閃光と衝撃。
光子弾の奔流が眼前の壁面を掻き消すと同時、スラスター出力を最大へと叩き込む。
砲撃後の僅かな粉塵は晴れずとも、各種センサーがその向こうに位置する構造物の消滅を告げていた。
光子弾単発のサイズは親指程度、掃射時間は僅か1秒足らずだが、1度の砲撃によって放たれる総弾数は20万を優に超える。
波動粒子に対する抵抗性を獲得したバイド汚染体でもない限り、雪崩を打って迫り来る光子弾の壁を前にして存在を保つ事など不可能だ。

行く手を遮る物が何ひとつ存在しない事を確信し、壁面に穿たれた巨大な穴に向かって加速。
そして突入と同時、リフレクト・モードへと移行した光学兵器の閃光が空間を埋め尽くす。
機体周囲の全方位から爆発と生命反応の消失に際しての各種エネルギーが無数に検出され、それらの情報がインターフェースを通じて意識内へと流れ込んだ。
更にシステムをサーチ・LRG・モードへと移行、誘導性を有するレーザーを5秒間に亘って掃射。
逃走を図ったか、遠ざかり始めた反応源を殲滅する。
直後、システムを再度リフレクト・モードへ移行、反射制御ナノマシンの増殖・供給を停止した上で掃射開始。
選択式対物反射機能を失ったレーザーの嵐は、既に破壊されつくした周囲の構造物を更に微塵と化し、漂う粉塵すらも巻き込んで全てを消滅させた。
後に残るは半径600mにも及ぶ、巨大な球状の空間のみ。

数ある空間制圧型光学兵器の中でも群を抜く高性能にして、前線の部隊からは「凶悪」とすら評される、R-9Leoシリーズのマルチプル・レーザー・システム。
地球文明圏が有する全光学技術を、文字通り全て注ぎ込んで開発された光学兵器運用特化型フォースは、同一プロジェクトに於いて開発された「サイ・ビット」との連携によって破壊的な制圧力を発揮する。
大型装甲目標すら数秒の連続照射によって破壊可能な極高出力レーザー、更に高密度レーザー弾体をフォース及びサイ・ビットより放つクロス・モード。
ナノマシンによる超高速演算とレーザー触媒機能により、照射後のレーザー自体が選択的に対物反射機能を発動させるリフレクト・モード。
同じくナノマシン制御により、偏向誘導性を持たせたレーザーを掃射するサーチ・LRG・モード。

専用ビットであるサイ・ビットは基本的にフォースと同一のレーザーかサブ・レーザーを照射する為、その通常掃射は瞬間火力こそ特化型波動砲には劣るものの、総合火力では標準型波動砲のそれを凌駕すらしている。
更にサイ・ビット本体もまた攻撃能力を有し、波動粒子の充填後には近接防衛火器としての機能を発現。
その強大な打撃力は迎撃のみならず、機体を中心とした2000m以内の敵性体に対する積極的攻撃能力すら有している。
友軍以外の全てに襲い掛かり、波動粒子を纏っての突撃を以って喰らい尽くすのだ。
その攻撃行動は充填された波動粒子が尽きるまで停止する事はなく、単一の敵性体排除後には次々に目標をシフトしながら特殊戦闘機動を継続する。
フォース及びビットシステムの攻撃性特化と引き換えに波動砲の出力こそ低下したものの、その驚異的な空間制圧力は他のR戦闘機、及びあらゆる機動兵器の追随を許さない。
スペックだけに注目するならば、正に究極にして理想のR戦闘機。

しかしシリーズ初代となるLEOの実戦配備後、前線から上がったのは痛烈な批判の声だった。
構想段階からして余りにも攻撃に傾倒し過ぎたシステムは、Leoシリーズと他機種の同一戦域への同時投入をほぼ不可能にしてしまったのだ。
その最大の要因となったのは、リフレクト・モードの無差別性にあった。
Leoシリーズ最大規模の攻撃手段であるこのレーザーは敵性体のみならず、時に友軍機すら巻き込んでの過剰破壊を引き起こす。
IFFによるナノマシンを通じての反射角制御機能はあるのだが、友軍機による想定外の機動を始めとした各種現象の全てを反射・着弾までに演算処理するとなると、その総情報量はナノマシン群の処理能力を僅かに超えていた。
更にR戦闘機が度々投入される半閉鎖空間に於ける戦闘では、レーザーの空間密度が飛躍的に増加する為、必然的にナノマシンの負担は増加、友軍機への誤射が相次ぐ事態となる。
無論、被害以上の戦果は得られたのだが、運用する艦隊側としてはパイロットに単独行動を強いる結果となってしまったのだ。

以降のLeoシリーズは単機による殲滅作戦にのみ用いられる事となったが、それを受けた開発陣が自身等の技術を処理速度の向上へと振り分ける事は終ぞなかった。
如何なる理由か、彼等は機体運用に於ける汎用性向上には僅かな関心も示さず、新たに開発されたナノマシンの有り余るキャパシティを只管にレーザー出力の増大へと注ぎ込んだ。
結果、Leoシリーズの実態は当初の機体構想から大きく外れ、単独運用を基本とした戦術級殲滅兵器へと変貌を遂げる。
こうして実戦配備へと至った後継機「R-9Leo2」は、LEO以上に扱い難い機体となってしまった。
問題となっていたリフレクト・モードの総合火力が更に増大してしまった為、僚機の随伴はおろか施設奪回目的での運用すら不可能となってしまったのだ。

だが、ある程度の運用期間を経て、例外的に僚機を随伴させるケースも現れ始めた。
半閉鎖空間戦闘に於ける戦闘経験を豊富に有し、尚且つ限定条件下に於いて威力を発揮する波動砲を有した機体を補助に付ける事で、物量と耐久性を恃みに襲い来るバイド体を容易に殲滅する事が可能となる為だ。
今作戦に於いても、LEOⅡを運用する彼に対し僚機が与えられている。

「R-9DV2 NORTHERN LIGHTS」、コールサイン「ウラガーン」。
圧倒的密度を誇る光子弾幕により、群体型汚染体に対する大規模制圧射を行う機体。
操縦するのは4度に亘る大規模施設への突入・制圧の実績を持つ、第17異層次元航行艦隊に於いても古参に当たるパイロットだ。
R-9DV2が有する重装甲・大出力を活かしての一撃離脱を得意とする彼は、艦隊でも数少ないフォースの装備を必須としない人物でもある。
高機動にて敵性体群を攪乱・誘導した後に光子弾幕を叩き込み、再度攪乱へと移行しつつ充填を開始するその戦法は、対バイド戦線に於ける掃討戦を熟知したもの。
本作戦に於いてもその技能を遺憾なく発揮し、全方位より迫り来る汚染体群、及び侵食組織体を見事な戦闘機動で誘導した上で、光子弾の掃射により殲滅していた。
無論、管理局員に対しても同様である。
その上でこちらの攻撃時には安全圏まで脱し、収束と同時に攻撃を再開する機体運用は見事なものだ。
汚染拡大によりバイド係数検出機能を除く長距離センサーの殆どが沈黙し、同じく長距離通信すら断たれた現状ですらなお、ウラガーンとの相互支援行動は僅かな綻びも見せてはいない。

『反応消失、進路クリア』
『了解。HLRTへのアクセスハッチを確認、突入する』

物資輸送用大型リニアレール路線へと続く巨大なハッチが、レーザーにより抉り取られた空間の端、破壊され途切れた輸送路の奥から覗いている。
波動砲の充填を開始すると同時に機首を旋回させ、低集束砲撃によりハッチを破壊すると間髪入れずに機体をその先の空間へと滑り込ませた。
暗闇の中へと直線に連なって浮かび上がるは、光を失った無数のリニアレール路線警告灯。
至近距離に大型バイド体の反応は存在しないものの、彼は警戒を解く事なくレーザーをサーチ・LRGへと切り替える。

『バイド係数、最大値検出源まで約5700m。道中に障害物及び敵影は確認できない』
『了解、本機は後方に着く。エグゾゼ、前進せよ』

サーチ・LRGを2秒照射、サイ・ビットへと波動粒子を充填しつつ加速。
レーザーは屈折する事なく直進、暗闇の奥で爆発が起こる。
待ち伏せはない。
ザイオング慣性制御システム及びスラスターを低出力駆動、5700mの距離を一瞬にして移動した後に右旋回、目前の壁面へとビットを撃ち込んだ。
波動粒子を纏った2基のビットは一瞬にして壁面を打ち砕き、それでも足りぬとばかりにその奥へと飛び込み構造物を抉ってゆく。
破壊音と震動が機体を揺らす中、機体側面へと滑り込んだウラガーンが充填済みの波動砲を解き放った。
閃光と共に放たれた光子弾幕は、通常砲撃時よりも弾体散布界を絞られている。
サイ・ビットにより穿たれた壁面の穴、その更に奥へと突き立った20万の弾体は射線上の全てを呑み込み破壊し、数瞬後には円錐状に拡がる巨大な通路を形成していた。
崩落と粉塵が視界を覆い尽くしているものの、近距離センサー群が健常である以上、進攻には何ら問題はない。

