『目標、前方大型敵性体。MC404自動管制、砲撃開始』
『「マレソル」右舷に直撃弾! 被害甚大、後退中!』
『砲撃、来ます!』

警告が発せられた直後、頭上の空間を突き抜ける無数の砲撃。
泡状の極強酸性体液による、生体型長距離砲撃だ。
遥か前方、砲撃を放った異形の一群が更なる攻撃を実行せんと、胸部を突き破って覗く寄生体の口腔から赤黒い体液を溢れさせている。
だが結局、それらの異形が砲撃を放つ事は無かった。
強烈な閃光。

『弾体炸裂。目標群AA-04からYL-91の殲滅を確認』

遅れて襲い来る、全身を粉砕せんばかりの衝撃と轟音。
15km後方に位置するXV級6隻からの、戦略魔導砲アルカンシェルによる同時砲撃。
弾体炸裂により発生した余りにも強大な魔力爆発、そして極広範囲に亘る空間歪曲。
それらが、彼方に至るまでの空間を埋め尽くしていた無数の異形、その殆どを呑み込み跡形も無く消し去ったのだ。
より近距離に位置していた先程の一群は、アルカンシェルと同時に放たれたMC404からの魔導砲撃を受けて消滅したらしい。
通常では在り得ない、最小安全限界距離を無視しての戦略魔導砲による砲撃。
弾体炸裂点こそ前方800kmもの彼方であるとはいえ、発生した強烈な衝撃波は周囲に展開する魔導師、更には他のXV級をも襲い、致命的でこそないものの少なからぬ影響を齎す。
だが、その事実を気に留める者は存在しない。
その必要性も無いからだ。

『発射』

再度、アルカンシェルによる砲撃。
目標、大型敵性体。
今度は6隻どころか、計80隻の一斉砲撃だ。
弾体炸裂時に発生する衝撃の強大さは、先程の比ではないだろう。
無論、周囲への被害も甚大なものとなる筈だ。

『目標、残存敵性体群。突入まで5秒』

だが彼女は、魔導師達は前進を止めない。
後方の艦艇群、それらの1隻でさえ離脱しない。
只管に前進し、残る敵性体群、そして大型敵性体へと肉薄せんとする魔導師達。
敵性体群と大型敵性体からの砲撃を回避しつつ、更なる砲撃を実行せんと態勢を整える艦艇群。
数瞬後、アルカンシェル弾体炸裂に伴い発生した閃光が視界を、意識の全てを塗り潰す。
敵性体群を背後より襲う、彼方での弾体炸裂の余波。
奪われる視覚、悲鳴を上げる身体。

『突入!』

だが、問題は無い。
残存敵性体群の状態、方向、距離。
全ては明確に「視えて」いる。
視覚情報を用いるまでもなく、あらゆる魔導因子内包型観測機構より齎される各種情報が、意識内へと直接転送されているのだ。
逆袈裟に振り抜かれる腕部、大気諸共に物質を切り裂く感触。

『目標撃破!』

嗅覚を刺激する異臭。
全身を覆う障壁、通常と比して圧倒的なまでに高密度の魔力によって構築されるそれに触れ、瞬間的に気化した敵性体血液の臭気。
完全には濾過されず障壁を透過し、微かに嗅覚細胞を刺激するそれに対し、無意識の内に眉が顰められる。
同時に、自身の周囲へと13基のスフィアを展開。
直後、トリガーボイスが紡がれる事さえ無く、一斉に超高速直射弾が射出される。
意識内への投影、直射弾によって胸部寄生体を貫通され、絶命する敵性体群の映像。
直射弾、即ちプラズマランサーによる敵性体撃破総数13体。
飛翔中の全弾体がターン、更に13体を貫通、撃破。
撃破総数、26体。

直後、意識中へと飛び込む映像。
24km上方、複数の敵影。
敵性体、総数83。
アルカンシェル弾体炸裂の余波、それが空間中の魔力素へと干渉した影響か、此方の索敵から逃れたらしき敵性体の一群。
全個体、砲撃態勢。
敵性体が放つ砲撃、弾体である体液の飛翔速度からして、現状からの回避は困難だろう。
咄嗟に新たなスフィアを展開、射撃態勢へ移行。

閃光、そして衝撃と轟音。
敵性体群、消滅。
純白の魔力光、超広域魔力爆発。
彼女は咄嗟に振り返り、後方40kmに位置するベストラへと視線を投じる。
デバイスを通じ視力を強化、外殻上の一点を拡大表示。
そうして視界へと映り込んだ見慣れた顔に、思わず口を突いて出る言葉。

「酷い顔しとるな、私」

鼓膜を震わせる肉声。
先程までとは異なり、意識中へと直接的に飛び込む念話ではなく、聴覚を通じ音波としての認識を齎すそれ。
並列思考の一端、対象との接続状態を保ちつつ、自己の外部認識に費やす魔力量を大幅に引き上げる。
慣れぬ感覚に眉を顰めながらも、彼女は続けて呟いた。

「他人の目から見る自分の顔ってのは、どうにも・・・」
「外見に大した意味は無いでしょう、はやてさん」

新たに聴覚を刺激する、少女の声。
自身の左後方より発せられたそれに、彼女は感情の抜け落ちた表情のまま、億劫そうに振り返る。
そうして自身本来の視界へと映り込む、青く短い髪の少女。

「それとも、フェイトさんの視界に気になるところでも?」

僅かに首を傾げ、此方を窺う彼女。
背後に煌く無数の閃光と轟く爆音を気にも留めず、そんな少女の顔を暫し見つめる。
やがて、諦観を色濃く滲ませる微かな溜息と共に、はやては声を絞り出した。

「・・・それこそ、アンタにとってはどうでも良い事やろ、スバル。私の感傷が、戦況と何の関係が在る?」

吐き捨てる様に言い切り、スバルから視線を引き剥がすはやて。
改めて戦場へと向き直った彼女の光学的視界は、無数の魔導砲撃の光条とアルカンシェル弾体が炸裂する際の閃光によって、瞬時に埋め尽くされる。
だが、問題は無い。
彼女の他の視界群は、閃光に霞む全ての影を捉えている。

「しかし、何とも・・・薄気味悪いもんやな」

意識中へと反映される、複数の視界。
はやては今、8名の魔導師と視界を共有している。
先程まではフェイトも含め、計9名分の視覚情報を並列処理していた。
意識中へと強制転送された、魔導インターフェースに関する情報。
唐突に認識させられたそれに基き実行した措置であったが、結果は様々な疑念をも塗り潰す程に劇的なものであった。

接続の直後、意識中へと雪崩れ込む、膨大な量の情報。
あらゆる種類のそれら全てが、個々の魔導師が有する感覚情報であると認識した、その瞬間。
はやての内に生じた感情は、猛烈な焦燥だった。

掻き消される。
自身が、八神 はやてという人物を構成する情報が、掻き消されてゆく。
複数の「他者」より流入する、膨大な量の情報。
それらの奔流に呑み込まれた自己が歪み、滲み霞んで消えてゆく、おぞましい感覚。
「他者」に貪られ吸収されてゆく、自己という存在。
遠くなる意識、混乱と恐怖。

だが、それ以上におぞましいのは。
それらの感情が、自己だけのものではないと認識してしまった事。
自身と意識を共有する無数の魔導師、その全てが同様の恐怖と焦燥に蝕まれ、声ならぬ絶叫を上げ続けていた。
自身の意識中へと流れ込む、彼等の存在そのものが発する恐怖の叫び。
既に自己判別が不可能なまでに、意識の混濁が進行しているという事実。
耐えられない、耐えられる筈もない。
このままでは、自我が崩壊する。

意識が回復したのは、自己が消失へと至る、その直前だった。
否、或いは既に消失した、その直後であったのかもしれない。
現在の意識は固有のものではなく、消失の後に新たに構築されたものではないのか。
はやて自身にその判別は付かないが、いずれにしても既に興味の対象外であった。
今や魔導インターフェースははやての意識中にて構築を完了しており、正常な機能を獲得すると同時に魔導師間に於ける情報共有を開始している。
その後は幾度か対象となる魔導師を変更しつつ、自身の最大同時接続可能数および接続可能範囲、接続数増大に伴う情報処理速度の変調率等を確認。
共有開始直後に形勢を立て直した味方と共に、艦艇群との連携を取りつつ反撃を開始したのだ。
先程のフレースヴェルグも、フェイトを始めとする複数の魔導師の視界から遠方の戦況を把握し、援護の為に放ったものであった。

「ジュエルシード・・・ジュエルシード「Λ」か・・・」
「使い方はお伝えしました。どう活かすかは個人次第です」

呟きつつ、インターフェース構築と同時に転送された各種情報、特に「Λ」に関するそれを部分的に再確認する。
傍らのスバルが発した言葉を意識の端へと留めつつ、ジュエルシード「Λ」構築に至るまでの経緯を辿るはやて。
作業は5秒にも満たぬ内に終了、同時にはやての胸中へと湧き起こる言い様のない感情。

次元消去弾頭、ジュエルシード「Λ」、バイド、R-99。
禁忌、との言葉ですら生温い程の存在が、よくもこれだけ創り出されたものだ。
しかもそれら全てについて、創造に至るまでの過程に地球が関っている。
尤も「Λ」とバイドについては、管理局もまた深い関わりを持つのだが。

「お互い様、か」

始まりは、地球文明圏内に於ける極めて大規模な内戦、其処で使用された数十万発もの次元消去弾頭。
自身等からすれば殆ど無関係とも云える強大な文明、その勢力圏内にて当該文明が有する戦略兵器が使用された際の余波、それにより信じ難いまでの犠牲を強いられた次元世界。
当然ながら、被害を受けた各世界の住民達は激怒した事だろう。
被害の大小に拘らず、あらゆる世界の人々が実効的報復を望み、管理局はそれを抑える事ができなかった。
結果として「Λ」が建造され、それへの対処を目的に地球文明圏はバイドを建造。
管理局による工作の結果バイドは太陽系に於いて発動、次元消去弾頭の起爆により排除される。
これにより地球文明圏の崩壊は確定し、管理局は望まぬ形とはいえ安寧を手に入れ、次元世界は報復を成し遂げた。
遥かな未来、約400年後の時空に於いては、その筈であったのだ。

侮っていた。
互いを侮っていたのだ。
地球も、次元世界も、双方が。
次元の海に存在する無数の意思が、地球という惑星に対して抱く憎悪を。
地球という惑星より発祥した文明が、どれ程の狂気を内包するものであるかを。
侮り、軽視し、過小評価したのだ。
その結果、双方が予期せぬ敵の襲来によって殲滅されたというのであるから、全く以って救い様の無い話である。
身から出た錆とは、正にこの事か。

「言っておきますが、火蓋を切ったのは地球側です。理解して戴けると思いますが」
「思考を読まれるのも気味の悪いもんやな。ついでに言えば、今更そんな事どっちでもええんやろ?」

此方の思考を読んだスバルに返答し、更に言葉を繋げる。
発端は地球か、それとも次元世界か。
そんな事を議論したところで、今となっては何ら意味が無い。
だからこそ、この感情にも意味は無いのだと、はやては自身へと言い聞かせる。
憤怒も憎悪も、今は必要ない。
今や何処にも存在せず、未だ何処にも存在しない、遥か未来の地球。
そんなものを恨んだところで、何ら意味など在りはしないのだ。

「大事なのは、どうやって今を生き延びるか。それ以外に関心を向ける事は、全て無駄に過ぎない」
「ええ、その通りです」
「邪魔なものは排除する。必要であれば、価値の在るものでも切り捨てる。全ては次元世界が生き残る為、次元世界の敵を滅ぼす為」
「はい」

だから、抑えろ。
こんな事を問い詰める意味は無い。
この感情を言葉にしてぶつけたところで、その行為が何を齎すというのだ。
言うな、止めておけ。
こんな問い掛けは無意味、そればかりか彼の遺志を裏切る行為だ。
止めろ、口を閉ざせ、何も訊くな。

「そうやって、ザフィーラ達も切り捨てたんか」

掠れた声での問い掛けに、返答は無かった。
音が鳴る程に歯を食い縛り、右手のシュベルトクロイツをきつく握り締める。
視界が歪んでゆく事を自覚するも、懸命にそれを無視せんとするはやて。
そうして、自身の決意とは裏腹に震える声で以って、言葉を続ける。

「・・・仕方のない事、だったんやな」

返される沈黙の中、音無き声と共に唇を震わせ呼ぶは、今はもう居ない家族の名。
無重力下に於いて無意味な事であるとは知りながらも、はやては視線を上向かせずにはいられなかった。
滲みゆく視界は一向に回復せず、僅かな滴が宙空へと零れ出した事を感じ取る。

これまでに失った家族は2人。
初めはシャマルだ。
彼女はバイドによって殺された。
汚染体666が発する強大な偏向重力より逃れる事が叶わず、原形すら留めぬまでに圧し潰されたのだろう。
それでも彼女については敵に、バイドという明確な敵性体によって殺害されたのだと、納得はできずとも理解はできる。

だが、ザフィーラは違う。
彼を殺したのは、間違い無く自身の傍らに立つ少女、スバルだ。
彼女が自身の目的を果たす為、故意に引き起こした惨事によって死亡したのだ。
それは、紛う事なき無差別殺戮、明確な敵対行為であった。
しかし同時に、それが地球軍とランツクネヒトに対する攪乱を目的とした行為であり、必要な措置であった事も今は理解している。

コロニーは破壊されなければならなかった。
そうでなければ、叛乱など起こす以前に、生存者達は残らず処理されていた事だろう。
では、それに伴うザフィーラの死についても、必要な事であったと納得できるのか。
彼は自身の眼前で、最期まで此方を気遣いながら、膨大な質量により圧砕されて消え去った。
数瞬前まで確かに存在し触れ合っていた筈の家族が、僅かな肉片と大量の血飛沫だけを残し、永遠に奪い去られたのだ。
それを為したのは敵ではなく、自身と勢力を同じくする少女、嘗ての部下。
それでもなお、仕方がなかったと割り切れるのか。

身勝手な思考だと、はやては自嘲する。
コロニーでの一連の戦闘による犠牲者は、シャマルやザフィーラだけではない。
当初40000を超えていた生存者の総数は、現在では13000前後にまで減少している。
25000を超える犠牲者の内、約14000名はコロニーでのバイドとの戦闘、更には続くR戦闘機群の強襲により発生したものだ。
シャマルと同様に偏向重力によって圧し潰された者も在れば、ザフィーラと同じくB-1A2より発生した植物性バイド体に呑み込まれて消滅した者も在る。
スバルが操るTL-2B2によって殺害された者、彼女とノーヴェの暴走を装った叛乱により撃沈された脱出艦隊の7隻と数十機の機動兵器、それらの乗組員およびパイロット達。
膨大な犠牲者の存在を無視し、自身は家族を失ったという事実にのみ捉われている。
だが、その事を自覚しつつも、それでもはやては居なくなってしまった家族、彼等を想わずにはいられなかった。

当たり前だ。
自分は、人間である。
居なくなってしまった家族を想う事、それの何処がおかしいというのだ。
犠牲となった人々、その全てを平等に思う事など、神ならぬ自分には出来得る筈も無い。
自身に近しい者を特別に想う、それは当り前の事だ。

視線を戻し、隣に立つスバルを見やるはやて。
彼女は彼方の戦域を見つめたまま、此方を見ようともしない。
はやての思考を読んでいる事は確実なのだが、それに対して一切の興味が無いと謂わんばかりの様子。
そんな彼女の姿を見つめつつ、更にはやては思考する。

彼女達はどうなのか。
スバルは、ティアナは、ノーヴェは。
近しい者の死に対して、何らかの特別な反応を示しはしないのか。
少なくとも目前に佇むスバルからは、自身が多数の被災者を殺害したという事実に対する気負い等、微塵も感じ取る事はできない。
但し、それは飽くまで彼女の外観、自身の視覚情報から組み上げた単なる想定だ。
彼女達を構築する「Λ」の機能からすれば、全ての犠牲者を平等に悼む事も可能だろう。

では、彼女達はその機能を用いて、今この瞬間も犠牲者達の事を想っているのだろうか。
どうしても、そうは思えない。
寧ろ、無駄な事案にリソースを裂く余裕は無いとばかりに、それらの一切を単なる情報として処理しているのではないか。
この戦いには不要なものであると、それこそザフィーラ達の事と同様に切り捨てているのではないか。
もし、この疑念通りならば。
そうであるならば、彼女達と地球軍と、何が違うというのか。
「Λ」も地球軍も、単なる機械的な、無機質なソフトの集合体に過ぎないのではないか。

「・・・やっぱり駄目か」

スバルの呟き。
その声は思考の渦へと捉われゆくはやてを、強制的に現実へと引き戻す。
此方の意識が現状へと回帰した事を察知しているのか、表情を微塵も変えぬままスバルは言葉を続ける。

「此方の攻撃が届いていない。砲撃は全て、カイゼル・ファルベによる防御壁に遮られている」

瞬間、それまでの苦悩も葛藤も、全てが凍て付いた。
指揮官としての冷徹な思考が、はやての意識を支配する。
スバルと視界情報の一部を共有、視界へと映り込む鋼色の異形。
その周囲に吹き荒れる虹色の奔流、魔力の暴風。

「聖王の鎧か」
「ええ。取り巻きの排除は順調だけれど、大本であるアレに対する有効打が無い。アルカンシェルによる砲撃の余波も、全てがアレに届く前に消去されている」

知らず、顔を顰めるはやて。
スバルの言葉が不快であった訳ではない。
閃光が瞬いた後、半数の視界が同時に消失した事実と、直前までそれらに映り込んでいた真紅の結晶に注意を引かれたのだ。
既に知り得ていた情報ではあるが、いざ実物を目にすると圧倒的な威圧感を此方へと齎す、その結晶。

「こっちがジュエルシードなら、あっちはレリックで魔力を増幅って訳か。おまけに攻撃の幾つかには古代ベルカ式魔法を応用しとる。どっちが魔導師か判らんわ」

大型敵性体「ZABTOM」。
その頭部前面、額に位置するレンズ状構造体。
超高密度魔力結晶体、レリック。
拳ほどのサイズでさえ無尽蔵の魔力を供給可能なそれが、実に直径4m超もの巨大なレンズとなってザブトムの頭部に埋め込まれていた。
その事実だけで、バイドが如何に凶悪な構想で以ってあの異形を創り上げたのか、否が応にも理解できてしまう。

「聖王の遺伝子から創ったバイド体に、レリックを接続した人造魔導師・・・バイド製のレリックウェポン。スカリエッティが小躍りしそうな代物やな」
「当の本人は悪趣味な代物、と断言していますけど」

管理局艦隊が展開中である方角へと視線を向けつつ、スバルが呟く。
地球軍による襲撃、更にはバイドによる汚染に見舞われた本局。
想像を絶する地獄からの脱出に成功した僅かな生存者達が、本局防衛任務に就いていた艦隊に収容されているとの情報は、インターフェースの接続直後に知り得ている。
その生存者情報の中には、R戦闘機との交戦により意識不明であった筈の家族、シグナムの名が在った。
更にはリンディやフェイトにアギト、ユーノとヴェロッサ、アルフやヴァイスにグリフィス、シャーリーやナンバーズの内数名まで。
恩人に友人、果ては嘗ての部下から敵対者であった者まで、多くの知人が本局からの脱出に成功していたのだ。
そして、嘗ての宿敵であったジェイル・スカリエッティの名もまた、生存者情報の内に含まれていた。

その彼について、現在は魔導インターフェースによる接続が断たれている。
運用方法について逸早く詳細を理解したのか、彼の方から独自に接続を断ち、受動的接続を拒否し続けているのだ。
はやても再度の接続を試みたのではあるが、短時間の内に展開された極めて強固なプロテクトを突破する事が叶わず、僅かに十数秒の試行で諦める結果となった。
今となっては、スカリエッティに対する強制接続を可能とする人物など、システムを構築した当人であるスバル達くらいのものだろう。
だが、接続解除の直前。
最初の接続時にはやての意識へと流れ込んできた彼の感情は、紛れも無い人間的な憤怒の感情だった。
戦慄すら覚える程の殺意と、暴風の如く吹き荒れる狂気を内包した憎悪。
脳髄を焦がさんばかりのそれらを記憶の淵から呼び起こすだけで、はやての身体には怖気が奔る。

彼は、知り得てしまったのだ。
オットーとディード、トーレとセッテ。
既に4人の娘を失っていた彼に齎されたのは、余りに無情で残酷な情報。
民営武装警察の手によってチンクは殺害され、ノーヴェは人ならぬ存在へと変貌させられたという事実。
そして現在のノーヴェが、如何なる存在であるのか。
常人には及びも付かないその頭脳は、齎された情報が意味するものを余す処無く理解し尽くした事だろう。
そうして彼に齎されたものは、未知の技術体系に関する知識を得たという事実に対しての喜悦ではなく、娘達を失ったという現実に対する絶望であったのか。
少なくとも先程の接続時に於いては、はやては彼の内面について、正の方向性に類する感情など微塵も感じ取る事はできなかった。

接続後にリンディから齎された情報によれば現在、スカリエッティは第6支局艦艇に於いて敵戦略の分析作業に当たっているとの事。
彼の頭脳が在れば、より多方面からの詳細な分析、判断が可能となる事だろう。
如何に「Λ」の情報処理能力および容量が超越しているといえど、それに属するソフトが多いに越した事は在るまい。
彼ならば有益な情報を齎してくれるだろうと判断し、改めてはやては大型敵性体へと意識を向ける。

「それで、どうする? こっちの攻撃は通用しない、向こうの攻撃は致命的。今は様子見らしいけど、攻勢に出られたら一巻の終わりや」

呟き、表情を顰めるはやて。
彼女の視線の先、敵性体頭部のレリックから放たれた魔導弾幕が4名の魔導師を呑み込み、その身体を跡形も無く消し去っていた。
直射弾幕のみによる攻撃でさえあれなのだ。
胸部生体核からの砲撃が加わればどうなるか、想像に難くない。
更に、敵性体が纏う魔力の暴風により、此方の攻撃はほぼ全てが無力化されていた。
アルカンシェル弾体の炸裂、または艦載魔導砲の直撃であれば有効打を与えられるかもしれないが、現時点ではその全てが迎撃されている。
魔導師による砲撃は言わずもがな、各種機動兵器による攻撃も聖王の鎧を突破するには到らない。
ベストラ外殻に配された地球製の兵器群は既に殆どが沈黙し、僅かに残された光学兵器群と誘導兵器群が攻撃を続行してはいるものの、やはり致命的な損傷を与えるには到っていない。
ならば、考え得る他の手段は。

「自慢の無人機は使わないんか? 数で押せば、幾らあの化け物でも傷くらいは付くやろ」
「残念ですが、現時点では余裕が在りません。先程逃亡したR戦闘機群が、再度の戦域突入を試みています。正直なところ、精々あと15分も保つかどうか」
「あの地球軍の戦艦は? 今はアンタ等の制御下に在るんやないのか」
「汚染艦隊と交戦中の友軍を援護中です。此方へ回す事も不可能ではありませんが、陽電子砲の威力と射程を考慮すれば、やはり艦隊戦を優先したい」
「R戦闘機は」

押し黙るスバル。
その様子を訝しみ、彼女の表情を窺うはやて。
視線の先に佇むスバルは変わらず無表情であったが、何処かしら雰囲気が変わった様に思われる。
そして、その感覚は決して間違いではなかった。

「・・・無人機群と共に、侵攻を図るR戦闘機群の足止めを。しかし、状況は予想以上の早さで悪化しています」
「何?」
「R-13T及びB-1A2撃墜。残存する此方のR戦闘機は5機です」

その凶報に、はやては僅かに身動ぎする。
此方が有する戦力の内、切り札の1つでもあるR戦闘機が複数機、地球軍によって撃墜された。
だが彼女は、その驚愕をそのまま言葉に乗せる事はしない。
数秒の後、スバルへと疑問を投げ掛ける。

「慣性制御機構への干渉は、無力化されたんか?」
「完全に、という訳ではありませんが・・・そう長くは保たないでしょう。地球軍は対応を完了しつつある」

瞬間、思考を加速させるはやて。
慣性制御機構に対する干渉の無効化は即ち、地球軍全戦力による全力戦闘の再開を意味する。
第17異層次元航行艦隊は、既に保有戦力の半数以上を喪失しているとの予測だが、残存戦力だけでも他勢力の全てを相手取る事すら可能だろう。
浅異層次元潜行がバイドによって封じられている以上、これまでの様に一方的な殲滅戦など望むべくも無いが、それでもあらゆる勢力に対し甚大な被害を齎す事は容易に予測できる。
況してや、バイドの中枢たる人工天体内部に展開する管理局艦隊と魔導師など、本来の機能を回復したR戦闘機群からすれば標的以外の何物でもないだろう。
そうなれば、この先に待つ結末は如何なるものか。

地球軍の作戦能力が回復すれば、戦況はバイドと地球軍により二極化する。
最早、その他の如何なる勢力も些末な要素に過ぎない。
バイドは物量と独自に生産したR戦闘機群による全面攻勢を開始し、地球軍は新たに送り込んだ艦隊戦力と次元消去弾頭による次元世界の破壊作戦へと移行するだろう。
人工天体内部に展開する此方の戦力は殲滅され、外部の勢力も何れは殲滅される事となる。
最終的な勝者がバイドであろうと地球軍であろうと、次元世界が生き延びる可能性は限りなく零に近い。
ならば今、自身等はどう動くべきか。

