「結局のところ、管理世界と第97管理外世界が抱く互いへの危機感は、同じ要因に端を発するのだろうね」

唐突に発せられたその言葉に、シャリオ・フィノーニ執務官補佐はウィンドウへと落としていた視線を上げる。
此処は本局の一画、研究区画。
時空管理局が誇る最精鋭技術達の居城。
其処で彼女は、久方振りに技術者としての才能を発揮していた。

彼女が補佐すべきフェイト・T・ハラオウン執務官は、対バイド攻勢作戦「ウイング・オブ・リード」へと参加・任務遂行中であり、もう1人の補佐官であるティアナ・ランスターも同様。
非戦闘員である彼女は独り取り残され、法務も特に存在しない事から技術部へと出向したのだ。
技術部は優秀な技術者である彼女の出向を歓迎、本局上層部もロウラン提督の根回しにより問題なくそれを認めた。
それは喜ばしかったが、同時に幾つか彼女にとって予想外の事が起こる。

ひとつは、幼馴染であり嘗ての同僚でもある、グリフィス・ロウランが技術部に出向していた事。
事務官として搭乗していた次元航行艦を地球軍による本局襲撃時に失い、以降はバイド及び地球軍の戦力解析に尽力していた筈の彼が何故ここに居るのか。
シャリオは混乱し、しかし答えは当のグリフィスよりあっさりと齎された。
要するに彼は母親であるロウラン提督より、とある人物の監視任務を言い渡されたのだ。
何故、事務官である彼がそんな事を、と疑問を抱きはしたが、少々考えれば納得もできた。
旧機動六課に於いては部隊長補佐として活躍し、はやてをして非凡と言わしめる指揮能力、そして洞察力を兼ね備える彼だ。
ほぼ全ての方面に於いて人手不足となっている現状にて、優秀な人材である彼を遊ばせておく余裕など管理局には無い。
ロウラン提督がグリフィスの洞察力を活かせる最適の任務を宛がった事は、長い付き合いもあり容易に想像できた。

だがシャリオにとって真に予想外であったのは、その監視対象たる人物そのものだったのだ。
少なくとも、この本局に居る筈のない人物。
濃紺青の長髪、白衣を纏ったその男性。
嘗てミッドチルダを騒乱の只中へと落とし込み、本局をも震撼せしめた広域次元犯罪者「ジェイル・スカリエッティ」。

彼が第14支局跡より回収された「フォース」の解析に携わっていた事、魔力増幅機構「AC-47β」及び「AC-51Η」の設計主任である事などは、既にシャリオも知り得ていた。
JS事件収束から約半年後に本局との司法取引に応じ、ナンバーズの長女であるウーノを助手に第5支局ラボ主任として活動していた事も、技術部への出向から間もない頃に説明されている。
しかしその言葉が正しいならば、彼等は第5支局に事実上の幽閉状態である筈だ。
何故、此処に居るのか?
その答えもまた、グリフィスより齎された。

要するに彼等を含む第5支局ラボ所属研究員は、状況によっては戦闘艦として運用される可能性のある支局艦艇より本局に移され、バイド体に対するより詳細な解析と応用技術の開発に充てられたという訳である。
確かに本局の設備ならば、支局よりも更に詳細に、更に早急にバイド体の解析作業を行える筈だ。
未だブラックボックスの塊であるとはいえ、既に魔力増幅触媒として常軌を逸した成果を齎しているバイド体である。
上層部が彼等に向ける期待は並々ならぬものだろう。
そしてスカリエッティもまた、自身の知識欲を満たす為にそれを望んだであろう事は、容易に想像できた。

しかし彼は異動に際して、条件を1つ持ち掛けたらしい。
それが、各地の軌道拘置所に収監されているナンバーズ、計3名の本局への移送だった。
スカリエッティ曰く、何処に居ようとバイド、または地球軍の脅威から逃れる事はできないであろうが、しかし本局以上に安全な場所はあるまいとの事。
彼女等の安全確保が為されなければ、これ以上の解析及び開発には一切協力しない、との要求を上層部へと突き付けたというのだ。
本来ならば一蹴されて然るべき要求。
しかし上層部は、交渉に費やす時間すらも惜しいと云わんばかりの速断で、3名の本局移送を了承した。
3名は各々が別区画に隔離されている上、固有武装すら持ち得てはいない。
ISの解析も終了している事から、重大な脅威にはなり得ないと判断したのだ。
スカリエッティとしても、この結果は予測済みだったのだろう。
彼は3名の本局移送完了を待たずして、ウーノと共に解析作業を開始したという。

これまでの経緯を聞かされたシャリオは、個人としては複雑な感情を抱きながらも、スカリエッティがこの場に居る事を納得した。
だからと言って親しくなろうという意思がある訳でもなく、時折データの遣り取りがある以外は特に接触もない。
しかしこの時、偶然にも彼の言葉を聞き止めた彼女は、何の気なしにそちらへと視線を投じた。
スカリエッティはウィンドウの1つへと目を落としたまま、流れる様にキーウィンドウ上の指を走らせている。
ウーノは言葉を返す訳でもなく、自身の作業に没頭している様だ。
そして、其処から然程に離れてはいないコンソールでは、グリフィスが感情の窺えない瞳で以って彼を視界へと捉えていた。
彼の傍らには、2名の武装局員が控えている。
誰も、言葉を返す気配はない。
独り言だったのだろうか、と首を傾げるシャリオを余所に、スカリエッティは再び声を発した。

「こちらにしてみれば、魔法では到底及びも付かない破壊を齎す質量兵器を無尽蔵に生産し、しかも実際にそれを運用している勢力だ。第97管理外世界は我々にとって、理解などできない正しく異端そのものと云える」

またも呟かれる言葉。
どうやら特定の人物に向かって放たれたものではなく、半ば独り言の様なものらしい。
周囲からの反応があるか否かは問題ではなく、単に自己の内での確認とでもいうべきものだろうか。
しかし、その内容を理解したシャリオは数秒ほど思考に沈み、暫しの後に納得した。

彼の言っている事は正しい。
管理局、延いては管理世界が第97管理外世界を危険視、或いは敵視する最大の理由。
戦略級質量兵器の大量保有と使用、当該世界の歴史上に於ける実際の使用事例の存在。
暴走とも云える軍事技術の異常発達、際限の無い軍拡競争の歴史と各国家間に於ける一触即発の現状。

そして何より、あの事件だ。
22世紀地球軍とバイドによる、クラナガン及び本局襲撃。
クラナガンに於いては31万、本局では1300名もの生命を奪ったあの事件は、純粋科学技術体系を基盤として発達を続ける第97管理外世界、その発展が秘める危険性を浮き彫りにした。
それだけではない。
管理世界に於いては、唯でさえ反感を以って捉えられる質量兵器。
その恐ろしさと危険性・非人道性を身を以って体験した局員、そしてクラナガン市民を中心とするミッドチルダ住民。
直接的に被害を受ける形となった彼等がそれらを運用する第97管理外世界に対し抱く感情は、もはや反感と呼べる様な生易しいものではなく、敵愾心とも呼ぶべきものと化していた。

