金属と金属の接触による重々しい衝撃音に、ディエチは反射的にイノーメスカノンの砲撃態勢を取る。
彼女の目前でゆっくりと開かれたハッチが、床面へと接しやや急角度のスロープを形成。
次いでモーター音が鳴り響き、ハッチより1台の軽装甲車両が姿を現す。
即座に砲口を向け、トリガーを引こうとするディエチ。
だが、脳裏へと届いた念話が、その行動を押し止める。

『待て、俺だ!』

その念話にディエチは、トリガーに掛けていた指を離した。
装甲車というよりは大型のバギーに近いそれは、ディエチの目前へと滑り込む様にして停車する。
そしてドアを開けて現れた顔に、彼女は呆れた様に話しかけた。

「何をしに行ったんですか、貴方は」
「生存者の捜索。で、見付けたのはこれだけ」

皮肉の言葉に対し男性、ヴァイスはハンドルを叩きつつ答えを返す。
ディエチは、装甲車が出てきたハッチへと視線を投げ掛け、短く問う。

「全滅?」
「分からん。血痕すら無かったが、どうやら相当慌てて艦を放棄したらしい。一切の作業が途中で放棄されている。だが、それから余り時間は経っていないらしい」
「と、いうと?」
「食堂で見付けたスープがな・・・湯気を立てていた」

その言葉にディエチは、無言で装甲車の外殻へと足を掛けた。
上部に備えられた砲座らしき窪みに乗り込み、イノーメスカノンを据える。
そして、砲座の縁に溶接された金属板、その表面に刻まれた異世界の言語に気付いた。

「これって・・・」
『気付いたか?』

ヴァイスからの念話。
すぐさま、ディエチは問い掛けた。

『この装甲車って、まさか』
『そのまさかだ。何処で回収したのか知らないが、第97管理外世界の車両だよ。取っ払われちまってガレージの中に転がってたが、対空誘導弾の発射機が其処に据え付けてあったらしい』

ヴァイスの言葉に複雑な感情を抱きつつも、ディエチは黙り込む。
此処で管理局法がどうこう言おうと、そんな事には意味が無い。
何より、胸中を満たす濁りを帯びたそれが何であるのか、聡明な彼女は良く理解していた。
それは、僅かな諦観。
クラナガン西部での救助活動以降、周囲が自身に対して向ける奇妙な視線、その意味に気付いた時に生まれたものだった。

彼女のISたるヘヴィバレルとは、固有装備イノーメスカノンへのエネルギー供給を経て放たれる砲撃の事を指す。
エネルギーモードならば幾分長いチャージ時間を経てSランク魔法に相当する砲撃を放ち、実弾モードならば炸裂弾から鉄鋼弾、特殊弾を含む各種砲弾を発射するそれは、半質量兵器とも呼べる代物だ。
外観からして無反動砲と呼ぶに相応しいそれは管理局による回収後、幾分「魔法的」な所のある他の姉妹達の固有装備とは異なり、碌に解析もされぬまま解体・保管されたのだ。
確かに、魔力とは異なるエネルギーを用いていた事を考えれば、あれは正しく質量兵器であると云えるだろう。
だが何故、管理局は他の固有武装とは異なり、イノーメスカノンのみを短期間の内に分解したのか。
ディエチはその理由を、質量兵器に対する拒絶によるものと考えていた。
外観のみならず機能すら質量兵器と酷似したイノーメスカノンは、局員の心理的な理由から碌に解析も為されず、保管という名目での封印を為されたのだと。

そして今、ディエチの手には「2代目」となるイノーメスカノンが握られている。
ヘヴィバレルより供給されるエネルギーを純粋魔力へと変換するそれは、発射される砲撃が直射または集束型魔法と化した以外には「先代」と大した違いは無い。
外観に関しても同様だ。
それ故か否かは判然としないが、イノーメスカノンを携えてのクラナガン西部区画への臨時派遣以降、局員が彼女へと向ける視線は少なからず拒絶と侮蔑を滲ませたものだった。
質量兵器に酷似した外観の固有装備と、その運用に特化したIS。
機動六課ヘリ撃墜未遂、地上本部へのエアゾルシェルによる砲撃、聖王のゆりかご内部での高町 なのはとの砲撃戦など、JS事件当時の記録とも相俟って、大多数の局員は彼女の現場への配属に否定的であったのだ。
他の姉妹達が徐々に受け入れられてゆく中、彼女達を除いてディエチに対し理解を示したのは、ゲンヤ・ナカジマとその娘ギンガ・ナカジマ、そして高町 なのはの3名のみ。
彼女は唯1人、孤独を噛み締めていた。

だが、転送事故により同一地点に送られた男性、旧機動六課に於いてヘリのパイロットを務めていたヴァイス・グランセニックは違った。
イノーメスカノンと同じく、質量兵器である狙撃銃を模したデバイス、ストームレイダーを操る彼は、他の局員の様な侮蔑の視線など欠片も見せはしなかったのだ。
同じ狙撃手としての共感か、はたまた彼自身もディエチと同じ経験を持つのか。
いずれにせよ、彼と同じ地点へと飛ばされた事実は、ディエチにとっては予期せず訪れた幸運だった。

多くを詮索する訳でもなく、かといって無関心でもない。
煩わしい視線を投げ掛けるでもなく、一切を無視するでもない。
こちらを信頼し、その上で気遣い、狙撃手の先達としての観点からアドバイスを齎す。
襲い掛かる汚染体の脅威を、決して恵まれているとはいえない魔力資質、そしてディエチの想像すら及ばぬ膨大な鍛錬と経験とに裏打ちされた技術によって悉く排除。
状況の変化に対し融通が利くとは言い難いISと武装のディエチを庇いつつ、同じく汎用性に乏しいストームレイダーを用いながら、遭遇する全ての敵性体を殲滅する。
何時しかディエチは、彼に対して畏敬と信頼、そして確かな親近感を抱いていた。

だからこそ彼女は、ヴァイスが何気なく言い放った言葉の裏を勘繰ってしまったのだ。
もしやこの男性も、内心ではこちらを質量兵器そのものであるかの様に捉えているのではないか。
そんな疑い、そして不安が脳裏を掠める。
だが、続く念話は、そんな彼女の懸念を掻き消した。

『運転、できないだろうと思ったんだが・・・余計だったか?』
『・・・いえ』

念話を返し、ディエチは軽く息を吐く。
何の事はない、ただ単に運転に慣れているから、彼女を砲座に着かせただけの話だった。
確かに、知識としての車両操作方法はインプットされているが、実際にハンドルを握った事など皆無である。
ならば経験豊富な者が運転席に着き、そうでない者が砲座に着くのは当然の事。
結局、ディエチの懸念は単なる被害妄想だった。
安堵と自嘲の溜め息を吐く彼女を余所に、装甲車はゆっくりと走り出す。
タイヤと床面の間で響く、油膜の剥がれる異様な音でさえも、今は軽快な環境音として捉えられた。

『いやぁ、こいつは快適だ。歩く度に靴底と床で糸を引く事も、慣れない飛行魔法で墜落死する心配も無い。モービル様々だな』
『良いんですか? 第97管理外世界の物でしょう。管理局法に抵触するのでは?』
『良いんだよ。砲塔部は外されてるんだし、今じゃこいつは唯の車だ。第一、移動の足に使うくらい大目に見てくれても良いじゃないか。こちとら根っからの陸戦タイプなんだぞ』

ヴァイスの愚痴る様な念話。
次いでエンジンが唸りを上げ、輸送路へと突き進む。
あっという間に速度が時速80kmを突破し、2人を乗せた装甲車は小型次元航行艦が鎮座する広大な空間を後にした。

『もう1隻の艦はどうなったのでしょうか』
『さあな・・・だが、碌な事にはなっちゃいないだろうよ』

念話を交わしながらも、ディエチは油断なく索敵を行う。
作戦開始時より未だ1発の砲撃も放ってはいないイノーメスカノンを手に、強化された視覚と聴覚、各種センサーを用いて得られた情報を分析。
敵性体、若しくは要救助者の反応を拾うべく、処理速度を更に上昇させる。
その時、ディエチの聴覚に破壊音が飛び込んだ。

『止まって!』

瞬間、装甲車が急制動を掛ける。
油膜に覆われた床面を数十mに亘って滑走し、車体が横向きとなった頃、漸くその動きが止まった。
すぐさま、ヴァイスからの念話がディエチの意識に響く。