「R-99を破壊する。現状、私達にできる事はそれだけです」

その言葉に、はやては沈黙で以って返す。
スバルの意見は正しかった。
どの道、出来る事といえばそれしかないのだ。

「地球軍に関しても、付け入る隙が無い訳でもない。新たに隔離空間へと侵入してきた地球軍艦隊の動きは未だ掴めませんが、遠からず第17異層次元航行艦隊と交戦状態になるのは確実です」
「捨て駒の後始末か」
「ええ。しかし、隔離空間内部で事を起こす可能性は低い。そんな余裕が在るとは思えないし、バイドと第17艦隊の双方を同時に相手取る事は、如何に地球軍といえども無謀に過ぎる」

スバルを見やると、彼女はウィンドウを展開し、自らの手で何らかの操作を実行していた。
ふと、違和感を覚えるはやて。
何故インターフェースを用いず、自身の指で以って操作を行っているのか。
そもそも今のスバル達ならば、ウィンドウを展開する必要さえ無い筈だ。
中枢たる「Λ」から、或いは他の端末から操作を行った方が、格段に効率が良い筈。
何故、戦闘機人としての個体から操作する必要が在るのか。
はやての疑問を余所に、スバルは言葉を続ける。

「其処を突くしかない。全てを同時に相手取っていては、幾ら戦力が在っても足りない」
「どうやって?」
「第17艦隊にバイドと26世紀、そして次元世界の関連性を暴露します。更に、侵入した地球軍艦隊の目的、国連宇宙軍上層部の意図を知らせ、艦隊に独自行動を促す」
「上手く行くと思うとるんか? それで第17艦隊が、地球軍艦隊と同士討ちを始めると?」
「それでも行動を起こさないのであれば、それは唯の奴隷です。彼等はそうじゃない。独立艦隊として極めて高度にシステム化された、独自の意思決定権すら有する強大な戦闘集団です。
彼等は友軍のバイド化を疑う事もできるし、そう判断したのであれば友軍の殲滅すら選択し得る。自らの生存に対する脅威が存在するならば、それを排除する事に些かの躊躇も無い」

更に忙しなくなる、ウィンドウ上を奔る指の動き。
それが、極めて大容量の情報を送信せんと試みているものだという事を、はやては漸く理解した。
スバルは、第17異層次元航行艦隊への情報送信を試みているのだ。

「通常の軍隊では在り得ない事です。でも、地球軍の敵は断じて通常なんかじゃない。叛乱を恐れて独自の判断と行動を厳格に封じていた結果、地球軍は「サタニック・ラプソディー」「デモンシード・クライシス」の発生を許してしまった。
バイドと相対するのならば、通常の規律では対応できない」
「そもそも叛乱なんか起こしたところで、結局は孤立しバイドに喰われるのが落ちか。これまでの対バイド戦ならば、そういう事情も在って叛乱が発生する危険性は低かったと」
「でも、今は違う」

警告音、赤く明滅するウィンドウ。
スバルの指が止まり、感情の窺えない眼が指先を見つめている。
失敗したのか。

「叛逆か、服従か。彼等は、選ばざるを得ない。叛逆すれば、彼等は友軍の全てを敵に回す事になる。無限に拡がる異層次元の海で、何時終わるとも知れない孤独な戦いに明け暮れる事になる」

再度、ウィンドウの操作を開始するスバル。
指の動きが、更に早さを増した。
はやては気付く。
スバルは、インターフェースを使用していないのではない。
少しでも処理速度を上げる為に、自身の指までをも用いているのだ。

「では、服従を選んだら? バイドを滅ぼし、次元世界を破壊して、その後は?」
「・・・後なんか無い」
「そう、彼等にそんなものは残されていない。第17異層次元航行艦隊は友軍の手によって殲滅され、真実は異層次元の彼方へと葬り去られる。彼等は上層部の都合で、故郷へと帰る事すら許されずに始末される運命にある」
「それを、受け入れてしまうとは考えないんか?」

再度、スバルの指が止まる。
そうして、彼女は徐に此方へと首を回した。
人間味の感じられないその素振り、はやての背筋を奔る薄ら寒い感覚。
それでも彼女は、気丈に言葉を繋げる。

「第17艦隊の連中とて、地球には家族も居る。残される家族の事を考えれば、此処で大人しく死を選ぶ事だって考えられるんやないか」
「有り得ません。彼等の最優先事項は生き延びる事、自らが地球文明圏により構築された一個のシステムとして存在し続ける事です。それがどんな形であれ、彼等は地球文明圏に属する軍事組織としての存在を維持せんと努める。
その為なら、どんな事だってする。友軍でも躊躇わずに殺して退けるし、地球に残る家族でさえも切り捨てるでしょう」
「何故や? 何故、其処までする? 感情統制が為されているからといって、其処までするものなんか?」
「不思議ですか?」
「当り前や。生き延びる為とはいえ、何もかも殺して、切り捨てて・・・それじゃ、それじゃまるで・・・」

バイドではないか。
そう続けようとして、はやては息を呑んだ。
そう、バイドだ。
自らが存在し続ける為ならば、如何なる手段でも用いる。
如何なる所業でも成し遂げる。
如何なる感情、如何なる倫理観にも縛られる事なく、生存の為の戦略を躊躇わずに実行する。
それは正しく、バイドそのものではないか。

インターフェースより齎される膨大な量の情報が、はやての脳内で再構築されてゆく。
地球軍に関する情報、取り分けその中でも構成員の思想に関するものを、重点的に分析。
そうして導き出され、結論付けられた地球軍全体の思想。

何としてでも生き残る。
自身を害する者あらば、これを敵として排除する。
自身と思想を異にする者あらば、これも敵として抹殺する。
自身の存在を否定する者あらば、それが味方であろうと誅戮する。
自身の前に立つ者あらば、それが如何なる存在であろうと殲滅する。

何故、そんな事が可能なのか。
簡単な事だ。
彼等は「個」であって「個」ではないから。
「軍隊」にして「群体」であるから。
個人の思想はどうあれ「軍隊」としての意思、そして「群体」としての生存が最優先されるから。
「第17異層次元航行艦隊」という名称の群体型生命体が、自らを構築する「個」を切り捨てでも生存を望んでいるから。
「個」の感情は抑制され「群体」の行動を左右するには到らない。
細胞1つ1つの意思を汲んでいては全体の行動など決定できる筈もなく、短期間の内に全体が壊死してしまう。
「群体」としての存在を維持する為にも「個」に惑わされる事など在ってはならない。

尤も、これは通常の組織でも同様だろう。
「個」よりも全体を優先せねば、組織は成り立たないからだ。
だが地球軍は、第17異層次元航行艦隊は、単なる組織ではない。
他の組織、他の「群体」に依存する事なく、完全独立行動さえも可能とする戦闘集団。
そして彼等の敵は「個」であると同時に「群体」でもあり、あらゆる面で常軌を逸した存在たるバイドだ。
通常の組織としての規範に則って行動していては、忽ちの内に喰らい尽くされてしまう。

だからこそ彼等には、何としてでも生き残る事が求められるのだ。
22世紀地球文明圏が有する無数の艦隊、無数の戦闘集団。
あらゆる宇宙空間、あらゆる異層次元で戦闘行動を続ける彼等。
それらの内1個艦隊でも残存しているならば、それは地球文明圏の現存を意味する事となる。
たとえ他の友軍が全滅しようと、地球本星が破壊されようと、地球文明圏の技術体系集約体たる艦隊と構成員さえ生存してさえいれば、それは地球文明圏の「勝利」なのだ。

スバルの口振りからするに、艦隊の構成員達はそれを完全に理解しているのだろう。
自身等が友軍による殲滅対象となっている事を理解した時、彼等は必ずや生存の為の闘争を選択する。
自身等を滅ぼそうとする者は、即ち敵である。
それが友軍であったとして、彼等が未だに「人間」であるという保証は何処にも無い。
バイドに汚染されているか、或いは他の敵対勢力によって叛意を煽られたか。
疑い出せば限が無いし、彼等にはその権利が在る。

そして、縦しんば地球文明圏にとっての脅威が彼等自身の存在であったとしても、特に問題は無いのだろう。
自身等が地球文明圏にとっての敵となっているのであれば、他の艦隊が問題なく殲滅する筈であるのだから。
地球文明圏には後など無い。
彼等にとっての敗北とは、即ち滅亡を意味する。
敵の殲滅が完了したその時、唯1隻の戦艦、唯1機のR戦闘機でも残存しているのであれば、それは地球文明圏にとっての勝利なのだ。
だから、問題は無い。
闘争の末、生き残った者こそが「地球軍」なのだ。
何時バイドによって汚染され、姿形もそのままに地球文明圏の敵になるとも知れない彼等であるからこそ形成された、歪でありながら絶対的な思想。
地球軍に属する全ての艦隊が、この思想を共有しているのだろう。

「狂っとる・・・狂っとるよ・・・!」
「だからこそ付け入る隙が在るんです。地球軍同士を争わせ、その隙にバイドを叩く。R-99がバイドに掌握されてしまえば、全てお終いです。その前に何としても中枢を、R-99を叩く必要が在る」

何時の間にか再開していたウィンドウの操作を継続しつつ、スバルは静かに語り掛けてくる。
はやてはもう一度だけ彼女を見やり、深く息を吐いた。
そして、視線を戦域へと投じる。

「・・・それで、上手くいきそうか?」
「梃子摺っています。新たな地球軍艦隊に露見しない様に、第17艦隊への情報送信を試みているのですが・・・」
「まあ、通信技術に関しても向こうが上やろうしな」

先程からの思考の内にも、より激しさを増していた閃光と轟音。
戦闘は激化していた。
ドブケラドプス幼体群、大規模転移。
無数に放たれる泡状強酸性体液による砲撃、それらを相殺すべく放たれるアルカンシェル。
弾体炸裂時の閃光が視界を覆い尽くし、数秒ほど遅れて衝撃と轟音が全身を襲う。
はやては僅かに身動ぎし、しかし踏み止まった。
自身の視界を閉ざし、次元航行艦の外部観測システムを介して、ベストラから280kmの彼方に位置する大型敵性体の全容を捉える。
異形、ザブトムは聖王の鎧に守られつつ、只管に誘導操作弾および高速直射弾を放ち続けていた。
絶大な戦闘能力を有しているにも拘らず、後方支援に徹するという異様性。
積極的に移動する事も、攻勢に打って出る事もなく、何かを待ち受けるかの様に。

「化け物は時間稼ぎに徹する心算か」
「早急に排除する必要が在りますが、現状の「Λ」の能力では積極的攻勢など不可能です。機能拡充は順調に進行しているので15分ほど頂ければ何とか」
「それでは間に合わんな」

そう、間に合わない。
そんな時間など残されてはいないのだ。
直ちに打って出ねば、待つものは破滅のみ。

「R-99が掌握されれば、次元世界はいずれ喰われる。真実を知らないまま地球軍が此処まで到達すれば、その時点で私達は皆殺しにされる」

外殻を軽く蹴り、宙空へと浮かび上がるはやて。
シュベルトクロイツを右手に構え、腰部に固定された夜天の書を「左手」で撫ぜる。
脳裏に響く、幼さを残した少女の声。

『マイスター・・・』
「行くで、リイン。此処に居っても殺されるのを待つばかりや」

自身と融合中のリインへと語り掛け、はやては戦域の直中へと赴かんとする。
しかし、ふと思い留まり、自身の「左手」へと視線を投じた。
以前と変わりなく、感覚までも完全に機能する、自身の左腕部。

戻ってしまった。
自身にとって罰の証であった傷跡、失われた左手。
ザフィーラとの繋がりを示すそれが、自身の意思とは無関係に消されてしまった。
膨大な質量によって圧し潰され、微塵となって消えた筈の左前腕部は、今ではそんな事実さえも無かったかの様に其処に在る。
そう、全てが元通りだ。
シャマルとザフィーラが居ない、その二点を除けば。

シャマルが死んだ時、自身は傍に居られなかった。
その事が、今でも悔やまれてならない。
自身にできる事など無かったと、理性では理解している。
それでも、家族の死に際に立ち会えなかった事は、大きな悔恨となって自身を責め立てていた。
況してやザフィーラは眼前で、自身を助けた結果として死んだのだ。
彼を失うと同時に負った傷は、自身にとってシャマルとザフィーラの想い出、彼等の死を記憶に刻み付けておく為の重要な証でもあった。
だが、それはもう何処にも無い。
癒える筈のない傷は、跡形も無く修復されてしまった。
そして証が消えたというのに、失われた家族は戻らない。
2人との絆は形を失い、単なる情報として自身の脳内に記録されているのみとなってしまったのだ。

「こんな・・・」

だからこそ、受け入れられない。
自身の左腕部、慣れ親しんだ筈の器官の存在が許せない。
状況が許すのであれば、今すぐにでも切り落としてしまいたい。
「Λ」によって強制的に再生、否、接合された左前腕部。
嘗てのそれと同一のものなどとは決して考えられぬ、自身の腕部にへばり付く異物。

「こんなもの・・・!」

有らん限りの力で握り締められる左手。
掌部に爪が食い込み、骨格が軋みを上げる。
しかし今は、其処から伝わる痛感さえも現実感に乏しく、偽物の感覚としか思えない。
こんなものは、自身の腕ではない。
彼と共に失われた、あの左手ではない。

『済みませんが、味方の援護に向かって戴けませんか? 私達は引き続き、地球軍との通信確保を試みます』

そんなはやての思考を遮るかの様に意識中へと飛び込む、インターフェースを通じたスバルからの念話。
はやては咄嗟に振り返り、ベストラ外殻上に佇むスバルを視界へと捉える。
彼女の胸中に渦巻くものは、壮絶な憤怒と、激しい嫌悪。
スバルもインターフェースを通じ、その内心を余す処なく理解している筈だ。
それでも彼女は、はやての感情に対しては何ら関心を見せず、無感動に用件だけを告げる。

『もう少しで、皆さんに素敵な「プレゼント」をお届けできると思います。それまで持ち堪えて下さい』

その念話を最後まで聞き終える事なく、はやては戦域中央へと飛翔を開始する。
逸らした視線は決して振り返らず、僅かでも飛翔速度を緩める事もない。
1秒でも早く味方の許へと翔け付ける為、外殻上に佇む「あれ」から離れる為。
自身のリンカーコアが許す限りの出力で以って、飛翔魔法に魔力を注ぎ込み続ける。

もう、聴きたくはない。
もう、目にしたくない。
もう、傍に居たくない。

造り物の音声、造り物の表情、造り物の存在。
造り物の意識しか向けてこない相手と、どう積極的に関われというのだ。
あれには本来、人間と関わり合う機能など備わってはいない。
そんな存在になってしまった者と、それが人間であった時と同様の関係など維持できるものか。
自身は其処まで酔狂ではない。
造り物は造り物同士、バイドか地球軍と関わっているのが相応しい。

周囲の空間を埋め尽くす魔力爆発、アルカンシェル弾体炸裂時の閃光。
青白い光を放つ魔力素が徐々に空間中の密度を増しゆく中、はやては異形の巨躯へと向かうべく宙空を翔ける。
「スバルであったもの」の注意が自身から逸れている事に、確かな安堵を覚えながら。
記憶の中のスバルを、彼女達との想い出を、理性を以って切り捨てながら。
それに伴う感情の起伏を、意味の無いものと断じて凍結しながら。
はやては自らに繋がる絆、その幾つかを自身の意思で断ち切り、決意する。

生き延びてやる。
絶対に、生き延びてやる。
リインフォース、シャマル、そしてザフィーラ。
彼等の存在と引き換えに貰ったこの生命を、奴等になぞ奪わせてなるものか。

バイドなぞに喰わせてなるものか。
地球軍なぞに消させてなるものか。
「Λ」なぞに使われてなるものか。
この生命は最早、自分だけのものではない。
これを侮辱せんとするものが在らば、それは紛う事なき敵だ。

私の生命。
私の誇り。
私の家族。
それを侮辱し、踏み躙り、奪い去ろうとするならば。



「・・・消してやる」



昏い決意の言葉。
複数の青白い魔力集束体が、宙空を貫く白銀の光となった彼女の周囲に纏わり付く。
はやての決意を祝福するかの如く、宙空に舞い踊る青い魔力素の結晶体。
やがて彼女の背面、其処に位置する3対の漆黒の翼に、それらの結晶体と同じく青白い魔力光が宿る。

自身の翼の如く、深淵なる黒に満ちた誓い。
その決意とは裏腹に、はやては幾筋もの青い光の軌跡を引き連れ、翼より青白い燐光を撒き散らしつつ宙を翔ける白銀の光となる。
光を引き連れ、自身も光の一部となったその姿は、人ならざるものだけが有する美しさに充ち満ちていた。

*  *


鋭く、もっと鋭く。
音を置き去りに、光を置き去りに。
感覚さえも振り切って、更に鋭く。

『弾体炸裂・・・目標群AA-09からZB-04まで殲滅を確認。大型敵性体、健在』
『MC404、砲撃が無効化されています! 後退を!』

XV級が放つ無数の大出力魔導砲撃が、僅か100m程度しか離れていない空間を貫く。
強烈な余波が側面より襲い掛かるも、そんなものを気に留めている暇は無い。
邪魔なもの、余計なもの全てを無視して、更に鋭く。

『「ドロテア」被弾!』
『魔導師隊を援護、砲撃続行! 前方、高速進攻中の一団だ!』
『「ミヅキ」よりドロテア、後退を。魔導師隊への援護は此方で引き継ぐ』

鋭敏化する感覚、引き延ばされる体感時間。
基底現実とは異なる、自身の感覚に基くそれらが、目標への最適経路を思考する猶予を与えてくれる。
役不足な時間認識を振り払い、更に鋭く。

『敵直射弾幕、無力化しました!』
『敵誘導操作弾、全弾迎撃!』

無数に飛び交う念話の中、此方にとり直接的に関連し、且つ緊急性の高いもののみを選択的に傍受。
圧縮された状態で意識中に飛び込むそれらは、齎された情報に対する瞬間的な理解を可能としていた。
煩わしい情報の奔流を突き破り、更に鋭く。

『前方の魔導師隊、更に加速!』
『砲撃中止! 接敵・・・』

そして遂に、大型敵性体を自らの間合いへと捉える。
刃の旋回範囲、必殺の間合い。
鋭く、もっと鋭く、更に鋭く。
敵を、障害を、脅威を、恐怖を。
全てを断ち切れる程に、凄絶なまでに鋭く。

『・・・今!』

瞬間、金と青の閃光。
視界を上下に切り裂くそれが、僅か70mもの至近距離にまで接近した大型敵性体を襲った。
自身の魔力光である金色の光を放つ刀身、その周囲へと纏わり付く様に集束する青い魔力素。
バルディッシュ・アサルト、ライオットザンバー・カラミティ。
「願い」の通り、自身の知覚すら凌駕する「鋭さ」で以って横薙ぎに振り抜かれる、全長100mを優に超える長大な刀身。
空間を引き裂く雷光が、一切の慈悲なく大型敵性体の胴部を寸断した、かに思われた。
しかし。

『・・・退避!』

強制長距離転移、発動。
「Λ」による支援を受け後方の艦隊が発動したそれは、無防備に大型敵性体の至近距離へと位置する事となった魔導師隊を、一瞬の内に艦隊側面5kmの位置にまで転移させる。
瞬間、これまでの戦闘による負荷が、一挙に全身を襲った。
攻撃の余波および急激な加速による肉体的負荷だけに留まらず、圧縮された情報の解凍および超高速処理による脳への負担。
多大な疲労感と全身の苦痛、脳髄を直接殴打されるかの様な激しい頭痛に霞む意識。
咄嗟に額へと手を当て、無意識に苦痛の呻きを漏らす。
そうして数秒、或いは十数秒か。
時間感覚すら曖昧となっていた意識が、漸く正常な働きを取り戻す。
朦朧とする意識を奮い起こさんとするかの様に首を振り、我知らず顰められていた表情から徐々に力を抜いた。
肉体的異常解消、意識障害なし。

何が起きたのか。
攻撃の瞬間、自身等は強制的に後方へと転移させられた。
理由は分かっている。
大型敵性体が、聖王の鎧と高速直射弾膜による近接防御を展開したのだ。
一瞬でも転移が遅れれば、攻撃隊の全員が跡形も無く消し飛んでいた事だろう。

そして、転移直前。
此方の攻撃、振り抜かれたライオットザンバー・カラミティの刃は、確実に大型敵性体を捉えていた。
しかし如何なる理由か、全くと云って良い程に手応えが無かったのだ。
カラミティの柄を握る手に、衝撃は殆ど伝わらなかった。
刀身の先へと視線を移し、漸くその原因を理解する。

カラミティの刀身は、鍔から30m程度の位置で唐突に途絶えていた。
折れ飛んだと云うよりも、宛ら削り取られたかの様な形跡。
残された刀身の先端、其処に虹色の魔力光が微かに纏わり付き、今もなお残された刀身を蝕み続けている。
虹色の魔力集束体、極小のそれらが先端部へと無数に集り、虫食いの如く刀身を蝕んでいるのだ。
金色の魔力光を放つ刀身を食い荒らし、酷く緩慢ではあるが徐々に柄へと迫るそれらは、宛ら砂糖に集る蟻の群れ。
湧き起こる生理的嫌悪感に我知らず眉を潜めつつも、最大出力で魔力を刀身へと集束させる。
虹色の魔力光が一瞬にして消し飛び、雷光と共に全長100mを超える青白い刀身が現出。
瞬間、青白い魔力光が弾けた後に残るは、完全に復元された金色の刀身のみ。

そうして復元された刀身を見やりつつ、彼女は軽く息を吐く。
その身を蝕む化学物質、そして放射能汚染の呪縛から解放され、再び戦場へと舞い戻った彼女。
フェイト・T・ハラオウン。
金色の雷光を纏いつつ、彼女は思考する。

此方の間合いへと捉える事はできた。
だが、刃そのものが大型敵性体に届いていない。
自身のリンカーコアが許す最大出力で以って形成され、更に「Λ」への幾重もの「願い」によって鋭さを増し、限界を遥かに超える速度で以って振るわれた刃。
しかし、閃光と見紛うまでに加速されたそれは、聖王の鎧による自動防御機構を突破する事は叶わなかった。
瞬間的に密度を増した虹色の奔流へと触れた刃は、瞬時に魔力集束体としての構造を分解され、魔力素の霞と化してしまったのだ。
そして、此方の攻撃失敗を悟った後方の艦隊は、即座に攻撃隊の転送を実行した。
大型敵性体からの反撃を予測し、予め発動待機状態を保っていたらしい。
攻撃失敗なれど損害皆無。
これまでの戦闘を省みれば喜ぶべき事であろうが、しかし無条件に喜ぶ事などできる訳がない。

重複して掛けられた「願い」により加速された攻撃でも、聖王の鎧による防御を突破する事は叶わなかった。
それだけでなく「Λ」による強化は、決して万能ではない事も判明したのだ。
「Λ」は此方の「願い」が有益な内容であると判断すれば、その無限大とも云える魔力を用いて大概の事は具現化してしまう。
だがそれは「願い」を叶えた者への影響を、無条件に軽減させるものではない。
現に、攻撃の加速および認識能力の向上、情報処理能力の向上という「願い」を叶えた自身には、転移直後から想像を絶する負荷が襲い掛かった。
他の隊員達にしても、それは同様らしい。
錯綜する念話は、いずれも戸惑いに満ちていた。

『くそ・・・何だったんだ、今のは?』
『負荷だ。「Λ」による強化のツケだろう。転移から何秒経っている?』
『約80秒。負荷が継続していた時間は、個人差は在るけれど概ね70秒前後ね』

70秒。
戦場に於いては、致命的な時間だ。
その間、魔導師は完全に無防備となり、あらゆる外的要因への対処は不可能となる。
これでは「Λ」の効果的な運用に支障が生じる。
対策は無いか「Λ」へと問い掛ける。
回答は瞬時に齎された。

『執務官、彼女達は何と?』
『・・・「願い」の内容と数によって、具現化後の負荷は増減するらしい。さっきのは複数の「願い」を同時に具現化した事で、過大な負荷がフィードバックされたんだろうね』

どうやら「Λ」とは、無償で「願い」が叶う等という、都合の良いものではないらしい。
当り前の事ではあるが、しかし今になって漸くその可能性に思い至る。
現実を歪め、事象の全てを魔法技術体系の優位性を確立するものへと変貌させる、正に魔法のランプとでも云うべき代物。
しかし「Λ」は、魔法のランプ以上に万能ではあるが、冷酷に対価を要求する代物でもある。
数十秒に亘る行動不能状態、その間に味わう事となる苦痛。
常ならば大して問題にもならぬそれらが、今は無情な刃となって全ての魔導師を苛んでいる。
バイド、そして地球軍との交戦中、数十秒にも亘る行動不能という事態が如何なる結果を招くものであるか、理解できない者など存在しない。

『単体の「願い」なら、負荷を受ける事なく行動可能では?』
『内容に依るだろうけど、多分ね。攻撃の強化だけなら問題は無かったし、さっきの負荷は「願い」の重ね掛けが原因みたいだし』
『限度を見極める必要が在る、って事ですね』

