何見てるんだよ!」
 紅潮した少女の拳が佐山の腹に突き刺さった。両腕は少女を抱えていたので対応出来ず、打撃はクリーンヒット。
「―――」
 佐山は悲鳴すらなく倒れた。少女もそれに巻き込まれ、わ、と声を出して川沿いに落ちる。
      • い、いかん。今は先に確認しておくべき事があった!
 内臓に響く痛みを堪えて佐山は上体を起こし、同じく身を起こす少女を見た。
「あの異形を退ける方法は?」
「え? あ、ていうか、君は何? 覗き魔?」
「覗き魔ではないし哲学的な問答をここでする気もない。問いは一つ、答えも一つだ。――あの敵を倒す方法は?」
 少女は息を飲み、しかし人狼が動き始めたのを見て口を開いた。
「貴金属。――それに関するものじゃないと効果的な力を得られないんだ」
 信じよう、と思う。今この状況が解り、協力してくれるのは彼女だけだ。
「――君の名は?」
「・・・新庄」
「そうか。では新庄君は下がっていたまえ。彼の相手は私がする」
 その理由は、彼女が戦えるのか、という疑問故だ。彼女が宙を舞いながらも放さなかった白い杖、それこそが人狼の足に裂傷を与えた武器だろう。それを持ちながら人狼に勝る事が出来なかったのは、
      • 彼女の意思、か・・・
 佐山に抱えられて初めて見せた、涙の薄く滲んだ新庄の瞳を佐山は思う。
      • 彼女は甘い人間だ、攻撃力にはなれない・・・
 だから佐山は走った。
「ちょ、ちょっと待って! ボクの仲間が来るのを待ってよ!」
      • そんな間は無い!
 彼女の仲間がどのようなものかは知らないが、不確定要素に警戒した人狼の攻撃よりも先に現れるとは思えない。そして構えて攻められた時、不利なのはこちらだ。
 人狼の巨躯に佐山は迫る。

     ●

 転ぶ事無く佐山は石の上を疾走、左手でシャツの胸ポケットから二本と形容出来る小物を引き出した。
「スイス製のボールペン。・・・先端は銀、貴金属だ」
 二本のボールペンを指に挟み、
「――これで痛い目を見せよう」
 投じた。
 2メートルもない至近距離での速度は高速、残像を引いて人狼に迫る。
 しかし人狼は反応、右手でボールペンを鷲掴みにした。瞬間、ボールペンを内包する右手が青白い炎を吹き出した。
「――が」
 人狼の雄叫びは怒りによって上げられたもの。すぐさま右腕を振ってボールペンを払い捨てる。そして佐山はそれによって空いた右脇へと飛び込む。
 だがそこで佐山は衝撃を受けた。何が、と確認すれば、
「・・・尾か!」
 人狼の腰下から伸びる長い尾、人間では有り得ない第三の攻撃手段が佐山を打った。威力こそないが一瞬動きを止めるには充分。そして人狼の口、黄味を帯びた鋭い牙が迫り、
「・・・っ!!」
 佐山の左腕を貫いた。巨大な口内、そこが佐山の二の腕の中程から先を完全に含んだ。
 目前に迫る人狼の頭、そこに備わる目が笑みで佐山を見る。痛い目を見たのはお前だったな、と。
「―――あ」
 後方、新庄が悲鳴を上げた。
 そのまま人狼は首を振って佐山の腕を引きちぎろうとし、
「ッ!?」
 その頭部が青白い炎に包まれた。
「―――――――――っ!!」
 人狼が叫びを上げる。口が大きく開かれ、佐山はその隙に左腕を抜き出す。そして口の最奥には光る物が突き刺さっていた。
 それは、佐山が投げた筈のボールペンだった。
「二本とも投げたと思ったかね? ・・・投げたのは一本だけだよ。もう一本は指に挟み、こうして手元に残っていた」
 至近で投げられたので解らなかっただろう、と佐山は続ける。鷲掴みにした時も、燃え上がった痛みで正確な本数が解らなかっただろう、とも。
 人狼は燃え上がる頭部を押さえて悶える。佐山は二の腕に空いた穴から血を零すが、一言を告げる。
「――痛い目を、見ているかね?」