『どうした!』
『待って・・・前方、約1600・・・右の通路から大規模な破壊音です。複数種の魔法発動音を確認。それと・・・』
『何だ?』

問い掛けるヴァイスの念話に、ディエチは一瞬ながら返答を躊躇った。
しかし、すぐに思考を落ち着かせると、事実を告げる。
聴覚へと飛び込んだ異音、その正体を。



『照合終了・・・クラナガン西部区画にて記録された聴音データに酷似・・・波動砲集束音2種、確認』

*  *


『波動砲、来ます!』
『回避!』

閃光、衝撃と轟音。
異なる2種の光の奔流が解き放たれ、空間の其処彼処を埋め尽くし、蹂躙してゆく。
一辺が5kmを超える、余りにも巨大な空間。
砲撃と雷光に撃ち抜かれた壁面が、一瞬遅れて周囲数百mの構造物ごと跡形もなく吹き飛んだ。
黄金色の砲撃と無数の雷光、爆炎によって照らし出される下方の闇。

其処に浮かび上がるは、有限の存在とは思えぬ程の廃棄物の山、山、山。
汚染され、侵食され、圧縮され、粉砕され。
腐食し、溶解し、圧壊し、断裂した、軍用・民用を問わず無数の機械群の残骸。
更には明らかに有機物と分かる肉塊、機械か生命体かの判別が不可能なまでに入り混じった醜悪な物体など、凡そ人間が想像し得るあらゆる死の具現が其処にあった。
広大な、余りにも広大な集積所に充満する強烈な異臭は、下方に積もるそれらより漏れ出る有害物質だろう。
正常な生命の存在を否定し、人の手により創造されながらその制御を離れ、未だ正常な機能を保つ存在すら死の彼岸へと引き摺り込まんとする、悪意と害意に満ち満ちた機械仕掛けの墓穴。
必死に逃げ惑う生ある者達をその只中へと墜とし込まんとするは、魂なき鋼鉄の異形。
廃棄物を吸い上げては吐き出す、資源回収システムらしき3機の大型機械。
そして、死体が操るR戦闘機。

『大型敵性体、ゴミを吸い上げた!』
『迎撃用意!』

無数の鉄塊が擦れ合う際の、鼓膜を引き裂かんばかりの異音。
同時に異形の1体、その上部より大量の廃棄物が噴火の如く吐き出される。
30m近くも打ち上げられたそれらは空中に放物線を描き、雪崩を打って攻撃隊へと襲い掛かった。

『来るぞ!』

魔導弾と砲撃の嵐が吹き荒れ、襲い来る落下物を粉砕せんとする。
だが、幾ら強力な高速直射弾及び直射砲撃とはいえど、10t近い鉄塊までをも完全に粉砕するのは不可能だ。
何より、直射弾はともかく砲撃となれば、簡易型であれ連射できる者は限られる。
この場に於いては、それは1名しか存在しなかった。

フェイトの戦闘スタイルは接近戦に比重を置いており、砲撃魔法を使用するには少々の時間を必要とする。
オットーは射撃戦主体ではあるが、ISレイストームの威力は鉄塊を破壊するには至らない。
残る4名のうち3名も同様で、2名は砲撃魔法を使用できるものの、発動までに10秒以上の時間を必要とし、とても現状況下で使用できるものではなかった。
結局は簡易砲撃魔法を習得していた1名が迎撃の主体となり、それこそ獅子奮迅ともいうべき奮戦を継続している。
しかし、それも長くは続かないだろう。
彼が無理をしている事は、誰の目にも明らかだった。
何せその脚は、膝下から先が無いのだから。
あの機械とも生命体ともつかぬ、巨大な蟲が生み出す鉄柱に挟み潰されたのだ。

『回避成功! 攻撃を・・・』
『おい、あそこ・・・また吸い上げた! こっちに来るぞ!』
『総員退避! 押し潰される!』

降り注ぐ鉄塊と有害物質の雨を何とか凌いでも、次なる廃棄物の雪崩が襲い掛かる。
攻撃隊は、この一方的な状況の循環から逃れられない。
膨大な質量が頭上より降りかかるという事態が呼び起こす原始的な恐怖、廃棄物という生理的嫌悪感を呼び起こす存在が脅威となって襲い来るという事実が齎す本能的な恐怖。
それらがフェイトの精神を揺さ振り、その行動を妨げんとする。
他の隊員達も、同様の恐怖を覚えているのだろう。
皆、一様に表情が引き攣り、目には明らかな怯えが浮かんでいた。

何より恐ろしいのが、着地が一切できないという現状である。
スキャンの結果、眼下に拡がる廃棄物の海は大量の有害物質と、よりにもよって放射性廃棄物までをも内包している事が判明した。
各員のデバイスが告げた放射線量計測値に、戦闘中にも拘らずフェイトを含めた全員が絶句したものだ。
幾ら広大であるとはいえ閉鎖空間にも拘らず、確固たる足場が存在しないどころか、地表面に近付けば汚染による死は免れないという事実。
唯でさえ追い詰められた状況である上、更に精神的な面からの圧迫までもが加わり、攻撃隊は既に瓦解寸前だった。

それでも、フェイトと彼等は反撃を試みる。
目標は3機の大型機械。
降り注ぐ廃棄物さえ止める事ができれば、戦況は有利になると考えたのだ。
だがその試みも、今のところ成功しているとは云い難い。
それを妨げる存在が、この空間には存在していた。

『R戦闘機、波動砲再充填開始!』

空間の全てを、強大な魔力が侵食してゆく。
それを感じ取る事のできる魔導師、その誰もが信じ難い重圧に息を詰まらせる中、微かな紫電の光が空間を切り裂いた。
瞬間、フェイトは叫ぶ。

「散ってッ!」

念話を併用し放たれる言葉。
ほぼ同時、鼓膜を劈く轟音と共に無数の落雷が周囲へと降り注ぐ。
下方に積み上がる廃棄物の山が根こそぎ消し飛び、次いで集積所の其処彼処から爆音と共に業火が噴き上がった。
廃棄物より漏れ出ていた可燃性のガスが、引火により連鎖的に爆発したらしい。
眼下に拡がる廃棄物の山が内部から爆発すると同時、フェイトはそれを理解した。
飛来する破片に全身を打ち据えられながらも、瞬間的に背面方向へと飛翔した為に、彼女は致命的な負傷を免れている。
だがそれも、状況を乗り切る決定打とはなり得ない。
彼女の視線の先、燃え上がる廃棄物の山が宙へと浮かび上がり、200mほど上方に位置する異形、大きく口を開けたその下部へと吸い込まれる。

「ッ・・・また・・・!」

そして異形が、ゆっくりと移動を開始した。
低速ながら、着実に攻撃隊との距離を詰めてくる。
すぐさまカラミティを構え直し、先制攻撃の実行に備えるフェイト。
しかし直後、彼女は咄嗟に身を翻して下降する。
頭上、直前まで彼女が身を置いていた空間を突き抜ける、1基のミサイル。
衝撃波がフェイトの身を打ち据え、聴覚を麻痺させる。
微かな呻きを漏らしつつ、視線を動かしミサイルの機動を逆に辿れば、其処には幾分青み掛かったキャノピーを持つR戦闘機の姿。
上下逆転した視界の中、フェイトは閉じゆくミサイルユニットを睨み舌打ちする。

まただ。
また、あのR戦闘機が邪魔をする。
こちらが攻撃態勢を取るや目敏く反応し、もう1機のR戦闘機と交戦中にも拘らず、自身の安全を省みる素振りすら見せずに照準を変更、質量兵器による攻撃を仕掛けてくるのだ。
一度など、敵機のそれと同時に発射された波動砲が雷撃を掻き消した後に進路を変更、攻撃隊から然程に離れてはいない位置を通過した程だった。
幸いにして、弾速の問題から攻撃隊を直撃する軌道までの修正は間に合わなかった様だが、それでも以降の波動砲充填中にこちらの動きを抑制するには十分な成果だ。
このままでは、埒が明かない。

視線の先、漆黒のキャノピーを持つR戦闘機が放った連射型の質量兵器が、ミサイルを放ったR戦闘機の外殻装甲を穿つ。
被弾したR戦闘機は、瞬間的に側面方向へと長距離移動。
しかし、その回避運動を予測していたのか、移動先に散布する様にして放たれた弾幕、その内の1発がキャノピーを捉える。
吹き飛ばされる機首。
だが、その機体は何事も無かったかの様に戦闘機動を継続し、あろう事か再度充填していた波動砲を放つ。

対するもう1機のR戦闘機は、敵機の砲撃と同時に前方への爆発的加速を敢行。
巨大な機体の姿が視界より掻き消える程の加速を以って、弾体誘導限界を超える敵機至近距離へと接近を図る。
無論、波動砲を放った機体も別方向へと加速し距離を置いたが、波動砲の誘導自体には失敗した。
弾体は誘導限界の更に内側へと距離を詰められ、軌道修正を図ったままの歪な放物線を描き、廃棄物の只中へと着弾する。
爆発、引火、更に爆発。
砲撃を回避したR戦闘機が、またも膨大な魔力の集束を開始する。
雷撃が来るか、と身構えるフェイトだったが、バルディッシュからの警告がその予想を打ち砕いた。