公然と質量兵器を運用する、危険極まりない次元世界文明。
その存在を野放しにした結果が、時間さえ超越しての他次元文明に対する無差別攻撃。
そもそも魔法技術体系及び次元間航行技術を持たないからといって、2世紀にも満たない短期間で異常な科学技術の発達を成し遂げる様な文明が管理体制下に置かれる事もなく存続している、それ自体があってはならない事なのだ。
彼等が将来、極めて侵略性の高い巨大軍事勢力となる事は明らかになった。
ならば、摂り得る選択は1つしかない。
現時点での当該世界、21世紀地球に於いては次元間航行技術は確立されておらず、現状では決定的に管理局が優勢だ。
となれば、すぐにでも艦隊を送り込み、第97管理外世界を武力統治すべきである。
彼等が質量兵器廃絶の要求に応じる可能性は無に等しく、平和的な交渉など徒労に終わるのは明らかだ。
彼等の主権を奪ってでも統治下に置き、質量兵器技術をその根幹より廃絶する事が望ましい。

否、それでは足りない。
より確実を期すならば、軌道上より戦略魔導砲の一斉射により、当該文明そのものを消去する方法が最も安全且つ堅実だ。
縦しんば第97管理外世界を統治下に置いたとしても、同時に複数の反管理局勢力の発生は避けられない。
そうなれば危険に曝されるのは、第97管理外世界製の強力な質量兵器と相対する事となる、前線の局員達だ。
更にテロリズムともなれば、各管理世界の一般人までもがその脅威に曝される事となる。
管理世界の平和を最重要視するならば、人道を無視してでも危険要因たる当該世界を完全に排除すべきだ。

無論の事ながらこの様な過激な思想は、管理局内部に於いては極一部の強硬派が提唱しているものに過ぎない。
大多数の局員は、第97管理外世界の隔離・相互不干渉状態の維持で十分であると考えているし、先制攻撃によって文明自体を破壊する等という非人道的な措置を望んではいない。
質量兵器に関しても、第97管理外世界の置かれた状況とその性質からして、仕方のない事であると頷ける事もある。
何より、地上の治安回復に尽力した故レジアス・ゲイズ中将が、スカリエッティとの取引をせざるを得ない状況へと至るまでの過程に関する負い目も相俟って、本局の中ですら強制執行には反対する意見が多い。
魔力資質因子保有者の存在しない世界から唯一の自己防衛手段である質量兵器を奪う事が、どれだけの流血を伴うものか。
彼等はそれを、正確に理解しているのだ。
強いて言えば、関わり合いにはなりたくない、というのが本音だろうか。
どちらにせよ各管理世界を含め、大多数は武力衝突を望んではいない。

しかし事は、そう単純なものでは終わらなかった。
問題は多数の穏健派ではなく少数の強硬派、前線の局員及び高ランク魔導師達だ。
管理世界の中心地であるミッドチルダの住民、そして管理局上層部の一部が強制執行を支持する事は予測された事態だった。
厄介なのは、管理局の行動方針について強い発言権を持つ高ランク魔導師、その殆どが強硬論を支持している現状だ。
彼等は過去、最前線へと投入され、其処で文字通りの命懸けで任務を遂行してきた、筋金入りの現場主義者達だ。
自らのみならず、数多くの戦友達の血と遺族の涙を以って、現体制の維持に尽力してきた。
そんな彼等が、自身等が血を流して守ってきた体制とは相容れない文明、管理局とそれの妥協とも取れる穏健派の思想に賛同できる筈もない。

元来、組織が掲げる思想の実現に於いて、根幹から魔導資質を持つ人材に依存しているのが時空管理局の実状である。
魔導資質因子を持たない者と比して、魔導師の発言権が増大する事は避けられない事態だった。
結果として上層部の殆どは魔導師に占有される事となり、非魔導師の意見は通り難くなる。
幾度となく改革が行われてはいるものの、それらの試みが実を結んでいるとは云い難い。
そんな状況の中で、魔導資質因子を持たないレジアスが地上本部のトップに就任した事実は、ある意味では奇跡の様な出来事だった。
だがレジアスが築き上げた体制も結局は本局と地上、魔導師と非魔導師との軋轢の中で瓦解し、現在は再び本局より派遣された高ランク魔導師が地上本部の総司令として君臨している。
そして、JS事件の真相を知った陸士の殆どは新しい総司令を毛嫌いしている上、レジアスの遺した体制より新たな方針へと転換後、犯罪検挙率は減少の一途を辿っていた。
その事実こそ故レジアス中将が築いた体制の優秀さを証明するものだったが、実際にそれを評価しているのはミッドチルダを含む各管理世界主要都市の住民と陸士達だけだった。

この現状だけを見れば、陸士が本局上層部と高ランク魔導師の唱える強硬論に賛同する要素など、何1つ存在しない様に思える。
だが多くの陸士部隊は、地球軍及びバイドによるクラナガン襲撃時に於いて多大なる犠牲者を出していた。
現在の彼等は、本局との軋轢を気にしている余裕など無い。
如何にしてバイド及び地球軍へと報復するか、以後に発生の予測される悲劇の芽を摘み取るか、それだけが思考を支配していると云っても差し支え無いだろう。
更にそれを後押しするのが、31万もの生命を奪われたミッドチルダ住民の存在だ。
家族を、知人を奪われた彼等は、口々に地球軍と第97管理外世界への報復を叫んでいる。
現在のところ穏健派が主流であるのは、単にミッドチルダと隔離空間内へと取り込まれた41の世界を除く各管理世界が、第97管理外世界との相互不干渉を望んでいる為に過ぎない。
冷静さを保っている上層部の大多数も、その方針を挙げている。
信管に火の入った爆弾に近付こうとする者は居ない。
だが、いずれ強硬派の不満が爆発するのは、誰の目にも明らかだった。

シャリオ個人としては、なのはやはやての出身世界である第97管理外世界に対する武力行使については賛同しかねている。
しかし当の2人は、然程に現状を憂いている気配はない。
大して気に掛けてもいないのか、或いは強硬派の動向について情報操作が為されているのか。
少なくとも、戦略魔導砲による無差別攻撃案の存在については、情報部が全力を挙げて隠蔽しているのだろう。
本局内のシステムを利用すれば、彼女達に気付かれずに周囲の音声、情報媒体を統制する事も可能だ。
強硬派の動向を、彼女達の耳に入れる訳にはいかない。
何せ第97管理外世界には彼女らの肉親、友人、知人が多数存在するのだ。
アルカンシェルによる文明の破壊などという手段は到底、受け入れられるものではないだろう。
たとえ彼女達が、管理局による第97管理外世界の全面統治に肯定的であるとしても。

シャリオがそんな事を思考していると、現在の作業に一区切り付いたらしきスカリエッティがキーウィンドウより手を離し、回転式の椅子に座したままウィンドウへと背を向ける様が目に入る。
彼は脚の上で手を組み、何処か楽しそうに周囲へと視線を遣っていた。

「そして、地球軍にとっての管理局もまた同様だ」

その言葉に、幾人かの作業の手が止まる。
シャリオもスカリエッティの言葉を訝しみ、知らず視線を彼へと固定していた。
奇妙な静寂の中、聴き慣れた声が鼓膜を叩く。

「リンカーコアを持たない彼等にとって、質量兵器を使用する事もなく、個人単位で戦術兵器に匹敵する攻撃を実行可能である魔導師という存在は、決して受け入れる事のできない異端であり、排除すべき危険因子と認識される可能性が高い」

それは、グリフィスの声だった。
その内容にシャリオは愕然とし、母親に良く似た容姿の幼馴染を視界へと捉える。
冷然と構えるその姿は、何処か生気を感じさせないものだ。
そして、相も変わらず楽しげなスカリエッティの声が響く。

「その通り。彼等にしてみれば魔導師という存在は、核弾頭が自由意志を持ち、自らの価値観に基づいて行動しているに等しい。何時、何処で爆発するかは弾頭自身の気分次第。これ程に恐ろしいものはない」