     ●

「嘘・・・。あの敵を・・・」
 新庄は見た。突然現れた、恐らく一般人であろう少年が人狼を倒したのを。
      • ボクじゃ、勝てなかったのに・・・
 敵を倒す、そう出来る様に訓練された自分がそれを果たせず、無関係な筈の少年はそれを果たした。その事に思いを得る。
「・・・駄目だよ」
 その言葉には二つの対象がある。一つは勝つべきだった自分が負けた事、もう一つは勝たなくて良かった人間の勝利を羨む事だ。無意識に力が込められた手、それに掴まれた杖を新庄は見る。
 Exーst、柄の部分にそう銘打たれた杖は新庄専用のストレージデバイス。意思を持たないそれに対し、新庄が望んだ機能は一つだけだ。
      • ボクが望む以上の威力を出さない事・・・
 新庄の意思に呼応して出力が設定される、そう説明してくれたのは開発課のマリーさんだっただろうか。実際この機能は正常に働いている。使う様になって随分長いが、未だ暴発とは無縁だ。
 しかしそれ故に、今は新庄の思いを裏付ける結果となる。
「ボクの意思に出力は呼応し・・・でもボクの目的を果たせなくて」
 ならば自分の意思は目的に相応しくなかったのか、と新庄は思う。
「――駄目」
 思うな、と。今は沈んでいて良い時ではない、と思う。新庄はかぶりを振り、自分を助けた少年に声をかけようとした。一緒に仲間の所へ行こう、今度はボクが助けてあげる、そう言おうとして。
 しかし新庄が見たものは、
「・・・え?」
 未だに頭部を炎に包み、しかし倒れぬ人狼だ。ふらつきながらも人狼は目前の佐山に向き直る。
「だ、だめ」
 新庄はExーstを構える。先端基部のアンカーを引けば内蔵された水銀の光が放たれ、貴金属に関するものに力を与えるこの空間では、それこそレーザーとも言える切断力となる。
 新庄はアンカーに指をかけ、
「―――あ」
 見た。否、見てしまった。
 抗議、諦め、嘆き、怒り、そして悲しみ。全てを含み、しかしどれでもない、そんな表情をする人狼の顔を。
「・・・撃たなきゃ」
 アンカーを引かねばならない。そうしなければ少年が失われる。
「・・・撃たなきゃいけないのに」
 迷ってしまう。無関係な少年とあんな表情をする人狼を、どちらも失わなくて済む方法は無いか、と。
「・・・や、やだぁ」
 先ほどもそうだ。少年が来る前、人狼と交戦し、Exーstで足を裂き、
      • その事にボクは竦んで・・・
 震えた所に攻撃を受け、吹っ飛んだ自分を支えたのが少年だ。その少年に人狼が迫る。最早迷っている暇はない。新庄は腕に力を込めてアンカーを、
「―――動かな、い?」
 否、動いてはいる。新庄の指は小刻みに震えていた。まるで怯える様に。
「――だ」
 眼前、人狼が少年へと腕を振り上げる。
「駄目ぇっ!!」

     ●

 佐山の眼前、再起した人狼が腕を振り上げている。
      • まだ動くか!
 その思いが恐怖や驚きではなく、感嘆によって紡がれた事に苦笑する。
      • いける、まだいける・・・
 何が? という疑問の答えは既に佐山の中にある。
「本気になるという事を・・・」
 目の前の敵をぶちのめして最後まで立っていれば良い。いかなる手段をとっても構わない。本気で潰せ、それが悪役として祖父から叩き込まれた事だ。
 炎に包まれた人狼の口は未だに開きっぱなしだ。そこに拳でも叩き込んで喉奥のボールペンをより深く貫かせれば良いだろう。実際、そうしようと思った。
 しかし、
「・・・・っ」
 人狼の顔を佐山は見た。歪む表情、込められた感情の密度が佐山の身を硬直させる。
      • この感情を打ちのめす事が、本当に必要なのか?
 思う。自分の悪が正しいのか、と。
 しかし人狼は止まらない。腕が上がりきり、長い爪が微かに光る。
      • 未熟だ。私は、本当に・・・!
 だが、佐山は動く。重傷の左腕に代わり、右腕を構えて打ち出そうとした。
 その直後、佐山は見た。
 目前の人狼が、桜色の閃光によって貫かれたのを。
 人狼の胴体、それを閃光は右側から左側へと斜めに貫く。佐山は周囲を見渡すが、人影はない。
「・・・狙撃?」
 それもこちらからでは何処にいるか解らない、遠距離からの、だ。
 撃ち抜かれた人狼は硬直、ややあってから身を仰け反らせ、
「―――――――ッ」
 それは叫びだった。抗議する様で、しかし感情の発露といえる叫び。
 叫びの最中、人狼が動く。両腕を大きく振り上げ、右手の爪を己の喉の左側に、左手の爪を右側に当てる。そして、勢い良く引き抜いた。
 果たされるのは、切開という名の自傷。
 繊維質の何かが裂ける様な音がして、人狼は背後へと倒れた。