念話を交わしつつ、彼方に位置する大型敵性体を見やる。
視界中へと拡大表示されたそれは、新たに転移したらしき無数のドブケラドプス幼体と突撃型生体機雷群を周囲へと纏わり付かせ、何ひとつ変わった様相も無く宙空へと佇んでいた。
長距離集束砲撃魔法も、艦艇群からの魔導砲撃さえも、聖王の鎧を突破できない。
アルカンシェルによる空間歪曲も、弾体炸裂時の効果範囲最外縁部で無力化されている。
カイゼル・ファルベによる防御壁は、余りにも強固に過ぎた。

『単体の「願い」で、アレを突破する? そんなの不可能じゃない・・・』
『そうでもないかもしれないよ』

唐突に飛び込む念話。
聴き慣れた、しかし今は何処かしら遠く感じるその声に、フェイトは視線を後方へと向ける。
15km後方、第6支局艦艇。
その戦闘指揮所に居るであろう人物へと、彼女は問い掛ける。

『どういう事? ユーノ』
『さっきの攻撃。君のライオットザンバーこそ完全に防がれたけど、他の幾つかの攻撃が防御を突破し掛けていたよ』

その言葉に、彼女は周囲の魔導師達へと視線を投じた。
彼等も良く理解できなかったのか、ある者は訝しげに自身のデバイスを見やり、ある者は他の魔導師と顔を見合わせている。
一通り全員の姿を見渡すと、フェイトは再度にユーノへと問い掛けた。

『・・・少なくとも此処には、それを放った自覚の在る人間は居ないみたいだ。ユーノ、詳しく話して』
『君達の攻撃は「願い」の重ね掛けにより、正しく一撃必殺の威力にまで達していた。あの敵性体も、直撃すれば唯では済まないと判断したんだろう』
『それが、何か?』
『先程の攻撃時、此方でカイゼル・ファルベの出力限界を観測した』

知らず、細められる目。
視界内へと拡大表示された大型敵性体の細部を、フェイトは睨み据える様にして観察する。
相変わらず、その巨躯へと着弾する攻撃は全て、瞬時に無効化されていた。
隊員達の間から上がる、観測結果を疑問視する声。

『そんなものが在るとは思えないな。艦載魔導砲ですら無力化されているんだぞ』
『アルカンシェルの余波さえも無効化されているわ。出力限界なんて、どうやったら観測できるの』

彼等の疑問は尤もだと、フェイトは思考する。
戦略魔導砲でさえ無効化する防御機構に穴が在る等と、俄には信じ難かった。
況してや個人の攻撃がそれを突破するなど、想像すら付かない。
だが、続くユーノの言葉は確信に満ちたものだった。

『君達が最後の加速を行う直前、新たに大規模敵性体群が転移した。恐らくは転移に関する処理の全般を、あの大型敵性体が担っているんだろう。戦況を判断し、適時を見計らって転移を実行していると思われる』
『それで?』
『君達が行った加速は、後方から観測している僕達でさえ瞬間的に失索する程のものだった。要するに、アレは君達に虚を突かれたんだ。敵性体群を転移させた直後、大型敵性体の魔力残量は著しく減少していた。
それがレリックによる増幅を受けて完全に回復する前に、至近距離へと飛び込んだ君達からの攻撃を受けたんだ』
『でも、攻撃は届いていない』
『正に惜しい処でね。君達の攻撃は防御され、逆に残る魔力を用いて反撃された。君達を優先して排除すべき危険要因と判断したんだ。そして君達の転移直後、カイゼル・ファルベは元の魔力密度を取り戻している。これらの情報から判断するに、狙い目は敵性体群の転移直後だ』

拡大表示の対象を、大型敵性体から各種敵性体群へと移行する。
幾つかの地点を選択し並列表示、視界内へと映り込む無数の影。
壁となって迫り来るそれらの総数を求めた処で意味は無い。
正しく無限とも思えるそれらが、相対する全てを消し去らんと異形の牙を剥いていた。

『成る程。あれだけの数を転移させているのなら、レリックに増幅された魔力を使い果たしてもおかしくはない。敵性体群の転移直後を突けば、カイゼル・ファルベの防御を突破できるかもしれないって事か』
『かもしれないというよりも、これで駄目なら打つ手無しだよ。それこそ彼女達に・・・「Λ」に全てを任せるか、地球軍の心変わりにでも期待するしかない。彼女達が言うには・・・』
『「Λ」が此方に注力すれば隔離空間内部の友軍戦力は壊滅し、また「Λ」による工作が終了する前に地球軍が此方に到達すれば私達は殲滅される。そうでしょう?』
『聞いたのかい?』
『さっき、ティアナにね』

念話を返しつつ、バルディッシュの形態をカラミティからスティンガーへと移行。
大剣が瞬時に分解、片刃の双剣へと変貌。
それらを左右の手に携え、両腕を開いて構える。
だが、その刀身は常のそれと同様ではない。
其々の全長が3mを優に超え、尋常ならぬ魔力密度を保っている。
切り裂くという行為の一点にのみ着目するならば、その鋭さは先程のカラミティすらも容易に凌駕するだろう。
フェイトは自身の手に携えられた双剣を一瞥し「Λ」による強化の詳細を理解すると、その視線を大型敵性体へと戻し念話を発する。

『「Λ」からの情報によるとアレは一度、第二次バイドミッションに於いてR-9Cに撃破されている。胸部装甲内部に位置する生体核が比較的脆弱、とは云うけれど』
『胸部装甲が開放されるのは生体核からの大規模砲撃時のみ。転移実行直後、しかも聖王の鎧を展開中にそんなものを放つ余裕は無い。遵って、生体核を狙うには胸部装甲の強引かつ迅速な破壊が求められる』
『不可能だね』
『艦隊からの援護は?』
『敵性体群の排除で手一杯だ。アレへの攻撃に傾注すると、高確率で取り零しが発生する。そうなれば、それらによる襲撃を受けるのは君達だ』
『ウォンロンかベストラからの援護は期待できないのか』
『それも不可能だね。どちらも艦隊の援護に掛かりきりだ』
『空間転移はどう? 至近距離に転移して、奇襲を掛ければ・・・』
『アルカンシェルの余波が残る中で? 艦隊の側へと引き戻すのならば兎も角、敵性体群に向けて転移するのは自殺行為だ』
『なら、狙いは1つだな』

大型敵性体、その頭部に位置する巨大な結晶体。
他の隊員によって視界内へと拡大表示されたそれは、大型敵性体の魔力増幅を担うレリックだ。
胎動する赤い光を見据えるフェイトの意識中に、隊員からの念話が響く。

『あのレリックを破壊すれば、敵性体群の転送を止められるんだろう?』
『まあ、深刻な魔力不足に陥る事は確実だ。止めるとまではいかなくても、これまでの様に短時間の内に大規模転送を繰り返す、なんて芸当は不可能になる』
『後は艦隊からの飽和攻撃で、カイゼル・ファルベごと消し飛ばす、って事だね』

瞼を下ろし、視界を閉ざすフェイト。
拡大表示されていた視覚情報も遮断し、心身を休める事に専念する。
共有された意識を通じ、艦隊による敵性体群への攻撃開始を認識。

『艦隊からの了解も得られました。アルカンシェル発射まで140秒』
『我々の他に、複数の魔導師隊が同行する事になる。連携に注意しろ、あの速度で接触すれば終わりだ』
『フォーメーションに慣れていない者は、共有のレベルを引き上げろ。常に互いの位置を確認しておけ』

静かに瞼を上げ、視覚情報を取り込む。
魔導師間の意識接続数および情報処理能力を増幅、意識共有の度合いを深化させんとするフェイト。
数秒で済む工程の最中、意識中へと割り込む念話。

『意識共有は必要ないぞ、執務官』

隊員からの念話、その思わぬ内容にフェイトは周囲を見回す。
ベストラ近辺への転移直後から共に行動する者、新たに周囲へと集結する者。
その殆どが彼女を真っ直ぐに見据え、同じ意思を意識中へと投げ掛けていた。

『アレを撃破するには、何よりも速度が求められる。つまり、貴官が攻撃の要だ。艦隊も含め、貴官以外の戦力は全て補助に過ぎない』
『貴女が私達に合わせる必要はない。私達が貴女に合わせて飛びます。貴女はただ速く、鋭く在る事だけに集中して下さい』
『速度じゃアンタには及ばないが、格闘戦の技能ではこっちが上だ。どんなじゃじゃ馬な飛び方をしようが、完璧に援護してやる』

彼等が彼女に望むものは単純だ。
速く、只管に速く。
鋭く、何よりも鋭く。
その望む処を正確に理解したフェイトの内に、不思議と高揚感が湧き起こる。
そんな彼女の意識中へと飛び込む、聞き慣れた2つの声。

「そういう訳で、フェイト。君は目前の事にのみ集中すれば良い。その他の事は全部、僕達が引き受ける」
「周囲など気にせず翔け抜けろ。お前の疾さこそが、我々にとって最大の武器だ」

咄嗟に、背後へと振り返るフェイト。
彼女の視線、その先に彼等は居た。
艦隊の強制転移直前まで傍に在った人物。
共に励まし合い、助け合ってきた彼等。
二度と剣を振るう事は叶わないと、嘗ての様に空を翔ける事など叶わないと。
あまりにも残酷な宣告を受けながら、尚も戦う事を諦めなかった者達。

「でも、少し不安かな。身体ごと前線に出るのは、本局が襲撃された時以来だからね。鈍ってないと良いけど」
「謙遜も大概にしておけ。私からすれば厭味にしか聞こえん」

ユーノ、シグナム。
何物をも寄せ付けぬ結界魔導師、あらゆる障害を焼き尽くす烈火の将。
誰よりも、何よりも頼もしい2人の戦友が、嘗ての姿を取り戻して其処に居た。

「ユーノ・・・シグナム・・・」
「君の癖は良く知っている。1発の魔導弾も掠らせないし、破片にだって触れさせはしない」

スクライア族特有のバリアジャケットを纏い、無機質な光を瞳へと宿し悠然と敵性体群に向かい合うユーノ。
失われた彼の四肢は完全に再生され、嘗ての長身かつ程良く鍛えられた身体を完全に取り戻している。
彼の背後には、鮮やかな緑光を放ちつつ複雑な回転運動を続ける、無数の光球が展開していた。
実に数千もの小型魔法陣、分厚く巨大な壁となって展開するそれらの集合体。
拳ほどの大きさながら、各々に異なる方向へと回転する複数の環状魔法陣を纏い、更には自身も複雑極まりない回転運動を行う球状の立体魔法陣からは、その光には不釣り合いな禍々しささえ感じられる。
それらを構築する術式は余りにも難解かつ複雑、更には極めて繊細であり、単に視界の片隅へと捉えたに過ぎないフェイトには概要さえ理解できない。
否、時間を掛けた処で理解できるものでもないのだろう。
事実、故意ではないにせよ僅かながら意識の共有が行われている現状でさえ、ユーノが如何なる情報処理工程を実行しているのか、フェイトには全く理解できないのだから。

「そういう事だ。お前は、ただ前へと進め。後ろの事など気に留める必要はない」

破片しか残らなかった筈のレヴァンティン、嘗てと寸分違わぬ状態にまで再生されたそれを確りと握り締め、射抜く様な眼差しで以って前方を見据えるシグナム。
彼女の背面からは、灼熱を纏い周囲の空間を赤く染め上げる、左右で対となる炎の翼が展開していた。
現在の彼女はアギトとの融合を果たし、自身と融合騎の能力を最大限に引き出した状態に在る。
炎の翼を構築する魔力の総量は、フェイトのリンカーコアが余波だけで悲鳴を上げる程だ。
だが、最もフェイトの目を惹き付けたものは、その翼の総数だった。
左右2対、計4枚であった筈の翼は、今や4対8枚にまでその数を増やしていたのだ。
紅蓮と青の燐光を零しつつ、周囲を明々と照らし出す4対の翼からは、神々しささえ感じられる。
しかし、周囲の大気を歪める程の高熱を放つそれらは、何よりも敵対者に対する明確な脅威としての存在感を放っていた。

自身とも、各々とも異なる2人の威容に、知らず圧倒されるフェイト。
シグナムの姿は、前線で長年を共にし彼女の魔力特性を熟知するフェイトにとっては、比較的容易に受け入れられるものだ。
だがユーノの様相は、本局で彼の変容を知った際、それ以上の戸惑いを彼女に齎していた。
執務官として数々の事件に関わってきた彼女ですら見た事もない魔法陣を無数に展開し、機械じみた無機質さを孕みながら佇む彼の姿は、嘗ての彼を知るフェイトの心をより一層に掻き乱してゆく。
自身の心理状態を共有する事は漠然とした不安から避けていた為、彼女の深層心理がユーノへと漏れ出る事はない。
理由は分からないが、ユーノの側も自身の心理状況までを共有する事はしておらず、更には自身の超高速並列思考による他者の脳への過負荷を避ける為か、思考の共有すら殆ど行っていない様だ。
よって、彼がフェイトの内心を理解しようとすれば、それは観察による予測以外に方法はない。
そして、フェイトの動揺を知ってか知らずか、ユーノは彼女の傍へと寄り、自身の声で以って言葉を紡ぐ。

「信じて飛ぶんだ、フェイト・・・真っ直ぐに」

瞬間、戸惑いも躊躇いも、あらゆる負の要因が心中より取り除かれた。
ユーノが何らかの精神安定術式を用いた可能性は在るが、それはフェイトの疑念を呼び起こす要因とはなり得ない。
明晰となった意識の中、彼女は視線を廻らせて大型敵性体を視界の中心へと捉える。
拡大表示されるザブトム、額に位置する巨大なレリック。
其処へ至る為の軌跡が、明確に意識中へと浮かび上がる。

余計な事は、何も考えなくて良い。
只管に速く、愚直なまでに真っ直ぐに。
翔け抜け、飛び込み、斬る。
それだけで良い、それ以外は必要ない。

『10秒前』
『・・・砲撃と同時に、行くよ』
『了解』
『5・・・4・・・3・・・』

情報処理速度の向上に従い、体感時間が引き延ばされてゆく。
周囲の動き全てが減速してゆく中、大型敵性体より放たれた無数の誘導操作弾を確認。
どうやら攻撃の気配を察知し、先手を打って弾幕を形成したらしい。
だが、問題は無い。
その程度の迎撃行動など、今となっては何ら障害とはなり得ないのだ。

『・・・撃て!』

空間を埋め尽くす白光の爆発と同時、フェイトの身体が銃弾の如く射出される。
彼女自身が発動した飛翔魔法のみならず、複数の外的要因による補助を受けての圧倒的な加速。
どうやら空気抵抗の緩和を目的とする結界の展開、及びフローターフィールドを応用したカタパルトの形成が成されていたらしい。
通常の肉眼では決して捉えられぬ遠方70km、彼方に位置する大型敵性体を目掛け、フェイトは金色の弾丸と化して飛翔する。
だが急激な加速は同時に、大型敵性体からも明確な脅威として認識される要因となったらしい。
目標の巨体、その各所からガス状の推進剤が噴き出し、恐らくは慣性制御と反動推進の併用によって後方へと急速離脱を開始したのだ。
僅か2秒にも満たぬ内、驚くべき加速で以って遠ざかる目標。
しかしフェイトは、自身が目標へと到達する事を、微塵も疑いはしなかった。

前方、緑色の閃光。
その中心へと飛び込んだ次の瞬間、再度に視界へと捉えた目標との距離は30km前後にまで短縮されていた。
目標、更に加速。
その速度は既に、現在のフェイトのそれを僅かに上回っていた。
だが、連続発生する複数の閃光へと飛び込む度に、僅かずつ両者の距離は短縮されてゆく。
短距離転移魔法陣、連続展開。
最初の1度を除き、連続して展開される魔法陣が齎す効果は、僅かに300m程度の転移に過ぎない。
しかし、転移後の位置から僅か50m程の間隔で次なる魔法陣が展開しており、結果として短距離転移を連続で行う事によって、フェイトは瞬間的な長距離移動を果たしていた。
突撃開始直前に目標より放たれた誘導操作弾幕は、転移を繰り返した事で疾うに後方へと置き去りにされている。

そして、視界の端を埋め尽くす様にして、無数の白光の軌跡が敵性体群の彼方へと突入した。
直後、閃光。
アルカンシェル、弾体炸裂。
極広域空間歪曲、高密度次元震発生。
目標周辺に位置する数万体を残し、敵性体群の殆どが跡形も無く消滅する。
しかし同時に、残る敵性体群の機動に突如として変化が生じた。
幼体群が空間中の一点へと寄生体の口腔を向け、突撃型が一斉に同一地点へと回頭を開始する
大型敵性体へと急速接近する敵性個体、即ちフェイトへと。

敵性体群の壁へと向け、更に加速。
ほぼ同時、広域に展開する敵性体群の其処彼処で、無数の魔力爆発にとそれに伴う閃光が発生する。
後方の魔導師達からの、各種砲撃魔法による長距離火力支援。
無数の異なる魔力光の中には、フェイトが良く知る桜色と純白のそれも混じっていた。
なのはの有する集束型砲撃魔法、スターライトブレイカー。
はやての有する超長距離砲撃魔法、フレースヴェルグ。
他にもディエチやヴォルテール、数百名もの砲撃魔導師達、艦載魔導砲による無数の砲撃が敵性体群を襲う。
僅かな抵抗すら許されず、迫り来る砲撃魔法の壁に呑まれ、一瞬にして消滅する幼体と突撃型の群体。
衝撃と轟音が周囲を埋め尽くしている筈だが、それらは自らも衝撃波を撒き散らしつつ飛翔するフェイトを捉えるには到らない。
彼女を守護すべく超広域空間を蹂躙する、無慈悲な死の暴風。
その中で、大型敵性体のみが具現化した悪夢の如く、無傷の儘に存在を維持していた。

虹色の光が、視界を埋め尽くす。
目標の後方に展開した無数の巨大な魔法陣、それらが放つ魔力光。
その表層にはベルカ式ともミッドチルダ式とも異なる、そもそも言語であるかも不明な術式が刻まれ、複雑に変容を続けている。
大型敵性体との交戦を開始して以来、幾度となく目にしたその光景。
敵性体群、大規模転移。
魔法陣の内より、無数の敵性体が濁流の如く溢れ返る。

そして、転移より間を置かず敵性体群の一部から放たれた、数百もの生体砲撃。
その全てが、大型敵性体へと向かうフェイトを狙ったもの。
彼女へと直撃する軌道、彼女の進路を遮る軌道。
フェイトの生命を奪い突撃を中断せしめるべく、赤黒い泡状体液の奔流が彼女を襲う。
アルカンシェル弾体炸裂の余波である次元震により、先程の様な短距離転移を用いての回避は実行不可能。
「願い」によって強度を増した障壁を展開したところで、これら生体砲撃の前には薄紙同然の代物だろう。
最早、打つ手は無かった。

前方、宙空を切り裂く紅い線。
瞬間、襲い来る砲撃と数百もの敵性体が紅蓮の炎に包まれ、爆発し消失する。
広域殲滅魔法、火龍一閃。
「Λ」を用いての強化を受けたシグナムによる、常では在り得ぬ超長距離火力支援。
攻撃を行った魔導師はシグナムだけではない。
無数の斬撃、直射弾、誘導操作弾が敵性体群を襲い、幼体と砲撃とを諸共に喰い荒らす。
恐らくは予め後方より放たれた攻撃が、予測通りに転移してきた敵性体群を捉えたのだろう。
目標を守護する敵性体群の壁に、狭くとも致命的な隙間が開く。
その中心へと飛び込むべく、更に加速するフェイト。

目標に異変。
額のレリックが発光、数十発の魔力弾が宙空へと放たれる。
鎖状の弾体構造からして、恐らくはこれまでにも放たれていた誘導操作弾と同様のもの。
一瞬、宙空へと静止したそれは完全な魔力球となり、直後に爆発的な加速と共に鎖状へと再変化、此方へと突進を開始。
同時に、周囲に残る幼体群が再度に砲撃、数十の泡状体液奔流がフェイトを狙う。
砲撃魔法、或いはベルカ式による援護、最早どちらも期待できない。
再度それらを実行するには、先程の攻撃から十分な時間経過が得られていないのだ。
誘導操作弾幕と砲撃が、フェイトに迫る。

その、直後。
それらは突如として展開した障壁群によって弾かれ、フェイトへと直撃する軌道を外れて彼方の空間へと消えてゆく。
巨大魔力構造物、鮮やかな緑色の魔力光を放つそれは、楔型のブロック状に組み上げられた小型障壁の集合体。
40cm程の大きさのそれらが幾重にも組み合わさり、緩やかな傾斜を保つドーム状の防御殻を形成していた。
防御殻は単層ではなく20層前後の複層構造であり、最外部から数層までの破壊と引き換えに、全ての誘導操作弾および砲撃を弾き返したのだ。
立体として組み上げられた障壁は、一般的な平面状のそれを遥かに上回る強度を有しているらしい。
常軌を逸した威力を有する生体砲撃、その多数同時攻撃にすら耐え切ったそれらは、単一ではなく集合体として展開する事で、負荷の軽減と砲撃の威力減衰を同時に実現したものだろう。
尤も理論を理解できたところで、そんな脳機能に深刻な障害が発生しかねない情報処理能力を要求される代物を実際に扱える人物は、フェイトの知る限りではユーノしか存在しない。
彼が展開していた見覚えの無い魔法陣は、この新型障壁を展開する為のものだったのだろう。
そして、ユーノからの支援は、障壁による防御のみに留まらなかった。

前方、フェイトの速度に合わせて前進する障壁群。
砲撃による破壊を免れたそれらが配置を崩し、一部は加速して遥か前方までへと到達する。
再配置された障壁群は自ら分解して立体としての型を崩し、平面と化した後に其処彼処で瞬間的に結合、長大な壁面を形成。
そうして最終的に、障壁群はフェイトの前方で正六角柱型の通路と化した。
通路の端部から30mほど内部、螺旋状に折り重なって展開する複数のフローターフィールドを視認。
途端、ユーノの意図を理解したフェイトは迷う事なく通路へと突入し、重なり合うフローターフィールドの中心、僅かな隙間へと飛び込んだ。

通路などではない。
これは「砲身」だ。
「砲弾」を加速し撃ち出す為の「砲身」であり、自身がその「砲弾」なのだと、フェイトは理解する。
螺旋状に配置された無数のフローターフィールド、フェイトに膨大な推進力を付与するそれらは「施条」だ。
既に自身での知覚を放棄せざるを得ないまでの速度に達しているフェイトの身体が、フローターフィールドから付与される推進力によって更なる加速を果たす。

前方視界、拡大表示。
「砲口」の先に大型敵性体の頭部、その額に位置する巨大なレリックが映り込んでいる。
転移実行後に残された魔力の殆どをレリックの防御に回しているのか、真紅の結晶体は周囲に高密度のカイゼル・ファルベを纏っていた。
あれでは砲撃魔法が直撃したところで、レリックを破壊するには到らないだろう。

目標は回避軌道を取っている様で、常に姿勢が変化し続けているが「砲口」がそれを見失う事はない。
どうやら「砲身」全体が目標を追尾し、照準を修正し続けているらしい。
「砲身」自体の破壊も試みてはいるのだろうが、その目的が果たされるよりも「砲弾」が射出される方が圧倒的に早いだろう。
フェイト自身は進路変更を行っていないが「砲身」内部の「施条」により、彼女の軌道は正確に誘導されている。
そして「砲身」の半ばを通過した頃、フェイトの後方から強烈な緑の閃光と、巨大な圧力が襲い掛かった。
フェイト自身の障壁と、彼女が放つ衝撃波を貫いて届く、衝撃と轟音。
同時に意識中へと届く、圧縮および高速化された念話。

『今だ!』

瞬間、フェイトはブリッツアクションを発動し、全身を回転させつつ左右のスティンガーを振るう。
加速された外界認識能力の中、意識より遅れて動く身体。
「砲口」の遥か手前、左の斬撃を放つ。
背後より更なる圧力、強大なそれが襲い掛かると同時、フェイトの身体に付与される爆発的な加速。
彼女の身体は、一瞬前と比して倍以上の速度にまで達している。
「砲口」の先には、装甲の其処彼処から推進剤を噴射し、ユーノの照準より逃れるべく激しい回避機動を継続する目標。
同時に、もはや完全な回避は叶わないと判断したのか、フェイトを受けとめんとするかの様に、その巨大な左主腕部を額へと翳そうとする。
だが、フェイトはその行動を許さない。

そして、遂に「砲口」より「砲弾」が射出される。
圧倒的な加速を受けたフェイトの身体は、射出直後には目標へと到達していた。
振るわれたスティンガーが目標の左主腕部装甲を深く切り裂き、しかし刃は些かもその勢いを衰えさせる事なくレリックへと向かう。
目標頭部、レリックの表層を掠める軌道。

左の斬撃。
スティンガーの刃先がカイゼル・ファルベを突破し、フェイトの方向からしてレリックの左下方へと接触する。
刃が振り抜かれ、結晶体を両断。
同時に放たれた雷撃により、結晶体の全面に罅が奔る。
剣を振り抜いた勢いもそのままに全身を回転させ、右の斬撃。
位置関係から刃先が結晶体表面を掠める程度ではあったが、その結果は十二分なものだった。
初撃によって全体に罅の奔ったレリック、その半分程度が完全に砕かれ、細かな粒子と化して四散したのである。
右の斬撃を振り抜き、フェイトは回転する身体もそのままに目標を追い抜き、離脱。