違う、と否定する感情的な声は、区画の何処からも上がる事はなかった。
知っているのだ。
グリフィスの、スカリエッティの言葉は正しいと。

シャリオを含め、この場に存在する者の殆どは技術野の出身だ。
魔導資質因子を持つ者も居るが、総じて実戦に出られる程の魔力保有量は有していない。
だからこそ、魔法技術体系からなる自身の組織とその主張を、客観的に評する事ができた。

そう、確かに彼等にとっての魔導師とは、暴走した戦術兵器そのものだ。
彼等の存在そのものだけでなく、その在り方を許容する管理局の体制すらも警戒の対象となるだろう。
出力リミッターという形での制限機構も存在はするが、それは魔導師の暴走を抑える為というよりは、組織内の公平さを保つ為の手段だ。
リミッターを使用するに至らない低ランク魔導師については、一切の制限手段が無いに等しい。
無論、低ランク魔導師が犯罪行為に至ったとして、大した脅威とはなるまい。
しかしそれは、鎮圧する側もが魔導師であればの話。
魔導資質因子非保有者にとっては、何にも勝る脅威に違いない。

Cランク、Dランクの魔導師であっても、拳銃弾に匹敵する魔導弾を放つ事は可能だ。
つまりそれは、生身の人間が質量兵器を用いずに、暗殺を初めとする各種破壊工作が可能である事を意味する。
第97管理外世界の住民にしてみれば、正しく制御されない脅威そのものだろう。

自らの隣に居る人物が、突如として魔導弾を乱射するかもしれない。
人混みの中から、あらゆる物を巻き込んで砲撃が放たれるかもしれない。
都市の一画が、たった1人の生身の人間によって灰燼に帰すかもしれない。

実際にそれらの行動が成される必要はない。
その可能性があるというだけで、魔導師を危険視するには十分に過ぎる。
魔法技術体系を持たない次元世界に於いて魔導師の価値は、正しく核弾頭と同じく、抑止力としての威力さえ発揮する程のものなのだ。
そんな異端の存在を、第97管理外世界が容認する事などある筈が無い。

「管理局が質量兵器の廃絶を望むのと同じく、彼等は魔導師の根絶を望むだろう。それこそ、ありとあらゆる手段を用いて、だ」
「彼等が管理世界に対し、強硬派が提唱する以上の非人道的手段を用いて攻撃を行うと?」

更に発せられたスカリエッティの言葉に、グリフィスが声を返す。
この狂気に侵された科学者との遣り取りの中から、少しでも有用な情報を拾い上げようとしているのか、グリフィスの目は猛禽の様に鋭い。

「そうだ。私に言えた義理ではないかもしれないが、これまでに観測された行動と得られた情報を見る限り、如何にも彼等は生命倫理というものに対しての関心が薄い様だからね」
「魔導資質の封印のみならず、管理世界全域に対する無差別攻撃を実行する可能性が高い。少なくとも、貴方はそう考えている」
「態々、千数百億もの管理世界住民を検査する程、彼等は時間も人員も持て余してはいないだろう。そんな事をするよりも、次元世界そのものを消し去ってしまう方がよほど効率的だ。
あのパイロット達の証言が真実ならば、少なくとも22世紀の第97管理外世界はより上位の空間構造を把握し、活動範囲へと加えている事になる。私達の知る次元世界そのものを消滅せしめる事も、或いは可能だろう」
「もし、その推測が的を射ているのならば、強硬派の主張は全く以って正当なものとなる。貴方はそれを望んでいる様にも見えますが」
「勿論」

その瞬間、幾つもの緊張を孕んだ視線がスカリエッティへと注がれた事が、シャリオにも感じ取れた。
彼女自身も例に漏れず、殺気にも似たものを含んだ視線を彼へと向けている。
当のスカリエッティは、先程までの楽しげな雰囲気を消し去り、真剣な様相でグリフィスを睨んでいた。

「勿論だとも、ロウラン事務官。私の娘達の安全は、管理局の対応に懸かっている。誤った対応を採られれば、彼女達はその巻き添えとなるしかない」
「彼女達の生命を守りたいと?」
「尊厳を、だ。戦闘機人である彼女達が地球軍に捕らえられれば、その先に待つのは一切の倫理を無視した、私にさえ想像も付かない凄惨な実験・研究だろう。彼等はそうやって、R戦闘機やフォースを開発した。
バイドとの戦いが続く限り、彼等は技術の革新に対し異様なまでに貪欲であり続ける。これは疑い様の無い事実だ」

其処まで言い切ると、スカリエッティは僅かに息を吐き、目に見えて肩の力を抜く。
そして、何処か諦めた様な声で続けた。

「彼等がバイドとの間に繰り広げているのは、戦争じゃない。生存競争だ。勝てば相手を喰い殺して力を得るが、負ければ喰い殺される。互いに進化し、相手を出し抜き、出し抜かれぬ様に手段を講じ続けている。私達は、其処に取り込まれた・・・取り込まれてしまった」
「取り込まれた?」

堪らず、シャリオが割り込んだ。
スカリエッティは驚いた様子も無く、彼女へと視線を移し言葉を続ける。

「そうとも。これは、単なる質量兵器と魔法の戦いでも、思想の衝突でも、況してやロストロギア・バイドを巡る事件でもない。紛れもない生存競争であり、管理世界は新たな捕食者にして被食者として、舞台に上がる事を余儀なくされたのだ」
「喰い殺さなければ、喰い殺される。そう言いたいのですか?」
「そうだ」

そう答えると、スカリエッティはキーウィンドウの一角を指先で叩いた。
瞬間、ハッキングツールの発動を、シャリオはウィンドウ上に情報として捉える。
咄嗟に警告の声を上げようとするが、それより早く1つの受像システムが中空に現れた。
スカリエッティ、違法アクセスによるプログラム干渉により、室内の魔力式光学迷彩解除。
受像システムの映像受信先を逆探知し、それを表示しているであろう空間ウィンドウの前に存在する人物の姿を、リアルタイムで室内のウィンドウ上へと表示する。
その容姿に、シャリオは息を呑んだ。

幼馴染と同じ、濃紫色の髪。
その少し後方に、若緑色の髪も見える。
共に若々しく、しかし確かな威厳を感じさせる、女性上級将校2人。
スカリエッティは臆する事もなく、彼女達へと語り掛けた。

「よって・・・ロウラン提督、ハラオウン総務統括官」

こちらを監視していたのであろう、無言の儘にスカリエッティを見据えるリンディとレティに対し、彼は言葉を投げ掛ける。
彼女達の、管理局の意識を揺さ振る、言霊とも云える声。

「貴女方が良心の呵責に囚われる必要はない。穏健派と強硬派との折衷に腐心している事は予想できるが、それよりも如何にしてバイドと地球軍の脅威から生き延びるかを考えた方が良いだろう。
管理世界の置かれている状況には最早、第97管理外世界の住民の尊厳に気を配っていられる程の余裕などありはしない。躊躇う必要はない。強制執行を実行すると良い・・・尤も」

警報。
咄嗟に周囲を見回すシャリオの意識に、うろたえる局員達の声と大音量の警告音が飛び込む。
怒号と混乱の叫び。
そんな中にあって、スカリエッティの言葉は奇妙に澄んで聞こえた。