     ●

 人狼が倒れて事態は集結した。
 佐山は新庄と共に、曲線を描いた岩の上に座っている。滑らかながらも段差のあるそれは、腰を下ろして一息つくには十分な場所だ。
「さっきの一撃は、ボクの仲間の狙撃だと思う。・・・多分、すぐに救助が来るよ」
 その一言以来、新庄は項垂れている。俯く彼女に対し、何か言うべきだろうか、とも思うが佐山にはそれより先にやるべき事がある。
 シャツの左袖を肩口で裂き切り、包帯代わりにして手早く左腕を止血する。牙による傷は大きく、この程度では応急処置程度だがやらないよりかはマシだろう。
 と、そこまでやって佐山は、新庄が一連の動作に見入っている事に気付いた。
「・・・珍しいかね?」
「あ、いや、手慣れてるな、って」
「昔ナカジマ道場という、ここより少し上に行った所にある道場に通っていた事があってね。・・・そこで、実戦という形で習った」
 傷の手当はまず傷を負う所から、とか言ってあの道場主は包丁片手に躍りかかって来たものだが、今も健在だろうか。
「いかん。山猿の事など考えていては意識が遠のく・・・!」
「あぁ! 顔色が真っ青を通り越して土色にっ!?」
 失血と痛みに佐山は倒れた。そして頭部は、丁度正座に近い形となっていた新庄の両股の上に落ちた。ひゃ、と新庄は顔を赤くするが、佐山は至って蒼白。
「すまないが一時の間貸してくれ。・・・流石に疲れた」
 下から見る佐山に、新庄は恥ずかし気に頷きを一つ。お互いに身を動かして体勢を整える。
 それから幾許かの時が流れた。
 仰向けになって見えてくる空は完全に漆黒、夜中と言っても良い時間になっていた。
 結局IAIには行けずじまいだったな、と佐山は思う。
「―――御免」
 唐突に、新庄が呟いた。
「撃つべきだったよね」
      • 人狼が再び襲いかかった時の事を言っているのだろうか・・・?
「君はそう思っているのかね?」
 佐山が問い返せば、新庄は眉尻を下げた顔を向けてくる。
「・・・君はああいう時、やっぱり撃つ事を選ぶの?」
「仮定ではあるが、確かにそれを選ぶだろうね。・・・君は何故撃たなかったのかね?」
「撃たなかったんじゃないよ。――撃てなかったんだ」
 新庄は答える。
「君は最終的に動いたよね。・・・でもボクは敵の表情を見て、何も解らなくなったんだよ。何か他に、良い解決があるんじゃないか、って」
「私とは違う選択をしようとしたのか」
 それが思い至らず、結局時間は経過してしまった。その末に敵は狙撃され、自害した。
      • 甘い話だ。だから最悪の結果を得る・・・
 だが、と思う。悪役の自分には出来ない判断だな、と。
「実際は、やはり私が間違っていて、君の方が正しかったのだろうな」
「ボクが正しい? でもボクは、ひょっとしたら君を危険に・・・」
「良いかね。君は、私と敵の命を天秤に乗せられなかった。それは正しい事だよ。――人の命を判断出来るのは間違った人間だけだ」
 佐山は苦笑する。
「君は正しい事をした。謝るのは止めたまえ、代償を要求する事になる」
「で、でもボクは気にするよ」
 そう言って佐山を見る新庄の表情は、
「・・・どうして君は、そう不安そうな顔ばかりするのかね? 確かに君の様な人間が生き残っていくのは困難だろうが、生き残った今は自分の正しさに自信を持って良いだろう」
 その言葉に新庄は口を開く。きっと言おうとしているのは、佐山の言葉の否定だろう。だから佐山はそれを遮り、
「では代償として、子守唄でも頼もうかな。・・・少し眠りたい」
「・・・そのまま死んじゃったりしないよね?」
「そんなのは映画の中だけだ」
 互いに笑みを交わし、視線をそらした後に新庄は、えーと、と前置きを一つ。
 紡がれるのは佐山も知っている歌、清しこの夜だ。