『エグゾゼ、前進する』

そう告げるや否や、彼はリフレクトへと切り替えたレーザーを掃射しつつ加速する。
ナノマシン制御により機体へと直撃する軌道を除いて対物反射を繰り返すレーザー群は、一瞬にして空間を覆い尽くした。
反射毎に分裂を繰り返すメイン・レーザー、分裂機能こそ持たないものの同等の出力によって照射されるサブ・レーザー。
双方を照射するフォース、サブ・レーザーのみを高速連射するサイ・ビットによって、レーザー弾幕の密度は減衰を上回る速度で上昇してゆく。
数瞬後には愛機であるLEOⅡ「エグゾゼ」を除く空間の全てが青い閃光により埋め尽くされ、対物反射機能の枷より解き放たれる瞬間を待ち受けていた。
そして遂に、インターフェース越しに最後の障壁が浮かび上がる。
目標である高バイド係数検出源へと続く即席の侵攻路、その最後の障害となる構造物。
崩壊した階層の山が、数百mもの絶壁となってレーザーを反射している。

即座に彼は、前方の壁面に対する対物反射機能を解除。
万を超えるレーザー弾体の壁が一斉に牙を剥き、分厚い構造物の壁を瞬時に食い破る。
だが破壊はそれだけに留まらず、構造物の向こうに拡がる空間へと拡大した。
レーザー群は構造物を細分化して尚、集束を保ったまま空間そのものを粉砕したのだ。

光の暴風としか形容できない破壊が過ぎ去った後、センサー上へと出現したのは巨大なバイド生命体、そして無数の局員より発せられる生体反応だった。
前方ではレーザー群に呑み込まれたのか、数隻の次元航行艦の残骸と思しき破片が散乱し炎上している。
局員は空間全域へと散開しているが、レーザー群の通過痕である400m前後の範囲には不自然な空隙が生じていた。
周囲に存在する局員の位置から推察するに、幸運にも数十名の魔導師を巻き込んだらしい。
非戦闘員を含めれば、次元航行艦の残骸から推測して500名は下らないだろう。
レーザーに呑まれる事のなかった局員達は暫し呆然としていたが、程なくして状況を理解したのか、一様にデバイスを構え攻撃態勢を取った。

レーザーをリフレクトよりクロスへ移行、射軸を右側面80度に傾けた状態で照射を開始し、瞬時に左側面80度まで水平稼働。
同時に機体を左側面へと旋回させ照射範囲を更に高範囲へと拡大、レーザーの直撃と余波で以って周囲に滞空する魔導師を薙ぎ払う。
更にサイ・ビットより連続して放たれる高密度レーザー弾体が着弾と同時に高熱を撒き散らす力場を形成し、着弾地点を中心とする15m以内の構造物を真球状に抉り抜く。
直後、進行方向に対し機体右側面を向けたウラガーンが後方を突き抜け、移動を止めぬまま砲撃。
前方に存在する局員、そして次元航行艦の全てに対し光子弾幕を叩き付ける。

クロス・モードによる掃射からウラガーンの砲撃、一連の行動が収束するまで3秒足らず。
その間に、後方に位置する者を除く魔導師の大半と次元航行艦3隻がレーザーに、それを掻い潜った局員と11隻の次元航行艦が光子弾幕によって存在を消し去られていた。
抉られた構造物が凄絶な破壊痕を曝し、次元航行艦の残骸は炎を吹き上げ続けている。
危うく弾幕を凌いだ艦も其処彼処を穿たれ、少なくとも4隻が明らかな航行不能、2隻が機関部付近から炎を上げていた。
局員の姿に関しては、次元航行艦の陰より現れた無傷の20名ほど以外には確認できない。
負傷者の姿及び死体が確認できないのは、完全に消滅してしまった為だろう。

『前方、上層から下層へ貫通する崩落跡を確認。検出源と思われる』

局員生存者から魔導弾が撃ち掛けられるが、彼の注意は既に其処にはなかった。
狙うは唯1つ、上層より現れ下層へと落下していったであろう、大型バイド汚染体。
その正体は程なくして判明した。

『解析終了。「BFL-128『GOMANDER Ver.17.1』」幼生体及び「BFL-126『IN THROUGH Ver.32.9』」6体を確認、管理局部隊が交戦中』
『確認した。これより対A級バイド掃討戦へと移行する』

魔導弾を無視して前方へと加速、レーザーを切り替えサーチ・LRGを照射、同時に波動粒子の充填を開始。
絶え間なく放たれるレーザー群は、崩落地点の上で次々に屈折し垂直に下層へと降り注ぐ。
インターフェースを通じて伝わる、確かな空間の揺らぎと衝撃。
目標はその規模から幼生段階であると判別でき、未だ外皮が硬質化し切らぬ現状ならば構造的弱点を狙う必要はないと思われた。
寄生体との直接戦闘は避け、同一箇所への集中砲火のみで事足りる。
更に好都合な事に崩落跡を通じて強襲を掛ければ、直上からの攻撃は狙わずとも敵性体の構造的弱点へと直撃する筈だ。

崩落地点直上へと至るや、機首を直下へと旋回。
70m下方、粉塵と血煙の間から覗く砕けた水晶体へとクロス・レーザーを撃ち込み、更にサイ・ビットを射出する。
赤い軌跡を空間へと刻みつつ、レーザーは砕けた水晶体の中央を射抜き汚染体の体内へと突き立った。
汚染体の各所から爆発と見紛わんばかりの勢いで血液と肉片が吹き出し、更にサイ・ビットが体内へと突入した数瞬後、側面部位が内側より粉砕されて跡形もなく吹き飛ぶ。
直前まで醜悪な肉塊が存在していた空間を突き抜け機首を起こすと同時、敵性体に押し潰される様にしてツァンジェンが大破している事実が判明した。
パイロットのシグナルが消滅している事を確認すると、彼はそれ以上の注意は不要と判じ並列思考の大部分を目前の敵性体へと集中させる。

展開する無数の局員と、20隻以上の次元航行艦。
局員は一様に驚愕の面持ちでこちらを見つめ、一部は既にデバイスを構えて攻撃態勢を取っている。
周囲の状況から推測するにツァンジェンと汚染体の攻撃により、局員は既にかなりの被害を受けているらしい。
しかし次の瞬間、横殴りに襲い掛かった魔導弾幕により、局員の姿が掻き消える。
既に汚染体からの攻撃を予期していた彼は、フォースを盾に危なげなく弾幕を凌ぐと即座にサーチ・LRGの掃射を開始した。
レーザー群は魔導弾幕を正面から切り裂き直進、屈折して2体の汚染体、その長大な胴部へと殺到する。
球状の肉塊が次々に消し飛び、遂には汚染体の頭部までもが吹き飛ばされ消失。
重力制御による浮力を失った400mもの長躯が床面へと叩き付けられ、衝撃により血液が撒き散らされ豪雨の如く一帯へと降り注ぐ。
残存汚染体、計4体。

背後で光子弾幕の壁が垂直に叩き付けられ、A級バイド汚染体の残骸が更に細分化された。
降り注ぐ光子弾幕が、床面ごと敵生体を粉砕した事をインターフェース越しに認識しつつ、彼はウラガーンの合流を待つ。
全方位を映し出す電子処理された視界の中に浮かび上がる、障壁を展開し魔導弾幕を凌いでいた局員の姿。
彼等は残る汚染体とこちらとを同時に相手取るという状況に混乱しているのか、攻撃態勢を取る者の姿はあれど集団的な反撃行動へと移行する素振りはない。
とはいえ、上層階でこちらが取った敵対行動に関する報告が届けば、すぐにでも攻撃が開始されるだろう。
ウラガーンによる光子弾幕とレーザーの掃射を以って、汚染体もろとも速やかに殲滅する事が望ましい。

その時、背後で青い光が瞬いた。
彼はその光をウラガーンのスラスターが放つものであると判断し、IFFと視界に映る機影の双方を以ってその正しさを確認する。
ウラガーンは左側面後方の位置で停止、波動砲の充填を開始する。
局員も状況を理解したのだろう、ほぼ全員がデバイスの切っ先をこちらへと突き付けた。
そして彼もまたウラガーンの砲撃を待ち、リフレクト・モードによる殲滅を実行せんとする。

『本機は魔導師の殲滅に当たる。ウラガーン、艦艇を狙え』

誘導型・高速直射型を織り交ぜた魔導弾幕、そして砲撃と拘束用魔力鎖。
襲い来るそれらを躱し、撃ち砕き、或いはフォースに喰らわせる。
機体直下に発生した魔方陣より間欠泉の如く噴き上がる緑と褐色の魔力鎖を前方への急加速によって回避し、2発のミサイルを展開する局員の中央へと撃ち込んだ。
吹き飛び四散する魔導師の肉体を認識しつつ、彼は僚機へと指示を飛ばす。

『砲撃だ、ウラガーン』

応答はない。
更に局員より放たれた金色の砲撃魔法を水平方向への移動によって躱すが、右側面へと回り込む様に放たれた誘導弾と左側面からの汚染体による魔導弾幕が、左右より挟み込む様にして迫り来る。
彼は後方へ退く事はせず逆に前方へと加速、一瞬にして局員の頭上へと機体を滑り込ませ機首を反転し、追い縋る誘導弾群をクロス・レーザーの掃射で薙ぎ払う。
そして一向に砲撃実行の様子を見せぬ僚機を訝しみ、そちらへと意識を集中した矢先の事だった。
IFF消失、被ロック警告。
視界の一角で、金色の閃光が爆発した。

左側面スラスター最大出力、瞬間的に右側面方向へと200m移動。
光子弾幕が機体を掠め、衝撃と共に警告表示が視界を埋め尽くす。
ザイオング慣性制御システム損傷、機能回復措置完了まで約600秒。
光速巡航及び高次戦術機動、不能。
キャノピー内慣性消去機構、停止。

回避行動とほぼ同時、彼は些かも躊躇う事なくクロス・レーザーを照射した。
目標は濃緑色の機体、僚機であるウラガーン。
一瞬で10mほど上昇しレーザーを回避、レールガンを連射し弾幕を張る。
通常と比して緩慢な動きで辛くもそれを躱し、サイ・ビットへの波動粒子充填を開始。