回転する視界の中、フェイトは目標を襲う、更なる攻撃を目撃した。
射出されたフェイトを追う様に「砲口」より吐き出された膨大な魔力の奔流、指向性を有する爆発と化したそれが目標頭部を直撃していたのだ。
強烈な「発砲炎」によって砕かれた頭部装甲の破片が周囲へと飛散。
その光景を回転する視界の端に留めつつ、フェイトは自身を再加速させる為にユーノが行った支援が如何なるものであったかを理解した。

ユーノは「砲身」内部に展開していた「施条」である無数のフローターフィールドを「砲弾」の通過後に圧縮・融合させ、単一の巨大な「炸薬」と化していたのだろう。
そうして、極めて高密度の魔力集束体となった「炸薬」をバリアバーストにより炸裂させ、その爆発力によって「砲弾」を再加速、極高速にて射出したのだ。
強固な「砲身」によって指向性を付与された魔力爆発は「砲弾」を加速させるに留まらず、射出後に目標へと直接的な損傷を与える程の威力を有していたらしい。
無論、本来ならば「砲弾」であるフェイトも無事では済まなかっただろう。
恐らくは、彼女の後方にラウンドシールドを展開して「弾底部」代わりとし「砲弾」自体が破壊される事態を防いだのだ。
一方で「発砲炎」の直撃を受けた大型敵性体は、重大な損傷を受けたらしい。
あの指向性爆発を受けた以上、残されたレリックは完全に破壊された事だろう。
頭部前面への損傷も、飛散する装甲の破片の量から推測するに、甚大なものと思われた。
兎も角、レリックを破壊した以上、更なる敵性体群の大規模転移は防げるだろう。

加速した情報処理速度で以って、攻撃の成否を確認するフェイト。
ふと、彼女は自身の両手掌部に、微かな違和感を覚える。
自身が握るスティンガーが、僅かに重みを増した様に感じられたのだ。
常ならば疲労か、或いは気の緩みからくる錯覚であると判じただろう。
だが、現状では在り得ない。
加速した思考の中、未だ体感時間の延長は継続している。
その中での急激な体感情報の変化など、異常以外の何物でもない。
眼球を稼働させていては時間が掛かり過ぎると咄嗟に判断し、ブリッツアクションを発動してスティンガーを眼前へと翳す。
そうして視界へと映り込んだものを認識した瞬間、彼女の思考は凍り付いた。

魔法陣。
虹色の光を放つそれが複数、両手掌部とスティンガーの刃先に展開していた。
それらの間を複数の魔法陣が高速で往復し、表層に刻まれた未知の術式が徐々に書き換えられてゆく。
異様な光景に、激しく警鐘を鳴らす思考。

だが、何よりもフェイトの焦燥を掻き立てる要因は、別のものだった。
書き換えられた術式を、フェイト自身が理解できたという、その事実。
否、理解できない事など有り得ない。
そのミッドチルダ式の術式は、彼女が最も良く知るもの。
フェイトにとっての大切な人、その形見。
幼少の頃から片時も手放さずに共に在った、大切な相棒。
その根幹を成す、最も重要な術式。

『Escape sir!』

相棒から届く、圧縮された念話での悲痛な叫び。
フェイトもまた、我知らず叫んでいた。
だが、それが実際に声として発せられる事はない。
身体の反応は加速した意識に追い付かず、発声すら思う儘には行えなかった。

『Please!』

何かが、大切な何かが、汚されようとしている。
何物にも代えられぬ大切なものが、おぞましい何かによって踏み躙られようとしている。
それが解っているのに、彼女は何もできない。
何も、できないのだ。

『Hurry!』

「Λ」による強化の反動、膨大な負荷がフェイトを襲う。
全身を蝕み意思を挫く疲労、脳髄を貫き思考を霞ませる激痛。
その後に待つものは、数十秒に亘る意識の混濁だ。
だが、フェイトは意識を失わぬ様、必死に抗う。

駄目だ。
意識を失うな。
伝えねばならない。
何としても、これだけは伝えねばならない。
自身が目にしたものをユーノ達に伝え、警告を発さねば。
このままでは、取り返しの付かない事態になる。
念話で皆に警告を、今すぐに。

直後、緑の閃光が視界を埋め尽くし、激しい頭痛が彼女の意識を塗り潰した。
思考が霞み、自身の現状すら認識できなくなる中、フェイトは絶叫する。
単純な言葉、余計な情報を含まぬ純粋な警告。
届くか否か、そもそも声となっているかも判然としないそれを、彼女は必死に叫ぶ。
引き戻される体感時間、戻ると同時に意識より引き剥がされてゆく五感。
思考速度が通常のそれへと戻る中、彼女は確かに自身の絶叫を聞いた。
戦慄と恐怖とに塗れた、恐ろしい叫びを。



「逃げて!」



意識が、沈む。
思考さえも停止する中、残されたものは苦痛のみ。
何かを伝えるには、フェイトは余りにも無力だった。

*  *


「やった・・・!」

念話を通じて無数の歓声が上がる中、思わず言葉を漏らす。
彼女の視線の先、拡大表示された視界の中。
異形の巨躯、その頭部にて真紅の光を放っていた結晶体が打ち砕かれ、次いで起こった緑色の魔力爆発によって吹き飛ばされる。
最早、輪郭すらも捉える事は叶わなかったが、目標へと到達したフェイトが見事にレリックを破壊したのだろう。
其処へ、ユーノのバリアバーストによる指向性魔力爆発を受け、頭部前面装甲を吹き飛ばされた大型敵性体。
周囲の敵性体群が集結し、何とか大型敵性体を守護せんとするものの、それらは片端から艦艇群の艦載魔導砲による砲撃を受け、次々に存在を掻き消されてゆく。

攻撃は、完全に成功した。
それを確信し、彼女は軽く息を吐く。
これまでの戦闘の推移が故に、最悪の事態を想定してもいたのだが、結果は最良のものだった。
最早、敵性体群の大規模転移は起こらない。
あの異形の大型敵性体、即ちザブトムを護る聖王の鎧はレリック共々に失われ、今や此方の攻撃を妨げる障害は存在しない。
知らず下がっていたデバイスの矛先を敵性体群へと向け直し、自身の気を引き締めんとするかの様に周囲の魔導師へと念話を飛ばす。

『鎧が崩れた! 次で決めるよ!』

次々に返される応答、何れも通常の念話。
圧縮および高速化された念話は戦闘時に於いて極めて有用だが、脳機能に掛かる負荷が相当なものである事は先刻に身を以って体感している。
常時それを用いる事は、到底現実的ではない。
負荷が少ない通常の念話を用いて他の魔導師達とタイミングを合わせ、彼女は集束砲撃の発射態勢に入る。
彼女が握るは、桜色に輝く魔力翼をはためかせる、白亜と金色の戦杖。
その先端部に集束する自身の魔力、それが放つ桜色の魔力光を意識の端へと留めながら彼女、なのはは強化された高速並列思考を展開する。

気に掛かる事は、幾つも在った。
クラナガンに残したヴィヴィオの事、管理局の事、故郷である21世紀の地球の事。
バイドの事、地球軍の事、ランツクネヒトの事。
「Λ」の事、スバル達の事、エリオ達の事。
数え上げれば限が無い。

だが今は、それらについて思案している余裕など無いのだ。
一刻も早く敵戦力を排除し、バイドの中枢へと辿り着かねばならない。
地球軍が戻り、成す術も無く蹂躙される前に。
余りにも理不尽な思想の下、次元世界ごと消去されてしまう前に。
状況の支配権を此方へと引き寄せ、現状を打破せねばならない。

フェイトによる攻撃の成功は、正に戦況の流れを変え得る朗報だ。
全方位へと発せられた念話によると、彼女は攻撃完了の直後、ユーノによって後方まで転移させられたらしい。
後は、此方の役目だ。
大型敵性体、ザブトム。
自身の娘であるヴィヴィオ、彼女の尊厳を貶めんとする異形。
その様な存在、許す心算は無い。

「Λ」による魔導資質の強化が為されている今、集束砲撃を放つ為の工程は著しく簡略化されていた。
本来であれば、魔力素の集束完了までに短くとも10秒前後は掛かる。
しかし現在、集束に掛かる時間は個人差こそ在れど、平均して3秒前後だ。
なのはのスターライトブレイカーは、数ある集束砲撃魔法の中でも集束に要する時間が比較的長く、常ならば15秒程度を必要とする。
それですらも、今ならば魔力素の集束開始から発射まで5秒程度で完了してしまうのだ。

しかし、それは通常時と同程度の集束率であればの事例だ。
より集束率を増し、砲撃の魔力密度を上昇させ威力を増幅する為に、更に時間を掛けて集束を実行する事も可能ではある。
況してや現在、全ての魔導師は「Λ」からの補助により、リンカーコアの出力が劇的に強化されている状態なのだ。
嘗てと同様の時間を掛けて魔力の集束を実行すれば、その後に放たれる砲撃の威力と規模は如何程のものとなるか。
間違い無く、想像を絶するものとなるだろう。

そして今、なのはは決定打となる一撃を大型敵性体へと撃ち込むべく、自身のリンカーコアが許す限りの出力で以って魔力集束を開始していた。
他の砲撃魔導師達も、同様の思考へと至ったのだろう。
並列して表示される複数の視界の中、其処彼処で膨れ上がる魔力球の光が映り込んでいる。
艦艇群は残る敵性体群の殲滅へと移行しており、強大な威力を秘めた艦載魔導砲の光が、無数の奔流となって敵性体群を呑み込んでいた。
その光の奔流の中、上半身に当たる部位を大きく仰け反らせた状態の儘、空間中を漂う大型敵性体。
フェイトによってレリックを破壊された事が、目標の機能全般にまで影響を及ぼしているのだろうか。
ならば今こそ好機と、なのはは更に集束率を引き上げんとして。

『待て! ハラオウンが!』

焦燥を孕む念話、其処に含まれた親友の名に、魔力球を維持したまま集束を中断する。
尚も集束を継続している魔導師も多いが、フェイトの名はなのはの意識を引き付けた。
彼女に、何かあったのか。
なのは自身が問い掛けるよりも早く、複数の念話が発せられる。

『どうした!』
『分からん、だがハラオウンが・・・今は沈黙しているが、転移直後の様子が尋常ではなかった』
『何があったの?』
『負荷で意識を失う直前に「逃げろ」と叫んで・・・そのまま、意識を失った。もう暫くすれば目を覚ますだろうが・・・』
『デバイスも様子がおかしい』

唐突に割り込む念話、聴き慣れたそれはシグナムもの。
平静そのものに聞こえる念話は、しかし親しい者にしか判らない緊張と焦燥を孕んでいる。
次いで発せられる彼女の言葉は、事態の異常性と危機的な状況とを強制的に認識させるもの。

『バルディッシュが、同様に「逃げろ」と・・・警告の後、沈黙した』
『見ろ!』

警告は、シグナムの言葉が途絶えると同時だった。
何かに対する注意を促す以外には、これといった情報も含まれてはいない、極短い念話。
だが、それが何を指しているものかは、なのはにも容易に理解できた。
視界内、大型敵性体に異変。
体躯を後方へと仰け反らせたまま胴部を捻り、右主腕部を左肩部周辺へと回している。
何かを握るかの様に窄められた指部、その中心へと集束する虹色の魔力光。

そして、なのはは見た。
集束した魔力素を取り囲む様に展開した魔法陣、紛れもないミッドチルダ式のそれが2基。
其々が反対方向へと滑る様にして移動し、互いの中心から延びる集束魔力の光条が、徐々に棒状へと形成されてゆく。
やがて、魔法陣が消失。
残された棒状魔力集束体の全長は、大型敵性体の全高とほぼ同じ40m前後にまで達していた。
纏わり付く魔力光を振り払う様にして、鈍色の物質へと変換される集束体。
大型敵性体の下方に位置する端部には直接打撃用か、別種の物質による覆いが設けられている。
上方端部には、下部の覆いと同種らしき物質により5m前後の刃、戦斧にも似たそれが形成されていた。
長大な柄の先端側面に曲線を描く刃を備えた、三日月斧にも似た形状のそれ。

「嘘・・・」

我知らず零れる声。
直後、戦斧の刃が90度回転し、柄に対して直角に展開。
刃と柄の接続部、その開口部から虹色の魔力光を放つ粒子が、高圧ガスの如く噴き出す。
その光景の意味する処を理解し、なのはは自身の血の気が引く音を聞いた様な錯覚に囚われた。

そんな馬鹿な。
こんな事、在り得ない。
何故、大型敵性体が「あれ」を手にしているのか。
「あれ」の所有者は、断じて異形の怪物などではない。
「あれ」は悪意の集合体、その手の内などに在って良いものではない。
「あれ」は、あの雷神の槍、光の戦斧は。



「バルディッシュ!?」



30mを優に超える巨大な魔力刃が展開されると同時、その刃を横薙ぎに振り抜く大型敵性体。
瞬間、刃より発せられた強大な魔力波が、不可視の壁と化してなのはを襲った。
魔力球、消失。
並列展開されていた全ての視界、他の魔導師と共有していたそれらが魔力波によって接続を切断され、同時に彼女自身の視界も瞼によって物理的に閉ざされる。
強力な紫外線に曝されている際にも似た、皮膚を炙られているかの如き感覚。
胸中のリンカーコア、物質的ではない魔力器官が軋みを上げる、異様な苦痛。
知らず漏れ出る、微かな呻き。
そうして、漸く自身を襲う異常な感覚が消え去った後、彼女は反射的に身体を庇っていた腕を下ろし、自身の身体と周囲とを見回す。
自身に負傷した箇所は見られず、周囲も深刻な被害を受けている様には見えない。

あの魔力波は、攻撃ですらなかったのだろう。
事実、それはなのはの身体を数十mほど後退させたものの、障壁を貫いて彼女自身を害するには到っていない。
飽くまで刃を振るった際に発生した余波に過ぎず、それで被害を与える事など意図してはいまい。
だが、それが此方の戦力に与えた動揺は、計り知れないものだった。

攻撃ではない。
攻撃ではないにも拘らず、魔導師達は強制的に身体を後退させられ、余波を受けたリンカーコアは悲鳴を上げていた。
艦艇群は位置情報確認機能に異常を生じたのか、見る間に艦隊としての陣形を崩壊させてゆく。
壁との衝突時に発生した轟音に聴覚の機能が奪われた中、錯綜する念話の内容は混乱の極みに達していた。

『今のは何だ!?』
『陣形を崩すな! 下方の魔導師、艦体に接触するぞ!』
『各員、間隔を保て・・・クソ、残った敵性体が散開しやがった。距離を詰められるぞ』

態勢を崩した艦艇群が、徐々に陣形を整えてゆく。
僅かに後退した魔導師達も再集結を果たし、すぐさま攻撃態勢を整えていた。
味方に深刻な問題が発生していない事を確認、胸中に生まれる微かな安堵。
しかしそれも、直後に云い知れない悪寒によって呑み込まれてしまう。


見間違いなどではない。
大型敵性体、ザブトム。
あれは確かに、フェイトのデバイスであるバルディッシュを手にしていた。
彼女が持つそれとは比較にならぬほど巨大ではあったが、アサルトフォームからハーケンフォームへの移行動作に至るまで、自身の知るバルディッシュと寸分違わない。
フェイトとバルディッシュが発した警告は、この事態を予期してのものだったのか。
目標は自身を攻撃したフェイトのデバイスを解析し、バイド独自の術式をミッドチルダ式に書き換え、魔力素を物質変換してバルディッシュを模したというのか。
ならば、あの異形はバルディッシュの模造品を用いて、何を仕出かす心算なのか。
カイゼル・ファルベを失い、優に100隻を超える次元航行艦の魔導砲射程内へと捉えられ、無数の魔導師にデバイスを突き付けられた、この状況下。
たった1基のインテリジェントデバイスを模造して、何を。

『警告! 大型敵性体、失索!』

咄嗟に、レイジングハートを構えるなのは。
先程まで大型敵性体が存在していた位置を拡大表示。
目標、視認できず。
鈍色の巨躯は、何処にも存在しない。

「居ない!?」
『馬鹿な! 何処に行きやがった!』
『誰か、奴が消える瞬間を見たか!?』
『艦艇が目標を捕捉していたのでは!? 何か情報を・・・』
『駄目です、システム混乱中の隙を突かれました! 目標の反応・・・後方?』

戸惑う様な、艦艇オペレーターの言葉。
弾かれる様に後方へと向けられた視界の中、一瞬の閃光が奔る。
思わず身を強張らせるなのは。
その聴覚に飛び込む、金属を引き裂く様な瞬間的な異音。
突然の事態に状況を把握できず、混乱する思考。

『「ナタリア」がやられた!』

意識中へと飛び込む念話、艦艇が撃破された事を告げるそれ。
言葉遣いを整える余裕すらも無いのか、端々に荒々しさが滲む。
間に合わなかったと、臍を噛むなのは。
ナタリアが撃破された位置へと急行せんとする彼女だったが、続いて飛び込んできた念話に全ての動作を中断する。
明らかな焦燥と、色濃い恐怖の滲む、その念話。



『艦体が・・・艦体が真っ二つにされている! 近接攻撃だ!』



閃光、遅れて衝撃。
吹き飛ばされる程のものではないが、重い振動に呻きを漏らす。
ナタリアの艦体が爆発したのか。
聴覚を襲う轟音に耐えつつ、なのはは念話を飛ばす。

『誰か、詳細を! 攻撃の詳細を教えて!』
『斬撃です! 突然、目標がナタリアの左舷側に現れて・・・一瞬で艦体を切り裂いたんです!』
『外殻を裂いたの!?』
『外殻どころか、艦が上下に真っ二つだ! 化け物め、XV級をスライスしやがった!』
『奴だ!』

叫ぶ様な念話と同時、再度に轟く異音。
視界の並列展開を行う暇もあらばこそ、周囲を見回すなのは。
その視界が、艦隊を形成するXV級の1隻を捉える。

「・・・何?」

それは、余りにも不自然な光景。
そのXV級は周囲の艦艇と同じ姿勢を保ち、敵性体群と向かい合う状態を維持していた。
少なくとも、艦体半ばから後部に掛けては、他艦艇と同じ姿勢を保っている。
だが、艦体前部については、明らかに他艦艇とは異なる姿勢へと移行しつつあった。

艦首が、上を向いている。
上下左右など無い無重力空間中に於いて正確とは云い難い表現だが、現状のなのはにはそうとしか表現できなかった。
他艦艇と水平となる姿勢を維持する艦体に対して、艦首が僅かに浮かび上がっているのだ。
そして見る間にも、艦体に対して垂直方向へと、時計の針の如く艦首が立ち上がってゆく。
否、艦首だけではない。
艦体半ばから前部に掛けての構造物が、微速前進する艦体後部に押され徐々に上方へと傾いてゆくのだ。
周囲に展開する魔導師達が、その異様な光景を呆けた様に見詰めている。
それらを自身の視界に収めるなのはもまた、凍り付いた思考の儘、非現実的な光景を唖然として見詰める以外の術を有してはいなかった。

そして、両断された艦体、その後部が通過した空間。
其処に、異形が居た。
なのはの視界からして上下が逆転した状態のまま、虹色の雷光を放つ死神の鎌を携え、俯く様にして佇む鈍色の影。
頭部前面装甲が失われた事により覗く、余りにも醜悪な生命体の顔面。
其処に穿たれた巨大な眼孔、その中に浮かび上がる碧と赤の光。
上下逆さまとなった怪物が、ドブケラドプス幼体と全く同じ造形の顔面を曝け出し、嘲るかの様に此方を見据えている。
胸部装甲開放、生体核露出。

フラッシュムーブ発動。
回避機動により自身の左方向へと、瞬時に200m以上もの距離を移動したなのはの側面、衝撃波を撒き散らしつつ轟音と共に突き抜ける虹色の魔力の奔流。
強力な余波に翻弄され吹き飛ばされつつも、なのはは新たに別のXV級が十数名の魔導師達共々、砲撃へと呑み込まれる様を目の当たりにする。
艦体中央部から百数十mに亘る範囲を抉り抜かれ、前後に分かたれて小爆発を繰り返すXV級。
あれでは、生存者など居るまい。

『また・・・!』
『どういう事!? 奴はどうやって移動したの!』
『「アグリア」魔導炉緊急停止! 総員退艦!』
『「テレサ」爆沈!』
『全艦艇、散開! 纏まっていると狙い撃ちだ! 移動の際に魔導師を巻き込むな!』
『また消えた・・・くそ、突風が!?』

態勢を立て直し、レイジングハートを構えるなのは。
荒い呼吸。
汗の粒が次から次へと皮膚に滲み、水滴となって宙空へと漂い出す。
レイジングハートの柄を握る手には必要以上の力が籠り、その穂先は小刻みに揺らめいていた。
険しい表情には抑え切れない困惑と、明確な焦燥の色が浮かび上がっている。
忙しなく動く眼球、目まぐるしく移り変わる視覚内の光景。

なのはは、理解していた。
あの異形、ザブトムが何をしたのか。
如何なる方法を用いて移動し、XV級へと襲い掛かったのか。
何故、誰1人としてその巨躯を視界へと捉えられないのか。
ザブトムが、フェイトに対して行った事とは何か。

『コピーしたんだ・・・』
『何だって?』

呟く様に放たれた、なのはの念話。
すぐさま、周囲の魔導師から問いが返される。
なのはは、絞り出す様に言葉を繋げた。

『あのバイドは・・・ザブトムは、ハラオウン執務官のデバイス、バルディッシュをコピーしたんだよ・・・其処に登録されていた、固有魔法まで』
『デバイスと魔法を模倣したのか!?』
『じゃあ、奴の移動方法は執務官の・・・』

大質量物体が大気を切り裂く際の轟音、遅れて届く衝撃波。
激しい大気の震動に全身を揺さ振られつつも、レイジングハートの構えを解かずに周囲警戒を継続するなのは。
魔力集束は行わず、ショートバスターの発動に備える。
目標は何時、何処から襲い来るのか。

『ソニックムーブ。発動と同時に、術者自身を最高速度まで加速させる移動補助魔法』
『高速移動なのか? 転移じゃないんだな?』
『違う。あれは、途轍もない速度で移動しているだけ。だから移動の際、衝撃波が発生している。私達の身体がバラバラになっていない事を考えると、かなり離れた位置を移動しているみたい』
『・・・全艦艇、大気流動を観測しろ! 識別魔力素の散布濃度を上げ、感受域を6000に絞れ! 目標が近接攻撃を仕掛けてくる、其処を迎撃するぞ!』
『総員、周辺艦艇とのリンクを拡張せよ。全方位警戒』

なのはからの情報提供を受け、すぐさま艦艇群が最適な索敵手段を構築。
索敵用に継続散布している魔力素の濃度を引き上げ、探知範囲を超広域から中距離以下へと変更し感受精度を向上させる。
目標が有する魔力と識別魔力素との干渉による反応、及び目標が移動する際に生ずる識別魔力素の濃度変化の観測。
これらの情報を基に、目標の位置を特定しようというのだ。
悪くない判断ではあるが、しかし。

『間に合うのか?』
『回避が? それとも反撃?』
『相討ち覚悟になるね・・・速度だけなら反応も出来るけど、あの質量でソニックムーブとブリッツアクションを併用されたら、もう打つ手が無い。でも・・・』
『奴とて、それらを無闇に乱用はできない。そうだろう、高町?』

シグナムからの念話。
その姿を探す事はせず、なのはは目標の痕跡を求めて複数の視界を並列展開する。
目標の姿は無い。

『うん。あれだけの質量を持つ個体が瞬間的な長距離移動を成し遂げている事を考えると、魔力の消費量は尋常じゃない程に大きい筈。レリックが残されているなら兎も角、アレが独自に有する魔力量じゃ連続発動なんて無理だと思う』
『ゆりかごの時と同じか』

なのはは、答えない。
嘗てJS事件の際、ヴィヴィオはその身体にレリックを埋め込まれ、それを魔力炉として無尽蔵の魔力供給を受けていた。
だからこそカイゼル・ファルベを維持しつつ、種々の攻撃魔法を連続展開する事も可能だったのだ。
あのザブトムがヴィヴィオの遺伝子を用いて建造されたものであるならば、レリックの破壊によって魔力供給に支障が生じている可能性は高い。
事実、ザブトムはナタリアに続きアグリア、テレサと3隻ものXV級を連続して撃破したにも拘らず、その後は攻撃を続行する事なく姿を晦ませている。
恐らくは、何らかの欺瞞手段で以って此方の索敵手段から逃れ、魔力量の回復を待っているのだろう。

『だから、私達のする事は1つ。何処かに息を潜めてこっちを窺っているアレを先に見付けて、迎撃を確実に成功させる。こっちの被害を最小限に止めて、最大の戦果を挙げるしかない』
『初撃で仕留めろと? シビアですね』
『2度も3度もアレを受ける気? 流石にそれは御免だよ』

第6支局艦艇とリンク、索敵情報を得るなのは。
高濃度識別魔力素が拡散してゆく様子がリアルタイムで意識中へと反映されるが、其処に大型敵性体の反応は無い。
一体、何処に身を潜めているのか。