『I detect distortion of the space. It is supposed that it is a high rank summon magic』
「召喚魔法?」

フェイトは目を凝らし、R戦闘機の機首を見据える。
そして、気付いた。
機体前方、明らかに空間が揺らいでいる。
どうやらあのR戦闘機は、異なる次元より何かを喚び出すつもりらしい。

そして、警戒するフェイトの視線の先で次の瞬間、紅蓮の光が炸裂した。
全身が打ち砕かれんばかりの衝撃が彼女を襲い、その身体を後方へと弾き飛ばす。
聴覚が麻痺する中で視界ばかりが機能を継続し、目まぐるしく回転する場景を映し出す中、フェイトは必死に姿勢制御を試み続けていた。
だが、その奮闘も空しく、再びの衝撃波が彼女を更に異なる方向へと吹き飛ばす。
爆発、それもかなりの規模だ。
それが何処で発生したのかは判然としないが、恐らくは波動砲の着弾によるものである事は容易に想像できる。
強烈な光が熱となって皮膚を炙り、鋼鉄の壁が衝突したかの様な衝撃が全身を打ち貫いた。
更に数瞬後、三度目の衝撃と共に、その意図せぬ機動は終わりを告げる。
オットーと1名の隊員が、彼女の身体を受け止めたのだ。
ふらつく意識を何とか立ち直らせ、感謝の言葉を紡ごうとするフェイト。
しかしそれより早く、オットーが警告を発した。

「頭上、来る!」

またも響く、鉄塊の擦れ合う壮絶な異音。
咄嗟に上方へと視線を向けるフェイトの左右から、無数の高速直射弾とレイストームの緑の光条が放たれる。
貫かれ、粉砕され、或いは反動によって落下軌道を逸らされる、廃棄物の雨。
しかしそれらの陰から、中型車両に匹敵する巨大な鉄塊が現れた。
レイストームが突き刺さり、直射弾が炸裂するも、鉄塊は砕ける事も軌道を外す事もなく落下してくる。

「せあッ!」

フェイトは即座に上方へと躍り出ると、裂帛の気合いと共にカラミティを振るった。
刃ではなく刀身側面を、鉄塊の側面へと叩き付ける。
轟音が鼓膜を劈き、衝撃がカラミティの柄を掴む手の表皮を引き裂くが、同時に鉄塊は3人へと直撃する軌道を僅かに逸れ、掠める様にして燃え上がる廃棄物の山の中へと落下していった。
それを見届け、フェイトはカラミティを振り抜いたままの体勢で荒い息を吐く。
その腕は衝撃に震え、皮の破れた手は柄との間から血を零し続けていた。

「執務官!」
「大丈夫・・・でも・・・」

隊員の声に答えつつ、フェイトは遥か彼方のR戦闘機を見やる。
目を離していた僅か数秒の間に壁面近辺にまで移動したその機体は、連射型質量兵器による弾幕を形成しつつ、敵機から放たれる同種の兵装による攻撃を回避すべく戦闘機動を継続していた。
流れ弾を警戒し視線を逸らさないまま、フェイトは背後へと問い掛けた。

「さっきの攻撃は?」
「詳しい事は・・・空間歪曲が発生した直後に、炎を纏った何かが飛び出して来て・・・」
「視認できたのは其処までです。我々も、貴女程ではないにしろ衝撃波を浴びたので」
「そう・・・バルディッシュ、解析できた?」

次いでフェイトは、自身のデバイスへと問う。
回答は、すぐに得られた。

『I confirmed the movement of the heat source of the hyperpyrexia. As a result of collation, it is supposed that the object is a meteorite』
「隕石だって!?」

バルディッシュの言葉を聞いた背後の隊員が、信じられないとばかりに声を上げる。
フェイトもまた、バルディッシュの言葉をすぐには信じる事ができなかった。

通常、召喚魔法とは使役対象となる生命体、または魔力によって構築された物質を喚び出す技術である。
具体的には、キャロの用いる錬鉄召喚や竜騎召喚、ルーテシアのインゼクトや地雷王召喚などがそれに該当する魔法だ。
それ以外の物質を喚び出すとなれば、最適な技術は召喚魔法ではなく転送魔法となる。
無論、両者の中間となる技術も存在はしているが、余り実用的ではない。
術者に転送魔法の適性が皆無である場合、事前に指標済みである対象を召喚魔法の応用で喚び出す事ができる、といった程度のものだ。
大きめの魔力消費量と比して転送可能な質量は余りに少量であり、実戦で用いるにはリスクが大き過ぎるのである。
恐らくは無機物である隕石、しかも高速移動中であるそれを喚び出すとなれば、召喚魔法よりも転送魔法の方が適している事は明らかだ。

だがバルディッシュは、あの隕石は召喚によって喚びだされたものであると告げている。
従来ならば、解析に何らかの落ち度があったのではと考えるだろうが、フェイトは自身の相棒を心底より信頼していた。
バルディッシュの能力を、バルディッシュを組み上げた師、リニスの腕を。
フェイトは、心から信頼しているのだ。
そして事実、バルディッシュは他のデバイスと比して、一線を画す性能を有していた。

バルディッシュが言うのならば間違いは無い。
あのR戦闘機が隕石を召喚する際に用いたのは、紛う事なき召喚魔法だ。
だが何故、より効率に優れた転送魔法ではなく、召喚魔法を用いるのか?

考えられる可能性は2つ。
あの隕石は、魔力によって構築されたものだった。
それならば、錬鉄召喚と同じ原理での説明が付く。
もうひとつは、ただ単に地球軍が完全な魔法技術体系の解析を成し遂げていない、という可能性だ。
この場合、無機物転送に最適な魔法の選択ができなかったとしても不自然ではない。

だが、そのどちらの可能性も問題の本質ではない事は、フェイト自身も気付いていた。
フェイトが、あの攻撃を召喚魔法であると信じ切れない、その最大の理由。
詰まる所それは、魔導師としての常識によるところだった。
有り得ない、有り得る筈の無い魔法。



「宇宙空間」から物質を、況してや「隕石」を召喚する魔法の存在など、聞いた事もない。



地表から宇宙空間への転送ならば、幾度か事例があった。
12年前の闇の書事件に於いても、ユーノ、シャマル、アルフの3名により、闇の書の闇に対する静止軌道上への転送が行われている。
だがそれは飽くまで転送魔法、それもその分野のスペシャリストが3名同時に、発動後の魔力残量を一切考慮せずに転送を実行した事例だ。
他の場合も同様で、中にはリンカーコアの崩壊を招いた事例も存在する。
転送ですらこれであるのに、召喚など以ての外だ。
況してや、宇宙空間を秒速数十kmなどという常軌を逸した速度で翔け続ける隕石、そんなものを転送するなど不可能。
第一にそんな魔法が存在するのであれば、嘗て次元世界に存在したどの古代文明も軍事用のロストロギアなど造り出しはしない。
オーバーSランクの魔導師が1人存在すれば、戦略級の攻撃を実行できるのだから。

尤も、実際に隕石が召喚されてなお、この空間に存在する全員が生き長らえているという事は、召喚できる隕石のサイズには限界があるらしい。
破壊された壁面に視線を投じつつ、フェイトはそう思案する。
彼女の視線は積み上がった廃棄物の上、露出している分の面積だけでも凡そ2,000,000平方m超という途方もなく広大な壁面、そのほぼ中央に開けられた直径500mはあろうかという「穴」に注がれていた。
今なお、活火山の火口と見紛うばかりの業火と黒煙を吐き出し続ける、その「穴」。
破壊は壁面に留まらず、その向こうに拡がる施設構造物にも及んでいるらしい。
「穴」を通して集積所内に響く警報と爆発音が、途切れる事なく鼓膜を打つ。
態々確認するまでもなく、その「穴」を穿ったのは召喚された隕石である事を、フェイトは理解していた。

「・・・冗談じゃない」

無意識の内に零れる言葉。
幾ら隕石のサイズに限度があるとはいえ、これ程までに常軌を逸した破壊を齎す魔法を、フェイトは他に知らない。
純粋魔力による砲撃ではなく、被召喚物による質量攻撃。
非殺傷設定などあろう筈もない、殺意の結晶。
アルカンシェルに代表される大型艦艇搭載型戦略魔導砲ならばともかく、兵器とはいえ艦艇とは比べるべくもない単体のそれが、それこそ戦術級魔導兵器にも匹敵する破壊力を秘めているなどと、管理世界に於いて予測し得る者が存在するだろうか。

気象を操作し、落雷を誘発し、隕石を召喚する漆黒の機体。
正しく異常、悪夢から抜け出し具現化した、御伽話の怪物の如き存在。
遠い存在である質量兵器ではなく、より明確な脅威として感じられる魔導の力を以って迫り来る、信じ難いまでの脅威。