何故こちらが攻撃を受けるのか、等と思考する事はなかった。
突然のIFF消失、僚機に対する無警告での攻撃。
考え得る理由は1つしかない。
汚染されたのだ。

だが、それよりも優先して対処すべき問題がある。
ザイオング慣性制御システムの停止。
背後に管理局部隊が展開しているこの状況下、慣性制御が不可能であるという事実は致命的だった。
慣性制御を用いた高機動は勿論の事、キャノピー内部へと掛かるGの消去すら不可能となってしまったのだ。
機体各所のスラスターを用いれば、正常時と同等ではないにせよ高機動を実行する事は可能である。
しかし発生するGを打ち消す事ができなければ、パイロットの身体は僅かに20m移動しただけでピューレの様に弾けてしまうだろう。
強化措置を施され、耐Gスーツとキャノピーに満たされた耐Gゲルによって護られた身体は理論上15Gまで耐える事が可能だが、それでも通常の様な瞬間的加速は不可能だ。

この状況下で汚染体と局員の双方を相手取る事は、無謀以外の何物でもない。
此処は局員に対する攻撃を控え、システムの回復を待つべきだろう。
こちらがウラガーンへの攻撃に集中すれば、自然と局員は汚染体への対処を優先させる筈だ。
無論、こちらから注意を外す事はないだろうが、システムが回復すれば問題はない。
高機動さえ可能となれば、抵抗すら許さずに殲滅できるだろう。

そして、彼は視界に映り込むウラガーンへと意識を集中した。
一見すると、その機体に異常は見当たらない。
しかし、センサー群は明らかな異常を伝えている。
バイド係数異常増大、パイロット生体シグナル消失。
どうやらA級バイド汚染体の残骸より侵食を受けたらしく、拡大表示されたエンジンユニット近辺から異常なまでの高バイド係数が検出されている。

だが、どうにも理解できない。
高度な対汚染防御が施されているR戦闘機が何故、僅か数秒の内に中枢まで侵食されたのか。
撃墜するのではなく機能を保ったまま汚染するとなれば少なくとも数十時間、侵食特化バイド体であっても数分は掛かる。
一体、何がこの短時間汚染を可能としたのか。

疑問が解消されるまでに、それ程の時間は掛からなかった。
ウラガーンの後方、既に生命活動を停止していた筈の肉塊。
一部は伸長し、ウラガーンの機体後部へと直結している。
増殖を繰り返し見る間に膨れ上がるその中に、濃紺青の光を放つ無数の結晶体を確認したのだ。
照合の結果、視界へと現れる見慣れない表示。



『High energy focusing material detected. LOST-LOGIA「JEWEL-SEED」』



瞬間、周囲の空間に満ちる魔力素の検出値が数十倍にまで膨れ上がった。
魔力素の集束によって形成された無数の力場が、触手の様に空間を侵してゆく。
本来ならば不可視であるそれらは、各種センサー群を介する事によって可視化され彼の視界へと映り込んでいた。
後方の局員達も、見えはせずともリンカーコアを通じて異常を感じ取ったのだろう。
ウラガーンへと視線を固定したまま、不可視の圧力に押される様にして後退してゆく。

そして遂に、ウラガーンの装甲の一部が内部より弾け飛んだ。
大きく抉れた機体からは黒々とした肉腫が泡の様に噴き出し、宛ら癌細胞の如く機体を覆い尽くしてゆく。
しかしその中にあっても、ウラガーンは波動砲の充填を開始していた。
汚染体はウラガーンの全兵装を制御下へと置いているのだ。

幾度目かの金色の奔流が、彼の視界を埋め尽くす。
幸いにして光子弾幕は別方向の艦艇を狙ったものだったが、しかし彼は気付いていた。
後方の局員達、その一部が不審な動きを見せている事に。
波動粒子を纏ったサイ・ビットが肉塊へと撃ち込まれ、血肉に混じり青い結晶体の欠片が降り注ぐ中、金色の髪を揺らす魔導師が欠片の1つを手にしている事に。

だが最早、彼の手の内に選択権はなかった。
彼が取り得る行動は、汚染された僚機との戦闘のみ。
意識内へと響く警告音だけが、状況の支配権が失われた事実を無機質に告げていた。

*  *


「・・・複製だって?」

呆けた様なアルフの声を耳にしながら、フェイトは無言で自らの手の内にある青い結晶体を見つめていた。
もう、10年以上も前になる。
母の望みを叶える、ただ只管にそれだけを望み、違法活動を繰り返した。
管理局との敵対、管理外世界の少女との闘いがあった。
母に捨てられ、新たな家族と掛け替えのない親友を得た。
全ては21の宝玉、計り知れない力を秘めたロストロギアを巡って起きた事だった。

『そうだ。あれはオリジナルのジュエルシードじゃない。良く見れば分かる筈だよ』

ロストロギア「ジュエルシード」。
願いを叶える宝石。
次元干渉型エネルギー結晶体であり、極めて不安定な性質を持つ人造鉱物。
外部からの魔力干渉によって容易く暴走し、特定条件下に於いては周囲に存在する生命体との融合を果たし物理干渉力を増幅させる事すらある。
単体で次元震を引き起こす程の膨大な魔力を秘めながら、歪な形でしか願いを叶えられなかった奇蹟の石。

「・・・確かにナンバリングは無いけど・・・でも、どう見たってジュエルシードじゃないか」
『知っての通りジュエルシードの総数は21だ。現存しているものは12個、そのうち本局にあるものに至っては8つ。ところが検出された反応数は40を超えている』

乗り越えた筈の過去が今、悪夢となってフェイトの眼前へと具現化していた。
光学兵器と波動砲の波状攻撃を浴びながらも、損壊を上回る速度で増殖を繰り返す肉塊。
金色の弾幕を放つ濃緑色の機体は、既に半ばまで肉塊に呑まれている。
電磁投射砲を連射している所を見ると、どうやら機能中枢を奪われたらしい。
肉塊によって半ば固定されている為、波動砲の射界がほぼ固定されている事は幸運だった。
射軸が壁面寄りに傾いている為、次元航行艦への被害は最小限に抑えられている。
だが徐々にではあるが、肉塊は機首をこちらへと向ける様に、表層部での不自然な脈動を繰り返していた。

『反応は今この瞬間も増え続けている。ジュエルシード自体が増殖と分裂を繰り返しているんだ』
「まるでジュエルシードが生きているみたいな言い方だね」
『生きているんだよ。ジュエルシードは取り込まれたんじゃない、それ自体がバイド化したんだ』

残るR戦闘機からの攻撃を受ける度に、肉片と共に周囲へと飛び散る青い結晶体。
自身が、管理局が、歴史上の幾多の文明が争い、全てを掛けて手に入れようと試みた21の宝石は、そんな人間達の苦悩と葛藤を嘲笑うかの様にその数を増し続ける。
肉腫の隙間より覗く結晶が青く瞬く度に、肉塊はその体積を爆発的に増大させるのだ。
既に汚染体の体積はR戦闘機による攻撃を受ける前と比して、3倍以上にまで膨れ上がっている。

「何の冗談だい・・・!」
『冗談なんかじゃない。ジュエルシードは自己の生命と生存欲求を獲得している。だからこそ肉の鎧が剥ぎ取られないように再生を促し、また自己の存在を残す為に分裂を続けているんだ』
「ロストロギアが子孫を残そうとしてるってのか。そんな馬鹿な」

閃光。
聴覚が麻痺し、光弾の奔流が100mほど離れた空間を薙ぎ払う。
衝撃が全身を襲うが、フェイトは片膝を突いたまま微動だにせず、弾幕の通過した痕跡へと視線を向ける事すらしなかった。
ただ一言、無感動に呟いただけ。

「使えるの?」

衝撃を避ける為か身を伏せていたアルフと局員、双方が自身へと視線を投げ掛けた事を感じ取りながらも、フェイトがそちらへと振り返る事はない。
手の内にある紺青の結晶体から視線を外し、肉塊へと取り込まれつつあるR戦闘機を見据える。
R戦闘機は肉塊によってほぼ固定されてしまった為か、電磁投射砲を連射してはいるが照準調整ができないらしい。
先程の砲撃もあらぬ方向へと放たれ、壁面を破壊して施設内部へと消えていった。
掃射型波動砲の威力は脅威だが、あれでは牽制程度にしか使い様はあるまい。

「ユーノ、このジュエルシードは使えるの?」

再度の問い掛け。
アルフや周囲の局員は言葉を発しない。
数秒の後、僅かに戸惑いを滲ませた声がウィンドウ越しに返される。

『反応を見る限りは、オリジナルとコピーとの間に違いはない。でも実際には汚染の可能性が・・・』
「もう1分は接触状態を保っているけど、何も異常はない」

幾度目かの壮絶な破壊音の後、足下へと転がった結晶体の欠片を更に1つ拾い上げると、フェイトは立ち上がった。
2つのジュエルシードを手に、汚染体への攻撃を続けるR戦闘機の機影を睨み据える。
バルディッシュをライオットブレードへ移行、全方位へと念話を発信。