「それまで此処が保てばの話だが」

続く中央センターからの警告が、シャリオの意識を揺さ振る。
それは、本局内に存在する12万の人間を戦場へと誘う、悪夢の始まりを告げていた。



『隔離空間、領域拡大! 空間歪曲面、高速接近! 接触まで15秒!』

*  *


「ルクレツィア、戦術級光学兵器被弾! 艦体左舷部爆発、轟沈します!」
「シャーロット、敵機動兵器撃破! ファインモーション、残存数7!」
「第16支局艦艇、敵機動兵器による体当たりを受けました! Dブロック崩壊!」
「敵機動兵器、自爆! 第9、第13支局艦艇ほか7隻が爆発に・・・いえ、各艦健在です! 敵機動兵器、残存数5!」
「第8、10、15支局艦艇よりMC305砲撃、総数60! 来ます!」
「ユージェーヌ及びローロンス、アルカンシェル発射! 弾体炸裂まで4秒!」
「総員、衝撃に備えろ!」

3隻の支局艦艇より放たれた総数60発もの大出力魔導砲撃、そして複数のXV級からの砲撃が彼方より飛来し、5機の大型無人機動兵器へと殺到する。
外殻装甲を閉じ、重力偏向フィールドによる防御幕を展開していた3機が砲撃に耐え抜いたものの、次いで炸裂した2発のアルカンシェル弾体による高密度次元震に巻き込まれ、閃光と共に全ての機動兵器が跡形も無く消え去った。
異層次元巡回警備型無人機動兵器「ファインモーション」40機、殲滅。
しかしクロノは気を緩める事なく、矢継ぎ早に指示を下す。

「被害報告」
「システムに異常ありません。機関部にて負傷者2名、いずれも軽傷です」
「艦隊の損害は?」
「第12支局艦艇及びXV級11隻を喪失、いずれもクルーの生存は絶望的です」
「第8支局艦艇より入電。攻撃隊デバイス追跡信号、約半数を発見。いずれも人工天体内部に存在、バイタル異常はなしとの事です」
「了解した。周囲警戒、大質量物体転移に注意せよ」

他の艦艇との連絡を取りつつ、クロノは新たな敵襲に備えるべく艦の態勢を整えた。
攻撃隊の安否が気に掛かるものの、第8支局が追跡信号を捉えたとの報告に幾分ながら安堵する。
残る半数の安否は未だ不明だが、全滅という最悪の事態だけは避ける事ができたのだ。
寧ろ、この規模の転送事故にあって半数が生存という結果は、最悪どころか最良とも云える。
そう時間を掛けずとも、攻撃隊の現状については情報が入ってくる事だろう。
この時クロノは、そう考えていた。
少なくとも、続くクルーの報告を聞くまでは。

「第8支局艦艇へ報告。これより本艦はシャーロット、ローロンス両艦と連携し、人工天体への・・・」
「警告! 後方、空間歪曲境界面、相対距離増大! 隔離空間全体が拡大しています!」
「バイド係数増大! 16.52・・・17.80・・・19・・・22・・・27・・・!」
「大規模空間歪曲発生、総数300以上!」

瞬間、クロノはブリッジドーム内部へと表示された外部映像上に、信じられない光景を見出した。
隔離空間内の至る箇所で可視化された空間歪曲が乱発生し、数秒後に1つの天体が出現したのだ。
何が起こったのか、理解などできる筈もなかった。
つい数秒前まで何も存在しなかった空間に、恒星の光を鮮やかに照り返す巨大な球体が浮かんでいる。
それが管理世界の1つだと気付いた時には、更に数十もの天体が出現していた。
秒を追う毎に増えゆくそれらを、クロノは呆然と見詰める。
しかし、警告音と共に表示された情報、そしてクルーの報告が、彼の意識を強制的に覚醒させた。

「各天体付近に艦隊の展開を確認! 照合結果・・・第88管理世界、フォンタナ政権正規艦隊、及び反政府軍艦隊!」
「第179観測指定世界、エムデン連邦軍ルフトヴァッフェ所属、第1から第9次元巡航艦隊までの72隻、全次元航行艦艇を捕捉。管理局監視指定質量兵器、シュヴァルツガイスト2機の配備を確認」
「第66観測指定世界バルバートル合衆国艦隊、及び第71管理世界メイフィールド王朝王家近衛艦隊、確認! 両惑星間にて交戦中・・・いえ、戦闘中断!」
「第148管理世界、成層圏に不明艦隊を捕捉。管理局のデータベースには登録されていませんが、当該世界の艦艇と同一の設計です。これは・・・未登録戦力の保有、違法艦隊です!」
「小型次元航行機、総数544機、交戦中・・・第133管理外世界、ツェルネンコ政権正規軍、ダニロフ解放戦線です」

次々に飛び込む報告は、各世界の固有戦力が、本星もろとも隔離空間内へと取り込まれている事を告げる。
更には他の艦艇との情報共有により、読み上げる暇さえ無い膨大な各世界及び固有戦力の情報が、多重展開されたウィンドウ上を埋め尽くす様に表示されていた。

本作戦が立案された際、管理局は各管理世界に戦力の提供を求めていたが、それらの要求は全て撥ね退けられている。
どの世界も管理局に事態の解決を委ね、固有戦力を自世界の防衛に充てていた。
汚染艦隊の脅威、クラナガンの惨状を鑑みれば当然の事かも知れないが、それら以外にも狙いがあるのは明らかだ。
この機会に体制の転覆を狙う者、敵対する他世界との拮抗状態により動くに動けない者、管理局の疲弊を狙い実質的な侵略行為を開始する者、停戦監督者の不在を狙い一気に紛争の終結を狙う者。
其々の思惑を内包し、彼等は戦力抽出要請を蹴ったのだ。
管理局としても、バイド制圧後の各世界に於ける軍事的拮抗の崩壊については頭を悩ませていたが、かといって隔離空間内部の各世界を放置する訳にもいかず、局内に於ける多数の反対意見に曝されながらも次元航行部隊の半数を本作戦へと投じる事となる。
各次元世界は自らの世界を離れ、バイド制圧作戦へと赴く管理局艦隊を、内心では諸手を挙げて歓喜しつつ見送った事だろう。

ところが今、それらの世界は固有戦力もろとも隔離空間に取り込まれてしまった。
単に本星の防衛に当たっていた勢力、内紛による戦闘中の勢力、他世界との全面戦争中の勢力。
中には管理局でさえ把握していない、つまりは違法に保有する次元航行戦力までをも取り込まれた世界すらある始末だ。
それどころか、どの次元世界に属するものかは窺い知れないが、次元世界を航行中の艦隊、或いは独航艦までもが出現している。
それに加え、数千隻もの非武装民間船舶までもが、数百もの世界と艦隊の合間を縫う様にして浮かんでいるのだ。

「管理局艦艇、捕捉! XV級76隻・・・78・・・84・・・増え続けています! 第2、第7支局艦艇、捕捉!」

そして遂に、管理局艦艇の存在までもが捕捉される。
残る7隻の支局艦艇と共に本局、及びミッドチルダ周辺世界の防衛に就いていた筈の次元航行部隊が、次々に隔離空間内部へと転移を始めたのだ。

加速度的に数を増しゆくXV級の艦体を見詰めつつ、クロノは唐突に理解する。
同時に、全身が氷漬けになったかの様な悪寒を感じた。
気付いたのだ。
この状況の意味する事を、何が始まったのかを。

「空間歪曲境界面、ロスト! 相対距離、計測不能です!」
「天体数、更に増大・・・管理局が捕捉する世界の総数を超えました!」
「前方、人工天体付近に大規模空間歪曲・・・あれは・・・あれは・・・!」