「執務官・・・」
「分かってる」

何時までも思考に沈んではいられない。
フェイトは決断する。
このままでは2機のR戦闘機によって副次的に行動を制限され、頭上より津波の如く襲い掛かる膨大な量の鉄塊に押し潰される事となる。
R戦闘機か、大型機械か。
どちらかを早急に撃破し、状況を打開せねばならない。

何より現状では、確かめるべき事があるというのに、その確認の為の行動が取れないのだ。
あの魔力を操るR戦闘機のパイロット、それが誰であるのか。
フェイトとしては一刻も早くそれを確認したいのだが、迂闊に動けば即座に波動砲が飛来し、更には鉄塊が降り注ぐという状況下では、それが叶う筈もなかった。
そういった点からも、早急な脅威の排除が望ましい。
フェイトは、攻撃隊各員へと念話を飛ばす。

『総員、大型機械の動きに注意して。誘導型波動砲の発射と同時に仕掛けます。砲撃準備。R戦闘機への牽制は・・・』
『任せて下さい。貴女はあの機械どもを』

念話での交信を終えるや否や、フェイトの背後で3つの魔力が集束を始めた。
長距離砲撃の準備だ。
R戦闘機に対する牽制の役目は、彼等が担ってくれる。
残る1名とオットーの役目は、落下してくるであろう廃棄物の迎撃だ。
そしてフェイトの役目は、R戦闘機が攻撃態勢を整えるまでの間にオットー達が切り開いた道を辿っての、大型機械に対する近距離からの直接攻撃。
コアらしき部位を破壊し、脅威の一端を突き崩すのだ。

幸運な事に3機は今、其々のコアを中心に向かい合う様にして編隊を組み、下方より廃棄物を吸い上げつつこちらへと接近している。
3機は其々、側面に小型の近距離迎撃砲を有してはいるが、一方でコアの露出している面に武装が無い事は確認済みだ。
それらの中心に飛び込む事さえできれば、カラミティによる一撃で3機を纏めて撃破できる自信が、フェイトにはあった。

『R戦闘機、両機共に波動砲の充填を開始! 発射まで5秒!』
『敵性機械、頭上まであと僅か!』

そして遂に、その機会は訪れる。
膨大な魔力の爆発と共に隕石と雷撃が同時に放たれ、それらを迎撃すべく誘導型波動砲が放たれた。
紫電と紅蓮、金色の光を視認するや否や、フェイトは頭上の異形を目掛け突撃を開始する。

『今だ!』

誘導型波動砲を射出したR戦闘機が、フェイトの機動に気付いた。
隕石と雷撃とを迎撃した波動砲弾体の消失と同時、側面方向への回避運動を実行しつつ2基のミサイルを放つ。
だがそれらは、隊員の放った同じく2発の集束砲撃魔法により撃墜された。
弾体加速前に狙撃されたそれは、慣性の法則により母機と平行移動していた為、爆発に機体そのものをも巻き込む。
自らが放ったミサイルの爆発による巨大な圧力に押され、R戦闘機は大きくバランスを崩した。

其処へ撃ち込まれる、もう1機のR戦闘機からの連射型質量兵器による弾幕。
主翼、垂尾、左エンジンユニットが吹き飛び、更には残る1名の隊員が放った牽制の為の砲撃が、予期せずキャノピーの中央へと突き立つ。
R戦闘機は、機首右側面及び機体後部左側面のサイドスラスターを作動、瞬間的に機体中心を軸とする駒の様な回転運動を成し遂げ、砲撃を受け流そうと試みた。
結果、砲撃に機体を正面より貫通される事態は避けられたもののキャノピーを根こそぎ吹き飛ばされ、黒煙を噴き上げつつ高度を落とし、音速に達する速度もそのままに燃え上がる廃棄物の山へと突っ込む。
轟音、飛び散る廃棄物。

フェイトは波動砲発射時の衝撃に煽られながらも突撃を継続しつつ、バルディッシュを通し一連の推移を認識していた。
僅かに一瞬の攻防、その結果として得られた想定外の戦果。
驚異の一端が完全に消失した事を確認し、彼女はカラミティを握る手により一層の力を込めると、頭上に点る3つの緋色の光を睨む。
バリアジャケット、真・ソニックフォームへ。
敵性大型機械、エネルギーコア。
目標までの距離、約180m。

『ゴミだ!』

隊員からの警告。
目標、上部より大量の廃棄物を放出。
廃棄物のサイズ、最小は1m前後から、最大で5m弱。
対象数過多により、総数は即時計測不能。
進攻軌道上の対象数、約11。

『左へ!』

隊員からの念話に従い、左側面へと3m移動。
直後、空間を貫く簡易砲撃魔法2発、レイストームの束。
フェイトへと直撃する落下軌道を取る11の廃棄物、内9つへと直撃、粉砕する。
廃棄物、残り2つ。
共に5mサイズ。
カラミティを腰溜めに、刃の先端を後方へと向けて構える。
そしてフェイトは更に加速、2つの廃棄物の落下予測軌道を見極めるや否や、それらの交差する点を目掛け決定的な加速を敢行した。
ソニックムーブ、発動。
歪む視界、迫り来る廃棄物。
それらの間隙を擦り抜ける際、フェイトの背に灼熱の感覚が生じる。

「ッ・・・!」

背面を切り裂く、鉄片の感触。
大型機械によって吸い上げられる直前まで炎を纏っていたそれは、未だ拡散する事のない高熱を以って傷口を焼いた。
肌を切り裂かれ、肉を焼かれる苦痛に、フェイトの咽喉を悲鳴が込み上げる。
しかし彼女はそれを呑み込み、更に速度を上げた。
背後からは、2つの鉄塊が接触した際の衝撃、そして轟音が響く。
一瞬でも加速を躊躇えば2つの鉄塊に挟まれるか、若しくは頭上を塞ぐ様に落下してくる双方の廃棄物によって押し潰されていただろう。
だが、フェイトはその危機を切り抜けた。
不屈の意志と不退転の決意を以って、迫り来る脅威を打ち破ったのだ。

そして今、フェイトの視線の先、約30m。
彼女にとっては正に目と鼻の先である距離には、目標たる3機の大型機械のコアがあった。
フェイトがこの後に為すべき事は、単純にして明確だ。
距離を詰め、カラミティを振り、3つのコアを破壊すれば良い。
フェイトは事前予測に基き、その攻撃行動を取り行おうとした。

「ぁあああああッッ!」

自身の速度と合わせ、脅威的な速度で以って振るわれるカラミティ。
掬い上げる様な刃の軌道が、中空に黄金色の残像を生じさせる。
再度のソニックムーブ発動と共に、フェイトとコアの距離は一瞬にしてゼロへと近付き、そして。

「な・・・!?」



コアの傍ら、腐食した外殻へと刃が突き立った。



『執務官!?』

必殺の一撃が目標を外れた事に、隊員達から悲鳴の様な念話が飛び込む。
フェイトは答えない。
唯々、呆然と大型機械の外殻に突き立つカラミティ、自身の血に濡れたその柄を見やる。
彼女の手は、カラミティを握ってはいなかった。
主の手を離れた大剣、それだけが虚しくもコアの2mほど横、化学物質により侵食され爛れた肉壁の如き様相を晒す外殻、その表層へと突き立っている。

何故、自身は攻撃の最中にカラミティを手放した?
自問するフェイト。
その疑問は、彼女の左腕を伝い滴る、熱く、粘性を持った液体の存在により氷解した。
錆びた鉄の臭い。
フェイトは、自身の肩を見やる。

「あ・・・ああ・・・」

其処に「穴」があった。
親指ほどの直径の「穴」が、彼女の肩に開いていたのだ。
微かな白い煙を上げるそれは、詰まりの取れた排水管の如く血の塊を吐き出す。
遅れて意識へと伝わる、想像を絶する激痛。
堪らず悲鳴を上げようとするフェイトだったが、それより早く右大腿部に熱が奔った。

「うあぁッ!?」

その瞬間、フェイトは視認する。
後方より自身の脚を貫く、青い光線。
貫かれ、血を噴き出す脚を気遣う暇も無く、彼女は後方へと振り返る。
其処に、それは居た。

「・・・ガ・・・ジェット?」

フェイトは、その兵器を知っている。
ガジェットⅢ型。
球状のボディを持つ、嘗てジェイル・スカリエッティによって尖兵として生み出された、無人兵器。
それが、無限とも思える廃棄物の山の中から現れ、レーザーの砲口をこちらへと向けていた。
だが、フェイトが驚愕したのは、不意を突かれた事に対してではない。
信じ難いのはガジェット自体、その外観だった。
他の隊員達も同様の念を抱いたのか、念話にて呟きが漏れる。