『長距離砲撃を仕掛けてくる可能性も在る。効果は怪しいがMC404を自動迎撃に設定しておけ』
『スクライア、テスタロッサの様子はどうだ?』
『流石に負荷が大きかったみたいだ。もう少し待たないと・・・』
『目標捕捉! 距離52000!』

瞬間、レイジングハートの矛先を頭上へと向ける。
第6支局艦艇を介して意識中へと投射された情報は、大型敵性体が頭上に位置しているという索敵結果を瞬時に伝達。
続く情報を待つ事もせず、なのはを含む多数の魔導師がデバイスを頭上へと向けている。
しかし、魔導師達が砲撃を放つ事はない。
目標、簡易砲撃魔法射程外。


『砲撃開始!』

だが、艦載砲についてはその限りではない。
轟音と共に無数の魔導砲撃が艦隊直上へと放たれ、青の燐光を纏った魔力の奔流が大型敵性体へと殺到する。
目標がソニックムーブを発動した直後であれば、この砲撃を躱す事は不可能だ。
だが、欺瞞手段を解除し、姿を現したのだとすれば。

『目標転移!』

目標位置情報の転送直後、ショートバスターを背後へと放つ。
砲撃の向かう先、鈍色の異形の影。
巨大な死神の鎌を振り翳して上半身を限界まで前傾させ、全身から猛烈な勢いで推進剤を噴射しつつ艦艇へと突撃する、大型敵性体の姿。
数瞬後にはXV級の艦体を無慈悲に切り裂くであろう異形へと殺到する、優に100を超える数の砲撃魔法の光条。
そして遂に、魔法の牙が異形へと突き立つ。

最初に目標を捉えたそれは、物質変換された超高密度魔力集束体だった。
恐らくは、物質化したそれを何らかの手段で以って加速させ砲弾として撃ち出す、応用型の砲撃魔法なのだろう。
通常の砲撃魔法と比して遥かに高速の砲弾は、手腕部がバルディッシュを振り上げる事で露になった部位、突進する目標の胴部側面へと横殴りに着弾する。
そして、爆発。
強大な威力を有する魔力爆発に呑まれ、装甲の破片を散らしながら大きく態勢を崩す大型敵性体。
動きを封じられた目標へと、続け様に砲撃が直撃する。

脚部、腕部、胴部、頭部。
目標の巨躯、その至る箇所に突き立つ砲撃。
それらの砲撃は貫通能力に特化したものばかりではなく、着弾と同時に分裂し炸裂するもの、指向性を有する魔力爆発を起こすもの、物質化し二次被害を齎すもの等が入り混じっていた。
あるものは装甲を砕き、あるものは露出した頭部有機組織を引き裂き、あるものは慣性制御ユニットを破損させる。
着弾により拡散した大量の魔力が複合連鎖爆発、大型敵性体の全身を覆い尽くす超高温の魔力炎。
其処へ、なのはが放ったショートバスターを含む十数発の砲撃が遅れて着弾し、その大威力を以って大型敵性体を当初の進路上から弾き飛ばした。
そして、着弾の轟音が遅れて聴覚へと届くと同時、念話を通して歓声が意識中を埋め尽くす。

『迎撃成功、迎撃成功です!』
『奴は!?』

大気を震わせる絶叫。
超音速にも達する速度を維持したまま、全身から装甲の破片と焔の尾を引きつつ、出現時の進路から逸れてゆく目標。
その速度こそ殆ど殺がれてはいないものの、明らかに制御を失った機動。
大気を切り裂く轟音と、悲鳴にも似た咆哮とを残しつつ、火達磨となった目標が艦艇へと迫る。
即座に、直上への攻撃を見送っていた数隻の艦艇が迎撃を開始。
艦載砲より放たれた十数条の魔力奔流が、脅威を抹消すべく目標へと殺到する。

着弾直前、デバイスを前方へと突き出し、迫り来る魔力奔流に対し刃を翳す大型敵性体。
すると次の瞬間、目標を中心として周囲を強烈な閃光が埋め尽くす。
ほぼ同時に、なのはの全身を襲う強烈な衝撃。
咄嗟に障壁を展開する事に成功した為、これまでの様に吹き飛ばされる事は避けられた。
そして、閃光までは防げずに瞼を閉ざしたなのはの視界、其処に複数の艦艇から齎された光学情報が展開される。
それらの情報は目標が執った行動の詳細、及び現状を正確に彼女へと認識させた。

砲撃が着弾する直前、大型敵性体は自らが手にするデバイス、バルディッシュの刃を爆発させたのだ。
恐らくは、バリアバーストと同様の緊急回避用魔法。
着弾寸前に発生した強大な魔力爆発の影響により、艦艇群からの砲撃の殆どが集束を乱され霧散。
更に、大型敵性体は爆発の反動を利用して急激に進路を変え、爆発を突破して目標へと直撃するかに思われた砲撃を回避する。
そして、大型敵性体は1隻の艦艇、その後部外殻下層へと掠める様に衝突し、衝撃音と共に双方の破片を撒き散らした。
衝突後も止まらず、高速にて飛翔する大型敵性体。
数瞬後、大気を切り裂く轟音と共に、その姿が掻き消える。
ザブトム、ソニックムーブ発動。

『駄目、逃げられた!』
『各艦、索敵結果を!』
『落ち着いて、手傷は負わせた筈だよ。次で決めれば良い』


瞼を上げ、目標が消えた方角を見遣るなのは。
まさかバリアバーストまで使用するとは、流石に彼女としても予想外だった。
ザブトムがバルディッシュを模造した際、その記憶域に残されていた情報を基に、フェイト以外の魔導師の魔法まで模倣したというのか。
砲撃魔法に関しては、既に胸部生体核からの強大な砲撃能力を有している為に、模倣の必要性も無いのだろう。
だが、近接戦闘および移動補助、各種防御手段に関する魔法まで模倣しているとなれば、その脅威は増大する。

『次って・・・一尉、奴は逃げていないと?』
『アルカンシェル、発射!』

閃光と共に放たれるアルカンシェル。
陣形を変え、全方位へと艦首を向けつつある艦艇群から順次、弾体が発射される。
階層構造物を巻き込む事すら厭わない、全方位極広域殲滅攻撃。
大型敵性体の逃走を防ぐ為の行動だ。

『・・・空間転移の兆候は無いし、通常航法で逃げたらアレに巻き込まれる。砲撃するにも、さっきとは違ってこっちも即時対応が可能だからね』
『大規模攻撃魔法を使おうにも、発動までに致命的な隙が生じる。結局、近接戦闘しか残されていないって訳だな』
『違う』

唐突に割り込む念話。
聞き覚えの在るそれは、ノーヴェのもの。
否定の意味を問い返すよりも早く、言葉は続く。

『奴には質量兵器が在る・・・来るぞ、構えろ!』

瞬間、遠方で爆発。
小さな灯火に過ぎなかったそれは瞬く間に巨大な火球へと変貌し、次いで強烈な衝撃波と轟音とがなのはの身体を襲った。
瞼を閉ざし呻きを零しつつ、身を屈めて負荷に耐えるなのは。
その最中、意識中へと飛び込む念話。

『ウォンロン、交信途絶! 艦艇反応、確認できず!』

背筋が凍るかの様な錯覚。
知らず、意味の無い声が漏れ出る。
今、何と告げられたのか。

人工天体内部で発生した全ての戦闘に於いて、防衛艦隊旗艦として友軍を支援し続けた、第148管理世界「新華」第弐時空長征艦隊所属、巨大空母型戦闘艦「黄龍」。
XV級の4倍以上にもなる巨大な艦体に、アルカンシェルを凌ぐ各種戦略級魔導兵器と戦略級質量兵器を搭載し、地球軍艦艇にこそ及ばぬもののランツクネヒトでさえ一目置いていた程の戦闘能力を有する艦艇。
この艦艇の本来の建造目的は、第148管理世界の周辺世界および時空管理局に対する軍事的威圧、更には予てより新華が計画し近く実行予定であった版図拡張を目的とする侵略戦争に於いて、
同管理世界の軍内で最大戦力を誇る第弐時空長征艦隊、その旗艦としての役割を負わせる事に在った。
即ち、本来であればウォンロンは、管理世界に於いて膨大な死と破壊を撒き散らす、災禍そのものの存在となる筈であったのだ。
しかし皮肉な事に、バイドによって隔離空間内部へと転送されたウォンロンは、戦力の不足に苦しむ被災者達にとっての希望となった。
超長射程と極広範囲制圧能力を有する各種兵装、時空管理局艦隊と各世界の防衛戦力および民衆へと向けられる筈であったそれらによって、コロニーとベストラを襲う脅威の悉くに真正面から抗い、常に敵の攻撃の矢面に位置して友軍の盾となり矛となってきたのだ。
約8時間前、故郷である新華が存在する惑星および衛星が共に、バイドの超巨大戦艦「BCA-097 PRISONER」による惑星破壊級戦略巡航弾を用いた攻撃を受け、全住民および保有戦力が諸共に消滅した事を考慮すれば、
当該文明最後の遺物であると同時に最強の遺産であるとも云えるだろう。

そのウォンロンが、あの強大な戦闘艦が。
撃破されたというのか。
抵抗の暇さえ与えられず、一瞬にして経戦能力を奪われたというのか。
否、そもそも艦艇そのものは残されているのか、或いは消滅したのか。
大型敵性体は、一体何をしたというのだ。

『何を、何をされたの? ウォンロンはどうなったの!』
『艦体各部にて発光を確認、直後に艦全体が爆発しました! 飛散残骸を迎撃中です、警戒を!』
『ランスターより各員。目標、大口径電磁投射砲による攻撃を確認。推定射程距離70000以上、発射速度は秒間70発前後。弾体は波動粒子充填型徹甲榴弾。ウォンロン外殻装甲に47発の着弾を確認』

ティアナからの念話と共に、脳内へと転送される大量の情報。
ウォンロン被弾時の再現映像が、瞬時に詳細な情報と共に齎される。
艦艇左舷、艦首から艦尾に掛けて撃ち込まれる47発もの砲弾。
それらは艦艇外殻装甲を容易く貫通し、艦体の中心線付近にまで侵入、直後に一斉起爆して艦全体を消滅させた。
これでは、生存者など望むべくもない。

『604名、全クルーのシグナル消失を確認。生存者なし』

知らず、歯を食い縛る。
衝撃と閃光は、何時の間にか止んでいた。
徐々に瞼を上げれば、犇めくXV級の遥か先、空間中へと拡散してゆく赤い焔の壁が視界へと映り込む。
拡散する炎の中心部を拡大表示。
何も無い。
表示された空間には黒々とした闇が拡がるばかりで、破片さえも残されてはいない。

これまで懸命に友軍を護り抜いてきた英雄達が、抵抗さえ許されぬ儘、一瞬にして生命を奪われた。
ウォンロンが攻撃を受けた瞬間、魔導師達には彼等を救う術など、何1つとして在りはしなかったのだ。
だが、先程の迎撃成功時。
あの時に仕留める事さえできていれば、この被害を受ける事態は防げたのではないか。
質量兵器を用いる暇など与えず、一息に大型敵性体の生命の鼓動を奪う事ができていたのなら。
この非情な結果は、避けられたのではないか。

『各艦は散開を! 纏まっていると狙い撃ちにされる!』
『「Λ」の3人、分析結果をくれ。あんな代物を持ちながら化け物が今の今まで使用しなかったのは、何らかの理由が在る筈だ』
『目標はレリックの破壊により、空間転移を用いた給弾機構に障害が生じています。地球軍との戦闘に備え、切り札の質量兵器は温存する計画だったのでしょう』
『魔導師には魔法で対処、という事か』

念話を傍受しつつも、忙しなく周囲の空間へと視線を奔らせるなのは。
目標は何処か、次の攻撃は何時か。
レイジングハートの柄を握る腕を憤怒に、そして焦燥に震わせつつも、次なる砲撃に備え魔力集束を開始する。
暴力的に膨れ上がる魔力球は最早、スターライトブレイカーのそれではない。
只管に周囲の魔力素を取り込みつつ、際限無く膨れ上がる桜色の光球。
唯々、荒れ狂う意思の儘に魔力素を喰らい、圧縮された巨大な力の塊と化してゆく魔力集束体。
「Λ」による補助を受け、なのはの意識中に浮かぶイメージを忠実に具現化する、彼女によって構築されたものではない術式。
だが、当のなのはにとって、そんなものは最早どうでも良い事象であった。

もう、逃がしはしない。
確実に、次で仕留める。
目標が魔法による再攻撃を行わず、次も質量兵器を用いるとなれば、それに抵抗する術は無いだろう。
だが、知った事か。
目標の弾薬は、いずれ尽きる。
そうなれば必然的に、魔法による攻撃へと移行せざるを得ない筈だ。
その時こそが、好機。

また、何隻もの艦艇が沈むだろう。
何十人も、何百人も死ぬだろう。
だが、それらの犠牲の果てに、最大にして最後の好機が巡り来る。
その機を捉える事さえ叶ったならば、それ以上の犠牲など生まれはしない。

必ず、仕留める。
暴力的なまでに膨れ上がる魔力奔流の渦、その全てを目標へと叩き込んでやる。
装甲の欠片さえも残すものか。
今までに奪われたもの、今から奪われるもの。
それらに見合うだけの代償を、あの異形には払って貰わねばならない。
何としてでも、刺し違えてでも撃破してみせる。

『警告! 誘導弾1基、急速接近!』

圧縮念話と共に転送される映像、迫り来る1基の誘導弾。
三角柱に近い六角柱型、全長6m前後。
弾体中央部と推進部周辺に密集配置された、実に数百もの部位によって構成される複合連動型制御翼が複数と、数百基の球状マイクロ・スラスター。
明らかに無機物でありながら、宛ら節足動物か海洋性固着動物が密集して蠢いているかの様な、醜悪な有機生命体に対するものと同じ生理的嫌悪感を呼び起こす外観。
塗装すらされてはいない、表層に黒々とした金属の質感が剥き出しの儘のそれは、推進部より業火を吐きつつ急速に此方へと接近してくる。
とはいえ、これまでに確認されている地球軍およびバイドが用いた各種誘導弾と比較すれば、今回のそれの弾速は幾分か低速と云えた。
何せ、艦艇群のシステムで十分に追跡可能なのだ。
アルカンシェルを用いた牽制により、目標が必要な距離を確保できず、弾体の加速を十分に行えない可能性も在る。

何にせよ、艦艇群が誘導弾を捕捉しているのならば、問題は無い。
目標との距離を考慮すれば、核弾頭である可能性も低いだろう。
艦艇群の迎撃機構で、十分に対処可能である筈だ。
此方は目標の迎撃に集中すれば良い。

『自動迎撃開始、目標・・・待て、目標に異変!』
『誘導弾、波動粒子の集束を確認・・・射出確認! 誘導弾より波動粒子弾体、多数射出! 回避!』

圧縮念話による警告の前に、なのはは意識中の映像から異変を察知していた。
誘導弾各部の外殻が内部より弾け飛び、何らかの弾体射出口らしき無数の穴が露出。
全ての穴が波動粒子の青白い閃光を放ち、次いで無数の小型波動粒子弾体が誘導弾の周囲へと連続射出される。
それらは射出直後に球状集束体と化し、一瞬ではあるが誘導弾と等速にて移動。
そして直後、集束体が連鎖的に炸裂し、無数の閃光が宙空を貫く。
映像途絶、視界内で起こる無数の爆発。

『艦艇群、被弾多数! 「アリソン」「サマンサ」交信途絶!』

遅れて鼓膜を震わせる、甲高い異音と爆発音。
魔力集束行動はそのままに、なのはは唖然として周囲を見回す。
爆発は艦隊の其処彼処で発生していたが、中でも被害が集中している範囲が在る様だ。
飛び交う圧縮念話が、更に密度を増す。

『「セレスト」損害拡大! 総員、直ちに退艦を・・・』
『1303航空隊、消失! 皆・・・皆、消えてしまった! 今のは何なの!?』
『ルカーヴより第1支局、其処等中で艦が燃えている。被害の程度は異なるが・・・被弾した艦が多過ぎる。幾ら何でも異常だ』
『セレスト、爆沈! 「アンナリーナ」が爆発に巻き込まれた!』
『誘導弾は何処だ、まだ飛んでいるのか!?』
『誘導弾、失索。未確認技術を用いたアクティブ・ステルスシステムによる欺瞞効果と思われる。目標は単なる誘導弾ではなく、重武装型UAVの一種らしい』
『サマンサ右舷部の一部を確認・・・小爆発を繰り返しながら遠ざかっていく。あれでは・・・』

混乱する状況。
そんな中、とある光景を思い起こすべく、自身の記憶を遡るなのは。
あの誘導弾が用いた攻撃、同じものを目にした事が在るのではないか。
はっきりとはしないが、突如としてそんな思考が浮かんだのだ。

だが、それは何時の事か。
居住コロニー「リヒトシュタイン05」が、あの重力を操るバイド生命体「666」に襲われた際であったか。
では、あれはバイドの攻撃であったのか。
否、そうではない。
ウィンドウ越しに目にしたあの攻撃は、バイドによって放たれたものではなかった。
あれは、あの攻撃を実行していたのは。

『波動砲だ! あれはアクラブの波動砲と同じものだ!』

「R-9A4 WAVE MASTER」
コールサイン「アクラブ」。
コロニー防衛任務に就いていた複数のR戦闘機、その内の1機。

そうだ。
あの攻撃はR-9A4が有する波動砲「スタンダードⅢ」による砲撃の副次効果、砲撃の着弾後に拡散する余剰エネルギーに集束および誘導性を持たせ、更に複数目標へと着弾させる機能そのものではないか。
弾体が有する威力および射程こそR-9A4と比して劣るものの弾速はほぼ同等、同時射出数に至っては比較にもならぬ程に多数。
そうして、射出された無数の波動粒子集束体が、一斉に艦艇群を襲ったのだ。
「Λ」より齎された情報に依れば、観測された射出弾体総数は20000を超えるという。
波動砲を搭載した誘導弾というよりは、先程の念話でも言及されていた無人航宙機、即ちUAVの様な代物なのだろう。
だとすれば本体を撃破しない限り、波動砲を放ち続ける敵性UAVが常に艦艇群の間隙を飛び回る事となる。
目標はアクティブ・ステルスシステムを備えており、現時点では此方に目標を探知する術は無い。
このままでは、遠からず全滅する事となる。

『β8-3-8、波動粒子の集束を確認! 敵UAV捕捉!』
『MC404、自動砲撃!』

唐突に、艦艇群が砲撃を開始。
轟音と共に放たれる無数の砲撃、その魔力奔流の向かう先を拡大表示したなのはは、其処にあの奇怪にして醜悪なUAVの影を見出す。
集束する青白い光。

『次は耐え切れるか判らん、撃たれる前に撃墜しろ!』
『砲撃が来る! 構えて!』

そして、閃光。
間に合わなかったのか。
次の瞬間には襲い来るであろう衝撃に、反射的に身を守ろうとするなのは。
だが、その試みは徒労に終わった。
突如として発生した空間歪曲の壁が、波動粒子の弾幕の殆どを呑み込んだのだ。
直後、何処か懐かしくすら感じられる声が、念話として意識中へと飛び込む。

『空間情報の収集を完了しました! 敵の砲撃は、可能な限り此方で無効化します! その間にUAVと目標の撃破を!』
『リンディさん!?』

旧知の人物による唐突な状況への介入に驚き、思わずその名を呼ぶなのは。
彼女が本局からの脱出に成功していた事は、既に「Λ」を通して知り得ていた。
しかし、ベストラと本局脱出艦隊との合流後、戦闘に加わる様子が無かった事から、何らかの要因によって戦闘行為が不可能となっているのではと考えていたのだ。
実際には、ディストーション・フィールド展開の際に要する空間情報の収集作業に没頭していたらしく、それが済んだ今、積極的に戦闘へと介入を開始したのだろう。
空間歪曲という最強の盾を得た事に思わず安堵するなのはであったが、焦燥の滲む警告の言葉が緩み掛けた意識を揺さ振った。

『波動粒子弾体が空間歪曲面を破壊している! そう何度も無効化はできないわ、早く目標を・・・!』
『UAV、砲撃回避! 再度失索!』

艦艇群がUAVを見失い、同時にディストーション・フィールドによる空間歪曲面が消失する。
複数の艦艇が外殻から炎を噴き上げている事から推測するに、空間歪曲を以ってしても全ての波動粒子弾体を防ぎ切る事は不可能であったらしい。
そしてリンディの言葉から、ディストーション・フィールドの展開には複数面からの制約が存在すると推察される。
恐らくは同時展開数、展開維持時間、連続展開時に於ける展開所要時間等の問題なのであろうが、それらの点を考慮するに状況は未だ危機的であると云えるだろう。

空間歪曲を用いてもUAVからの砲撃を完全には無効化できない。
砲撃が繰り返されれば損害は着実に増大し、更には「Λ」による支援が在るとはいえリンディの対処能力も限界に達する事だろう。
ならば、それらの危惧が現実のものとなる前にUAVを、或いは大型敵性体の撃破を成し遂げねばならない。
だが、肝心のUAVを常時捕捉する事ができないのだ。
砲撃の瞬間を狙う事も考えたが、此方が即時反撃を成し遂げた処で、その攻撃の軌道上にはリンディによって展開された空間歪曲面と波動粒子弾体による弾幕、そして複数の艦艇が存在するのである。
それら全てを突破、或いは回避した上でUAVへと攻撃を命中させるなど、如何な融通の利く魔法とはいえ不可能に近い。
少なくとも、なのはにとっては。

『第7支局より各艦、UAVの予測軌道および最適射角情報を転送する。UAVからの更なる攻撃に備え、迎撃態勢を執れ』
『此方クアットロ。大型敵性体と敵性体群とのコミュニケーション手段と思われる、波動粒子を用いた広域振動波を傍受、解析中。40秒以内にUAV制御中枢掌握工作を開始します』
『精密狙撃が可能な者は第5支局外殻に集結、狙撃班を編成せよ。上部はアズマ、下部はグランセニックが指揮を執れ。UAVの制御権掌握が間に合わない場合は、独自の判断で目標を狙撃せよ』

交わされる念話と共に、艦艇群と魔導師達が即座に行動を開始する。
なのはに打つ手が無くとも、艦艇乗組員と他の魔導師には、現状に於いて有効な一手を有する者も居るのだ。
後方要員と狙撃班にUAVへの対処を託し、なのはは大型敵性体への攻撃に集中せんとする。

『俺達の相手は化け物の方か。何か策は思い付いたか、高町』
『今のところは、全然。そっちは?』
『同じく。やはり、接近してくるのを待って迎撃するのが確実だろうな』
『此方の注意をUAVに引き付け、その間に近接攻撃を仕掛ける。常套ですが堅実ですね』
『私達はザブトムに集中するよ。あの偽物のバルディッシュがハーケンフォームの内に撃破しないと、とんでもない事になる・・・そうだよね、ハラオウン執務官?』

視線を動かす事も無く、既に意識を回復しているであろうフェイトへと念話を送るなのは。
他の魔導師達からも、複数の問い掛けが彼女へと放たれている事を確認し、反応を待つ。
程無くして、返答。


『・・・確証は無いけれど、私の魔法は殆どがコピーされたと考えておいた方が良い。当然、スティンガーやカラミティへの移行も可能だろうね』
『単刀直入に訊くけど。ザブトムがスティンガーを使った場合、私達に捕捉できると思う?』
『「Λ」からの支援に期待、かな』

つまり、実質的に打つ手が無いという事か。
スバル達が艦隊戦の支援に掛かり切りである事は、既に齎された情報より理解している。
現状、この場に存在する戦力のみで、大型敵性体を撃破せねばならぬという事だ。

『やられる前に、って事か』
『次を逃したら、そのまた次は無い。そう思わないと・・・』
『それも違うみたいだ、なのは』

空虚さを孕んだ否定。
割り込む様にして発せられたそれ、フェイトからの念話。
その意図を訝しむなのはの意識中、更に連なる言葉。

『次の次どころか、これで終わりかもしれない』

問いを発するよりも早く、視界へと飛び込む閃光。
金色のそれは、複数の光源より発せられている。
艦艇群外縁、周囲を完全に取り囲む無数の光球。
なのはの記憶、奥底に眠る光景を瞬時に蘇らせるそれら。
彼女は、それを良く知っている。

『あれは・・・』
『高町?』

あれを知っている。
知らない訳がない。
何せ自身は過去に、あれを受けた事が在るのだ。
墜ちる寸前にまで追い詰められた程なのだから、忘れようにも忘れられる筈がない。
あの光球、金色のスフィア。
即ち、フォトンスフィアの多数同時展開が意味するものとは。

『ファランクスシフト・・・!』

漸く、周囲も光球の正体に気付いたらしい。
防御魔法を展開する者、スフィア破壊の為に砲撃魔法を放たんとする者、最寄りの艦艇へと退避せんとする者。
何をするにも手遅れであると、誰もが気付いている。
だからこそ誰もが咄嗟に、各々にとり最善と思われる行動を執っているのだ。
諦観ではない。
防御を選択した者達は未だUAVの姿を探し求めて貪欲に情報を要求し、攻撃を選択した者達は瞬時に10を超えるスフィアを破壊し、退避を選択した者達は艦艇外殻上にて障壁を展開している。
更に其処へと加わる、艦艇群からの無数の砲撃と直射弾幕。
誰もが生き延びる事を、大型敵性体を撃破する事を諦めてなどいない。