Silent night Holy night/静かな夜よ 清し夜よ
All's asleep, one sole light,/全てが澄み 安らかなる中
Just the faithful and holy pair,/誠実なる二人の聖者が
Lovely boy-child with curly hair,/巻き髪を頂く美しき男の子を見守る
Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く
Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く―――

 静かなリズムは眠気を誘い、その中で佐山は、
      • 君は正しい事をした・・・
 もう一度言おうと、そう思った。自分と彼女の声と鼓動が失われずに済んだ様に、新庄は、敵のそれも失わせたくなかったのだから。
 しかし発声するだけの体力も尽き、佐山の意識は微睡みの中に沈んだ。

     ●

 少年が目を伏せた時、新庄は焦りを得た。
 しかし少年の腹部が上下する事、自分が身を震わせた事で少年の眉が僅かに歪んだ事に気付く。
「・・・寝てるだけ、だよね」
 物騒な事を考えたな、と新庄は反省、腹部を隠していた手で少年の髪を梳く。そうして変化した少年の表情が安堵に見えて、
「自惚れ、かなぁ・・・」
 そして少年の額を撫で、そこに感じた冷たさに怖さを得る。しかし今度は、大丈夫、と自分に言い聞かせて新庄は彼の左腕を見た。止血が効いているのか、傷の割に流血は収まりつつある。
 だが二の腕から先は赤く染まっており、何かの傷痕を残した左手にまでそれは及ぶ。
「・・・え?」
 そこで新庄はある物に目をとめる。それは佐山の中指に嵌った女物の指輪だ。
 疑問と共に新庄は自分の右手を見た。グラブを外して素手になれば、その中指にある物は男物の指輪だ。
      • まるであつらえたみたいに・・・?
 偶然の一致という事もありえる。しかし、真逆の選択をした自分と彼の共通点に何か意味がある様な気がして、
「君は―――」
 そこでだった。背後に何かが降り立った音を聞いたのは。
「・・・!?」
 あわてて顔だけ振り向けば、そこに立つのは二つの人影だった。
 一人は長柄の斧を持った黒服、その後ろには、先端が弧を描く杖を持った白服の二人が浮遊している。斧の方は黄、杖の方は赤の宝玉を、どちらも先端部に備えている。
「・・・負傷者を」
 背後に立った黒服の表情は哀しさを含んだもの、白服はまるで自責するかような暗い表情だ。
 新庄は見た。浮遊する白服、その足首から伸びる桜色の光翼を。
 人狼を狙撃したのはあの人だ、と思い至り、そしてもう一つの思いが湧く。
      • ボクはこの人に、敵を殺めさせたの・・・?
 厳密には違う。最終的には自害だったのだから。しかしそれに追い込んだのはまぎれもなく白服で、
「・・・ごめんなさい」
 謝罪を紡ぐ新庄。その言葉に黒服は辛さを深め、そして白服は首を横に振った。
「――負傷者を連れて早く行こう?」
 白服は言った。暗い感情を紛らわす様な声で、
「死んでなければどうにかなるんだから。――この世界では」

     ●

 その一部始終を見るものがあった。
 全身を夜空と同色とする金の両眼を持った小動物、黒猫だ。その喉には青い結晶を備えた首輪がある。
「―――――」
 青い結晶が僅かに光を放ち、次の瞬間、猫の姿が変じた。
 それは風だった。黒い風へと身を変じた猫は空を流れる。ある場所を目指して。





―CHARACTER―

NEME:新庄・???
CLASS:特課員
FEITH:???

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最終更新:2007年10月07日 09:16