『何・・・あれ・・・』

そのⅢ型は、機体上部が大きく抉れていた。
巨大な力によって叩き潰され、破壊された部位を跡形もなく削り取られていたのだ。
捩れ剥がれた外殻装甲の下からは内部機構が露わとなり、鈍色の機械系統が表層を覗かせる。
全体は黒ずんだ油膜と汚染物質により覆われ、外殻の其処彼処が蝕まれては腐食し、細かな穴が無数に開いていた。
それらの隙間より細いケーブルが零れ落ち、宛ら内臓の様に機体下部へと垂れ下がっている。
明らかに、機体制御に異常を生じているであろう様相。
致命的な損傷を受け、金属を腐食させる複数種の化学物質の混合液に浸され、そのままかなりの時間が経過していた事を窺わせる、凄絶な姿。

だというのに。
明らかに機能停止レベルの損壊と汚染にも拘らず、眼前のガジェットは機能していた。
僅かに残ったセンサー類に光を点し、レーザー砲に化学触媒を供給し、1本だけ残されたベルトアームを振り翳して攻撃態勢を取る。
垂れ下がった無数のケーブルの先端から汚染物質を滴らせ、本来の機体性能を大幅に下回る速度で接近してくる様は、正に亡霊を思わせた。
そして、呆然とその姿を見やる、フェイトの視界の中。
その砲口に、またも青い光が宿った。

「く・・・!」

レーザーが来る。
そう判断したフェイトは、咄嗟に回避運動を取ろうとした。
だがその直前、突如としてⅢ型のベルトアームが力を失い、垂れ下がる。
何が、と警戒するフェイトの目前で、Ⅲ型のセンサーが光を失い、機体が重力に引かれ落下を始めた。
呆気に取られてその様子を見守る攻撃隊。
機能停止したⅢ型は廃棄物の山に紛れ、すぐに区別が付かなくなった。
それを見届け、腑に落ちないながらもフェイトは、大型機械へと視線を戻そうとする。
その行動を遮ったのは、オットーからの念話だった。

『ガジェット・・・違う! 敵性機械、更に出現! 20、30・・・数え切れない!』

呆然と、ただ呆然と見やる事しか、フェイトにはできない。
廃棄物の山、その至る箇所から亡者の如く這い出す、無数の機械達。
ガジェット、作業機械、兵器類。
軍用・民用を問わず、あらゆる機械類が廃棄物の中より息を吹き返し、その砲口を、腕を、特殊作業用パーツを攻撃隊へと向けている。
それらの機械群に共通する点は、唯1つ。
本来ならば機能停止状態となっているであろう、重大な損傷・欠損。

内部機構を露わにし、無数の内蔵ユニットとケーブルを零し、汚染物質と合成油を滴らせながら動く、鋼鉄の亡霊達。
中には自らを焼く業炎を纏ったまま、消化する素振りさえ見せずに上昇する機影もある。
それらは徐々に高度を上げるも、しかし中途で力尽き、機能停止しては落下する影も少なからず存在した。
動かずにいれば自己保存の可能性もあるというのに、それを完全に無視して敵対者に対する攻撃態勢に入っているのだ。
保身を一切考慮しないその自殺的な行動に、明瞭し難い恐怖がフェイトの意識を蝕んでゆく。
だが彼女には、自身が恐怖している事実を認識するどころか、肩と大腿部の負傷を確認する暇さえ与えられなかった。
突然の浮遊感が、彼女の全身を襲ったのだ。

「なっ・・・!?」
『執務官?・・・いけない!』
『逃げて下さい! ハラオウン執務官!』

肉体を統括する意思を無視し、徐々に上昇しゆくフェイトの身体。
咄嗟に飛行魔法を中断するも、身体の上昇は止まらない。
訳の分からない現象に、フェイトの意識は混乱する。
だが続けて放たれた隊員の念話に、フェイトは自身に何が起こっているのかを把握した。



『大型敵生体、機体下部開放! 執務官が吸い込まれる!』



反射的に、頭上へと視線を投じる。
其処に、闇があった。

「・・・嘘」

大型機械の1体、機体側面にコアを備えたそれが、フェイトの遥か頭上、200m程の高度に位置している。
機体下部の外殻が大きく開放され、その中に漆黒の闇が口を開けていた。
それが何の為に存在するものであるのか、フェイトは既に理解している。
廃棄物回収用の吸入口。
彼女の身体は偏向重力場に捉えられ、今まさにその穴へと吸い込まれようとしているのだ。

「く・・・!」

焦燥も露わに、フェイトは改めて飛行魔法により下方へと降下を試みる。
だが、偏向重力による吸引力は、明らかに飛行魔法の推力を上回っていた。
徐々に上方へと引き摺られる、フェイトの身体。

「くぁ・・・ぁ・・・!」
『執務官、横へ! 横へ飛んで下さい!』

意識へと飛び込んだ念話に、フェイトは自身の斜め上方を見やる。
其処には、コアの傍らにカラミティの刀身を突き立てられたまま、廃棄物を吸い上げている大型機械の姿があった。
その高度は、フェイトを吸い上げようとしている機体から、60mほど下方に位置している。

それを理解するや否や、彼女はソニックムーブを発動した。
進行方向は下方ではなく側面、水平方向への移動を意識して加速。
しかしその瞬間、より吸引力を増した偏向重力により、彼女の身体は曲線を描く様にして斜め上方へと向かう。
だがその事態は、彼女にとって予測の範疇だ。
偏向重力により加速しつつ辿り付いた先には、ライオットザンバー・カラミティを突き立てたままの異形が存在していた。
フェイトは、その化学物質に侵された外殻を掠める様にして飛翔し、カラミティの柄へと手を伸ばす。
そしてその指は、確かに届いた。
右手の握力を振り絞り、確りと柄を握り締める。
自らの手に戻った相棒と短い意思の疎通を行い、異常の無い事を確かめると、フェイトの胸中に僅かながらも希望が生じた。

「いけるね? バルディッシュ」
『Of course』

その頼もしい答えに、フェイトは僅かに笑みを浮かべる。
しかし次の瞬間には、彼女はその瞳に怜悧な光を浮かべ、自身の傍らで光を放つコアを見据えていた。
外殻に着いた足に力を込め、一息にカラミティを引き抜かんとする。
先ずは、此処で1機。
最初の目標を定め、渾身の力を込めて外殻を離れようと試みた、その数瞬後。



フェイトの身体は、上下が入れ替わっていた。



「な・・・ッ!?」
『Sir!?』

一体、何が起こったのか。
それを理解する為には、数秒ほどの時間が必要だった。
異形の外殻に突き立ったカラミティ、その柄を掴む右手を支点に、フェイトの身体は上下が反転していたのだ。
瞬間的に吸引力を増した偏向重力によって、周囲数十m以内の重力作用方向が完全に逆転してしまっている。
それどころか、その吸引力は徐々に増してさえいた。
フェイトは右腕1本で、カラミティの柄を支えに「宙吊り」となっているのだ。

「うぁ・・・ぁ・・・ぁぁ・・・!」

凄まじい重力負荷の中、フェイトの全身から汗が噴き出す。
通常の倍にまで達した重力場の中、全体重を繋ぎ止める右腕の筋肉は今にも千切れんばかりに収縮し、限界を知らせる小刻みな痙攣を起こしていた。
肩部と大腿部より溢れ出す血液は、下方ではなく上方へと筋を描き伝い、大量の空気の流れと偏向重力に攫われて「穴」の中へと消える。

フェイトは、デバイスの柄から手を離す事ができない。
数十、或いは数百トンもの廃棄物を吸入する、漆黒の穴。
其処に吸い込まれた人間が如何なる末路を辿る事になるのか、フェイトは微塵たりとも知りたいとは思わなかった。
それが碌な結果にならない事は容易に察する事ができた上、余りのおぞましさに意識が考える事を放棄したという事もある。

フェイトは全身の神経を右腕へと集中させつつ、しかしある瞬間、ふと足下を見た。
見てしまった。
その結果、唯1つの感情が、彼女の意識を満たす事となる。

「ぁ・・・!」

「穴」は、すぐ其処にあった。
吸入を継続している機体が降下してきたのか、或いは自身がカラミティを突き立てている機体が上昇したのか。
どちらかは分からないが、現実に「穴」は彼女の足下から、僅か30mにも満たない位置にあった。
此処まで接近して漸く、フェイトは敵性機械の正確な大きさを知る。
自らが接触している機体については、距離が近過ぎる事もあり正確なサイズの把握は困難だったのだ。
上方の機体についてもそれは同様なのだが、彼女を吸い込もうとする「穴」のサイズから推測する事ができた。