だが、同時に気付いてもいる。
艦隊内部から放たれるUAVの波動砲による砲撃、そして外部より放たれるフォトンランサー・ファランクスシフト。
内と外からの極広域殲滅攻撃による挟撃に曝され、生き延びる事など万が一にも在り得ないと。
UAVだけならば、ある程度は空間歪曲で凌ぐ事もできた。
ファランクスシフトだけならば、魔力障壁で軽減もできた。
だが、それらによる同時複合攻撃ともなれば、もはや為す術など無い。
波動粒子弾体によって内部より喰い破られるか、フォトンランサーによって外部より圧し潰されるか。
どちらにせよ、結末は決しているも同然である。
重ねて其処へ、状況の更なる悪化を知らせる報告が飛び込んだ。

『大型敵性体、捕捉! 目標、肩部ユニットより誘導弾射出を確認・・・UAV、2機目です!』
『スフィア群、魔力集束を開始! 射撃開始まで僅か!』


示された目標の位置は、頭上。
反射的に視線を跳ね上げると、視界の中央に大型敵性体の全貌が拡大表示される。
その更に手前、並列表示される接近中のUAV。
半有機的なその全貌が揺らぎ、一瞬にして掻き消える。
UAV、アクティブ・ステルス起動。
大型敵性体、電磁投射砲口を艦隊へと指向。
大口径電磁投射砲による砲撃態勢。

『奴は逃げないぞ、何のつもりだ?』
『もう、逃げる魔力なんか残っていないんだ・・・その必要も無いから』

2機の波動砲搭載UAV、艦隊を包囲するフォトンスフィア。
此処へ更に、大口径電磁投射砲による攻撃が加わる。
これにより敵戦力を殲滅できると、大型敵性体は判断したらしい。
だが、それでも確証は持つまでには到らなかったのか、更に駄目押しの一手が放たれた。

『目標、背部ユニットにて小爆発、連続発生! 小型誘導弾、多数射出を確認! 弾体多数、急速接近・・・いえ、弾体分裂! 子弾展開!』
『子弾、更に分裂・・・まただ・・・また!』

ザブトム背部から後方へと伸長したユニット、その上部より放たれた無数の小型誘導弾。
それらは空間中に排煙の尾を引きつつ、艦隊を目掛け加速。
その軌道上、弾体が分裂し、再分裂、再々分裂と続く。
更にその後も、弾体は僅か数瞬の内に7度にも亘る分裂を繰り返し、最終的に拳ほどの大きさも無い超小型誘導弾の豪雨と化した。
もはや数える事すら不可能となった誘導弾の壁が、雪崩を打って艦艇群および魔導師隊へと襲い掛かる。
後に襲い来るであろう負荷を無視し極限まで強化された情報処理能力による極高速思考の中、入り乱れて飛び交う無数の超高圧縮念話。

『防御しろ、防御だ! 何でも良いから身を護れ!』
『迎撃開始!』

終わりか。
引き延ばされた体感時間の中、なのはは自身の死を予期する。
自身は、此処で死ぬのか。
フォトンランサーによって引き裂かれるか、波動粒子弾体によって掻き消されるか、誘導弾によって打ち砕かれるか。
何れにせよ、肉体の欠片すら残るまい。
抵抗を止める気は更々無いが、それが何らかの肯定的な意味を成すとは、どうにも思えない。

『撃って! 誘導弾の数を減らすの!』
『照準が間に合いません! 意識に身体反応が追い付かない!』
『良いから撃って! 照準なんか構わないで、撃てるだけ撃つの!』

此処まで来たというのに。
あと僅か、今にも手が届かんばかりの距離。
それを越えた先に、全ての元凶が在るというのに。
破滅の権化、悪意の中枢、狂気の根源。
バイドの中枢が、すぐ其処に在るというのに。

『この・・・!』

最後の抵抗。
自身の傍らに浮かぶ光球、桜色の光を放つ魔力集束体へと意識を向けるなのは。
レイジングハートの矛先は既に、その中心へと向けられている。
此処から魔力に指向性を付与して解き放つだけで、ブラスター3をも超える強大な魔力砲撃が放たれる事だろう。

だが、照準を定めている時間が無い。
せめて味方に当たらぬ様、ある程度の方向を定めるだけで限界であろう。
しかし、他に抵抗の術は無い。
この儘では座して死を待つも同然、せめてフォトンランサーと誘導弾だけでも迎撃せねば。
決死の覚悟と共に、彼女は暴発寸前の密度にまで凝縮された魔力集束体、その枷を解き放つ。


同時、金色の雷光もまた自らを縛る枷より解き放たれ、閃光の暴風となって艦隊を襲った。
弾幕などと云う生易しいものではない。
各弾体の区別など全く付けられず、ただ雷の壁としか認識の仕様が無い、圧倒的な魔力の奔流。
なのはに先んじて他の魔導師達より放たれた幾つかの砲撃、常よりも遥かに大規模である筈のそれらが、それこそ針の一刺しにしかならないと思える程の壁。
だが、今更になり反撃の手を止める道理は無い。
自身の魔力光、桜色の閃光が爆発し、視界の全てを覆い尽くす。

『あ・・・!』

青い光。
砲撃の刹那、視界を覆い尽くしたそれは、果たして見間違いだったのだろうか。
なのはには、判断が付かなかった。
自身の内外に対して有する全ての認識が、その瞬間に停止したのだ。

ふと我に返った時、なのはは込み上げる嘔吐感と激しい頭痛、全身の異常なまでの重さと平衡感覚の消失に襲われていた。
何が起きたのか、意識が戻ったのは何時か、この身体の異常はどれほど続いているのか。
何ひとつ理解する術は無く、呻きを零す程度の余裕すら無く、全身を捩りつつ只管に苦痛に耐える他ない。
そうして数十秒、或いは数分が過ぎた頃になり、漸くそれまでの苦痛が「Λ」を用いた「願い」の具現化による反動、情報処理能力を極限まで高めたが故のフィードバックであった事を理解する。
目前の宙空に漂う、無数の汗粒。
額に残るそれらを反射的に手の甲で払った直後、彼女は自身の視界へと映り込む「それ」の存在に気付いた。

「何・・・これ?」

青い結晶の壁。
数瞬して、それが巨大なジュエルシードの結晶体であると理解する。
だが、重要な点は其処ではなかった。

『嘘だろ・・・?』
『ねえ、誰かこれが見える? 私の幻覚じゃないわよね?』

反射的に後退し、少し距離を置いて結晶体の全貌を視界内へと捉える。
それは、単なる壁などではなかった。
本局にてバイドにより複製された大量のジュエルシード、ヴィータの攻撃を防御する為にティアナが発生させたジュエルシード、そのどちらの情報とも合致しない余りにも整った外観。
「Λ」と同様、何らかの目的の下、人為的に成形された構造体。

「まさか・・・」

直径6m前後、巨大なプリンセスカットの宝石にも似た外観。
装飾品としてのダイヤモンドが最も近しい形状と云えるだろうが、透き通った青という色からサファイアがより強く想起される。
だが奇妙な事に、プリンセスカットに於いてパビリオンに当たる部位が半ばから断ち切られており、先端部であるキューレットとの間に1m前後の間隙が開いているのだ。
そして間隙には、あの青白い魔力素が直径2m前後の球状集束体を形成しており、それが前後に分かたれたパビリオン内部の凹部へと嵌め込まれる様に位置している。
前部パビリオンの端部からは90度の間隔を置いて八角柱状の結晶体、約3m程度のそれらが4箇所に配されており、其々が中央結晶体の中心軸から45度の角度で後方へと伸長。
更に、魔力集束体を境に前後のパビリオンが其々に逆方向へと低速にて回転しており、集束体から放たれる魔力光を内部に反射させ煌びやかに瞬かせている。

『これも「Λ」がやっている事なのか? 何の為に?』

余りにも美しく、余りにも異様で、余りにも禍々しい、紺碧の結晶体。
しかし意識中に拡がるは、この場に於いてそれが存在するという、その事実がまるで当然であるかの様な感覚。
その異常を異常と断じられぬ感覚の理由に、なのはは気付いていた。
否、彼女だけではない。
共有された意識を通じ、他者から伝わる同様の感覚。
ふと周囲を見回せば、空間中の其処彼処に同様の結晶体が出現しているではないか。
総数は100や200ではあるまい。
1名の魔導師につき単基から数基、艦艇の周囲を包囲する様に数十から数百基、魔導師と艦艇群の間隙を埋める様にして数千基。
無数の結晶体が、空間中を埋め尽くしていた。

『・・・「プレゼント」ってのはこれの事か、スバル』

はやての念話。
その言葉に、自身の推測が間違ってはいないと、なのはは確信する。
気付かぬ筈がないのだ。
全貌、構造、運動、配置。
それら全ての事象が、忌まわしきあの存在を想起させる。
人類の狂気、果てなき悪意、悪夢の欠片。



「フォース・・・!」



ジュエルシードにより構築されたフォース。
空間を埋め尽くす結晶体は、紛れもないフォースそのものであった。
その事実に、なのはは戦慄する。
ジュエルシードが用いられている事実からして、バイドではなく「Λ」によって起こされた現象であるとは予測が付いた。
それでも、フォースが自身等の周囲を埋め尽くしているという現状は、どうあっても肯定的に捉える事などできない。
だが同時に、眼前のそれが地球軍のものとは根本から異なる事も、漠然とではあるが理解していた。

『ギリギリですが、間に合って良かった。フォースシステム、試験評価工程完了。システム、正常動作を確認。現時刻を以って「B-5D DIAMOND WEDDING」及び「Force system Type Jewel-seed」の実戦配備を完了』

淡々と、既定の文章を読み上げるかの様に紡がれる、スバルの言葉。
呆然としつつもそれを聞き留めていたなのはは、視界の端へと映り込んだ結晶体の存在に身を強張らせ、咄嗟に其方へと向き直る。
フォースが1基、宛ら彼女の護衛に就かんとするかの様に、低速で傍へと接近してきたのだ。
フォースはキューレット部をなのはに向け、約2mの距離を置いて回転運動を維持。
此処に至り、彼女はスバル達の思考を理解する。

「私達に・・・魔導師にフォースを・・・!」
『大型敵性体、捕捉!』

第3支局艦艇より警告。
なのはは慌てる事もなく、ジュエルシードのフォースを見詰めた後、齎された情報に基いて徐に視線を回らせる。
急ぐ必要は無いとの、奇妙な予感が在った。
本来ならば抵抗すら意味を成さず、今頃は欠片も残さず消え去っていた筈なのだ。
にも拘らず、こうして生き永らえているからには、相応の事象が起きている筈だ。
目に見える被害が此方に無いとすれば、大型敵性体の側に何らかの異常が生じているのだろう。
果たして、彼女の視界へと映り込んだ光景は、予測に違わぬものだった。

『・・・どうなってるの?』
『さあ・・・唯、攻撃の必要は無さそうだ』

宙を漂う異形。
それは先程まで、ザブトムと呼称される大型生体兵器であったもの。
鈍色の装甲に覆われた巨躯、人のそれからは余りにも掛け離れた全貌。
背面のVLSユニット、肩部のUAV格納ポッド、腰部の大口径電磁投射砲身。
ザイオング慣性制御機構を内蔵した下半身、計3対もの腕部、巨大なバルディッシュ。
それら全てが原形を失い、無機物が入り混じる炭化した肉塊と化して、力無く無重力中に浮かんでいた。
辛うじて原形を残す頭部は上顎の右側面が失われ、大量の血液を噴き出し続けている。
胸部生体核は破裂したのか失われており、装甲の残骸上に僅かな膜状組織がこびり付いているのみだ。
目標が生命機能を維持しているとは、とても考えられない。

『何が・・・何が起こったの? 敵の攻撃は? UAVはどうなったの?』
『UAV、1機の撃墜を確認・・・もう1機だが、狙撃班による無力化に成功した。現在、第6支局の面々が制御中枢の掌握を試みている』
『UAVまで仕留めたのか? 狙撃班、何が起きた』
『砲撃の為に姿を現したUAVを狙撃、無力化に成功。直後に極めて大規模な魔力爆発が発生、残るUAVと大型敵性体は沈黙。後は見ての通りだ』


ヴァイスからの報告を聞き、なのはは疑問を抱く。
魔力爆発とは何の事か。
砲撃を放った事は覚えているが、幾ら大規模とはいえ爆発とは。
訝しむなのはを余所に、ヴァイスが続ける。

『そろそろ説明してくれないか、御三方。このフォースもどき共が直射弾を無効化した事は解るが、敵に何が起こったのかさっぱりだ。何をしやがった?』

その言葉に、再度フォースを見遣るなのは。
相も変わらず青白い輝きを纏ったそれは、表層の何処にも傷ひとつ認める事はできない。
だがヴァイス曰く、これらフォースがフォトンランサーの弾幕を無効化したという。
確かに本来のフォースは敵の攻撃を各種制限は在れど一方的に無効化し、R戦闘機の生存性を飛躍的に高める一因となっている。
だがそれは、フォースの構築に於いて純粋培養されたバイド体を用いる事で実現した結果であり、次元世界からすれば完全なオーバーテクノロジーだ。
如何な「Λ」とはいえ、そんな代物を再現できるものだろうか。

『純粋魔力攻撃に関しては、このフォースによる防御を突破する事はほぼ不可能です。対象が魔力素によって構成された存在である限り、フォースはそれらを一方的に吸収する。質量兵器相手でも、ある程度の防御性は確保できるでしょう』
『なるほど、防御兵器か。それでティアナ、化け物が死んでいるのはどういう事だ? フォースか、それともお前等が目標を攻撃したのか』
『攻撃を実行したのは、紛れもなく魔導師と艦艇群です。大型敵性体もUAVも、砲撃によって撃破された』
『砲撃って、狙撃班が言っていた爆発の事? 一体、何をしたの』

改めて、粉砕された大型敵性体の頭部へと視線を移す。
在り得ない。
砲撃は狙いも定まらず、誤射すら覚悟した上で放たれたものだ。
その内の数発が奇跡的に目標を捉えたのだとしても、あれだけの被害を齎せるものとは思えない。
そもそも、それだけではUAVが撃墜されている事象に説明が付かないのだ。
「Λ」は、何をしたのか。

『地球軍のフォースが有する機能を、限定的にではありますが魔法技術体系に適合させて再現しました。外部より付与された魔力を選択的に増幅させ、改めて外部へと放出する。放出形態や増幅率は、入力側の意思で細部まで制御可能です』
『さっきの爆発が、それ?』
『緊急時であった為、設定は此方で行いました。放たれた砲撃をフォースが受け、増幅して拡散型として放出した。放出された砲撃を別のフォースが受けて増幅、再度放出。これを繰り返し、範囲殲滅型全方位戦略砲撃としました』
『あの一瞬で? 誤射を避けて、UAVまで仕留めたと?』
『はい』
『大型敵性体まで巻き込んだの? 信じられない・・・』

砲撃魔法を吸収し、増幅した上で撃ち出す。
無数のフォース間にてこれを繰り返し、範囲殲滅魔法にまで昇華させたという。
理屈は単純だが、実現に当たっての問題など幾らでも考え付く。
だが、そんな問題は「Λ」にとって、些細なものなのだろう。
何せジュエルシードによって構築されたフォースを操る、ジュエルシードによって構築されたR戦闘機なのだ。
此方の常識など、その力を論じる上で何ら用を成さないだろう。

『その為にこれだけの数を揃えたのか? とんでもない話だな』
『発生させるだけなら、それこそ幾らでも。唯、此方が干渉する空間範囲内の同時展開数によっては、存在を維持できる時間が減少します』
『どういう事?』
『制御が極めて難しく、フォースが自己崩壊してしまうのです。今回発生させた程度の数ならば問題は在りませんが、更に数を増やすと数十秒程度で崩壊してしまう。無制限に発生させられる訳ではない』
『運用には戦略が必要か』

傍らのフォースへとレイジングハートの矛先を突き付け、魔力集束を開始。
すると集束した魔力素は、溶け込む様にフォースへと吸収された。
同時に意識中へと反映される、フォースによる出力制御情報。
余りにも自然に意識へと適合するそれに薄ら寒いものを覚えつつも、なのはは制御能力を把握する為に操作を続行する。

増幅率300、弾体魔力密度維持。
増幅形式、弾数増加。
出力形式、精密誘導操作弾。
基礎弾体数100、出力実行。

「・・・成程ね」

瞬間、総数300発もの誘導操作弾が、フォースの前面へと出現。
加速の指示を与えてはいない為、全弾が魔力球として出現箇所へと固定されている。
弾体毎、個別に低速誘導操作を開始。
「Λ」からの補助によって情報処理能力が向上している事により、なのはは苦も無く全ての弾体を自在に操る。

更に増幅率を増大、700へ。
基礎弾体数は先程と同じく100、出力実行。
今度は700発の誘導操作弾が出現。
先程の300発と合わせ、計1000発もの誘導操作弾がなのはの意の儘に宙を飛び交う。
それらの操作を続行しつつ、彼女は問いを投げ掛けた。

『スバル、増幅率の限度は?』
『現状では5138です。しかし、増幅する魔法の種別によっては、限界値が変動します。射撃系、砲撃系とは相性が良いのですが、補助系では情報処理量が増大する為、幾分か・・・』
『警告! 大型敵性体に異変! まだ生きているぞ!』

スバルが通常念話による言葉を終えるよりも早く、艦艇群からの警告が意識中へと響き渡る。
瞬時に全ての誘導操作弾を霧散させ、目標の全貌を拡大表示。
視界の中央、映し出されるは歪な肉塊。

『しつこい奴だ、まだくたばらないのか!』
『見て、頭が・・・!』

その頭部、僅かに残された頭蓋を内側より喰い破り、巨大な肉腫が出現する。
見る間に体積を増し、遂には触手状となったそれは大蛇の如くのたうちながら、周囲へと拳程の大きさの球体を無数に撒き散らす。
それらの球体は液体を噴き出しつつ急激に成長し、鞭毛を有する芋虫の様な外観となって、泳ぐ様に宙空を移動し始めた。
醜悪な外観のそれらは、明らかに艦隊を目指し接近してくる。
だが、その速度はこれまでに確認された大型敵性体の攻撃、それら何れと比較しても余りに低速であった。
正真正銘、最期の足掻きなのだろう。

『小型生体誘導弾、低速にて接近中! MC404・・・』
『待って』

迎撃を開始せんとする艦艇群へと、制止を掛けるなのは。
同様の念話が、其処彼処から艦艇群へと飛んでいる。
考える事は、皆同じだ。

『このフォースの性能を、自分の目で確かめてみたいの。さっきの砲撃は、何が何だか分からない内に終わっていたから』
『同感だ。情報は容易に受け取る事ができるが、実感が伴わないのでは今後の利用に支障を来す。此処で機能を把握しておきたい』

この先、否応なしに戦術へと組み込まねばならないのだ。
信用に値するとの確証が得られなければ、生命を預ける事など到底できはしない。
使えるか否か、此処で判然とせねば。

『・・・了解。迎撃および大型敵性体への攻撃は、魔導師隊に任せる。各艦、バックアップに回れ』

艦艇群による迎撃準備の中断を確認し、なのははフォースを介しての砲撃準備へと移行する。
スターライトブレイカーによる砲撃を先ず想定したが、それでは威力過剰になる恐れ在りと判断し、ショートバスターによる攻撃を選択。
増幅率1500程度で砲撃し、どの程度の規模および威力となるかを把握しておけば、今後の戦闘に於いて状況を優位に運べると判断したのだ。
もし砲撃の威力が想定を下回ったとしても、他の魔導師達も大型敵性体へと攻撃を実行する為、危機的状況へと陥る可能性は低いだろう。

レイジングハートの矛先を大型敵性体へと向けるなのは。
フォースは矛先の動きに寸分違わず追随し、なのはの視界を塞ぐ様にして正面へと位置する。
だが、問題は無い。
フォース前面部より前方の映像は、視界内へと鮮明に映し出されている。
そして照準が定まるや否や、加速した思考で以ってフォースへと干渉を開始。

増幅率1500、砲撃魔力密度増幅。
増幅形式、魔力集束値増強。
出力形式、強化型簡易砲撃。
射程延長、出力実行。


『撃て!』

攻撃指示を認識すると同時、フォースの中心を目掛けショートバスターを放つ。
至近距離より放たれた簡易砲撃がフォースへの着弾と同時に吸収され、視界中央で強烈な桜色の閃光が瞬いた。
そして、並列表示された視界の中、拡大表示された大型敵性体が100を超える光条によって切り刻まれ、瞬時に細分化される。
直後、白光を放つ大規模砲撃魔法が生体誘導弾および大型敵性体残骸の全てを呑み込み、閃光を放ちつつ闇の彼方へと消え去った。
なのはは暫し呆然とし、次いで溜息を吐いて念話を送る。

『・・・やりすぎだよ、八神捜査官。これじゃ増幅の効果も良く分からない』

デバイスの矛先を下ろし、全身から力を抜くなのは。
ゆっくりと深呼吸し、肉体と精神、双方の疲労を落ち着かせんと試みる。
だが、余り効果は無い。
仕方が無いと諦め、極めて高い密度にて交わされる念話を意識の端へと留めつつ、先程の砲撃を振り返る。

まるで光学兵器だ。
単なる簡易砲撃魔法が、地球軍の光学兵器にも匹敵する長射程、大威力の光線と化したのだ。
流石に純粋な威力では劣るであろうが、崩れ掛けの肉塊同然とはいえ大型敵性体の体組織を一瞬にして蒸発させ、焼き切るかの様にして解体せしむる貫通力。
これは、魔力集束値と射程延長に重点を置き、簡易砲撃を長距離砲撃として強化した事による結果だろう。
実戦で連続使用するには、制御面での複雑さも在り幾分か運用し難いが、しかし大体の感覚は掴む事ができた。

『一々設定し直すより単に魔力増幅の設定をしておいて、其処に砲撃を撃ち込む方が実戦的だね。どんな感じだったか、分かる人は居る?』
『それで充分でした。特に複雑な設定をせずに撃ち込んでみましたが、問題なく目標まで届いた。負荷も少なくて済みますし、フォースの寿命も延びるでしょう』
『集束砲撃の使用は控えた方が良いかもな。術式が複雑な所為か増幅限界値が下がってしまう上に、今のでフォースが崩壊を始めている。直射砲撃の強化に使うのが無難だろう』

直射砲撃との相性は良く、実戦的な運用が可能。
集束砲撃は増幅率が低下し、しかもフォースの崩壊に繋がる為に危険性が高い。
これらの情報から推測するに、意識を取り戻した直後に目にしたフォースは迎撃時の砲撃を増幅したものではなく、その後に新たに発生したものであったらしい。
飛び交う念話の中から、自身の疑問に答えるものを抜き出し、更にその中から特に有用と思われる情報を選別する。
意識中にて内容を反芻し、その情報に基き自己の戦術を再構築。
簡易砲撃魔法による連続砲撃を主軸に、高機動格闘戦を主体とする戦術を組み上げる。
更に、遠距離の敵に対しての集束型砲撃魔法による超長距離砲撃戦術を同時構築。
集束型の砲撃を実行すればフォースの崩壊は避けられないだろうが「Λ」によるバックアップの存在を考慮すれば神経質に避ける必要も在るまい。

一連の作業を数秒の内に済ませた後、なのははふと気付く。
はやてからの応答が無い。
どうやら意識の共有すら断っているらしく、返答のみならずあらゆる情報が遮断されているのだ。
何か在ったのかと微かな危惧を抱き、なのははフォースを介してはやての姿を意識中へと並列表示、通常念話を用いて語り掛ける。
管理局員としてではなく1人の友人としての口調で。

『はやてちゃん、何か・・・!』

親友を気遣う言葉は、その全てが発せられる前に途絶えた。
視界内へと映し出されたはやての姿。
彼女がその顔へと浮かべる、これまでに目にした事も無い形相に、なのはの意識が凍り付く。

眼前に浮かぶフォース、その表層を睨み据えるはやて。
その表情は常の柔和なものからは掛け離れ、別人の様に歪み切っている。
限界まで見開かれた眼、薄く開かれたまま小刻みに震える唇、死人の様に青褪めた肌。
シュベルトクロイツを構える右手は、骨格が浮かび上がり、肌が変色する程に硬く握り締められている。
徐々に荒くなる呼吸、掻き毟るかの様にバリアジャケットの胸元へと爪を立てる左手。
左腰部に固定された夜天の書が微かに青白い燐光を放ち、背面より拡がる3対の翼からは時折、白と青の魔力光が電流の如く奔る。
そうして、はやての唇が微かに動き、何らかの言葉を紡いだ。

「ッ・・・!」

途端、視界を閉ざすなのは。
自身が目にしたもの、それを肯定する事ができない。
そうして、はやてが居るであろう方向を呆然と見遣る。

はやては、何と口にしたのか。
凡そ肯定的な言葉でない事だけは確かだ。
理解してはいるが、それをはやてが口にしたという事が信じられない。
彼女がそんな言葉を口にするまでに変貌してしまった、その事実が信じられない。