拡大した隔離空間。
各世界の転移。
際限なく増えゆく天体数。
詰まるところ、この状況が意味する事は。

「本局です! 時空管理局、本局艦艇、捕捉! 人工天体より距離86000!」
「ミッドチルダ、転移確認! 繰り返す、ミッドチルダの転移を確認!」



バイドは、次元世界そのものを「侵食」した。
全ての管理世界・管理外世界、そして観測指定世界までもが、否応なくバイドとの戦争の場へと引き摺り出されたのだ。



「第97管理外世界、捕捉!」

その報告が艦内に、延いては時空管理局艦艇の全てに行き渡った時、それまでとは別種の緊張がクロノに走る。
咄嗟にブリッジクルーへと目をやれば、彼女達は後ろ姿からでもそうと判る程、憎々しげに1つの管理外世界、その表示画像を見据えていた。
彼女達の心境を慮り、クロノはそれを理解すると同時に、遣り切れないものが込み上げるのを感じる。

妻であるエイミィ、そして息子カレルと娘リエラの3人は、一連の事件発生直前にミッドチルダへと帰省していた。
東部のテーマパークを訪れ1泊した後に本局を中継し、地球へと戻ろうとした矢先に地球軍の襲撃に遭ったのだ。
子供達、そして実戦を離れて久しい妻にとっては、余りに恐ろしい体験だったのだろう。
子供達を安心させ、彼等と離れた後に止まらない自身の震えを吐露した妻を慰める為に、クロノは少ない猶予の中で最大限の時間を割いた。
彼女達は今、聖王教会の守護するミッドチルダ北部で、リンディが手配したホテルのスイートに宿泊している。
地球へと戻れない以上、仕方のない事だった。

よって今、クロノの家族は地球には居ない。
しかしあの世界にはなのはの家族を始めとして、彼女やフェイト、はやての友人達が存在している。
彼女達は勿論の事、あの世界の住民は次元世界で何が起こっているのか、何1つ知らない。
少なくとも、21世紀に於いては。
しかし次元世界に於いては、第97管理外世界はこの事態の元凶の一端として捉えられている。
その事実が、クロノには歯痒いものとして感じられるのだ。

あの世界は今、自身を襲っている幻想をどう理解しているのか。
次元世界に対する観測手段を確立してはいない以上、通常通りの宇宙空間を観測しているのだろうか。
バイドによって取り込まれ、そして管理世界にすら敵視される世界。
何も知らないのは、彼等自身だけ。
しかし百数十年後、彼等は異常極まる戦力を以って次元世界へと介入するのだ。
次元世界の存在を知る誰もが出現を予想だにせず、今この瞬間でさえ解明されてはいない超高度科学技術を以って次元の壁を乗り越え、バイドと共に管理世界を、延いては次元世界全体を危機へと陥れる、正に災厄の申し子とすら呼べる世界。

しかしバイドは、何を考えてこんな事を?
如何に汚染艦隊が圧倒的な戦力を有しているとはいえ、各世界を合わせれば軍用次元航行艦の総数は1500を超えるのだ。
未確認の世界が有する艦艇数を考慮に含めればその倍以上、3000を超える事さえあり得る。
何せ、隔離空間は今も拡大を続けているのだ。
艦艇の数は、際限なく増え続けるだろう。
管理局としても危険な事ではあるが、何よりもバイドにとっては不利になる事さえあっても、決して有利とはなり得ない。
一体、何の為に?

「第9支局艦艇より警告! 空間歪曲反応、多数観測! 総数・・・」
「どうした?」

クロノが抱いた疑問。
それに答えるかの様に、報告が飛び込む。
同時に、隔離空間内を映し出すブリッジドーム内面に、空間歪曲の発生を意味する赤い波紋が表示された。
その数、数十か、数百か。
クルーより齎された報告は。



「総数・・・4000以上! 繰り返す! 総数4000以上! 大質量物体転移まで5秒!」



壁が、出現した。
少なくとも、その感想を抱いたのはクロノだけではなかったろう。
先程の機動兵器群など比較にもならない、大型次元航行艦に匹敵する敵影が、赤く光るイメージとしてドーム内部を埋め尽くしている。
それらの約半数は、次元世界の艦船だ。
古代ベルカ艦艇、及び古代ミッドチルダ艦艇などの歴史的遺物にも該当する艦から、退役した筈の管理局旧型次元航行艦、明らかに新造艦と判る所属不明艦まで、世界も時代も問わず、無数の艦艇が等距離を保って壁を形成し、艦首をこちらへと向けている。

「何だ、これは・・・」
「不明艦隊よりバイド係数検出! 13.86で変動停止、汚染艦隊です!」
「約500隻、こちらへ向かってきます! 距離25000、残る汚染艦艇は各方面へ!」
「聖王のゆりかご、捕捉しました! 総数・・・40! 40隻です!」
『第8支局より全艦隊へ! 異常係数検出個体を確認! 総数20、接近中! 画像を確認せよ!』
「目標、拡大映像を出せ!」

攻撃艦隊へと向かって接近を開始する汚染艦隊。
その中に、幾つかの異形が紛れ込んでいる。
支局艦艇より齎されたデータに基き、それらを拡大表示するようクルーに命じるクロノ。
そうして表示された映像、浮かび上がった異形の全貌に、クロノを含め誰もが言葉を失う。

「・・・これが、戦艦だと?」

それは「艦」と呼称するには、余りにも歪な存在だった。
通常の艦艇の様に前後に伸長する形ではなく、上下に伸びたメインユニットを挟む様にして、左右に張り出した巨大なエンジンユニットらしき部位が付属している。
メインユニット下方には、騎士甲冑の腰部装甲を思わせるサブエンジンユニットらしき左右一対の部位が存在し、上部エンジンユニットとの間には左右二対、計4門の砲撃兵装らしきユニットが見て取れた。
全体からは複数の槍状構造物が突出し、本来ならば無機質とも取れるであろう外観を、防衛本能を剥き出しにした生物、即ち有機的生命体にも似たそれへと変貌させている。
メインユニット最下方には、三方に延びる巨大な槍状構造物。
外殻装甲は血とも赤錆とも取れる、黒ずんだ闇色の赤に彩られている。
少なくとも、塗装による色彩ではない。
前方から捉えたその全貌はまるで、肩部装甲を残し四肢と頭部をもぎ取られた、巨大な騎士甲冑の様にも見える。
計測結果、全高817m、全長790m、最大全幅635m。

「第10支局より入電。敵性体、詳細判明。地球軍識別コード、B-BS-Cnb。コードネーム「COMBILER」。艦船の残骸を中心として無数の推進機構及び兵装が融合した後、汚染により機械生命体として活動を開始した複合武装体。
小型及び中型汚染体の母艦としての機能を持ち、陽電子砲を始めとする複数種の武装を内包。メイン・サブ含め6基の独立可動式エンジンユニットに計18基の核融合パルス、バサード・ラムジェット複合サイクル推進機構を持ち、空間跳躍及び浅異層次元潜航機能を搭載。過去に確認された事例では多数の核弾頭を搭載し、上部発射機を用いての戦略攻撃により、単体にて大規模人工居住空間1基を破壊、地球軍艦艇2隻を大破させているとの事。
第一次バイドミッションに於いて武装体形成途上の個体を確認、R-9A単機により撃破した記録あり」

第10支局艦艇にて監視下にあるR戦闘機パイロットより齎された情報、その余りに出鱈目な敵性体の性能に、クロノは小さく悪態を吐いた。
陽電子砲などという常軌を逸した兵装だけに飽き足らず、核弾頭で武装した巨大な機械生命体。
それが今、明確な攻撃の意思を以ってこちらへと接近している。
しかもその数は20体、更には1体につき2隻のゆりかご、恐らくはコピーであろうそれらの護衛付きという有様だ。
余りに絶望的な戦力差に、眩暈さえ起こしそうである。