長方形に近い形状のその「穴」のサイズは、全長20m、全幅40mを優に超えている。
其処から察するに、機体全長は40m、全幅は60m以上あると考えられた。
「穴」の中は漆黒の闇に閉ざされており、凄まじい勢いで流入する大気が立てる轟音、そして耳元の風切り音だけが、亡者の呻きの如くフェイトの鼓膜を震わせる。
「墓穴」より響くその音に、フェイトの精神は完全に支えを失った。

恐怖。
今や、彼女の心中を占めるのは、唯それだけ。

『砲撃を・・・援護して!』

攻撃隊に対し、必死に援護を要請するフェイト。
しかし返された答えは、彼女以上に切羽詰まったものだった。

『機械群の猛攻撃を受けている! 支援は不可能! 繰り返す! 支援は不可能!』
『来たぞ!』

約200m下方、フェイトにとっては「頭上」となった其処では、砲撃と直射弾、レイストームの嵐が吹き荒れている。
押し寄せる損壊したガジェットと作業機械の大群を、攻撃隊は必死に形成した弾幕で以って食い止めていた。
しかしそれも、徐々に綻びが生じている。
何しろ彼等の足下を埋め尽くすのは、何時動き出すとも知れぬ廃棄機械の山なのだ。
事実、円陣を組む様にして全方位に対する迎撃戦を展開する彼等の直下より時折、先端の欠損したベルトアームやらマニピュレーターを用いて廃棄機械が表層へと姿を現し、攻撃隊への突撃態勢に入る。
その都度、それを察した隊員が簡易砲撃を叩き込むのだが、それらの出現は止む事がなかった。
そして更に、状況の悪化を知らせる念話が発せられる。

『そんな・・・蟲です! またあの蟲が出た! こっちに来る!』
『迎撃を・・・くそ! 「AC-47」臨界値突破! 強制排出に移る!』
『こっちもです!』

R戦闘機によって破壊された壁面から、大量の蟲が現れた。
隊員の脚を潰した、あの鉄柱を生み出す鋼鉄の蟲である。
40体前後のそれらは、鉄柱の尾を引きつつ攻撃隊へと接近。
彼等を包囲し、物理的に圧殺せんとする。
最早、攻撃隊にフェイトを支援する余裕など無い事は、一目瞭然であった。

あの機体は?
魔力を操る機体、義父が搭乗している可能性がある、あのR戦闘機はどうしたのだ。
バイドと敵対しているであろうあれは、一体何をしているのだ?

無我夢中で視線を廻らせれば、雷光を以って迫り来る機械群を薙ぎ払う、漆黒のR戦闘機の姿がフェイトの視界へと飛び込む。
信じ難い威力を秘めた波動砲を備えるその機体はしかし、無限の廃棄機械群による絶対包囲と蟲どもの突撃によって、徐々に押されつつある様に見受けられた。
雷光が発せられる度に包囲は崩れ、廃棄物の山は消し飛ぶのだが、それこそ1秒と経たぬ内に新たな廃棄機械が動き出し、壁面より現れる蟲の群れが襲い掛かる。
撃ち掛けられる無数のレーザーとミサイル、迫り来る幾条もの鉄柱に、R戦闘機は隕石を召喚する為の満足な充填すら許されず、只管に雷撃とミサイルによる迎撃を繰り返していた。
大型機械の1機がその頭上へと接近しているが、それに対応する余裕すら無いらしい。

以上の情報を統合して得られた、無情な解答。
自己のみによる状況打開手段、皆無。
救援可能戦力、皆無。
心中の恐怖が、絶望が、より一層にその濃さを増す。
知らず、声が漏れた。

「嫌・・・いや!」

逆転した重力の中、首を振り怯えの宿った眼で「穴」を見下ろし、拒絶の言葉を放つフェイト。
膨大な大気の濁流、その只中で彼女は、足下に拡がる闇より逃れようと、その腕に有りっ丈の力を込める。
しかし、辛うじて彼女を生ある世界へと繋ぎ止めているそれ、バルディッシュ・ライオットザンバー・カラミティという名の楔は、己の意思に反してその役目を放棄しつつあった。
大型機械の外殻に突き立つ刃先が、強力な偏向重力によって外れ掛かっているのだ。
バルディッシュは「AC-47β」によって増幅された魔力を用いて刃先を拡大し、何とか外殻からの剥離を防ごうとするも、化学物質によって腐食の進んだ外殻はいとも容易く損傷個所を拡げてしまい、最早これ以上の拡大は不可能だった。

「嫌だ! 嫌ぁ!」

徐々に、徐々に、フェイトの握力が弱まる。
バルディッシュの柄を握り締める手、その小指が解け、僅かに全身が「穴」へと近付いた。
彼女は尚も抵抗するものの、偏向重力が弱まる様子は無い。

「バル・・・ディッシュ・・・ごめんね・・・!」

胸中を占める絶望と滲み出す諦観に、フェイトは自身の道連れとなるであろう相棒に謝罪の言葉を発する。
それに対しバルディッシュが何らかの返答を行ったらしいが、彼女にはそれを聞き取る事ができなかった。
確実に念話であったにも拘らず、彼女の意識は既にバルディッシュから離れていたのだ。
フェイトの意識を打ったのは、絶望的な迎撃戦を展開している攻撃隊、オットーからの念話。

『ゴミが・・・執務官!』

フェイトは足下の「穴」ではなく、頭上の廃棄物の山を見上げる。
その中から無数の廃棄物が浮かび上がり、こちらへと迫り来る様が視界に飛び込んだ。
10m級が複数、明らかに直撃軌道。
もう、術など無かった。

このままでは、廃棄物に押し潰される。
かといって手を離せば、眼下の「穴」に吸い込まれる事となる。
打開策はなし。
もう、何をやっても無駄なのだ。

迫り来る鉄塊。
フェイトは、何処か穏やかですらある思考のままにそれを認識し、終焉の訪れる瞬間を待つ。
せめてもの抵抗として、自身を押し潰すであろう鉄塊を睨む彼女。
そして遂に、鉄塊との距離が20mを切った、その時。



唐突に、偏向重力が消失した。



「・・・え?」

違和感。
突如として正常状態に復帰した重力作用方向に、フェイトは咄嗟の判断を行う事ができなかった。
頭から落下を始め、しかしバルディッシュにより強制的に発動された飛行魔法によって浮遊、逆転していた天地が元に戻る。
呆けた様に自身の相棒を見つめ、次いでふと眼下へと視線を投じれば、その先には落下してゆく鉄塊の影。
此処にきて漸く、フェイトは状況を理解した。
偏向重力が消失した事により、自身は危ういところで生命を繋いだのだ。
しかしそれを理解しても、彼女の胸中に歓喜の念が湧く事はない。
それよりも遥かに、現状に対する疑問の方が大きかった。

何故、重力操作が止んだ?
あと一歩で自身を排除できたというのに、何故ここにきて攻撃を中断するのか。
頭上の敵性機械に、何が起こったのだ?

そんな彼女の疑問は、頭上から響いた衝撃音によって掻き消された。
何らかの機械が停止する際にも似た、鋼鉄の鼓動が途絶える音。
反射的に上へと向く視線。
彼女の視界を覆い尽くす、腐食した灰色の外殻。
それが迫り来る大型機械であると理解した瞬間、彼女は回避行動へと移行した。

「バルディッシュ!」
『Sonic Move!』

バルディッシュの刃先が、大型機械の外殻を抉り離れる。
それを確認するや否や、フェイトは瞬間的に加速、側面方向へと逃れた。
そんな彼女を掠める様にして、大型機械は廃棄物の只中へと落下してゆく。
爆発も、何かしらの破壊音も立てる事もなく、山と積み重なった廃棄物を押し潰す様にして落着する大型機械。
一体、何が起こったというのか。
フェイトには、まるで状況が理解できなかった。

『Behind sir!』

バルディッシュからの警告。
我に返り背後へと振り返れば、先程まで自身が張り付いていた大型機械が此方へと迫りくる様が視界に飛び込んだ。
咄嗟にバルディッシュを構えようとして、左腕と右脚が機能していない事実に思い至るフェイト。
だがそれでも、戦うしか道は残されていない。
覚悟を決め、右腕のみでバルディッシュを振り被る。



瞬間、大型機械のコアに穴が穿たれた。



「・・・え?」

三度、呆けるフェイト。
大型機械は彼女から20mほど離れた位置を通り過ぎ、やがて落下を始める。
先程の機体と同じく、爆発も起こさず、破壊音すら響かせる事なく、瞬間的に機能が停止したかの様に、自由落下へと移行したのだ。
眼前で起こった現象を理解できずに、フェイトはその軌跡を目で追う。
その先、突き当たりの壁面の、遥か上部。
其処に、橙色の光が集束していた。