家族を失って以降の彼女は、確かに変わった。
以前の明るさは鳴りを潜め、虚ろとも云える無表情を張り付けている事が殆どだった。
今の彼女は、それ以上に追い詰められている様に見える。
明らかな憎悪に染まった表情、彼女本来の人柄からは想像も付かない言葉。
しかも、それら変貌の矛先はバイドでも地球軍でもなく、恐らくは「Λ」とそれ自体であるスバル達へと向けられている。
ザフィーラの死の真相を知ってしまった以上、無理もない事だとは思う。
それでも、はやての豹変振りは信じ難い程のものだ。
彼女は、どうなってしまったのか。
これから、どうなるのか。

『敵戦力の殲滅を確認。これより部隊を再編し、天体中枢部へと向かう。魔導師および各機動兵器は、最寄りの支局艦艇へと集結せよ』

自己の内へと沈みゆく意識が、飛び込んできた念話によって強制的に引き上げられる。
支局艦艇からの指示だ。
なのはは強制的に思考を切り上げ、周囲を見回す。
其処彼処で魔導師達が集結し、小集団を形成し始めていた。
合流し、支局艦艇へと向かうのだろう。

並列視界を再展開するなのは。
フェイトの周囲を表示すると、ユーノを始め周囲の魔導師達が合流している。
第6支局へと向かう様だが、其処には家族であるリンディを含め、多数の仲間達が待っている事だろう。
一方ではやてには、ヴィータとシグナムが合流した様だ。
シグナムの姿は先程までフェイトの傍らに在った筈だが、今は主であるはやてに付き従っている。
はやてとシグナムの位置はかなり離れていた筈だが、その距離を飛んで主と合流する事を選んだのだろう。
騎士として主の守護を優先したのか、或いは家族との合流を望んだのか。
何れにせよ、彼女達の間には強い絆が在る。
状況に翻弄され摩耗したはやての精神も、何れは彼女達の存在によって癒される事だろう。
そして彼女達も、第6支局を目指しているらしい。

ふと、なのはは地球の家族、そして友人達の事を思い出した。
両親に兄と姉、親友達との絆。
フェイトとユーノ、はやてとその家族。
彼等の強固な絆を目にした為か、少し人恋しくなっているのかもしれないと、彼女は自嘲する。
そうして、何としても彼等を、故郷を護るべく、この状況を終わらせねばならないと決意を改めるなのは。

そして同時に気掛りとなるのは、ミッドチルダに残してきた自身の娘、ヴィヴィオの安否。
齎された情報に依れば、クラナガンには地球軍の主力戦艦1隻が落着しているという。
状況からして惑星が破壊される事はないであろうが、都市への被害は甚大だろう。
どうか無事であって欲しいと、信仰している訳でもない神へと祈る。

「一尉、高町一尉!」

自らを呼ぶ声に、我に返るなのは。
並列視界を閉ざし、声のする方向へと。
直後、彼女は思わず表情を綻ばせた。

「ミシア! アレン!」

忘れる筈も無い人物。
それは、彼女の教え子達だった。
徐々に集結する面々の中には、当初より作戦に参加していた者も居れば、本局に残っていた筈の者も居る。
無論、戦死した者も決して少なくはなかろうが、それでも多数が生き延びていたのだ。
そうして30名を超える若年の魔導師達が集まり、口々になのはを呼ぶ。
鬱屈とした精神を拭い去る、内より溢れる安堵と歓喜。
それらを抑える事もせず、彼等と合流すべく移動を開始しようとした、その矢先の事だった。


「・・・ッ!?」



赤黒く染まる視界、空間中を埋め尽くす異形の群れ。



「あ・・・あ・・・?」
「一尉?」

ふと、我に返るなのは。
彼女の目前には、教え子の1人であるミシアの顔が在った。
不自然に動きを止めたなのはを気遣い、その顔を覗き込んでいたらしい。
だが、なのはは僅かに後退し、信じ難い思いでミシアの顔を見詰める。
当のミシアは、自身へと注がれる師の視線、不審な挙動に戸惑っている様だ。
それでも、なのはは彼女の顔を凝視し続ける。

「あの、何か・・・?」

一体、何だったのか。
先程の一瞬、視界の全てが、宛ら生命体の如く脈動した。
闇の彼方に灯った赤黒い光が爆発的に膨れ上がり、瞬時に空間中を埋め尽したのだ。
そして、視界の全てが赤黒く染まった瞬間、其処に映り込む存在の全てが形を変えた。
あらゆる存在、あらゆる事象が「高町 なのは」という存在にとって、決して受け入れられぬ「何か」へと変貌したのだ。
次元航行艦も、機動兵器も、そして魔導師さえも。
記憶する事も、それ以前に認識する事すら覚束ない、人間の知覚域外に位置する存在へと変貌し、なのはという存在に対して牙を剥いたのだ。
それは、目前のミシアを含めた、教え子達であっても例外ではない。

「一尉、御気分が優れない様ですが・・・」

物理的な攻撃などではなかった。
生命個体としての本能により「攻撃」であると認識される、それ以外に理解する術など無い何らか手段で以って、なのはという存在に対し危害を加えようとしたのだ。
人間としての能力では決して理解など叶わぬ、正しく「悪意」としか表現の術が無い「攻撃」。
それを受けた側に何が起こるかさえ理解できぬ、異常なまでの密度で以って放たれた「悪意」そのもの。
その「悪意」に対する、曖昧ながら強烈な拒絶がなのはの内に燻り、教え子達への接近を躊躇わせていた。
そんな彼女の様子を訝しんだのか、彼等は気遣う様に次々と言葉を発する。

「一尉、第6支局へ行きましょう。八神捜査官も、ハラオウン執務官も其処に向かっています。戦闘の疲れも在るでしょうし、休息を取られては如何ですか」
「部隊を再編するにしても、互いの戦術を良く知る面々が居た方が心強いでしょう」
「スクライア司書長も八神三尉も居られますし・・・どちらと組むにせよ、有名コンビネーションの復活ですね」

口々にこれからの選択肢を述べる教え子達。
其処には、フェイトやはやて達のそれにも劣らぬ、確固たる絆が在った。
心の底からなのはを信頼し、彼女の教えを自身の支えとし、時に彼女を支えもする彼等。
そんな彼等を前に、なのはは何処か虚ろに言葉を紡ぐ。

「ごめん」
「一尉・・・?」

答えは出ない。
先程の現象、恐らくは幻覚であろうが、それが何であったかは全くの不明だ。
だが、結果としてなのはは、漠然とした不安を有するに到っていた。
論理的な根拠など全く存在しないが、自己の内に在る何かが訴え掛けているのだ。

「皆、もう行って」

絆が在ると思っていた。
教え子達との間に結ばれたそれを大切に思っていたし、今でもそうであると信じている。
だが、何かが。
何かが、自己の内で叫んでいる。

「一尉? 第6支局は向こうで・・・」
「行けない」

まだ間に合う。
まだ、間に合うのだ。
触れるな、信じるな、呑み込まれるな。
自己を持て、何物にも侵されぬ自己を持て。
この広大な次元世界で、独りきりの自身。
誰よりも孤独である事を理解し、それを侵されてはならない。

「行けないよ・・・」

独りきりの、何だというのだ。
触れるなとは、何に対してだ。
信じるなとは、何に対してだ。
呑み込まれるなとは、バイドと相対する上での危機感ではないのか。
自己とは、他ならぬ自身の精神の事だ。
元より誰にも侵せない個であるし、これからもそうだ。
それでも、独りではない。
自身には親友も、仲間も、娘だって居る。
何故、孤独だというのか。

「私は・・・」

解らない。
何も解らない。
だが1つだけ、解らずとも確かな事が在る。
自己の内に生まれた、出所すら不明な確信。
泣き叫ぶ少女の様に、怨嗟を吐き出す女性の様に、絶望に拉がれる老婆の様に。
声高に叫び続ける、警告とも悲鳴ともつかぬそれ。

「私、第1支局に行くね」



「彼等」から、離れなければ。



『R戦闘機、急速接近中!』

スバルからの警告。
皆の注意が自身から逸れた瞬間、なのはは身を翻して第1支局艦艇へと向かう。
その胸中を占めるは敵機接近に際しての危機感でも、教え子達に対しての後ろめたさでもなく。
自己の内に木霊する警告への疑念、そして「彼等」から離れる事ができたという安堵のみであった。


飛び交う圧縮念話が、その密度を増す。
散開する艦艇群、急変する戦局。
止められる者など、何処にも存在しなかった。

*  *


『R戦闘機が接近している。「Λ」制御下の機体群による防衛網は突破されたみたいだ』
『撃墜されたんですか?』
『いや、どうやら足止めを残して振り切られたみたいだね。地球軍は慣性制御機構に対する干渉の、完全な無効化に成功したんだろう』

その言葉を聞き、キャロの思考に不快を示す微かなノイズが奔る。
遂に、最悪の事態が起きてしまった。
地球軍が全力戦闘を展開する、その為の条件が整ってしまったのだ。
最早、彼等を縛る枷は存在しない。

『接近中の敵機は余程、警戒を強めているみたいだ。接近を感知してから5秒経過しても、未だ此処まで辿り着いていない』
『これまでの戦況の推移を考えれば不思議でもない。「Λ」は何て?』
『呼び掛けに応答しない。何かやってるみたいだ、あの3人』

現在、ベストラ外殻に立つ彼女の傍らには、エリオとセインが居る。
隠密行動に特化したISを有するセインは、当然ながら前線に出る事など無い。
そしてザブトムを相手取るには、突撃を主とするエリオの戦術は余りにも不向きだった。
其処で2人は、超長距離からヴォルテールによる支援砲撃を行うキャロ、その護衛に当たる事を選択したのだ。

『地球軍に対する工作か。成功したのかな?』
『それなら連絡が在るんじゃないかな。何も言ってこないって事は・・・』
『「Λ」より総員、緊急』
『そら、噂をすれば』

3人の間に、肉声での会話は無い。
発声を介していては、情報交換に時間が掛かり過ぎるのだ。
だからこそ多少の負荷を覚悟の上で、圧縮念話を用いての会話を行っている。
肉声では数十秒を要する情報交換の内容でも、これならば1秒にも満たない時間で済ませる事が可能だ。
「Λ」によりフォース・システムが実装された事で、負荷自体は相当に軽減されている。
だがそれでも時折、思考中を奔るノイズが脳機能へと幾分かの負荷を掛けていた。
圧縮念話を負荷なく常時使用するには、更なる「Λ」の機能更新を待たねばなるまい。

『地球軍第17異層次元航行艦隊に対する情報工作に成功。応答は在りませんが、国連宇宙軍上層部の真意は、確実に彼等へと伝わっています』
『そりゃ良いや。それで、結果は何時出るのさ、ノーヴェ。いや、誰が答えても同じかな?』
『すぐに解るさ。接近中のR戦闘機群がこっちを素通りすれば成功、攻撃してくれば失敗だ』
『予想通りの回答を有難う。要するに命懸けの検証が必要って事ね』

ティアナとノーヴェ、即ち「Λ」からの圧縮念話を受け、頭上の空間を視界中へと表示。
既に意識の共有は深部にまで及んでおり、特にキャロとエリオの間では、セインとのそれと比して遥かに深層まで共有が進んでいる。
意識共有による蟠りの解消を願い、キャロが望んだ事だ。
エリオはそれを受け入れているが、最深部に位置する自己を成す根幹に対しては、決してキャロの意識を触れさせない。
外界に対する現状の認識、思考表層部の常時共有を果たしても、彼の心には触れる事ができないのだ。
共有開始直後には余す処なく覗く事ができたそれも、今ではエリオ自身の意思によって完全に閉ざされてしまっている。
自身の心を伝える事ができたか否か、それを確かめる事すらできないと知り、キャロは失望した。
だが、今は戦況に集中すべきと自己を戒め、友軍への援護に集中してきたのだ。
それは、彼女の中に刻まれた強い決意、それが在るからこそ為せるもの。

もう、迷わないと決めた。
エリオが表層的に自身から離れる事を望んでも、それが全く見当違いの思考と優しさによって導き出された結論である事は、既に暴かれているのだ。
絶対に離れてなどやらないし、黙って彼を行かせる気も無い。
要は全てが終わった後に、縛り付けてでも離れない様にしてしまえば良い。
その残酷な優しさでどれだけ自身が傷付いたか、自身の無責任さがどれだけ彼を傷付けたか、また彼自身が何故それらを理解できないか。
胸中に渦巻くそれらの全てを、彼に叩き付けてやる。
離れるというのならそれら全てを受け止め、思い切り自身を罵倒してから離れて行けば良い。
徹底的に軽蔑して、嫌悪して、唾を吐き掛けて去れば良い。


だが、それでも此方を気遣い、彼と離別した上での幸せなど願っていたならば。
何ひとつとして理解せず、性懲りも無くそんな事を願っていたならば。
その時は、もう絶対に逃がさない。
何をしてでも彼を自身の側へと留め、これ以上ないという位に幸せにしてやる。
彼が間違っていたと、彼と離れた上での自身の幸せなど在り得なかったのだと、一生を掛けて彼に理解させてやる。
もう決めた事だ、絶対に覆りはしない。

『・・・来た』

エリオの言葉に、視界の一部を拡大表示する。
其処に映り込む、漆黒のR戦闘機。
見覚えの在るそれに、キャロは苦々しく念話を紡ぐ。

『メテオール・・・!』

「R-9C WAR-HEAD」
コールサイン「メテオール」。
炸裂型の半実体化エネルギー砲弾を連射する機能を有し、更には超広域を巻き込む拡散型波動砲を搭載する、極広域殲滅戦特化機体。
現状に於いて交戦するとなれば、正に最悪の機体であろう。

『よりにもよって最悪なのが来やがった。さて、どうなるかね?』
『もう、結果は出た様なものでしょう。この距離で攻撃されていないとなれば、答えはひとつだ』

だが、その最悪の展開は避ける事ができたらしい。
メテオールが突如として転進、艦隊外縁をなぞる様にして飛び去ったのだ。
加速した思考の中、R戦闘機の通過に伴う衝撃波で、十数名の魔導師が負傷したとの報告が齎される。
情報工作完了の報告から、実に10秒と経っていない。

『・・・まさか、本当に上手くいくとはね』
『何、エリオ。アンタ、アイツ等の事を信じてなかったって訳?』
『疑ってもしょうがないでしょう、あんな工作。失敗する公算の方が遥かに大きかった筈です』
『まあ、そうなんだけどね』

明らかに攻撃態勢を取っていたメテオールが離脱した事により、交信密度を増す圧縮念話の内には安堵と歓喜の声が交差する。
少なくとも、艦隊ごと波動砲で消し飛ばされる心配は、一先ずは無くなったという訳だ。
其処へ更に、スバルからの報告が飛び込む。

『防衛ラインにて交戦中であった地球軍R戦闘機が、反転離脱を開始しました。アクラブ、ゴエモン、ホルニッセ、パルツィファルの離脱を確認』
『目的は天体からの脱出か?』
『ポイントを変えて再度、中枢部へと侵攻を掛ける模様。ヤタガラス、ベートーヴェンは既に防衛ラインを突破しています』
『・・・本気で、皆殺しにする心算だったんだな』

背筋を奔る、冷たい感覚。
あと十数秒、工作の完了が遅れていれば。
管理局艦隊は殲滅戦に特化した3機種のR戦闘機から、波動砲による一斉砲撃を浴びせ掛けられていた事だろう。
拡散型波動砲に熱核融合型波動砲、詳細は不明ながら稲妻状の波動エネルギーによる極広域破壊を引き起こすとされる波動砲。
それら全ての砲撃を受けたならば、艦隊が如何なる被害を受けるかなど考えるまでも無い。
それこそベストラも含め、塵すら残らないだろう。
「Λ」が如何に強力であろうと、波動砲に抗し得る防御策など、未だ存在し得ないのだ。

『まあ、結果は上々って事だね。それじゃあ、さっさと支局に行きますか。ベストラは破棄するんでしょ?』
『ええ、これ以上は足手纏いでしかありませんから。生存者は第7支局に移送して・・・』
『総員、緊急』

ティアナからの念話。
瞬間、共有意識内に緊張が奔る。
思考速度を再加速、情報共有深化。

『地球軍第17艦隊による異常行動を確認。現在、四十四型による偵察活動を継続中』
『異常行動? 何をしているの』
『艦隊旗艦、ニヴルヘイム級「クロックムッシュⅡ」及び「マサムネ」による、第97管理外世界への対地砲撃を確認しました』

一瞬、思考が停止する。
ティアナは、何と言ったのか。
地球軍が、何をしたと。
何を、攻撃したと。

『・・・確認する。地球軍が、地球を攻撃しただと?』
『はい。ユーラシア大陸全土に対し、主砲による砲撃を加えています・・・マサムネ、戦略級核弾頭搭載巡航弾発射。着弾まで3秒』
『随伴艦艇群からも砲撃が。巡航艦艦首波動砲による砲撃を確認、北米大陸西岸部に着弾。周囲700kmは壊滅状態』
『アフリカ大陸全域、計25箇所での核爆発を確認。R戦闘機群、軌道上からの波動砲による地上掃射を開始』
『落ち着いて・・・落ち着いて下さい!』
『誰でも良い、医療魔法が使える奴は居ないか!? 鎮静効果の在る奴だ!』

何か、騒ぎが起こっている様だ。
どうやら、誰かが錯乱しているらしい。
何故かは解らないが、先程の戦闘で精神的な負荷が限界を迎えたのだろうか。

『ユーラシア大陸東部、R-9Sk2部隊による地表への大規模焼却が進行。中間圏界面でのデルタ・ウェポン発動を確認、宙間核融合反応強制励起を観測。ロシア東部、中国、朝鮮半島全域が炎に覆われています』
『マサムネ、偏向光学兵器照射。樺太島の北端に着弾、列島を南下しつつ掃射中』
『よせ、暴れるな! 落ち着くんだ、一尉!』
『手が付けられない! 誰かバインドを!』
『欧州全域、宙間巡航弾18基の着弾を確認。核爆発発生を観測』
『南米大陸、陽電子砲着弾。続いてオーストラリア大陸への着弾を確認』

何故だ。
第17異層次元航行艦隊は何故、この様な意味不明の行動に出たのか。
自身等の故郷を破壊して、何の意味が在るというのか。

『故郷ね・・・』
『何か?』
『北極圏および南極大陸に置いて核爆発を観測。周辺海域での大規模な海面隆起を確認、津波発生』
『奴等、本当にそう思ってるのかな』

セインの意識を読み取り、キャロは成程と納得する。
こういう時、意識共有は実に有用だ。
相手の真意を、余す処なく理解できる。
どちらかが隠そうと、或いは誘導を試みない限り、擦れ違いなど起こりようも無い。

『第17艦隊、対地攻撃中断。汚染艦隊との交戦を開始』
『あの21世紀の地球が、彼等の故郷である22世紀の地球と繋がっている訳ではありませんからね。違うと判断したからこそ、彼等は攻撃を実行した』
『もし繋がっていたとして、奴等が攻撃を躊躇うかどうかは怪しいけどね。でも問題は、そんな事をして何の得が在るのかって事だ』

正に、其処が問題である。
第17艦隊が上層部に対する叛乱を起こした事は間違い無いであろうが、だからといって21世紀の地球を攻撃する道理が解らない。
これまでに確認された第17艦隊からの攻撃を見る限り、既に原住民は全滅に近い被害を受けている事だろう。
違う時間軸であるとはいえ、自らの祖先に当たる人々を虐殺して、何が得られるというのか。

『独立表明の心算でしょうか。第17艦隊が独自の文明圏となる、その為の意思表示の可能性は』
『誰に対してそんな事するのさ。それで、私達はもう地球とは何の関係も在りません、これから仲良くしましょう、何て言うとでも?』
『在り得ませんね』
『それ以前に、曲りなりにも地球軍の一員であった彼等が、そんなセンチメンタルな理由で無駄な攻撃行動を起こすとは思えない。何か別の理由が在る筈です』

圧縮念話を交しつつ、外殻上に腰を下ろしていたセインが立ち上がる。
加速した意識の中、その動きは酷くゆっくりと感じられるが、体感時間に関する制御を少し弄るだけで違和感は消えた。
そうして、特に新たな念話を交すでもなく次の言葉を待っていると、簡単な柔軟体操を終えたセインが首を捻りつつ支局艦艇を指す。

『如何でも良いけど、早く行かない? 奴らより先にバイドの中枢を抑えなきゃならないんでしょ。今から行ってもキツイと思うけど』

言葉を紡ぎ終えるなり、彼女は外殻を蹴って宙へと躍り出た。
飛翔魔法には不慣れと聞いていたが、泳ぐ様にして飛ぶ彼女の姿は中々に様になっている。
加速し支局艦艇へと向かう彼女の背を見送り、キャロは傍らのエリオへと視線を移した。
彼は宙を見上げたまま、その場を離れようとはしない。
エリオは、キャロが動くのを待っているのだ。
そんな彼の様子を横目に眺め、微かに息を吐くと、彼女もまた外殻を蹴って宙へと浮かび上がる。

『ライトニング02、これより第2支局に・・・』
『総員、耐衝撃態勢!』

その、直後。
ティアナからの警告と同時、視界が白く染まった。
衝撃が来ると理解したのも束の間の事、何ひとつとして対策を実行に移せない儘、全身を襲った破壊的な力の壁に思考を粉砕される。
麻痺する聴覚、背面に衝撃。
エリオが自身を受け止めてくれたのだと、すぐに理解する。
全身を外殻へと打ち付け意識を失う事態こそ避けられたものの、閃光により視覚を、轟音により聴覚を奪われたキャロ。
だが、彼女はそれらの障害を無視し、念話の傍受に意識を傾ける。
その傍ら、エリオより発せられる圧縮念話。

『今のは何だ! 艦艇、詳細を!』
『第1支局より総員、先程の閃光は砲撃だ! 波動粒子による砲撃、第12層を貫通し天体中枢部へ!』
『何処だ、視覚が麻痺して何も見えない!』
『総員、本艦からの映像を転送する。目標までの距離、約20000・・・警告! 第12層崩壊地点よりR戦闘機の複数侵入を確認!』

未だ回復しない自身の視界内ではなく、意識中へと直接展開される並列視界。
其処には第12層、先程の砲撃により破壊された地点から空洞内へと侵入する、複数のR戦闘機が写り込んでいた。
見覚えの無い外観、機体上部および後部へと突き出した柱状構造物、下部へと延びる2基のスラスターユニットらしき部位。

『目標補足。「R-9B STRIDER」全領域巡航型試作戦略爆撃機。T&Bエアロスペース製、試作型純粋水爆弾頭搭載宙間巡航弾「XACM-508 BalmungⅡ」による戦略級核攻撃能力を保有』

戦略爆撃機。
その機種に対し思う処が在るのか、エリオが不審を覚えている事を感じ取るキャロ。
そうして、彼が許可する範囲での意識共有を深化させると、すぐに疑念の内容が判明した。
何故、爆撃機が人工天体中枢部への侵入を試みるのか。
より突入に適した機種など幾らでも在るだろうに、宙間巡航弾による超長距離攻撃に特化した爆撃機を天体内部への突入戦力に選んだ理由とは何か。
内部に存在するであろう汚染艦隊を攻撃する為か、或いは別の目的が在るのか。
エリオは、それらの点を訝しんでいるのだ。
そして更に、新たな疑念が圧縮念話を介して共有される。

『試作型というのは本当? 正確な情報なのかしら』
『はい。R-9Bは超長距離単独巡航を目的として試作された機体であり、極少数が試験的に前線へと配備された記録こそ存在しますが、大量生産されたという記録は在りません』
『それも疑問ではあるけれど・・・クラナガンの戦闘に於いて、類似機体が確認されているの。確保したパイロット達の証言から、機体名も判明しているわ』
『何だ?』
『「R-9B3 SLEIPNIR」よ』

念話を交す間にもR-9Bの一団は加速し、瞬く間に天体中枢部を目掛け飛び去った。
その全貌が意識内より消えて失せた事を確認し、並列視界を閉ざす。
念話では、更に問い掛けが続いていた。

『そのR-9B3とやらの情報は「Λ」が有する記録には残されていないのか』
『確認済みです。全領域巡航型戦略爆撃機開発計画は既に、完成形であるR-9B3の戦線配置を以って完了しています』
『試作機には、量産型で除外された特殊な機能でも在るのか』
『該当する記録なし。R-9B3はR-9Bの正式な上位互換機であり、量産型が試作型に劣る点など何1つとして在りません』
『なら何故、そんなガラクタを突入させたんだ。地球への攻撃といい、第17艦隊は気でも触れたのか?』
『そうとは限らない』

割り込む念話、聞き覚えのあるそれ。
キャロ個人としては決して好ましい訳ではないが、現状に於いてある程度は有用であると判断できる人物。
狂気に侵され、狂気を是とした科学者、ジェイル・スカリエッティ。

『あの部隊が第17艦隊所属であると証明する情報は無い』
『つまり?』
『あれが例の「増援」という可能性も在る、そういう事だな』

スカリエッティの発言に対する応答に、それを認識したキャロの意識中へとノイズが奔る。
焦燥を示すそのノイズは、瞬間というにも満たない極めて僅かな時間ではあるが、確かに彼女の意識を埋め尽くした。
更に加速される思考、密度を増す念話。