「・・・アルカンシェル、バレル再展開。攻撃管制システムを各艦とリンク、距離15000で発射と通達せよ」
「バレル再展開、距離15000で発射、了解」
「システム、リンク要請・・・要請通過、リンク完了」

しかし、此処で絶望している訳にもいかない。
クロノは提督だ。
多くのクルーを抱え、艦と共にその生命を背負っている。
責任を放棄して蹂躙を受け入れる事などあってはならないし、元より受け入れるつもりなど無い。

『ローロンスよりクラウディア、第13支局艦艇よりリンク要請があった。発射は距離20000にて行う。支局艦艇とリンクし、タイミングを修正しろ』
「クラウディアよりローロンス、了解。リンクを許可する」
「リンク完了。全艦艇、バレル展開」

白光を放つ環状魔法陣がクラウディア艦首へと幾重にも展開され、その中央に閃光が集束を開始する。
形成された弾体はクロノが火器管制機構の鍵を捻り、自身を束縛する膨大な魔力が霧散する瞬間を待ち侘びていた。
炸裂と同時、広域に亘り高密度次元震を引き起こすそれは、目前の「壁」を食い破らんと白光の牙を剥き出しにする。
その牙はクラウディアのみならず、185隻のXV級、その全ての艦首へと現出していた。

「目標、距離196000!」
「速度、進路、共に変わりなし」
「第102管理世界艦隊、汚染艦隊との交戦を開始! 次元航行機による近接攻撃です!」
「第18観測指定世界、地表部からの迎撃を開始・・・第33管理世界艦隊を巻き込んでいます! 艦隊、地表部への反撃を開始! 魔導砲撃です!」

汚染艦隊の射程内到達を待つ間、各方面で汚染艦隊と各世界の保有する戦力との戦闘が開始される。
恐らくは、汚染艦隊による攻撃を受けたのだろう。
状況を理解し切れていなかったであろう世界も、既に他世界との戦闘状態にあった世界も、例外なく全てが汚染艦隊との戦闘を余儀なくされてゆく。

「194000!」
「空間歪曲、観測! バルバートル艦隊及びメイフィールド近衛艦隊による戦略攻撃です! 汚染艦隊、約40隻が消失!」
「汚染艦隊、約300! 第97管理外世界に向け進攻中!」
「汚染艦隊、加速! 距離188000!」
「アルカンシェル、発射まで60秒」

報告の中にあった第97管理外世界の名称に、クロノは思い入れの深いその惑星へと視線を投じた。
恐らくは戦闘が発生している事すら気付いてはいないであろう、その青く美しい惑星の住人達。
十二分に戦闘を行える兵器を保有しつつも、次元世界を観測する手段を持たないが故に未だ宇宙を見ているであろう彼等は、惑星へと接近しつつある300隻の汚染艦隊の存在すら捕捉してはいないのだろう。
付近にはXV級次元航行艦が20隻ほど存在してはいるものの、自らの安全を優先したか、はたまたこの機会に第97管理外世界を消し去ろうというのか、惑星へと向け進攻する汚染艦隊を迎撃する素振りは全く無い。
思わず、クロノは通信を繋ごうと手を動かし、しかし寸でのところで思い止まる。

これで第97管理外世界が滅んだとして、それはバイドの攻撃によるものだ。
手を出さずに見ているだけで、将来的に管理世界の、延いては次元世界の安寧を脅かす勢力となる、危険な世界が1つ潰える。
それは己が手を汚さずに望んだ結果を得る事のできる、最良の手段ではないか?

「184000!」
「第97管理外世界へと向かう汚染艦隊、質量兵器を発射! 核弾頭と思われます!」
「発射まで50秒」

事実、管理局艦隊を含め、第97管理外世界に程近い空間に位置する複数の世界の艦隊も、汚染艦隊の通過を許容している。
この時点で交戦を開始すれば、確実に優位を確保できるであろう位置に存在するにも拘らず、一切の攻撃行動を見せない。
狙いは明らかに、汚染艦隊による第97管理外世界の抹消だ。
そして彼等の望み通り、汚染艦隊は核弾頭らしき質量兵器を発射した。
後は、見ていれば良い。
フェイトやなのは、はやてには悪いが、これが次元世界にとって最良の選択かもしれない。

「質量兵器群、第97管理外世界、大気圏突入まで30秒!」
「180000!」
「40秒前」

此処で、ふとクロノは気付いた。
決定的な違和感、奇妙な感覚。

何かが足りない。
何か、この場にあるべきものが無い。
本来ならば存在して然るべき筈のものが、決して欠ける事など無い筈のそれが、切り取られたかの様にこの戦場から抜け落ちている。
一体、何が?

「30秒前」

そうだ。
「彼等」が存在しない。
本来ならば、自身等が隔離空間内部に突入した際、既に存在しなければならなかった筈の「彼等」。
この作戦が始動してからというもの、唯の1度もその姿を現す事が無かった「彼等」。

「彼等」がこの戦場に存在しないなどという事は、ある筈がない。
未知の隠匿機能か、浅異層次元潜航か。
「彼等」は間違いなく、この空間内に存在する。

「172000!」
「20秒前」
「警告! ゆりかご全艦艇より高密度魔力反応! 次元跳躍攻撃の可能性大!」
「カウント中断! 即時発射態勢を取れ!」
「敵複合武装体より高エネルギー反応! 陽電子砲、発射態勢!」
「汚染艦隊より人型機動兵器、多数出現! ゲインズです! 凝縮波動砲タイプ及び陽電子砲タイプ、確認! 敵影多数の為、詳細な数はカウントできません!」
「未確認の人型機動兵器及び多脚型機動兵器群の出撃を・・・第10支局より入電。人型機動兵器、Bh-Tb02「TUBROCK 2」及びB-Urc-Mis「U-LOTTI」ミサイルタイプと判明。共に誘導兵器群による長距離攻撃を主体とする機動兵器との事」

汚染艦隊、アルカンシェル射程外からの超長距離砲撃態勢に移行。
クロノは迎撃の為、アルカンシェル発射制御を攻撃管制から迎撃管制へと切り替える。
空間歪曲と高密度次元震による極広域破壊を齎すアルカンシェルは、時空管理局艦艇にとって最も強大な矛であると同時に、最も強固な盾でもあった。
如何なる攻撃をも呑み込み、虚数空間の彼方へと葬り去る戦略魔導砲撃。
しかし、不安要素はある。
陽電子砲や波動砲の迎撃など、管理局の歴史上にも前例が無いのだ。
理論上は問題なく迎撃できる筈なのだが、しかし地球軍による本局襲撃時に、無視する事のできない現象が観測されていた。

襲撃の結果、管理局は14隻のXV級を喪失。
それらの約半数が、長距離支援用と思われる波動砲の砲撃によって撃破されていた。
発射点の特定にすら至る事の出来なかったそれは、アルカンシェル弾体の炸裂範囲、即ち空間歪曲発生領域を貫いて飛来していたのだ。
襲撃当時のアルカンシェルは機能的欠陥を抱えていたとはいえ、俄には信じ難い事実である。
つまり、地球軍の兵器が空間歪曲回避、或いは時空間異常遮断能力を備えているのならば、バイドもまたそれらを備えていたとしても、何ら不自然ではないのだ。

R戦闘機を始めとする第97管理外世界の兵器群は、彼等の言う異層次元全域での作戦行動を想定して建造されているという。
ならば、それらが相対する事となる汚染体群もまた、同様の機能を有しているのではないか?
凝縮波動砲は、陽電子砲は空間歪曲によって無効化できるのだろうか?