「あれは・・・?」

次の瞬間、その光が爆発する。
リンカーコアを通じて知覚される、強大な魔力による圧迫感。
先程までの状況もあり、思わず身を竦めるフェイト。
だが発射された光の奔流は、攻撃隊を襲う蟲の群れと廃棄機械群を纏めて貫いた。
明らかに、SSランクに匹敵する集束砲撃魔法。
数百もの廃棄物群を一瞬にして消し去り、着弾地点で起こった炸裂は堆積するそれらを山ごと粉砕する。
その砲撃に救われた攻撃隊ではあったが、自身等を包囲する廃棄機械群の半数近くが一瞬で掻き消えた事により、歓喜よりも驚愕と混乱とに支配されている様子であった。
しかし彼等の、フェイトの混乱は、更に加速する。

「何が・・・!?」
『ガジェットが・・・ガジェットが止まっていく! 機能停止だ!』
『味方の攻撃か? 一体何処から!?』
『攻撃が見えない・・・何をしているんだ!?』

次々と機能を停止し、物言わぬ鋼鉄の躯へと戻る廃棄物群。
それらが一体、何を為された結果として機能を停止しているのか、攻撃隊には理解できない。
だが、フェイトは理解していた。
この攻撃が何であるのか、それを実行している人物が誰であるのか。

眼前で大型機械のコアに穿たれた、自身の拳よりも一回り小さな穴。
微かに見えた、緑の魔力光。
この攻撃、一方的にして絶対的な攻撃の正体とは。

『超高密度魔力集束確認・・・壁面、通路です!』



狙撃だ。



『砲撃、来ます!』

再び、橙色の砲撃が放たれる。
R戦闘機を執拗に狙っていた最後の大型機械はその砲撃により半壊、攻撃行動を中断したところへ撃ち込まれたミサイルがコアを直撃し、機能を停止した。
上空の脅威が消えた事で機動性を確保したR戦闘機は、廃棄物の山より放たれるレーザーを回避、或いは装甲で受けつつ、波動砲の充填を開始する。
その様子を目にしたフェイトは、全方位へと向かって念話を放った。

『退避!』

魔導師達が、中空へと逃れる。
直後、召喚された隕石が集積所の中央、廃棄物の只中へと着弾した。
壮絶な衝撃と熱が轟音と共に攻撃隊を襲い、その身体を上空へと撥ね上げる。
実に5秒以上にも亘って意図せぬ空中機動を強いられたフェイトは、漸く態勢を立て直すと、朦朧とする意識を何とか引き締め、眼下へと視線を投じた。

廃棄物の山は、無い。
否、あるにはあるのだが、それらはもはや別個の存在ではなかった。
衝撃によって粉砕され、高熱によって溶解し、炎を噴き上げる液化金属となっていたのだ。
恐らくその下では、未だに隕石が燻っているのだろう。
時折、連鎖的に小爆発が繰り返され、液化金属が上方へと撥ね上げられる。
集積所の隅は辛うじて溶解を免れてはいるが、衝撃によって吹き飛ばされた廃棄物が積み上がり、今にも崩壊しそうだ。
これが、あの波動砲の最大出力か。
余りの惨状に、フェイトの口から無意識の言葉が零れる。

「狂ってる・・・」
『全くですね』

突然の念話。
フェイトはゆっくりと、その視線を壁面へと移した。
攻撃隊が集積所への侵入に用いたものと酷似した通路が口を開け、その縁に何やら動くものが見える。
それが誰であるのかを念話によって確信したフェイトは、疲労を隠そうともせずに思念を送った。

『危ないところだった・・・もう少し遅れてたら、今頃は挽肉になってた』
『間に合った様で良かった。奴さん、こっちにはまるで気付いてなかった様でしたんでね。存外に装甲が脆くて助かりましたよ。おかげで簡単にブチ抜けた』
『・・・凄い皮肉だね、それ・・・ディエチも其処に居るの?』
『はい、ハラオウン執務官』
『そう・・・助かったよ。貴方達の援護が無かったら、間違いなく全滅してた』
『御冗談を』

交わされる念話に、隊員達も漸く状況を理解したらしい。
2kmほど先の壁面を指差しつつ、信じられないとでも云わんばかりの表情で言葉を捲し立てている。
フェイトにしても、俄には信じ難い事柄だった。

2kmという距離からの狙撃、しかも砲撃でもない単なる直射弾の一撃で、大型機械2機を撃破せしめたヴァイス。
短時間の内にSSランク相当の砲撃を2回も行い、1000に迫ろうかという廃棄機械群を殲滅したディエチ。
いずれにしても、通常の魔導師の常識を大きく逸脱している。
ディエチはフェイトの発言を謙遜として捉えたらしいが、実際には本心からの言葉だった。
其々、常軌を逸した技術と能力を持つ、2人の狙撃手。
彼等が現れなければ今頃は間違いなく、彼女も含めて攻撃隊は全滅していただろう。

『グランセニック陸曹長、ディエチ』

その時、オットーからの念話が発せられる。
すぐさまヴァイスが反応し、言葉を返した。

『ヴァイスで良いぜ。何だ?』
『ディードを・・・ディードを見掛けませんでしたか?』
『双剣使いの? いや、見ていないが・・・』
『オットー、ディードがどうしたの?』

ディエチの問いに、オットーはディードが行方不明となった経緯を説明する。
しかし彼等は、ディードの姿を見た覚えは無いと答えた。
落胆するオットー、そしてフェイト。
この汚染された施設内で単独行動となれば、その危険性は計り知れない。
一刻も早く探し出さねばならないが、その前にやるべき事があった。
フェイトは念話で、ヴァイス等へと指示を与える。

『ヴァイス、ディエチ』
『何です』
『狙って』
『了解』

たったそれだけの言葉に、ヴァイスは何をすべきか悟った様だ。
返答は無かったが、その傍らに居るディエチも同様だろう。
溶鉱炉の如き炎と熱気の上昇気流の中、フェイトは甲高い異音の発生源へと向き直った。
R戦闘機、ホバリング状態。

「お待たせしました」

その言葉に対する反応は無かったが、間違いなく聴こえているとフェイトは確信する。
R戦闘機は逃げるでもなく、かといって攻撃に移るでもなく、ただ其処に浮かび続けていた。
フェイトは次いで言葉を発し掛け、しかし何を言ったものかと思案し口を閉ざす。

クライド・ハラオウンの名を以って呼び掛けを続ける?
駄目だ、反応の無い事は確認済みであるし、何よりも攻撃隊各員が不審を持ち始めている。
投降を促す?
地球軍が、管理局によるそれに従うなど想像できない。
虚を突いて攻撃?
それこそ下策中の下策、10秒と経たずに雷撃と隕石によって全滅させられる事は間違いない。

フェイトが思考する間にも、R戦闘機は微動だにしなかった。
攻撃隊が周囲を包囲し、デバイスを突き付けても同様だ。
それが、フェイトには不気味で堪らない。
何らかの策略による沈黙か、或いはこの程度、瞬時に殲滅できるとの余裕か。
結局、判断は付かなかった。
しかし、フェイトは思う。

この機体には、間違いなく義父が深く関係しているのだ。
何としても此処で情報を手に入れ、義母と義兄の下へと届けたい。
それ以上に、捕虜となったパイロットの証言が本当ならば、この機体の搭乗者が義父本人であるかもしれないのだ。
何としても拿捕、それが無理ならば艦隊への同行という譲歩を引き出さねばならない。
何せ、ただ単に撃墜するよりも、遥かにメリットが大きいのだ。
R戦闘機が攻撃の意思を見せてはいない以上、たとえ表面的ではあっても意志の交換による交渉を行うならば、今しか機会はない。

その判断に基き、フェイトはバルディッシュの刃先を下ろす。
双眸は油断なくR戦闘機を睨み据えたまま、隊員達にもデバイスを下ろすよう指示。
幾分ながら戸惑いつつも全員がそれに従った事を確認し、フェイトは言葉を紡ごうとして。

「・・・避けてッ!」



その眼前で、R戦闘機は機体後部を抉り取られた。



『な・・・!』

驚愕する攻撃隊の眼前、黄金色の弾体が下方から上方へと突き抜ける。
エンジンノズル1つを残し、機体後部構造物の全てを失ったR戦闘機は、サイドスラスターを駆使しつつ集積所の隅、溶解が及んでいない廃棄物の堆積する地点を目指し落下していった。
無理矢理に視線を機体から引き剥がし直下へと目を向ければ、超高熱液化金属の海より覗く、元はR戦闘機のキャノピーであった部位。
それは、燃え盛る液化金属の波に呑まれつつも、機首へと光の集束を始める。
波動砲、再充填開始。

『まだ・・・動いて・・・!』

オットーが自身の驚愕を伝えるが、フェイトとてそれは同じだ。
嫌悪と、驚愕と、恐怖とが入り混じった、混沌の感情。
それは彼女の眼下、業火の海でのたうつR戦闘機に対するものであり、その存在を創造した地球軍に対するものであり、それをすら汚染せしめるバイドに対するものであった。

溶解した金属の只中へと沈み、なお動き続けるR戦闘機。
恐らくはバイドにより汚染されていたのであろうが、元となる機体を創り出したのは地球軍だ。
この様な常軌を逸した兵器、創り上げた彼等の狂気とは如何程のものか、想像すら付かない。
そして、これ程の力を持つ兵器群を大量に投入し、なお打倒すること叶わぬバイドとはどの様な存在なのか。
R戦闘機をすら汚染せしめ、その力を嘗ての友軍へと向ける事を強要する、悪夢の様な存在。
そんなものが一体、何処から現れたのか?