『・・・地球軍空母の位置は把握できたのか?』
『いいえ、未だ捕捉できず』
『第17艦隊は既に真実を知っているんだから、増援と接触したところで同士打ちが始まるだけじゃないの?』
『決め付けるのは早計だわ。バイドの殲滅まで行動を共にして、その後に排除へ移行する事も・・・』
『全勢力の殲滅を担う増援艦隊の戦力が、第17艦隊のそれに劣るとは考え難い。そして、第17艦隊が戦力の5割を失っている現状を考えれば、彼等が増援艦隊との共闘を選択する可能性は低いでしょう』
『できるだけ多数の勢力とぶつけて疲弊させ、其処を一気に叩くという事か』
『いえ、他勢力を撹乱に用いて、艦隊の被害を抑えるといった方が正しい。増援艦隊の戦力に対抗し得る勢力は、現状では第17艦隊を除けば2つです』

増援部隊に抗し得る勢力。
その言葉の指す処は、正確に理解できる。
だが、それは決して愉快な内容ではない。
意識中に奔る不満を示すノイズを無視し、キャロは念話を発する。

『私達とバイド・・・いえ、「Λ」とバイドですか。第17艦隊は、既に「Λ」の存在を知り得ているのですか?』
『気付いていると考えた方が妥当だね。送り付けた情報からそれ位は察しているだろうし、何よりメテオールに「Λ」そのものを捕捉されているしね』
『それも計算の内でしょ? 「Λ」が増援艦隊に抗し得る存在であると、連中に売り込んだって訳だ。中々にやり手だね、ノーヴェ』
『アタシ達が発生させた艦隊との交戦を通じて、共闘はできずとも利用はできると判断しただろう。その証明に、一時的にとはいえニヴルヘイム級を行動不能にしてやったんだからな。こっちは奴等の戦略に乗じて、増援艦隊を根こそぎ潰すだけだ』
『バイドは? まさか、放っておくの?』

セインの問い掛け同様、キャロもまた疑問を抱いていた。
第17艦隊がバイドと増援艦隊の相打ちを狙っているというのなら、バイド中枢の制圧作戦はどうなるのか。
仮に、いずれかの勢力により、バイドが制圧されたとしよう。
状況は第17艦隊と増援艦隊による全力戦闘、それに巻き込まれ崩壊する次元世界という、最悪の局面を迎える事となる。
如何に「Λ」という切り札が在るとはいえ、次元消去弾頭を起爆されてしまえば其処で終わりだ。
異層次元航行能力を有しない次元世界の各勢力は文字通り消滅し、後は何処とも知れぬ空間にて無数の次元を巻き込んでの、地球軍同士による殲滅戦が繰り広げられる事だろう。

では、セインの言葉にも在る通り、バイドを放置した場合はどうか。
何らかの要因により中枢の制圧に失敗し、バイドに充分な時間を与えてしまったならば。
「R-99 LAST DANCER」の制御中枢を完全に掌握したバイドは、全能たる「群」としての存在を維持しつつ、同時に比類し得るもの無き絶対的な「個」としての存在へと変貌を遂げる事となる。
そうなれば最早、バイドに抗い得るものなど存在しない。
R-99を中枢とする模倣されたRの系譜、或いは「TEAM R-TYPE」により生み出された数々の技術を用いて創造される新種のバイド群が、あらゆる次元を埋め尽くす事だろう。
バイド中枢は絶対的存在たるR-99をハードウェアとして獲得する事で無敵の「個」となり、中枢である機体そのものを狙った処でそれを撃破し得る可能性は余りにも低い。
あらゆる存在を自身と同等の次元にまで引き摺り下ろし、同一次元の内に存在し得る最大にして最強、最上にして最悪の暴力で以って殲滅する、具現化した悪意と攻撃的概念の結晶。
認識すら出来ぬ塵芥に等しい存在も、人智を超えた神にも等しい存在も、平等に自身と同一の次元へと固定してしまう、悪魔の機体。
そうして真正面から、対象の全てを否定し、破壊し、蹂躙し、消去する。
そんな存在に、どう抗えというのか。

『このままじゃ増援に殺されるし、バイドがR-99のシステムを掌握すればそっちに殺される。一体、どっちがマシなのさ』
『進むも地獄、退くも地獄か。個人的には、地球軍を相手取る方がまだマシに思えるが、どうなんだ?』

とても難しい問題だ。
どちらを選んでも、その後には高確率で破滅が待つ。
だが、それは次元世界に限っての話ではない。

『だから、奴等の尻を叩いてやるんだ。第17艦隊の尻を』
『・・・説明してくれ』
『このままバイドを始末しちまったら、奴等は増援艦隊に嬲り殺しにされちまう。だからR-99の破壊を可能な限り遅らせて、バイドが別のハードウェアに逃げる為の時間を稼ぐ心算だろう。要は増援艦隊の攻撃から、ある程度バイドを護ってやるのさ』
『皮肉な話だ』
『他に手は無い。ハードがR-99でなければ始末できる可能性も在るし、何よりバイドの抵抗はより激しくなるだろうから、増援艦隊に対して相当な出血を強いる事が出来るだろう』
『我々はR-99に替わるハードを攻撃しつつ、天体外部では増援艦隊に攻撃を仕掛ける、という事で良いのか?』
『外部の事は混成艦隊が頑張ってくれているし「Λ」の支援も在るから任せても大丈夫だろう。アタシ達は此処で、徹底的に戦場を引っ掻き回すだけだ』
『具体的には?』
『R-99を破壊した後、増援艦隊所属戦力の攻撃からバイドを護る。状況をバイドと第17艦隊の優位に整えてやって、増援艦隊と真っ向からぶつからせるんだ。そして、増援艦隊が有する次元消去弾頭の破壊を確認した後にバイドを叩き、続いて疲弊した第17艦隊を始末する』
『・・・単純明快だけど、随分とハードだね』

無茶苦茶な話だとは思いつつも、他に手は無いと自身を納得させる他なかった。
バイドによるR-99の制御中枢掌握を妨害しつつ、増援艦隊の攻撃からバイドを護りつつ三者を疲弊させ、最終的に第17艦隊を含む全ての敵対勢力を排除する。
事が上手く運ぶとは、到底思えない。
だが、やるしかないのだ。

『異層次元航行能力を有するバイドが1体でも残っていれば、次元消去弾頭を起爆しても意味は無い。増援艦隊にせよ第17艦隊にせよ、バイドを殲滅しない限り状況の進展は望めない』
『だからバイドを護りつつ地球軍を疲弊させよう、って訳ね。叩く順番を間違えたら、その時点でお終いじゃない』
『そうならない様に、可能な限り速やかに天体中枢へと向かおう。さっきのR-9Bはメテオールや他の第17艦隊所属機に始末されるだろうけれど、不測の事態も在り得る』
『空間情報の再解析が完了しました。変異した本局艦艇からの干渉は続いていますが、短距離ならば艦隊を転移させることも可能です。状況を確認しつつ数回に分けて転移し、一気に中枢へと突入します』

ティアナからの念話が届くや否や、周囲の空間を埋め尽くすフォース、その全てが一斉に青白い光を放ち始める。
フォースを触媒とする魔力増幅だ。
本局艦艇からの干渉を無効化しつつ、更に連続で短距離転移を実行する為には、想像を絶するまでに大量の魔力を要する。
必要量の魔力を短時間の内に確保する為、フォースが有する魔力増幅機構を利用しているのだ。
フォースの周囲へと集束した青白い光の粒子は徐々に拡散し、周囲の艦艇から機動兵器、魔導師にまで纏わり付いてゆく。
この分ならば、転移実行まで2分といったところか。

『支局まで行く必要は無いかな。何人かで集まって、周囲警戒をしておこう。転移直後に交戦状態へ突入する事も在り得る』

ストラーダを右腕へと携え、再生した左腕の調子を確かめるかの様に、掌部を握っては開く動作を繰り返すエリオ。
その様を横目に、キャロは自身のデバイス、ケリュケイオンの自己診断プログラムを起動する。
診断は数瞬の内に完了、異常なし。
そして、移動を促すエリオの念話に対し無言のまま頷く事で答え、キャロは移動を開始すべく飛翔魔法を発動させる。

『フリードを此処に呼ぶ。ヴォルテールは艦隊側に・・・』
『総員、警戒。第2空洞に於いて空間情報の不一致を観測。当該個所の調査を開始』

ノーヴェからの警告。
「Λ」により展開される並列視界、第2空洞内部の映像。
新たに発生した「四十四型」戦闘機より転送された光学情報だ。

『悠長だな。フォースなり何なり、目標座標に発生させれば済むんじゃないのか』
『目標周辺空間への干渉ができない。空間歪曲って訳ではないみたいだが・・・』
『ノーヴェ?』


途切れる念話、訝しげにノーヴェの名を呼ぶセイン。
同時に、並列視界へと映り込む、青い光。
揺らぐ視界、拡大表示される発光源。
其処に、それは居た。

『・・・嗚呼、畜生!』



集束する波動粒子の光の中、全長15mにも達する砲身を構えた人型機動兵器。



『構えろ!』

瞬間、視界の全てが白光に埋め尽くされる。
全身を襲う衝撃、意識を蝕む異音。
それらが2秒にも満たぬ内に消え去った後、視覚を回復したキャロは周囲を見回す。
特に変化が在る様には見受けられない。
だが何が起きたのかについては、正確に理解していた。
短距離転移を強制実行し、敵の砲撃を回避したのだ。

『くそ、今のは危なかった!』
『短距離転移を強制実行した。大した距離じゃないが、奴の砲撃を躱すには充分だったか』
『砲撃? やっぱり砲撃を受けたのか、アタシ達は?』
『馬鹿を言うんじゃない、奴が居るのは第2空洞だぞ! 此処まで砲撃が届くとでも・・・』
『いえ、その通りです。敵性機動兵器による砲撃、第3層から第12層までを貫通。第12層構造物破壊痕の直径、約8300m』

絶句するキャロ。
彼女だけではない、無数の意識が信じ難い報告に、紡ぐべき言葉すら見付けられずに凍り付いている。
ティアナより齎された情報は、それ程までに信じ難いものであった。
人工天体各階層構造の厚さは400km前後、階層間に存在する空洞の幅は700km前後。
即ち、あの人型機動兵器が放った砲撃は単純計算で4800kmもの厚さの特殊構造物を撃ち抜き、計12500kmもの距離をほぼ減衰なく貫いて艦隊を襲った事になる。
余りにも常軌を逸した貫徹力だ。

『第12層、上層部と下層部に於いて、砲撃貫通痕の直径が一致しません。目標の砲撃は、指定の距離で炸裂する機能を備えていると推測されます』
『目標、再砲撃体制! また転移して躱すぞ、備えろ!』

並列視界の中、砲撃態勢を維持した儘の人型機動兵器。
ダークブルーに覆われた外装の所々に白いラインを引かれたその巨躯は、これまでに目にした如何なる人型機動兵器とも異なり、余りにも重厚かつ無骨だった。
全身を覆う分厚い装甲、背面と両脚部外縁に備え付けられた4基の巨大なブースターユニット、計8基もの大型ブースターノズル。
放熱機構であろうか、頭部後方からは直上へと垂直に構造物が突き出し、その前面にはフィルターらしき構造物が位置している。
そして何より目を引く箇所は、外観より確認できるだけで計3基にも達する、その巨大な砲身だ。

1基目、左肩部に供えられた大型装甲板上へと位置する、比較的に短い砲身。
現在は機動兵器の直上へと砲口を向けるそれは、装甲板と接する基部が可動式となっているらしい。
外観としては迫撃砲、或いは無反動砲に近いそれは、しかし当然の事ながら単なる実弾兵器ではないだろう。

2基目、背部ブースターユニットの陰へと隠れる様にして固定された、長大な砲身。
宛ら対物狙撃銃の如き外観のそれは砲口を機体左側面、砲身基部を右側面へと向けた状態で腰部背面へと固定されているのだが、優に10mを超える全長の為に砲身が機体の陰から完全に迫り出している。
基部周辺にグリップが設けられている事から、恐らくはマニピュレーターへと保持した上で砲撃を行うものなのだろう。

3基目、今まさに砲撃を実行せんとしているそれ、巨大という表現ですら及ばぬ異形の砲身。
機体右背面から右肩部へと掛けて伸長するそれは全長15mを優に超え、砲身基部に至っては其処だけで機動兵器の胴部ユニットを上回る質量を有しているだろう。
それもその筈、砲身最後部には砲撃時の反動に対処する為か、機動兵器自体から完全に独立した2基の巨大なブースターノズルが備えられており、ブースター起動時の放熱から機体を護る為か追加装甲板までもが設えられているのだ。
砲身全体の質量は、機動兵器の機体と他の砲身、それら全てを合わせたものにすら匹敵し得るだろう。
機体に砲身が備えられていると云うよりは、この砲身の為に機体が備えられていると云った方が適切であろうか。
馬鹿馬鹿しい発想であると一蹴したい処ではあるが、残念ながら地球軍兵器に限っては思い違い等ではあるまい。

そして今、人型機動兵器の右腕部マニピュレーターは右肩部の砲身下部に位置するグリップへと携えられ、その砲口を第3層構造物へと突き付けている。
砲身基部、六角柱状の外殻から3箇所の装甲が開放され、各々が120度の間隔を於いてシールド状に前面へと展開。
砲身最後部の2基を含む計10基ものブースターノズルがアイドリングを開始し、砲身基部3箇所の装甲開放部へと大量の波動粒子が雪崩れ込む様にして集束を始める。
集束し切れなかった波動粒子が干渉しているのか、周囲には青い稲妻状のエネルギーが間断なく迸り、一部は集束体と化して機動兵器の装甲上へと接触、炸裂して大量の火花を散らしていた。
自身が集束する波動粒子によって表層部を損傷しながら、それに対し一切の注意を傾ける事なく、更に波動粒子の集束を加速させる機動兵器。
最早、周囲の空間は極高密度の波動粒子によって完全に安定を失い、機動兵器の光学的認識すら困難なまでに歪み始めていた。
そんな中、一際強烈な閃光が走ると同時、消失する並列視界。

『何だ?』
『極高密度波動粒子の余波により、四十四型が破壊されました』
『集束の余波だけで!?』
『転移15秒前、耐衝撃態勢!』

再び、フォースより拡散した青白い光の粒子が、周囲の全てへと纏わり付く
短距離転移による回避だ。
この程度の時間では大して魔力の増幅はできず、砲撃から逃れる為の距離を移動するだけで精一杯だろう。
だが、他に打てる手など無い。
無様に逃げ回り、反撃の隙を窺う他ないのだ。

『5秒前!』
『遠距離より機動兵器の発光強度上昇を観測、砲撃間近!』
『急げ!』

新たに目標へと接近した四十四型から、再度に人型機動兵器の映像が送信される。
そうして意識中へと映し出された光景は、想像を遥かに超えて異常なものであった。
機動兵器が、青い爆発に曝されている。
外部からの攻撃ではない。
極高密度にまで集束された波動粒子、それにより発生していた稲妻が、青の業火と爆発へと変貌しているのだ。
だが、それでも機動兵器は微動だにしない。
この瞬間にも自身を害し続けている全ての現象を無視し、未だ波動粒子の集束を継続している。
余りにも異常な行動、理解の及ばぬ光景だ。

破滅的な波動粒子の奔流が此方を飲み込むか、或いはそれを掻い潜った此方が目的を達成するか。
連続する異常な状況に麻痺し始めた自身の完成を認識しつつも、状況打開の為の策を練り始めるキャロ。
彼女の意識、そして共有される全ての意識中に、迷いなど微塵も存在しない。

機動兵器を撃破し、R-99を破壊し、バイドと地球軍を殲滅する。
どう足掻こうと、それしか道は無い。
失敗すれば、死ぬだけだ。
今更、何を迷う事が在るのか。
自身等の往く手に立ち塞がると云うのならば、実力で以って排除するまでだ。
私の、私達の生存を脅かすものなど、その存在すら許しはしない。

『そうでしょ、エリオ君』

他の視界より隔てられた上で、これまで一瞬たりとも途切れずに常時展開されていた並列視界。
その中へと、決して途絶える事なく表示され続けていた少年の横顔が、微かに頷く。
キャロは満足と共に薄く笑みを浮かべ、フリード及びヴォルテールへと指示を飛ばした。


大切な人。
もう絶対に、目を離さないと決めた。
少しでも注意を逸らせば、すぐに居なくなってしまう人だから。
ならばずっと、何時でも、何時までも、それこそ自身が死ぬ瞬間まで。
絶対に、目を離さない。
何時までも、見守っていてあげる。
幾ら距離が離れようと、離れる事を選んだとしても、絶対に見失ったりはしない。
だから。



『居なくなっちゃ嫌だよ、エリオ君』



薄く微笑むキャロ。
彼女は気付かない。
微笑んでいる筈の自身の表情が、実際には全くの無表情である事に。
表層意識を共有する中、無表情である筈のそれをエリオが何の疑問に思う事もなく、笑顔として認識している事に。
迷い無く戦う事を選んだ無数の意識の中、故郷を襲った惨劇に泣き叫ぶ声が在る事に。
「微笑んでいるつもり」のキャロは、決して気付かない。

全ての視界を埋め尽くし爆発する、転移魔法と波動粒子の光。
全身を襲う衝撃の中、キャロは無表情の儘に「微笑む」。
表情筋を収縮させ、笑みを浮かべんとする彼女。
その行為に何ら意味が無い事を、彼女は未だ理解してはいなかった。

*  *


常軌を逸した暴虐。
良心など欠片も感じられない破壊。
呆ける事さえ許されぬ内に為された殺戮。
臓腑を抉るかの様な激情に支配される中、自身の内に響く醒め切った声が告げる。

下らない事に気を取られている場合か。
戦略を生み出せ、敵を撃滅しろ、故郷を護れ。
お前には使命が在る、義務が在る、護るべき人々が居る。
自身に関係の無い世界、そんな所に対して為された暴挙など忘れてしまえ。

激情と理性の鬩ぎ合いは、長くは続かなかった。
自艦を含め各艦艇のクルーと共有された意識の中、洪水の様に押し寄せる情報。
各々の立場、役割より導き出される、無数の戦略。
其処へ「Λ」による情報と新たな戦略の提供が加わり、一時は思考が氾濫する事態に陥りもした程だ。

だがそれにより、自身の内に渦巻く激情の大部分は、強制的に払拭された。
今は唯、新たな戦略の完成を待つ高揚感に支配されんとする思考を、未だ燻り続ける憤怒の残り火で押し込めている状態だ。
不謹慎である、非人道的であると認識しつつも、その瞬間を待ち遠しく思ってしまうのだ。

「Λ」により発生する艦艇群、その制御権の一部が此方に付与されたと理解した瞬間、この戦略は発動した。
各艦艇指揮官ではなく、技術者を中心に発案されたそれは、艦長である自身としては俄かには受け入れ難いもの。
というよりも、理解し難いものであった。
技術者達の主張は、こうだ。

「Λ」により発生した艦艇「兆級巡航艦」及び「京級戦艦」が有する打撃力は、確かに驚異的ではある。
だがそれでも、地球軍およびバイドの艦艇、そして友軍である「グリーン・インフェルノ」のそれには及ばない。
ならば単艦ではなく、複数艦艇の機関を結合させる事で出力を増大させ、その上で攻撃を行えばどうか。
各艦艇の構造については、既に「Λ」より詳細な情報提供が為されている為、問題は無い。
後は情報通信艦艇を中枢として共有意識中にて改修計画を構築し、それに基き新型艦艇を発生させる。


要は、戦域に於いて新造艦を建造してしまおうというのだ。
戦略とも呼べぬ余りに現実離れした計画に、当初は反対の意見が相次いだ。
だが、無尽蔵に出現する汚染艦隊を相手取る中で、現状に於ける最大戦力であるグリーン・インフェルノの対処能力に限界が見え始めた今、新たな戦力の確保は必須要項であった。
そして、ごく短時間での議論の結果、計画は実行に移される事となったのだ。

現金なものだとは思う。
あれだけ反対し、実現不可能だと決め付けていたというのに、その計画の結果が眼前へと具現化した今、自身は湧き起こる興奮を抑え切れずにいる。
3隻の新造艦、内1隻の指揮を任されたというだけで、意識中の何処かで子供の様に喜ぶ自身が居る。
だが、本当にそれだけだろうか。

違う、そんな訳は無い。
この興奮は、そんな純粋な理由から湧き起こるものではない。
もっと昏く、陰惨な理由から起こる興奮。
そう、復讐の興奮だ。

彼等は、地球軍は、あの世界の人々を虐殺した。
今回の事件が起こる直前まで、自身と家族もまた、其処に住んでいたのだ。
善良なる人々、美しい風景。
優しい潮風に包まれ、穏やかな時間が流れていた、あの町。
最早、永遠に失われてしまった、記憶の中だけに存在する光景。

その世界の全ての地域がそうであった訳ではないが、しかし決して忘れる事などできない大切な世界。
今や炎と水に覆われた大地、大量の粉塵に覆われた空しか持たぬ、死の惑星。
第97管理外世界、地球。

第17異層次元航行艦隊、彼等が何故この様な暴挙を働いたのかは、全くの不明だ。
だが如何なる理由によるものであろうとも、自身の故郷たる世界を自らの手で以って破壊するなど、正気の沙汰ではない。
何より、約60億もの人々を僅か5分足らずの間に虐殺するという、バイドにも劣らぬ程の暴虐極まる行為を為しながら、彼等の行動からは僅かなりとも躊躇というものが見て取れなかった。
彼等の思考が非人間的である事は疾うに理解していた筈であるが、それでも激しい憤りを覚えずにはいられない。

しかし「Λ」より齎された情報の存在が、第17艦隊への積極的な攻撃を許しはしない。
今、彼等に消えて貰っては困るのだ。
そうなれば、次元世界は地球軍増援艦隊かバイド、いずれかの手によって滅ぼされる事となってしまう。
よって、第17艦隊への攻撃を可能とするには、増援艦隊とバイド双方の殲滅を先に実現させねばならない。
つまり、今この胸中を埋め尽くす攻撃衝動と報復を望む意識は、本来それを向けられるべき第17艦隊ではなく、現状では増援艦隊とバイドへと向けられているのだ。
八つ当たり以外の何物でもないが、しかし積極的に止める気も無い。
どの道、全て殲滅する他ないのだ。

そして、何よりも受け入れ難い真実。
他ならぬ「Λ」もまた、第17艦隊に先んじて地球への無差別攻撃を行っているのだ。
地球軍からの干渉により失敗したとはいえ、成功していればその時点で地球は消滅していた事だろう。
そんな無慈悲かつ非人道的な存在の支援を受けねば戦う事も出来ぬ、その現実が何よりも気に食わないのだ。

『艦長、新造艦の調整が完了しました』

クルーからの報告。
その言葉を意識中にて反芻しつつ、彼は並列思考を増設する。
既に80を超えるそれら思考の内、半数以上が新造艦の制御に充てられているが、完璧な制御を為すには更なる増設が必要となる様だ。
だが、彼はそれを負担とは認識しない。
寧ろ、自身が艦艇全体の制御中枢として完成してゆく充足感を、逸る復讐心と諸共に抑え込む事に腐心していた。
焦る事はない、その時は近いのだと、意識中にて只管に自身へと言い聞かせる。

そして遂に、その瞬間が訪れた。
新造艦のシステム全体が正常に稼働を開始し、それらより齎される情報が彼の意識の隅々まで奔り抜ける。
衝撃にも似た感覚と共にそれを感じ取り、彼は徐に念話を発した。

『此方クラウディア、ハラオウン。経過良好、全システム異常なし』

その念話を発すると共に、意識の大部分を新造艦へと移行するクロノ。
合計570にも到る彼の並列視点は、自身が操る艦艇の外観を余す処なく映し出した。
そうして得られた光学的情報は1つの像を結び、巨大な艦影を意識中へと正確に投影する。

それは、奇妙な外観の艦艇だった。
兆級巡航艦の艦首より延びる、巨大な環状構造物の連続体。
5基の環状構造物が連続して直線上に配置され、其々を接続する固定部によって巨大な円筒構造物を形成している。
円筒部の全長は、兆級巡航艦のそれとほぼ同等だ。
更にその先端部は、京級戦艦の後部へと接続されている。
左右両舷エンジンユニットの間へと接続されたそれは、京級戦艦後部と兆級巡航艦前部とを繋ぐ連結ユニットであった。
ユニット内部には青い光の筋が奔り、それらは絶えず兆級巡航艦から京級戦艦へと流れ続けている。

戦艦と巡航艦を繋いだ、奇妙な巨大艦艇。
だがそれは、恐るべき破壊を為す事を目的として生み出された、混成艦隊の切り札。
そして今、その艦艇は他ならぬクロノの指揮下に於いて、実戦へと投入される事となるのだ。
暴力的なまでに高まる艦内の魔力密度、獲物を求め執拗な策敵を開始する各種センサー群。
餓えた肉食獣の如く唸りを上げる魔力炉心、その咆哮を意識中へと留めつつ、クロノは宣言する。



『現時刻を以って「EX-BS01-F 兆京級合体戦艦」実戦運用を開始する』



空間全域に存在する全ての艦艇、あらゆる機関が一斉に唸りを上げる。
それは反撃と迎撃の狼煙、獲物を求める機械の獣達の咆哮。
そして、新たなる地獄の始まりを告げる、亡者達の雄叫びであった。

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最終更新:2016年01月22日 13:29