「質量兵器群、大気圏突入まで10秒!」
「聖王のゆりかご群、艦首より凝縮魔力拡散を確認! 次元跳躍砲撃、来ます!」
「アルカンシェル、自動発射!」

瞬間、艦内に魔力素の力場が立てる高音、それが解放される轟音が連続して響き渡り、振動が艦体を揺らす。
ドーム内面を埋め尽くす、白く眩い閃光。
XV級185隻、アルカンシェル同時斉射。
光り輝く185発の弾体が、通常魔導砲と比して僅かに劣る速度で飛翔する。
数秒後、それらが不可視の空間歪曲を捉えるや否や、弾体群は凝縮された魔力を解放、極広域空間歪曲を引き起こした。
40隻のゆりかごより放たれた次元跳躍砲撃は、連鎖発生する高密度次元震の壁へと接触し反応消滅を誘発され、次々に炸裂しては空間を閃光に染め上げる。
十数秒にも亘って継続する空間破壊は、続けて連射される砲撃までをも完全に無効化。
ゆりかご群から飛来する、一切の砲撃を消滅させる。

魔力炉が最大稼動、「AC-51Η」による魔力増幅を受け、膨大な魔力をアルカンシェルへと再供給。
発射より僅か8秒程度にして、戦略魔導砲の再発射態勢が整った。
減衰を始めた第一斉射の空間歪曲発生領域、その消滅を待たずして第二斉射が自動発射され、更に放たれ続ける次元跳躍砲撃を無効化してゆく。
このペースならば大丈夫だと確信し、クロノが通常魔導砲撃の発射態勢を命じようとした、その矢先。

「前方、高エネルギー・・・」



クルーの警告よりも遥かに早く、空間歪曲発生領域を貫いて飛来した巨大な赤い閃光が、十数隻のXV級を呑み込んだ。



「な・・・」
「陽電子砲! 陽電子砲による攻撃です! XV級、17隻ロスト!」
「更に高エネルギー反応、来ます!」
「緊急回避!」

クロノによる咄嗟の指示により、クラウディアは急激な機動で回避運動へと移行する。
付近に位置する艦艇の機動を確認すれば、ローロンスとシャーロット、他4隻がクラウディアの後を追う様にして回避行動へと移行していた。
しかし、間に合わない。

飛来する巨大な赤、鋭利な青、2種の光条。
それらの陽電子砲撃は、最も回避の遅れていた2艦、その右舷を食い破り、または艦全体を呑み込んだ。
1隻が内部より爆発を起こし轟沈、残る1隻は破片すら残らなかった。
クルーの報告が、力なく響く。

「XV級・・・19隻ロスト」

クロノは呆然と、ただ呆然と、味方艦艇の消え去った空間を見詰めた。
其処には、何も無い。
数十名のクルーを乗せた時空管理局最新鋭の次元航行艦が、1発の砲撃で跡形も無く消滅したのだ。
恐らくは艦長以下、クルーの全ては、自らの死を認識する暇さえ無かっただろう。

余りにも呆気なく、軽過ぎる。
数十の、全体としては千数百もの生命が失われたというのに、余りにも現実味が薄く、認識が及ばない。
初めからそんな生命は存在しなかったのだ、と言われれば納得してしまいそうな無だけが、陽電子という名の死神が通過した跡に拡がっている。
軽過ぎる。
人間としての生命が、尊厳が、余りにも軽過ぎる。
それらの存在価値さえ、疑問視してしまう程に。

「空間歪曲発生領域、消失します!」
「・・・進路変更。目標、汚染艦隊。MC404、砲撃準備」

やがて、アルカンシェルによる空間歪曲の壁が、減衰により消失を始めた。
閃光が徐々に衰え、可視化された空間の歪みが消えてゆく。
その向こうに展開する汚染艦隊、その各所に点在するゆりかごと複合武装体の姿に、クロノは知らず歯軋りしていた。

「距離は?」
「・・・145000。全兵装、有効射程外です」

思わず、血が滲む程に拳を握り締める。
完敗だった。
通常魔導砲撃も、アルカンシェルも届かぬ超長距離から、汚染艦隊は次元跳躍砲撃と陽電子砲とを撃ち込んできたのだ。
こちらが距離を詰めようとする間、汚染艦隊は一方的に打撃を与える事ができる。
打つ手は、無い。

絶望と共に、クロノが息を吐く。
もう、撤退しかない。
席に座し、同じ決断を下すであろう支局艦艇からの通達を、静かに待つ。
そして、自身等に敗北を突き付けた存在、恐るべき未来からの来訪者達の全貌を眺め始めた。

だがその時、彼は汚染艦隊の奇妙な行動に気付く。
全艦艇がこちらへと舷側を曝し、回頭を開始しているのだ。
すぐさま身を乗り出し、映像を拡大表示する。
クルーも、他の管理局艦艇も気付いたらしい。
通信が慌しくなり、無数の単語が入り乱れる。
その中に、第97管理外世界という名称が含まれている事に気付いたクロノは、反射的にその惑星の映像を表示した。
ウィンドウへと映し出される、青き惑星。
特に先程との差異は無く、クロノは何が他艦艇の注意を惹いているのか理解できない。
地球は、特に変わりも無く存在しているというのに。
其処まで思考し、クロノは気付いた。

「・・・なに?」

地球が「変わらず」存在している?
何1つ異変も無く?
馬鹿な。
21世紀時点での第97管理外世界には、次元世界を観測手段など存在しない筈だ。
にも拘らず、あの惑星が今も健在であるならば。

「第97管理外世界近辺、所属不明艦隊捕捉! 総数40!」



汚染艦隊が放った核弾頭は、何処へ消えたのだ?



「艦長! 汚染艦隊、所属不明艦隊へと向け転進します!」
「画像拡大、不明艦隊を映せ!」
「映像、拡大します!」

クルーの報告により判明した、所属不明艦隊の出現。
クロノは、その艦隊が核弾頭の消失に関わっていると確信し、ウィンドウへと表示させる。
汚染艦隊が、管理局艦隊に背を向けてまで優先する、艦艇総数、僅か40隻の艦隊。
映し出されたその全貌に、彼は凍り付いた。

「表示しました・・・しかし、これは・・・」

既知の世界、そのいずれとも異なる艦艇の造形。
個人携行型質量兵器にも通ずる、余りにも無骨な外観。
管理局のそれとは異なり、優雅さなど欠片も存在しない、ただ只管に効率と機能性だけを突き詰めたかのような艦艇の集団が、其処にあった。

刃先の様に平坦な艦首から、後方へと向かうにつれ体積の膨れ上がる艦艇。
真横からならば、直角三角形に小さな艦橋が付いたかの様にも見えるだろう。
艦橋前方に主砲らしきユニットが2つ、艦首上部が大きく前方へと突き出た艦艇。
自動小銃にも似たその全貌は、艦の存在意義そのものが管理世界とは相容れない事を声高に主張しているかの様だ。
明らかに戦艦と判る、正しく大型銃器そのものとも云える全貌の巨大艦艇。
2連装砲塔6基、ミサイル格納ユニットらしき無数のハッチ、艦首に備えられた、XV級で云うアルカンシェルに相当するであろう、戦略兵装らしき大型ユニットは、見る者に圧倒的な重圧感を与える。