『ハラオウン執務官より全局員へ。飛散したジュエルシードを可能な限り回収、一個所に集めて。但し肉体への接触は厳禁、魔法を使用して回収する事』
「フェイト!?」

アルフが、信じられない言葉を聞いたとばかりに叫ぶ。
しかしフェイトは、自身ですら驚く程の冷静さを保ったまま指示を出し続けた。

『持ち主が死亡したストレージデバイスと「AC-47β」も一緒に回収して。次元航行艦は順次出港を・・・』
『フェイト、馬鹿な真似は止すんだ!』

ユーノの叫びと共に、背後からフェイトの手首が掴まれる。
振り向けば手首を握ったアルフが、怯えを含んだ表情で自身の主を見つめていた。
恐らくはフェイトの意図を理解したのだろう、低い声色で問い詰めるアルフ。

「まさかそれ、使うつもりじゃないだろうね」
「他に方法は無いよ、アルフ」
「馬鹿言うんじゃないよ! それはもうアタシ達が知ってるジュエルシードじゃない、バイドそのものなんだよ!? そうやって持ってるだけでも、いつ汚染されるか分かったものじゃないんだ!」
「魔力の殆どはあの汚染体に供給されている筈。対汚染防御を施されている筈のR戦闘機を数秒で取り込んだんだから間違いない。これが機能している以上、こっちを汚染する事はできない」

言いつつ、フェイトはバルディッシュを掲げてみせる。
そのカートリッジシステムに直結した、明らかに後付けと判る歪なユニット。
「AC-47β」魔力増幅機構。
飛行資質を有さない魔導師にさえ翼を与え、バイドを含めあらゆる汚染に対する防御機能を強化する異界の技術。

「でも!」
「母さんの時に比べれば、ささやかな願い事だよ」
「そんな問題じゃ・・・!」

アルフの言葉が終るより早く、光学兵器の閃光が視界を覆う。
濃紺青の機体より放たれた無数のレーザー弾体が壁となり、巨大な肉塊を覆い尽くしたのだ。
衝撃音により聴覚が麻痺するが、その報告は念話を用いる事で問題なくフェイトの意識へと伝わった。

『ハラオウン執務官、ジュエルシードの欠片を確保した。30個はあるが、これでいいのか?』
『ストレージデバイス、14基を回収しました。全て「AC-47β」を装着しています』

周囲へと視線を走らせ、200mほど離れた地点に集積されたジュエルシードとデバイス、それらの傍らへと待機する局員達の姿を視界へと捉える。
体調にも魔力にも異常はない。
短時間の魔法行使程度ならば問題はない筈だ。

「ユーノ、クアットロ。魔力炉を暴走させられる? 数は多ければ多いほど良い」
『何を・・・』
『勿論できます。それで、何をさせるつもりなのかしら』

思わぬ言葉に問い返したのであろうユーノの言葉を遮ったクアットロが、答えを返すと同時にフェイトへと問い掛ける。
フェイトは結界の外、無数の光が瞬く隔離空間へと視線をやると、気負いもなく言い放った。

「転送を。全ての次元航行艦を管理局艦隊の許へ。本局内部に存在する、汚染を逃れた全ての生存者をその艦内へ」
「無茶よ!」

叫んだのは周囲に居た局員の1人。
彼女は興奮を抑えようともせず、フェイトへと食って掛かる。

「外ではアルカンシェルが乱発されているんですよ!? これだけ空間歪曲が発生している中で転送なんか行ったらどうなるか、貴女だって良く知っているでしょうに!」
「普通ならね。でも、これがある」

そう言葉を返しつつ、フェイトは自らの手の内にあるジュエルシードへと視線を落とした。
紺青の結晶体は、ただ冷たい光を放ち続けている。

「これ1つでも次元震を誘発できる。30個もあれば空間歪曲を突破できるだけの出力は十分に確保できる筈」
『君が言っていたんだぞ、そのジュエルシードは汚染体に魔力を供給し続けていると! たとえ全てのジュエルシードを同時に使用しても、それで十分な出力が得られるとは限らない!』
「ただ使っただけなら、そうかもしれない。でも」

床を蹴り飛翔、集積されたジュエルシードの許へと飛ぶフェイト。
同じ地点へと集められたストレージデバイスの1つを手に取るや、そのコアへとジュエルシードを収納する。
そして、言い放った。

「これを暴走させれば、魔力なんて幾らでも供給できるでしょ?」

ユーノは答えない。
否、余りに予想外の言葉に、返す言葉すら思い付かないのかもしれない。
フェイトは彼の返答を待たず、別の人物へと念話を飛ばす。

『どう思います、スカリエッティ』
『悪くはない。これまでに解析されたジュエルシードの特性から見ても、理論上では問題なく機能する筈だ』

突然の問い掛けに、肯定的な意見を返すスカリエッティ。
その声には常より纏う嘲りの色など微塵もなく、只管に無感動な冷たさだけがあった。
無理もない。
つい先程、彼の娘の1人であるセッテが目前で凄惨な最期を迎え、さらにトーレの死までもが知らされたのだ。
オットーとディードの死を知った時も、彼は全ての感情を取り落としたかの様な表情を見せていた。
押し隠してはいるが、恐らく彼の内面には溢れんばかりの憤りと、地球軍とバイドに対する憎悪が渦巻いているのだろう。

『だが失敗すれば本局も、先程出港した艦艇も唯では済まない。たとえ成功したとしても、本局は跡形もなく消し飛ぶだろう』
『成功すれば皆が助かる。試す価値はあります』

更に2つのジュエルシードを、ストレージデバイスへと収納するフェイト。
彼女の視界の端に、デバイスの1つを手に取る人物の姿が映り込む。
その武装局員はフェイトに倣い、デバイスへとジュエルシードを収納すると汚染体へと向き直った。
彼に続く様に、周囲の局員が次々にデバイスへと手を伸ばし、同じくジュエルシードを収納すると自らのデバイスを構える。
無言のままにその様子を見つめるフェイトへと、直後に複数の声が掛けられた。

「貴女1人では無理ですよ、執務官」
「時間がない。一斉に掛かるぞ、ハラオウン」
「蛇野郎の方は任せて下さい。執務官、デカブツを頼みます」

遥か前方、蛇状汚染体からの攻撃を遮っていたユーノの結界が、魔導弾幕の掃射が途絶えると同時に解除される。
直後、彼等は弾かれる様に前進を開始した。
床面擦れ擦れを飛翔魔法により滑空する者もあれば、魔力供給によって強化した筋力で以って駆け抜ける者もある。
後方からは砲撃が汚染体へと撃ち込まれ、魔導弾掃射ユニットとなっている肉塊を次々に破壊し迎撃を阻止せんとする。
その様子を横目に、フェイトもまた行動を開始した。

右手はライオットブレードを逆手に構え、左手にはストレージデバイスを携える。
汚染体の一部、肉塊より突出したR戦闘機のキャノピー先端を見据え意識を集中。
そして光学兵器の掃射が止んだ一瞬の間隙を突いてソニックムーブを発動、一気にキャノピー周辺を目指す。
しかし加速直後、肉塊の一部から霧が噴き出した。

「こ、のッ!」

フェイトは瞬間的に軌道を逸らし、霧の弾体を掠める様にして再度ソニックムーブを発動する。
結果として直撃は免れたものの、左の手首から先に痺れる様な痛みが奔った。
溶け落ちた訳ではないが、恐らく皮膚は跡形もないだろう。
しかし彼女は自身の負傷箇所を一顧だにせず、続けて襲い来る霧の弾体を機動力に物を言わせて回避し続ける。

『テスタロッサ、伏せろ!』

突然の警告に従い身を伏せると、巨大な炎の壁が頭上を突き抜けた。
シグナムだ。
相次いで放たれる炎は霧を掻き消し、フェイトの進路を切り開く。
次いで宙を翔けるは、魔力によって構成された猟犬の群れ。
それらは次々に汚染体へと牙を突き立て、魔力の過剰供給による爆発を起こし肉塊を抉りゆく。
すると今度は、汚染体の一部が触手の様に伸長し、数十mもの頭上まで鎌首を擡げた。

『そのまま進みな、フェイト!』

アルフからの念話。
触手は粘液と血液を周囲へと振り撒きつつ、大気を割いて垂直にフェイト目掛け振り下ろされる。
だが、彼女は進路を変えない。
振り下ろされる触手の軌道上には、僅か数瞬の間に数百本もの緑と褐色の魔力鎖が張り巡らされていた。
迫り来る巨大な触手は数十本もの魔力鎖を打ち砕き、しかし俄に動きを止める。
粉砕した数、その5倍以上もの物量の魔力鎖によって完全に拘束され、空中に静止したのだ。

『行け!』

急かされるまでもなく、フェイトは爆発的な加速を掛けていた。
張り巡らされたバインドの隙間を擦り抜け、汚染体へと肉薄する。
すると眼前の肉壁が裂け、無数の穴が穿たれた膜らしき部位が露わとなった。
酸の噴射口だ。
この至近距離では、どう足掻いても躱す事はできない。

だが、フェイトは噴射口の存在を気にも留めなかった。
緑光の魔導弾が、その中央へと突き立つ瞬間を目にした為だ。
銃弾は微かな光と共に弾け、直後に膜上の全ての穴から鮮血が噴き出す。
フェイトはその中央を蹴り、弾力を利用して上へと跳躍。
幾度目かのソニックムーブと共にブリッツアクションを発動し、右腕のみで以ってライオットブレードを肉塊へと突き立てる。
その位置は当初の狙い通り、僅かに露出するR戦闘機のキャノピー、その至近距離だった。

「バルディッシュ!」
『Riot Zamber』

フェイトの叫びと共にライオットブレードの細身の刀身が、ライオットザンバー・カラミティの巨大な刀身へと変貌する。
ほぼ全ての刀身が呑み込まれたその状態から更に捻りを加え、フェイトは汚染体の損傷個所を更に広く深く抉り始めた。
有機繊維が千切れる際の耳障りな音と感触、そして全身へと噴き付ける鮮血を無視し抉り続けること数秒。
唐突にフェイトは、有りっ丈の力でカラミティを引き抜いた。
反動でしなやかな身体が反り返り、弓の如き曲線を描く。
右手のカラミティを手放し、左手に持つストレージデバイスの柄を両手で固定。