攻撃隊の眼下、波動砲の充填は滞り無く進行する。
しかしフェイトは思考を優先させ、特に動く事をしなかった。
そんな必要が無い事を、重々に承知していたのだ。

R戦闘機のから僅か1m側面、液化金属の海面に穴が穿たれ、飛沫が飛び散る。
直後に波動砲の充填が止み、R戦闘機は全ての機能を停止したらしく沈降を始めた。
集積所壁面に、微かな緑色の閃光が奔ってから、僅かに数秒。
R戦闘機は完全に液化金属に没し、二度と浮かび上がる事はなかった。

『仕留めましたかね?』
『・・・多分ね』

ヴァイスからの問いに、フェイトは無感情に返す。
そして、集積所の端に墜落したR戦闘機へと視線を移すと、そちらへと移動を始めた。

『2人、私に着いて来て。R戦闘機を調査、パイロットを確保・・・!?』
『何だ!?』

だが直後、集積所内に巨大な金属音が響く。
何事か、と周囲を見渡すが、特にこれといった変化はない。
混乱と警戒とに満ちゆく思考はしかし、ヴァイスからの念話によって状況を把握するに至った。

『上だ! シャッターが開くぞ!』

その言葉に上部構造物を仰ぎ見れば、其処には巨大な半球状のシャッター、直径200mはあろうかというそれが無数に並んでいるではないか。
それらは中心から8つに分かれ、徐々に外側へと開きつつある。
何が始まるのか、と警戒する一同の意識に、隊員の1人が放った念話が届く。



『廃棄ダクトだ・・・』



その見解が正しい事は、直に証明された。
大きく口を開けたそれらの奥、警告灯に照らし出された終わりの見えない深淵の中から、無数の廃棄物が降り注ぎ始めたのだ。
突然の事に反応し切れずに、フェイトを含め攻撃隊の初動は遅れてしまう。
潰される、と何処か冷静に判断する思考。
だが、三度放たれたディエチの砲撃が、鉄塊の雨を跡形もなく消し飛ばす。

『こっちへ、早く!』

ディエチの念話に、攻撃隊は即座に退避行動へと移った。
しかしフェイトは通路へは向かわずに、廃棄物の雨を危ういところで回避しつつ、壁面沿いにR戦闘機を目指す。

『アンタ、何やってる!? こっちへ来い、死ぬぞ!』
『執務官! 戻って下さい!』
『駄目だ! 先にパイロットを確保する!』

隊員達の制止を振り切り、フェイトは遂にR戦闘機の許へと辿り着いた。
バルディッシュが、直下の廃棄物群より放たれる放射能の危険性を知らせるが、彼女はそれすらも無視。
墜落時の衝撃か、罅の入ったキャノピーをカラミティで切り裂き、自らの魔力光を以って内部を照らし出す。
そして、遂に「それ」を目にした彼女の胸中に。



「・・・嘘だ」



闇が、溢れた。

*  *


「車を使え! ナビに従って次元航行艦まで戻るんだ!」
「そんな! アンタ達はどうするんだ!?」
「執務官が来るのを待つ! 先に脱出の準備を頼む!」
「待って、1人足りない!」

通路へと退避した隊員達に対し矢継ぎ早に指示を飛ばしていたヴァイスは、その声を受けて背後へと振り返る。
フェイトの事を言っているのかとも思ったのだが、しかしすぐにそうではない事に気付いた。
ディエチが隊員の1人へと、切羽詰まった様子で何事かを尋ねていたのだ。
念話を用い、問題が生じたのかと問う。

『どうした、何があった?』
『陸曹長・・・オットーが・・・』
『確か・・・妹だったか? 彼女がどうしたんだ』
『此処へ来る途中で止まっちまって・・・ゴミに邪魔されて、助ける事もできないんです!』

その言葉にヴァイスは、咄嗟にストームレイダーを構えると、スコープ越しに攻撃隊が退避した軌跡を辿る。
果たしてその途中、凡そ600mの地点に、廃棄物の山の直上へと佇む、一見すると少年にも見受けられる少女の姿があった。
何かを胸元に抱え、俯いたまま動く気配が無い。
ヴァイスはとにかく、その情報をディエチへと伝えた。

『見付けたぞ! データを渡す、そっちで確認してくれ!』
『了解・・・確認しました! オットーです!』

その言葉も終わらぬ内、ヴァイスは狙撃を開始する。
オットーへと直撃する可能性のある落下物を狙撃し、機動を逸らしているのだ。
だがそれにも限界はある上、貫通力に特化した魔導弾では、大型の落下物に対して無力。
傍らのディエチが、砲撃でサポートを行う。
その間にも隊員やディエチが、念話でオットーへと退避を促し続けていた。

『聞こえないのか、こっちへ来るんだ!』
『早く! 早くして!』
『オットー、何をしているの!?』

その念話を意識に挟みつつも、ヴァイスは確実に落下物への狙撃を成功させていた。
スコープへと映り込む対象を次々に変更し、トリガーを引き続ける。
ガジェットの残骸、作業機械のアーム、機動兵器搭載兵装の一部、大型車両のタイヤ、何らかの制御盤と撃ち抜き続け、次の標的へと狙いを変更し。

「ッ・・・!?」

視界へと映り込んだ物体に、ヴァイスは凍り付いた。
落下するそれはオットーの傍らへと叩き付けられ、大量の液体を撒き散らしつつ弾ける。
その正体こそ看破は容易であったが、理解する事は困難以上の問題だ。
だが、続いて落下してきた同種の物体、数百体にも及ぶそれが、否が応にも現実を認識させる。
ディエチや隊員達もまた、同様の光景を目にしているらしく、念話を通して複数の悲鳴が届いた。
赤い飛沫を散らしながら、廃棄ダクトより無数に零れ落ちるそれ。
見紛う筈などない、見慣れたその造形は。



「人間」だった。



そして、ヴァイスは気付く。
オットーの足下、廃棄物の只中に転がる、半ばより溶け落ちた真紅の刃。
胸元から零れる、流れる様な栗色の髪。
慈しむ様に、両腕で抱え込まれたそれ。



ディードの「頭部」。



悲哀か、絶望か。
ディエチが絶叫する。
だがそれすらも、オットーの意識には届かない。
必死の銃撃を、砲撃を嘲笑うかの様に、降り注ぐ死体と廃棄物の雨は激しさを増す。
直上にダクトの存在しない壁面沿いの地点に落着したR戦闘機内にて、何かを発見したらしきフェイトが念話を用いて叫んではいるが、少なくともヴァイスにはそれを聞き留める余裕などありはしない。
落下物を撃ち、砕き、貫き、弾き。
まだ続くのかと、まだ終わらないのかと、微かな絶望が脳裏を掠めた、その時。
全長50mを超える次元航行艦の残骸、消息不明となっていたそれが、ダクトより現れる。
知らず、此処には存在しない何者かへの怨嗟が、小さな呟きとなってヴァイスの口を突いて出た。
呪いの言葉が誰へと届く事もなく掻き消え、より一層に悲痛なディエチの悲鳴が響く。
そして、直後。



オットーの姿は、次元航行艦の影に呑み込まれて消えた。



特異な過程によって生まれ、特異な道を歩み、特異な戦いを経て、光の下へと踏み出した姉妹。
自らの生を歩み始めたばかりの双子は、機械仕掛けの墓穴に呑まれて消えた。
それを見届けた者達の悲哀も、憎悪も、絶望も。
その一切が、墓守たる存在へと届く事はない。
未だ閉じる事もなく、鋼鉄の屍を吐き出し続ける無数のダクトだけが、犠牲者達の尊厳を辱め続ける。

1000を超える死者、そして無数の鋼鉄の骸を共に、2人は光の下を去った。
奪われた未来、踏み躙られた尊厳を取り戻す術を、生者は持ち得ない。
無力感と憤怒に打ち震える彼等の声が、死者に届く事はない。

彼等は。
脅威を打倒し、危機を切り抜け、自らの生存を勝ち取ったにも拘らず。



彼等は、紛れもない「敗北者」だった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年10月26日 07:36