これらの艦艇ですら、既に管理世界の理解の範疇を外れている。
しかし、それ以上に無視する事のできない異形が、艦隊には存在した。
最早、艦と呼称する事すら躊躇われるそれらは、生理的嫌悪感をすら齎す全貌をウィンドウ上へと曝している。

先の戦艦とほぼ同じフォルムの艦体ながら、全長・全幅・全高、全てがそれを遥かに上回る艦艇群。
その巨大さは、信じ難い事にゆりかごにも迫る程だ。
艦体下部および後部には無数の槍状構造物が伸び、有機生命体の断面より垂れ下がる生体組織、それらを目にした際にも似た嫌悪感を見る者に植え付ける。
同じく、艦体下方側面より艦尾下方へと角度を付けつつ延びる翼状構造物は、その先端より多数の槍状構造物を伸ばしている。
恐らくは高度な知性と技術力を有する存在が建造した艦艇に、有り得ない事ではあるが、独自の生命が宿り、生物個体として成長したかの様な外観。
艦首兵装ユニットは、周囲に配置された槍状・板状構造物の存在と更なる大型化により、恐怖感すら伴って視界へと映り込んだ。
無機的構造物でありながら有機的生命体。
正しく、その表現が当て嵌まる。

そして、その異形を基に、更なる改良が加えられたのであろう巨艦。
全長が更に増大し、槍状・翼状構造物もその数を増している。
最早、人工建造物として認識する事すら困難な、異形の艦艇。

そして、何より。
他の2種を更に突き放す、余りにも巨大、余りにも異様。
より生物としての成長が進行し、成体として完成されたと云える外観。
巨大な翼、下方・前方・後方のほぼ全てを覆う槍状構造物。
巨獣の口腔とも取れる艦首兵装ユニット。
兵装と艦橋らしき部位を除けば、もはや生命体である事を疑う事さえ困難だろう。

「全長・・・3900m!? 全高1800m、最大全幅1300m・・・!」
「この艦・・・艦長、構造物が・・・!」
「分かっている」

そして、何かを発見したクルーが、怯えるかの様にクロノへと語り掛ける。
クロノにも、それは見えていた。

不明艦艇より伸びる、無数の槍状構造物。
それらの一部が、不自然に揺らめいている。
初めこそ見間違いかと考えたが、画像を拡大するや否や、その可能性は潰えた。
棘皮動物の棘にも似たそれらが、何らかの事象に反応して各々に独立可動、僅かながら管足の如く蠢いているのだ。

その事実を認識した瞬間、言い様の無い悪寒がクロノの背を駆け上がった。
それは正しく、人間が原生動物などに対し抱く、生理的嫌悪感と全く同じもの。
個人としての印象は兎も角、対象は明らかな人工建造物と判明しているにも拘らず、クロノは醜悪な生命体に相対した際と同じ感覚を抱いていた。
彼は既に、あの存在が生命体ではないと、知的存在によって建造された戦艦であると、そう云い切れなくなっている自己に気付いている。

それだけではない。
彼は何か、言い様のない不快感と嫌悪、生理的なものとは源を異にするそれらを覚えていた。
だが、それらの感覚が何処から生じているのか、それが判然としない。
一体、この感覚は何なのか。

「第10支局より入電・・・所属不明艦隊、詳細判明。第97管理外世界、国連宇宙軍・第17異層次元航行艦隊。艦隊編成、ニヴルヘイム級戦艦3隻、ムスペルヘイム級戦艦4隻、ヨトゥンヘイム級戦艦6隻、テュール級戦艦8隻、ガルム級巡航艦12隻、ニーズヘッグ級駆逐艦7隻。
計40隻の艦艇から成る、独立遊撃艦隊との事。艦載機はR戦闘機を中心に、総数500機前後・・・」
「警告! 本艦側面60m、空間歪曲発生!」
「何だと!?」

咄嗟に、ドーム側面へと視線を投じるクロノ。
果たして其処には、5機のR戦闘機が忽然と現われていた。
データ照合、該当記録あり。
クラナガンにて確認された、高圧縮エネルギー障壁発生機構搭載型。

それらが何故、管理局艦隊の只中に現れたのか。
クロノが理解するを待たず、5機は一斉に機体下部より大型ミサイルを放つ。
見れば、管理局艦隊の其処彼処より、計30発以上ものミサイルが放たれているではないか。
如何やら他にも、艦隊の隙間を縫う様にして同型機が出現しているらしい。

そして、ミサイルの飛翔する先に存在するは、地球軍艦隊へと向き直り後背を曝す汚染艦隊。
即座に迎撃が開始されるも、高度な欺瞞装置が搭載されているらしきミサイル群の数は一向に減らない。
それらは驚くべき速度で飛翔、150000もの距離を僅か十数秒で詰め、遂に汚染艦隊の只中へと突入。
瞬間、視界を焼かんばかりの閃光が、ブリッジを埋め尽くす。
同時に、強大なエネルギーの炸裂の余波が、クラウディア艦体を激しく打ちのめした。

座席より投げ出され、コンソールへと打ち付けられるクロノの身体。
ブリッジドーム内に、クルーの悲鳴が響く。
数秒後、何とか身を起こしたクロノは、外部映像を映し出すドーム内面に、驚くべき光景を見出した。
しかし、彼の口から零れた言葉は、まるでその有様を予測していたかの様なもの。
口内に溜まった血を吐き捨て、侮蔑の表情を隠そうともせずに呟く。

「ああ、そうだろうさ・・・貴様等が、通常の弾頭など用いる訳がない。狂人共にそんな良識がある訳がない」

そう呟く彼の視線の先には、未だ消えぬ数十の巨大な火球、その中に浮かぶ、大きく数を減らした汚染艦隊の影があった。
画像には、火球を生み出した現象についての解析結果が表示されている。
其処には、唯1つの単語のみが記されていた。
「核爆発」と。

そして、クロノは理解する。
先程の疑問、理由すら判然としない不快感と嫌悪。
彼はその明確な答えを、はっきりと自覚していた。

あれらの艦艇は、非常に「似ている」のだ。
気の所為などではない。
明らかに、紛れもなく、疑う余地すら無く。
あれらは余りにも酷似しているのだ。
彼等が打倒せんとする存在、打倒すべき存在。
今この瞬間、クラウディアの遥か前方で核の焔に呑まれ、なお滅びぬ異形の群れ。
生物と見紛うばかりの全貌、複合武装体。

間違いない。
彼等が、地球軍があれらの艦艇を建造するに当たって摸した、その存在とは。

「R戦闘機、発艦確認!」
「汚染艦隊残存勢力、本艦隊へと向け再転進!」



「バイド」だ。



直後、第8支局艦艇より全艦隊に警告が奔る。
空間歪曲多数、及びバイド係数の上昇を確認。
大質量物体、転移まで20秒。

クロノは三度、アルカンシェルのバレル展開を命じる。
生存か、破滅か。
選び得る道は、1つしかない。

管理局が全てを取り戻すか。
地球軍が全てを灰と化すか。
バイドが全てを呑み込むか。



「AB戦役」最大にして最悪の戦闘と云われる、隔離空間内部艦隊戦。
その中でも最も長い期間に亘って継続し、最も多大な被害と犠牲を生み出した「極広域空間融合・第二次遭遇戦」。
大義も思想も朽ち果て、理性も尊厳も消失し、人が人たる所以を失い、「バイド」と「人間」、双方の「本性」のみが全てを支配した、悪夢の戦闘。



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最終更新:2015年10月26日 07:38