「ッああぁぁぁぁッッ!」

そして絶叫と共に全身のばねを爆ぜさせ、垂直に構えたデバイスの矛先を振り下ろした。
カラミティによって刻まれた傷の中央へと突き立ったストレージデバイスは、肉壁を容易く割りつつ鮮血と共に内部へと呑み込まれてゆく。
程なくして1m50cm程のストレージデバイスは完全に肉塊へと呑まれ、フェイトの視界よりその全容が消えた。

「やった・・・!」

デバイスが完全に肉塊内部へと沈み込んだ瞬間、フェイトは全身を返り血に染めたまま我知らず歓喜の声を漏らす。
デバイス内のジュエルシードには、既に転送プログラムへの魔力供給を実行せよとの「願い」が込められていた。
後は、バイド体との接触により「AC-47β」内部の魔力蓄積率が臨界値を突破、暴走する瞬間を待てば良い。
暴走により齎される膨大な魔力は、デバイスを通じてジュエルシードへと流れ込む。
現在のジュエルシードは汚染体への魔力供給により、こちらの「願い」を叶えるには魔力量が圧倒的に不足している為、複数の「AC-47β」を暴走させる事で不足分を補うのだ。
そしてフェイトは今、デバイスと汚染体との接触状態を生み出す事に成功した。
後は暴走の瞬間を待ち、ユーノとクアットロが本局の機能を介して転送魔法を発動させるだけだ。

『退がれ、フェイト!』

ユーノからの警告。
咄嗟に重力に身を任せ、背後より迂回する様に襲い掛かる触手を回避。
途中、肉壁に突き立っていたカラミティの柄に手を掛けると、全身を縦方向へと回転させて刀身を振り抜く。
肉塊を切り裂き、そのままカラミティを回収。
ライオットブレードへと変貌させ、アルフ達の許へと急ぐべくソニックブームを発動せんとする。
だが、フェイトの心中を占めていた作戦成功による達成感は、局員からの警告によって打ち砕かれた。

『何か射出されたぞ!』

咄嗟に背後へと振り返ったフェイトの顔へと、細かな血飛沫が降り掛かる。
何事かと頭上を見上げた彼女の視界に、奇妙な血塗れの鉄塊が映り込んだ。
円柱状、長さ2m程の鉄塊。
余程の勢いで射出されたのか、明らかに推力発生機構を有していないにも拘らず天井面にまで達し、其処に衝突して弾かれると自由落下を開始する。
その正体が何であるかは、すぐに推測が付いた。

「爆発物・・・!?」
『退避を!』

警告とほぼ同時、緑光の魔導弾が鉄塊を撃ち抜く。
瞬間、閃光と共に鉄塊が爆ぜた。
やはり爆発物だったかと納得したのも束の間の事、これまでとは全く性質の異なる衝撃がフェイトを襲う。
巨大な構造物が崩落する際にも似た、しかしそれよりも遥かに重々しく暴力的な振動。
機関銃の如く連続する細かな振動が、雪崩を打って全身を打ち据える。
そして一瞬の後、振動が一際激しくなったその時。
フェイトの身体は大きく後方へと弾き飛ばされていた。

「・・・ッ!」

フェイトは見た。
爆発物の炸裂点から扇状に拡がり迫る、閃光の瀑布を。
無数の小規模爆発が連なり、1つの巨大な奔流となって流れ落ちる様を。

「今のは・・・!」
『ナパームだ! 執務官、戻って下さい! 其処は炸裂範囲内です!』

念話が飛び交う間にも、肉塊は次々に爆発物のポッドを射出する。
R戦闘機への搭載は明らかに不可能であると分かる総数のそれらは、バイドの有する模倣能力による産物か。
立ち込めるオゾン臭からして、内部に充填されている物は可燃性物質などではあるまい。
あのナパームもまた、何かしらのエネルギー集束技術を応用した爆弾なのだ。

『撃ち落とせ!』

体勢を立て直すや否や、フェイトはバインドを張り巡らせるアルフ目掛け必死に加速した。
ヴァイスを始めとする数少ない狙撃特化型の魔導師がポッドの迎撃を開始してはいるが、射出数が余りに多い為に対応し切れない。
迎撃されたポッドは緑掛かった光を放つ爆発の奔流を生み出すが、その流れは床面へと接触すると地形に沿って平行移動を開始するのだ。
即ち、炸裂点が空中ではなく床面ならば、爆発は一息に生存者達を呑み込んでしまう事となる。
これ以上の非戦闘員殺害を許す訳にもいかない為、ヴァイス等の狙撃は次元航行艦の方向へと向かうポッドに集中。
結果として蛇状汚染体への攻撃を成功させた魔導師達は、迎撃の手を擦り抜けたポッドの洗礼を受けてしまう事となった。

「逃げて!」

思わず零れた悲痛な叫びすらも、膨大なエネルギー輻射に伴う轟音によって掻き消される。
フェイトを信頼し、自らの生命の危険をも顧みずに蛇状汚染体へと挑み、見事使命を果たした勇敢なる局員達。
十数名の彼等は、仲間達の待つ安全圏まで後200mと迫り、しかし辿り着く事なく光の瀑布に呑まれた。
連続する爆発が彼等の姿を掻き消し、その存在の痕跡すらも残さず拭い去る。
周囲から幾つもの絶叫が上がる中、噛み締められたフェイトの唇からは少々とは言い難い量の血が流れていた。
そして、叫ぶ。

「ユーノ、まだなの!?」
『まだだ! もう少し、もう少しで・・・!』
『もう1機が逃げるぞ!』

背後に視線をやると、濃紺青の機体が側面を曝し逃亡する様が視界に入った。
先程の攻撃で何かしらの異常が発生したのか、常ならば瞬時に雷光の如き速度へと至る機動性を見せる事もなく、緩慢な加速で外部空間を目指す。
恐らくは「AC-47β」より発せられるバイド係数の増大を検出した為であろうが、管理局側が自滅するならば長居は不要と判断したのかもしれない。
いずれにせよ、脅威の一端が去った事に違いはなかった。

『魔力蓄積率、臨界値突破! 全てほぼ同時に暴走する!』
『全艦艇、エアロック封鎖完了しました!』
『艦外の者は5人から10人の集団を作れ! できるだけ密集しろ!』
「フェイト、こっちだ!」

無数の慌しい念話に混じり届いた、アルフの声。
彼女の許へと飛び込んだフェイトは、そのまま両の腕に強く抱き止められる。

「アルフ!」
「伏せなフェイト! 大丈夫だ、みんな此処に居る!」

アルフの言葉通り、其処にはフェイトの家族が集まっていた。
未だ意識の戻らぬリンディ、クライドのポッド。
フェイトはアルフに抱かれたままリンディの身体に腕を回し、3人でクライドのポッドに寄り添った。

『10秒前・・・』

ユーノからの通信に、フェイトを抱くアルフの腕が微かに強張る。
失敗すればどうなるか。
ユーノの腕は確かだが、ジュエルシードがこちらの意図通りに機能するとは限らない。
真空中に放り出される可能性もあれば、同じ領域に転送された次元航行艦の艦体と同化してしまう可能性もある。
最悪の場合、何処とも知れぬ空間へと転送されるか、転送自体すら起こらずに消滅してしまう事すらも考えられるのだ。
だが、今は信じるしかない。
ユーノの並外れた情報処理能力にクアットロのサポートが加われば、全ての次元航行艦と生存者の転送先座標を精確に設定できるだろう。
だが結局のところ、成否を決めるのは人間ではない。
全てはジュエルシード次第なのだ。

『5秒前!』
『多過ぎる、防ぎ切れない!』

突如として響いた衝撃音に、頭上を見上げる。
視線の先では20以上ものナパーム・ポッドが天井面へと反射し、艦艇群を目掛け自由落下を開始していた。
フェイトは瞬時に、自身等には打つ手が無い事を理解する。
数が多過ぎる事もあるが、それ以上にこの距離では今から迎撃に成功したとしても、拡散する爆発が艦外の生存者達を呑み込む事は明らかだった。
彼女にできる事は目を閉じ、リンディの身体を確りと抱き締める事だけ。
そして爆発を示す眩い閃光が、閉じられた瞼を貫いて視界を埋め尽くす。

『転送!』

爆音すらも消え去った、生と死の境界に満ちる静寂の中。
ユーノの声が、脳裏へと響いた様な気がした。

*  *


自身の肩を揺さ振る何者かの存在により、リンディの意識は闇から浮上した。
徹夜明けの様に重々しい瞼を上げ、視界へと飛び込んだ光の刺激に耐え切れず再び目を閉じる。
そのまま暫く目を押さえていたリンディだったが、肩を叩かれた事により無理やり瞼を見開いた。
僅かながら光に慣れ始めた視界の中、浮かび上がった人影は赤銅色の髪を揺らしている。
すぐさまその正体に思い至り、その名を声にして呼ぶリンディ。
ところが、幾ら声を出しても自らの声が聴こえない。
そればかりか、何事か語り掛けるアルフの声すらも聴き取れないのだ。

混乱し掛けるリンディだが、アルフはその様子に何事か思い至ったらしい。
両手をリンディの両耳に宛がい、御世辞にも使い慣れているとは思えないたどたどしさでフィジカルヒールを発動する。
頭部を両側面から包む優しい温もりに暫し身を任せていたリンディだったが、やがて聴覚が完全に回復した事を感じ取った。

「ありがとう、アルフ」
「済まないねぇ。リンディの鼓膜も破けてるだろうって事、失念してたよ。さっきまでフェイトに付きっきりだったからさ」

フェイト。
義娘の名を聞いた瞬間、リンディは自らの内に湧き上がった衝動に身を任せアルフの肩を掴んだ。
そして驚きに目を見開く彼女に、矢継ぎ早に質問を浴びせ掛ける。

「アルフ! フェイトは、フェイトはどうなったの!? 崩落は・・・!」
「ちょっと、落ち着きなってリンディ!」

慌てるアルフに詰め寄ろうと、リンディは大きく身を乗り出した。
だが次の瞬間、彼女の身体は重心を崩し右へと倒れ込む。
右足に違和感。
何が起きたか分からずそのまま床面へと叩き付けられそうになった彼女を、咄嗟に伸ばされたアルフの腕が抱き止めた。
そしてアルフに支えられたまま自身の右足へと視線を落とした彼女は、其処にあるべきものが無いという事実に気付く。

「え・・・」
「リンディ・・・」

右脚の足首から先が無い。
その事実を理解した瞬間、僅かな時間ながらリンディの思考は停止した。
自身の肉体の一部が欠損しているのだから、無理もない事だろう。
しかし彼女は聡明であり、同時に並外れた意志の強さを併せ持っていた。
何より彼女の母親としての慈愛は、自身の負傷を気に掛ける思考を大きく上回っている。

「アルフ、フェイトは何処に? あの娘は無事なの?」

先程の取り乱し様とは打って変わり、落ち着いた口調で問い掛けるリンディ。
アルフは面食らった様な表情をしていたが、やがてゆっくりと口を開く。

「フェイトは大丈夫さ。本局から脱出する時にちょっと無茶してね、今はぐっすり寝てるよ」

そう言って彼女が指差した先に、フェイトの姿があった。
床の上で毛布に包まり、何処か重圧から開放された様な安らかな表情で眠り続ける義娘。
左手に幾重にも包帯が巻かれてはいるが、それ以外に目立った負傷の痕跡は見受けられない。
その姿を確認するや否や、リンディは全身の力が抜けてゆくのを感じた。
深く、深く息を吐き、常ならぬ弱々しい声を漏らす。

「良かった・・・本当に・・・良かった・・・!」

アルフへと凭れ掛り、肩を震わせるリンディ。
優しく肩を叩くアルフから、更に言葉が掛けられる。

「勿論クライドも無事だよ、今はラボで分析を受けてる」

奇跡の様なその言葉に、リンディは小さく声を漏らしながら歓喜の涙を流した。
今度は無言のまま、アルフの手が彼女の背を撫ぜ続ける。
2分ほどそうしていただろうか。
顔を上げたリンディは漸く、周囲に存在する人影が数百人にも及ぶ事実に気付いた。
其処彼処で生存を祝う、或いは死者を悼む悲痛な声が上がっている。
場所はかなりの広さを持ったホールで、壁際には観葉植物が生い茂り、数件のカフェ・レストラン等が壁面に埋め込まれる様にして店を構えていた。
反対側には設置型空間ウィンドウの出現箇所である事を示す警告表示が、10m前後の間隔で連続して壁面へと貼り付けられている。
今はオフラインだが、本来ならば外部のパノラマ映像が映し出されるのだろう。

「此処は・・・」
「第6支局さ。脱出した艦艇とヴィクトワールからの連絡で、生存者の救助に来たんだ」
「救助に?」
「正確には汚染とR戦闘機を警戒して接近しあぐねていた所に、アタシ達が転移してきたんだけどね」

思わぬ言葉に、リンディはアルフの顔を覗き込んだ。
アルフは無理もないと云わんばかりに肩を竦め、リンディの背後を指す。

「その2人のおかげだよ」

振り返ると其処には、車椅子に座する人物とそれを押す人影があった。
右腕以外の四肢が無い金髪の男性と、亜麻色の長髪を揺らす女性。
ユーノ、そしてクアットロだ。

「ユーノ君・・・」
「リンディさん、御無事で何よりです」

ユーノはリンディの傍らへ車椅子を停めさせると、何処か疲れた様に息を吐いた。
そして手にしていたファイルをリンディへと差し出し、幾分事務的な声で報告を始める。

「ジュエルシード・コピー計31個、及び「AC-47β」14基の同時暴走を利用した強制転送により約46000名が脱出に成功。当該宙域には現在、膨大な魔力とバイド係数として検出される未知のエネルギーによる巨大な力場が形成されています」
「46000・・・あの状況を考えれば奇跡かしらね」
「上層部の被害も深刻と言わざるを得ません。キール元帥は中央区での戦闘指揮中に地球軍が使用した化学兵器により死亡。フィルス相談役はAブロックで民間人の避難誘導に当たっておられましたが、例の可変機による襲撃を受けAブロックの総員もろとも消息不明。
クローベル議長は転送による脱出に成功しましたが、既に胸部と腹部に背面まで貫通する致命傷を負っておられました。転移直前に汚染スフィア群からの砲撃を浴びたとの目撃情報あり。その後、手術室への搬送の途中で・・・」
「亡くなられたのね・・・」
「ええ」

場に沈黙が満ちる。
周囲では相変わらず喧騒が渦巻いているが、リンディ達4名は奇妙な静寂の中にあった。
それを破ったのは、新たに姿を現した2名の声。

「御三方とも、最後まで局員としての責務を果たしての殉職です。悔いは無かったと信じましょう」
「生存者の殆どは、武装局員による抵抗が時間稼ぎとなって避難に成功した者です。彼等の死は決して無駄ではありません」

ゆっくりと歩み寄る桃色の髪の女性と、その肩に乗った人形の様な小さな人影。
手を引かれ杖を突きつつ歩く、両目を包帯に覆われた緑髪の男性。
シグナムとアギト、そしてヴェロッサだ。

「お久し振りです、ハラオウン統括官」
「シグナム・・・ええ、本当に久し振りね。意識のある貴女と会うのは」
「お恥ずかしい限りです。私もアギトも、敵の脅威の程を見誤っていた。あの時に撃ち果たしていれば、この様な事態には・・・」

俯き、震える程に拳を握り締めるシグナム。
アギトも同様に、ロードの肩の上で黙り込んだまま俯いている。
彼女等にしてみれば、自らが撃ち漏らした敵によって本局内の人間が殺戮されてゆく様は、憤怒と屈辱と悔恨とに塗れた光景以外の何物でもなかったに違いない。
実際のところ、彼女達があのR戦闘機の撃墜に成功していたからといって本局が惨劇を回避できたとは思えないが、リンディは後悔に打ち震える彼女達へと掛ける言葉を見付ける事ができなかった。
その言葉を齎したのは彼女ではなく、これまで一言も発する事なく佇んでいた人物。

「思い上がりも甚だしい。たった1機墜としたところで、地球軍が襲撃を諦めるとでも? 逆に投入される機体が3機から6機に増えただけでしょうねぇ」
「・・・テメェ」

クアットロだ。
その挑発的な物言いに、アギトが気色ばむ。

「アギト、止せ」
「だってよ・・・!」
「そうなればバイドを含めた三つ巴という状況を考慮しても、こんな風にそれなりの長時間に亘って本局が持ち堪えられたか怪しいものだわ。状況がより悪化する事はあっても、その逆は決して起こらなかったと思いますけど」
「お前ぇ!」

見下す様な言葉に、遂にアギトが激昂した。
その小さな両手に炎を宿し、そちらを見ようともしないクアットロの横顔へと突き付ける様に腕を突き出す。
だが、シグナムの手が彼女の正面へと翳され、射出直前の火球の射線を遮った。

「其処までだ、アギト」
「何でだよ! コイツが・・・」
「要するに気にするなって言ってるのさ、クアットロは。随分と回りくどい言い方だけれどね」

そのユーノの言葉に、アギトの抗議の言葉が止む。
彼女は奇妙な物を見る様な目でクアットロを見やるが、当の人物はもはや興味がないとばかりに全く別の方向を見ていた。
だがリンディからは、ユーノの言葉と同時に色付いた耳が丸見えである。
恐らく内心では余計なフォローをしたユーノに、有りっ丈の罵詈雑言を浴びせ掛けている事だろう。
思わぬ人物の思わぬ一面を垣間見た事で、リンディの顔に微かな笑みが浮かぶ。
陰鬱な空気が和らぎ周囲の喧噪も徐々に落ち着き始めた頃、壁面全体に外部空間の映像が表示された。

「おい、見ろ!」

その声にリンディは、反射的に映像のほぼ中央を見やる。
巨大な空間ウィンドウには、隔離空間内部の映像が鮮明に映し出されていた。
無数の世界が隣り合う様にして密集する異様な光景の中、戦闘による無数の閃光が其処彼処で瞬いている。
その中でも、一際強力な閃光を放つ箇所があった。
惑星群とは反対の方向を映し出した映像、遥か彼方に光る恒星を背に浮かぶ人工天体。
更にその手前に映り込んだ巨大な光球、不気味な闇色の波動を放ち鼓動する異形の臓腑。

「あれが、本局です」
「え・・・」
「あの光球の中心が、本局艦艇の最終位置です」

ユーノの説明に誰もが言葉を失い、沈黙のままに光球を見つめる。
映像の手前、即ち周囲には無数の管理局艦艇が漂い、光球から遠ざかる為に移動を続けている様だ。
恐らくは本局の直衛に就いていた管理局艦隊だろう。
良く見ればこの第6支局以外にも複数、支局艦艇の艦影が空間内に浮かび上がっている。

「・・・あの力場は、何時まで持続するのかしら」
「不明です。魔力のみでの計算ならば、消滅まで80時間といった処です。しかし極めて高いバイド係数が検出されている事もあり・・・」

リンディの疑問にユーノが答え始めた、その数秒後。
映像の其処彼処に映るXV級の内1隻が、唐突に爆発した。
喧騒が一瞬の内に静まり返り、赤い光がウィンドウの一端を照らし出す。

「何が・・・」

直後、空間に1条の赤い線が刻まれた。
その線は周囲に無数の光弾を纏い、一瞬にして2隻のXV級を頭上より薙ぎ払う。
数瞬の間を置き、2隻のブリッジ近辺が閃光と共に弾け飛んだ。
その光景にリンディは、何が起きているのかを理解する。

「追撃・・・!」
「あの機体だ! あの青い奴が追ってきた!」

誰かが叫んだその言葉とほぼ同時、更に1隻のXV級と2隻の小型艦艇が無数のレーザー弾体によって撃ち抜かれていた。
艦首から艦尾まで徹底的にレーザーを撃ち込まれた3隻は艦全体から火を噴き、XV級は半ばより折れる様にして爆発、小型艦は小爆発を繰り返しながら崩壊してゆく。
既に空間は無数の魔導弾によって埋め尽くされているが、それらが敵機を捉える様子はまるで無い。

此処にきて漸く状況を理解したのか、生存者の一部から悲鳴が上がり始めた。
しかし大多数はもはや逃げ場がない事を理解しているのか、騒ぎもせずに呆然と映像を眺めている。
リンディもまた静謐を保っていたが、それは諦観によるものではない。
彼女は嘗て提督として培った経験を基に、冷静に戦況を評価しようと試みていた。
そして、気付く。

「・・・浅異層次元潜航?」
「恐らくは。攻撃時に潜航状態を解除し、目標を撃沈後に再度潜航しているみたいですね」

いずれの管理局艦艇も、まるで狙いが定まらぬ様に魔導弾を乱射していた。
それこそ誤射の危険性すら無視し、只管に弾幕を張り続ける。
それは即ち、敵機を捕捉できていないという事実に他ならない。
其処から導かれる、考え得る中で最も可能性が高く、且つ最悪の予想。
浅異層次元潜航機能を使用しての一撃離脱。

「不味いですね。異層次元に潜られると、こちらは全く手出しができない」
「出現する瞬間を狙えば・・・」
「不可能よ。あれだけ小型で常識外れの機動性を持つ移動体を狙い打つ機能なんて、管理局の艦艇には備わっていない」

言葉を交わす間にも、2つの光球が光の尾を引きつつXV級へと襲い掛かった。
その艦は必死に弾幕を張るが、光球は被弾を意に介さぬ様に艦体を蹂躙してゆく。
外殻を裂いた光球が、内部へと侵入を果たした数瞬後。
ブリッジと推進部を内部より引き裂き、光球は外部へと帰還を果たした。
崩壊する艦体を掠める様に飛来する影と合流した光球は、空間へと溶け込む様に姿を消す。

「・・・やはりね」

間違いない。
敵機は浅異層次元潜航を使用している。
こうなれば、管理局側に打つ手はない。
数隻ずつ徐々に撃沈されるか、或いはこちらへと向かっているであろう地球軍の増援に纏めて消し飛ばされるか。

「ついてないなぁ」

溜息と共に零されたユーノの言葉こそが、リンディの内心を代弁していた。
本当に、ついてない。
詳細までは知らないにせよ、フェイトが命を掛けユーノが持てる能力を振り絞った結果、多くの生存者が脱出に成功したのだという事は分かる。
しかし脱出に成功しても、直後に抵抗すら儘ならぬ脅威に直面するとは何たる不運。
否、不運ですらないのだろう。
局員の脱出を許した時点で、その収容先ごと抹消する心積もりであった事は間違いない。
敵機がこの場へと現れた事は、不運などではなく必然なのだ。

「・・・義母さん?」
「フェイト・・・」

背後より掛けられた義娘の声に、リンディは振り返る。
其処には毛布を羽織り、心細げな表情を浮かべたフェイトが佇んでいた。
リンディは義娘を近くへと寄らせ、その身体を優しく抱き締める。
フェイトは暫くされるが儘にしていたが、やがて自らも腕を伸べると義母の手に自身のそれを重ねた。
ウィンドウ上では更に4隻が火を噴き、閃光と共に爆散するか緩やかに崩壊を始めている。
周囲は再び静まり返り、リンディは静寂の中で唇を噛み締めた。

自身ができる事は何もない。
義娘やその友人は自身を救ってくれたというのに、今この状況に於いて自身が彼女達を救えないという事実は、リンディの心を容赦なく責め立てた。
迫る最悪の終焉を前に、偽りの安心を娘に与える事しかできない。

「ごめんね、フェイト」
「・・・何か言った? 義母さん」

既に疲労が限界に達しているのか、フェイトは意識を保つ事も辛いらしい。
少しでも安心させようと、リンディは彼女の髪を撫ぜる。
返り血だろうか、不自然に指へと絡み付く髪を解しながら、閉じられてゆくフェイトの瞳を見つめていたリンディ。
しかし彼女は、ふと顔を上げて本局の存在していた宙域、禍々しい光を放つ光球を見やる。
それは長い時を過ごした場所が有する、掛け替えのない記憶を脳裏へと刻み付けようとの、無意識下の行動だったのかもしれない。
だが、その視界へと映り込んだ光景は決して感傷を齎すものではなく、それどころか現実としての脅威と驚愕を叩き付けるものだった。

「・・・え?」

本局を呑み込んだ光球。
それが、消えていた。
あれだけ眩い光を放っていた魔力と未知のエネルギーによる球体が、跡形もなく霧散していたのだ。
代わりにその宙域へと現れていたのは、本局のそれに酷似した巨大な影。

「嘘・・・」
「おい、残ってる・・・本局が残ってるぞ!」

誰もが食い入る様に映像へと見入る中、影は周囲に纏う闇色の光を徐々にではあるが振り払い始めていた。
角度の問題か、巨大な十字架の様にも見えるその影は、恐らくは破損した対宙迎撃用魔導砲身展開機構の残骸であろう、環状構造物の残骸を纏っているらしい。
中心部からは無数の針状構造物が伸び、その先端付近には円を描く様に幾つかの残骸が付着している。
奇跡的に残った、本局艦艇の残骸。
未だ残る力場の影響か鮮明な映像を捉える事はできないが、少なくともリンディはそう判断した。
その考えが間違っている可能性になど思い至りもしなかったし、もし至ったとしてもすぐさま否定しただろう。

「見ろよ! あの暴走にも持ち堪えて・・・」
「待って、何か変よ・・・」

本局以外には有り得ない。
あれだけの巨大建造物、見紛う事なき形状。
あれが本局でなければ何だというのか。

「リンディ・・・あの棘、動いてないかい?」
「・・・いえ、私には」
「待って・・・動いてる、動いてるわ」

アルフの疑問に、クアットロが答えた。
常人より遥かに優れた彼女の眼は、その異常を鮮明に捉えたのだろう。
彼女は徐に影を指し、微かに震える声で一言。

「あれ・・・鼓動して・・・!」

まやかしが、拭い去られた。
力場の残滓が完全に消失し、揺らぎの下に隠れていた影の全貌が露わとなる。
偏光の殻が取り払われた後には、異形としか言い様のない存在が出現していた。

死骸にして生命。
無機物にして有機的。
それは最早、リンディ達の知る本局という巨大構造物でも、その残骸でもなかった。
周囲の環状構造物は跡形もなく、中心から全方位へと棘皮動物にも似た鋭い棘状構造物が無数に延びており、それら全てが生命体の如く不気味に揺らめいている。
同じく中心部から前後4対、計8基のバーニアらしき長大なユニットが延び、その先端には複数の歪なノズルが備えられていた。
嘗ては其々の方向へと延びていた巨大な6つのブロックは内2つが消失し、その抉れた箇所からは巨大な青いレンズ状の結晶体が覗いている。

「嘘だろ・・・」
「アルフ?」
「嘘だよ・・・あれ、あれは・・・」

何事かに狼狽するアルフ。
見れば彼女だけでなく、ユーノまでもが凍り付いた様に異形を見つめていた。
アルフが、叫ぶ。



「あれ、全部・・・ジュエルシードじゃないか!」



瞬間、異形が弾けた。
少なくともリンディには、そうとしか認識できなかった。
一瞬、全ての棘状構造物が振動したかの様に見受けられた直後、何らかのエネルギーの壁が異形を中心として爆発したのだ。

可視化する程の高密度エネルギーは、瞬時にリンディ達が搭乗する第6支局にも到達。
轟音と共に襲い掛かった凄まじい衝撃に、リンディの身体は腕の中のフェイトごと1m近くも跳ね上げられた。
無数の悲鳴。
そして彼女は背中から床面へと打ち付けられ、鈍い音と共にその口からは呻きが漏れる。
咳き込むリンディの腕の中、完全に意識が覚醒したらしきフェイトは、明らかに動揺した面持ちで周囲を見回していた。

警報。
警告灯が点滅し、周囲からは呻きと助けを求める声、鋭く指示を飛ばす声が入り乱れて響く。
リンディもどうにか身を起こし、直前の現象についての疑問を口にした。

「今のは・・・?」
「あの本局だったものが使用した、極広域戦略兵器でしょう・・・ごめん、手を貸して・・・撃沈というよりは艦艇内部の人間を狙った、間接的な攻撃手段かも」

クアットロに助け起こされながらも、淀みなく答えるユーノ。
彼の言う通り、警報こそ鳴り響いているものの艦体に重大な損傷は皆無の様だ。
しかしクルーを狙ったにしても、この程度の衝撃で死に至る者は多くはあるまい。

「見ろ、見ろ!」

突如、生存者の1人が叫び、ウィンドウを指した。
周囲の人間、リンディまでもその叫びにつられて映像を見る。
そして、絶句した。

「な・・・」

漂う残骸と拡がりゆく炎の波。
ウィンドウ上へと大写しになっていたのは、完全に破壊された濃紺青の機体。
十数秒前まで艦隊を執拗に攻撃していた、あのR戦闘機だった。

「あっちにも・・・!」

それだけではない。
良く見ればその機体以外にも、更に2機の機体が破壊され空間を漂っている。
いずれも巨大な力によって粉砕されたかの様な惨状だが、特徴的な形状のキャノピーとノズルの残骸から辛うじてR戦闘機であると判断できた。
恐らくは増援として艦隊への攻撃に加わろうとした、その矢先に撃墜されたのだろう。
だが、現れた残骸はR戦闘機のものだけに留まらなかった。

「嘘・・・」
「あれは・・・地球軍の艦だ!」

その残骸は、嘗て第97管理外世界へと赴いた3隻のXV級を攻撃した、恐らくは駆逐艦か巡航艦クラスの艦艇のもの。
やはり浅異層次元潜航により姿を隠していたらしいが、何らかの要因により破壊されたのだろう。
艦体は見るも無残に中央から割れ、更に弾薬が暴発したのか、凄まじい光を発して破片すら残さずに消滅する。

「浅異層次元潜航・・・」

その呟きを、リンディは聞き逃さなかった。
声が発せられた方向を見れば、傍らへとウィンドウを展開したユーノが何らかの操作を行っている。
すると大型ウィンドウ上に映し出される映像が、目まぐるしく変わり始めた。
次から次へと移り変わる映像上へと浮かび上がるのは、いずれも破壊されたR戦闘機と地球軍艦艇ばかり。
画面右下には対象との距離が表示されているが、その桁も数千から数百万と様々だ。
此処に来てリンディは、到る所で地球軍戦力が撃破されている事実を理解する。
しかし同時に、損傷を受けた様子など全くないR戦闘機と地球軍艦艇の数も多い。
そして、ユーノが発した言葉の意味に気付く。

「潜航中の地球軍に対する攻撃・・・?」

その思考へと至った瞬間、全ての疑問が解決した。
何故、複数の地球軍戦力が撃破されているのか。
何故、バイドは本局を襲ったのか。
何故、ジュエルシードを核として本局を変貌させたのか。

「まさか・・・!」

浅異層次元潜航を封じる為の存在を生み出す、その媒体として本局を選び。
極広域空間干渉を実行する為のエネルギー源、その供給源としてジュエルシードを複製し。
短時間での侵食拡大の為に必要な膨大なエネルギーの解放、その引き金として局員によるジュエルシードの暴走を誘導する。
フェイト達が人工天体脱出に際して使用する次元航行艦を発見した、その瞬間からバイドの計画は実行段階に移行していた。
管理局の必死の抵抗も、そして地球軍による本局での無法さえも。
多くの血を流し汚染体の排除と脱出に成功した事実にも拘らず、バイドによる計画の域を脱する事はできなかったのだ。

考え過ぎだろうか。
果たしてバイドに、これ程までに高度な人間集団の行動予測、そしてそれを利用した戦略の立案ができるものだろうか。
否、こうして悩む事、それ自体が間違っている。
既にバイドはそれを成し遂げ、最大の成果を上げているのだから。

恐らく浅異層次元潜航中の地球軍戦力は残らず撃破され、彼等は切り札の1つを失った。
常軌を逸した打撃力と神出鬼没の機動力・隠密性を併せ持つ事こそが、地球軍が最大の脅威たる理由である。
しかし今、彼等は浅異層次元潜航という隠密の盾を奪われ、絶対的少数にも拘らず地球軍が最大勢力として戦場に君臨している要因、その一端を切り崩された事となる。
この事態から予測できる変化、それは。

「均衡が・・・崩れる・・・!」

嘗ては本局であった異形、その周囲に無数の影が現れる。
それらは初め、小さな点に過ぎなかった。
しかし数秒後、それらの点は爆発的に膨れ上がり、無数の巨大な肉塊へと成長する。
赤黒い醜悪な肉塊は異形をほぼ完全に覆い尽くし、その僅かな隙間からはジュエルシードによって形成されたコアが放つ青い光が覗いていた。

肉塊に覆われた異形の周囲に、可視化した無数の揺らぎが発生する。
揺らぎは異形を中心として拡散を続け、ウィンドウに映る範囲全体へと拡大した。
画面に映る殆どが揺らぎ始め、全く遠近感が掴めない状態となる。

そしてある瞬間、揺らぎの中に影が浮かび上がった。
無数に発生した揺らぎの中、影は次々に浮かび上がりその数を増してゆく。
揺らぎが影によって掻き消えた後、其処にあったのは空間を埋め尽くす程の艦艇の影。
管理世界、バイド、地球軍。
所属を問わず密集した、無数の艦艇。
先程までとは比較にならない、それこそ映像上の全てを埋め尽くす数の汚染艦隊の全貌だった。

「まさか・・・この為に本局を?」
「正面から押し潰す気なんだ。浅異層次元潜航が使用できない以上、地球軍は圧倒的不利に・・・」
「ねえ、あれ!」

ウィンドウを埋め尽くす艦艇群の中、周囲の艦艇とは明らかに異なる巨大構造物の姿があった。
リンディの目は、自然とその構造物へと引き寄せられる。
巨大な2つの環状構造物を繋げた形のそれは、出現直後から微かに光を放ち始めたのだ。
ユーノがウィンドウを操作し、その構造物を拡大表示する。

「スペースコロニー?」
「いえ・・・これは・・・」

拡大表示されたそれは、見るからに奇妙な構造物だった。
直径は約8km、全長はその倍以上はあるだろう。
どうやら環状であるのは前部構造物のみであり、後部構造物には底部が存在するらしい。
周囲には円柱型のユニットが2つ付随し、前部と後部の構造物間にはそれなりの距離が開いている。
少し離れた地点に配置されている十数基のユニットはソーラーパネルだろうか。
前部と後部は其々が逆方向へと回転しており、光は後部構造物の底部中央へと集束している様だ。
その光が何を意味するのか、思い至るものは1つしかなかった。

「砲撃だ!」

光が炸裂し、衝撃が意識を掻き消す。
吹き飛ばされたのか、叩き付けられたのか、引き裂かれたのか。
意識が回復するまでの数秒の間、リンディは我が身に何が起こったのかまるで理解できなかった。
ただ朦朧とする意識の中、避難を呼び掛けるアナウンスに紛れる様にして、複数の聞き逃せない言葉が響いた事だけは覚えている。
決して忘れ得ぬ、無限の狂気による蹂躙の始まりを告げた言葉だけは。



『第61管理世界、崩壊! 敵砲撃、射線上の惑星を複数貫通! 第52観測指定世界、第12管理世界、第38管理世界、いずれも崩壊が進行中!』
『汚染艦隊、進攻開始! 陽電子砲の充填開始を確認!』
『地球軍、第97管理外世界周辺宙域へ向け撤退を開始・・・』



戦況が、傾く。

*  *


白い清潔な天井、窓とシェードの間から差し込む麗らかな陽光。
意識を取り戻したギンガが最初に目にしたものは、自身の置かれた状況を暫し忘れさせるものだった。
数秒ほど呆けた様に天井を眺め、次いで跳ねる様に上半身を起こす。
自らの半身を覆う清潔なシーツに程良い硬さのベッド、纏っているのは医療機関の患者服。

額へと生じた違和感に手をやると、指先が張り付けられたシールタイプのものに触れた。
ストラーダによって切り裂かれた傷を、何者かが手当てしたというのか。
他にも擦り剥いたらしき身体の各所に、適切な医療措置が施されている。
室内を見渡すが、どうやら此処は個室らしい。
閉じられたドアの向こうからは、微かな喧騒が聴こえてくる。
ベッドから身を乗り出し窓のシェードを上げると、白い雲が浮かぶ青空と眼下の緑が視界へと飛び込んできた。
自然に零れる、現状への疑問。

「此処は・・・?」

ドアの開く音。
咄嗟に振り返り拳を構えるも、その左腕にリボルバーナックルは無かった。
しかし、扉を潜り入室してきた人物の姿を捉えるや否や、ギンガの意識は完全にその人物へと釘付けになる。
その人物、彼女は記憶の中のそれよりも随分と伸びた桃色の髪を揺らし、柔らかく微笑んだ。

「良かった、意識が戻ったんですね」

思考を支配した驚きに、言葉を紡ぐ事もできないギンガ。
その目前で、彼女は手にしていた薬品の箱を近くの台上へと置くと耳元へと手をやり、既に装着していたインカムを通じて何処かへと報告を行う。
随分と慣れた動作だった。

「614、患者が覚醒しました。危険はありません」

その光景を呆然と見つめるギンガの目前で、彼女は耳元から手を離すと改めてギンガへと向き直った。
そして、再会の言葉を紡ぐ。



「お久し振りです、ギンガさん」



時空管理局辺境自然保護隊、第61管理世界スプールス駐在班所属。
キャロ・ル・ルシエ二等陸士の姿が、其処にあった。

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最終更新:2015年10月26日 07:41